【神代】甘くない戦い【LC】
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/02/28 18:53



■オープニング本文

●世界
 ここは、空に浮かぶ浮遊島に、人々が暮らす世界。浮遊島は大別して「儀」と言う。
 儀では、ずば抜けた身体能力を持つ人が、まれに生まれる。天儀では、「志体」と呼ばれていた。
 志体を持つ人々が目指す存在がある、「開拓者」。「開拓者ギルド」に所属し、困っている人を受ける存在。
 開拓者は依頼を受け、冒険に挑む。「練力」を使い、「技法」を振るう。「体力」の続く限り。
 そして、「アヤカシ」との戦いにも挑む。アヤカシは、瘴気から生まれる敵、人々を食べる敵。
 開拓者は戦える。一人ではないから、志を同じくする「仲間」がいるから。
 そして、「相棒」も、力を貸してくれるから。


●開拓者ギルド
 神楽の都にある建物は、世界各国にあるギルドの本拠地だった。先日、アヤカシの襲撃を受け、大きな痛手を負う。
 青空の見える天井、北風が吹きぬける穴のあいた壁。受付で、ギルド員たちが話すのが聞えた。
「ようやく最低限の設備は復旧したから、通常業務には問題なくなったな」
「ただ、建物が穴だらけで寒いですね。大工さん達、頑張ってくれているんですけど」
「材木が届かんことには、修理が進まんぞ。いつ港に届くか、聞いてないか?」
「今日ですよ。上の妹に、甲龍と運ぶ手伝いをするように言っておきましたから」
「おー、すまんな。助かるぞ! 俺の相棒は人妖だから、力仕事には向かん」
「代わりに、うちの双子や子猫又の面倒を見てくれて、僕も助かってますから♪」
 ベテランギルド員の言葉に、虎猫しっぽを揺らす新人ギルド員。両家の子供たちは、遊び友達だった。
「話は変わるが、『ちょこれーと』とか言う、お菓子を知っているか?
うちの子供たちが『港に行く』って、朝から大騒ぎをしていたんだ」
「ああ、今日はジルベリアの『ばれんたいん』らしいですね」
「なんだ、そりゃ?」
 天儀育ちのベテランギルド員は、バレンタインを詳しく知らない。
「確か……チョコレートを贈って、感謝の気持ちを表すんだそうです」
「ほー、ジルベリアの感謝の風習か。面白いな」
 泰国出身の新人ギルド員も、よく理解していない。
「うちの下の双子、先輩の息子さん達と一緒に、大工さんたちに配る予定みたいですよ?」
「いつの間に、そんな計画が進行してたんだ!?」
「僕の実家は、泰国の料亭ですからね。父上のツテを使って、天儀に取り寄せたみたいです」
「子供とばかり思っていたが……、やるな♪」
「ええ、本当に。僕も、びっくりです♪」
 親バカのベテランギルド員。兄バカの新人ギルド員。似た者同士の先輩後輩。
 と、空から声がした。甲龍が、降下してくる。背中に小さな人影があった。
「兄上、兄上! アヤカシ出たです!」
「とーたん、いっぴゃい!」
 白虎しっぽを垂れ下げ、虎少年は叫ぶ。ベテランギルド員の下の息子は、舌足らずで泣いていた。


「勇喜(ゆうき)、アヤカシは『うしろがみ』と『影鬼』なんだね?」
「がう! 姉上、『ギルド知らせて』って、言ったです!」
 チョコや材木の運搬途中に、襲われた。白虎娘の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)が、足止めしているらしい。
 白虎娘は、新人ギルド員の上の妹。陰陽師でもあり、すぐにアヤカシの検討が付いたのが幸いだ。
「『うしろがみ』か。影に逃げ込まれると厄介で、視認しにくいぞ」
 うしろがみ。影に紛れて、獲物に付き纏う。隙を見ては取り付いて、血を吸うアヤカシ。
 実態は、歪んだ形の黒い球体。濃い影に紛れていると、目を凝らしても見えない。
「『影鬼』が三匹……、どれかがアヤカシたちの指揮官ですね」
 影鬼。影に入り込む能力を持つ、中級アヤカシ。攻撃をするときは、必ず、実体化する。
 影に同化している最中は、影から影へと移動できる能力があった。しかも、瘴気は消えて、探索に掛からない。
 ただ、潜む影を攻撃すれば、負傷する。実体化させ、影から追い出すことができるのだ。
「すぐに動ける開拓者は居るか? 港近くにアヤカシが出た、急いで向かってくれ!」
「お願いです、人々を護って下さい。子供たちが一般人を避難させていますが、限界があります」
 足止め係は一人。避難させているのは、小さな開拓者と小さな相棒。どこまで持ちこたえられるか。
「敵は『うしろがみ』が十数匹と、『影鬼』が三匹。どちらも、影法師に隠れるアヤカシだ」
 開拓者に緊張が走る。今は昼過ぎ。太陽の下の市街戦には、相手が悪かった。
「……勇喜、良いね?」
「がるる……、分かってるです。命、大事です」
 兄の言いつけに、うつむき、涙をこらえる虎少年。それでも、懸命に頷く。
「皆さん。現場に着いたら、僕の弟が囮になります。『怪の遠吠え』を使えますから」
 吟遊詩人の技法、怪の遠吠え。遥か遠くまで、アヤカシだけに聞こえる音楽を響かせる。
「少しの間ですが、アヤカシが弟の元に集まるでしょう。その間に人々を、お願いします」
 淡々と述べる、新人ギルド員。……しっぽを持つ兄弟は、一人と大勢を比べて、大勢の命を選んだ。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 九竜・鋼介(ia2192) / 氷那(ia5383) / 不破 颯(ib0495) / 海神 雪音(ib1498) / 杉野 九寿重(ib3226) / 劉 星晶(ib3478) / ユウキ=アルセイフ(ib6332) / 神座真紀(ib6579) / 神座早紀(ib6735) / 神座亜紀(ib6736) / 戸隠 菫(ib9794


■リプレイ本文

●チョコレート奏鳴曲
「バレンタインだね〜♪」
 チョコレートに似ていると、子虎は思った。ユウキ=アルセイフ(ib6332)の茶色の髪が揺れている。
 でも、そんな事より――。懐に手を伸ばすユウキ、黒猫の面を手に取った。青い瞳が、お面の奥に隠れる。
「……そんな事より、アヤカシが現れたみたいですね……。僕は、アヤカシの撃破に回りましょう」
 暗く、沈みこむ声。色々なお面を探し集めているユウキは、お面を付けると真面目な性格に変わる。
「ワンコの補佐は、任せとくんだよっ」
 杉野 九寿重(ib3226)の言葉をさえぎり、人妖の朱雀が前に出た。九寿重の犬耳は、ピンと立ったまま。
 子虎を覗きこみ、助言を送る。多数に囲まれ、単独相対を強いられていようとも、大丈夫。
 孤立分断に陥ろうとも、練力消耗に留意すると良い。必要以上に突出しても、きちんと周りを見てほしい。
「無理しないで、最大限の貢献を成すですね」
「アタシたちが居るんだよっ」
 九寿重の台詞は、やっぱり遮られた。背筋を伸ばした、朱雀が横取りする。
 羽妖精の雪花(きら)が、髪を引っ張った。海神 雪音(ib1498)は、相棒に小さく頷く。
「雪花、分かっていますから。慌てないでください」
 表情の変化が乏しい雪音、すこしばかり口調が変わっていた。二月十日は雪音の誕生日だったのだが……。
 アヤカシは、とんでもない贈り物をくれる。全然、嬉しくない。
「……自分から囮役を買って出るなんて勇気があるねぇ……勇喜だけにってか……」
 天儀の発音では、名前負けしている内気な子虎。九竜・鋼介(ia2192)は、うつむいた背を軽く叩く。
 駄洒落はつまらないからこそ、駄洒落である。駄洒落で人を笑わせようと言う気は、さらさらない。
「常に真剣に……そしてお気楽にだ。いくぞ」
 見上げる勇喜に、片目を閉じた。頭をかき混ぜ、外に促す。
「相変わらず無茶する子らだねぇ」
 袖に両手を入れながら、不破 颯(ib0495)は評する。子虎はやっぱり、しっぽが逆立っていたから。
 颯いわく、自分にとって面倒と感じることは、関わらないようにしている。けれど、人が良い。お人好し体質。
「さて、気張るかぁ」
 わざわざ腰をかがめると、レンチボーンを手にした。弓を構える動作をしながら、勇喜の前に陣取る。
 理穴の武家の長男として、生まれた為か。それとも困っている人を見ると、つい声をかけてしまう為か。
 颯の声を聞いた子虎は、顔を上げる。琵琶を抱え込み、片目を閉じた相手に、懸命に頷いた。
「戸隠菫だよ、よろしくね。もう覚えてくれた?」
 同じく子虎の顔を覗きこむ、戸隠 菫(ib9794)。こくこくと、子虎は頷く。
「勇喜くん…その頑張り、無駄にはしませんよ。確かチョコでしたっけ。無事だと良いですね」
 口元のジン・ストールを、目元まで持ちあげる。劉 星晶(ib3478)の瞳は真剣さを増した。
「一匹残らず駆除して、本来の用事を済ませるとしましょう」
 意外と世話焼きな星晶は、泰国出身。猫族と呼ばれる黒猫の獣人だ。
 詳しいバレンタインの事には疎いが、少々ならば、噂を聞いたことがある。
「亜祈さん、大丈夫かしら?」
 伏せられる目元、氷那(ia5383)の視線は地面に向く。そっと御守「魂椿」に手を触れた。
 椿の花言葉の一つは、誇り。「きっと大丈夫」、そう信じる。
 御守を手放し、足を前に出す。行き着く先に、助けを待っている人々がいる。
 身中の気の流れを感じた。集う精霊力は、すべて足に向ける。
「先に行きます」
 氷那は一言だけ告げる。一歩踏み出した直後、姿はギルドの外にあった。


「強い人ばっかりだし、武僧だって陰陽師だって回復スキルあるけど……巫女、いないみたいだし」
 礼野 真夢紀(ia1144)は、周りを見渡し迷う。一般人、アヤカシ、荷物、どこに向かうべきか。
「あたしら姉妹は一般人と荷物の保護をするで」
 姉妹の絆は強い、姉も強い。一番上の神座真紀(ib6579)に、迷いは無い。
 代々アヤカシ討伐を生業としてきた氏族、神座家の長女にして次期当主。
「材木もやけど、チョコを待っとる女の子の為にも、さっさとアヤカシ片付けんとな」
 大きな白いリボンを結び直した。長い黒髪ポーニーテールを揺らし、真紀は妹達を見る。
「もー、アヤカシの奴、どこにでも出てくるんだから」
 ご立腹の神座家三女、神座亜紀(ib6736)。姉妹の中では、一番現実的な性格。
「まだ本調子じゃないだろうし、絶対怪我なんてさせないんだから!」
 猫が大好きな亜紀。新人ギルド員の飼い子猫又が、お気に入りだった。
「天儀でも、バレンタインが根付きつつあるんでしょうか?」
 神座家次女、神座早紀(ib6735)。大人しく控えめな少女は、少し考え込み、ハッとなる。
「まさか姉さん、誰かにあげたりしませんよね」
 早く一人前になって、姉の側で役に立ちたい。世界の誰よりも真紀を、姉として愛している。
「早紀、亜紀、なんの話しとるん?」
「チョコレートの話です」
「藤(ふじ)ちゃんの話だよ」
 いたって男前な性格の真紀に対し、マイペースな妹達。自分が所帯じみてきているのではないかと、長女は悩む。
「まさか、あの子か。急がなければな」
 羅喉丸(ia0347)は、三姉妹の隣を走る。逃げ惑う人々が見えた。逃げ遅れた子供が転ぶ。
 子供の影法師は、頭一つ分長い。三段重ねの雪だるま状態の影。うしろがみが、居る。
 眉を寄せる、羅喉丸。子供のころに、村がアヤカシの襲撃を受けた。開拓者によって助けられた、思い出。
 地面から伸びあがる球体は、突進する。大きな背中が子供をかばった。温かくなる空気。
「もう大丈夫だ」
 羅喉丸の身体から、気が立ち昇っていた。静かにかけられる声は、子供の気を反らす。
 避難誘導では、まずは安心させる事が重要。毅然とした背中は、羅喉丸を助けてくれた泰拳士にそっくりだ。
「小雪は現場にいる子猫又さんと一緒に、その子を避難させて」
「まゆき、こゆき、がんばるの」
 舌足らずに答える猫又。ある程度の攻撃能力は、保持した存在。真っ白な猫又しっぽが振られた。
「万一アヤカシがあっちにいっても、防御の猫の手にはなると思うんです」
 見上げる真夢紀の決断力と思考力は、あなどれない。物語を読むのが大好きで、依頼を受けてない時は勉強を兼ね図書館に行く事も多いのだ。





●チョコレート協奏曲
 甲龍から降り立った子虎。携えた琵琶をかき鳴らす。一瞬、空気が止まった。
 開拓者に走る緊張。あちこちで影が膨れ、アヤカシが姿を現せ始める。
「……勇喜、必ず守りますよ」
 雪音はロングボウ「ウィリアム」を片手に握った。残りの手で弦をはじき、耳を傾ける。
 まず鏡弦で周囲のアヤカシの位置を把握し、仲間に伝える。特に、早紀の探索にかからない影鬼を探るのだ。
「勇喜君、三メートル……ああ、一間半程離れた周囲にフロストマインを仕掛けます」
 暗く沈みこむユウキの声は、子虎に語りかける。小さな吹雪が舞い、地面に吸い込まれた。
「敵、味方問わずに発動しますので、皆さん、動く際には注意して下さいね……」
 黒猫のお面の下から、淡々とした注意が飛ぶ。次は誰も居ない並ぶ民家の影に、吹雪の罠が設置された。
 アヤカシ対応する人達が、屋根の上やそちら辺りに集まっている。真夢紀が近寄ったら邪魔になりそうだ。
「まゆ、勇喜さんの近くに行きます」
 しばし考えると、真夢紀は口にする。頭で、簪「撫子」が揺れていた。撫子の花言葉の一つは「大胆」。
 真夢紀の手に、集まる精霊の力。両手から、精霊力の花束を離す。仲間たちに向かって、癒しの花を投げかけた。
「白霊弾での援護射撃もできますから」
 撫子の花言葉、別の一つは、「勇敢」だ。アヤカシになど、負けはしない。
「その子には、指一本触れさせねぇよぉ?」
 屋根の上に陣取り、二本の矢を手にした颯。素早く一本目をつがえた。
「人生は楽しむ為にあるのさぁ」
 アヤカシごときに、子虎の命は持って行かせない。楽天的な性格でも、それくらいは肝に銘じている。
 勇喜の鳴らした音で、うしろがみが寄ってきた。放たれた矢は、薄緑色の気を纏った。球体の真ん中を狙い、飛び、貫く。
「数が多いねぇ……これはどうかなぁ?」
 団体さん、いらっしゃい。対象を確認する間も惜しい。颯は素早く三本の矢を放った。
 降りやまぬ矢の雨。雪音の声が告げた方向に、矢を移動させていく。
「同じ開拓者とは言え子供が頑張ってる訳だし、守ってやらなきゃならんねぇ…!」
 鋼介の持つ虎が吼えた。右手の刀「長曽禰虎徹」が炎を纏う。柳生新陰流、焔陰。
「前門の虎、後門の狼ってな」
 口の端を持ちあげる。左手に引きぬいた少剣「狼」は、唸り声を発した。
 素早く振われた剣は、低い風切り音を響かせる。鋼介は一気に踏み込み、影鬼に迫った。
「わりぃな、例えを間違えたぜ」
 億しない。先に迫ったのは、狼だ。消えかける影鬼の足元にかみつく。影に逃げ込めない。
 続いて襲うのは、虎。鬼の喉元に、焔の牙を突き立てた。鬼が暴れようと、離さない。
「主殿、横ががら空きじゃ」
 静かな声は、人妖の瑠璃。鬼の手が、斜め上から迫っていた。
「私の出番かのう? 足止めじゃがな」
 手に持つ扇が閉じられた。先端が、空を差す。空間が揺らだ。
 鬼の手首を捕らえ、ひねりあげる。瑠璃の視線は、鋼介に決着をつけるように勧めていた。
「気を付けてください」
 暗く沈みこむ声が、鋼介の耳に届いた。ユウキの仕掛けた罠に、アヤカシ共々、近づく。
 鋼介は態度で答えた。狼が再び鬼を襲う、虎が吼えた。たたらを踏む影鬼。民家の影に足を踏み入れた。
 逃げられる。鬼が嬉しそうに笑った。鋼介の目の前で、閃光が弾け、煙が上がる。
「敵、味方問わずに発動しますので」
 暗く沈みこむ声に合わせ、吹雪が荒れ狂った。ユウキの懐で、懐中時計「ナイトウォー」が時を刻み続ける。
 ユウキと鋼介の前で、颯の矢が鬼を射抜いた。鬼の姿は消える。淡い光をまとった時計の針が、少しだけ進んだ。


「声?」
 人々を誘導していた氷那、ふっと動きが止まる。辺りでたくさんの泣き声がしているが、やけに遠い声がある。
 雑踏の中の小さな音とは、違う。壁をいくつも隔て、すぐに伝わらない場所にある声だ。
「どこ?」
 氷那は集中する。研ぎ澄ませた耳の中でこだまする、音の洪水。その中から、探しだす。
 遠くで、何か、鈍い物が倒れる音がした。命乞いをする、母の声。母を呼ぶ、子供の叫び。
 氷那は、視線を動かした。おそらく、近くの家屋の中に、アヤカシが入りこんでいる。
 鈍い物が倒れる音が、立て続けに聞こえた。『逃げ道がないな』と面白そうに笑う声。
「待っていて、すぐに助けをつれてくるから」
 一人では無理だ。氷那は、仲間を探す。「自分に出来る事をする」のが、大切な事だから。


「逃げ遅れた人? アヤカシが?」
「タンスか何かが倒れていて、下敷きになっているみたいです」
 星晶と会話する相手は、冷静だった。情報を携え、伝令に走った氷那。
 ただ、状況が悪い。仲間たちは、影鬼と戦闘中。早急に決着を。
「手の内が分かっていれば、やりようもあるか」
 わざと瞳を閉じた羅喉丸は、籠手の撃龍拳を握りこんだ。宝珠をはめ込まれた龍の瞳が、光を帯びる。
 後ろの気配、一気に伸び上がる影。影鬼の太い腕が、両手を広げる。先端に、鋭い爪が見えた。
 両手が振り下ろされる前に、羅喉丸は動く。左足を軸に、右足で大地を蹴った。
 振り返り、見上げる黒い瞳。籠手に彫りこまれた竜の尾は、影鬼の左手を捕らえた。
 右足は止まらない。円を描き、影鬼に近づく。左手の籠手が鳴いていた、鬼の力を受けとめる。
 攻撃を左ひじの方向、斜め下に流す。羅喉丸の左足にかかる、重圧。
 隣にやってきた右足は、責任感を連れていた。両足で踏ん張り、攻撃を耐える。
「この一瞬にかける」
 龍の瞳が、輝きを増した。右手の籠手は、前に進む。影鬼の胴体に食らいついた。
「大丈夫だ、行ってくれ」
「分かりました」
 羅喉丸は視線を投げかける。一早く、星晶が飛びだした。
「朱雀、来るですね!」
 状況を見計らっていた、九寿重も続いた。人妖の朱雀に声をかける。
「アタシに任せとくんだよっ。あ、右」
「雪花、一緒に行きますよ」
 朱雀は頷くと、発見したうしろがみを指差す。素早く射抜いた雪音は、相棒に声をかけた。
「ご武運を」
 羅喉丸に言葉を残し、羽妖精の雪花は浮かび上がる。行がけの駄賃に、うしろがみに一太刀浴びせ、朱雀を追いかけた。


「勇喜くん達が頑張っているなら、あたしも頑張らなければ」
 身長より長い、ウィングド・スピアを構えた。結んだ口元。常に明るく、あっけらかんとしている菫からは、想像しにくい。
「最優先は一般人の安全確保だね。避難誘導は任せるから」
 避難経路を確保するために、駆け出す足。逃げる先にも、影は広がっている。油断はできない。
「よかった、何処も怪我してない?」
 真夢紀の相棒小雪と、共に走る三毛猫に声をかける。子猫又達が返事をすると、三女は笑みを浮かべた。
「私は瘴策結界を張って、皆さんをカバーします」
 言い終わるが早いか、早紀の身体が微かな光を発する。瘴気を探すための結界を展開した。
「なるべく影が重ならんように、早紀の結界から外れんよう動いてな」
 真紀はご隠居を気遣いながら、上の妹の方に誘導する。二女は姉を見た。
「姉さん、前後に反応が」
 早紀の指差す先には、長い影。亜紀は、力ある言葉を放った。三女の周りにいる人々は、聖なる光に包まれる。
「ホーリーサークルで、皆の防御をあげておくね」
「ありがとう」
 片目を閉じながら、亜紀は菫に伝える。菫は短くお礼を告げ、走った。逆方向に、真紀は向かう。
 思わぬ者が、影から出てきた。影鬼。逃げ惑う人々に、手を伸ばす。
「こっちや!」
 咆哮をあげる真紀、刀を構える。行かせない。影鬼の視線が、真紀を見た。
「もー、本当にどこでも出てくるんだから」
 集う精霊の加護。頬を膨らませながら、亜紀は力ある言葉を放つ。聖なる矢が影鬼の手を射抜いた。
「覚悟しいや!」
「ここは、通さないよ!」
 刀の柄から、切っ先へはいあがる練力。影鬼を睨みながら、真紀は踏み込んだ。
 気迫の籠もった、菫の一喝。球体の動きが、一瞬揺らいだ。ゆらゆらと空を漂い、躊躇する球体。
 効いている。近寄れず、くやしそうな球体。更に遠くの球体に、菫は一喝を浴びせる。
 近くに、別のうしろがみが迫っていた。菫は両手に槍を握り、前を見据えたまま瞑想を重ねる。
 菫の影が、浮かび上がったように見えた。背中から、覆い被さってくる。形作るのは、炎の巨人。
「一気に倒すよ」
 炎をまとった巨人は、菫を突き抜けた。幻影の炎をまき散らしながら、球体を影からあぶり出す。
 伸ばされた腕、球体をつかむ手のひら。力を込める巨人、球体にひびが入ったように見えた。
 球体から、小さな滴がこぼれる。瘴気のかけら。巨人の炎に焼かれ、空気に溶けて行く。
「いそいで、こちらに。怪我はしていませんか?」
 逃げる人に声をかけながら、道の真ん中へ誘導する早紀。影から遠ざける。
 巨人の脇を、人々がすり抜けた。砕け散る球体を、何人の人が目にしたのだろう。


 家屋を覗く九寿重の鼻に、血の匂いが漂ってきた。薄暗い部屋で、視界はアテにならない。
 雪音と共に、意識を集中させる。ぴくぴくと動く犬耳には、子供の泣き声が聞こえるのみ。
「五つ気配があるですね」
「アヤカシは三つです」
 九寿重の結果に、雪音の判断を重ね合わせる。逃げ遅れた人が二人、アヤカシが三つ。
 無言で、開拓者と相棒達は頷いた。武器を構えると、木戸が外れた家屋になだれ込む。
「ワンコ、あそこだよっ」
「上出来ですね」
 瘴気を瞳に集めた朱雀が、うしろがみを見つけ、指差す。空間をねじり、足止めした。
 ふわふわと、慌てる球体。九寿重は容赦なく、切り捨てた。
 星晶は軽く飛び、足の脚絆で蹴り飛ばす。球体が姿を保てなくなるのは、すぐだった。
「まだ、アヤカシの気配が二つします」
 種類までは分からない。けれど、逃げ遅れた人の命に関わるのは、間違いない。
 淡々とした雪音の声は、開拓者に冷静さを促す。
「日中試した事が無いので、自信が無いのですが…暗視を使用して『見えにくさ』というものが消えるか、試してみます」
 言い淀む、星晶。青い瞳に集まる、精霊力。家の中のうす暗さは、昼間と変わらない。
 柱の影が一気に伸びあがり、雪花と朱雀に延びる。星晶の散華が舞い、影鬼を狙った。口元をゆがめ、即座に影に戻る鬼。
 影鬼が部屋の中に潜んでいる。開拓者の影と、散乱した部屋に出来た影。そのすべてが敵。
「影鬼については、どうしようもありませんね」
 星晶は、舌打ちをする。自分の神出鬼没の行動力と同等かもしれない。
 鬼は仲間たちに任せよう。星晶は、タンスの下敷きになった親の救出に向かう。
 漆黒色の夜叉の脚甲は、空を蹴った。うしろがみを、親子から離していく。
「壁方向に気配が」
 弾く弓の弦、雪音にしか聞こえない音。影に潜む者達を、あぶり出すための手段。
 雪花は、盾を構えつつ、慎重に近づいた。うしろがみならば、浮遊しているはず。
「待って下さい、今、足元に!?」
 雪音の声が、めずらしく焦っていた。羽妖精の雪花は振り返る。握りかけた雪音のダガーが、遠くに弾き飛ばされた。
 雪花が突っ込んできた。小柄で、空飛ぶ自分は小回りが利く自分にできること。影は逃げる。
 血潮を滴らせ、雪音は膝をつく。鋭い爪が背中と腕を、かすめた。影に潜む影鬼はどこだ?
「今度は右後方です、タンスの影に」
 
「逃さないですね」
 雪音は冷静に、探し続ける。九寿重の名刀「ソメイヨシノ」に、紅が宿った。
 紅葉のような燐光が散り乱れる。影鬼が姿を隠した影に、直接剣を突き立てる。出て来いと。
 実体化した鬼の胴を薙ぐが、浅い。星晶の礫が、鬼の頭を撃つ。
「主の仇!」
 雪花は、剣に精霊力を集めた。光り始める剣。怒りの一閃。全てを避けきれず、鬼はよろめいた。


●チョコレート行進曲
「勇喜、お礼したいのです」
「あいにく主殿は、大工の手伝いで手が離せなくてのう」
 子虎が差し出した、小さな包紙。鋼介の代理で、人妖の瑠璃が受け取る。
「感謝の気持ちとは、感心じゃ」
「がう、これ甘くておいしいのです! 一緒に食べるです」
 勇喜が嬉しそうに、自分の包みを開いた。真似して、瑠璃もチョコレートを口にする。
「ほんに、美味しいのう。よきかな、よきかな♪」
 扇で口元を隠し、コロコロと笑う瑠璃。残念ながら、鋼介が味わうことはなかった。
 感謝の詰まった、小さな包み。胸元にやり、菫は色々考え込んだ。甘い匂いにのって、甘い想像も広がって行く。
「チョコレート……後で何か作って、食べようかな?」
 菫の家事の腕は一級品。武僧としての下積み修行や、家庭での家事修行が生きてくる。
 天輪宗に帰依した菫の両親は、ジルベリア人。美味しい調理方法を、知っているかもしれない。
「チョコレートですか?」
 真夢紀は食いしん坊で、舌が肥えている。他国の料理にも関心が高く、菓子なども手作り可能だ。
「まゆ、なにかアレンジしてあげられますよ」
 嬉しそうに見上げたのは、子虎ではなかった。猫又の小雪が、足元で飛びはねる。
 衣服に軽く爪を立てると、真夢紀の肩まで登ってくる。懸命に真夢紀に訴えた。
「……お魚にチョコレート? さすがに合わないと思うんだけど?」
 真夢紀の額に、シワがよる。小雪は、結構無茶ぶりだ。意気投合した子猫又にあげたいらしい。


「ありがとうなのです」
 差し出された、小さな包み。受け取る前に、颯は子虎の疑問に答える。
「……やたら遠距離が多かった?」
 信じてくれていた子虎の頭を、かき回してからかう。飄々とした口調の中に、隠れた本音。
「なに、近づかれる前に倒しゃ良いのさぁ」
 瞳をまんまるにした子虎には、難しい芸当だ。颯は素早く背負っていた弓を手にする。
「だからこそ、容赦しない」
 矢を素早くつがえると、放つ真似をした。多少乱暴に扱っても十分に耐え得る、レンチボーン。
 子虎の瞳が、尊敬のまなざしを贈る。神秘的な雰囲気を醸し出している弓は、子虎の想像力を書き立てていた。


「うん?」
 羅喉丸は、開拓者ギルドから出た所で呼び止められた。しゃがみこみ、相手に視線を合わせる。
「俺になんの用かな?」
 見覚えがあった。先日逃げ遅れて、転んだ子供だ。
「あのね……お兄ちゃんたち、ありがとう」
 はにかむ子供は、小さな包みを差しだす。甘い匂いが、包みから漂っていた。
「まぁ、甘い物は好きだね〜♪」
 頭にずらした、黒猫のお面。明るく、元気な声が響く。ユウキの手にも、チョコレートがあった。
「これは、なんだと思う?」
「女の子からチョコを貰える事?」
 浮かれるユウキに、天儀の片田舎出身の羅喉丸は、不思議そうな声をあげる。明るく、元気な声が振ってくる。
「毎年、チョコを使った手作りのお菓子を親しい人にあげて、その人の嬉しそうな顔を見る事を楽しみにしてる風習の事だと思うよ」
「そうか、それは楽しそうだな♪」
 料理が特技のユウキ、人に振る舞う喜びを語る。特に好物である、ピザとパスタを作るのが得意だった。


「お礼なのです♪」
「ありがとうございます」
 子虎が届けてくれた、星晶のチョコ。感謝の気持ちで、いっぱい。星晶は目元を細めると、小さな包みを受け取った。
「勇喜くん……怖かったでしょうに。本当に、いい子ですね」
 亜祈の隣で、包みを見つめながら、星晶は言葉を紡ぐ。
「ええ、自慢の弟だもの。はい、星晶さんのね」
 にこやかな亜祈から手渡されたのは、湯のみ。黒猫獣人の星晶仕様、冷まされたお茶だ。
 お目当てのものは、お茶ではないのだけれど。お礼を言って、とりあえず受け取った。
 笑顔をみられたから良しとしよう。
「雪花、美味しいですね」
「はい♪」
 雪音の目元が少し緩み、くちがほころぶ。羽妖精の雪花と分けあう、お礼の包み。
「これがチョコレート?」
 白虎しっぽを揺らす勇喜が、見せてくれた荷物。氷那は青い瞳を瞬かせ、覗きこむ。
 子虎が小さな包みを大事そうに取り出した。甘い匂いが漂い始め、鼻をくすぐる。
「美味しそうね」
「がう、食べるです♪ おやつの時間です」
 氷那の呟きを、おやつの誘いと勘違いしたようだ。服の裾を引っ張り、姉の元につれていこうとする。
「じゃあ、一緒にいただくわ」
 氷那は微笑する、子虎の期待に満ちた虎しっぽ。やっぱり子供は、甘いものが好きらしい。
「……朱雀に取られましたね」
 黄昏ている、九寿重の背中。食べたかった、チョコレート。食べれなかった、チョコレート。
 朱雀は空に浮かび、九寿重の手の届かない所にいた。嬉しそうに、堪能している。
「最高なんだよっ♪」
 ほっぺたは、チョコまみれ。それでも朱雀は、食べることを止めない。


「勇喜君も仁君もよう頑張ったな♪」
 真紀は身をかがめ、チョコレートを子虎に差し出す。続いて、避難誘導していた修羅の子に。
 大喜びの二人から、連名でチョコレートのお返しを貰った。感謝の気持らしい
「後いつも世話なっとるから……、亜祈さんに喜多さんの分、仁君に弥次さんの分を託すわ」
「兄上たち、呼んでくるわよ」
 忙しそうな、ギルド内部。気を利かせた真紀の気持ちを、のんきな亜祈は察せない。
 揃って呼び出された、ギルド員達。満開の笑顔の新人ギルド員と、照れたベテランギルド員は対照的だった。
 姉の配る義理チョコに、早紀は安堵する。自分の荷物から、チョコレートを取りだした。
「ね、姉さん」
「早紀、改まってどないしたん?」
「……これ」
 少し赤くなった、二女の頬。不思議そうに見下ろす、長女の黒い瞳。
「くれるん? おおきにな♪」
 月蝕の指輪をはめた手で、長女は包みを受け取る。妹の頭を撫でた。
「亜紀にもあげます」
 子猫又達と遊ぶ妹の所に、二女は移動する。月のヴェールを揺らしながら、しゃがみこんだ。
「え、ボクにもくれるの? ありがとう早紀ちゃん!」
 三女の月の帽子の先端が、上下に飛びはねた。嬉しそうに、子猫又達に見せている。
「そうだ、藤ちゃんにもあげなきゃ」
 もちろん本命チョコ。亜紀はうやうやしくチョコを取り出し、子猫又に渡した。
「あとは勇喜君、仁君、伽羅さんにも」
 友情のチョコレートを配り始める。もちろん、子猫又からも、亜紀たち姉妹にチョコレートが手渡された。こちらは、感謝の気持ちである。