【禍輪】アヤカシ調査
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 不明
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/01 16:12



■オープニング本文

●這い寄る不安
 東房は不動寺、開拓者ギルド。
 天輪宗の寺院を改築して作られたその施設は、迫る脅威に対抗する為に半ば要塞と呼ばれるまでに武装化されつつも、なお元の建物のつくりから生み出される荘厳な空気を、静かに保ちつづけていた。
 ここがアヤカシという、人にとっての『死の象徴』が常に身近な土地だけに、その静けさは一層、重く。
 ギルド内の個室で開かれる会合一つとっても、まるでそれが戦場で行われる軍議であるかのような緊張感を持つことも、他国のギルドと比べれば決して珍しいものではなかった。その最たる例が、今日の会合である。
 締め切られたその部屋では、男達が顔を付き合わせて、車座になって座っていた。皆表情は真剣で、これから重大な会話がなされることは誰が見ても想像に難くない。

 並んだ顔は、全部で三つ。一人はギルド職員の服装の男性で、もう一人は僧侶らしき袈裟姿の老人、最後に拳士の道着を纏う、初老の開拓者だった。
「して、鳩座。右禅の別荘‥‥禍輪の花園だった土地が魔の森となったというのは、真実であったか」
 袈裟の老僧が、道着の開拓者に問うた。鳩座と呼ばれたその男は、まず無言で頷き、次に口を開いて、穏やかに答えた。
「誤報であれば良かったんですがね。この目で確かめてきましたが‥‥残念ながら、間違いなく」
 ギルド職員と老僧は、俯いて溜息をつく。だが鳩座は滔々と、なお悪い報せを続けた。
「それだけではありません。以前、桜アヤカシが出現した来瀬の森。最初に人喰花が確認された見原の里。いずれも、既に魔の森となっておりました」
 鳩座が挙げた土地は、魔の森には隣接していない、相対的に見ればまだ安全と言える筈の場所ばかりだ。それがある日突然に魔の森になる等ということは、有り得なくは無いが考え難い‥‥ハズ、なのだ。
「こう連続すると、因果関係を認めざるを得ませんか」
「やはり禍輪公主‥‥か」
 職員の言葉に、老僧が苦々しく呟く。

 禍輪公主。東房に現れた怪の花姫。
 草花と蟲のアヤカシを操り、先には人喰花なるアヤカシの園を作ろうとしたが、開拓者に阻まれた。その他にも数度、アヤカシを駆りだしては、開拓者に撃退されている。
 だが、その禍輪が現れた土地が今になって、ことごとく魔の森に変わっているというのだ。その中には勿論、開拓者に根絶やしにされた筈の、アヤカシの花園だった地も含まれている。
「アヤカシは、確かにお主らギルドの者が撃退した筈じゃな」
 老僧が、言った。職員が、努めて穏やかな態度で答える。
「我々の仕事を疑うお積もりですか? 誓って断言できますよ。アヤカシは、全て私達が討っています」
「しかし、魔の森はそこに生じた。とすれば‥‥」
 鳩座が一人思惑を巡らせつつ、誰にともなく呟く。老僧と職員は顔を見合わせ、しばし沈黙が流れた。

「人喰花を、調査しましょうか」
 職員が、口を開く。
「禍輪公主の所在は確かめようがありませんが、人喰花なら現在もいくつか討伐依頼が挙がっています。禍輪に関わるアヤカシが一番怪しいのは、間違いありませんし‥‥」
「ふむ。あるいはどうだ、あの、禍輪に操られとった、右禅という男」
 続いて、老僧。空知右禅とは禍輪公主に操られ、怪の花園を創る実行犯となった男の名だ。禍輪に薬漬けにされて精神が壊れていたらしいが、それでも問い詰めれば何か得られるかもしれない。
「なんでも調べてみましょう。後手尽くしに終わらない為には、兎角情報が大切です、ええ」
「ほ。こういう時の為の、開拓者か」
「ええ、そう」
 鳩座の言葉に老僧が苦笑した。
 ついで、職員が鳩座に言う。
「調べ役ができる者を、数名募ります。案内を頼めますか、鳩先生」
「やぁ勿論、承りますとも。この三剣鳩座は、喜んで」
 話は、纏まった。
 程なくして東房開拓者ギルドには『禍輪公主及び魔の森拡大に関する調査』の名目で、数名の開拓者が招聘されたのである。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
深山 千草(ia0889
28歳・女・志
水月(ia2566
10歳・女・吟
只木 岑(ia6834
19歳・男・弓
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ
郭 雪華(ib5506
20歳・女・砲


■リプレイ本文

●調査
 集められた開拓者達は、不動寺のギルドで調査の打ち合わせを行っていた。
 机上に広がる地図は、魔の森になった地域が墨で塗り潰されていて、静かに、這い寄る脅威を伝えている。
「攫った人を人喰花の餌にして育てて、手間のかかることをと思っていたら、魔の森にまで育つって‥‥っ」
 これまで禍輪公主の悪事はかろうじて退けてきたと、そう思っていた筈なのに――只木 岑(ia6834)は地図の上の魔の森をじっと見つめ、悔恨の表情で拳を握りしめていた。
「近くにお住まいの方は、避難なさっておいでなのかしら‥‥」
「多くの者は、避難して南方に流れていますが‥‥犠牲者も、少なからず」
 職員にそう教えられると、深山 千草(ia0889)は俯いて、そうですか、と小さく紡いだ。伏した黒い瞳が、ほんの少し、揺らいだように見えた。
「後悔先に立たずか、せめて今できる最善を尽くそう」
 拳士の羅喉丸(ia0347)はこれみよがしに左の掌に右の拳を打ち付け、自らを鼓舞する。為すべきことは決まっているのならば、後は動くだけだ。
「何にせよ、まだ情報が少ないですからね。今までは常に後手でしたし、そろそろ、先手を打ちたい所です」
 龍人・十 宗軒(ib3472)も態度は穏やかなままに、しかしその目を鋭く細めていた。彼の心に思い当たる、禍輪の目的――確証を得るためにも、今は。
「事を有利に進めるには敵を知る事‥‥これは商売‥‥そして戦いにも言える事‥‥」
 商家の娘である郭 雪華(ib5506)の視線は、東房の地図ではなく、その横に置かれた老豪商の報告書に向いていた。そう、一つでも多く、今は情報が必要だ。
「そろそろ‥‥追いつかなくては、ね」
 いつになく鋭い声色の、千草の言葉。向かいに座る水月(ia2566)と目が合うと、小柄な巫女の少女はまっすぐな瞳で一度だけ、こくりと深く頷いた。
 想いは六人全員が、同じ。
 禍輪の狙いを、掴んで置かねばならない。手遅れに、なる前に。

●初日、開拓者ギルド
 開拓者の多くはギルドの外へ調査に向かったが、岑と雪華はギルドに残った。
 禍輪公主の傀儡となり人喰花を買い集めた老豪商、空知右禅と面会するためである。

 岑がギルドで調べた所によれば、この男が『かりん』という名の養女を迎えたのは、二年程前であったという。元々は真っ当な商売をしていたらしいが、それから一年程して娘と共に隠居し、周囲との繋がりを殆ど絶った。そして同時期に、夜叉衆なる開拓者崩れが出没するようになっており‥‥つまり、右禅が人喰花を買い集め始めたという事になるだろう。
「『かりん』は、元からアヤカシだったのかな? 右禅を利用するために、養子として近づいたとか‥‥」
「あるいは‥‥養子になってから、アヤカシに取り付かれたのか‥‥なんとも言えないけどね‥‥」
 岑と雪華が話している内、職員に連れられて右禅がやってくる。

 相対した大柄の老人は、禍輪が与えた薬の影響であろう、虚ろな眼が印象的だった。恐らくそれは、一般的な麻薬の類である、とギルドの医師は言っていた。
「こんにちは、空知殿‥‥僕はかりん殿の友達なんだけど‥‥彼女の事で色々話を聞かせてもらえるかな‥‥」
 禍輪の友人を装い、情報を引き出してみようとする雪華。
 右禅はかりん、という単語に強く反応した。
「おぉ、かりんか、かりんんん‥‥」
 余程娘を気に入っていたのだろうか、右禅は終始、かりんの存在を求めつづけた。
 気が触れている上にその調子であるから、右禅との会話から情報を聞き出すには、かなりの根気を要した。
 岑と雪華は粘り強く、様々な質問を繰り返し、彼に投げかけていった。
「‥‥かりん殿は、何が好きだった?」
「大きいのじゃ‥‥あの大きいのが、好きじゃったろう‥‥だから、沢山、ほ、沢山‥‥」
 人喰花の事だろうか‥‥雪華はそう思いながら、手帳に右禅の言葉を書き記す。
 雪華の横で、岑は彼の一挙一動を鋭く見つめていたが、右禅が逃亡や自傷を試みる様子は見受けられなかった。
 一言で例えるならそれは抜け殻。心が壊れ、アヤカシであるとも知らずに愛娘を求め続ける、憐れな老人の末路‥‥岑の眼には、なんとなくそう写った。

「ボクは、明日は羅喉丸さん達に合流します。郭さんは」
 一日目の面会を終えて、岑と雪華はこれからの方針を話し合った。
 なんでもいい、今は動き回らなくては‥‥そんな衝動が、岑の中にあった。ぐるぐると渦巻く焦燥を抱きつつ、それでもこれ以上魔の森が増えることが無いように何かをしなければという感情が、この青年を突き動かしていた。
 そんな想いを感じ取ったのか、雪華もここは任せてと言わんばかり、彼に強い視線を返す。
「僕は‥‥時間の許す限り、空知殿と話してみるよ‥‥只木殿も、気をつけて‥‥」
 まだ、調査は始まったばかり。自分の調査は、辛抱強さが勝負になるだろう‥‥商売と同じだ。
 雪華は、そう思った。

●同日、鳩塾近郊
「なんだ、これは‥‥」
 羅喉丸と宗軒は、地面を掘り返す手を止めて、思わず息を飲んでいた。
 その後ろに控える水月はその白い頬に冷や汗を一筋滴らせ、傍らで警戒を担当している千草の表情も強ばって、いつもの柔和さを失していた。

 四人が訪れたのは、東房の拳士・三剣鳩座の道場『鳩塾』の近郊。そこは人喰花が現れながらも、未だ魔の森となっていない、唯一の場所であった。
 かつてこの地で人喰花と戦った者達の記憶を頼りに、掘り返した地表の下。
 出てきたのは、『黒い土』。
 地中の土が、真っ黒に染まっていたのだ。闇の色、漆黒、自然界の土では絶対に有り得ない色合いに。
「何かあるかも、と踏んでは居ましたが」
 宗軒は屈みこみながら、険しい表情でその土を観察している。表面の茶色の土と比べても、明らかに異質な色だ。普通の土から粘っこく変質しているようにも見える。
「‥‥確認するまでもなさそうだけど。水月ちゃん、どう?」
「瘴気が‥‥凄く強い、です。この辺りの土の中、全部‥‥」
 千草に訊かれて、水月は、声を絞り出すようにして答えた。

 彼女が瘴索結界で感じ取った、地中の極めて強い瘴気と、眼前の光景とを合わせて確かめれば、土の中に瘴気が浸透している事は明白であった。
 そしてその事実は、彼等が予想していた魔の森増加のカラクリと、概ね合致する答えを弾きだす。

「植物アヤカシが、魔の森の元となる瘴気を地中に根付かせていた。禍輪の目的は、やはり魔の森の拡大ですか」
 宗軒が口にした結論に、異を唱える者は居なかった。
「種のような物は、残ってないのかしら‥‥?」
 千草が、鍬で慎重に黒い土を掘り返す。種があれば発芽の時期は一定で、魔の森になる時期も予測が可能なのではないかとも考えていたが‥‥それらしいものは無い。
 水月はその白く細い指先を地に置いて、小さく真言を呟き始める。瘴気回収でこの瘴気を除去できないか、という考えらしい。
 ‥‥黒く染まった土は、水月が触れた場所を中心に、ゆっくり正常な土色を取り戻していく。開拓者達の顔に、明らかな安堵が浮かんだ。
「やはりこれは、瘴気そのものが土に埋まっているようだな」
 地面を覗きこむ羅喉丸の横顔に、水月がこくこくと頷いてみせる。であればこの瘴気には、巫女や陰陽師の瘴気回収の他に、吟遊詩人の『精霊の聖歌』等でも効果を発揮する筈だ。

●同日、鳩塾
 芽吹く魔の森への対抗手段は、確実に存在する‥‥とはいえ、これで安心はできない。
 開拓者達は現場近くの鳩塾を訪れ、鳩座やその弟子達にこのことを警告すると共に、万が一の対応策を協議した。
「他の場所のことを考えれば、ここも安全とは言い切れません。注意を怠らない様に。有事の際には貴方達の中の戦える方が、一般人の避難を助けるべきです」
 律儀に整列し、重苦しい顔で話を聞く子供達に、宗軒はそう述べる。その横で話を聞く鳩座の表情はいつになく真剣で、宗軒と子供達の間に口を挟むでもなく、双方の様子を観察しているように見えた。

「何か、近頃変わったことはなかったかしら? 禍輪公主らしい人影とか、歌声とか‥‥そうじゃなかったら、知らない若芽を見つけた、とか」
「うーん‥‥ない、かなぁ。俺ら、稽古で毎日外には出てんだけど」
 魔の森が芽吹くきっかけを探る千草は、鳩塾の子供達にそんなことを聞いて回ったが、みな一様に首を横に振った。
 鳩座が語るには、他の人喰花の出現点においても、予兆らしい予兆はまるでなかったらしい。アヤカシの出現から魔の森が発生するまでの期間も不規則的で、決め手となるような繋がりは見えない。
「きっかけが判らないとなると‥‥近辺の皆さんには、不安を残してしまいそうね」
「判らない、という事が判るだけでも成果ですよ。人喰花が現れたら、すぐに巫女や陰陽師を派遣して頂けるよう、開拓者ギルドに打診してみましょう」
 緊急性が高いだけにギルドも拒むまい。僅かに肩を落とす千草を励ますように、鳩座は言った。

●二日目、不動寺近郊
 翌日の不動寺での人喰花調査は、一日目の調査内容を裏付ける物となった。
 右禅班から合流した岑を交えて、人喰花を一匹ずつ退治し、地中を探る。

 人喰花の根本の土は、鳩塾と同じく、黒く染まった状態になっていた。ただ、こちらは瘴気の浸透した範囲が狭く、水月の瘴索結界の手応えも薄かった。
「まだ時間が、経ってないから‥‥?」
 かくりと首をかしげた水月が、意見を求めるような視線を周りに向ける。
 それに頷き返す羅喉丸は、自身の予測との微妙な差異を感じつつも 、大枠ではそれが当たっていた事を確信した。
「『人喰花から送り込まれた瘴気が、死後も地中に残り、時間をかけて増殖する』‥‥で、間違いなさそうだな」
 一見して脆弱な人喰花は、実は魔の森を直接拡大させる極めて危険なアヤカシだった、という訳だ。或いはその弱さすら、役目を隠す為の迷彩だったか。狡猾な怪の花姫の顔を思い起こし、羅喉丸は心中で舌打ちした。
 水月は地面に浄炎を放っての瘴気除去も試してみたが、効果範囲が狭いためにその効率は著しく悪かった‥‥効果は、確実にあったのだが。最終的にはこの地の瘴気も、瘴気回収によって全て除去される事になった。

●三日目、右禅別荘跡〜魔の森
 魔の森の直接調査は、至難であった。
 なにせ既にその場所はアヤカシの巣窟。たった五名で向かうには無理があったか――アヤカシの襲撃を幾度も退けながら、開拓者達はそう感じざるを得なかった。

 右禅の別荘につくにはついたが、調査にとれた時間は、極々僅かであった。
「此処は一番最初に魔の森になったって‥‥鳩座さんが仰ってたわね」
 千草が心眼で警戒しつつ周囲を見渡すと、滅ぼした筈の人喰花の花園は、復活どころか前以上にその数を増やしていた。
 ――人喰花の数も、魔の森の形成速度に影響を与えるのかもしれない。ふと、そんな考えに思い当たる。
「くっ、また新手だ! ‥‥もう限界です、羅喉丸さん、早く!」
「すまない! あと少しだけだ、頼む」
 際限無く現れる蜂のアヤカシを射落としつつ、岑が叫ぶ。羅喉丸は、かつてブリザーストームに薙ぎ払われた筈の地面を調べようとしていた。禍輪があれを受けて隙を見せたならば、何か手がかりがあるかもしれぬと。
 だが魔の森は既に、その場所がどこであったか分からなくなるほどに成長していた。極端に生育が遅れているというような場所も見受けられず‥‥

 やがて危機的な状況に陥った開拓者達は、魔の森から撤収した。誰も欠けずに脱出できたものの、一歩間違えればどうなっていたか判らない。
 それ位に、かつての右禅の別荘は、人の手の届かぬ場所になっていた。

●同日、不動寺ギルド
 初日に岑と別れてから雪華は一人、右禅との面談を続けていた。
 しかし収穫は少なく、終日右禅が話すのは同じ事の繰り返し。ただ、かりん、かりん、かりん。
「‥‥そろそろ、皆が戻ってくる時間だね‥‥ありがとう、右禅殿‥‥また、いずれ‥‥」
 いよいよ調査を切り上げようと席を立つ雪華を、右禅が呼び止める。
「かりん‥‥かりん‥‥どこへ行くんじゃ‥‥ぉぉ」
 いまや右禅は、雪華とかりんを完全に混同するようになっていた。もはや、憐れなくらいの堕ちっぷりだが‥‥
「あすかばらか、あすかばらに行くのか‥‥儂を、置いてくのか、か、かりん」
「‥‥あすかばら‥‥?」
 三日の調査の最後にして、初めて聞く単語。雪華は足を止めて振り返った。
「あすかばらに‥‥あすかばらが、ほしいと、い、いつも言ったろ、いったろ?」
 あすかばらが‥‥欲しいと‥‥。
 老人の濁った瞳を見つめながら、雪華はその単語を、自身の記憶にすり込んだ。

●調査結果
 調査を終えた開拓者達はギルドで鳩座や職員を交え、その結果を纏めた。
 禍輪とブリザーストームの関係性等、調べきれなかったこともあるが‥‥全体的に見れば、少なからぬ成果があったと言って良いだろう。
『禍輪の植物アヤカシは、地中に瘴気を浸透させ、死後もその地の魔の森化を促進する』
『禍輪の植物アヤカシが地中に埋めた瘴気に限っては、スキルによる瘴気除去で対処できる』
 最も重大な事柄を上げるなら、この二点だ。
 ギルドは開拓者の報告を受けて、瘴気処理を担当する専門の人員を用意することを正式に決めた。

 後はもう一点、右禅が口にした言葉‥‥

「あすかばら、ですか。右禅は、確かにそう言ったのですね?」
「三剣殿、心当たりが‥‥?」
 雪華から話を聞いた鳩座は無言で、地図の一点を指さした。
 そこは、彼等も調査に向かった、鳩座の道場‥‥鳩塾のある場所。
「『飛鳥原』。私の道場のある、この平野部一帯の名です」
 右禅が真実を口にしたのだと仮定して。
 禍輪公主は、飛鳥原が欲しいと言っていた‥‥ということは。
「間違いない。だって、皆思ってたじゃないですか‥‥ここが危ない、って」
 岑が、拳を震わせながら言葉を紡いだ。
 そう、初日から、誰もが同じことを感じていた。
 魔の森は、地図上のある一点を扇形に囲んで出現していたのだから。
 その地こそが即ち、飛鳥原。
「飛鳥原は四方の平野とも交わる要衝。ここが魔の森になれば‥‥」
「この広大な土地全てを、連鎖的に魔の森に沈められるかもな」
 鳩座の言葉に、地図をなぞりながら羅喉丸が返す。
「今まで出来た魔の森が、さしずめ橋頭堡で‥‥前に鳩塾に現れた人喰花は小手調べだったなら‥‥」
 千草が頭の中の情報を整理しながら呟く横で、水月は不安げな表情を、顕わにしている。
 地図の上に、禍輪公主の意図が浮かび上がってくるような気がした。
「鳩座さん、すぐにでも準備をするべきです。禍輪は恐らく、飛鳥原を狙っています」
 あるいは、鳩塾を。
 宗軒の言葉に鳩座は、無言のまま頷いた。

 植物が地に根を張るように、静かに、確かに、強かに‥‥禍いが近づくのを、誰もが感じていた。