【希儀】冒険入門・相棒
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/24 17:31



■オープニング本文

●世界
 ここは、空に浮かぶ浮遊島に、人々が暮らす世界。浮遊島は大別して「儀」と言う。
 儀では、ずば抜けた身体能力を持つ人が、まれに生まれる。天儀では、「志体」と呼ばれていた。
 志体を持つ人々が目指す存在がある、「開拓者」。「開拓者ギルド」に所属し、困っている人を受ける存在。
 開拓者は依頼を受け、冒険に挑む。「練力」を使い、「技法」を振るう。「体力」の続く限り。
 そして、「アヤカシ」との戦いにも挑む。アヤカシは、瘴気から生まれる敵、人々を食べる敵。
 開拓者は戦える。一人ではないから、志を同じくする「仲間」がいるから。
 そして、「相棒」も、力を貸してくれるから。


 はるか西に、新たな儀が発見される。「希儀」、希望の儀が。
 人手が求められる、希儀への訪問。往年の開拓者たちは、子供たちを連れて来ていた。
 同行したのは、開拓者ギルドの職員。弓術師の栃木 弥次(とんめ やじ:iz0263)。その息子、修羅少年でシノビの仁(じん)。
 そして、泰国の料亭の若旦那。虎猫獣人で、泰拳士の司空 璋(しくう しょう)。一緒に来た若旦那の子供たちは、双子だった。
 吟遊詩人の白虎獣人、虎少年の勇喜(ゆうき)。父とそっくりな虎猫獣人、泰拳士の猫娘の伽羅(きゃら)。
 そして相棒も同行中。ギルド員の相棒、人妖の与一(よいち)。料亭の飼い子猫又、藤(ふじ)。
 開拓者も、世代交代していく。小さな開拓者たちの冒険が、実りあるものになることを願うばかり。


●子猫のケンカ
「合成獣? 別の言葉で、『キマイラ』と言ったかね」
「ああ、巨大な中級アヤカシだ。魅了を使える。猫又の嬢ちゃんがさらわれた、廃墟の遺跡周囲が根城のようだな」
「……なるほど。先日のアヤカシ化した、黒い鷲獅鳥に関係があると君は言うのだね」
「強い瘴気の影響を受けなければ、ケモノがアヤカシ化する訳ないからな。合成獣が大元の原因と、俺は睨んでいるんだ」
「確か、魅了は精神的影響下に置く術だったね。強制的に支配して、アヤカシ化させる……腹の立つ、嫌な相手だよ」
「白十字が黒い鷲獅鳥を討ったのは、完全に支配されていないからかもしれん」
「まだ、どこかに野生の本能が残っていると?」
 朝ごはんを囲みながら、若旦那とギルド員は話し込む。子供の泣き声が聞こえ、視線を巡らせた。
「父上ー! 伽羅しゃんと藤しゃんが、ケンカしたです!」
「勇喜、また泣かされたのかね?」
「がるる……二人とも、本気出してたです」
 虎少年の全身は、引っかき傷だらけ。妹と子猫又を止めようと、兄は奮闘した。あっさり負けたけれど。
「与一と仁は、二人を止めなかったのか?」
「仁しゃん、頂心肘くらったです。与一しゃん、鎌鼬くらったです」
 頂心肘、素早く前進しながら肘鉄を叩き込む、泰拳士の技法。猫娘の一撃は、止めに入った修羅少年の防御力を上回った。
 鎌鼬、睨みつけた対象周辺に鋭い風を巻き起こす、猫又の技法。止めに入った人妖は、子猫又の攻撃に巻き込まれた。
「……お前さん家の嬢ちゃん達、派手にやるな。『娘』と言うのは、そんなものなのか?」
 息子しかいないギルド員、驚き顔で隣を見る。若旦那、無言で視線を反らした。


「伽羅は、合成獣なんて怖くないです。父上と一緒に、倒しに行くです!」
「せやから、シアナスネークちゅう蛇もおるんやで? 敵う訳ないやん!」
 しっぽを逆立て、睨みあう子猫たち。おてんばな猫娘は、アヤカシ退治に同行するつもりだった。
 お節介な子猫又は、猫娘を止めようとする。それが二人のケンカの原因。
「伽羅、藤。二人とも、私と一緒に来たまえ。実際に肌で感じるといい、アヤカシと言うものを」
 黙って聞いていた若旦那は、決断した。無鉄砲な娘と、心配症の相棒候補。荒治療だが、現実を教える必要がある。
「……とーちゃん、おいらも?」
「仁には、別の事を頼みたい。虎の坊ちゃんと一緒に、額に白十字を持った鷲獅鳥を探してくれ」
「がう? 勇喜も行くです?」
「坊ちゃん達には、我が同行するでさ。あの鷲獅鳥は、まだアヤカシ化してないでやんす。おそらく、魅了で支配されてるでさ」
「がるる……しはいって、なんです?」
「おいらも、知らないってんだ」
 虎少年と修羅少年は、難しい言葉に顔を見合わせる。人妖が二人の周りを回った。
「無理矢理、アヤカシの仲間にされている事でやんす」
「がう!? そんなのひどいです!」
「救えるものなら、救ってやりたいでさ。二人とも、力を貸して欲しいでやんすよ」
「おう、おいらたちが助けるってんだ!」
 一気にしっぽを膨らませる虎少年と、拳を突き上げる修羅少年。頼もしそうに、人妖も小さな弓を空に掲げた。


■参加者一覧
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
炎海(ib8284
45歳・男・陰
戸隠 菫(ib9794
19歳・女・武
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
楊・白虎(ic0133
23歳・男・泰


■リプレイ本文

●ざわめき
 泰国の獣人は、総称して猫族と呼ばれる。虎か猫が多い為だ。「総称」だから、獣人全てに当てはまるわけではない。
 浅黒い肌の楊・白虎(ic0133)は、虎耳の白虎獣人。劉 星晶(ib3478)も、猫耳の黒猫獣人。
 しかし、炎海(ib8284)は、人と変わらぬ耳だった。蛇のような龍の鱗が少しばかり見える、蛇竜の獣人である。
「白十字の鷲獅鳥……まだアヤカシにはなっていませんでした。……きっとキマイラの魅了と苦しみながらも戦っているのでしょう……」
 仁に語りながら、僅かばかり伏せられる、茶色い瞳。表情の変化が乏しい海神 雪音(ib1498)気持ちを、相棒の疾風は察する。
「……あの鷲獅鳥、子供だったのですか。操られているだけなら、解放してあげないと。
親も心配している事でしょう。家族は一緒にいるのが一番です」
 星晶の黒猫耳が伏せられた。小さな開拓者たちの父親は、親鷲獅鳥を探しに行った。
「……アヤカシ化。そのようなことが可能であるとするならば、捨て置くことはできない」
「はて、支配下に置かれながらも本能で抗っている……ということかの。興味深いものであるの」
 ウルグ・シュバルツ(ib5700)は、相棒の導にうなる。手にした魔槍砲は、様々な思いを背負って生まれた。
 アル=カマルで生まれ、朱藩の職人達が開拓者と共に改良した銃。今度は、ウルグが思いを込める番。
「操られた獣に興味はないが……人間が救ってくれと言うのならば、喜んで」
「炎海! あたしが手を貸すんだから、きびきび働きなさいよ!」
「そうだなシュシュ。善処しよう」
 炎海は少々考え込み、ウルグに声をかける。まとわりつく相棒の管狐シュシュ。二十年来の付き合いだ。
 相棒は炎海のことを、性格をはじめ、何でも知っている。素性や、開拓者になる経緯も、すべて見てきた。
「おや、同族ではないか?」
 シュシュに声をかける、導。しばしば他人をからかっては、反応を面白がる癖があった。
「別所では現地の狐が幅を利かせておるようだが、我等の存在を知らしめてやるがよいぞ」
「そっちこそ、偉そうな口叩いたんだからヘマしないでよね?」
「……ほう、では報告を楽しみにさせて貰おうかの?」
 くつくつと笑う、導。シュシュは、ふふんと鼻で笑い返した。
「さあ、はやせ! お前との初共同任務だ、全力で立ち向かえ!」
 篠崎早矢(ic0072)は、鷲獅鳥のはやせの鐙に足をかけようとした。はやせ、暴れる。
 早くも苦戦。間違えて連れて来ようとした、霊騎のよぞらと、大違いだ。
「戸隠 菫だよ、穂高 桐ともどもよろしくね」
 金の髪を揺らし、戸隠 菫(ib9794)は屈みこむ。懸命に見上げる子猫又を、抱っこした。
「おおきに! えーと、桐はん? あっちは楊はんやろ、早矢はんやろ……おおとるな?」
 菫と同じ視線になった藤。口数少ない菫の相棒のからくりを、省略して覚えてしまった。
 結果として、穂高 桐は「桐」。楊・白虎は「楊」。篠崎早矢は「早矢」と、報告書に残されることになる。
「対象を消滅により逐次目標を代えて繰り返すですね」
 気位の高い犬獣人、杉野 九寿重(ib3226)は説く。合成獣線に助力するときは、退路を封じる様に囲む位置取りをするように。
 それから注意散漫に追い込んで、一気打倒だ。血気盛んで有れど、道理は弁えている。
「それから、見に見える存在が居なくなろうとも、全体睥睨し残敵を残さずですね」
 九寿重は連帯して、集中攻撃をするように、勇喜に教える。後衛職と言えど、横からの牽制助力は侮れない。
 戦場を後ろで預かる意味を、敵の仕草を見られる場所。それは、破壊効果や範囲、射程延長線上を想定して仲間の被害を減らすことに繋がる。
 良い子の返事に、五人姉妹弟の筆頭は頭を撫でた。我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先してしまう。
「おじさん、どうしたの?」
 四歳くらいの少年羽妖精が、楊を覗きこむ。泰拳士の白虎は、瞳を閉じていた。心の中がもどかしい。
「伽羅と勇喜を見ていると何か心がざわつくと言うか、どうも既視感と言うか失った記憶が刺激されている様な……?」
 両手で抱える頭。記憶の中で、自分を呼ぶ声が聞える。「楊・白虎」では無い、名前。どうしても、聞きとれぬ案前。
 楊は、満身創痍で保護された記憶喪失の青年。身に着けた物は全てぼろぼろで、身元を探す手立てが無い。
「昔の事?」
「なんか、力になってやりたくなるんだよな」
 頭から手を話すと、普段の口調になる。楊の頭をしめるのは、『帰らなければ』と言う強い想い。
 消えぬ、伽羅と勇喜に対しての既視感。付き合いの浅い相棒、羽妖精のバーニーが知らない、楊の過去。


●それぞれの戦い
「うん、自分の意思と関わりなく、操られるのは良いものじゃないよね」
 菫の言葉に、桐は無言で頷く。からくりの明るい茶色の虹彩が、憂いを帯びたように見えた。
「巫女さんなら解術の法があるけど……キマイラを倒すしかないんだ」
 空を見上げながら、菫は言い切る。言動はストレートで、歯に衣を着せる事が無い。
 素早く印を結び、瞑目する。己がうちに住まう精霊に、語りかける。共に人生を歩む精霊の力が、身中を満たした。
「伽羅……一人では決して突っ込まないように。藤……心配でしたら、伽羅の背中を守って上げて下さい」
 虎猫には、仲間と一緒に動くように。三毛猫には、虎猫の背後や死角を警戒し、鎌鼬で守るよう伝える。
 雪音は子猫達に言い残し、駿龍の背に乗った。耳元で、フェザーピアスが揺れる。
 薄く加工された金で作られた、羽飾り型のピアス。金の石言葉は、確実な助言と力。
「言うこと聞かない猛獣で空戦か」
 早矢が愚痴るのも、仕方ない。口に噛ませたハミは馬と違い、高い効力を発揮しなかった。
 なんとかまたがり、手綱を握った。後ろで、よぞらから託された竜旗が、応援してくれている。
 絆があまり固くないためかと、悩む。鷲獅鳥との主従関係は、畏怖と尊敬の念によって築かれねばならないと聞いた。
「人馬一体、我々は二人で一つ! いざ行かん、戦場へ!」
 全然なついて無いはやせに、早矢は命令する。渋々飛びあがる、鷲獅鳥。渋々またがる、開拓者。
 ……案外、似た者同士で上手くいくかも。


「君にしか出来ない仕事だ。頼めるかい?」
「あ、あんたがそこまで言うなら、やってあげてもいいけど!」
 シュシュはすまして、背筋を伸ばす。ウルグに自慢する、炎海の声が聞えていた。
「彼女が警戒してくれれば、シアナスネークにもすぐ対処ができるからね」
 シュシュが守ってくれる、背中。炎海は合成獣から離れた白十字を、相手取った。狩衣「大極」が、風もなくはためく。
 渦巻く瘴気は、身体にまとわりつく式を生み出した。大地に落ちてくる白十字を見ながら、静かに声が紡がれる。
「まだ操られているだろうからね。魅了の効果が解けるまでは、私が動きを抑えておこう」
 炎海の言葉は、飄々として掴み所がなく、本心は見えづらい。自称、博愛主義者。きっと今は、本音だと思う。
 風魔閃光の光は、白十字の視界を焼く。驚き怯む、若い鷲獅鳥の子。
「まぁ、翔星もやる気満々ですし、何とかなると思いますよ」
 星晶のはめた指輪が、微かな光を帯びる。刹那、鋼線「黒閃」が空を切り裂いた。翼をからめとる。
 飛び立てない。行き場を失い、暴れる白十字。かん高い鳴き声をあげ、翔星が迫る。
「とにかく暴れまわっていますね。心を鬼にどころでは無い気がしますが……」
 星晶の目の前で、全力で飛翔する翔星。風を纏って、頭突きをくらわす。白十字が泣きながら、かぎ爪を振るった。
 翔星はやすやすと切り払い、かわす。宙返りをし、巧みに死角へ回り込んだ。容赦なく、頭を蹴っ飛ばす。
 首元で、御守り「命運」が激しく揺さぶられる。戦勝祈願の御守りは、白十字が魅了に打ち勝つことを願っていた。
 翔星の苦い表情、「仕方のない奴め」と、言わんばかり。その割に、目を覚まさせる方法は荒っぽかった。
「武器は装備してないので、拳骨のつもりなのでしょう。たぶん」
 のんきに解説する星晶。丁寧だがどこか飄々とした言動の奇人に、翔星は激しく鳴く。
 根性叩き直すべく奮闘している、苦労人の鷲獅鳥。相棒の普段の態度は、耐え難いらしい。
「俺も鷲獅鳥の子供を心配していますよ」
 暇さえあれば「面白いモノ」を探して、世界を巡っている黒猫の弁解。生真面目な性格の翔星は、抗議する。


 疾風は激しく鳴く、雪音に注意を促した。合成獣は、藤を見ていることに気が付いたから。
 合成獣の瞳が妖しく輝く。魅了する瞳術など、使わせない。精神を集中する。雪音は強く弦を引き、矢を放った。
 矢は合成獣の足に当たる寸前で、かわされる。悔しそうに鳴く、疾風。
 宙返りを続ける合成獣を追い、焦る。雪音は、黙って先即封で牽制と援護を続ける。
「……大丈夫ですよ、疾風。確かに厄介なアヤカシですが、レガドゥスに比べれば……仕掛けますよ」
 雪音は、喜怒哀楽といった感情は、僅かにしか顔と言葉に出ない。けれど、疾風に伝えたいことがあった。
 相棒の背中を軽く叩く。希儀の地中海に居たヒュドラに比べれば、はるかに小さなアヤカシだ。
 心の言葉を受けた疾風、ビーストクロスボウを構える。力が弱い駿龍は、準備に少し時間がかかる。
 でも風を名前に関する龍は、追い風を見つけた。攻撃姿勢のまま、次なる一撃に向けて力を溜め込む。
 無言のままの雪音は、相棒に全てを託す。疾風は羽ばたき、一気に接近した。
 合成獣は四つの頭、つまり八つの瞳を持つ。子猫又を睨もうとした合成獣のしっぽ、蛇の頭を狙った。
 放たれる二本の矢、味方の追い風に乗り、進む。破壊力と命中精度を、兼ね備えている一撃。
「はやせ、キマイラのスキルが驚異だ! 距離をとって射程ギリギリに……それは急上昇じゃなくて急降下だぞ!」
 空を我が物顔で飛び回まわる、鷲獅鳥。大きな翼は、細かい芸当が苦手のようだ。
「ああもう、私がカバーする!」
 言うことを効かない相棒、操作は諦めた。早矢が頼れるのは、己が腕のみ。精神を集中させ、より遠くの敵を狙う。
 弓術師として積んだ経験を生かし、三次元的に間合いを捉えた。合成獣の移動は早い。
「早く倒すことで敵方グリフォンの洗脳も解ける、練気の出し惜しみはせんぞ!」
 篠崎早矢、ここにあり。太ももに力を込め、背筋を伸ばした。姿勢を定める。荒ぶる風に負けぬ、人獣一体の術。
 落ち着いた黒色のロングボウ「流星墜」。同じように、早矢の心は静まりかえる。
 引き絞る弦の音が、聞えた気がした。放たれる矢は、流れ星の如く。風の中に、尾を引く。合成獣の翼を射抜いた。


 ウルグも、空を撃っていた。雪音と早矢の攻撃の間を縫い、手早く砲撃をしかけていく。
 細かく動く、導の白い管狐耳。瞬間、煙が上がり、光が走る。煙の中の気配と音。
「何なら、閃牙で位置を示しがてら、先手を打っておいてもよいのだがの?」
 忍犬苦無「閃牙」は、口で投げることもできるように作られている。筆を咥えて絵を描く導に、ぴったりだ。
 ウルグの頷きを、了解と認めた。苦無の白い宝珠が輝く。導の投げた刃の軌跡が、白い筋を現した。
 ウルグは深呼吸。魔槍砲の先端は、白い筋を追う。かざす手の平、刹那に集まる練力。
 魔槍砲から放たれた光線は、一直線に空を翔ける。魔砲「大爆射」による攻撃は、蛇の群れを焼きつくした。
「状態異常も厄介だしの、焔纏で守りを固めてやろうぞ」
 合成獣を見上げ、くつくつと笑う導は、輝く光に身を変える。光がウルグの中に消えた直後、周りにうっすらと炎の幻影が現れた。
 合成獣の睨み、蛇の睨み。ウルグを取り囲む幻影は、盛んに燃える。導は災いを寄せ付けない。全てを弾く。
 ウルグを守護する導にとっては、人や生物、景観を問わず観察が趣味。アヤカシでさえもその対象となり得る。
 見切りなど、たやすい。導の声が、ウルグに届く。膝をおり、ウルグの身体が、地面に近づいた。
 構える槍は、魔槍砲。飛びかかってくる蛇の胴体を、薙ぐように斬り払う。
 それでも近づく蛇の頭。見上げた藤の前を、羽刃が薙いだ。茶色い翼と共に、風をとらえて変幻自在の軌道を描く。
「力は有っても幼いですから、庇いますね」
 鷲獅鳥の白虎の背で、漆黒の髪が軌道を辿る。下降する風に乗り、九寿重の声が聞えた。
 庇った子猫たちに、身体を張って教える。必要以上に突出せず、無理はしないように。
「伽羅、蛇の身体に気をつけるですね」
 蛇の仕草、身体に毒の刃が現れる。視線は、九寿重を見ていた。進行方向は空だ。
 ピンとったった犬耳は、惑わされない。蛇は大勢いるはず。意識を集中させ、敵の気配を探る。
 大きく翼をはためかせ、虎の名を持つ鷲獅鳥は速度を上げる。その背で、緋色の刀身が淡く輝いていた。
 九寿重の手の中で、紅い燐光が舞い散る。野太刀「緋色暁」が、橙色の刃紋を浮かび上がらせた。
「藤、一気に畳み掛けるですね」
 右舷方向に進路を取る白虎、横会いに回りこむ。更に、急上昇をしかけた。
 風の世界の九寿重。瓦礫脇の蛇を、見逃さない。二匹居た。藤に風を送りこむように、促す。
 鎌鼬の風さえも、白虎は推進力に変えた。難敵には、一対多数が有効。絶対の優位を保ち、殲滅敢行するのみ。
 空を行く九寿重は、一人では無い。仲間に声を掛けて立ち回りつつ、太刀を振り薙いだ。
「伽羅と藤だったな。無理や無茶はするなよ?」
 子猫達をかばう、大きな泰拳士の背中。周囲へ気を張り巡らせ、まるで背後に眼があるかのようだ。
「出来ると思った時に、最高の一撃をすれば良いんだからな」
 言い放つ白虎の両手の中で、緑色の宝珠が輝く。風の精霊の加護を受けた旋棍「颪」から、爆風が巻き起こった。
 トンファーの青ざめた白い色は、やっぱり無慈悲だった。踏み込む足、曲げた右手。蛇の胴に叩きこまれる、右肘からの一撃。
 頭をもたげる蛇。苦し紛れに開いた口は、鋭利な牙を見せた。したたる唾液。
 防御姿勢を取った小さな人影が、割り込んできた。バーニーは渾身の力で、蛇の牙を叩き斬る。
「白虎さんの危機は、僕が防ぐ!」
 羽妖精の背中で、翠緑のマントが格好良くはためいた。切り返し、振られる光る刃。瘴気に変える蛇。
 剣を収めると立ち上がる。親指を立て、片目を閉じた。藤の喝采があったから、バーニーは大満足だ!
 バーニーは腹をすかせていた所を、白虎に餌付け……否、助けられた。恩人に報いるのは、当然。
 断じて、食べ物がおいしかったから、懐いたわけではない。恩人に報いるのは、当然。
 大事なことだから、二回書いておく。


「ふふん、他愛もないわね!」
 優雅に細められる、シュシュの瞳。耳元から後ろに向かって、毛並みを掻きあげた。
「……ちょっと炎海! 余所見しないでよ! 折角、私が……」
「あー、見てた見てた。すごいな」
 適当に手を振り、暗影符を放つ炎海。どう聞いても、棒読みの台詞。残念ながら、蛇竜の視線は白十字に向いている。
「キー!!」
 やきもち焼きさんは、毛が逆立ったように見えた。シュシュお得意の、ヒステリック飯綱雷撃発動。
 一直線に電光が飛んだ。ぶつかり、破裂する光。シュシュは睨みつけた相手を、跡形もなく焼きつくす。
「蛇ごときが、手を出すんじゃないわよ。炎海は、あたしの持ち物なんだからね!」
 炎海の首元に巻き付きく、シュシュ。当然のように、しな垂れかかる。小馬鹿にしたように、言い放った。
「伽羅さんも、藤さんも、相互支援できる位置を保ってね?」
 菫は困ったように、視線を向ける。突出していた伽羅、桐に促されて戻ってきた。お互いの背中を任せる意味を、子供たちは知らない。
「瓦礫とか潜んでいそうな場所は不用意に近づかず、その陰に隠れたまま攻撃を行う事が出来ないように位置取りをして」
 精霊力を纏わせたウィングド・スピアが、宙を薙ぐ。振るうと穂先の根元部分にある、突起が翼のように見えた。
 藤のがら空きの背中。狙う蛇の頭を、菫は打つ。憎悪の声をあげながら、蛇は後退した。
「配置にも気を付け、後ろや横の瓦礫に潜まれている事が無いように。ご注意を」
 冷静沈着な桐。着地したばかりの伽羅は、逃げられない。菫の言葉を引き継ぎながら、相棒双刀を振り下ろす。
 勇猛果敢な戦士は、恐れない。蛇の刃を受けながらも、桐の刀が輝いた。押し戻し、蛇の刃を叩き斬る。
「一体一体、確実に仕留めていくしかないね」
 間髪おかず、菫は畳みかけた。瓦礫を踏み台に、跳躍。上からの槍が、蛇の胴体を貫く。青と茶色の瞳が、子供たちに向けられた。
 飛びずさる桐と菫、子供たちは考える。藤の鎌鼬が渦巻き、後を追った伽羅が一気に飛び込んできた。


●また会う日まで
「おじさん、帰ろう!」
「そうだな、帰らないと……でも、何処へ?」
 バーニーに腕を引かれ、楊は歩む。希儀の空に願う、真の名を取り戻すことを。
「早く、見つけたいな」
 自分を待つ、大切な存在が居たはず。……いつか来るはず、双子の姉弟の父親として、家に帰る日が。
「どのような文明が見られるのかと思えば、滅んでいたとはの……まこと残念なことよ」
 導は目を細める、遠ざかる石造りの廃墟。ジルベリアのウルグの故郷とはまた違った、希儀の街並み。
「……それにしても、司空家の女の子は皆元気ですよね」
 さっきまでのケンカは、どこへやら。意気投合する子猫たちを眺め、星晶は苦笑する。
「伽羅は勇猛果敢……いえ、正義感が強いのか。……前に蝮党に攫われた娘さん達を助ける時に一緒だった亜祈さんと、似てる気がします。やはり姉妹なんですね」
 雪音は、若旦那を見た。猫族の父親は、しっぽを揺らすだけ。改めて声に出されると、照れ臭いらしい。
「亜祈の場合は、術が飛んでくるのでしょうか? ……喧嘩するのも大変ですね」
 未来を思い、伏せられる黒猫耳。星晶の愛しい人は陰陽師、双子たちの姉だ。
 双子は、手を振る。隣で空飛ぶ、白十字の鷲獅鳥親子がいた。
「白十字のことも気にはなるが……せめて縄張りに木の実だけ置いていこう」
「主(ぬし)、素直じゃないのう」
 ウルグの銀の瞳は、導を見下ろした。無言で、じっと見つめる。半分宝珠に引っ込む、管狐。
「……おおこわいこわい、邪魔者は退散するとするかの」
 ウルグは、木の実詰め合わせを空に放り投げる。白十字は口で受け止め、丸ごと飲み込んだ。
「エルピスしゃん、美味しいです?」
「あら、あんた木の実食べるのね」
 炎海の側で、毛づくろいに余念がないシュシュ。面白そうに言葉を紡ぐ。
「『エルピス』って、この子の事?」
「せや、名前無いと不便やで♪」
 菫は不思議そうに、双子を見下ろす。藤のしっぽが、嬉しそうに揺れた。
「ねーちゃんに、教えて貰ったてんだ!」
 小さな開拓者たちは、勝手に名づけたらしい。誇らしげな仁は、九寿重を指差した。
「希儀の言葉で、『希望』の意味ですね」
 彼方から此方へ漂着した、希儀の難破船。九寿重が関わった、古びた冊子の解読は少し進み、一部の文字が判明したらしい。
 白十字……エルピスが、何か鳴いた。色めき立つ開拓者の鷲獅鳥たち。翔星が、怒りの声と共に飛び立つ。
 九寿重の白虎は、かん高い泣き声を上げた。はやせに涙が浮かんでいるのは、なぜだろう。
「お前さんの鷲獅鳥、泣いてないか?」
「気のせいだ」
 弥次の質問に、早矢は切り捨てる。馬と弓の誉れをよしとする家に生まれた者としては、別の悩みに忙しい。
「……空を飛ぶ手段がないから仕方ないものの、ただでさえ馬上射撃は難しいというのに。敵味方どちらも三次元的に動く空戦は、面倒だな」
 早矢が悩む間に、エルピスは親鷲獅鳥からひっぱたかれた。直後に、翔星に蹴り飛ばされる。
 荒っぽい、鷲獅鳥流の教育。エルピスが何を言ったかは、鷲獅鳥たちだけが知る。