【鳩塾】一日先生!
マスター名:有坂参八
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/01 20:27



■オープニング本文

●東房の、とある村の近くの、とある拳法道場にて。
「一! 二! 三! 四! 五! ‥‥」
 朝の道場に、突きを繰り出す子供達の掛け声が、朗らかに響きわたる。
 開拓者となる為に、道場に住み込みで修行をしている門下生達が、朝稽古に励んでいるのだ。
 『鳩塾』と呼ばれるこの道場の師範を務める泰拳士・三剣鳩座は、道場に足を踏み入れると、稽古の様子を一望して一人、うんうんと納得するようなしぐさを見せた。そして、弟子の中の一人を探して頭を巡らす。
「鷹一郎、これ、鷹一郎はいますか」
「はい、こちらに」
 師に呼ばれた鷹一郎が、弟弟子の指導を中断してこちらにやってくる。鳩座は、弟子のまとめ役である驤齪Yに、稽古の予定を告げた。
「今日は用事がありまして、一日道場を留守にすることになりそうなのですが」
「‥‥わかりました。番は俺がやりますので、道場は、ご心配なく」
 弟子の中では年長者で、一番弟子でもある彼にとっては、こういった留守中の番を任されるのも慣れたものだった。
 彼の落ち着いた態度に対し、鳩座は若干物足りなさそうに、言葉を続ける。
「‥‥ふむ。一日中、自主練習というのも捻りが無いですかね」
「捻り、ですか? 俺はなんでもいいですが、変な無茶ぶりは、その、少し自重して頂きたいですね」
 鷹一郎が眉をひそめると、鳩座は逆ににこり、と笑った。
「無茶ぶり? はて、そんなことを何時しましたか」
「ウズラがぼやいてましたよ。先生の言いつけでキノコ採りに駆り出されたら山がアヤカシだらけだったとか、色々」
 鳩座は頼れる師範だが、時折思いついたように、適当で無茶な言いつけをすることがある。妹弟子のことを引き合いに出すと、鳩座はいつものように、
「あっはっは、そんなことも、ありましたかねぇ」
と、軽く笑って聞き流した。
「まぁ、今、思いついたのはそういうのではありませんよ。外から先生をお呼びしてみようかと」
「外から?」
 鷹一郎が聞き返すと、鳩座は穏やかに、そして楽しげに答えた。
「そう。本物の開拓者を、特別講師としてお招きするんです」

●年長組
 鳩塾に所属する門下生のうち、十四歳以上の者は『年長組』として区分され、普段から組み手などの実戦に通用する稽古を行っている。
 年長組のまとめ役として鷹一郎が、他の者に、先程決まった今日の予定を伝えた。
「というわけで、現役の開拓者に一日、先生の代わりをやってもらうんだと」
「面白そうじゃないか。現役の開拓者に勝てたら俺、もう一人前ってことだよな」
 鷹一郎と同い年の、鷲太がケラケラと笑ってそう言った。横で静かに話を聞いていた妹弟子の睦海が、呆れたようにため息をつく。
「‥‥なんと傲慢な。師兄如き井中の蛙が、普段死線を潜り抜けている開拓者様方に打ち勝つ道理が何処に在るのか。私、全くもって解せませんわ」
「うは、相変わらず容赦無いな睦海」
 などと盛り上がる面々をみながら。
「ま、俺らはそういう方針で行くからな。あとは、アレだ、ちびすけ共の面倒もみてもらうから、あっちの様子も見つつ、だ」
 鷹一郎が、ほんの少し不安げな面もちで、その場をまとめた。
「あー‥‥あいつらもか。人によっては大変かもな」
「子供好きな方が来られることを、祈る限りですわね」
 鷹一郎以外の者も、彼の不安が理解できたらしく‥‥少し離れたところで稽古をしている、年少組の方へと視線をやった。

●年少組
 鳩塾門下生のうち、十三歳以下の者達は『年少組』と区分され、より基礎的な稽古を行っている。
 鳩座の指導である程度の規律が保たれているとはいえ、そこはまだ幼い子供たち。普段とは違う特別な稽古を前にして興奮するなという方が無理のある話のようで‥‥
「えー、ですからー、指導にきてくれる開拓者の先生には失礼の無いように、静かに、きちんとお話を聞いてー‥‥」
 年少組のまとめ役である谷上ウズラが、弟弟子たちにそう言い聞かせるも、目を輝かせた彼らは当然上の空。

「なぁなぁ、開拓者って、どんなのが来るんだ!? やっぱ泰拳士なのか!? それともサムライとか志士か!?」
「あたし、吟遊詩人さんが来るといいな、いろんなお話、聞けるかもしれないし」
「なんでもいいけどさ、やっぱ強いのにきてほしいよなー」

 ‥‥などと好き勝手なことを話し続けて収まらない。それなりに実力があり、実戦に出たこともあるウズラと違って、年少組の他の子供たちは、師匠以外の開拓者を余り目にしたことがない。期待に胸躍るのは当然のことなのだが、彼らの面倒をみる役目にあるウズラの心中は、不安でいっぱいである。
「どんな人が来るかはまだわからないから! とにかくね、せっかく開拓者さん達はご指導にきてくれるんだから、ちゃんと言うこときかなきゃ駄目だからね、ね、わかった!?」
「なんだよ師姉、俺らもサルじゃないんだから、それくらいできるって」
 弟弟子の一人にそう諭されるも、イマイチ説得力にかける気がして、ウズラは肩を落とした。
「もう‥‥心配だなぁ」
「で、師姉。開拓者のセンセは、いつ来るんだ?」
 そう言われてウズラは、鷹一郎から聴いた話を思い返す。
「いま鳩先生が、開拓者の先生をスカウトしに行ってるらしいから‥‥」

●鳩先生
 鳩座は、鷹一郎と会話をかわしてから、それほど間をおかずに開拓者ギルドにやってきた。まだ朝の早い時間ではあるが、ぽつぽつと、依頼を求める開拓者の姿が見える。
「やぁやぁ、あなた方は開拓者ですかな? お仕事の話があるのですが、いかがです? いやぁ何、簡単なお仕事でして、ええ、ええ‥‥」
 そうして鳩座は慇懃な態度を振りまきながら、目に付く開拓者に片っ端から、声を掛けていった。
 ‥‥今日出会う開拓者が、弟子たちにどんな経験を授けてくれるだろうと、密かな期待を胸に秘めながら。


■参加者一覧
ロウザ(ia1065
16歳・女・サ
アルティア・L・ナイン(ia1273
28歳・男・ジ
雲母(ia6295
20歳・女・陰
藍 玉星(ib1488
18歳・女・泰
十 宗軒(ib3472
48歳・男・シ
イクス・マギワークス(ib3887
17歳・女・魔


■リプレイ本文

●開拓者先生!
 集まった先生達の、依頼に対する反応は、六者六様であった。

「一日、指導を? 私にできる範囲でなら、構わないが‥‥」
 イクス・マギワークス(ib3887)は、突然に依頼を持ちかけてきた鳩座に対して、そう答えた。普段から絶やさず学び得た知識が、意外な所で役に立ちそうだ。
「ふむ、この前依頼で会った鳩座くんの弟子、か。楽しそうだし、一つ参加してみるとしようかな」
「鳩座がそんなに多くの弟子を抱えているとは思わなかったアルが‥‥なかなかに面倒見のいい師匠みたいアルな」
 以前にも鳩座から依頼を受けたことのある泰拳士、アルティア・L・ナイン(ia1273)と藍 玉星(ib1488)も、話を聞くと興味深そうに目を細め、この申し出を受け入れた。
「鷹一郎さんがどうしているか気になっていた所ですし、たまには良いかも知れませんね」
 同じく鳩座に縁の深い十 宗軒(ib3472)も、首を縦に振りつつ、かつて助けた鳩座の弟子の顔を思い出していた。

「稽古か‥‥ま、今の私には最適な事かもしれないな」
 雲母(ia6295)の方は、何か思うところがあるらしく、やや含みのある表情で依頼を受諾した
「わはは! ろうざ せんせー なた! うれしいぞ!」
 一方、ロウザ(ia1065)は先生という響きがいたく気に入ったらしく、ニコニコ顔である。どんな子供たちがいるのだろう? と、むしろ彼女自身が子供の様に眼を輝かせていた。

「引き受けてくださる方が居て、助かりました。では、こちらへ」
 そうして、開拓者たちは鳩座に、彼の道場へと案内される。
 引き合わされた彼の弟子たちは、興味津々な目で開拓者達を見つめながらも、元気に挨拶してきたのだった。
「今日は一日、よろしくお願いします!」

●青空の下で
 弟子たちの内、年少組の子供達十二名は、道場の外にある広い庭で指導を受けることとなった。
 ロウザがニッカ〜、と笑いつつ白い歯を見せて自己紹介する。
「ろうざは ろうざ! ちから つおい! がう!」
 ついでに近くの岩を持ち上げ、子供たちを一沸きさせつつ。
「二刀使いな泰拳士のアルティアだよ。今日はよろしくね」
 アルティアも肩の力を抜いて、フランクに子供達と接した。二刀使いはやはり珍しいようで、こちらにも皆、興味津々である。
「玉星アル。今日は遊びながら修行するのコト。でも、修行は修行ネ。気を抜かず、一生懸命頑張るアルよ!」
 玉星が屈託の無い笑顔でそう言うと、子供達も不思議なほど素直に、その言葉に頷いた。

 一時間目。ろうざせんせい。
「ろうざと すもー する! おまえたち ろうざに かて!」
 高らかに、ロウザがそう宣言した。
 生徒側はルール無用、禁じ手無し、何度でも再挑戦可能で、ロウザを一度でも倒せれば、かち。そういうルールだ。
「よーし、最初は俺がいく!」
 手始めに、年少組でももっとも体格のいい少年がロウザに挑んだが、少年の体はいとも簡単に投げられてしまった。
「くそっ、もう一回だ!」
「わはは! なんどでも こい!」
 と、もう一度挑むも、ロウザは再びあっさりと少年を倒す。年少組の面々が次々挑むも、当然というか、勝負にならない。
 最終的には、その場の全員が一度に襲い掛かるも、なおロウザは倒されず、まとめて返り討ちにしてしまった。
「どうした! ろうざ これくらいじゃ たおれないぞ!」
 ロウザもロウザなりの負けん気があるため、簡単には倒されない‥‥十二人がかりでも、正攻法では全く相手にならない力の差だ。
「くそーっ、こうなったら‥‥」
 禁じ手無し、という言葉を頼りに、子供達は一種の囮戦法に出た。半数の子供が代わる代わる、何度も絶えずロウザに挑み、負け続けながら注意を引きつけ、その間に別の子達が、こっそり背後から近づく。
「よし、皆いけっ!」
「がうっ!?」
 六人の子供たちが一斉に、後ろからロウザの両にしがみつくと、体を崩されたロウザはようやく僅かに地に手をつける。ロウザは最初目をぱちくりさせながら、やがて自分が倒されたことを知ると、嬉しそうに周囲の少年達を抱き寄せた。
「おまえたち よくやった! えらい!」
 一人ひとり、ぎゅう、ギュウと抱きしめられ、子供たちは一様に照れた表情を見せる。正攻法では倒せない相手を、いかに攻略するかという試練。ロウザがどこまで深くそれを考えていたかはわからないが、試練をどうにか乗り越えた子供たちは、全力で先生にほめられて満足気だった。

 二時間目。アルティア先生。
 アルティアはまず、開拓者達に興味津々な子供達に、自身の冒険譚を語って聞かせた。開拓者として戦うことがどういうことなのか、イメージだけでもつかむことができるように。
「大きな赤鬼や、骸骨の群と戦ったり。あとは‥‥そうそう、怪盗と対峙したこともあったよ」
 開拓者の一線で戦うアルティアが語った物語に、子供達も食い入る様に聞き入った。いつかは、自分も。そんな子供達の心の声が聞こえてきそうな表情だった。
 その語りも程々に、アルティアは続いて鬼ごっこをする、と宣言した。
「ロウザくんの授業もそうだったけど、開拓者は普通、強敵には連携を持って対抗するものだからね」
 鬼役のアルティアを、仲間で連携して追い詰める。そういう訓練だと、彼は説明する
「捕まえられなかったら、お土産の羊羹は無しだから。じゃ、始めようか」
 持参した土産の包をかざしながら二、三度軽く屈伸すると、アルティアは俊足で持って駆け出した。
「はやっ!」
 子供たちも驚きつつ、慌ててそのあとを追う。アルティアを捕まえ、ねじ伏せれば勝ち、という条件だったが、触れることはできても中々捕まえるには至らない。
「このっ!」
「甘い、甘い!」
 アルティアは弟子たちの一人が伸ばした手をいなし、掬う様に投げた。この鬼ごっこは数十分続き、年少組十二人がアルティアを囲んで同時に飛びかかることでようやく決着を見たのだった。
「うまく連携できたね。その感覚を忘れないように。‥‥それじゃ、休憩しようか」
 息も絶え絶えな子供たちに掴まれると、アルティアはにっこり笑って、子供たちの頭を撫でる。土産に持ってきた羊羹を差し出して、その場はお茶を入れてひとまず休憩、ということになった。

 三時間目。玉星先生。
「皆、汚してもいいような服を来てくるヨロシ。戻ったら、二組に分かれて、一人三個ずつ、泥団子を作って貰うね」
 子供たちにそう指示した玉星は、樹の枝でがりがりと地面をひっかき、二つの大きな円をそれぞれ離れた場所に書いていた。
「玉星ちゃん、この丸と泥団子で何するの?」
「今は先生と呼ぶアルよ、ウズラ」
 玉星とは以前の依頼で親しくなったウズラが不思議そうに問いかけると、玉星はびしっと人差し指を立てて注意した。
「は、ハイ、玉星先生っ」
「もう組み分けは済んだアルか? それぞれの班からひとりずつ、この円の中に立つアル。
 お互いを狙って泥玉を投げて、相手に一つ当てるごとに1点。点数の多い組が勝ちアル」
 それから投げつけられた玉は避けても構わないが、円から足が出たら減点3、と玉星は付け加えた。要は、玉を当てる器用さと、玉を避ける敏捷さを同時に鍛える訓練という訳だ。
「ウズラ、見本を見せるアルよ」
 玉星とウズラが手始めに円の中に入る。最初にゆっくりと投げ合っているうちは互いに余裕があったが、徐々にスピードを上げるとウズラが危うげな動きを見せ始める。
 しまいには運足まで使った真剣勝負になりかけたが‥‥
「それっ!」
「へぷっ」
 その前にウズラの顔面に泥玉が直撃した。
 子供達はそれの様をひとしきり笑ったあと、我先にと自分たちも挑戦し始める。
「負けた組は、勝った組の服も洗濯するのが決まりネ」
 罰が提示されると張り合いも出るというもので、子供達は大盛り上がりしながら、泥投げ合戦に打ち込むのだった。

●修練の場で
 一方、年長組の方は道場の中で、雲母、宗軒、イクスの三人から指導を受けることになっていた。
「それでは。よろしくお願いします」
 一番弟子の鷹一郎に続いて、六人の弟子達が、開拓者達に礼をする。対する開拓者側も、割合落ち着いた態度で礼を返す。
「鷹一郎さんも、だいぶ落ち着いたようですね」
 宗軒がそういうと、鷹一郎は以前に会ったときに比べれば、驚くほど穏やかな表情で答えた。
「ええ‥‥恥ずかしながら。また、ご助力頂くことになりましたね」
「いえいえ。私など、まだまだ教えを請うような立場ですから。どうぞお手柔らかに」
「貴方が宗軒様ですか‥‥師兄より話は聞き及んでいますわ」
 その時、鷹一郎の後ろに並んだ年長組の生徒のうち、睦海という少女が口を開いた。
「良ければ‥‥今日は一つ、お手合わせをして頂ければ、と」
 年長組は、年少組に比べれば経験豊富ではあるが、他の開拓者を相手にした経験は少ない、と宗軒達は聞いていた。
 だからこそ、宗軒は自らが彼らにできる最適な指導を考え、実行する。
「ふむ。手合わせですか」
 と口で言うや否や睦海の足を払い、そのまま彼女を床に組み伏せる。
「‥‥っ!?」
 倒されて唖然とする彼女の鼻先に、宗軒は短刀を突きつけた。
「私がその気なら、死んでいましたよ?」
「なっ‥‥ひ、卑怯です! 礼もかけずに襲いかかるなんて!」
 状況を飲み込んで、ようやく怒りだす睦海。宗軒は立ち上がりながら言った。
「戦う相手に隙を見せるなど、絶対にしてはいけない事です。実戦になれば、相手が正々堂々向かって来る事は、ほぼありません。油断する事自体が、悪となるのですよ」
 宗軒の言葉に、睦海は押し黙る。彼女が、開拓者達に対して不用意に隙を晒していたのは事実だ。
「‥‥参りましたわ。口惜しいですけれど」
 睦海は、悔しそうにしつつも落ち度を認めた。宗軒は今度は穏やかな語調で、睦海を始め弟子達に声をかける。
「大事なのは、相手が卑怯な手段を取ってきても、きちんと対処できるようにしておくことです‥‥もちろん、礼節も大事ですよ。皆さんは卑劣な盗賊とは違うのですから」
 宗軒が直接指導した時間は長くはなかったが、その内容は弟子たちの頭に印象深く残ったようだった。

「次は、私か」
 後ろで煙管をふかしていた雲母が前にでて、弟子達一人一人の顔を見渡した。
「泰拳士に重要とされるのは速度や回避力だな。それを鍛える」
 雲母は簡潔にそう説明すると、一番前にいた弟子の一人‥‥鷲太という少年に前にでるよう促した。
「とりあえず避けてみようか。手加減はちゃんとするからなぁ」
 懐から小石を取り出しながら、雲母はにやりと笑う。
 雲母は鷲太を道場の中心に立たせると彼を狙い、手にした小石を、次々指で弾いていく。
 鷲太も泰拳士らしい身軽な動きで、石を次々と上手くかわした。
「これくらいは避けられるか。徐々にきつくするぞ」
 今度は弓を構え、加減しながらも矢を射る。雲母が力を抑えているうちは、鷲太も危うげながら何とか直撃を避けた。
「へへ、本気で来てもいいくらいだ」
「中々言うな。どうなってもしらんぞ」
 鷲太の軽口に、雲母は一度煙管をしまうと次の瞬間、雷光の如き速さで射かけた。
「うお!?」
 反応できずにいる鷲太に、次々と矢が射かけられる。当たらないように指一本分外してはいるが、鷲太は道場の壁に、まるで昆虫の標本のように張り付けられた。
 矢を一通り使いきった雲母は、再び煙管をふかすと、肩で息をする鷲太を見てくすりと笑った。
「流石に本気を出したら稽古にならんか」
 その後も雲母は、年長組六人達に、厳しく指導を行った。熟練の弓術を前に生徒たちは圧倒されたが、それでも徐々に動きが良くなると、雲母は最後には皆を褒めた。
「ん、これくらいにしよう。よくやったな」
 雲母が打って変わって優しく接すると、弟子達も達成感を持った表情で、頭を下げた。

「さて、疲れているところ悪いが、もう少し頑張れるかな」
 最後に指導を行うのはイクスである。
「キミ達は普段、泰拳士同士で稽古をしているだろうから、今日は後衛を交えた連携の訓練をやろう」
 最初にイクスが年長組の面々に課したのは、護衛対象の存在を仮定した訓練だった。二組に分かれ、後衛に置いた護衛対象を互いに狙いあう、集団戦形式での試合だ。
 後衛役には本職のイクスと、もう片方の組には同じく後衛の雲母がついた。
「護衛する対象がいる場合の防御策は、相手を近づかせないことが最優先だろうな」
 戦いながら、イクスは集団戦の理論を教授していく。
「守りながら戦うってのは、中々きつい物ですね」
「状況によるが、敵を倒すことは二の次にしても良い。視野を広く持つことが大切となる」
 年長組も最初はこの連携に戸惑っていたが、イクスの指導で少しずつ動きは良くなっていった。
 四対四の模擬戦をこなしたのち、次いでイクスは対遠距離戦闘の指導を行う。
「基本的に遠距離攻撃を得意とする存在は近距離への対応策が不十分だ。私も、直接の殴り合いならさほど強くないしな‥‥そこらの一般人にも負ける自信はある」
 遠距離の対象を攻撃する際には、素早く間合いを詰めることが重要であると説明し、イクスは実際に魔法を放ってみせた。
「これをくぐって私に接近するんだ」
 弟子たちは、加減されているとはいえ見慣れない魔法を前に中々イクスに近づけない。
「ぐぉっ」
 サンダーが足元の地面を穿って、鷲太が足を躓かせた。イクスは攻撃の手は緩めないが、助言は惜しまない。
「魔術師は概して近接戦闘が苦手だ。得意とする者は、殆ど居ないと思っていい。間合いに入ればキミ達の勝ちだ」
「‥‥もう一本、お願いします!」
 理論と実践を交えた訓練に、生徒達の動きも劇的に改善されていく。指導が終わる頃には、全員が対遠距離戦の感覚を掴めたようだった。

●指導終了!
 一日の最後には、親善試合としてアルティアと鷹一郎が手合わせを行った。
「よろしく、お手柔らかに頼むよ」
 試合は終始、アルティアが持ち前の速さで圧倒したが、それでも鷹一郎もかなりの間粘り、手に汗握る試合となった。
「そこまで!」
 アルティアが一本を取った時、ちょうど師範の鳩座が、道場に帰ってくる。
「お帰りなさい、先生! もーすっげー楽しかったです!」
 年少組の子供達が、口々に鳩座に今日の出来事を報告している。彼らの表情を見ただけで、鳩座は今日一日の成果を悟った。
「成果は上々だったようですな、ありがとうございます‥‥よければ、夕飯でも召しあがっていってください」
「炊事アルか? 手が足りないなら手伝うアルよ」
 鳩座の申し出で、一日先生達との特別授業は、食事会を以て締めることとなった。玉星の手料理も交えて、賑やかな食事が行われる間に、日が暮れる。
 そして鳩塾の門下生達は、貴重な体験を与えてくれた六人の先生が帰っていくのを、最大限の感謝をもって見送ったのだった。

「ありがとうございました!」