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■オープニング本文 神楽の都、紅坂の一角に篝火が燃え盛る。 長屋の通りには家具が積み重ねられ、長屋の屋根の上には開拓者らが腰を下ろしている。増援を加えた浪志隊や、狩り出された守備隊の兵らが辺りをぐるりと取り囲み、長屋一帯にぴりぴりとした緊張感が漂っていた。 ことの起こりは、先の八咫烏を巡る儀式調査で穂邑に出現した紋様が、帝の后としての証である、と朝廷の使者が勅を携えてきたことであった。 だが、そうして護送を命ぜられた浪志隊が向かった長屋にて、事件は起こった。正使が穂邑に勅を伝えんとした瞬間、副使が突如として穂邑に襲い掛かったのだ。穂邑は幸いにも一命を取り留めたものの、現場は騒然、とてもではないが穂邑を連れ出せるような状態ではなく、こうして睨み合いの一触即発が続いている。 「隊士に軽挙妄動を慎むよう徹底しておけ」 真田悠が、各隊の指揮官を集めて言い含める。 「とにかく根競べだ、まずこちらからは手出ししないほうがいいだろう」 一方の長屋でも、集まった開拓者らを前にゼロが頷いた。神楽の都に、ちらほらと雪が降り始めた―― ●猛虎襲来 浪志組。拠点に戦力を常駐させて、一朝事あらば直ちに出撃できる攻撃的な組織。 その制服をまとった、とある隊士が進み出る。長屋から向けられる、いくつもの殺気。 「武器をしまってとは、言わないわ。でも、あなたたちとお話がしたいの」 おおらかな性格が幸いした。一色即発の雰囲気の中で、のんきに言葉を紡ぐ白虎娘。 「私は、浪志組九番隊の隊長をしている者よ。あなた達の言い分を聞くわ。私たちの言葉も聞いてちょうだい」 我が道を行く虎娘、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)。周りの空気を読まず、身分を明かした。 ざわめく、九番隊の隊士たち。先日、突然任命された、頼りない隊長を部隊の中に引き戻す。 遡ること半日。猫族一家は故郷の泰国から、冬の天儀に戻ってきた。 「姉上、お友達の所に、遊びに行ってくるです♪」 「開拓者長屋ね? 暗くなる前に戻るのよ」 「ほな、いってくるで!」 虎娘の双子の弟妹は、姉を見上げる。三毛猫しっぽを揺らす子猫又を抱え、双子は開拓者長屋へ向かった。 双子が出かけた後、浪志組屯所に顔を出した虎娘。元道場主の真田悠(さなだ ゆう:iz0262)から呼び止められる。 「……隊長? 私が!? ……他の人が良いと思うわ」 呼び出された座敷でうつむき、かたくなに拒む虎娘。いつもなら、二つ返事で引き受けるだろうに。 「亜祈さん、何かやましいことでもあるのか?」 柳生有希(やぎゅう ゆき:iz0259)の鋭い視線。白虎しっぽを揺らしながら、逡巡する虎娘。 「あ、あのね……、泰国で色々あって、その……将来の旦那様ができたのよ」 頬を染めながら、虎娘は口にする。隊士の取り扱い規律に、異性間交友は禁止と明記されている。 「規律に反したのか!?」 「……除隊処分でも、仕方ないとは思っているわ」 殺気をまとう、鬼の副局長。しょんぼりした虎娘は、ごにょごにょと語る。 「まず、経緯を話してくれ。……勝手に決められた結婚が待っていて、顔見せのお見合い会場から、泥棒された?」 元道場主は、短く切った髪を、ガシガシこする。虎娘がぽつぽつ語る話を、辛抱強く聞いた。 「おまけに泥棒様は、命の恩人と。……全部、規律の想定外の事態だ」 元道場主は、短く切った髪を、さらにガシガシ掻く。微妙な路線を突っ走る、虎娘の事情。 「ま、隠れて恋愛する楽しみがあっても、良いと思うぞ?」 「真田さん! それでは、下に示しが……」 副局長の言葉を遮る、元道場主。細かいことを考えるのは、性にあわない。 「とりあえず、亜祈の件は俺が預かる。有希、他に公言するなよ」 ニッと笑い、ぽんぽんと虎娘の頭をたたく、元道場主。虎娘は不思議そうな顔をする。 「……実は隊長には、規則を緩和する案も出ていてな。九番隊の隊長になってくれるか?」 誰でも受け入れる、懐の広さ。局長に納まった元道場主は、初めて出会ったときと変わらぬ笑顔を浮かべた。 開拓者長屋には、事情を飲みこめないものも何人かいた。猫族一家の子供たちも、しかり。 「亜祈はんやで、迎えにきてくれたんや♪」 「がう? 姉上、浪志組の制服着てるです」 「うにゃ……長屋の皆様、浪志組は敵って言うです」 窓から覗く双子は、姉の姿を見つけた。でも、立て籠りに巻き込まれ、部屋の外に出られない。 「うちが、話してくるわ」 身軽な子猫又は、窓の隙間から外に飛び出る。着地して、虎娘に駆け寄ろうとした。 「亜祈はん、亜祈はん! なんや、大人たちが……」 「裏切り者だ、殺せ! 人質は、表に出すな!」 誰かが叫んだ。明確な殺気と、命を奪おうとする攻撃。投げられた苦無は、子猫又の胴を貫く。 地に倒れ伏す三毛猫、小さな体から血があふれた。窓から見ていた双子たち、取り乱し、大泣きを始める。 「藤(ふじ)!? 離して!」 虎娘は悲鳴を上げる。隊士の制止を振り切り、子猫又に近づこうとした。長屋から、いくつもの攻撃が襲いかかる。 苦無の殺気は、狂気を呼び込んだ。子猫又に止めをさそうとした者がいる。皮膚が破れ、傷つき、舞い散る鮮血。 「うちの子に何をするの!」 いつの間にか虎娘の側に、首輪をつけた白虎が控えていた。飛びかかってくる猛獣に、開拓者は身構える。 薙刀で一刀両断。だが、斬ったのは、ただの符。陰陽術が見せた、幻影に過ぎない。 「藤が何をしたっていうのよ!?」 しっぽを膨らませ、犬歯を見せる虎娘。開拓者の隙を付き、子猫又を抱きしめる。血まみれの三毛猫。 双子たちの泣き声が、長屋から聞こえる。声が低くなった虎娘、すぐ側で淀んだままの空気が揺いだ。 「……弟と妹はどこ? 人質なんて卑怯よ、あの子たちを返して!」 召喚されたのは、先ほどと同じ首輪をつけた白き龍。半狂乱に陥った虎娘は、金切り声をあげる。 咆哮と共に、冷気をはきだす龍。攻撃を避けられず、凍りついた手足。開拓者は恨みの瞳で虎娘を睨む。 「……愚かなり」 子猫又を攻撃した者は、密やかに笑う。憎悪が集まるのを確認し、長屋の中に紛れ込んだ。 |
■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
羅轟(ia1687)
25歳・男・サ
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●爆発 「ちっ……誰だ、血迷った馬鹿は」 舌打ちをする、開拓者長屋住人のキース・グレイン(ia1248)。握った拳は、胸元まで引き上げられた。 「長屋の同志に告ぐ! お前らは何の為に此処にいる! 穂邑を守るつもりがあれば、余計な火種を撒くような真似はするな!」 剣気をまとった声は、開拓者たちに叫ぶ。否、命令に近い。良心に訴える命令。 「それと、この暴れ馬……いや虎か。司空亜祈の弟妹はいるなら返事をしろ!」 ビシッと、突きだされた人差指。キースは、 首輪を付けた白き龍と虎娘を指差す。 「やれやれ、訪ねた友人は留守、代わりに来るは面倒事ってかぁ。ついてないねぇ」 片目を閉じながら、不破 颯(ib0495)はぼやく。積まれた家財の後ろで、身を低くしながら。 「お互い少々手違いがあったようだが、こちらとしては話し合いで手を打ちたいんだけど、いかがかな?」 浪士組へ呼びかける颯。暴走する隊長を前に、隊士たちは足並みが揃わない。 「闘りあっても、双方得はないと思うんだが」 颯は、口元の笑みを絶やさない。小娘隊長でも、虎は虎。隊士たちは、恐れていると見た。 「たまたま居合わせただけで、穂邑と面識も無いけどね」 ケイウス=アルカーム(ib7387)は、軽く肩をすくめる。浪志組には、所属している友人もいた。 「勇喜(ゆうき)と伽羅(きゃら)が人質?」 海神 雪音(ib1498)のいぶかしがる声。希儀の冒険のとき、双子達と知り合った。 「……そんな都合良く人質を用意出来るとは思えませんし……偶然巻き込まれたのだとは思いますが……一体誰がそんなことを……」 嫌な状況に、雪音は眉を寄せる。裏で手を引いてる誰かが、藤を狙った。双子達は危険な役回りにされる。 「急いで長屋内を探索しましょう。藤が飛び出してきた辺りを重点に」 雪音の提案に、ケイウスは頷いた。子猫又の姿は、真ん中どこらだったはず。 「亜祈の弟と妹を長屋から連れ出し、彼女に引き渡して、落ち着かせるんだね」 意識を集中した耳には、キースの呼びかけが聞える。と、亜祈の名前がでたとき、少し音が揺らいだ場所があった。 「……困りましたね」 屋根の上から、黒猫獣人はぼやく。強い好奇心と神出鬼没の行動力の持ち主。 「亜祈と違って俺は自由に動けますし、今すぐ長屋からあの子達を助け出してくれば、彼女の望みに一番沿う形になるかなと思うのですが……」 劉 星晶(ib3478)は黒猫耳を伏せる。双子を探す相談をする仲間を見下ろした。 「二人は無事ですから、落ち着いてくださいね」 亜祈には、まだ届かない。杉野 九寿重(ib3226)の気持ち。静める為にも、不本意な仕掛けを解いていかなければ。 遠くで氷龍が睨んでいる。金切り声と共に、突然冷気を浴びた。 「すまない……」 鎧の下から、最初に発せられた声。羅轟(ia1687)は、仁王立ちで虎娘に近づく事を選ぶ。 「早く……治療を……間に合わなく……なっては……遅い」 威圧しないよう、羅轟は語る。差し出される、包帯と薬草。 「……あの状態の亜祈を放っておくなんて、とても出来ないですね。……今日ほど、この体が二つ有れば良いのにと思った事はありませんよ」 星晶は、凍りついた両手を振る。どっちも人任せにしたくはないが、猛虎を止めなければ。 「藤ちゃんを傷つけるなんて、一体誰の仕業なの!? 絶対許さないよ!」 小さな拳を握りしめた。膝まで届く、少し癖のあるロングヘアは怒っている。 「でも今ボクが頭に血を登らせる訳にいかない。なんとか開拓者の皆と、浪士組の諍いを止めないと」 神座亜紀(ib6736)は、三姉妹の末っ子。姉妹の中では、一番現実的な性格だった。 「大丈夫、亜祈の『知己朋友』足る私も、居るのですからね」 青い目を細める、白虎娘の親友。九寿重は、五人姉妹弟の筆頭だ。姉が弟妹を心配する気持ちは、よく分かる。 ●冷気 「俺達は亜祈達を傷つけに来た訳では無いんです。藤の治療がしたいんですよ」 白き龍が睨む。じりじりと距離を詰めながら、星晶は説得する。大きく両手を広げた。 攻撃を受けても、抵抗も回避もしないと決めていた。反撃はするけれど。 丁寧だが、どこか飄々とした言動の奇人は踏み込む。軽く飛ぶと、龍の口元に抱きついた。 「その状態からなら、術も上手く使えないでしょう」。 星晶は大胆だった。暴れる龍は符に姿を変える。それは幻の氷の龍だった、虎娘の戸惑い。 「……暴れるなら、俺が代わりにやります。だから、亜祈は落ち着いて」 着地した星晶は、子猫又の頭を撫でた。毛布を広げ、子猫又を包みこむ。 「これ以上傷つけたら、いけない」 青い瞳と拈華微笑。黒猫の強い口調は、悲しいほど優しい。 「怒り……覚えても……それに支配されては……いけない。隊員が……安心して……頼れる人間に……なる事を」 黒を冠した、小隊の隊長でもある羅轟。虎娘に助言を送る。 「お願い、ボクが藤ちゃんを傷つける訳ないの解ってるでしょ!? 藤ちゃんの治療をさせて!」 亜紀は、必死で訴える。さっき攻撃を受け、凍りついた足は、まだ回復していない。 「……あきはん?」 三毛猫耳が、少しだけ動いた。藤は、かすれ声を吐く。氷龍は動きを止めた。虎娘が、子猫又を見下ろす。 生きている。子猫又は、まだ生きている!亜紀は栄光の杖の先端を、藤に向けた。湧きあがる力。 「うちの子に、何をするの!?」 「ボクは藤ちゃんの怪我を治したいだけなんだ!」 虎娘の怒声。亜紀の黒い瞳に、涙がにじんだ。魔法を使おうとしたら、攻撃されるかもしれない恐怖。 それよりも、眼の前の命がついえる方が、苦しい。悲しい。子猫又からは、まだ血が流れている。 「絶対、藤ちゃんを死なせたりしないんだから!」 ほのかに輝く、白い光。知識求めし者は、癒しの魔法を放つ。 「羅轟様」 短く九寿重は発する。意識を集中し、不穏な輩の捜索を、ずっと行っていた。 でも、違う者を見つけたようだ。ケイウスの耳と合わせると、双子はココに居る可能性が高い。 「この拮抗した状態はどちらも望んでる訳では有りませんし、安易に突出しても無益なのは明らかですから」 道理は弁えている九寿重。一歩下がり、羅轟に任せる。 「……姉君の下へ……行かれよ。 今は……ここにいては……いけない」 嘆きの轟断者は、斬竜刀「天墜」を振り抜いた。天翔ける竜を叩き落とさんとの意気。 切り裂いた木戸、ビックリした双子の姿。常人離れした巨躯の羅轟を、アヤカシと間違える。 「二人とも大丈夫ですか? …久しぶりですね、希儀での白十字の鷲獅鳥の件以来ですか」 離れた所で、雪音の声がした。羅轟に怯える双子に、言葉をかける。 「…心配いりません、周りが何と言おうと少なくとも、私は貴方達と亜祈さんの味方です。…さぁ亜祈さんの元へ帰りましょう…」 悪意は止まらない、子供に攻撃しようとする輩。短剣を手に、屋根から飛び降りた者がいる。 「邪魔をするなら、同じ開拓者でも容赦はしません」 天翔ける風は、ロングボウ「ウィリアム」から矢を放つ。手から、短剣を弾き飛ばした。 「この子達に手出しはさせません……邪魔をするなら、容赦無く射抜きます」 茶色の瞳に宿る精霊力。空中で布を広げた相手。着地と同時に、足元を矢が穿つ。 雪音は、怒っていた。喜怒哀楽といった感情は、僅かにしか顔と言葉に出ていないが。 「二人とも、亜祈の所に行くですね」 九寿重の携えた、懐刀「椿」。刃は優しく澄んだ色合いをしており、今の九寿重にそっくりだ。 「あいつらも、裏切り者だ!」 投げかけられる、悪意。狂気に突き動かされる、言葉。 「黙れ……!」 先手必勝、一撃必殺。真空の刃は、斜め後ろの屋根瓦を吹き飛ばす。 「穂邑殿を守るために……子供を人質として扱う……裏切り者はどちらだ、恥を知れ……!」 頬面の下から、羅轟の黒い瞳はねめ上げる。低く、放たれる殺気。 「……次は当てる」 「その子達を帰せばこの場は収まる、それで良いんじゃない? 今、戦闘になれば、穂邑も危険だよ」 ケイウスは、肩をすくめた。双子は怯えて、家から出てこない。 「立て籠っているのは浪志組と戦う為じゃなくて、傷付けられたくない人が居て、その人を守る為だったよね」 ケイウスは、訴える。浪志組との衝突は誰の得にもならないと。 「浪志組のあの子だって同じだよ。大事な人を傷付けられたくなくて必死なんだ」 地面に、ケイウスは視線をやる。子猫又から流れた赤、命の色。 「それに、彼等はそもそも人質なんかじゃなかったはず」 さりげなく、竪琴の弦をはじいた。冬の空気を震わす、甲高い一音。遠くから迫る小刀に、警告を発する。 「まあまあ皆さん、落ち着きなさいってぇ」 小刀を狙い、放たれる矢。颯は遊びとしての賭け事が好きだが、今は真剣な大勝負中。 賭けているのは、心。人として、護るべきもの。 「人質云々って話が出て混乱してるが、それでこっちが手を出したら……誰かさんの思う壺だろぉ?」 ヘラリと笑う口元、飄々とした口調。妖精もふもふらにとって、人生は楽しむ為にあるのだ。 「気にくわないよなぁ、そんなの」 決して降ろさぬレンチボーンに、素早く矢をつがえる。護るための矢を。 「いい加減にしろ…!」 白き龍の咆哮が響く寸前、キースは咆哮した。ぶら下げた御守「あすか」が、身体の動きに合わせて激しく揺れる。 東房国飛鳥原の人々から贈られた、感謝の御守。意味する所は『明日への希望』。 「この状況において混乱を生むことは、穂邑を狙う者に付け入る隙を与えることと知れ!」 キースは、心を有する者の非道を極端に嫌う。長屋の空気が、少しだけ動きだした。 「決して過剰な力を振るわず、現況の是非を見極めるですね。本当の悪を見定めその思惑を弾き返すですね」 九寿重は実力有る剣士を輩出する、道場宗主の縁戚。北面・仁生の志士として、気品のある態度を貫く。 ピンと伸ばした背筋と犬耳。気位は高く、血気盛んな様子が見てとれた。 「無意味な悪意の結果を阻害して、影で笑う輩を暴き出す。それが、今するべきことですね」 浮足立つ浪志組に、九寿重は一歩一歩近づく。後ろに双子を従えていた。 ●交渉 「よかった! ……本当に良かった!」 藤を奪い取り、亜紀は抱きしめた。地面にへたりこむ。小さな水玉が、いくつも頬を伝い始めた。 「……泣いとるん? 泣いたらあかんで」 弱弱しく、見上げる子猫又。懸命に亜紀の手をなめる。何度も、何度も。亜紀は、頬ずりして答えた。 「ボク達は、伽羅さん達を人質に取るつもりなんて無いよ」 子猫又を抱きしめたまま、亜紀は見上げる。鉄の壁の向こうでは、攻撃と罵声が飛び交っていた。 「全く……誰でしょうね。藤を傷つけたのは」 忍装束「影」をまとった星晶。飛んでくる攻撃に、壁の影から、影縫をお見舞いして応戦。 「お願い、ボク達を信じて待っていて」 壁を呼びだしたのは、猫が大好きな亜紀。壁の向こうで、仲間が頑張ってくれていた。 「……すまんが……負い目は……こちらの……負傷で……勘弁」 羅轟は巨大な体躯をかがめた。白虎しっぽを震わせ、弟は怯えている。視線を合わせ、頭をなでた。 「元々……我は……人質……扱う気は……無かったゆえ」 武天における有力氏族の次男は、仲の良かった兄弟を思い出す。 「……三味線を……貸して欲しい」 「がう?」 小さな吟遊詩人が背負った楽器に、羅轟は興味を示した。程なくして、笑顔と拍手が溢れる。 気配を感じ、雪音は振り返る。虎猫しっぽを揺らし、妹は待ちくたびれていた。 「……亜祈さん、苦戦していますね」 「ちょっと、締めすぎですよ。ああ、今度は緩すぎます」 怪我を負った星晶、包帯を巻いて貰っていたのだが……。 「うにゃ……姉上、下手です!」 妹の素直すぎる感想。包帯を取り上げると、さっさと巻き終えた。 「伽羅は、じょうずですね」 「にゃ♪」 「……今度、練習しましょうか」 雪音の声に、妹は胸を張る。姉の面目、丸潰れ。うなだれる虎娘に、星晶は苦笑を。 「亜祈の思わぬ弱点ですね」 ピンと立った犬耳。身をかがめながら、九寿重は手元を覗きこむ。 「まぁ、皆さんは巻けるの!?」 開拓者の手当てをしていた、九番隊の隊士たち。突然振られた言葉に、困惑を浮かべる。 「凄いわね……私にも、教えてくれないかしら?」 純粋な賞賛。軽く笑った隊士が、包帯の基本を教え始めた。 浪志組にも、心を持った者が集う。きっと、交渉は大丈夫だ。 「……しかし何者だ? 人質とか、わけ分からんこと言いやがった奴は……?」 「まるで浪志組との衝突を扇動しているみたいだった。穂邑を守りたい人なら、そんな事はしない」 颯の言葉に、ケイウスは、ある一点を見ていた。苦無の飛んできた方向を。 「……あの猫又、守ってあげられなくてごめん」 だから、自分に出来る事をする。詩聖の竪琴を取りだした。 羽ばたくフクロウの意匠を撫でる。時の蜃気楼、巻き戻る時間。 冷めた瞳の人物だった。ある家に入った。笛の音が聞える。ケイウスも、感心するほどの腕前。 と、笛が止んだ。窓に白い壁が出現する。外と中を隔てる壁、結界呪符「白」。 天然直感型のケイウス。迷った時は、経験や直感に従って赤い瞳。印を組む、陰陽師の姿を捕らえた。 「……誰が何であんな事」 追いたくても、追えない。今は、精霊の記憶を見ているだけ。陰陽師の女は、野次馬の中に紛れた。 浪志組の鬼の副局長、柳生有希(iz0259)は、虎娘の報告に頭を抱えた。こんな話し合いだったと言う。 「民の一人である穂邑を危険に曝すこととなっても、まだ勅を取るのか。何の為の浪志組かと。 ……真田に伝えろ。あの副使は、確かに朝廷の者だったのか?」 立ちふさがるのは、肝が据わったキース。口調の端々に、苛立ちが見てとれた。 「……朝廷に穂邑の存在を疎ましく思う者がいるということだろう。暗殺者の下に差し出すようなものだ」 それでも、キースは冷静に言葉を紡いだ。黒い瞳で睨みつけながら。 「俺は…朝廷に穂邑を託すことはできない。勅に反することになろうともだ」 「暗殺首謀者……及び……今後の……安全確保……成されぬ……限り」 羅轟も、同意する。今は、引き渡しは考慮出来ないと。 「最も、こちらにも不審な輩はいるようだがねぇ。すくなくとも手練れの開拓者で、穂邑さんが信頼する人物も多い」 亜祈に非礼を詫びた颯。ふっと、まじめな口調が飛び出る。 「こちらとしては、穂邑さんを現時点で引き渡すことは難しい。副使の起こした事態で、不信感は強いし、同行後に危害が及ばない保証もない」 颯の金の瞳が細められたのは、一瞬。へらりと、いつもの笑みを浮かべる。 「浪士組・開拓者双方で護衛……という形でいかがかねぇ?」 まず、お互いの不安要素を調べ、解明、排除。その上で、同行について、話し合いたいと。 |