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■オープニング本文 ●暗雲 神楽の都、開拓者ギルドにて。 板張りの広間には机が置かれ、数え数十名の人々が椅子に腰掛けている。上座に座るのは開拓者ギルドの長、大伴定家だ。 「知っての通り、ここ最近、アヤカシの活動が活発化しておる」 おもむろに切り出される議題。集まった面々は表情も変えず、続く言葉に耳を傾けた。 アヤカシの活動が活発化し始めたのは、安須大祭が終わって後。天儀各地、とりわけ各国首都周辺でのアヤカシ目撃例が急増していた。アヤカシたちの意図は不明――いやそもそも組織だった攻撃なのかさえ解らない。 何とも居心地の悪い話だった。 「さて、間近に迫った危機には対処せねばならぬが、物の怪どもの意図も探らねばならぬ。各国はゆめゆめ注意されたい」 ●子供達の暴走 東房に居を構える泰拳士の道場、鳩塾にて。 がらんとした道場に、見習い泰拳士の子供達が輪を作り、なにやら密談をしていた。 「なあ、皆。どう思う? ‥‥ぜってぇ、俺らだけでも、やれるよな」 ガキ大将らしい子供が、口を開く。その声色には、子供らしい活力と、幼稚な不満と、わずかな緊張が複雑に入り混じっていた。 彼の言葉に、子供たちは、口を揃えて同調した。 「確かに、ウズラ師姉は、ちょっと慎重すぎると思う」 「見てるだけで何にもしなかったなんて、ちょっと悔しいよな」 「私たちだって、日頃から鍛錬してるしさ」 「相手は一匹だし、負けっこないよ」 「危なくなったら逃げりゃーいい。鳩先生だって、いつもそー言ってるじゃん」 この場に居るのは子供達だけで、普段彼らの面倒を見ている者達は一人もいなかった。もし、この道場の師範や、冷静な年長の兄弟子達がいたならば、すぐに子供達をたしなめただろう。しかし、とにかくその日に限っては、彼らを止められる指導者は道場に居なかったのである。 子供達は、自分達の考えに納得し、顔を見合わせると、誰ともなく頷いた。 「よし、やろうぜ」 「ああ、あのアヤカシを俺らでやっつけりゃ、きっと‥‥先生も、師兄達も、俺達を認めてくれる」 そう言うと子供達は、連れ立って道場の外へ出て、目的の場所へと駆けて行った。 ‥‥ただひとり、静止しようとして最後まで口を開けなかった、内気な少女を残して。 ●彼らの姉弟子 「アヤカシ退治に行っちゃったの!? あのコ達だけで!?」 泰拳士の少女・谷上ウズラは、道場で一人半泣きになっていた妹弟子からコトの次第を聞かされ、思わずそう叫んだ。自分が道場を空けた僅かな間に、弟弟子達がこぞって、勝手にアヤカシ退治に出かけてしまったらしいのだ。 事の起こりは、その日の早朝の野稽古にあった。 その日は師範も兄弟子達も道場を開けており、ウズラは子供達…年少組の弟弟子達のまとめ役として、稽古の面倒を見る役目をいいつけられていた。 そして、道場の近くの草原で駆け足をしていたとき、子供達が一体の、花型のアヤカシを見つけたのである。 それは、このところ東房でよく出現する、人喰花のアヤカシだった。それが既に何度もギルドの手によって討伐された記録があり、大した戦闘能力を持たない弱いアヤカシであるということは、鳩塾の子供達も知っていた。 だからこそ、子供達は口を揃えて、自らの手でそのアヤカシを討伐することを望んだのだ。 「ウズラ師姉、あの花アヤカシ、俺らでやっつけちまおうぜ!」 はやるのに無理もない、未だにアヤカシと戦うのを許されぬ未熟な戦士の前に、格好の弱い獲物が現れたのである。だが、ウズラはそれを固く禁じた。 「何が起こるかわかんないんだから、開拓者ギルドに報せを入れなきゃダメだよ。ただでさえ最近は、アヤカシの活動が活発化してるっていうんだから‥‥こういう時は、うかつに動いちゃいけないの」 ウズラが子供達を制止したのは、一重に彼らの安全を考えてのことだ。何も無い草原に、弱いアヤカシが一体だけというこの状況が、罠であるという可能性もある。嫌な予感が、ウズラの脳裏に浮かんでいたのだ。 だが今になって思えば、理性より感情の勝る子供達に、そんな理屈が通用するはずもなかった。 子供達はアヤカシを名残惜しげに振り返りながら道場に帰ったが‥‥結局、戦いたいという欲求に勝てず、ウズラが開拓者ギルドに連絡を入れている間に、飛び出して行ってしまったというわけだ。ただひとり、内気で怖がりだった妹弟子・ツグミだけを道場に残して。 「いけないって、思ったんだけど。私‥‥止められなくて。ごめんなさい、師姉」 謝りながらベソをかく妹弟子をなだめながら、ウズラは必死に状況を整理した。 ‥‥ただの悪い予感で終わるのならば、それでいい。 だが、最近になって天儀全体のアヤカシの動きが活発になり、その対応に駆りだされた師匠や師兄達が揃って道場を空け、そこに計ったようにアヤカシが現れた。 何かが怪しい、イヤな予感がする‥‥そう、ウズラは感じていた。 「時間がないな‥‥急いで開拓者の人達を呼びにいこう!」 ツグミの涙を拭いながらウズラは叫び、次の瞬間には弾けるように駆け出していた。 最悪の事態が起きたとき、手を貸してくれるだろう開拓者達を呼ぶために。 ●罠 そのころ件の草原では、人喰花のアヤカシが風に揺られながら、近くに人間が居ないかを探るように、ゆっくりと頭を動かしていた。 『くすくす、くすくす』『ぶぶぶぶぶぶぶぶ‥‥』 ‥‥どこからか、誰かのささやくような笑い声と、蟲の羽音の様な耳障りな振動音が、微かに聞こえていた。 アヤカシはその音を、心地良さそうに聞いていたが‥‥やがて、子供達の騒がしい声が聞こえると、二つの音はひっそりと小さくなり、風の音に消え入った。 不服そうに二、三度身体を震わせたアヤカシは動きを止め、獲物が近づいてくるのを、じっと待ち始めた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
桔梗(ia0439)
18歳・男・巫
周太郎(ia2935)
23歳・男・陰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
十 宗軒(ib3472)
48歳・男・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●危機 今更、自分達の短慮を後悔しても遅いのは分かっている。 だがそれでも悔やまずには居られなかった。『師姉は止めろといったのに、どうしてこんなところへ来てしまったのだろう』と。 人喰い花へ近づいた途端に現れた、巨大な蜂の姿を模したアヤカシの群。 その一団は、明らかに何者かに統率された動きで、瞬く間に子供達を取り囲んだ。 「うわ‥‥やっぱり、罠!?」 「くそっ、作戦変更だ‥‥逃げるぞ!」 危険を察した子供達は慌てて踵を返すが、時は既に遅く、逃げ道は絶たれている。 「どうすんだよ、これ‥‥」 「‥‥ふぇ」 動揺する子供達。急に怖くなったのか、泣き出す者までいる始末。 そしてアヤカシは、袋の鼠となった子供達に、容赦無く襲いかかったのである。 ●救出 依頼人の谷上ウズラから事情を聞いた開拓者達は、準備は最低限に、すぐに件の草原へ向けて発った。 「ウズラさんへの小言は、後でゆっくりと。今は子供たちの下へ急ぎましょう」 焦燥するウズラの様子を見て十 宗軒(ib3472)は微かに溜息をついたが、直ぐにいつもの冷静な表情を取り戻し、飛び出した子供達へと意識を向ける。 「は、はい。こっちを通れば、近道になりますから‥‥」 宗軒に促され、ウズラは穏やかならぬ表情で開拓者を先導した。不安気なウズラに、蓮 蒼馬(ib5707)は極力穏やかに声をかけた。 「娘から、君の話は聞いている。俺も全力で手助けしよう‥‥子供達の身も、心配だしな」 記憶を失った蒼馬が、自身の養女から聞かされた話の中に、確かにウズラの名があった気がする。ウズラも心当たりがあるようで、蒼馬の言葉に表情を和らげた。 「しかし、何も無い草原に花のアヤカシが一体だけ、か。確かに何も無いと考える方が無理だな」 道を急ぎながら、志士の琥龍 蒼羅(ib0214)が、僅かに眉間に皺を寄せて言った。アヤカシが相手となれば、あらゆる不測の事態が起こりうる。開拓者であれば嫌でも知っていることだが‥‥幼い子供達は、恐らくそれを判ってはいまい。 「『過信は身を滅ぼす』。弱いとは自己評価に過ぎず。或いは戦場はどんな相手にも気を抜いてはならない。警戒怠れば足を掬われ、思わぬ横槍に腕や首を持っていかれる」 からす(ia6525)は誰に言い聞かせるでもなく、滔々とその言葉を語った。 彼女の語りを聞いた周太郎(ia2935)と霧咲 水奏(ia9145)は、並び走りながら顔を見合わせた。 「若さ故の焦燥、と懐かしく思っている暇などありませぬな。昨今の不穏な動向もありまするし……杞憂であれば良いのですが」 「全くまぁ無茶するわ。四の五の言うより、急いでチビ共と合流するか」 周太郎の言葉に、水奏は力強く頷いた。子供達の安否への心配は確かにあるが、気持ちの通じる者同士、互いが連携すればきっと救うことが出来る‥‥と、二人はそう信じていた。 ●包囲 だが、開拓者達が草原に到着した頃には、事態は既に最悪の方向へ転がっていた。 開拓者達の目にまず入ってきたのは、人喰花でも子供達でもなく、彼らを取り囲む、大型の蜂アヤカシの大群であった。 「ウズラさんの勘は、当たっていた様ですね」 宗軒が、獲物の手裏剣を取り出しながら、声を低く言った。 「あのコ達‥‥だから言ったのに!」 囲まれる子供達を見て、ウズラが思わず身を乗り出す。だが、彼女を見守っていた桔梗(ia0439)が、その肩にそっと手をのせ、諭す様に言った。 「ウズラは戦うよりも、子供達を護衛しながらアヤカシから避難して欲しい。アヤカシは、俺達が止めるから」 まっすぐに目を見て語る桔梗の言葉に、ウズラは幾分か落ち着きを取り戻して、敵陣を見据え直した。 事が起きてしまった以上、まずは落ち着いて子供達と合流を図らねばならない。そう考えた泰拳士の羅喉丸(ia0347)は前に出て、どこを切り崩したものかと戦場を見渡した。 「あそこは俺が吹き飛ばす、他を頼む」 手にした棍の先で、手近な蜂の一団を指すと、瞬脚で先陣を切った。 羅喉丸に続き、他の開拓者達も、散開しつつ駆ける。 初手を仕掛けたのは、後衛についたからすだった。 「射落とせ、『緋凰』」 紅白色の天儀弓を引き、猟兵射による矢を放つ。矢は遠く離れた蜂の頭に吸い寄せられるように降り立ち、子供達を狙う敵を、まさしく矢継ぎ早に射落とした。 続いて、水奏と周太郎が、同時に動く。 「比翼が片翼の一矢。拙者らの業をご覧に入れましょう」 二人の間に、合図の必要すらも無い。水奏が弓を即射した瞬間に、周太郎は彼女の意を察し、その白羽が降り立つ先へと走った。 「鳥は風を見て動く物さ‥‥!」 駆けながら陰陽符を取り出し、霊魂砲を放つ。 「オン・スンバ・ニスンバ・ウンバサラ・ウンハッタ‥‥」 真言が三面八臂の霊魂を形成し、水奏の矢と共に蜂の大群の中へと飛んでいくと、一匹、二匹と、立て続けに蜂を叩き落とす。 後衛の射撃に合わせて飛び込んだ羅喉丸は、当初に眼をつけたアヤカシの一団の下で足を止め、深く腰を下ろした。 「出し惜しみはなしだ」 この地点なら、最大限の効果を狙える。深く息を吸い込み‥‥破軍の発勁と共に、全身全霊の力で崩震脚を繰り出した。 「おおおおおおォッ!」 地面を踏みぬいた羅喉丸の足元から、巨大な衝撃波が吹き上がる。真下からその衝撃を受けた蜂アヤカシ達が纏めて消し飛び、その一撃で子供達の包囲に穴が開く。 「今だっ!」 乱れた敵陣形の隙を突き、蒼馬が瞬脚で、続く宗軒は早駆で、子供達を守れる位置へといち早く駆け寄って行った。 間近に見た子供達は、予想通り酷い有様であった。 足が竦んで動けない者、混乱して泣きじゃくる者、狂乱して闇雲に腕を振り回している者、と‥‥放っておけば、あと数分と保たずに全滅しそうな様子だ。 そんな子供達を狙う蜂の一匹を、宗軒が手裏剣を投げて阻んだ。ひゅん、と唸りをあげた手裏剣は、蜂の身体を鋭く上と下とに両断した。 「開拓、者‥‥俺達を助けに‥‥?」 「何とか、間に合った様ですね。とは言え、未だ気は抜けませんが」 見覚えのある琥珀色の角を見て、子供達は味方が来たことを察し、安堵の表情を浮かべる。宗軒だけではない、続々と合流してくる開拓者達、そして自分達の姉弟子にも。 「う、ウズラ師姉‥‥」 「皆‥‥大丈夫!? 怪我してない!?」 桔梗が前に駆け出て、子供達の具合を見ながら、ウズラに言った。 「大丈夫。皆、動けると思う‥‥ウズラは、この子達を連れて退避して」 「でも‥‥」 「子供たちの面倒を見るのが、今の貴女の役目でしょう?」 周囲のアヤカシを見渡しながら逡巡したウズラに、宗軒が鋭く言った。はっとなったウズラが頷くのを確認して、桔梗は子供達の中で唯一アヤカシに反撃していた、気の強そうな少年にも声をかけた。 「君も、ウズラと一緒に、皆を守って避難させてやって欲しい」 「お、俺がか‥‥!?」 「囲まれて、皆、混乱してる。誰かが責任を持ってまとめるのが、大事だから」 子供達は焦燥し、戦意を失っていた。こういう時に、仲間内に一人でも気を張れる者がいるだけで、状況の良し悪しは大分違ってくる。そんな桔梗の意図が伝わったのか、少年は声を張り上げ、仲間に呼びかけた。 「‥‥よし皆、とりあえず師姉と一緒に逃げるぞ! 悔しいけど‥‥ここは先輩達に任せよう」 桔梗が踏んだとおり、それで子供達もどうにか落ち着きを取り戻し、纏まって行動し始めた。 後の問題は、いかに子供達を撤退させ、目の前の敵を討つかだが‥‥『先輩達』の判断と行動は、迅速だった。 「二手に分かれるぞ、俺は子供達を護衛する」 蒼羅は子供達の傍らに立ち、後詰めの敵が来ないか警戒しつつ、手裏剣で迫りくる蜂を牽制する。数体の蜂が、針を突き出したまま固まって突撃してくるが、蒼羅は冷静に、近い標的を順に撃墜していった。 「よし、では危険な授業を開始しよう。開幕から閉幕まで戦の先輩達をよく見ておく事だ。誰一人締め出させなぞさせん」 子供達の後衛についたからすは、細やかに移動と射撃を繰り返しながら、鮮やかな弓技で確実に敵を減らしていく。敵の残りは、およそ二十弱というところか。 「よく見ときな、自分が何と戦おうとしていたか」 周太郎はすれ違いざまに子供達に声を掛けると、そのまま蜂の大群へと突っ込んでいき、跳びかかってくる相手に爆式拳を叩き込んだ。 「オン・サン・ザン・ザンサク・ソワカ‥‥‥‥微塵に消えやがれッ!」 幻桜爪に引き裂かれた蜂アヤカシは、周太郎の言葉通り、粉微塵に砕け散って消えた。 開拓者の護衛をうけながら、子供達はウズラの先導の元に、この包囲網からの脱出を図って移動を開始する。 「貴方達の相手は、私がして差し上げましょう」 宗軒は子供達を追撃しようとする蜂の中から、攻撃態勢に入った個体を優先的に狙い、行動を阻む。統率のとれた動きをしている蜂アヤカシだが、意図が見えるだけに動きを読むのは容易だった。 子供達の殿を務める羅喉丸は桔梗から神楽舞・脚を受け、神速の動きで蜂の群を迎撃した。 「風よ唸れ」 手にする旋棍「竜巻」が、空中の敵さえ容赦なく叩き落した。 程なくして、子供達が包囲を突破する頃には、アヤカシも大分その数を減らしていた。 一方で人喰花に対峙した蒼馬は、相手の動きを見据えつつ、懐に飛び込む機を伺っていた。 「気をつけて。もう、あの花の間合に入ってる」 同じアヤカシと対峙した経験のある桔梗が注意を促すのと同時に、人喰花は鋭く蔓を伸ばしてきた。 「任せろ!」 蒼馬は、姿勢を低くしてその蔓をかわし、ここぞとばかりに瞬脚で間合いを詰めた。腕をしならせて蛇拳を打ち込み、茎をへし折ると、同じ場所に続けて暗勁掌を叩き込む。 「ここかっ‥‥貰った!」 恐らくは身体の最も脆弱な部位に直接衝撃を与えられ、アヤカシは身を捩りながら、地面に横たわり、やがて動かなくなった。 残された僅かな蜂の群は、人喰花が討たれるのを見ると最後の攻勢とばかり、撤退する子供達の側面から突撃を仕掛けた。 「来る‥‥!」 「‥‥大丈夫だ。慌てるな」 どよめく子供達を遮って、蒼羅がすっと前に立った。その手には巨大な野太刀・斬竜刀が、鞘に納められたままで握られていた。 アヤカシは立ちはだかる蒼羅に狙いを定めたが、蒼羅は一切動じず、自然体の姿勢でそれを迎え撃つ。 「斬竜刀‥‥抜刀両断」 蒼羅に突撃した蜂は、しかし彼に触れる前に全て斬り伏せられた。蒼羅の周りに数度白閃が走ると、蜂のアヤカシはボトボトと地に堕ち、生き絶える。 蒼羅の最も得意とする神速の返し技。その正体は雪折と銀杏を組み合わせた抜刀術だが、傍目で見ていた子供達には、何が起こったかさえわからなかった。 「凄ぇ‥‥」 一線で戦う開拓者の実力と、彼らと自分達の間にどれほどの差があるか。いかに自分たちが、未熟であったか。 子供達は撤退戦の中で、本物の開拓者の闘いを目に焼き付けながら、自らの力を痛感していた。 (「‥‥これで全てでありましょうか、他に罠など無ければ良いのですが」) 目下の敵を全て片付けると、水奏は鏡弦で残党の有無を確認する。鳴らした弓の音は、何の異常も無く反響して‥‥ (「いや、これは‥‥」) (「くすくす。くすくす」) ‥‥何か、居る。枝葉の間に潜んだ、微かな気配。 「そこ」 水奏の表情から異常を察したからすが、即座に水奏の視線の先、木々の繁みに矢を打ち込んだ。微かな声が、開拓者達の耳に届く。 (「あら、鋭い・・・・今日はここまでに御座いますね。ごきげんよう」) そして気配は遠ざかり、すぐに消えた。 ‥‥逃がしたか、或いは追い払ったというべきか。 水奏もからすも、静かになった繁みを見つめて眉を潜めた。 ●反省会 無事に道場に還りついた子供達は、ぐったりとその場に座り込んだ。 だがすぐに自分達が犯した失敗を思い出し、怯える様な眼で開拓者達の顔色を伺う。 「授業料は高くついたな。不測の事態にこそ日々の修練の真価を問われる」 「ま、怖い目みたんだ、勉強できたろ。出来てないなら強くなるのは無理だ、諦めな」 その視線を察して、羅喉丸と周太郎は厳しい言葉を子供達に向けた。 子供達は、彼等の言葉にしゅんとした顔でうつむくが、無論、二人は落ち込ませる為にそんな台詞を投げた訳ではない。開拓者として成長する為に必要なこと、それを覚えて貰わなくてはならないからだ。 「まあ、後はウズラさんに任せるよ、うんと叱って‥‥ん?」 と、羅喉丸が後ろに居るウズラを振り返るが‥‥そのウズラも正座しながら、宗軒に説教を受けていた。 「どこの世界でも、下の不始末は上の責任です。彼らのことを預かって居るのだと言う自覚を持って下さい」 「はい‥‥す、すみません。ご迷惑をおかけして‥‥」 ある意味では、ウズラが果たすべき責務を果たさなかった故に、今回の事件が起きた。彼女も行いを改めねば、また同じことが起こりうる‥‥宗軒の言わんとするべきことが嫌でも自覚できる為に、ウズラも縮こまって彼の話を聞いている。 開拓者達はウズラの様子に、どうしたものかと顔を見合わせたが、蒼馬は特に戸惑うでもなく、自然体で子供達に話しかけた。 「なあ、みんな。闘いは、怖かったか?」 子供達は正直に、首を縦に振った。 「それでいい。恐怖を知らん者に真の勇気はない。恐怖を乗り越える心が勇気だと俺は思っているからな。恐怖を知った今、真の勇気を手に入れられる」 記憶を失ってもなお心の中に残った信念なのか、まっすぐに子供達を見つめて語る蒼馬。 「真の、勇気‥‥」 「力や技で強くなるだけじゃなく、心も、強くならないと。傷つかない心‥‥じゃなくて、自分を知ること。認めること。今は、多分‥‥みんなよりも、ウズラや、鳩座の方が、皆のことを良く知ってる」 桔梗も声を穏やかに、子供達へ想いを伝えた。闘いの中で桔梗が声をかけた少年が、口を開く。 「修行が足りないってことだよな。よくわかったよ‥‥その、ありがとう。助けてくれて」 その少年の言葉に、桔梗は穏やかに微笑みを返した。 「此度の件で学んだことを、そして言葉を忘れなければ、師と仰ぐ方々に近づくのも遠いことではありませぬよ。また共に肩並べて戦うこと出来る日を、楽しみにお待ちしておりまするする」 傍らで見守っていた水奏が微笑みかけると、子供達も力強く頷き、笑顔を取り戻した。 「お説教は終わったかな。それじゃあ、お茶にしようか」 説教の横で黙々と茶を入れていたからすが、皆にそれを振る舞う。蒼羅などは、既に落ち着き払った顔で茶を飲んでいたが‥‥差し出された仄かな茶の香に、場の空気が和らぐ。 「いつか。きっと‥‥」 子供達は差し出された茶を味わいながら今日の日の出来事を思い返し、歩むべき目標を確かめたのであった。 |