迅鷹の森、雪那の来訪者
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/19 23:06



■オープニング本文

●緑野
 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。神楽の都に程近い場所。
 ケモノも、植物も、虫も、人も。皆等しく、自然の恵みを受ける土地。
 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。
 東の咲雪(さゆき)。子供たちが大好きなサクランボ、イチジク、ビワの果樹園。
 南の燈華(とうか)。防風林の松とヒマワリ畑が広がり、人とケモノが共存している。
 少し勾配が見られる、西の照陽(しょうよう)。ミカン、柿、栗が、自然の恵みを与えてくれた。
 山になるのは、北の雪那(ゆきな)。イチョウ、紅葉、ケヤキがケモノたちの寝床になる。
 それは、魔の森の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。


 しかし、ギルドにつづられるのは、現在。
 開拓者と移住者によって、土地が切り開かれた記録。
 始祖の迅鷹の家族が、住み着いた記録。
 父迅鷹の月雅(げつが)と、母迅鷹の花風(はなかぜ)が見てきた出来事。
 子迅鷹の雪芽(ゆきめ)が愛する、山里の出来事。
 ―――芽吹きの物語。


●依頼
「お前さん達に行ってもらうのは、武天にある緑野。一年半前は、大アヤカシの支配する、魔の森だった」
 ギルドの奥の小部屋に、通される開拓者達。依頼人の朱藩の臣下たちと、ギルド員にむきあう。
「建前は『緑野の視察の護衛』。真実は、『宝珠の運搬の護衛』になる。あそこには、貴重な宝珠が埋められていてな」
 口火を切ったのは、ギルド員。他言無用と良い含め、朱藩の臣下、白石 源内(しらいし げんない)が説明してくれた。
 朱藩の興志王(こごしおう:iz0100)から貸し出された、希少な宝珠。「繁茂(はんも)の宝珠」が緑野の一角に埋められている。
 源内の息子、碧(あおい)も言葉を紡ぐ。埋めると植物の成長を、ほんの少しだけ促す効果が表れる宝珠だと。
「我が朱藩の国王、興志王さまのお力でも、一つが限界でした」
「朱藩にも、数個しか存在しない宝珠でござんして。緑野の住人達には、『朱藩と武天の友好の印』と伝えてありやす」
「息子によると『また緑野を見に来る。そのときに、共に掘り返すための約束の印』だと、説明したようですね」
「宝珠の効果を、住人達は知りやせん。ギルド内や、緑野に関わった開拓者でも、僅かでござんしょう」
 魔の森の焼き払いは、武天と朱藩の共同作戦で行われた。朱藩の臣下が視察に来ても、おかしくない。
 ギルド員から、質問が飛ぶ。臣下の親子は、交互に言葉を続けた。
「なんでこの時期に、宝珠の返還なんだ? 朱藩の隣の五行は、大アヤカシと交戦状態だろう」
「宝珠が元で、アヤカシに付け入れられる可能性がある……と申しましょうか。
不安定な、この時勢だからです。宝珠の無事を確かめるのが、当初の予定でした」
「……実は過去に宝珠が掘り返され、行方不明になった事がありやす犯人は移住民の子供だったので、事なきを得やしたが」
今は、その子の家の土間に埋められているんでござんす」
「此度の大アヤカシは、狡猾と効いています。平和に暮らしている民間人に、危害が及ぶことは、望むべきことではありません」
「そうなれば兄貴殿……いや、興志王さまも、悲しみやす」
 臣下親子の言葉に、さまざまな感情がにじむ。朱藩にも、葛藤があったようだ。
 ギルド本部を襲ったほどの大アヤカシ。今は情報がもれていなくても、将来に危険が残るかもしれない。
「それ以外に、予定が変わったのは、あなたに『緑野には、花が咲きかけている』と聞いたからです」
「おー? この前遊びに行ったとき、『さくらんぼうのつぼみを見つけた』とは言ったが」
「はい。もう宝珠は必要無いと、判断しました。元々宝珠の貸し出し期限は、一年でしたしね。
興志王さまの温情で、しばし期間を延ばして頂いただけですので」
「無事に宝珠を持ち帰ることが、なによりの『興志王さまへ喜びの報告』になりやしょう」
 かつて魔の森だった場所に、命が育っていく。繁茂の宝珠が、朱藩に里帰りする意味。
 緑野で早咲きの桜桃(さくらんぼう)のつぼみは、ゆっくりと膨らみつつあった。


■参加者一覧
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
スチール(ic0202
16歳・女・騎
ユエン(ic0531
11歳・女・砲


■リプレイ本文

●花風の花畑
『虹村からもたらされた、ヒマワリ。後に連花妃(れんかひ)と呼ばれる迅鷹は、緑野のヒマワリ畑を愛していた』

「かつて魔の森であっても、回復できるものなのですね。自然って、すごい……」
 緑の瞳が、まんまるになった。ユエン(ic0531)の視界には、村が広がっているのだから。
 駿龍の花々も、まんまるの目。緑野の住民と、視線が合った。小さな迅鷹は、声を失っている。
 水辺に居た子迅鷹は、羽を広げた。慌てて、家屋の裏に隠れる。何事か、泣きわめいた。
 山の方から、二羽の迅鷹が近づいて来た。ゆったりと、しかし警戒しながら。
「……月雅に花風、雪芽も。元気にしていたか?」
 仏頂面が口を開いた。ウルグ・シュバルツ(ib5700)の呼びかけに、父迅鷹は大きく羽ばたく。
 母迅鷹は速度を上げると、一行の前に降り立った。堂々とした振る舞いで、来訪者達を出迎える。
 一瞥し、高らかに無く、月雅と花風。おずおずと、雪芽が出てきた。羽ばたき、人間の住人達を呼びに行く。
「異常ないな。見周り、ご苦労だった」
 空に居た炎龍、バーニングブレスが着陸する。相棒の背中を軽く撫で、スチール(ic0202)は飛びおりた。
 ヘルム「ビゴトリィ」を脱ぐと、顔を振る。スチールの短い金の髪が、春の日差しに映えた。
「最初はどうなる事かと思いましたが…皆元気そうで何よりです。月雅や花風、雪芽ちゃん達も」
 劉 星晶(ib3478)の記憶は、焼け焦げた大地と、凍える季節。それでも迅鷹たちは、雪の中の新天地を選んだ。
「もう一年ですか…早いものですね」
 雪降る中の植林を体験した、星晶。猫族と呼ばれる、黒猫の獣人としては、コタツが恋しかった?
「魔の森で有った頃の状況も、今は昔ですね」
「アタシは、よく知らないんだけどっ」
 ピンと立った犬耳。杉野 九寿重(ib3226)は、むくれる相棒の人妖、朱雀に語りかけた。
「以前アヤカシに蹂躙された武天・緑野…現状では新しい命が芽吹いて、段々と開拓が進んでいる状況なのですね」
 五人姉妹弟の筆頭は、道場宗主の縁戚。幼年組の出世頭で、あだ名は「青龍」だ。
 あだ名と同じ、青い瞳が緑野に向けられる。未来を切り開く為に、埋め込まれた宝珠が、ついに役目を終えた。
「時期が来てとみえますね、朱雀♪ …朱雀?」
 相棒の返事が無い。腰までの漆黒の髪が揺れ、辺りを探る。次に犬耳が伏せられた。
「待つのさっ! 一緒に遊ぶのだよっ!」
 引っ込み思案な子迅鷹が、必死で逃げていた。強気な朱雀が、追いかけている。
 朱雀に悪気は無い。ただ、手より足が早い、吶喊娘なだけで。
「雪芽ちゃんは、ちょっと大きくなりました?」
 子迅鷹が泣きながら、星晶に迫ってきた。背後の人妖に追いかけられている。
「…お父さん達みたいに、立派な迅鷹になりそうですね」
 苦笑をうかべ、雪芽を受けとめる星晶。相棒の鷲獅鳥が見かねたのか、くちばしで人妖を捕まえた。
 生真面目だが、大人しい翔星。嫌な顔一つしないで、朱雀の遊び相手になってやる。
「そうか……あれからもう一年たったのだね」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)が、思わず伸ばした右手。指にはめたブラッドリングに、麦色が映り込む。
「わずか一年の間に、ここまで再生が進むとは……人々が手を取り合い、力を合わせた結果かな」
 伸び始めた麦を撫でた。ジルべリアの地方貴族、フランヴェルが故郷で見た光景に似ているかもしれない。
「ボクも、少しは役に立てたのだろうか」
 呟くフランヴェルの指先に、母迅鷹が近づいて来る。何か言いたげに、じっと見つめていた。
「ここが魔の森だったなんて……あの戦の後の事は、話には聞いていたけれど」
 悪意に屈さぬ心の力を信じ、身命燃やし走り続ける者。フェンリエッタ(ib0018)の瞳は、村を見つめる。
「本当にあるのね、こんなにも尊い可能性が。そしてそれは、多くの人々の努力があってこそ……」
 フェンリエッタの駿龍、キーランヴェルは畑に興味を示した。まだ麦しか植えられていない、麦畑。
 民家のわらぶき屋根は、近隣の住人が手伝ってくれた。村人たちの家族、豚や牛、鳥は、領主からの贈り物。
「共存共栄か……。人もケモノも心を寄せて集う場所だもの、いつかきっと豊かな森になるわ」
 迅鷹は、空を飛ぶ小鳥を捕食するはず。けれど、緑野の迅鷹は、雀たちと一緒に歌っていた。
「楽しみね」
 フェンリエッタはほほ笑む。「安寧と幸福」「共存共栄の道」は、ジルベリア帝国でも見つかるはず。


 緑野視察は、予定よりも時間が延びた。冬を越えたジャガイモ、つぼみの菜の花は、大事な食糧だ。
「お久し振りです。何か困っている事はありますか?」
 フランヴェルは住人に頭を下げる、去年以来の訪問。LOは、子供達に取り囲まれた。
「長く滞在する事は出来ませんが、ボクらに出来る事があれば手伝いますよ♪」
 金の瞳は、愛おしげに子供達を見やる。村の初めての夏祭り、あの日の笑顔と変わらない。
「……LOはお手伝い、無理だね」
 黒曜石の輝きを持つ龍は、勝手に滑り台になっていた。力仕事より、人間の子供と遊ぶ方が好き。
「フランヴェルさんのLOさんは、黒々とした身体がとても綺麗ですね。触れても、良いですか?」
 二つに結んだ髪は、おねだり目線。滑り台になる特技を持つ龍に、ユエンの視線が向いている。
「かまわないよ」
 ほほ笑みを浮かべる、フランヴェル。許可が出るとともに、ユエンはLOの背中によじ登り始める。
 見守る花々は、心配な目つき。微笑んでいるような顔のLOは「大丈夫」と鳴いた。
「もう、自然の力に任せても大丈夫だろう」
 泥だらけの手で、イモをつかむウルグ。嬉しそうに見上げるユエンに手渡し、カゴに運んでもらう。
「ワンコ、後で料理を作って欲しいのだよっ!」
 母親より、家事一揃えを会得している九寿重。朱雀から、小さなイモを押しつけられた。
「…朱雀は、わがままですね」
 九寿重は、ため息をつきながら、イモを受け取る。土の指輪をはめた、右手で。
「うん? 気になるのか?」
 服を引っ張られるウルグは、ジルベリアの地方出身。異国の服は、天儀の子供達には珍しい。
 アーマー「アキレウス」を、子供たちが見ている。裏から金属で補強がされた、皮鎧。
 古い時代の英雄たちが好んだ様式。緑野の子供達にとっては、ウルグも、英雄の一人かもしれない。


●雪芽の歌
『緑野に住む、春告姫(はるつげひめ)。初めて見た者は、驚くかもしれない。迅鷹の歌姫なのだから』


「こういうの久しぶりですから、楽しんでやってます♪」
 菜の花畑の中で、黒猫耳が張り切っている。相棒の鷲獅鳥は、伏せをして、小道で待っていた。
「翔星。いつもより、素直ですね?」
 沈黙を貫く相棒。亜麻色の毛並みを、朱雀や雪芽、村の子供たちに、いじくられているのに。
 翔星に言わせると、『主人は真面目にやっているので、不満なし。むしろ、いつもこの状態で居てくれないものか』らしい。
「運搬の手伝いよりも、子守が好きですか?」
 飄々と笑う、星晶。菜の花を抱えて、あぜ道に移る。
 翔星は、のっそり起き上がった。仕事が一段落したことを悟る。
 仕草で、子供達を背中に促した。羽ばたき、舞い上がる鷲獅鳥。さあ、桜桃を見に行こう。
「花々もお花がみたいのですか? 森の花を見に行きましょう」
 淡い桃色小袖「春霞」は、ユエンとともに一回転。浮足立つ花々の背中に乗せて貰う。
「主ら、やることがあるのなら、少々見て回ってきても構わぬか?」
 ウルグの肩から、主を見上げる管狐。勝手に出てきた導の趣味は、人や生物、景観を問わず観察である。
「なに、宝珠を回収する頃には戻ってこようぞ」
 偉そうに宣言する導、期待に打ち震える白い毛並み。紫の双眸は、いつもより輝きを増している。
「絵の題材か? しばらく行ってくると良い」
 筆を咥えて、絵を描くようになった管狐。ウルグは、ユエンに相棒を託す。一つ条件を出された。
 お人よしで、巻き込まれ体質の砲術士。ユエンに先輩として、思い出を語る約束をする。
 ユエンに抱っこされた導の首元で、宝珠「迅鷹」が揺れ動く。迅鷹の額に輝く宝珠に似た、緑色の宝珠。
 子迅鷹の先導で、桜桃の木を目指す。森には程遠いけれど、懸命に生きている木々の所へ。


 三月二十七日は、スチールの誕生日。ささやかながら、桜桃の下で、祝いの野点が催される。
 バーニングブレスが、一番張り切っていた。端っこにいるスチールを、幾度となく急きたてる。
「……こういうのは、ちょっと苦手なんだが」
 居心地悪そうに、スチールは進み出た。子供達に両手を引っ張られ、とうとう諦める。
 頭上にある、桜桃の蕾を確かめたフェンリエッタ。雀と雪芽が、木に止まる。
「植物もね、私達と同じ……『生きてる』から音楽を感じる心があると思うの。皆で一緒に楽しみましょう♪」
 微笑み、詩聖の竪琴を弾いた。春を寿ぐ(ことほぐ)歌を、曲に乗せる。
 暮らす人々や、ケモノ達に楽しんで貰えるように。木々にも届くように
「ほう、此処が話に聞く…。嘗ての魔の地に花咲み(はなえみ)の季が訪れるとな。
将来が実に楽しみであるの♪」
 ぴこぴこ動く、管狐耳。竪琴の音色に、導は耳を傾ける。
「そこの迅鷹どもも、ウルグが世話になっているようであるの?」
 視線を動かせば、迅鷹夫婦が桜桃に止まっていた。導の挨拶に、頭を下げて返事を。
 九寿重も、あちこちで頭を下げている。特に、迅鷹の夫婦に。原因の朱雀は、どこ吹く風。
「勢いで喧嘩して仲良くなのさっ♪」
 野点の間も、飛び回る様に遊んだ。もちろん、雪芽を追いかけて。運動の後は、桜茶が美味しい
 朱雀は動く。スチールに手渡されたのは、住人達のとっておきの桜茶。
「元気付けたら良いよねっ」
「……ありがとう」
 湯のみを手に、スチールはぽつりとお礼を。バーニングブレスも嬉しそうだ。
 そこかしこから、音楽が流れてくる。開拓者の演奏と、相棒の歌と、住人の手拍子。
 緑野で初めての花見、まだ花は少ないけれど。桜茶を飲んだスチールの頬に、早い桜が咲いた。


「そういう力じゃないのは解ってるけれど」
 心を尽くし伝える「表現者」は、苦笑をうかべた。ヒマワリ畑の予定地で、フェンリエッタの紡ぐ曲は、精霊の歌。
 芽吹く生命の力を、少しでも支えられるように。
「フェンリエッタさんのキーランヴェルさんは、人懐っこいのですね」
「キーラン? そう、貴方もここが気に入ったのね」
 首にまきつけた泰紋毛布をなびかせ、龍はリズムを取る。泰流の色鮮やかな刺繍が、風の中に舞い踊った。
 朗らかな陽光の中で、風を浴びる龍。人懐っこい、少年龍の声楽。
「フェンリエッタさんの演奏に合わせて唄って……とても綺麗な声なのです」
 うっとりするユエンに、キーランヴェルが寄ってきた。美しい緑みを帯びた鱗は、光を弾き、踊っている。
「花々も踊りますか?」
 小花の好きなユエンの声。鱗の一枚一枚が花びらのような形相棒は、小首を傾けた。


 土の中から、深緑の宝珠が顔を出す。子供達の宝物、碧のくれた硝子玉と一緒に
 当時、宝珠の貸出し願いに、朱藩に赴いた者もいる。フランヴェルの頭をよぎる風景。
「あの時、無人だった村も、今は虹村として再生している…何だかたまらなく嬉しくてね」
 アヤカシのせいで、滅びた村。鎮魂の為のヒマワリは、フランヴェルやウルグたちが植えてくれた。
「人の絆とは、これほど強いものなのだね」
 太陽の花は、武天の緑野にまでやってきた。星晶や、九寿重たちに運ばれて。
「いずれ、朱藩の王に直接お礼を言いたいものだな」
「興志王には感謝せねばな」
 目をこする、フランヴェル。ウルグも同意し、静かに目を閉じる。お守り「希望の翼」を揺らしながら。


●月雅の奮闘
『秀王(しゅうおう)と讃えられる迅鷹は、いつしか緑野の森の主になっていた。アヤカシどもを睨む、月色の瞳。』


 いよいよ、緑野に別れを告げる。九寿重は、改めて緑野の人に一礼を。向きを変え、更に一礼。
「臣下様一同は、宜しくお願い致しますね」
「アタシはワンコの主として、偶には出来る姿を見せないとねっ」
 朱雀は顔の相棒用色眼鏡を、人差指で押し上げる。サイドテールの赤毛も、どことなくワイルドな雰囲気を帯びた。
「しっかり守っていきましょうか。頼りにしていますよ、翔星」
 穏和な笑みを浮かべ、首を撫でる星晶。黒猫耳を動かして、宝珠の返還を素直に喜んでいた。
 背中で休んでいた雪芽と、子供たちは、地面に降りた。短く鳴き、翔星は舞い上がる。別れの言葉。
「…アヤカシは居ないのか?」
 喜んで人の盾になる、空の騎士。スチール・ド・サグラモールは、油断なく辺りを見渡す。
 父迅鷹が、何か鳴いた。バーニングブレスが賛同するように、鳴き返す。
「……言いたいことは分かった」
 相棒の訴え。スチールは青い瞳で、村を見渡す。
 緑野の一角は、迅鷹に護られた地。人とケモノが共存する地。


「一直線……きちんと、お届けできるのでしょうか」
 ユエンは、道を思い返した。緑野の近くから神楽の都までは、大きな街道が通っている。街道を行けば、迷うことは無い。
 花々は大きく頷く。ユエンが開拓者になるとき、おばあさまと共に選んだ龍は、心優しい。
「この時節柄、何が有るか判りませんし。道中の不安は尤もですね。宝珠は源内様に委託ですね」
 九寿重の声に、朱雀は姿を変えた。緑野で見た、雀。羽ばたき、偵察に出る。
 緑野の住人の情報。街道も物騒になっているらしい。以前より、アヤカシが多いと。
 バーニングブレスに乗り、やや上空から全体を見渡していたスチール。朱雀に手旗信号を送る。
(気をつけろ、空にアヤカシが居る。それから、街道の向こうにも)
「ワンコ、アヤカシなのさっ!」
 降下する声に、九寿重は刀を構える。野太刀「緋色暁」に、橙色の刃紋を浮かびあがらせた。
 飛行する相棒達に、緊張が走った。二枚の翼をもつアヤカシ、白羽根玉だ。
 街道の向こうで待ち伏せしているのは、女郎蜘蛛。発見された時点で、待ち伏せの意味は無い。
「アレは、人の心を弄ぶ魔物」
 苛烈な炎をも映す瞳、フェンリエッタの言う、アレ。五行で暗躍する、大アヤカシ。
「人が取り戻した地を、希望が芽生え始めた後にこそ、奪い返す事もしかねないわね。
……より深い絶望を与える為に」
 キーランヴェルの背中に乗った。フェンリエッタは、両手で剣を握りしめる。
「……そうだな。取り戻したこの地を、踏み躙らせるようなことは御免だ」
 とある依頼で、ウルグは変わった。犠牲となった者の無念を背負い、アヤカシの被害を少しでも食い止めることを心に誓う。
「緑野に芽吹く命や人々も、貴重な宝珠も、守らなくてはね」
 桜の耳飾りが、静かに揺れる。桜の花言葉の一つは、心の美。フェンリエッタの気高き精神。
 駿龍の翼は、空を行く。フェンリエッタの剣から、雷鳴がとどろいた。
「情報が漏れでもしなければ、アレも、わざわざ子供とやらを寄越しはしないと思うがの」
 前足で、毛並みを整える導。勝手に宝珠から出てきた。ウルグの耳元に寄ってくる。
 五行の大アヤカシは、山の神を名乗るらしい。志体を持つ幼子をさらい、アヤカシの味方に育て上げる。
「しかし、我もアレは嫌いじゃの。ウルグよ、攻撃に回るようなら焔纏で支援しようぞ?」
 言うが早いか、導はウルグの周りを回り始めた。管狐しっぽが、光に変わり始める。
 幾度も巻きつくうちに、光が増し、導の姿が消えた。ウルグを護るように、炎が揺らぐのみ。
「ウルグよ、どう攻めるぞ?」
 導の声だけが響く。お節介な程に、世話焼きな管狐。
 無言で魔槍砲に練力を込めるウルグ。蜘蛛一匹と白羽根玉の数匹を、まとめて射程に入れる。
 ちらりと碧に視線を寄こした。魔槍砲はアル=カマルよりもたらされ、朱藩の職人たちが開拓者と改良した銃。
 弾丸が打ち出される、アヤカシの目の前で弾けた。炸裂する閃光。アヤカシの認識する世界が、白く染まる。
 ウルグの光を味方につけ、九寿重は振り返る。風が草木をなびかせるように、心眼を広げた。
「朱雀、源内様を護るですね」
 前に踏み込んだ九寿重。相棒を巻きこんで、円陣を組む。瞳を険しくした。
 おかしい、敵の数が合わない。視界のアヤカシと、感じる気配が食い違う。
「すぐ側に…」
 言いかけた九寿重の背後を、ウルグの魔槍砲が薙いだ。朱雀が、力の歪みを仕掛ける。
「影鬼ですか」
 伸びかけた影が、引っ込んだ。星晶の夜叉の脚甲が、地面の影を穿つ。一歩遅い、逃げられた。


 バーニングブレスは、速度を上げた。蜘蛛に向かって、接近する。威嚇をしながら、地表に近付いた。
「後は頼んだぞ」
 騎士剣「ウーズィ」を手に、スチールは相棒の背を蹴る。急降下して突撃だ。
 白い刃が閃く。蜘蛛から吐きだされた糸を、斬り裂いた。胴体は目の前、切っ先を下に向ける。
 蜘蛛の胴体を貫いた。剣はそのままに、即座にアヤカシを蹴り飛ばす。スチールと蜘蛛の距離が開いた。
 炎龍が迫っていた、爪を振りあげる。剣に気を取られ、蜘蛛の反応が遅れた。斬り裂く。
 霧散する蜘蛛から、剣を引きぬくスチール。「ウーズィ」とは、「絆」を意味していた。
 風切の羽根飾が、激しくなびいている。ちぎれそうなくらい。翔星の速度は、尋常ではなかった。
 白羽根玉相手に、縦横無尽に飛び回る鷲獅鳥。闘志を燃やして、勇猛な戦いぶりを見せつけていた。
 宙返りの一瞬、地上の星晶に意識を向ける。宝珠が心配だ。
 煙の渦巻く地表、何か起きた。察した翔星は、煙に向かって方向を変える。


 星晶の煙遁に紛れ、臣下親子は横に逸れる。相棒たちも一緒だ。
「影を」
 ウルグに教えられた、碧とユエン。片っ端から、自分たちの影を撃つ。影鬼を近づけないために。
「花々とともに、皆様を護衛するのです!」
 お守り「家内安全」が、ユエンの懐で飛びはねる。おばあさまが、持たせてくれたものかもしれない。
 孤児となったユエンを引き取り、育ててくれた人。心より大切に想っている、おばあさま。お土産話をするためにも。
「どんな策謀を巡らしているのか知らないが……」
 全身鎧、ケニヒス・プレイトメイルが重厚な音を立てる。フランヴェルは、退かない。
 後方で臣下たちを護るLOも、翼を広げる。白羽根玉に向かって、雄々しく威嚇した。
 LOの口元に、赤が宿る。煉獄牙に、炎がまとわりついた。鳴き声と共に、鱗を硬質化させていく。
「人と人が手を取り合えば、必ず勝てる!」
 フランヴェルは咆哮をあげた。魂の叫び、人の強さ。大アヤカシ相手だろうと、負けない。
 蜘蛛に向かって、刀を走らせる。分裂する切っ先。柳生新陰流奥義、柳生無明剣が炸裂した。
 九寿重の刀に、精霊力が宿る。心眼に感じる気配、影鬼を捕らえた。
「そこですね!」
 朱雀の影に、刀を突き刺す。紅葉のような燐光が散り乱れた。影が雄叫びをあげる。
 続いて星晶の手から、天狗礫が放たれた。複雑な機動を描いて飛び交い、影鬼をあぶり出す。
 星晶の頭上をかすめ、一直線に加速する翔星。翼を大きく広げた。纏った真空の刃は、鬼を切り裂く。
 飛鷲天陣翼。それは、深い信頼関係を築いた鷲獅鳥でなければ、発揮されない技法。


●始祖の伝説
 神楽の都で、臣下親子は開拓者に別れを告げる。源内は、菜の花を手にしていた。
 碧は、新しいジャガイモを背負っている。興志王へ届けられる、春の便り。

『朱藩からの使者を迎え、人々は沸き立つ。武天と朱藩の友好の印は掘り出され、朱藩に里帰りしていった。
そして、雪の深かった北の地は、「雪那」と名づけられる。冬を耐え忍び、花芽を出し始めた木を記念して。
芽吹く命を眺め、子迅鷹の雪芽は小首を傾げる。父母の月雅と花風は、子供に自然の摂理を…』
―――当時を伝える緑野の記録には、春の喜びが刻まれている。