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■オープニング本文 ●泰国の陰陽師 神楽の都。紅坂と呼ばれる地域に、浪志組の屯所はある。 とある一室は、怪我人に占拠されていた。五行国へ、大アヤカシとの戦いに赴いた隊士たち。 普段は、血の気の多い若者で賑わう一室も、静かだった。むしろ、すすり泣きが響く。 合戦で同僚たちが亡くなった。大アヤカシの一撃の前に、即死だったと言う。 今日は、葬式の日。 外から軽い足音が響いた。障子を開き、九番隊の隊長が部屋に入ってくる。 「……行ってきたわよ。あなた達の言葉も、ご家族に伝えたから」 うなだれた白虎しっぽ。司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は、障子を閉めた。 天儀の流儀に従い、虎娘は正座を。怪我をした隊士たちに向かい、言葉を紡ぐ。 「浪志組の仕事は、危険と隣り合わせよ。命を失うこともあるわ。 だから、あなた達が辞めるつもりなら、私は止めないわよ」 隊長としては、口にするべきことでは無いだろう。でも、言いたかった。 「私も一年前にさらわれて、殺されかけたもの。悪事を暴いた見返り、……逆恨みね」 白虎耳が伏せられる。虎娘にとって、思い出したくない出来事。人の醜い部分。 「保護されたときの事は、覚えていないわ。気が付いたら、家に居たの」 虎娘が目覚めたとき、枕元で弟妹が泣いていた。幼い弟妹には、今も真実を伝えていない。 「あなた達が辞めるつもりなら、私は止めないわよ。命は一つしか無いもの」 虎娘の声が低くなる。瀕死の重症を経験して、生きる喜びをしった。 と、虎娘を呼ぶ声が外から聞こえる。 「出発の準備が整いました」 「今、行くわ。……あなた達が守ってくれた五行に、支援物資を届けてくるわね 開拓者長屋の人達が、寄付してくれたのよ」 虎しっぽを揺らし、虎娘は立ち上がる。年始めの長屋と浪志組のいざこざ。 ようやく、巻き込まれた一般人と浪志組関係も、平穏に戻りつつある。 「今更?」 …怪我人たちは苛立つ。口々に小娘隊長を罵った。 今回行くのは、元気な者たちだ。もっと早く増援があれば、同僚は死なずに済んだはず。 「真田さんは前に行く人よ、引っ張ってくれる人ね。私は、後から気付くのよ。 そして、遅れて歩きだすの」 虎娘は、答えに休す。上手く言えない、上手く伝わらない。 怪我人たちの罵声に、部屋から追い出された。 うなだれたままの虎娘。隣室に居た隊医から、お茶をご馳走になる。 「……後ろを守る道を選んだと、言うべきでだったかしら?」 「今のお前さんが何を言おうと、聞き入れんじゃろうて」 ご隠居先生は、お茶をすすった。浪志組の若いもんは、血の気が多い。 「お話しすれば、皆さんとお友達になれると思っていたのよ?」 特に九番隊は、足並みが揃わない。隊長が長屋で暴走した事が、大きな禍根を残している。 「浪志組に戻って来たことを、後悔しとるかのう?」 ご隠居先生は、目を細める。静かに、虎娘の言葉を待った。 「……一年前、家族やお友だちに、沢山迷惑をかけたわ。反対もされたし、私も浪志組を辞めるつもりだったのよ。 でも、悪党に斬られて、血だまりにうずくまる人々を、見過せなかったの。だから、後悔はしたくないわ」 ある秋の日、虎娘の目の前で、兄が斬られた。知り合いの店先には、たくさんの血の海が広がっていた。 それが、浪志組に救護体制設立を申し入れた、きっかけ。 隊医の先生に、押し掛け弟子入りした、きっかけ。 「そう思とるんなら、気長に頑張りんしゃい」 ご隠居先生は、湯飲みに視線を落とす。いつの間にか、空っぽになっていた。 ●本景の里 「真的!? 黒色的頭髪和紅色的瞳孔、陰陽師…… (ほんとうに!? 黒髪と赤い瞳を持つ、陰陽師……)」 白虎しっぽが、ブンブンと振られる。虎娘は不思議な言葉を発した。 「あの……今、なんと?」 五行国で合流した隊士たちが、怪訝そうな顔をする。天儀育ちには、泰国の土着の言葉は分からない。 「本当に、黒髪と赤い瞳を持つ、陰陽師が居たのね?」 「はい、本景の里で見ました。アヤカシに与する、長屋の女です」 隊士は、はっきりと答える。虎娘は、白虎しっぽを一気にふくらませた。 長屋のいざこざで、神代の巫女を長屋に閉じ込めた陰陽師。大アヤカシに育てられた子供。 「……私、行ってくるわ」 「はっ?」 「ちょっと本景の里に、行ってくるわね。もうすぐ、奪還作戦が始まるんですって。 あなた達は、里から避難してきた人たちを、ここで守っていてちょうだい」 虎娘は隊士たちの返事を待たず、相棒の甲龍を呼びつける。金(きん)は、黙って虎娘を背に乗せた。 「また勝手なことをしたら、副局長に怒られますよ!?」 「あら、局長さんは怒らないわよ」 「第一、敵のアヤカシの事も、知らないでしょう!」 「大丈夫、異文化交流会で、お勉強してきたもの。天儀の人たちは、アヤカシに仮装して、恐怖心を紛らわすのね」 先日、虎娘は都の一角で、警備の仕事を引き受けた。『仮想麗人』に扮した人と、取り囲む絵師たちを見る。 開拓者が多かったためか、色々と世間話をしたらしい。少々、見当違いの情報を手に入れたようだ。 「五行の大アヤカシは、術を無効化する技法を使うらしいわね。あと、音楽を奏でるって聞いたわ。 でも、もう大アヤカシは居ないもの。真田さんも言っていたし、私の陰陽術が止められる心配は無いわ」 虎娘は、二回目の浪志組の派遣でも、神楽の都で留守番を命じられていた。隊士たちは、やっと理由を知る。 「今、本景の里に居るのは、『単眼鬼』『白冷鬼』『鷲頭獅子』『妖鬼兵』らしいわね。歌と術なら、負けないわよ。 陰陽術は瘴気を扱うけれど、人の幸せのための術よ。あの陰陽師の子に、一言いってやるんだから!」 虎娘は空の上から、指示を出す。残留する隊士たちに、避難民を守るように。 空への移動手段を持たない隊士たちは、命令を聞くしかない。なんか、諦めが先立つ。 九番隊隊長の性格が、ようやく分かってきた。我が道を突き進む、暴れ虎だと。 「金、アレを使うかもしれないわ。お師匠様に禁じられている陰陽術……覚悟してちょうだいね」 虎娘の声に、甲龍は苦悩を浮かべる。アレは、使って欲しくない。 調子外れの歌と共に放つ、隷役付き悲恋姫。 ……鳥を空から落とし、魚を水面に浮かべる、歌声兵器は。 |
■参加者一覧
芦屋 璃凛(ia0303)
19歳・女・陰
氷那(ia5383)
22歳・女・シ
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
ユウキ=アルセイフ(ib6332)
18歳・男・魔
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●序 黒光りする、二本の角。修羅の嶽御前(ib7951)は、相棒を見上げた。駿龍の暮は顔を近づける。 「行く前に、これを」 嶽御前の爪先は、金の輝きをはなっていた。爪甲点金を身に付けた者は、練力が上昇すると言う。 暮の額に、手を軽く添える。祈りの言葉と共に、暮を淡い光が包んだ。そして消える。 加護結界。身を守ってくれる、精霊たちの奇跡。 「アヤカシ達から物理や非物理、いずれの攻撃を受けても、一回は耐えられる様にです」 白銀の髪を揺らし、嶽御前は笑う。八重歯がちらりと、見え隠れした。 「亜祈はん、子供は後が無いと思っとるかも知れん…支えを失ってしもうてな」 眼鏡を押し上げる、芦屋 璃凛(ia0303)。最近、急激に視力が落ちたらしい。 言葉と共に、やや見えにくそうに、瞳を細めた。橙の瞳が、白虎耳を見つめる。 「うち、捨て子やったから、そんな気がするんや」 一気に吐きだす呼吸。璃凛の言葉に、甲龍の風絶が、心配げな声を上げた。 捨てられていた、赤ん坊。璃凛の後の師匠が育て親になった頃から、風絶はずっと面倒を見て来た。 「…風絶は、心配し過ぎるんや」 ジト目が、相棒に向けられる。璃凛の兄を自負する、甲龍に。 「判断は任せるけど、生成の子を死なさんでくれ」 白虎耳に戻される視線。じぃっと。考え込む相手の返事を待たず、風絶に手招きする。 「追い払う方向、ね」 氷那(ia5383)は、駿龍の刹那に視線を向ける。右手をのばし、相棒の首に飾ってある物を手に。 枯れること無き、桜の枝。軽く振うと、舞散る桜の花びらが見えた。 アヤカシ達も、花びらのように散ってくれるだろうか。散らさねば、ならぬまい。 「私は私の出来る事を、ね」 静かに決意を口にする氷那。自分に出来る事をするのが、大切な事。 答えるように、刹那は鳴く。長く、長く。 本景の里の奪還は、住民たちの願い。村にも、桜の花が咲いているはず。 「亜祈さんの歌にも注意しないとね」 氷那は、くすりと笑った。刹那にひそひそ話をする。律儀に頷く龍。 刹那に寄せる、氷那の信頼。氷那に寄せる、刹那の信頼。 開拓者になる以前のことを、氷那は他人に話すつもりは無い。けれど、相棒には打ち明けても良いと思う。 「…生成の子供達、ですか。もう逃げたものだと思っていました。 …そうですか。まだ残っていましたか」 劉 星晶(ib3478)の黒猫耳は、考え込んでいた。後ろに、鷲獅鳥の翔星が控える。 「亜祈、物申す事があるのなら、探すの手伝います」 「まぁ、ありがとう。歌って説得するつもりなのよ」 「…歌う? 亜祈が歌うんですか!?」 「ええ、音楽は人の心を繋ぐって、母上が言ったもの。あの子に通じるはずよ!」 「…確かに、お母さんは歌姫と伺いましたが…」 飄々とした言動の奇人は、固まった。誰がどう見ても、星晶の表情は、青ざめている。 「何故かしら『歌姫』としての意識で、力んでいる様子ですね」 杉野 九寿重(ib3226)の犬耳は垂れ下がった。いつも天を向いて、ピンと立った犬耳が下を向いた。 「出来うる限り、対策を講じたいですね。あの威力の被害が、敵群だけに及ぼす様に…」 頬が引きつって行く。他人の面倒を見る方を優先する性格は、仲間を気にした。 「亜祈が最大火力を発揮させる仕草を見受けられたら、波状効果を避ける方法を考えるですね」 つまり、自分達の被害は、受けない様にしたい。九寿重の心の声。 「翔星。亜祈の歌が始まったら、飛翔翼で逃げてください。全力で、遠くへです」 二胡の演奏に秀でる、星晶。それゆえ、亜祈の歌の悲惨さが、身にしみる。 「…司空さんが、調子外れの歌しか歌えない事は、風の伝で知ったけど…本当なんだね」 ユウキ=アルセイフ(ib6332)は、苦笑いを浮かべた。仲間達の変化を見れば、笑うしかない。 「亜祈さん、歌う前に私達に合図を送ってください」 表情の変化が乏しいが、海神 雪音(ib1498)は動揺している。額に少しばかり、汗がにじんでいた。 雪音は避難所を探し、耳栓を借りうける。浪志組の砲術士が持っていた。 自分の耳に、耳栓を装着。相棒の駿龍の疾風には、手拭の端切れで耳栓を作ってやる。 亜祈が令と会話している間も、雪音は行動を続ける。仲間と相棒達に、耳栓を配り始めた。 「…歌が終わるまで耳栓をして、待機しながら周囲の警戒をしましょう」 雪音の意見に、九寿重と星晶は、強く同意を。 「…あ、忘れるところだったよ〜、『耳栓』。司空さんが歌い始める前にやらないとね」 黒猫の面の下から、ユウキの声がする。お面を付けている時は暗く、真面目な性格になるらしい。 でも、偶に、逆になってしまう事がある。今は、明るく、元気な性格だった。 駿龍のカルマの耳を探す。龍の耳って、どこにあったけ? 普段気にしないから、ちょっと手間取った。きちんと耳栓を付けてやる。これで、ひとまず安心だ。 「アヤカシに司空さんの『歌』ですか…」 額の白い一本角が考え込んだ。中書令(ib9408)は、優雅に目を細める。 仲間たちの恐怖する姿に、令も嫌な予感を覚えていた。 「確か合戦の時、対滅の共鳴で音のない空間でも、生成姫の子供の笛の音は聞こえましたので。 対滅の共鳴発動中に聞こえる笛の音を辿れば、問題の生成姫の子供に辿り着けると思われます」 琵琶「青山」の弦を弾く。夏の青々とした山の間から、月の出でるさまが描かれた、天儀の琵琶。 本景の里にも、もうすぐ訪れるはずの景色。取り戻したい。 「お願いするわ」 亜祈は、張り切っている。虎耳は、天を向いた。 「分かりました」 令は、視線を仲間に向ける。紫の瞳は、無言の提案をしていた。虎耳歌声兵器から、仲間を守る。 音のない空間を仲間達の前に展開し、防壁にすると。了解の頷きが見えた。 「陸、参りましょう」 騎兵の鐙に足をかけ、令は相棒の背に乗る。駿龍はゆっくり翼を広げ、風を捉えた。 ●破 空から本景の里を見下ろす、星晶。闘争心を大いに高める、泰拳袍「九紋竜」の裾をはためかす。 「全滅までは狙わず、追い払う程度にしておきますかね。暴れるのは、任せますよ」 主には冷たい翔星も、今日はやる気満々。戦闘に関しては、鷲獅鳥の本能が溢れでる。 翔星は、妖鬼兵を乗せた鷲頭獅子を、視界に捕らえた。憐みの視線を向ける、瘴気に侵された同族に。 もう元に戻れぬならば、葬って解放してやるのみ。甲高く鳴くと、羽ばたいた。 風切の羽根飾をなびかせながら、空を翔ける。 翔星は、「星が流れている」と言う意味を込め、命名をされたらしい。 「陰陽師探しの邪魔は、させません」 星晶は、すれ違いざまに散華を放った。妖鬼兵を霧散させる。 妖術の合間を縫い、巧みに死角へ回り込む翔星。気流を捕らえた。 翼を大きく広げ、急旋回する。同族へ向け、一直線に加速することを選んだ。 かぎ爪を振るう、鷲頭獅子。翔星の真空の刃が、翼を、全身を包みこむ。 羽が、空に舞い広がった。鮮血が、飛び散る。 悲鳴。怒声。負の感情を携え、鷲頭獅子は落下していた。 「アヤカシと子供…あれですね」 疾風に乗った、雪音。ついに司令塔と思わしき、アヤカシの集団を見つけた。 白冷鬼の一人が空を差す。氷の塊が空に浮かんだ。疾風に襲ってくる。 他のアヤカシたちも、次々と空を見上げた。印を結び、火炎や雷を呼びよせる。 隙が無く、途切れること無き攻撃。師団のような、アヤカシの術士は厄介だ。 雪音のロングボウ「ウィリアム」の弓把の両端で、宝珠が光った。続けざまに、矢を放つ。 素早い攻撃を、可能とする弓。ジルベリアの伝説の弓の名手にあやかって、作られた弓。 まず、白冷鬼を狙い撃つ。妖鬼兵の攻撃に、乱れが生じた。 合間を縫って、疾風は火炎を吐く。空からの一撃は、妖鬼兵の炎を打ち破る。 「白冷鬼が指令を出しているようですね」 雪音の淡々した口調、落ち着いた声音。周囲の仲間に冷静さをもたらした。 ちらりと亜祈に視線を送った、雪音。亜祈は、右手を上げている、歌う気だ。令は無音の空間を展開する。 「後方に回って下さい」 砂塵の鞍に、軽く刺激を送る。疾風は雪音の意図をくみ取った。旋回し、令の元へ逃げる。 力場の中でぶつかり、消えゆく定めの歌声。聞こえるはずがない、音色がした。 「おそらく、笙(しょう)ですね。途切れず音を奏でる笛…と言えば、分かりやすいでしょうか?」 令は、正確に楽器を言い当てる。元々文官のような職に就いていただけに、知識も広い。 「音色は『天から差し込む光を表す』といわれています」 …アヤカシに育てられた子供が、奏でる楽器にしては、少々皮肉だ。音が止む。 「暮、追います」 嶽御前の前方から、鷲頭獅子が来ていた。大きく翼を広げて、龍は飛ぶ。一気に最高速度へ。 暮は急上昇に転じた。敵の追撃を振り切る。しつこい一匹が追いかけてきていた。 「まだです、引き付けて…今です」 暮は何度か、牙をかみ合わせた。大きく口を開け、力強く羽ばたいた。 火炎と風が渦巻き、一本の刃を成す。駿龍に許された火炎上位技法、風焔刃。 龍の背で、一心不乱に演奏する修羅。令が見つめるのは、虚空。 猛る音は、水面の如く。響く拍動は、霧の如く。 流れ、うねり、跳ねる。琵琶から奏でられる、精霊の狂想曲。 「さて、この有限の時間の中、どれだけの奥深さ、広さを知る事ができるでしょうか?」 令は口元に、うっすらと笑みを浮かべた。どこかしら、貴人めいた雰囲気をたたえて。 陸は、音に乗る。駿風翼は、風に乗り、舞い踊る。 ある時は短調に。ある時は長調に。鷲頭獅子のかぎ爪を避けた。 「アヤカシ達の数は、数えきれません。好き勝手に動いているようです」 瘴索結界の結果を伝える、嶽御前。敵に陰陽師が居るなら、式も紛れている可能性もあると。 「敵の動きが、音より少し遅れていないかしら?」 白銀の髪をなびかせ、氷那は問う。指揮する者が何処にいるのか、ずっと考えていた。 技法で敵の位置を把握していた、嶽御前。やっと気付く。 「敵の指令を出しているのは、音ではありません。もっと、東のアヤカシのようです」 子供は囮。大アヤカシが居なくなった以上、用済みの存在。単なるエサに過ぎない。 家族と思っていた存在が、自分に牙をむく。『子供』は弱肉強食の世界に、放り込まれた。 「アヤカシの群れの中で、力を誇示すること。それが、命を繋ぐ術だと思ったのかしらね」 刹那を駆る氷那は、そっと呟く。龍の治療のため、嶽御前の所に戻ってきた亜祈を見た。 「金、あの子を探すわよ」 飛び立とうする金の前に、刹那が立ちふさがる。氷那は、亜祈の目を見つめた。 「前を向いて歩く人がいるなら、安心して歩いてもらえるようにするのだって大事な役目だと思うわ。 命の大切さを思い、後ろを行くと決めた。私はそんな亜祈さんが好きよ」 氷那の帯「墨染桜」が、風にさらされる。どことなく悲哀が満ちている品。 「でも、あまり無理しないで。周りの人達に心配かけてはだめよ?」 敵味方全てを巻きこむ攻撃術、悲恋姫。金は亜祈のために、黙って攻撃を受け続けていた。 「余りに気合が入りすぎるのが、見受けられますね」 鷲獅鳥の白虎が、悲しげに鳴き、金を覗きこむ。犬耳を伏せながら、九寿重もきっぱり告げる。 「あの調子外れの歌声は敵だけではなく、味方にも気持ちを削がれるくらい、酷いものですから」 誰の目に見ても、明らかだった。金は限界に近い。けれど、亜祈を心配して耐えている。 「刹那」 氷那の声に緊張が宿った。龍は突風と共に、衝撃波を放つ。 地上の敵が、隙をついて近づいてきていた。一番に飛びだしたのは、璃凛。 「風絶、うちは空回りして怒られてばっかで、朱雀寮辞める気やったけど、亜祈見てたら責任から逃げんの辞めたなってきたで」 守護符「翼宿」を握りしめる。自分の迷いすぎに気が付いた。 七色の羽根が一瞬、舞い飛ぶ。生まれいずる式は、眼突鴉。 地面を行軍する単眼鬼と、交錯した。眼鏡を押し上げながら、璃凛にたぁーと笑う。 「悪いなぁ、自慢の目を台無しにしてしもうて。おまけつけたるから、勘弁してな」 双角骨の角は凛々しく。風絶のスカルクラッシュは、鬼の群れを突き抜けた。 「私はアヤカシ専門に狙いを定め、射掛けるですね」 弓「弦月」を手にした九寿重。黒漆で染められた弓は、まるで芸術品のようだ。 ぼやけた夕陽のような光りを放ち、弓の姿が揺らぐ。放たれた矢は、精霊力を纏っていた。 単眼鬼の手足を狙ったはず。なぜか前方で砕け散る矢。 犬耳は、天を差した。九寿重の声に、焦りが見える。 「白虎、避けるですね!」 子供が稲妻を放っていた。後ろから、落雷が迫る。白虎は、翼を焼かれた。 稲妻を模した刺繍の施された、飯綱前掛。それを付けた鷲獅鳥は、敵意をむき出しにする。 大きく翼をはためかせた。瞬速の技法で、子供の頭上に到達する。 九寿重がアヤカシと子供を引きつける格好に。ユウキはカルマに頼んで、離れた所に着地する。 「黒髪と赤い瞳を持つ、陰陽師の捜索…二の次だね」 嘘だ。本当は一番、気に掛けている。言葉に出来ない、心の言葉。 「でも、アヤカシ達を統率して、指揮しているかもしれない…ね」 希望。無理やり捻じ曲げた、心の言葉。カルマがユウキに、軽く頭突きをする。 霊鳥の羽根が風になびいた。長い鳥の尾羽がカルマの首元で揺れる。 複雑なユウキの心の色に似た、極彩色の鳥の羽の色。相棒は気持ちを、察していた。 「やっぱり、邪魔をさせて貰うよ」 カルマに、明るい声が向けられる。龍は飛び立ち、衝撃波を放つ。隙を作るために。 ユウキは力ある魔剣を、胸元に構えた。力ある言葉を放つ。 アイヴィーバインド。大地に眠る精霊力に、働きかける魔術。 子供の足元から、魔法の蔦が伸びた。手に、足に、絡みつく。 間髪おかず、フローズを。空気が凍りついた。纏わり付いた氷は、子供を捕らえる。 氷。それはユウキの心。子供の心。 子供に向けられる九寿重の弓が、紅い燐光を纏った。矢じりから、紅葉色の燐光が散り乱れる。 「意識の通じ合いの意味、知ると良いですね」 怒っていた。九寿重は怒っていた。大事な相棒に、何をするのかと。 基本的に、鷲獅鳥と開拓者は主従関係。畏怖と尊敬の念によって、築かれる。 白虎と九寿重にも、当てはまると思うが。今の二人はそれ以上に、息が合っていた。 ●急 開拓者たちは、救護所で世話になっていた。全員、心あらず。 令の演奏より先に、亜祈は歌った。はりきって歌った。 四月二十日は令、五月五日は璃凛の誕生日。祝いの歌は、呪いの歌にしか聞こえない。 「アヤカシも子供も、逃げて行くはずです…」 安らぎをもたらす子守唄を、令は奏でる。悶絶する陸の鼓膜は、半分死にかかっていた。 「亜祈あんなぁ、うちを殺す気か!!」 灰色に燃え尽きた風絶を、背中にかばう璃凛。自分の発音が、おかしくなってしまう。 正しい天儀の発音を必死で思い出しながら、文句を付けた。 「止めても無駄ですしね」 ため息をつきつつ、九寿重は頷く。視界が未だ歪んでいるのは、何故だろう。 うなされる鷲獅鳥の白虎。背中を撫で、ひたすらなぐさめた。 黒猫耳を伏せた、星晶。隣の相棒に視線をやる。地面に伏せた翔星は、怯えていた。 「翔星、通訳をしましょうか?『流石の俺も、アレは無理だ』。…俺だって、無理です」 鷲獅鳥は、翼で必死に顔を覆っている。好奇心は、一気に恐怖心に変わった。 「龍用の耳栓、正解でしたね」 唯一、背筋を伸ばしていたのは、雪音と疾風。耳栓をとる直前だったため、まだ被害が少ない。 「…危うく、燃え尽きかけました」 心が、心が、心が。嶽御前は、思わず暮の手綱を握りしめた。 密かに一言もらし、全身を淡く輝かせる。こんな形で、閃癒を使いたくない。 「カルマは大丈夫かな?」 ユウキは震える指で、嶽御前から竹筒を受け取った。相棒に気付けの、水を勧める。 空の雄姿は、見る影もない。精神が燃え尽きた龍は、気力を失っていた。 「…あの歌声で命の尊さを説いていたなんて、思わなかったわ」 氷那の青い瞳は、遠くを見ていた。相棒の刹那は、名前のとおり、迅速に逃げ出した。 目の前の現実に、精神を集中しなくては。遠くなる意識は、見えぬ何かと戦い続ける。 仲間たちの苦しみなど、どこ吹く風。虎しっぽをゆらす亜祈は、使命に燃える。 「あの子と約束したもの。また人里に近づいて悪さしたら、見付けだして説得するのよ!」 「約束では無く、脅しだと思うわ」 氷那は少し考え、亜祈に訂正を入れてみた。至極、まっとうな意見。 「…二度と考えないと思います」 「歌いながらの説得は、止めてほしいですね」 なぜだか、雪音には確信が持てた。犬耳を押さえたまま、九寿重は後ずさる。 「けど、迷いが吹っ切れた気がする、感謝するで。あの歌は金輪際聴きたないけど」 璃凛は妙に悟りきった表情だ。投げかけられた言葉に、亜祈は小首を傾げる。 「…僕も同感かな」 「歌の本質を見失います」 ユウキと令は思い出し、視線を伏せる。亜祈の説得は、生き地獄に近い。 「泰国の歌、恐るべしですね」 「…あんな泰国は、認めたくありません」 断言する嶽御前の耳に、残るモノ。星晶の脳内に、こだまするモノ。 人生賛歌を奏でる、破滅の歌声。愛の尊さを説く、悲恋姫の合唱団。 『子供』は思い知った。世の中には、アヤカシに命を狙われる以上に、嫌なこともあると。 |