【初夢】相棒と雪国温泉
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/01/14 19:34



■オープニング本文

※このシナリオは初夢シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。


●初夢
 すぐ隣にあるかも知れない、舵天照にとてもよく似た、平行世界。
 どこかで見たことある風景と、どこかで見たことある人々。なぜか地名も、人物も、舵天照の世界と全く同じ。
 一つだけ違うとすれば、「相棒たちは全て意思を持ち、擬人化できる技法を持つ」こと。擬人化の技法は、年齢も外見も自由自在。
 開拓者と出会って朋友となった日から、グライダーさえも擬人化して、絵を描ける。
 練力切れで宝珠に引っ込む管狐も、擬人化すれば勝手に動き、お買い物を楽しめる。
 言葉をはなさない鬼火玉も、擬人化すれば自由に人語を操れ、開拓者と歌い踊れる。
 食べることができないアーマーも、擬人化すれば、美食家に変身することもある。
 不自由があるとすれば、翼をもつ者や、空中に浮く人妖などは、空を飛べなくなること。でも開拓者と一緒に過ごす日常は楽しくて、不満は浮かばない。
 これは舵天照に似た、不思議な世界の物語。開拓者と相棒たちの、日常の一幕。


●親子
「とーちゃんの故郷?」
「ああ、天儀の北側、理穴の東にあってな。天然の温泉があるんだ」
 栃面 弥次(とんめ やじ:iz0234)は、飴湯を飲みながら説明する。上の息子は、父を見上げた。
「今年は、仁(じん)も連れて行ってやれるぞ。正月は、楽しみにしていろ♪」
「……うん」
 豪快に笑う父親は、楽しそうに言う。一本角を持つ修羅の子は、うつむきながら答えた。


 正月の近い、神楽の都。年末の慌ただしさと、新年の期待が同居する季節。
「お前さん、正月は暇か? ちょいと旅行の誘いだ、俺の故郷に遊びに来ないか?」
 開拓者ギルドの本部で、受付のギルド員に呼び止められた。依頼だろうか、身構える。
「そう、警戒せんでくれ。確かに、依頼も頼むつもりだが」
 苦笑する、ギルド員。「ああ、やっぱり」と開拓者は思う。正月旅行の甘言に、まどわされるものか。
「俺の息子が、『一人で神楽の都に残る』と言い張るんだ。俺は家族全員で里帰りしたい、手伝ってくれないか?
……実は上の息子は、養い子でな。額に一本の角を持つ、修羅なんだ」
 単なる子供のわがままと思いきや、事情があるらしい。ギルド員は言葉を選びながら、ゆっくりと説明する。
「俺の故郷は、人間だけだからな。修羅や、エルフや、獣人は、ほとんど見たことが無い。
息子は見た目の違いとか、俺と血のつながりが無いことを、かなり気にしているようなんだ」
 お家事情には、口出し出来ぬ。けれど、続きの言葉は察せられた。
「開拓者は、いろいろな種族が居る。相棒も擬人化すれば、いろんな種族になれるだろう」
 里帰りに同行する理由。修羅少年に対する住人の違和感を、軽減してほしいと言う願い。
「旦那、仕事終い、まだでやんすか?」
 と、幼子を肩車した青年が入ってきた。擬人化したギルド員の相棒、人妖の与一(よいち)。
「とーたん、まーなお?」
「ほら、尚武(なおたけ)坊ちゃんが、待ちくたびれてるでさ。仁坊ちゃんも、言ってやったら良いでやんす」
 舌足らずの幼子が尋ねる、ギルド員の下の息子だった。人妖は、手を引く修羅少年をけしかけた。
 居残りしたい修羅少年は、言葉に詰まる。瞳だけが、なにか訴えてきた。
「おー、待たせて悪いな。温泉の同行者を募っていたんだ。一緒に来るんだと」
 ギルド員に指差される、開拓者。依頼の返事をする前に、強制連行決定らしい。
「仁に頼みたいことがあるんだ。理穴に着いたら、尚武に雪車(ソリ)を教えてやってくれないか?」
「そり? 尚武さ、雪遊びしらないの?」
 父に言われ、修羅少年は不思議そうに聞く。血の繋がらない弟をみやった。
「神楽の都は、理穴ほど雪が無いからな。お前さんの故郷、冥越と比べてどうだ?」
「おいらの村、正月は真っ白だったってんだ。神楽の都は、雪が少ないってんだ」
「そうだろう、そうだろう。それに仁も、俺の故郷の伝統料理『温泉茹で』は知らんだろう」
「にーたん、ちょり? おんちぇん?」
「良いか、兄として弟と遊ぶことが、旅行中の使命だ。できるな?」
「できるってんだ!」
 見知らぬ言葉に、幼子の眼差しが輝く。拳を握る修羅少年。子供らしく、遊び心が勝った。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
サーシャ(ia9980
16歳・女・騎
アルセニー・タナカ(ib0106
26歳・男・陰
九条 炮(ib5409
12歳・女・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
捩花(ib7851
17歳・女・砲
宮坂義乃(ib9942
23歳・女・志


■リプレイ本文

●温泉紀行
「旅行に誘われたと思ったら成程……あの子の不安を拭えばいいのか」
 宮坂 玄人(ib9942)の視線は、仁を見ている。後頭部にある黒い一本角が、相棒を振り返った。
「よし、義助! 一肌脱ぐぞ」
 紅い髪が揺れ、銀色の瞳が頷いた。ジルベリアの長さの単位で、190cmの修羅は、仁に近づいた。
「俺達も、一緒に行くからな」
 十七才の義助は、仁を軽々と抱き上げる。道義に、義理人情。「義」と書かれた首飾りが、頼もしく揺れた。
「温泉茹で? そんな美味しそうな源泉があるなんて!」
「源泉は美味しくないと思うけどなぁ」
 好き嫌いは皆無に等しい捩花(ib7851)。二つ返事で、元気よく旅行を引き受けた。
 目深に被る陣笠を少し上げ、相棒が横槍を入れる。優しげな灰の目は、駿龍のときと変わらない。
「米吉、温泉茹でだよ!?」
「はいはい、楽しみだねぇ」
 長い羽織を着こなす旅人を、捩花は見上げる。178の米吉は、黒い短髪を揺らして返事。
「一年の穢れと疲れを落とし、新年に向けての英気を養いましょう!」
 九条 炮(ib5409)も、全身を使って訴える。190もある、長身の相棒に。
 普段は鷲獅鳥であるレイダーは、耳元の鷲羽毛を動かす。鷲獣人は少し考え込んだ。
「キミが行きたいなら、構わないが」
 雪景色の山と、湯煙の温泉郷。のんびりとした、温泉旅行を思い浮かべる。
「主(あるじ)サーシャ、温泉ってなんですか?」
「さあ、なんでしょうね」
 白狼耳と尻尾が、ぴこぴこ動く。世俗に疎いサーシャ(ia9980)の相棒、アーマー「人狼」ちゃんは興味津々。
 143の身長で、遠慮がちに216のサーシャを見上げる。招きに応じて、先日サーシャに引き取られたばかりだ。
「旅行の最中に、良い名が浮かぶかもしれないです。温泉旅行で、キャッキャ・ウフフしましょうか♪」
「はい、主サーシャ。あの、温泉について、聞いてまいります♪」
 サーシャの言葉に、表情が明るくなる相棒。去年の年末に、生まれた狼ちゃん。未だに名付けて貰っていない。
 嬉しそうに動く、白狼耳。十才の少女は、他に温泉に行く相棒達に話しかけ始めた。
「……あの子との仲を進展させるには、丁度良い催しですね」
 遠目に眺めるサーシャには、悩みが一つ。名付け親になるべきだが、なかなか良い名が浮かばない。
「すみません、貴方は温泉を知っていますか?」
 狼ちゃんが話しかけたのは、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)。隣のとんがったエルフ耳は、少々ご機嫌ななめ。
「妬ましい……フラン様に、近付かないでくださいまし!」
 フランヴェルの相棒、滑空艇のポラリスは、フランヴェルにベタ惚れ。それゆえ独占欲が強い。
 八才児の青い瞳は、狼ちゃんを睨む。ゆるくウェーブのかかった金髪が、激しく動いた。肩口で波打つ。
「ね、ポラリス? 皆で、大いに楽しもうじゃないか」
 細身の幼い肢体は、フランヴェルの腕を掴んだ。110の背は、嫉妬深く、自制がきかない。
 きめ細かい白肌は、頬を真っ赤にしていた。フランヴェルは、ほほ笑みを浮かべ、相棒の髪を撫でる。


「さむいから、とうちゃくするまでここー」
 水着を抱きかかえた、小雪。子猫又に戻ると、礼野 真夢紀(ia1144)の防寒胴衣の中にもぐりこむ。
「ご飯を食べたら温泉だね♪ ボクも温泉川で泳ぐよ〜」
「俺も、温泉川へ行こうと思ってる」
 神座亜紀(ib6736)も、元気いっぱい。水着も持ってきたし、仲良くなった皆で遊びたい。
「はやても水着を着て、付き添ってね」
「……お嬢」
 亜紀は荷物から水着を取り出し、相棒を見上げる。なぜか落ち込む、龍獣人のはやて。
 駿龍のときもだが、亜紀には手を焼く。まだ子供である為、我儘な要求も多いのだ。
「安心しろ。アンタの分の水着もあるから」
「……質問がある。それは、玄人が買ったのか? そして、俺は一緒に泳ぐ事前提なのか」
 真顔の玄人から差し出される、男性用水着。受け取った義助は、微妙な顔をする。
 男物の水着を押しつけられた、相棒達。温泉郷に向かう足取りは、重くてたまらない。
「だいたい、南吉は私をコキ使いすぎだよ」
 同じく足取りが重い、荷車引きアルセニー。真夢紀、お節用の材料と小雪の牛乳も、忘れなかった。
「重そうだね、あたいも手伝うよ」
 見かねたのか、捩花が声をかけた。食べてばかりいるお陰で、体力が有り余る力持ちさん。
「嬢は引っ込んだぁ、引っ込んだぁ。アルセニーさん、俺が押すさぁ」
 肩車していた尚武を、荷車に乗せる米吉。捩花を横に追いやり、荷車の後ろに立つ。
「温泉茹で! 温泉蒸し! あと露天風呂!」
「度が過ぎなければいいけどねぇ」
 捩花は食べることが生涯の楽しみ。と、豪語するほどの大飯ぐらい。素敵な旅路に、心躍った。
 頭の簪「早春の梅枝」が、楽しげに歌う。栗梅色の枝と紅白の梅花をあしらった細工が、陽の光を返した。
「嬢は温泉茹でに夢中……さて、胃薬どっかで買わんとなぁ」
 のんびりと荷車を押しながら、米吉は笑う。荷台の尚武が、不思議そうに見上げていた。

 出発前のギルド片隅。目元のシワを深くした、狐獣人のご隠居が口を開く。
「ワシと一緒に温泉にいかんか?」
「寒いから嫌だよ」
 アルセニー・タナカ(ib0106)は、一蹴する。アルセニーいじりが趣味のご隠居は、負けない。
「ジルベリア生まれが何言っとるんじゃ。ほれほれ、ワシと友好を深めてみんか」
「南吉、その偉そうな態度はやめてくれ」
 ご隠居は、管狐の南吉と言った。ジルベリアの名門貴族ベルマン家の忠実な執事、アルセニーの相棒。
「師匠を敬わん弟子を持って、ワシは不幸じゃ」
 邪険にされ、南吉は悲しげにしゃがみこむ。160しかない背中を丸め、床に「のの字」を書いた。
 性格はともかく、外見は昔話に出てくる「良い爺さん」のご隠居。小さな相棒達が心配して、寄ってきた。
「おじい様、泣いているのですか?」
「まぁ、これで涙をお拭きになるといいですの」
 狼ちゃんがご隠居に声をかける。ポラリスが、ハンカチをさしだした。懸命になぐさめる、小雪。
「こゆき、おんせんいくの。おじいちゃんも、いっしょにいく?」
「残念じゃが、行けんのじゃよ。弟子が連れて行ってくれんのじゃ」
 小さな相棒達は、ご隠居の視線を追った。ブラック・ローブをまとった、アルセニーがいる。
 禍々しい装飾の施された、漆黒のローブ。アルセニーは、邪悪な執事に見えた。
「おぬしらの主は優しくて良いのう、ワシも雪合戦もしてみたいのう」
 大げさにため息をつき、狐耳を倒す南吉。うなだれた狐しっぽが、哀愁をかもしだす。
 亀の甲より、狐のシワ。七十才のご隠居は、「孫達」と温泉行きを勝ち取った。


●銀世界
 修羅になった駿龍は、文字通り、羽を伸ばすつもりだった。温泉を満喫したい。
「今日は桜花がいないからな。久々にゆっくりできる……のか?」
 義助は、玄人の相棒が苦手だった。からくりのおしゃべりに、日々悩まされている。
 おしゃべりから解き放たれたはずだが、周りはにぎやかだ。誰がとは、言わないが。
「いらいするの」
 小雪は、真夢紀の懐から飛び出す。着地するときには、小さな女の子だった。
 赤地に吉祥花の着物と揃いの羽織、足袋に草履が愛らしい。聞けば、真夢紀の次姉からの新年の贈物だとか。
 体の弱い長姉と、彼女を守る責務を負う次姉。地方の土地神を祭る真夢紀の実家は、新年で大わらわだ。
「雪合戦じゃな」
「亜紀様なら、子供達は警戒しないでしょう」
 ご隠居の提案に、珍しくアルセニーも同意。大役を預かり、亜紀は村に踏み込む。
「あなたも行っていいんですよ」
「……はい、主サーシャ、分かっています。少し、状況確認をしていました」
 狼ちゃんは、サーシャの後ろで尻ごみしていた。真面目な優等生ちゃんは、どう動いていいか分からない。
「皆集まったら、ボク達も雪合戦しよう♪ ……ポラリスもやる?」
「勿論ですわ。フラン様を一人で行かせたら、また他の子に色目を……何でもありませんわ!」
 先輩相棒のポラリスは、後輩を一瞥する。
「あなたも行きますのよ!」
 不機嫌な口調のポラリス。まだ動かない、狼ちゃんの手をつかんだ。
「さあ投げるぞ〜」
 ゆっくりと投球姿勢をとる、フランヴェル。子供達が大騒ぎしながら、逃げて行く。
 尚武、頑張った。へなちょこ雪玉をフランヴェルに投げる。膝下に当たった。
「うわぁ! 降参だ〜♪」
 万歳して、大げさにやられた振りをした。フランヴェルは、ゆっくりと雪に倒れ込む。
「フラン様、大丈夫ですの!?」
 傍を離れないポラリス、心配そうに覗きこむ。と、綾地陣羽織「白銀」から両手が伸びた。
 フランヴェルはいろんな意味で幼い少女が大好き。ポラリスを抱き込み、雪の中に転がす。
 魚拓ならぬ、エルフ拓が完成。二人の様子を、面白がる尚武。エルフ拓の左隣に、人拓ができる。
「ボクもやる! 一緒に遊べば、きっと種族の違いなんて気にならなくなるよね!」
 真似する亜紀。エルフ拓の右隣に、人拓と修羅拓が増えた。村の子供達が混ざり、人拓が増えて行く。
「お嬢、立派になって……俺は嬉しいぜ」
 後ろで口を出さず、様子を見守っていたはやて。感激で、むせび泣き出した。
 180もある、筋肉質の体が男泣き。強面の堅物は、25才にして感動を全身で表わせる。
「もう、いい年して泣かないでよ」
 雪を払いながら、亜紀は口をとがらせる。相棒として、恥ずかしいらしい。
「あ……ボクも、仁君にソリを教えてもらおうかな?」
 板を持った仁は、尚武の手を引く。めざとく見つけた亜紀は、後に続いた。


「本気で攻撃を行うんですよ。構いません、志体持ちなんですから」
 雪玉を受けたサーシャ、子供達に入れ知恵をする。標的を指差し、大人気ない。
 首元の風宝珠を光らせ、神妙に頷く狼ちゃん。同じくポラリスは、紙の風切の羽根飾を揺らす。
「ふっ、おぬしの父とは、こうしてよく遊んだものじゃ。アルセニーは雪合戦、へたくそじゃの」
「うるさい、逃げるな!」
 大人気ない人が、もう一人。雪まみれのアルセニーだった。南吉は、ひょいひょい避ける。
「手加減して欲しいってんだ!」
「負けるのが怖いの?」
 かまくらに立てこもった仁、悲鳴があがる。追いつめられた、村のガキ大将も一緒だ。
「男の子の癖に、だらしないよ!」
 亜紀は、黒い瞳がイキイキしている。村の女の子を率いて、猛攻撃を仕掛けていた。
「あれは反則だろう?」
「やれやれ、お嬢らしいと言うか」
 見守る義助は、意見を述べる。はやては、ため息。亜紀は、ベイル「翼竜鱗」を持ってきていた。盾を。
「ほら、ぼさっとしてたら、やられるよ?」
 楽しそうな玄人の雪玉攻撃。胸元で雪玉を受け止めながら、義助は回想する。
『義助、怪我させるんじゃないよ』
『お前もな』
 そう約束した相棒は、亜紀の後ろで真剣だ。子供相手に怪我させられない理論は、承知する。
「つまり俺には、手加減しないのか」
 物静かな義助は、顔で玄人の雪玉を受けとめた。礼儀正しい青年の中で、何かが音を立てる。
 頭に生えた黒い二本の修羅角が、黒光りした。一応、義助にも、好戦的な部分がある。
「くっ……玄人、いい加減にしろ!」
 低い声音。義助が身に付けているのは、友の御守り。友を越えた家族に、遠慮はいらない。
「やっと、やる気になったんだね?」
 仏頂面だった義助が、まじめに雪合戦。玄人は枝垂桜の簪を揺らし、あでやかに笑う。
 桜が好きで、桜関連の道具の密かに集めている、修羅の娘の小さな心配り。


「カニにエビ、おいしそう♪」
 真夢紀の持ってきた具を、捩花は嬉しそうに温泉茹でする。ザルに入れた野菜も、すぐさま煮たった。
「すごい、沸騰直前だよ、コレ! 食材くぐらせ放題……!」
「ハイハイ。嬢、落ちて火傷しないようにねぇ」
 大興奮の捩花、鼻歌交じりで楽しげだ。相棒の羽織を握りしめ、引っ張る。
「皆に食べてもらわないとね!」
「あぁ、そうだねぇ」
 保護者の米吉は、ハラハラ。源泉に乗り出す主が落ちないよう、気を遣っていた。
「まゆの家のお雑煮は味噌味。人参、大根、お餅も入りますが、手鞠や梅の形の生麩も入ります」
 割烹着姿の真夢紀、精霊のおたまで鍋をかき混ぜる。喉に詰まらせないように、お餅は切った。
「お餅は黄粉や砂糖醤油、磯辺焼きも出来ますから」
「あ、蒸し饅頭ができたようだね」
 レイダーの隣で、温泉蒸しの蒸籠が湯気をあげる。蒸し饅頭の具は肉餡、あんこ。
 それから、お肉ゴロゴロのジルベリア風、ピザ味。卵入り、アル=カマル風のカレー味。
「ご飯は御節に雑煮が食べられるんだよね♪ 沢山食べるよ!」
「落ち着いて食え、零すんじゃねえ!」
 猫が大好きな亜紀。小雪の白猫耳やしっぽが、気になって仕方なかった。相棒に注意される。
「もう、はやては口煩いんだから!」
「じっとして下さい」
 ご飯粒を口元に付けた亜紀。説得力の無い、反論。炮に口元を拭かれた。
「ちょっと米吉! もっと食べなさいよ!」
「や、嬢、も、無理……」
 陣笠を脱いだ修羅は、捩花に迫られていた。二十代後半の青年は、十六の娘に押し切られる。
「食が細いなんて、言わせないから!」
 無理やり、蒸し饅頭を食わせる捩花。米吉の腰に挿した太刀が、泣きそうな色を放っていた。


 雪遊びの続行だ。雪だるまに、カマクラ作り。
「ほら、食べるかぁ?」
 仁の一本角をからかう子は、米吉が上手く誘導する。もちろん、捩花に託されたおやつで。
「……姿形が多少変わっていても、君達と同じように遊んだり楽しんだりするのですよ」
 仲良くなった子供達は、雪野で笑い転げる。アルセニーの声は、安堵していた。
 山に続く道の脇に、雪玉の積み重なった一角が見えた。炮が声をはりあげる。
「雪合戦だからって、何でそんなにやる気なんですかアナタは!」
「うん? 固いこと言うなよ」
 レイダー、いくつめの雪玉を握っていたのだろう。尚武を引き連れ、雪合戦の第三勢力と化していた。
「キミの身長を考えると、的の少し上を狙うのが効果的……か」
「駄目です! 普通の人には、手加減してください!」
「心置きなく、頭を狙うといい」
「直撃させないとか、威嚇だけだとか、そういう問題じゃありません! 当たらなくても怖いんです!」
「大人は心配ない……」
 レイダーの白銀の首飾りが、意味ありげに輝いた。身嗜みには気を使う鷲獣人は、黄金色の翼を軽く広げる。
「特に志体持ちならな♪」
 速さに拘りを持つレイダーは、バトルマニア。思わず、瞳を閉じて抗議する炮の隙は、見逃さない。
 秘儀、雪玉連射。銃声と硝煙の匂いを好む身としては、少々物足りない弾だが。
「ちょ! 志体持ちなら遠慮無用って! 遊びの範疇を越えちゃうじゃないですか!」
 両手で頭と顔をかばい、炮は雪玉攻撃に耐える。繊細な味より大味を好むが。等身大の雪だるまは嫌だ。
「ざっと、こんなものかな?」
 拍手を受け、前髪を掻きあげるレイダー。無意識に「決め☆」てしまうのは、色男のサガだ。
「……こうなればヤケです!」
 身震いし、全身の雪を落とした炮。声が低くなる。気温も、体温も、気持ちも、冷えすぎた。
 スナイパーゴーグルを目元まで引き下ろし、標的確認。左右のバランスが取れた両利きの手を、雪に突っ込む。
「主従関係を、もう一度教えてあげます!!」
 炮が握りしめた、二つの小さな雪玉。レイダーは余裕の笑みで、雪玉を抱え込む。
「おー、若いもんは元気じゃな」
「子供達の前で、何をしているんですか!?」
「おぬし、かまくらは知っておるかのう。ワシと作らんか?」
 危険を悟ったアルセニー、ちょっと焦る。のんきなご隠居は、幼子を見下ろした。


●夜の帳
「はやて、おんぶしてよ」
「立派になったと思ったらこれだ、お嬢は」
 亜紀は一生懸命遊んだ。遊びつかれて、くたくた。両手を伸ばして、せがむ。
 肩を落とし、ぶつぶつ文句を言う相棒。それでもしゃがんで、背中を向ける動作は機敏だ。
 雪の白が、夕焼け色に染まる。宿泊所の山小屋まで、二人旅。背負われた亜紀は、口を開く。
「ちゃんとおんぶしてくれて、ありがとう。はやて、大好きだよ♪」
「やれやれ、俺もさ」
 亜紀の少し癖のあるロングヘアが、はやての肩にかかる。抱き付いてきた、小さな影法師。大きな背中は照れていた。


 温泉川に膝下を浸け、足湯を楽しむ炮。勝敗は置いておくとして、連れ出したレイダーを睨む。
「お話の続きです!」
「ああ、あの子は、キミと違って素直だからね。的当ても、上達が早かったよ」
「はぐらかさないでください! からかうのも駄目です!」
「まだ不服かい? オレのお気に入りの真紅のロングコートは、キミの純白のディスターシャ色に染まったんだ」
「レイダー、もう少し真面目に聞きなさい!」
「キミこそ、年上の話は聞くもんさ」
 不真面目な兄貴は、二十代半ばのいい歳。身に纏う雰囲気や仕種は、十二才相応の妹。
 二人とも、銃にはこだわりがある。双方の持つ、口の機関銃にも。銃撃戦は、しばらく止まない。


「まゆき、まゆき、こゆきもおんせん♪」
「小雪、お水嫌いでしょう?」
 真夢紀は黒髪を揺らし、見下ろしながら尋ねる。見上げる小雪、肩甲骨までのまっすぐな黒髪も揺れた。
 見つめ合う、二つの青い瞳。120cの真夢紀と90の小雪は、まだ視界が近い。
「こゆき、かわいいすき!」
 猫又らしく、水は嫌い。けれども、「可愛い」と言われるのは、楽しい事と分かってきた。
「温泉とか! 温泉とか!! 温泉とか!!!」
「これが温泉ですね!」
 白狼耳が、ピンと立った。ぶんぶこ振られる、白狼しっぽ。主が嬉しいと、狼ちゃんも嬉しい。
「ウチの子達は発育の良い子ばかりですから、新鮮味があって良いですね」
 お湯に手を入れ、ペタンコになる、狼ちゃんの耳。垂れ下がったしっぽは、未知の恐怖に震えている。
「あ、熱いですぅ、主サーシャ」
「……色々とさらけ出して触れ合うと、見えてくるものもあるでしょうから」
 泣きそうな狼ちゃん、温泉の温度は初体験。珍しく、サーシャの糸目が見開かれた。
 主は、小さくて可愛い人物や、動物を好む。極上の笑顔を浮かべ、狼ちゃんに手を差し伸べた。


「食休めには贅沢な光景かもね」
 食後の露天風呂は、最高。夕暮れの空と、雪色の山。捩花は、まったりと過ごす。
 片や、相棒の米吉。脱衣所で腹をさすって、ぽつりとぼやいていた。
「死ぬかと思ったぁ……」
「明日は、腹八分目にしろよ?」
 側にいた義助が、気を利かせた。汲んでくれた白湯と共に、米吉は苦い薬を飲む。
 温泉の中でご隠居は、思いついた。
「アルセニー、いい歳じゃろ。好きなおなごはおらんのか?」
「なっ、そんなこと関係ないだろ」
 二十六才の執事さんは、仕える貴族様のご息女に懸想中。湯船の中で、顔を真っ赤にしていた。
 残念そうに、空を見上げるご隠居。第二の弟子はのぼせたと、勘違いしたようだ。
 職務と恋心の狭間で、揺れ動く執事さん。心を許している相棒に、真実を告げるのはいつだろう。


 雪明りの中、二人だけの温泉。背中を丹念に洗ってくれる主に、ポラリスはご機嫌だ。
「君は大切な相棒だからね」
「……私はフラン様にとっては、只の相棒……」
 フランヴェルの何気ない言葉。幼い相棒には、過酷な言葉。青い瞳に、涙がにじむ。
「悲しいですわっ」
「ああ……すまない。ボクはいつも大切な事を伝え忘れる……余りにも自明だから」
 困った顔をする、フランヴェル。泣いているエルフを抱き寄せ、頭をなでる。
「……愛しているよ、ポラリス。君はボクの恋人……愛しい子猫ちゃんさ……」
 指先で涙をぬぐってやる。フランヴェルの口元は、ポラリスの耳元に寄せられた。


―――温泉郷の夜は更けていく。開拓者と相棒の大切な時間。