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■オープニング本文 ●八咫烏を奉ずる 年末――希儀の探索がひと段落つき、多勢の開拓者が天儀に戻り始めていた。 彼ら開拓者の多くは神楽の都に住まいを確保しているが、一部の者は天儀各地それぞれの故郷や地元へと帰っていく。中でも、武僧らの多くは元々東房出身者で、属していた寺のこともあり、年末年始を寺で過ごさんと東房へ里帰りする者も少なくない。 そうして彼らは天にその姿を見る。 「いつ見ても立派なものよ……」 空に浮かぶ八咫烏。その雄大な姿は、古えより伝わる精霊の御魂を想起させ、仰ぎ見る者に自然と畏敬の念を抱かせる。そんな八咫烏も、今は管轄は東房より開拓者ギルドに移され、内部の整備が進められつつあった。 ●四聖諦(ししょうたい) 八咫烏において、天輪宗式の新年のお祭りが執り行われると言う。神聖なる空間での、厳格な儀式が。 でも、八咫烏は空の上。飛べない一般人には、参拝も気軽に出来ぬ。一目みることができる地上の寺社に参拝する者もいた。 物珍しさに、参拝した子供たち。寺社のおみくじや、甘酒配りに注意が向く。歌う飴屋にも、父親につられた兄弟が群がった。 兄弟は騒ぎながら、父親の手を引っ張る。ギルド員の栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、妻と苦笑した。 護摩焚きの煙を背景に、独特の香りがする境内。頭に迅鷹の一枚羽をさした、奇抜な飴職人。嫌でも人々の注目を集める。 「ほら、お待たせ。もふらさま二人前できあがりだぜ♪」 「兄ちゃん、ありがとうってんだ!」 「あーがと♪」 「坊ちゃん達、良かったでやんすね♪」 飴屋は兄弟と人妖のやりとりに嬉しそう。飴屋の大吉(だいきち)は、物産飴屋と呼ばれる流れ者だった。 「たしか……『山の頂に八咫烏降り立ちて曰く――石持て精霊の加護を受けよ』……だったか?」 「なんだそりゃ?」 「……お前さん、天輪宗の僧侶じゃないのか? 八咫烏が浮くときの重要な言葉だと聞いたぞ」 「おう? まぁ……俺は確かに僧侶の一人だが、荒法師なんだ」 「荒法師?」 「諸国の霊山を巡って、独学で修練を積む僧のことさ。去年の東房のできごとなんて、さすがに俺は知らねえよ」 「僧侶と言うのは、天輪宗の寺院に入門して厳しい修行を積むもんじゃないのか?」 「ふっ。毎日きめられた修行に、めんどくさい戒律。ここの寺の暮らしは、二度とごめんだぜ。 まぁ、里帰りや新年の手伝いはするけどさ。自由気ままに生きるのが、俺には合ってるのさ!」 ギルド員の質問に、髪を掻きあげ、さわやかに笑う飴屋。……僧侶にも、自由奔放な者がいるらしい。 お祓いを受ける母を待つ間、子供たちは退屈だった。境内の冒険中に、兄は珍しい物を見つける。 「とーちゃん、これ、駆鎧?」 「この形はジルベリア帝国が正式採用した、三代目の標準アーマー『遠雷』だな」 「弥次の旦那、物知りでやんすね。だてに、ギルド員をしてないでさ♪」 「にーたん、にーたん! ぐあいりゃー!」 「こっちは、滑空艇? なんで、ここにあるのか不思議ってんだ」 「それか? 相棒供養のつもりらしいぜ。長年の務めを終えたから、奉納されたんだと」 「……聞いたこと無い風習だな」 「引退してジルベリアに戻った老騎士が、茶飲み仲間だった師匠に託したのさ。『天儀には、人形供養なる風習があるときいた。頼めるか』って」 「良い心がけじゃないのか?」 「ああ、俺も面白い供養だと思うぜ」 「供養か……俺は、相棒に供養されるかもな。見ての通り、寿命の長い人妖だから、俺の孫の面倒までみるかもしれん」 「俺の旅の相棒は、気の強いお嬢だったぜ」 「その羽の主……迅鷹か?」 「おうよ。怪我を治してやったら、勝手にしばらく付いて来た。野生の迅鷹に見染められて、野に放って、それっきりさ」 「ほう、名前は?」 「名前なんてつけてないさ、心で通じる相手だったし。ほい、お客さんの分だぜ」 裏に引っ込み、昼飯を食べていた飴屋が出てきた。大きく背伸びをする。縁起ものである、ツルの飴細工をギルド員に渡した。 「面白いってんだ!」 「うぎょく、うぎょく♪」 楽天家の兄は、身軽に駆鎧の肩で遊んでいた。好奇心旺盛な弟は、滑空艇の上に乗る。と、勝手に浮きあがる滑空艇。 幼いながら、志体を持つ子供たち。ギルド員は困った顔をする。軽い性格の飴屋は、ふっと真剣な表情になった。 ギルド員を巻きこみ、地面に転がる飴屋。二人の立っていた大地を、駆鎧の足が踏みしめる。ジルベリアを目指し、動き始める元相棒達。 「お前たち止めないか!、悪ふざけがすぎるぞ!」 「おかしいな……子供たちは中に乗っていないぜ?」 「まさか、アヤカシ!? 旦那、心当たりないでやんすか?」 「滑空艇を勝手に動かすアヤカシか!? ちょっと待て、思い出す」 大騒ぎになる境内。驚き、駆鎧から飛び降りた兄は無事だ。衝撃で空に投げ出された弟は、ギルド員が受け止める。 「……多分、付喪怪(つくもあやかし)だ」 「もしかして、かつての持ち主を狙う、面倒くさいアレかよ!? うちの寺に持ち込まれた人形のいくつが、アレだったと思ってるんだ」 「人形供養の寺? おそらく、それが原因だ!」 付喪怪。人形や道具に、瘴気が入り込んだ結果、アヤカシ化したもの。棄てられた物や大事に扱われなかった物に、憑きやすいという。 寺で供養を待っていた人形たちの中には、瘴気を纏いかけったものもある。偶然、駆鎧や滑空艇に瘴気が集まり、アヤカシ化してしまったようだ。 「あいつらを止めねえと、麓の村がやばいぜ。まとめて供養してやる」 「お前さん、どうやって瘴気を払うつもりだ?」 「後で考えるさ!」 なにも考えていない飴屋、首元の大念珠が練力を帯びる。全然僧侶らしくない飴屋は、武僧らしく、山道をかけ下り始めた。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
松戸 暗(ic0068)
16歳・女・シ
スチール(ic0202)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●苦諦 「あ、尚武くん、久しぶり〜、元気だった?」 武僧頭巾からこぼれた、金の髪を押さえた。戸隠 菫(ib9794)は、見知った幼子に声をかける。 「ここはあたしの故郷だもの。良かったら、安積寺の観光案内もするよ」 ギルド員に変わり、元気な子供たちが答える。菫の声に、嬉しそうに飛びはねた。 菫は安積寺にて生を受け、天輪宗の僧侶から名前を授かる。長じて、武僧となった身。 「それにしても、栃面さんは何でここに? 何かあったの?」 「アヤカシアーマーとグライダーがな……いや、分かりやすく『駆鎧、滑空艇』で良いか」 気難しい顔のギルド員。ちなみに、開拓者の相棒は、『アーマーやグライダー』と記録に残されることになる。 「あのアーマーと滑空艇……供養に持ち込まれたあれね。うん、何とか食い止めるから」 事情を聞いた菫。故郷の陸と空をアヤカシが跋扈するのは、忍びない。老騎士の願いがあるなら、尚更。 「新年のお参りの筈なのですが。栃面様からの要望に答えぬわけには」 杉野 九寿重(ib3226)の犬耳は、ピンと天を向いていた。荒々しい鷲獅鳥の白虎も、激しく鳴く。 「白虎、付喪怪に憑かれたアーマーと滑空艇を止めるのですね」 身に付けた飯綱前掛の裾が、地面についた。白虎は姿勢を低くし、九寿重が乗りやすいようにする。 「わっちはアーマーの相手をする! グライダーには追いつく手段もないしの!」 松戸 暗(ic0068)は、印を組んだ。足元にジライヤの小野川が呼び出される。 「カエルではあまりに分が悪いか、カエルの体力が先に尽きるか」 「くっはは! 松戸らしくないのう、大船にのっときんしゃい」 小野川は大口をあけると、舌を見せて大笑い。背に暗を乗せ、跳ねを繰り返しながら、移動する。 「私は駆鎧の方に向います」 アーマーケースを背負い、サーシャ(ia9980)は参道に向かう。駆鎧は、参道に移動させる相談がまとまった。 「先回りした先で、アーマーを展開搭乗し抑えに入ります」 口元に手をやり、大声で叫ぶ。ブロードマントの裾がひるがえった。背中に金糸で刺繍された四枚の翼が導く。 でこぼこの坂道、空気の薄い山での走り。青い髪を振り乱しながら、サーシャは走り続ける。 多少強行軍でも、駆鎧の進行方向上に向かう決意。先回りを行えば、参道には地の利がある。 「挟み撃ちしてそのまま落とすって言うのが、結構、理想的だね」 ロゼオ・シンフォニー(ib4067)は、既に相棒に乗っていた。炎龍のファイアスに語りかける。 「兄さん疲れない程度で飛んでね。無理は禁物だよ」 ロゼオは追うが、滑空艇は早い。出来る事なら追いつきたいが、厳しい。ならば、眼下の地形を把握するまで。 「グライダーじゃなくて、兄さん落ちちゃったら、洒落にならないからね」 少々天然ボケが入っているロゼオは、真剣に言葉を紡ぐ。ファイアスは「心配するな」と、頼もしげに鳴いた。 「では、私はアーマー組で出撃しよう」 純白の聖十字の鎧は、自信に満ちていた。スチール(ic0202)の趣味は、鎧磨きだ。 スチール・ド・サグラモールの金の髪は、太陽の光を返す。青い瞳は、アーマー「人狼」を見上げた。 「新型アーマーの威力も、試してみたいしな。……貧乏でアーマーの装備品がないのが下級騎士の悲しい所だが」 苦笑するスチールのもう一つの趣味は、甲冑戦法。鎧への偏愛は、朋友にまで及ぶとか。 「仲間がアーマーに乗るまでの時間を稼がないとね」 竜哉(ia8037)は、山道を追い始めた。なぎ倒された木々は、行く手を阻む。それでも走るのみ。 でこぼこの地面、急な斜面。避け、飛び、いつの間にか足は加速する。瞬風の如く。 駆鎧と大吉の背中が見えた。既に戦いは始まっている。圧倒的に不利な飴屋。 追いついた竜哉、駆鎧の注意を引く。上空をいくつかの影が横切った。 「……あれって、この間、ラーメン屋さんにいた人よね。念珠巻いてるけど、武僧さんだったのかしら?」 地上の人影。雁久良 霧依(ib9706)は、小首を傾げる。 「……今はそれどころじゃなさそうね! カリグラマシーン起動!」 遠くで地響きが聞こえた。相棒のグライダーに乗り込んだ霧依は、意識を集中する。 極端な後退翼を持つ、グライダー。機体前部が白、機体後部および翼が緑に塗装されている。 それは、見る者に長葱を想起させた。ひらひらと動く、風切の羽根飾は、まるで根っこ。 郷土を愛する霧依は、蒟蒻と葱の名産地の生まれ。実家は農家。名産品を東房の空に広める。 「グライダーを追う側は、先に近隣の村に行く人がいた方が良いと思う。木々の少ない、或いは何も無い所なら最上だけどね」 「村の側に、休閑地があるぜ」 竜哉の声が聞えたのか、大吉がどなる。空を行くものたちは、頷き速度を上げた。 ●集諦 「パーシヴァル、起動! 練力注入……」 宝珠にかざした手のひら、集う力と光。物言わぬアーマーは、片膝を立て、身を起こした。 右手に掴む剣、左手に装着した盾。どこかで軋む音が聞え、スチールの鼓動と重なる。 攻撃の激しいさなかへ、突撃していくのだ。さながら、死地へ向かう、伝説の英雄の如く。 「大体の場所は、わかるじゃろうしの」 案内人妖の鶴祇の襟元を飾る、囁きのリボン。どんなに離れていても、竜哉の想いを風の精霊が届けてくれる。 「二体の元の持ち主は、ここより遥かジルベリアなのですね」 九寿重は、実力有る剣士を輩出する道場宗主の縁戚。昔、東房と仲の悪かった、北面・仁生の出身だ。 天儀も広いが、ジルベリアは更に遠い、雲海の外。到着するには、ひたすらに進むしかない。 「……そうでなくても、あんな代物が動けば、豪快に木が倒れるじゃろ」 駆鎧がなぎ倒した木々。新たなる山道を、鶴祇は移動し始めた。 「一心不乱に目指すからには、当然周囲の被害を考慮せずですね」 途中通過するであろう村が危険なのは、明らか。己の殺気を覆い隠す、九寿重。 察した白虎も、心を静め、降下する。悟られないように、山際を飛んだ。 「初陣だね、伊吹」 グライダーに風宝珠を設置しながら、菫は声をかける。答えるように、輝き始める宝珠。 「いきなり、お互い限界を試される事になったけど、平穏を守るために頑張ろう」 足元に風が渦巻いた。上昇気流を生み出し、グライダーが浮きあがる。 「八咫烏も見守ってくれてるんだ」 菫の青い瞳は、青い空を見上げた。 「小野川殿、張り手をしちょくれい」 暗が振り落とされまいと、小野川の背で踏ん張る。細かい指示を出して、聞いてくれるジライヤでは無い。 ……というか、余裕がない。駆鎧の鋼鉄の身体を押して、押して。とにかく足場のある参道に押し込める。 「空も陸もアヤカシが憑いて暴走状態ですか〜〜、中々面倒ですね〜〜〜」 常に糸目のサーシャ、右目がわずかばかり開き、前をみた。滑空艇が村に向かう姿を認める。 相棒のアーマー「人狼」、アリストクラートは参道で待ち構えている。「遠雷」の後継となる、四代目の正式アーマーが。 「ええ、暴走機体の停止ですよ」 しゃべらぬ相棒だが、心は通じているはず。運んでいるときにアーマーケースが、大きく弾んだように感じた。 「護るべきは人命と村ね。多分、錬力切れは期待出来ないわ」 弐式加速が頼りだ。軽装を生かして、霧依は滑空艇に追いつく。 滑空艇は、後ろを向いた。文字の通り、後ろを向いた。アヤカシは笑う。 「あのグライダーも、どんな化け物になってるか分からないけれど。機首で噛み付きを仕掛けてきても、驚かないわね」 ネギグライダーは、急反転をする。加速してきた滑空艇に、噛付かれそうになった。 開いた右手、ロゼオは滑空艇に並走する。ファイアスは、絶妙な距離を保っていた。 「こっちです」 滑空艇の牙をかすめる小石。炎龍が挑発するように鳴いた、何度も翼であおる。 ストーンアタック。小さな石は、さほどの脅威ではない。それでも、ロゼオが魔法を放つ理由。 滑空艇の意識は、ロゼオだけに向いた。牙を見せ、何度も口を開閉する。 そこは、炎龍の領域。ひとたび空に舞えば、アヤカシなど蹴散らせる存在。 大きく息を吸い込み、滑空艇を睨む。ファイアスは開けた口から、激しい炎を浴びせかけた。 相棒に合わせて、ロゼオも杖を掲げる。ほとばしる閃光。雷は渦巻きながら、炎の外を走る。 「合体技……なーんちゃって♪」 吹雪を発動したときより、緑の瞳は輝きを増す。使い慣れている、サンダー。心通わせた相棒との一撃。 ●滅諦 「我は鎧、我は鉄! 女子供を守る者なり!」 『空の騎士』を自称するスチールも、今は大地の騎士。身に付けた巨人の力帯は、大地の精霊の加護を得る。 「アヤカシとなったアーマーは、私が止めてやる!」 目の前に掲げた剣は、突きの姿勢を取る。狙うは、一瞬の隙。前方では駆鎧と対峙し、もつれ合うジライヤがいた。 パーシヴァルは駆鎧の盾めがけ、アーマースマッシュを繰り出す。盾で止められるのは、予想のうち。 「ほかの人とも連携するなら、なんとかなるだろう」 小粋に笑うスチールに、焦りは無い。駆鎧の動きを封じるのが目的なのだから。 「呪声で駆鎧内部のアヤカシを攻撃しようぞ」 鶴祇は息を吸い込み、一呼吸。人妖の目的は、自らの元になった瘴気を知る事。声なき声を辺りに響かせる。 「そのまま駆鎧の中で滅ぶならよし、瘴気として逃げ出そうとするなら……」 相棒の竜哉は弱くて儚い、唯の人間。だから人の夢の為に、聖堂騎士剣を振るう。 「もらったい!」 小野川は地面を強く蹴って、跳躍した。大きく四肢を広げると、駆鎧にのしかかる。相撲の技、浴せ倒しだ。 ジライヤには、天儀の少し古い力士の名前がつけられていた。暗が港で出会ったときから。 作成した陰陽師に、何か関係あるのだろうか。細かく命令しないと、小野川は相撲技ばかり好んで使ってしまう。 「まだ勝負は……なんじゃい!?」 「あとは、わっち自身が闘うまでよ!」 と、暗の練力が尽きてきた。軍配が上がる前に、小野川は姿を消す。宙返りをして、着地する暗。 ジライヤは幸運だ、蛇に睨まれた蛙にならずに済んだ。暗が扱う武器は、鎖分銅「大蛇」なのだから。 「なるべく目標に損傷を与えない様にしていきます」 右足を後ろに引いた、低くする姿勢。アリストクラートは、駆鎧の動きに合わせて、退いて行く。 駆鎧が、剣を振り下ろしてきた。ジルベリア帝国の貴族の家に生まれた、騎士サーシャには敵の狙いが分かる。 アリストクラートの腕と本体を、連結しているチェーン。アーマーの関節部分だ。 「油断して突破されぬ様に、必ず囲うですね」 九寿重は気位高く、血気盛ん。五人姉妹弟の筆頭で、幼年組の出世頭だ。 弟妹に接するように、白虎にも指示を出す。射線上に味方が居ない様に配慮することも、忘れぬなと。 菫のグライダーは、高く高く飛ぶ。滑空艇を眼下に収めると、菫は前傾姿勢を取った。 宝珠が輝き、機体の速度が上がる。降下で得られる加速も加わり、最高潮の風の中に入った。 リング「ナイトウィッチ」をはめた指で、グライダーを握りしめる。蛇と翼が絡み合う意匠の如く。 旋回し、回り込む直前、滑空艇に乗り込める近くまで接近する。満ちる精霊力で、翼に一撃を加えた。 傾く機体、滑空艇は体当たりを仕掛ける。伊吹の宝珠が瞬間的に光り、驚異的な回避を見せた。 前に回りこみ、更に滑空艇の反対の翼に一撃。忌々しそうに、滑空艇は反転する。 マジックローブをはためかしながら、霧依は笑みを浮かべた。閃光が広がり、雷が踊り狂う。 「憑依系に当たっても効果ないのは、知ってるわ♪」 威嚇は十分。隙をついてネギ……否、カリグラマシーンは、滑空艇の斜め後方に位置を定める。 滑空艇は口を開き、牙を見せる。吐きだすのは煙幕。逃げるつもりだ。 「させません!」 大事な見習いの杖を握りしめる、ロゼオ。詳しく語らないが、生涯の師から、旅立つ時に渡されたのかもしれない。 指し示した杖の先端に、白が集まる。螺旋を描き、広がりゆく白。滑空艇を雪が包み込む。 白い雪。ロゼオの故郷、ジルベリアの山奥では、ありふれた景色。もう、体験できない景色。 「兄さん、お願い」 ロゼオは、アヤカシに村を襲われた。桜の木の下で倒れていたところを、生涯の師に助けられる。 ファイアスを兄と慕う、狼の獣人。ロゼオは今でも、行方不明の両親と妹を探し続ける。 「隙有りですね」 九寿重の持つ、漆黒の弓「弦月」の宝珠が光る。滑空艇より前で封じ込める位置から、白虎は飛びだした。 狙うは、機動力の低下。短く吐きだす息。犬耳をピンと立て、矢をつがえた。滑空艇の翼を射る。 「付喪怪系……例えば付喪人形は、元は只の人形だけど。貴方は、どうかしらね?」 生まれいずるは、聖なる矢。精霊の祝福と共に、霧依は魔法を放つ。滑空艇の尾翼に突き刺さった。 霧依の矢と、九寿重の矢。避けがたい、二つの矢。射抜かれた滑空艇は、急上昇する。 できない。ファイアスの炎が進路をふさぐ。 「動きをさらに抑え込むよ」 菫が、上から迫った。暴れる滑空艇。それでも伊吹は、覆い被さった。 ●道諦 転倒する、アリストクラート。駆鎧がニヤリと笑った気がした。馬乗りになろうとちかよる。 「あまいですね」 アーマーの内部で、アレクサンドラ・アルマーシャ・ユロージヴァヤも笑った。座右の銘は、淑女ならば一撃必殺。 アリストクラートは、シールド「グラン」を掲げた。盾の中央で、宝珠が光る。 宝珠に満ちる練力、激しいオーラの噴射。アリストクラートは、盾を顔に近づけたまま、一気に起き上がる。 したたかに顔面を強打された駆鎧。勢いにおされ、数歩後ろに下がる。サーシャは、間髪おかず手を上げた。 「進行を止める事や方向を変える事、動きを封じる事を重視していけば大丈夫ですよ」 サーシャに導かれ、手を伸ばすアリストクラート。駆鎧の腕のチェーンを掴み、動きを封じることに成功する。 漆黒の髪をなびかせ、チェーンに向かって暗が飛ぶ。外套「幻惑」がはためき、駆鎧を惑わせた。 駆鎧はほんろうされ、剣を適当に振りまわす。ちょこまかと動く相手が、うっとうしい。 身体をひねりながら、暗は木々を飛び交う。不規則な軌道を描く鎖分銅が、駆鎧の剣に絡みついた。 懐から取り出した符。空中の不自然な姿勢のまま、暗は印を結んだ。 「オンキリカクガマケンダリヤ、バン・ウン・タラク・キリク・アク! ジライヤ、来いっ!」 「くっはは! やはり絡め手ばかりの松戸では、荷が重いのう! まかせておきい!」 「小野川殿、巨大なアーマーと格闘するのはわっちには無理じゃ、力を貸してくりゃれ!」 暗の視線は、鎖分銅に向いていた。小野川は、左手で一気に鎖を引き寄せる。駆鎧が、勢いのままやってきた。 力士ジライヤ、豪快な右の張り手。駆鎧の胸元を突き飛ばす。たたらを踏み、駆鎧は剣を離した。 「行くぞ!」 短い助走の後、パーシヴァルは跳ねた。剣を掲げ、空に鋼鉄が舞う。 全重量を敵に叩き込む体当り、迫激突。と見せかけ、アーマースマッシュ。 渾身の一撃を叩き込まれた。駆鎧はのけ反り、大きく姿勢が崩れる。 「対アーマー……ね、生身でやるのは久々だ」 胸元に構えた、力ある魔剣。アゾットの柄に宿る色は赤、大きな宝珠に光が灯る。 竜哉の立ち姿は、敬礼するようにも見えた。踏み出す足と、魔剣から放たれる気合。 「これなら駆鎧の『中』のアヤカシを斬れるからね」 アゾットは、精霊武器でもある。神教会に属する騎士は、精霊に願う。アヤカシを倒す力を。 村はずれで、口争い。老騎士の思いを組みたい、菫。村人の命を守りたい、ロゼオ。 「縄で雁字搦めにし、縄の先を頑丈な木に縛り付けたり、地面に打ち込んだ杭につないで動けないようにしよう」 「悠長な事は言ってられませんね。この際、破壊しちゃいましょう!」 滑空艇を抑えるファイアスは限界だ。瘴気を払わない限り、滑空艇はアヤカシのまま。 「おまたせですね」 白虎の到着、人形供養の寺の住職を乗せてきた。珊瑚の髪留めを付けた九寿重が、住職の手を取る。 ピンと立った犬耳は、滑空艇を見た。珊瑚の石言葉の一つは、災いからあなたを守る。 「心悸喝破が使える僧がいたのね」 霧依は、安堵を浮かべる。すぐに杖「砂漠の薔薇」を構えた。砂漠の薔薇の石言葉の一つは、愛と知性。 (あたしが自分でできたら良いだけど……、まだ修行しなくちゃね) くちびるを閉ざし、菫は滑空艇を見守る。菫の花言葉の一つは、誠実。 「……ファイアス兄さん、そのままで!」 ロゼオの狼耳につけた、太陽のピアスが揺れる。美しく、燃えるような赤。赤の語源は「明るい」に通じるとか。 念数珠を首に巻いた炎龍は頷く。龍の数珠は、住職の持つ数珠に似ているかもしれない。 住職の喝と共に、黒い霧が滑空艇から浮かび上がった。桜色の燐光を纏う、九寿重の弓。 「囲み突破を狙っているならば、逃がしませんね」 それは相棒の白虎も同じ。後ろ足で、黒い霧を蹴り飛ばす。滑空艇と距離が開いた。 放たれた矢は、桜の花びらを撒きながら前進する。連帯集中攻勢の一手を担って。 「老騎士の思い出も、詰まっているだろうからね」 境内に鎮座する、駆鎧と滑空艇。黒い前髪を揺らしながら、竜哉は見上げる。 竜騎士の龍兜を脱ぎ、脇に抱えた。反対の手で、駆鎧の表面を軽くなでる。 「自らが乗っての戦いならともかく、アヤカシに使われての破壊は忍びない」 それは、リューリャ・D・ドラッケンの思い。竜の姓と魂を与えられた者の言葉。 「悔いているのですか?」 少しだけ欠けた、駆鎧の足先。サーシャは、糸目のまま尋ねる。 「私は悔みなどしない」 スチールは即答する。喜んで人の盾になる騎士は、主なき駆鎧をしっかりと見つめた。 「さあ、どうだろうね」 夜明けの空の如き、澄んだ藍色の精神。ただ、竜哉の心は静かだった。 「そっちの飴屋さんは荒法師さん?」 境内に戻ってきた菫は、話しかけた。商売道具を片づけ始めた大吉は、顔をあげる。 「飴……何がつくれますか?」 「へえ、良かったら、飴の作り方教えてね〜♪」 ロゼオは飴細工のハサミを見つめる。期待に瞳を輝かす菫と子供達。仕方ないと、飴屋は頭を掻く。 「貴方……記憶戻ったみたいね♪」 レ・リカルで治療しながら、霧依はつややかに笑う。大吉は泰国の祭り見物で、記憶を失った事があった。 「ハグが効いたのかしら♪」 からかう声に固まる、健全な武僧男児。母親に抱きしめられる記憶探しと言う、荒治療を受けた。 「ハグですか? …聞いたことないですね」 「その言葉、わっちにも教えてくれい」 「んふふ〜何かしらね♪」 九寿重と暗の追及に、慌てた大吉。顔色が青くなった。博愛主義者の霧依は、余裕綽々だ。 「八咫烏……そのまま上空で見守っていて欲しいな」 店じまいの大吉が作ったのは、八咫烏の飴。受け取った菫は、ぽつりと呟き、口に頬張った。 |