【禍輪】死桜
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/21 22:53



■オープニング本文

●禍輪公主
「ふふ、くすくす‥‥」
 アヤカシの花姫、禍輪公主は上機嫌だった。

 始まりの花園は滅ぼされたけれど、今の私は自由となった。
 植物でありながら、ひとところに根を張らぬ、自由なる花となったのだ。
 これからきっと、人間と戦う、素敵な日々が始まるだろう。
 地獄のような、美しい日々が。
 それこそがアヤカシをアヤカシたらしめる、人間達への侵略が。

 そんな開放感と期待が、彼女の心を昂らせていた。
「さあ始めましょう、私たちの明日のために」
 行動は迅速に。けれど、美しくなければならない。
 禍輪公主は意気揚々とその足取りを早め、目的の地へと向かっていった。

●死桜の怪
 冬の名残の寒さも過ぎ去り、そろそろ暖かくなってこようかという東房。
 人里から僅かに離れた郊外の森に、二人の弓術師が狩りに訪れていた。
 森ではアヤカシに出くわす危険もあるものの、生きるためには食料を調達しなければならず、冬が終わって動物たちも活発に動き出すこの時期は、食料確保の為の狩りには外せない時期でもあったのだ。
「もうだいぶ暖かくなったな‥‥ほれ、見事な桜が」
 そういって、弓術師の片割れが立ち止まり、木々の向こうに目を向ける。彼の視線の先には大きな桜の木が数本、風の影響なのか、ゆらゆらと左右に蠢いていた。無論、他の木々の中にあっても桜と一目で判ったのは、その枝に溢れんばかりの桜花が咲き乱れていたからだ。
 だが、もう一人の弓術師はハテ、と首をかしげた。
「‥‥あそこの桜は傷ついて、全部枯れちまってた筈だが」
「なに?」
 この森では、数年前から幾度もアヤカシとの戦いが繰り広げられてきた。今、木々の向こうで咲く桜の木も、その戦いに巻き込まれて傷つき、枯れた筈の物であった。
 少なくとも、長年この地に生きてきたその弓術師の記憶する限りでは。

『それ、枯れ木に花を、咲かせましょう♪』

 その時ふと、木々の向こうから風に乗って、歌声が聞こえてくる。
 それは、鈴のように可憐な、少女の声だった。だが、アヤカシの出没する森の中で聞こえるそれは、不自然を通り越して些か不気味にも感じる響きをもっていた。
 弓術師二人は目配せして互いに頷くと、その歌声のする方向‥‥つまり、咲いているはずのない桜の木々へと、近づいていった。
 だが、木々の間をすり抜けて桜の木へ近づくうち、二人の足取りは次第に静かに、ゆっくりとしたものになっていった。
 なぜならば‥‥間近に見えてきた桜の木達は、うねうねと激しく暴れて周囲の木々をなぎ倒し、その幹には苦悶する人間の顔が浮かび上がっていたからだ。
 その暴れる桜の木の下では、青白い肌に不気味な植物をまとわりつかせた少女が、狂おしい微笑みを浮かべて佇んでいた。
 ‥‥アヤカシか。一目見て、弓術師達がそう判断するほど、桜の木々と少女の姿は、異様であった。

『それ、枯れ木に花を、咲かせましょう♪』

 少女はすこぶる機嫌の良さそうな声色で歌を口ずさみながら、灰色の粉を撒きちらす。すると、枯れていた筈の桜の木がみるみる生気を取り戻し、その枝に花を咲かせ、終いにはぶんぶんとその幹を振るい始めるのだった。
 その様子を陰から観察していた弓術師達は、アヤカシが生み出される瞬間を目の当たりにし、息を飲んだ。
「‥‥あの娘が、桜のアヤカシを作ってるのか?」
「喋るな、感づかれる。引き返して、ギルドに報告するぞ」
 短く言葉をかわすと、すぐにその場を離れる二人。
「あれは禍輪公主だ。俺達の手には負えん」
 つい先日東房に現れた花の怪、禍輪公主。
 ギルドからの通達にあった上級アヤカシの名を思い返しながら、弓術師二人は急ぎ、ギルドへと駆けて行った。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
シャンテ・ラインハルト(ib0069
16歳・女・吟
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ
郭 雪華(ib5506
20歳・女・砲


■リプレイ本文

●準備
 禍輪公主、あらわる。
 ギルドに飛び込んだ緊急の報せに集った七人の開拓者は、個人差はあれど大なり小なり緊張した面持ちで、対決の準備を進めていた。
「天儀の方々にとって、桜はとても大事な意味のある花だと伺いました‥‥それがアヤカシの手によって弄ばれるのは放っておけません‥‥」
 弓術師の話を聞いたシャンテ・ラインハルト(ib0069)が、自分に言い聞かせるように囁いた。命と自然の摂理が弄ぶ、禍輪なるアヤカシ。それを放っておくことは決してできない、と。
「確かに、そろそろ花見でもと思っては居ましたが。アヤカシの桜は遠慮したいですね」
 シャンテの言葉に、僅かに皮肉めいた口調で、十 宗軒(ib3472)が返す。静かながらも張り詰めた態度だが、それが彼にとってのいつも通りなのか、それとも相手が相手だからなのかは、分からない。
「惨劇が起こる前に見つかったのが唯一の救いか。厳しい戦いになるだろうが退くわけにはいかないな」
 羅喉丸(ia0347)も、その言葉とは裏腹に、落ち着き払った様子で言い放った。先の戦いでは、十数名の開拓者が対峙してなお、禍輪公主を仕留めることはできなかった‥‥まだわからないことも多いが、一瞬足りとも気が抜けないことは確かだ。
「妖花を操るアヤカシ‥‥撃ち抜くべき相手としては‥‥不足はないね‥‥」
 砲術士の郭 雪華(ib5506)は銀色の髪を揺らして、自身の獲物である鳥銃を、くっと握りしめた。
 こちらは相手が上級アヤカシだと知っても恐れる様子はなく、どこか強敵との邂逅を喜んでいる節さえある。
「この間の人喰花殲滅作戦の時は逃げられたけど、今度はかりんをぎたぎたにのしてやるんだよ!」
 同じく意気込むのは、泰拳士の石動 神音(ib2662)。先の戦いで相見えた禍輪公主は、自分と同い年くらいの少女の外見をもっていた。そのせいもあってか、彼女の禍輪に対する闘志は高い。
「では、案内を頼む」
 各々の反応は違えど、目的は同じ『禍輪と桜アヤカシの撃退』だ。
 準備が終わると、打ち合わせをしていた成田 光紀(ib1846)が弓術師を促し、開拓者たちは件の森へと向けて出発した。

●禍輪

『それ、枯れ木に花を咲かせましょう♪』

 森の風上から、少女の歌声が聞こえていた。何も考えずにいれば、それは可憐で無邪気な乙女の戯れに聞こえるのだが‥‥生憎、声の主を知っている開拓者達にとっては、正に妖怪か魔女の誘い声にしか聞こえない。
 弓術師の案内のもと、開拓者たちは現場の風下にある獣道から、奇襲を試みようとしていた。だが、相手はギルドから『上級』の認定を受けたアヤカシだけに、何を仕掛けてくるかわからない。特に植物のアヤカシであれば、花粉毒の類が使われる可能性は十分にあると、皆ゴーグルやマスクでもって万全の対策を施し、慎重に歩を進めていた。
 先行していた宗軒が、後続に止まるよう合図を出した。そのまま、じっと耳を澄ます。
 シノビの超越聴覚は、宗軒の感覚にはっきりと不穏な空気を伝えていた。禍輪の歌は、暴れる桜のアヤカシとは離れた‥‥まるで自分たちを囲いこむような位置から聞こえている。

『枯れ木に花を‥‥♪』

 まず、間違いない。相手は待ち構えている。
「やれやれ。そう簡単には、隙を見せませんか」
 思えば、最初の発見時に弓術師達が禍輪に近づいた時点で、既に気づかれていたのかも知れない。
「位置がわかるだけでも十分だ。どこにいる」
 さも面倒、と言わんばかりに嘆息した宗軒の横で、オラース・カノーヴァ(ib0141)が言った。
 宗軒が指差し示した位置は、ぎりぎりメテオストライクの射程内に納まる距離。丁度、桜アヤカシも巻き込める。
 ならば先の先をとって襲撃するまでと、オラースは魔杖をかざすと頭上に燃え盛る火球を呼び出し、狙いを定めて解き放った。
 爆発と、轟音。爆風で木々が倒れる。
 同時に、羅喉丸、神音、宗軒が飛び出し、一気に前に出た。そこに禍輪は居るはずだ。
 火球が着弾した場所には、黒ずんだ大地の広場ができていた。体に火がついて苦しむ桜アヤカシの姿が見えるが、しかしそこに禍輪の姿は無い。
「せっかちですのね。折角の桜が黒焦げになってしまいますわ‥‥」
 桜アヤカシの背後、繁みの向こうから声が聞こえる。
「ふふ。さあ、貴方達、開拓者様をお迎えして差し上げて」
 直後、禍輪に呼応した桜アヤカシが立ち上がり、つっこんだ羅喉丸達に襲いかかる。
 そう、『立ち上がる』という表現が相応しい動きだった。地から引き抜いた根を足のように動かして駆け、火のついたままの枝を振り回して殴りかかってくる。
 宗軒は禍輪の移動する音を探りながら、相対する桜アヤカシを牽制した。飛翔した手裏剣が、残り火の燻る桜の枝を、鈍い音と共にへし折った。
 禍輪は木々の間を、まるでケモノか何かのような速さで駆け抜け、開拓者達の側面に回り込んでいる。
 間をおかずして、一見して何も無い森の景色の中から突如、蔓の鞭が現れ、攻撃してきた。
「気をつけろ。この森に蔓草は生えない‥‥つまり、植物の蔓を見たら敵ってことになる」
 弓術師が、開拓者達に告げた。
「多少は想定外のことも起こるか。まあ良い、余興の時間だ。精々見物させて貰おう」
 光紀はこんな状況でも動じていない。斬撃符で呼び出した巨大な蜂の羽が、舞うように蔓を斬り払った。
 牽制はそこそこに止め、光紀自身は目の前の桜アヤカシと、周囲に潜むであろう禍輪に注意を払う。決して攻撃を怠けているのではなく、治癒符に当てるための練力を温存しているのだ。ならば今は、自分にできること、即ち観察を行うのみ。まあ、自分のやりたいこととも言うのだが。
「あら、余興をお望みですの‥‥では、こういうのはいかが?」
 周囲に、紫の煙のような粉が立ちこめる。景色が一面紫になるようなその空間で、一呼吸しただけで喉と灰に痛みが走った。反射的に、開拓者たちはその煙を吸わぬよう、口元を抑える。
「・・・・毒か? 小細工を」
 直感的に、光紀が言った。違う効果を持つ花粉を使い分けるのか・・・・等と分析しつつ。
 視界すら遮る煙の中、禍輪があざ笑うように、歌を歌う。
『それ、枯れ木に花を、咲かせましょうっ♪』
 煙の向こうの気配が一つ、増える。新らしく生まれた桜アヤカシであろう。どうやってか開拓者達の位置を把握し、襲いかかってくる。
「‥‥させない」
 銃声が響き、一番前にいた桜アヤカシの顔面に穴が開いた。弓術師の片割れと共に後方に陣取った雪華が、煙の届かない場所からアヤカシを狙撃し、牽制したのだ。
 だが、流石に敵が四体も居るとその動きを完全に封ずることは難しく、煙の中は次第に乱戦模様となっていった。
「あまり時間は、かけられないんだがな‥‥」
 一番前に出ていた羅喉丸は、桜のアヤカシが振り回す枝、そして死角から飛んでくる蔓を縦横無尽に動いて躱していた。だが、泰練気法と八極天陣を組み合わせたその歩法は、長くはもたない。
 じっとこらえ、反撃の機会を探る。決めるならば一撃、捉える隙は必ずあるはずだ、と。
「こらー! 音痴の癖に変な歌うたうな馬鹿かりん! 大体何? その頭の趣味の悪い花。そんな花より神音の頭の花飾りの方がよっぽど綺麗なんだよ!」
 羅喉丸の横で桜アヤカシを捌きつつ、神音は姿の見えぬ禍輪にまくしたてる。
 言葉での反応は無いが、代わりに花粉の煙の向こうから、無言の殺気と共に蔓の鞭が飛んできた。ぎりぎりで回避し、さらに挑発を続ける。
「あ、わかった。ぺちゃぱいのかりんちゃんはそんなのでもつけないととても見られたもんじゃないんだね! 可哀想だね〜」
 今度は二本同時。そのうちの一本が二の腕を捉えると、爆ぜるように鮮血が飛び散った。
 これでいい。自分は囮だと、神音は考えていた。少しでも、アヤカシの増殖を遅らせられればそれでいいのだ。
 あとは、反撃の準備さえ整えば。開拓者達とて、なんの対策もせず死地に飛び込んだ訳ではない。

『‥‥♪』

 煙の様に濃い花粉の中で、はっきりと、横笛の澄んだ音色が聞こえてくる。
 シャンテが、精霊の力を借り受けた旋律を、森に響かせていた。
 奏でたのは、天使の影絵踏み。その加護は、禍輪の毒から開拓者達を強力に守護した。
(「この地に、正しく春を運ぶ為に‥‥」)
 願いを籠めて、シャンテは一人演奏を続ける。
 アヤカシの口ずさむ歌などに、命芽吹く春が汚されて良い筈が無い。その真なる願いの為に奏でられる調は、禍輪の歌とは違う、澄んだ優しい響きを持っていた。
「ナイスだ。これで動けるな」
 オラースが煙の中、辛うじて見える桜アヤカシへ向け、ブリザーストームを放った。
 桜アヤカシがよろめくのと同時に、花粉の煙が吹き飛び、視界が確保される。
「‥‥!」
 煙の晴れた目の前に、偶然なのか禍輪の姿。
 何故か自分の身を隠すこともせず、その表情には明らかな動揺が浮かんでいる。
「む‥‥」
 光紀が、瞳を光らせた。初めて見る禍輪公主が、身震いしているように見えたのだ。
(「今の魔法に、何かあるか?」)
 ブリザーストームが放つのは吹雪。氷の礫。漂う冷気。あるいは何か別の物か? 少なくとも今の禍輪は、何かに苦悶の表情を浮かべ、明らかに動きを鈍らせている。
 だが、光紀が思考する間にも戦況は変化する。
 禍輪の見せた隙を捉えたのは、狙撃位置から戦場を俯瞰していた雪華だった。
「見えた‥‥あれが禍輪公主‥‥」
 毒の煙すら届かない後方から桜アヤカシを牽制しつつ、待っていた一瞬。雪華は努めて冷静なまま、勝負に出た。
 ひらり、と雪華の手が動いた次の瞬間には、彼女が握っていた弾丸は銃の砲身に収まっている。
 単動作から続けざま、ターゲットスコープ。この間わずか数秒、遠雷の照準眼鏡には、禍輪。
「その美しい花‥‥撃ち抜く‥‥」
 引き金に掛けた指を引くと同時に、ズドォン、と轟音。そして、禍輪の頭上で花弁が散った。
「‥‥ッ!」
 弾は禍輪の頭部を僅かに掠め、致命打には至らない。
 だが、それでわずかな時間、禍輪の動きが止まった。
 すかさず、羅喉丸が距離を詰め、追い打ちに入る。禍輪は鞭をふるい羅喉丸を牽制するが、もう遅い。
 捨て身で踏み込んだ至近距離、アヤカシの赤い瞳と目が合った。
「八極の彼方にいようとも、我が一撃にて破らん」
 待ちに待った一瞬、大地を揺るがす震脚で踏み込み放つは玄亀鉄山靠。
 その一撃を受け、禍輪が棒切れの様に吹っ飛んでいった。
「この程度で絶望するとでも。覚悟はとうに、済ませてきた」
 言い放つ羅喉丸。禍輪は突っ込んだ藪の中で呻いている。かなり効いたらしい。
「ふ、ふふ、覚悟‥‥すてきな言葉ですわね。とても、そう、素敵な」
 よろめきながらゆらり、と立ち上がった禍輪は、羅喉丸を上目に見つめた。
 その瞳は、歓喜とも、狂気とも、憎しみともつかぬ怪しい光が宿っている。
「でも、お付き合いできるのはここまで。やはり、一人でできる事には限界がありますわ‥‥」
 禍輪がぱんぱん、と手を叩くと、何かが、森の奥から禍輪に向かって移動してくる。
「逃がしませんよ。二度も同じ手は、喰いません」
 勘と記憶が正しければ、それは過去に禍輪が逃走に使った甲虫の筈‥‥宗軒は、聴覚を頼りに全力を込めた手裏剣を、その気配へ向けて投げつけた。
 現れたのは龍より二周り程も大きい、巨大なカブト虫のアヤカシだった。宗軒が放った無銘の手裏剣が、その黒鉄の様な外殻に深々と突き刺さっていたが、気に止める様子はない。だが、その赤い瞳は通りぬけ様、宗軒を睨む様に一瞥した。
「やることはやりましたし、失礼致しますわ‥‥またお会いしましょう」
 カブト虫は禍輪をひょいと頭に乗せると、豪快に木々をなぎ倒しながら低空を飛び去った。あっという間に、その姿は見えなくなる。
「逃がしたか」
 オラースはトルネード・キリクで追い打ちしようとしたが、分散した味方を巻き込んでしまいそうで、手を止めた。機嫌悪そうに小さく鼻を鳴らすが、すぐに眼前の敵に集中しなおす。
 桜のアヤカシはまだ残っているのだ。禍輪の置き土産とでも言うべきか。

●残滓
 だが、戦場に残された桜アヤカシの動きは、最初に比べると随分とお粗末なものとなっていた。
 というのも戦場には、いつの間にかシャンテの奏でる精霊の狂想曲が流れており、暴れる精霊の力がアヤカシの混乱を誘っていたからだ。
 天使の影絵踏みで味方の安全を確認したシャンテは、緩やかにその演奏を、味方の援護を担う曲へ切り替えた。
 うまいこと混乱した桜アヤカシは互いを攻撃したり、踊りのように足踏みしたりと、支離滅裂な行動を取っている。
「これなら、らくしょーだね!」
 神音は足取りの不確かな桜アヤカシの攻撃を避け、百虎箭疾歩を仕掛ける。幹に直撃した拳気が爆ぜるように衝撃を与え、アヤカシを真っ二つに叩き折った。
「なんとも、こうなると憐れだな」
 あるいはこの醜態は、禍輪が居なくなった所為もあるだろうか。光紀はそんなことを思いつつ、燃え盛る蛾の式‥‥火輪でアヤカシを焼き払う。
 後に残った二体も、シャンテやオラースの範囲攻撃で纏めて攻撃された後、羅喉丸、宗軒らに各個撃破された。

 統制を失ったアヤカシがあっけなく討たれると、やがて辺りにも、静寂が戻る。
「はわ〜。おっかなかったよ〜」
 敵がいなくなって気が抜けたのか、神音はぺたりと座り込み、負傷した右腕を押さえこんだ。
「逃がした‥‥だけど‥‥いつか絶対撃ち抜かせて貰うよ‥‥禍輪殿‥‥」
 雪華は逆に、静かに、滔々と決意を固めていた。彼女が絶対に捉えたと思ったあの狙撃、禍輪は僅かに体の軸をずらして直撃を避けていた。追いかける獲物としては、上等の相手‥‥そう、雪華は感じていた。

「いまいち、禍輪の目的が見えませんね。一体何がしたいのやら」
「人間を操るのが、目的ではないのでしょうか‥‥」
 宗軒の言葉に、シャンテがかくりと首をかしげた。今回はわざわざ、精神への干渉に対策して安らぎの子守唄を活性化していたが、当ては外れた。幸いにして、毒への感染は防ぐことが出来たが‥‥確かに禍輪公主というアヤカシは、シャンテにとっても、今ひとつ軸が見えない印象がある。
「ふむ、目的か‥‥」
 光紀はまだ瘴気に戻りきらないアヤカシの残骸を見た。最初のメテオストライクで黒焦げになった大地に、アヤカシから分離した瘴気が少しずつ溶けていく様が目に映る。大地に、ゆっくりと‥‥
「まあそれはわからんが、あんたらのお陰で今回は勝てた、礼を言うよ。この森もアヤカシにとられずに済んだしな」
 弓術師二人が、開拓者達にそう礼を述べ、場をまとめた。
 そう、兎に角、今日という日は勝利したのだ。森の春も、守られた。
 そうして弓術師達の安堵する顔を見て開拓者たちは、ひとまずはこの戦果を喜んでおこう、と心に思った。