白梅の里と桜奇譚
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/24 20:31



■オープニング本文

 子供には、三人の親があると言う。産みの親、名づけの親、育ての親。
 十一のとき、産みと名づけの親を亡くした。燃えがる炎は、冥越の修羅の隠れ里を呑みこむ。
 十一のとき、育ての親と出会った。初めて見る「人間」と呼ばれた種族。
 人間の家族と迎える、二度目の春の季節。見上げれば、桜が舞う。
 二本の角を持つ、修羅の母親が好きだった花。黄色い髪は、母譲り。
 トサミズキの若葉色の瞳は、またたきする。一本角と共に、修羅の父譲りの色。
 十三になったばかりの修羅の子は、桜に手を伸ばす。
『私を忘れないで』
 遠い異国の桜の花言葉。誰が、修羅の子を責めれようぞ。
 未だ、産みの親は恋しき。未だ、名づけの親は恋しき。


●神隠し
「朱藩の片田舎で、桜を見に行った子供たちが、神隠しにあった。探すのを手伝ってくれ」
 神楽の都にある、開拓者ギルド本部。中年のギルド員から、依頼の説明を聞く。
 栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、この世の終りのような顔をしていた。
「……正確には、俺の息子たちだ。たまたま遊びに行った先で、巻き込まれたらしい」
 ギルド員の上の子は、楽天家のシノビ。十三才の修羅の子、仁(じん)。
 下の子は、人懐っこい弓術師見習い。四才の幼子、尚武(なおたけ)。
「すみません、私が桜餅の話をしたばかりに……」
 黒髪のポニーテールはうつむく。サムライ娘の真野 花梨(まの かりん)は、顔があげられない。
「旦那、花梨殿は悪くないでさ。一緒について行ったのに、見失った我が悪いでやんす!」
 懸命にサムライ娘を庇う、人妖。ギルド員の相棒、与一(よいち)だった。
 サムライ娘は「親戚の桜餅が美味しい」と、ギルド員の息子たちに話した。身重の新妻は、桜餅が上手。
 冥越出身の修羅の子は、桜餅を知らない。自制がきかない幼子は、桜餅を食べたがった。
 修羅の子は三月二十日、人妖は四月三日が誕生日。「誕生祝いの旅行」と兄弟は、駄々をこねた。
 ギルド員は根負け。兄弟は人妖とサムライ娘につられて、遊びに行くことに。
 里で作って貰った桜餅と、美味しそうなお弁当。帰り道は、子供達の希望で、お花見をしながら帰るつもりだった。
「白梅の里から『一里の距離にある、一本桜』です。桜まで、平坦な一本道なんですよ?
あんな見晴らしのいい場所で迷うなんて、考えられません!」
「……でっかい桜でさ、樹齢数百年はあるでやんすよ。まさか、桜の側にアヤカシが居るなんて、思わなかったでさ!」
「……与一にサムライの娘さんが、存在に気付かなかった、か。アヤカシの正体は、俺にも分からん」
「おまけに、シノビの坊ちゃんを、簡単に捕らえる相手でやんす」
「やれやれ……一筋縄では、いかんな。二人とも、もう一度、詳しく話してくれ」
「分かりました。見てきたことを話しますね。手掛かりがあれば、よいのですが」
 顔を上げた、サムライ娘。人妖と語り始める。


 簡単な道だった。里から伸びる、平地の道を歩くのみ。
 うららかな季節の散歩。一刻もあれば、樹齢数百年の桜に、辿りつくはずだった。
 見事な枝ぶりの桜は、遠くからでもよく見える。喜んだ兄弟は走り出す。
 笑いながら、サムライ娘は歩いた。遠くに見える子供達の姿、だんだん距離が開く。
 心配して呼びかけるも、子供達は止まらない。先に桜の木の下に、到着する。
 はしゃぎながら、桜の周りを回った。ふっと、立ち止まる兄弟。
 各々、嬉しそうに独り言を始める。兄弟は、一斉に桜の裏側に回り込んだ。
 急に桜吹雪が巻き起こる。人妖とサムライ娘の視界を埋め尽くした。
 それが、子供達を見た最後。


■参加者一覧
南風原 薫(ia0258
17歳・男・泰
空(ia1704
33歳・男・砂
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ
一之瀬 戦(ib8291
27歳・男・サ
一之瀬 白露丸(ib9477
22歳・女・弓
桃李 泉華(ic0104
15歳・女・巫


■リプレイ本文

●赤桜の伝
 その昔、桜に赤い花が咲いた。
 山賊に追われた親子は、桜の下に辿りつく。
 子は捕らわれ、人買いの元へ。
 親は血染めの桜の下に、捨て置かれたと。


「神隠しなァ…大概神隠しなんてのに遭ッた奴は死んで出てくるのがオチだが。さて、さて」
 空(ia1704)は顎に手をやる。呟きながら、顎を撫でた。
「…仁、尚武…必ず探し出してあげます…無事でいて下さい」
 感情に乏しい、海神 雪音(ib1498)。眉が、僅かばかり、しかめられた。
 伏せられる黒猫耳。劉 星晶(ib3478)は無意識に、ジン・ストールを手に取る。
 ふわりと首を一周させ、口元を隠した。くぐもった声が響く。
「…力で捕えたというよりは、技で惑わした、という感じでしょうか」
「桜吹雪で視界を奪われた瞬間に、アヤカシに攫われたと考えるのが…妥当だとは思いますが…」
 雪音は子供達がいなくなった状況を考える。でも手掛かりが少ない。
「もしかしたら、この一本桜が子供達を攫ったという可能性も…あらゆる可能性を考えませんと…」
 花梨に一本桜周辺の地理を尋ねてみた。平坦な道と、周辺の村には赤い花が少ないことが分かっただけ。
「…あの子を惑わすとしたら、家族の事でしょうか」
「修羅のご両親だろうな」
 星晶は、弥次を見る。仁と血の繋がらない親は、感情の読めない瞳だった。
「亡くした親を思う気持ちを、誰が咎められましょう…。
しかしとて、心配して下さる人がいらっしゃるのも事実」
 覚悟抱く言霊がこぼれた。月雲 左京(ib8108)の言葉。
「桃は御免だけど、桜なら未だマシってとこかねぇ…」
 一之瀬 戦(ib8291)は、左京の頭をかるく叩いた。
「惑わしの桜、か…咲く一時を、そんな事に使うか…」
 天野 白露丸(ib9477)は、視線を伏せる。麗しきはずの春の日が、色あせて見えた。
「桜花に惑わされ拐われた子供…か…助けたらな。花梨さんも与一さんも、そないに気ぃ落とさんで?」
 桃李 泉華(ic0104)は、見下ろした。落ち込んだ人妖は、地面すれすれを飛ぶ。
「絶対に無事に帰って来よんさかいに……な?」
 枝垂桜の簪を揺らし、泉華はしゃがみこむ。与一の頭を、ぽふりと撫でた。
 泉華が肩に乗せた、白い小猿も真似をする。ただの猿だが、心配してくれていた。
「修羅、ねぇ」
 考え込む、南風原 薫(ia0258)。暫く実家に戻っていた為、開拓者としての空白期間が大きい。
「あんたは獣人か」
 黒猫耳を動かす星晶に、薫は視線を向ける。『獣人』が開拓者として登場し、二年経つらしい。
 『修羅』と言う種族も、初見。一昨年の秋、開拓者として歴史の表に出てきたと聞く。
 けれど、修羅たちはもっと前から、人に紛れていた。角を隠し、あるいは無くし。
 一見すると人に見える左京、戦、白露丸、泉華。皆、戦の民『修羅』である。


●白梅の伝
 その昔、桜の季節は恐れられた。
 毎年春になると、神隠しが訪れる。
 赤い花が咲く家の子は、一人、二人と減りゆくばかり。
 いつしか紅梅は、白梅に植え変えられていった。


「依頼を受けた理由? 散りゆく桜に惹かれて、なんてね」
 余裕綽々だった薫の眼が、ふっと細められる。遠くに、一本桜が見えてきた。
 風に舞う、ひとひら。天を目指し、そして落ちてきた。
「…その子も桜に惹かれたのかねぇ?」
 ひとひらが、地面に辿りつく。薫は、ぽつりとこぼした。
「立派な桜…こないな騒ぎの中や無かったら、楽しめたんやけどなぁ…」
 泉華は、三寸はある、おこぼの上で背伸びをする。猫耳帽子の上に手を伸ばしてみたが、まだ足りない。
「ガキ共が消えた時と今、なんか差ぁあるか?」
「わたくしに見えます風景と差異は、ございますか?」
「…三本の桜が見えます」
 戦と左京は、桜近くの花梨に問い掛ける。あり得ない答えが返ってきた。
「何かと楽しそうに喋ってたか…、手を伸ばした相手は実の親とかかねぇ…」
 戦の瞳には、一本しか映っていない。どうも、桜の近くには、幻覚の術が働いているようだ。
「…如何にかして、さっさとアヤカシを誘き出した方が早ぇかもな。惑わされねぇ様に気ぃ付けとけよ」
 チラリと隣を見やり、左京の傍に付いた。後ろは白露丸に任せる。
「んん…空さん、堪忍やけど、お願いでけるやろか?」
 泉華にとって、男は使うモノ。女子供は護るモノ。
「敵がガキ共を取り込んで、かつ生きてるなら分かるだろォしな」
 泉華の求めに応じ、空は技法を発動させる。心眼の気配は三つあった。
「心眼で感知したとこから、瘴気反応引いたら子供の居場所わかりよるやろ…」
 瘴索結界「念」を準備しながら、泉華は急そぐ。
 同じ小隊仲間の左京を振り返る。自慢のサラサラの髪が広がった。
「…精霊の悪戯程度なら、直に帰って来よんやろけど…。枝葉の影っちゅうんも、気になるわ」
 自分の見る光景が、必ずしも正しいとは思えない。幻術系の術で、神隠しに見せた可能性もある。
「さって…綺麗な桜…これ自体がアヤカシやなんて事やなかったえぇんやけど…」
 泉華は印を組み、力ある言葉を放つ。瞳に宿る力、全身が淡い藍色の光に包まれた。
 我が目を疑う。三本の桜の内、二本は赤い。
「赤い桜…」
 泉華が言葉を全て紡ぐ前に、桜の枝が伸びる。
「…近づけさせねぇよ」
 薫は鉄傘を開いた。雨露を凌ぐのは無論の事。桜さえも、凌ぐ。
「危険なら、死ななきゃ安いの精神で庇うまでさ」
 不敵に笑う、薫。肩に担いだ、抜き身の刀「泉水」を見せつける。
 神職にして刀工の者による、鋭い切れ味の業物。桜の枝を一閃する。
「基本、殴るしか能が無くてなぁ」
 茶色い瞳は凛と。傘を放りあげた。空いた手で、幹に骨法起承拳を叩きこむ。


「下に見えぬならば、木の上で御座いましょう」
 狼の遠吠えが上がった、左京の咆哮。つられて降りてきたのは、修羅の子だった。
 若葉色の瞳には、光が無い。父の形見である漆黒の忍刀を、左京に向ける。切っ先から、桜が舞った。
 左京は迷わず、魔刀「アチャルバルス」で薙ぎ払う。刃の先に、人影を見つけた。
 動きが止まる。次の剣戟を、繰り出せなかった。
「…右京?」
 忍刀を持っているのは、死んだはずの双子の兄。人に殺され食べられた、愛しき半身。
 ひたすら、桜が舞う。左京は花弁に包まれていた。戦は、嫌な予感しかしない。
「…左京は無茶しそうだし、満身創痍なら首根っこ掴んで下げさすわ」
 大身槍「梅枝」を構え、前に出る。厳しい美しさの花言葉を持つ、梅。
 戦は大きく踏み込んだ。桜の先で、修羅の子が、左京を斬ろうとしている。
 戦の胸元で、花が咲いた。深紅の血の花が。左京は正気に返る。
「そのような体で無茶をしては、白露様が悲しみます…!」
 かばわれた左京は叫ぶ。戦は退かない。狙うは忍刀。
 勢いと体重を乗せた槍を、全力で突きだす。武天疋田流槍術、一槍打通。
 根が伸び、邪魔をした。仁を絡め取る。再び、連れ去る気だ。
「させると、お思いで御座いましょうか…っ!
仁様、皆様が、心配しておりますよ。無下にはしないで下さいませ」
 左京の緋色の瞳は、もう迷わない。赤い魔刀を横に走らせる。


「桜に惑わされる…惑わされるのは、もう、いらない」
 散りゆく花弁、桜吹雪に包まれた。白露丸の白い指先が、花弁を握り締める。
「…私の前に誰が居る?」
 眼前に居る人物を、じっと見つめた。それは会いたい人、今も探している人。
 旅をする、きっかけ。アヤカシ襲撃を受けた冥越の故郷で、唯一亡骸の無かった弟。
 白露丸は桜を投げ捨てる。震える手で、ロングボウ「流星墜」の弦を鳴らした。
「ぬくもり、安らぎ…望んでしまう…本当に、我儘だ」
 寂しげな目つきになる。弓は、真実を教えてくれた。心を抑え、矢をつがえる。
 弓矢に練力を込めた。放とうとする風撃に、ためらいが無いと言えば嘘だ。
「…さよなら」
 矢は、弟の心の臓を貫く。涙は見せない、これは幻だから。


 一本桜を遠目に見る。周回しながら、鏡弦を試していた雪音。
「アヤカシが増えていませんか…?」
 弓「天」を弾く手が、止まった。四体以上のアヤカシの気配。
「例えば木がアヤカシなら、地中から根を伸ばすことも考えられェるし」
 空は警戒する。近づく速度が速いらしい。足元の違和感、体勢を崩した。
 割れる大地、はい寄る茶色。土をまき散らし、波打つ桜の根っこが襲ってくる。
 茶色い髪が、風になびく。雪音は冷静だった。素早く矢を番えながら、狙いを定める。
「さてと…」
 雪音の心臓を狙った、根っこ。先即封で片っ端から射ぬいて行く。
 天貫の腕輪についた紅玉髄が、淡く光を返した。遠い異国では、心臓を守る御守。


 空は桜吹雪に包まれる。眼前に居るのは、黄泉の国に居るはずの恋人と友。
 記憶の残滓となりかけている人々。空の本名、「芒 虎政」を知る者たち。
「俺の領分に立ち入るなら、相応の覚悟を持ッてこい」
 魔槍砲「連昴」に、精霊力が宿る。穂先から梅の香りと、白く澄んだ気が溢れだした。
 楽しそうだった人々の顔がこわばる。梅が嫌いと言った。白が嫌だと。
「そりャ、良い事聞いたなァ」
 空はニヒルに笑う。限界まで痛めつけるのを、楽しむ性格の悪さが見え隠れ。
 問答無用で人々に襲いかかった。斬りつけられ、口々にののしる人々。
「俺は興味ねェし、ソコまで頼まれてねェし」
 青い瞳は、剣呑な光を帯びる。空には、アヤカシの恋人も、友も居ない。


 しきりに辺りを探る、黒猫耳。星晶は、「音」を捕らえた。
 規則正しい寝息が聞こえる。子供特有の早い呼吸。
 子供たちを奪還する事が最優先。目の前の戦闘にも参加せず、機会を伺う。
 二本の赤い桜。どちらかが、子供たちを捕らえているはず。
 向かって右、空を襲った桜。忍装束「影」をまとった星晶は、駆けだした。
 桜の幹に、攻撃を仕掛ける。裏千畳の暗殺術、影縫。
 動きの鈍った桜に飛び乗った。桜の枝にもたれ。幼子が眠っている。
 伸びる枝を蹴り飛ばし、幼子を抱きかかえた。
「サガレ」
 空の声がした。星晶は姿を消す。次の瞬間、地面にいた。一目散に翔ける。
 魔槍砲に、練力が集う。スパークボム。天儀の言葉で、閃爆光の意味を持つ、魔槍砲専用の技法。
 桜の根っこに、強烈な閃光を浴びせさせた。爆発が起こり、着弾点の周囲一帯を吹き飛ばす。
 桜の木が、散った。花も幹も、一瞬で桜吹雪に飲まれる。
 雪音と白露丸はアヤカシの気配を追った。一気に遠ざかって行く。
 たぶん、根っこが本体。地中を移動しているのだろう。
 深追いはしない。子供たちは、取り戻したのだから。


●泣き幽霊の伝
 その昔、桜には幽霊が住んでいた。
 桜の咲く間は、毎夜、すすり泣きが聞こえる。
 わが子を探し求める、夫婦が見えていた。
 後年、徳の高い僧侶が、幽霊を鎮めたそうな。


 桜の下には、まだ親の無念が残っているのだろうか。
「樹齢数百年の桜…それだけ年月を重ねていれば、色々と言い伝えや噂くらいはありそうですが…」
 雪音は、サムライの父と陰陽師の母を持つ。才能はどちらにも似ず、弓を手にした。
 握る弓とは、長い付き合い。でも、桜の下の幽霊は、それ以上の年月を泣いているのか。
「餓鬼んちょが親困らせたあかんやろー? …せやけど、無事に帰って来れて良かったわぁ」
 仁の一本角を突く、泉華。名前を呼ばれるのを嫌い、『桃李』と呼ばせる修羅。
「人命第一、原因は後からでも確かめれるけど、命は後から何とかなるもんやあらへんで」
 泉華は、ほほ笑んだ。桃の花が咲き始める時期は、七十二候において『桃始笑』と呼ばれる。
「桜の華吹雪は、シノビの木葉隠の応用か?」
「…うん」
 薫の言葉に、仁は小さな声で答える。恋しき母に促されたと。
「俺も、この子位の年だったら、引っかかっていたかもしれないですね」
 修羅の子は萎縮していた。星晶は助け船を出す、仁の気持ちを察したから。
 幼い頃に、アヤカシの襲撃で失った故郷。星晶は心の虚無を隠しながら、暗黒街で生きるしかなかった。
「怒ってねぇよ。家出かも、なんてぇ事も思ってたがぁ…そんな性格じゃあねぇか」
 薫は、仁の頭をかき混ぜる。食えと、干飯を差しだした。
「學好千日不足、學壞一時有余。…良く言ったもんだ、ねぇ」
 いいことを学ぶのに、千日あっても足りない。が、悪いことを学ぶのには、ちょっとの時間で事足りる。
「酒の一杯でも、どうだ?」
 薫は鉄傘を開き、地面に突き刺さす。その下に座りこむと、弥次に酒「桜火」を進めた。
 桜の花を漬け込んで作られた酒に、蒼穹が映っている。
 『出て行け』と言われ、薫が意地で家を出てしまった日も、こんな天晴れだったか。
「面倒なァヤツだぜ。俺相手に通じるわきャない」
 天下無双羽織を揺らし、空は盃を受け取る。嫌なアヤカシだった。
 会いたくて、会えない者の幻覚を見せるアヤカシ。
「…ひとまずこれにて一件落着。気になる事は後にして、今は茶を飲みます」
 自前のお茶を取り出す星晶。故郷の泰国で作られたお茶だ。
 湯のみ中で、茉莉花が花開く。桜に負けず、美しい花。


「桜、か…散り際も、見事だな」
 桜を見上げる、白露丸。桜吹雪だった。花が終わろうとしている。
 左京は掌に落ちた桜を握りしめた。胸元に埋める。
「皆が死に、もう九年。右京もいなくなり七年…。
わたくしはいつまで、この世に残っていればよいのでしょうか」
 隣に居ない半身を想う。涙を見せまいと紅葉虎衣の袖で、額を抑えた。
「大丈夫…涙が止まるまで、こうしている。…此処に、いるから」
 白露丸にとって、左京は心癒される妹のような存在。涙尽きぬ妹の頭を、静かに撫でた。
 アメジストのネックレスが、白露丸の動きに合わせて揺れる。アメジストの別名は、愛の守護石。
 青い瞳がほほ笑んだ、戦の腕が広げられる。妹の様に可愛がる、左京が泣いていた。
「鶺鴒(せきれい)、左京。…おいで」
 羽織「紅葉染」を揺らし、戦は白露丸の本名を呼ぶ。
 鶺鴒、背筋がすらりと伸びて清冷な鳥。秋の季語を司る言葉。
 傍に居る事を許し、互いに想い合う、愛しき女性。恋人以上の存在。
「……ふふ、戦殿の優しい顔は…私は好きだ。色々な戦殿が見れるのは、嬉しい」
 目を細めて笑う、白露丸。傍に居ると決めた唯一の人。恋人以上の心の繋がりを持つ、相手。
 手を広げた戦に、近付くが、戸惑ったように足を止めた。今は仕事中と思い出す。
「戦殿と月雲殿は、兄妹のようだな…」
「お前ぇが傷付いても悲しむっつーの」
 白露丸の声かけに、戦はぼそぼそと呟く。
「…戦殿…?」
 不思議そうに揺れる、白露丸の髪。戦を見やり、小首を傾げる。
「『私を忘れないで』か…其れでも俺はもう、過去に生きる事は出来ねぇ」
 戦にも、忘れられない過去は在る。齢十の頃、鬼の魅了に掛かり、冥越の家族と故郷を捨てた。
「此の白き華と共に、今を生き抜くよ…」
 胸元に飛び込んできた左京と、寄り添う鶺鴒。戦は力強く抱き締めた。