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■オープニング本文 ●いざ、楽園へ! 泰国の獣人は、総称して猫族(にゃん)と呼ばれる。九割が、猫か虎の獣人のためだ。 「先輩、お願いです。里帰りさせてください!」 初雪のちらつく神楽の都、凍える猫族がいた。折れた虎猫耳を持った新人ギルド員は、震えながら開拓者ギルドで叫ぶ。 「喜多(きた)、泰国で希儀料理の再現をするのか? 神楽の都でしてくれないのか?」 「無理ですよ! 冬の天儀は食材が少ないですし、寒さで包丁が上手く握れないんです!」 新人ギルド員は、猫族料亭の跡取り息子。ベテランギルド員、残念そうに告げる。 「やっぱり猫は寒さに弱いのか、コタツで丸くなるもんな。まぁ、気をつけて帰れよ」 「はい、ありがとうございます! 天儀に戻ってきたら、再現した希儀料理をごちそうしますから」 「おお、楽しみにしているぞ♪」 虎猫の猫族は、長期休暇を勝ち取った。急いで、外で待つ甲龍に乗る。と、甲龍が鳴いた。 「金(きん)、どうしたの?」 『てやんでい、喜多殿を呼んでるようだぜ』 新人ギルド員、開拓者に呼び止められた。甲龍から降りて、震えながら応対する。 「希儀の料理ですか? 僕の実家は料亭なので、試しに作ってみるんです」 新人ギルド員の家族は、希儀の冒険から戻ってきた。持ち帰った野生の食材もある。ローリエ、セロリ、ケッパー、カリフラワー、トリュフが。 「僕の故郷はあったかいから、食材が豊富なんですよ。いつでも海で潜水漁ができるし、家の裏で苺も採れますよ」 猫族の分布は、泰国の南部に集中していた。一年中、半袖や薄着で暮らせる地域に。南国育ちの新人ギルド員にとって、天儀の冬は地獄だった。 「えっ、避寒しに、泰の南部に一緒に行きたい? ついでに希儀の料理も、食べたいんですか!?」 南部に住む猫族たちは、冬を知らない。雪も、見たことが無い。天儀の寒さから逃げ出すには、格好の場のようだ。 「……そうですね。手伝ってくれるなら、相棒と一緒に食事会にご招待しますよ? 妹が、ジルベリアの食事会を習いましてね。料亭で開催する日が、楽しみなんですよ♪」 食事会には、料亭のお客様も来る予定。泰国の人々も、希儀に興味津々。そして、他の儀の風習体験を、楽しみにしていた。 神楽の都の住宅街に、新人ギルド員は住む。猫族一家は首を長くして、長兄と甲龍の帰りを待っていた。 「がう!? 雪なのです、真っ白なのです!」 「にゃー! 藤(ふじ)しゃんも、庭で遊ぶです♪」 外を見ていた猫族の双子は、雪が珍しくてたまらない。大興奮で、長兄の飼い子猫又を、寝床から釣れ出した。 「勇喜(ゆうき)、伽羅(きゃら)。風邪をひく前に戻るのよ?」 コタツの中の白虎娘、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は心配する。姉の呼びかけに、白虎少年と虎猫娘のしっぽが振られた。 「うち、寒いんは嫌やねん! 璋(しょう)はん、匿ってや!」 「コタツで居たまえ」 双子に連れ出された子猫又、全力で家に飛び込む。料亭の若旦那は、苦笑して迎えた。 虎娘は、子猫又を膝にのせる。顔をあげると、父の緑の瞳が、真剣に問いかけてきた。 「亜祈。まだ浪志組とやらに、在籍するつもりなのだね?」 「ええ、局長さんや副局長さんに申し入れしたの。救護体制を作ってはどうかって。反対かしら?」 「まぁ、救護なら前線に立つわけではないし、反対はしないよ。喜多のケガの件を聞けば、自警組織による治安維持は必要だろうね」 半月前、ある店で狼藉者が強盗を犯した。居合わせた開拓者により、早急に鎮圧される。……猫族一家の長兄も、斬られた被害者だ。 「それに浪志組内でも、医療体制が整っていないんですもの。うちの薬膳の知識が使えると思うから、しばらくおじい様に習おうと思うの」 「料理修業をやる気になったのかね、良いことだよ。人々の役立つならば、大いに頑張りたまえ」 「ええ、頑張るわよ。彼も、同じことを言ってくれたの♪」 「……彼氏とやらについてだが。亜祈の命の恩人なのは、私も感謝しよう。 しかし、何を考えているのかね? 見合い現場から連れ去るなど、言語道断だよ!」 コタツを叩く若旦那、父親特有の寂しがり病。料亭の看板娘が泥棒された話は、地元でもたまに話題に上がるらしい。 「……父上、『好きな人がいるなら連れておいで』って、前に言ったわよね。認めてくれないなら、また家出するわよ?」 虎娘の冷たい言葉に、若旦那は表情が引きつる。可愛い娘は、厳しい料理修行に耐えられず、二年間家出したことがあった。 「反対するなら、母上みたいに実力行使するわよ。良いのね?」 虎娘は退かない、血筋は争えない。料亭の若女将は、押しかけ女房。旅一座の白虎歌姫は、命の恩人を探して、家出してきた過去がある。 「父上、ただいまです♪」 庭から双子が戻ってきた。若旦那の背中に、揃って飛びつく。いつもなら構ってくれる父が動かない、不思議そうに問いかけた。 「父上、どうしたです?」 「いや、なんでもないよ。二人とも、ずいぶん大きくなったのだね」 虎猫しっぽであやしながら、若旦那は寂しげに笑う。今、双子は十二才。上の娘が家出したときと、同じ年になった。 「希儀の料理食べて、もっと大きくなるです。楽しみなのです!」 「任せたまえ。【希儀】希儀料理指南書とやらも、出版されていたからね」 「希儀のお話、聞かせてちょうだいね。皆さんも、聞きたがっているみたいよ♪」 沈黙を飛び越え、愉快な話に意識が向く。猫族一家の若旦那と双子と子猫又は、希儀の冒険帰りだ。 料亭のお客様も、猫族一家が希儀に行ったと聞いて、沸き立っている。希儀の話題は、誰もが待ち遠しい。 「そう言えば、『クリスマス』とやらは、獣耳カチューシャが必要なのかね?」 「ええ、獣耳をつけて食事して貰うのが、親愛の印なんですって。この前、住みこみの仕事で勉強してきたのよ♪」 「がう♪ お客しゃん、猫族仲間入りです!」 「それから、みかん箱に入った人を、お家に招待していたわ。うちのお店でも、出来ないかしら?」 「ふむ、料亭の入口前に、箱を置いておけばいいかね」 「にゃ♪ 『おもてなしなし?』です!」 猫族一家、恐ろしい会話を交わす。……泰国で待つ窮地を、まだ開拓者たちは知らない。 |
■参加者一覧
村雨 紫狼(ia9073)
27歳・男・サ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
亞月女 蕗(ic0138)
20歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●青の国 青い海、青い空。雪の降らない南国で待つのは、青い聖夜。ブルークリスマス! 「第一回、チキチキ!! 南の島でブルークリスマスィィィッ!!!」 隣で村雨 紫狼(ia9073)は、青い海を背に、魂の叫びを。横で淑女たちが声援を送っていた。 「どんどんぱふぱふ〜なのです☆」 形式番号:MBD−01(MBDはメイン・バトル・ドグーの略)。ドリル大好きっ長女は、土偶のミーア。 「今回って、相棒三人までいいんでしょ? ボク楽しみだな〜」 形式番号:MBD−02。二女の土偶、アイリスは勝ち気なボクっ娘系妹。 「もうお姉さまたち、事はすべてエレガントにですわ」 お嬢様な三女は、からくりのカリン。……紫狼がかつて『明日の香り』を願いつつ、東房の飛鳥原で倒したアヤカシが元になっている。 「そういうカリンちゃんも、昨日は待ちきれなくてそわそわしてたのです!」 「お姉ちゃんだって、一日中はしゃいでたもんね〜。ボクもだけど!」 「うるさいですわ、放っておいてくださいませ」 頬を膨らませる長女と、からかう二女。ツンとそっぱを向く三女。 「……女三人集まると姦しい(かましい)っていうか、俺しゃべれないし」 なかなか面白い姉妹たちを前に、紫狼は落ち込む。天儀ならば、座布団三枚もらえた発言。 「……ああ、南部の日差しが暖かい……。泰国万歳。やはり故国は良いですね」 劉 星晶(ib3478)は、ひたすら空を見上げる。泰国出身の黒猫も、天儀でこごえていた。 「天儀の冬景色はとても美しいのですが、やはりあの寒さは耐え難いです…」 鷲獅鳥の翔星は、後ろで大あくび。星晶に、置いてきぼりにされかけた。冷たい主に、怒りの一撃をかましたばかりである。 「こんな季節でも、こんなに暖かいなんて。それに色々風景の違いがいいなあ」 冬の天儀では考えられない、苺畑。戸隠 菫(ib9794)は感心するばかり。相棒、穂高 桐が視線で問う。 「あ、桐はんや♪」 と、桐の身に着けた真っ黒な宝珠、鬼火の瞳は藤を見つけた。からくりを省略して呼ぶ、子猫又。 「私、砲術師のローゼリア・ヴァイスですの。よしなに」 「ろー、ろー……なんやて?」 「ローザですわ」 子猫又には、ローゼリア(ib5674)の発音も難しい。猫耳は笑いつつ、通称を教えてやる。 「へー、ジルベリア出身なんだ。……あたしの両親から聞いて、子供の頃は一緒にやっていたクリスマスも、家族や親しい人達で集まってお祝いするんだよ」 以外に世間は狭い。東房国の安積寺で生を受けた菫だが、両親はジルベリア人である。 「その日だけは特別だからって、修行を免除してお師匠さんと兄弟弟子と両親と皆で……懐かしいな。 ね、ツリー飾って、ささやかなプレゼント交換しない?」 「いいですわよ♪」 割と細工物が好きな桐は、無言でローザ達を手招き。菫の助言を受けて、材料を調達してきた。 あれこれ天儀風だったり、東房風だったりする、ツリー飾り。子供たちは、大はしゃぎだ。 「泡夜(あわや)はすぐに戻って、皆の手伝いを。忘れずに、夕方に迎えに来てくれ」 亞月女 蕗(ic0138)の言葉に、駿龍の相棒は頷く。石運びは任せろと鳴き、空に舞い上がった。 「実は実家が漁業を営んでいて、素潜りは得意なんだ」 陽州生まれの修羅の娘は、青い髪をまとめながら笑う。実家は漁業が生業で、泡夜は後継者だった。……少し前まで。 「ああ、初依頼だ。飾り付や料理をがんばるよ。私は陽州から出たばかりで、天儀はもとより秦国は全くしらぬゆえ」 蕗の胸元で、ファルコンアイの首飾りが揺れる。「決断と前進を意味する」と言われる宝石をあしらった首飾り。 吟遊詩人の妹が魔の森で命を落とした時、母親は姉を『蕗』と呼び始めた。『泡夜』ではなく、『蕗』と。 血の滲むような努力で習得した、音楽。それでも燻り続けている、心の奥の焦燥感。相棒に自分の真名をつけたのは、なぜだろう。 「水の中にいると、故郷の海を思い出すよ。ザクザクとってこようじゃないか」 網とモリを手に、海底の岩場を探す。ウニやサザエを見つけ、どんどこ引っペがして網の中へ。 それでも蕗の黒い瞳は、遠くを見ていた。陽気な修羅たちの国を。 「『聖戦』突貫したあとは、『聖夜』でまったりだよっ。暴風で吹き飛ばされるのにはもうごめんだよねっ」 どこか遠い目をしつつ、人妖の朱雀は語る。握りしめた風呂敷包みは、ワンコ関連の本でいっぱいだ。 「……私も同感ですね」 ワンコ耳……犬耳が思いっきり伏せられる。冬の陣も、偉大なる暴風の猛攻と戦ったことも、杉野 九寿重(ib3226)の記憶に新しい。 忌々しい記憶、消去したい過去。開拓ケットやその前後の活躍は、開拓者と相棒達を憔悴させた。 「ブルークリスマス……何かが激しく間違っているような」 「南国のが暖かいです。ブルークリスマス、それは暖かいクリスマス…」 桔梗は、青みのかかった兜をかぶっていた。ブルーヘッドの黄色い角飾りが、天を差す。 背筋を伸ばす桔梗、断固戦う姿勢だ。秘書のようなおちついた性格のからくりは、ローザを見つめる。 「お嬢様。南国でブルー以外に、何をお考えだと申すのですか?」 「……ジルベリアは雪の白、泰国は海の青なのですわね?」 「その通りです」 訳のわからない呪文にかかったローザ、あっさり陥落する。大きく頷く桔梗、結構いい性格をしていた。 「アタシはっ! 存分に暴れまくりつつ、南国の年末を楽しむのだよねっ!」 開拓ケットの会場で、朱雀は同志を見つけた。からくりの桔梗と言う同志を。会場で知り合った亜祈の処へ、押しかけ合流を誓った仲。 「ワンコ、色々やる事が一杯有りそうなけれど、その辺の雑事は『よろしく』なのだよっ」 「はいはい、朱雀は体が小さいですね」 口も達者で気が短い相棒に押し付けられても、九寿重は笑うのみ。聖戦の記憶は、ワンコを麻痺させている。 「リクエストと指南書から、パスタとピザ作りを手伝うのが良いですかね?」 「アタシは、切り出した石などを白虎に積んでもらうのだねっ」 菫に料理本をみせてもらいに行く、九寿重。外へ飛び差す、朱雀。分担成立。 ●南国らいふ 波のはざまを、たゆたう船。泡が昇ってきた、誰かが戻ってきたらしい。子猫又が覗きこむ。 水しぶきが上がり、怪魚が顔をのぞかせた。大口をあけ、子猫又をくらおうとする。逆立つ、藤の毛並み。 「……ん? どうした? 見た目はアレだが、美味しいぞ?」 真ん丸な子猫又に、海のギャング・ウツボ様は語りかける。魚がしゃべった、言葉を失う藤。 「いけじめにして持ち帰らないとな」 怪魚は船に乗り込む。ウツボ様をモリに刺してあがってきた蕗は、のんきに濡れた髪を振った。 次にでっかいシャコ貝を見つけた、迷う蕗。陽州では、シャコ貝を刺身にして食べるらしい。戦の民、修羅の瞳は決意した。 網とモリを船に揚げ、息継ぎをして華麗に潜ってくる姿。水の中の双子たちは、遠巻きに眺める。 シャコ貝を両手に掴み、砂地を蹴る蕗。重いけれど、負けない。貝を持ちあげ、水面に向かう。双子は懸命に拍手を送った。 「じゃーん、ミーアは大胆に黒ビキニなのですッ」 元祖ドグーロイドのミーアは、金髪Dカップ。長女の右隣は狂科学者?褌「御来光」で、水辺対策は万全。 「ふうーははー変態紳士の技術力は世界一ィィィッ! 相棒の水着も……」 浪漫ニストを名乗る紫狼は、木刀片手に仁王立ち。口上途中で、二女と三女が乱入する。 「ボクはスポーティなチューブトップにパンツスタイルだね♪」 「わたくしのは、白いワンピースタイプですわね」 ショート髪型のAAカップらしい、二女。銀髪ボブを振り乱す、Bカップの三女。 「んじゃ各自、素体の耐水性実験も兼ねて、渚で食材GETすんぞオラーッ!!」 四人が走って行った海の様子を、不思議そうに猫娘が見送る。ギルド員の兄のしっぽを、ひっぱった。 「にゃ?」 「えーと、土偶さんたちって、泳げないんだ。沈むだけなんだよね。それから、からくりさんは泳げるけど、水圧に弱いんだ」 ……説明しよう。浅瀬の途中で、急に深くなっている場所があった。とっさに長女と次女は、マスターに捕まる。 のんきに水面を泳ぐ三女に、助けを求めたマスター。阿鼻叫喚の地獄絵図、完成である。 料亭で平謝りした、星晶。出来れば、将来の家族たちと、仲良くやりたい。若旦那は、質問した。 「君のご両親は、何と言っているのかね?」 「それは……」 星晶の黒猫耳が、伏せられる。青い瞳を細め、遠くを見やった。幼い頃に、アヤカシの襲撃で失った故郷。 「……大事な娘なのだよ」 「俺だって、大事なものを失くすのは、幼少の頃だけで十分です」 若旦那は、視線を落とすとお茶をすする。ぽつりと呟く星晶の湯呑は、からっぽだった。 「ふむ……亜祈、お茶を持ってきなさい。君も、飲みたまえ」 星晶を一瞥すると、若旦那は娘に合図する。差し出されたのは、星晶の持ってきた花鞠茶「三山花」。 鞠状のまま茶器に入れ、湯を注いで花が開くのを楽しむ茉莉花茶。猫族の三山送り火にちなんだ、三色の花。 料亭の地域には、「三茶六禮」と言う物があるらしい。お茶を差し上げるのは、婚姻儀礼の一つだとか。 「まず石窯作ろう。アーチとか組むのちょっと大変だけど、枠とか作ると比較的楽にできそうなんだ」 菫は、無言で手を動かす相棒を見た。桐の栗毛の前髪は一心不乱の様子、そっと手元を覗きこんでみる。 「あら、桐の方が正確に上手に積めるんだ。削って形を整えるのも速いし……」 冷静沈着な相棒は、石窯の土台の距離を測っている。次々と運び込まれる煉瓦や、石の大きさを比べた結果だ。 次になにやら地面に書きつけ、手伝いに来た星晶に指示をする。料亭から硯と筆を借りると、手紙をしたためた。 「よろしくお願いします」 「この寸法だねっ、アタシたちに任せるんだよっ!」 空に舞い上がる白虎の背中から、手紙を預かった朱雀は叫ぶ。泡夜や翔星も後を追い、空に飛び立った。 調理の下準備に追われていた、九寿重。朱雀に小袖「春霞」の袖を引っ張られながら、外に出てきた。 「ワンコ、見て欲しいんだよっ」 南国には、人妖浴衣「涼」がぴったり。夕暮れの色の中で、朱雀の赤毛が踊る。石窯の前で、鷲獅鳥の白虎が胸を張っていた。 相棒たちは九寿重の実家、北面・仁生の道場からやってきた。道場宗主の妹である母と、獣人の父の贈り物。 「皆で作ったのですか? 二人ともさすがですね、お疲れ様ですね♪」 九寿重の黒髪が感心し、相棒たちを撫でた。『愛情』と言う、見えない贈り物は、朱雀と白虎の笑顔に姿を変える。 「お返しに尻尾もふもふだよっ」 朱雀は、九寿重の犬しっぽに飛びつく。白虎まで身をかがめて、すり寄った。 「二人とも! くすぐったいから、やめるですね!」 「九寿重、触れ合いは大切ですわよ♪」 たぶんこれも、聖夜の贈り物。飛びつかれ、地面に倒れた九寿重。笑うローザに、注意された。 「一汗かいたので、涼みがてらに海で泳ぎ突貫だねっ」 「ご名案ですね。お嬢さま、すぐに支度を致しましょう」 「朱雀、今からは無理ですね」 「そうですわ、夜がきますのよ。さすがに凍えますわ」 張り切る相棒を止める、九寿重とローザ。時は、十二月。頭には、冬の寒さがよぎる。 「あら、皆さん。月夜なのに、海へ行かないの?」 猫族兄妹が、料亭から出てきた。ここは南国。ごく普通に、泳ぎにいく格好をした亜祈が声をかける。 「ブルークリスマス、それは暖かいクリスマス……十二月の海で泳いだとなれば、ブルークリスマスの良き証となりましょう」 無表情に、海の方向をみる桔梗。訳のわからない呪文に、青い魔力が込められる。 「年末の海で泳ぐなんて、ジルベリアでは考えられませんわね」 「天儀でも、同じですね」 真剣に悩む、猫と犬。貴族であるヴァイス家に貰われた猫族の娘は、ピンと立った犬耳持ちを見た。 「思い出は大切ですわ。もちろん他の方との触れあいも、楽しみですのよ♪」 「当然ですね!」 ローザは、サンダル「小悪魔」を履いていた。九寿重は、珊瑚の髪留めをしている。すべて、偶然に過ぎない。 「とにかく、今回はカリンの経験値を積ませるのが目的だ。ミーアとアイリスは、まだ人間社会に不慣れなカリンのサポートに…」 「能書きはいいから、早く海に行くのです!」 長女の鋭いツッコミ。あ、マスター、落ち込んじゃった。 「南国バカンスデート続きなのですッ」 「ボ、ボクも海へ行く。待って、お姉ちゃん!」 「わたくしだって、泳ぎますのよ!」 ご機嫌な長女は、猫族一家と龍に乗る。あわてて、二女と三女も後を追い……。 「はっ!? 俺を置いてくな、無機物どもがあーっ!!」 時遅し。一人残された紫狼は、月夜に吼えた。 ●いただきます、希儀 「みかん箱? なんだか面白い祝い方だね。司亜さん、よかったら教えていただけないだろうか?」 陽州生まれの修羅さんは、興味津々だった。泰国の名前もめずらしいのか、虎娘を面白しろおかしく呼ぶ。 蕗は、修羅にしては珍しく、正直や直言の美徳を何とも思わなくなった。けれども、今はきっと正直な言葉のはず。 「私は陽州から出てきたばかりで、天儀は勿論、秦国やジルベリアの文化は全く知らないんだ」 ジルベリアの謎の風習、蕗はみかん箱を見つめる。獣耳カチューシャーを手に、教えられるまま頭に付けた。 修羅の角が、楽しげに揺れる。可愛い獣耳体験に、ノリノリだ。 「へえ、みかん箱を用意して、そこに入った人をお客さんとして招待するんだ。泰のクリスマスって、随分違うんだね」 「ところでこれ、みかん箱じゃないといけないんですか? 大の男が入るには、ちょっと狭そうなんですが……」 「りんご箱がいいかしら?」 菫は、真剣に地面を見下ろした。星晶は指差しながら提案、亜祈はまじめだった。 「違いますわよ。サンタクロースは、えんとつから入るのですわ!」 仁王立ちになるローザ。間違ったクリスマス知識に、ビシバシとツッコミをいれていく。 「それに食事をするのに、猫耳は別にいらないんですのっ! 必要なのは、トナカイ耳と角ですわっ! 仮にもジルベリア貴族の末席に名を連ねる者として、正しいクリスマスのあり方を教授しませんとっ!」 ローザ、正当なジルベリアン・クリスマスを教える。突っ込みどころ満載な気がするのは、何故だろう。 「魚の扱いは得意だ。任せてくれ。あー、希儀の料理は希儀語の本が読めなくて……」 男性には殆ど近づかない蕗も、少年は平気だ。好奇心の塊の勇喜に、魚調理を教えてやる。 包丁の背でウロコを落とし、内蔵を取り除いて綺麗に洗った。大量の塩を盛る意味を問われる。 「塩釜焼きのこと? これは祝いの料理だ」 仲間たちの手により、石窯が料亭の外に完成。次の疑問にも、答えてやった。 「ウニは生食、貝類は網焼きに塩と醤を垂らす。味噌でもいい。うつぼは煮物に仕上げてだな……それから味噌と叩いて、なめろうにしよう♪」 まな板の上で、細かく踊る包丁。音を聞いている泡夜や、翔星のしっぽも踊る。取り寄せて貰ったネギやミョウガを手に、蕗は笑った。 「調理は自分もできますわ。一応クリスマスですし、七面鳥の丸焼きくらいは欲しいですの」 掻きあげられる、茶色い髪。自信に満ちた猫耳。ローゼリア・ヴァイスは、金の瞳でを見渡す。 泰国のブルーなクリスマスを、ジルベリア風にホワイト演出する。天才肌ながら努力家のローザに、出来ぬことはない。 「さすが、お嬢様です!」 胸元で手を組み、感動を表す桔梗。作り手として、助手になる気満々だ。主を立てる、秘書の鏡なり。 「ムサカを作ってみるんだ。火に強いお皿って、あるかな?」 菫所望の陶器の皿が、料亭から運び出された。ムサカとは、オーブンで焼いた野菜料理である。ジルベリアのグラタンに、似ているらしい。 底に薄く切ったじゃがいも、その上に細かく刻んだお肉。さらにローリエとセージ、玉ねぎと調味料をいれて炒めたものを載せた。 「最後にチーズをたっぷり。火を入れて熱くなった石窯でパン、そしてケーキと一緒に焼き上げよう」 片目を閉じ、菫は笑顔を見せる。ジルベリア製の可愛らしいおしゃれ着、エプロンドレスとヘッドドレスが良く似合っていた。 「ふふ、クリスマスはやっぱりケーキなんだよね」 子供たちを魅了したのは、菫の作った料理。藤は不思議そうに、匂いをかいでいる。 「木の実とドライフルーツをふんだんに使った、重いケーキなんだけど、クリスマスの時だけなんだ、これ」 菫が切り分けてくれたケーキを、双子はかじる。美味しい異国の料理に、心は遠くに飛んで行ってしまった。 視線の先で、ドレス「黄金の太陽」が、優雅に歩を進める。輝くように仕立てられた、ジルベリア風の高級ドレスをまとったローザだ。 「九寿重にも、いつも天儀の料理を教わっている事ですし……お返しですの」 ローザにとって、九寿重は無二の親友。天儀に来て間もない自分に、天儀の事を教えてくれている。 九寿重にとっても、ローザは同じ。きっと意気投合した朱雀と桔梗が、互いに聖戦の偉大さを教授したときも、同じだったに違いない。 何冊も積み重なった本が、料亭に飾られていた。聖戦の成果を見せびらかせ、胸をはる朱雀。 「朱雀、恥ずかしいですね!」 両手で頬を抑え、顔を赤らめた九寿重。犬耳が伏せられ、しっぽが力を無くす。 うつむき加減になった。その愛らしい姿が、冬の聖戦に参加した者を虜にしたのだろう。 「ワンコを褒め称えるのだよねっ、褒め称えるのだよねっ!」 猫族たちには、聖戦の偉大さは分からない。けれど、九寿重が有名人で、人気者だと理解した。 朱雀は良い気分で、亜祈のピザを一口かじる。口元を押さえると、瞳が苦悩に満ちた。 「具に何をいれたのさっ!?」 「糠漬けケッパーのみじん切りよ」 なんの疑問も無く、しっぽを揺らす虎娘。菫は意識が遠のきつつ、尋ねた。 「あの……調味料の分量を聞いてもいいかしら?」 「塩はおたま三杯、お砂糖は一つまみよ。それから、唐辛子は一掴みね」 おおらかな亜祈、平然と答える。無駄と分かりながら、ローザは言葉を重ねた。 「……味見はしましたの?」 「もちろんしたわよ」 のんきにピザを食べる、虎娘。自分や家族の食べ物は、手抜きする性質だ。 「お姉さん、いつもああなのか?」 「がるる……お客様の食べ物は、手抜きしないです」 ピザに躊躇した蕗。虎少年に視線を落とし、戦々恐々と尋ねる。蕗のピザは、安全らしい。 「……末恐ろしいですね」 「伽羅たんは、見習ったらいけないZE?」 「うにゃ……絶対にやらないのです!」 遠巻きに見ながら、星晶は視線を反らせる。しゃがみこんだ紫狼、猫娘に言い聞かせた。 「さんたくろーすしゃんです?」 双子は、星晶の格好が不思議だった。先日ジルベリアに出没したサンタクロースは半裸ときいたが、黒猫は赤い服をきっちりきこんでいる。 子供たちは贈り物を貰った。藤にはショール、双子にはとらのぬいぐるみ。 「さんたしゃんになるのです。 贈り物、糠秋刀魚(ぬかさんま)なのです!」 双子、星晶の真似をして配り歩く。糠秋刀魚とは、猫族の好物。糠床に漬け込んだ秋刀魚のことだ。 「やっぱ猫族は魚料理だしな〜。って、聞いてくれ!」 双子から秋刀魚を貰い、相棒姉妹たちに見せびらかす紫狼。マスターそっちのけで、姉妹は水着議論に忙しい。 「亜祈、ちょっと」 小さな壺を受け取った星晶は、亜祈を外に誘った。さすがに人前では、渡せない贈り物がある。 「気に入ってくれるといいのですが」 「まぁ……ありがとう……」 星晶が恋人の指にはめたのは、四葉の指輪。名前を彫り、大切な人に渡す銀の指輪。 丸い指輪の形は、古代の泰国文字の中で、恒久の意味を表すとか。 |