心の探し物
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/23 23:05



■オープニング本文

 男は無くしていた。記憶を。過去の自分をすべて。
 背負った木箱が重い。ハサミやら、竹串などが入った木箱。使い方は分からぬが、大事な道具なのだろう。
 それから、砂糖とリンゴを持っていた。食糧? 周りを見渡せば、山の幸があふれる市場のようだが。

 足の向くまま、街を歩く。なぜ、自分が市場にいるのか、記憶喪失者には分からぬ。ここがどこかも分からぬ。
 店先で動く、落ち葉色の物体が、「カニ」と言うのは理解した。それから、向かいの屋台に並ぶのが「栗」と言うことも理解した。
 物体の名前は分かる。けれども、自分の名前が分からない。記憶喪失者は、悩み、諦めた。
 お腹が鳴る。空腹と言う、状態らしい。いつ食べたのかも、分からぬ。空いている屋台に入った。
 「麺らしきもの」と言うことは、見た目で分かった。けれども、自分が体験したことのない種類なのだろう。名前が浮かばない。
 注文もできずに、立派なヒゲの店長に、色々と話してみる。狼の耳としっぽをもった親父は、話好きだった。
 いわく、ここは「泰国(たいこく)」の帝都、「朱春(しゅしゅん)」で行われる秋祭りらしい。市場は「旅泰市(りょたいいち)」という、市場なのだそうだ。
 麺は「拉麺(らーめん)」と言う、泰国の食べ物。ラーメンを注文してみる。箸(はし)を使って食べると教えられた。箸の使い方は分かる。食事にありつけそうだ。
 記憶喪失者が一口食べたとき、新しい客がくる。旅泰市を観光中の開拓者だった。


■参加者一覧
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
一夜・ハーグリーヴズ(ib8895
10歳・女・シ
ヒビキ(ib9576
13歳・男・シ
雁久良 霧依(ib9706
23歳・女・魔
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰


■リプレイ本文

●出会い
「ラーメン……食べた事無いんだよね、楽しみだなぁ」
 屋台の中を伺う、ヒビキ(ib9576)いた。隙だらけ。気配を消し、一夜・ハーグリーヴズ(ib8895)は近づく。
 超越聴覚を使っていたヒビキは、気づいていた。一夜が隣に来た瞬間、右足で何かを蹴り起こす。
 黄の短槍は、走りこんできた一夜に矛先を向けた。危機一髪、一夜は宙返りをして、逃れる。
「ザッケンナコラー!」
「まだ修行が足りないようだね」
 ヒビキは冷静。修行不足を嘆く、一夜。旡装して隠してきた暗剣が台無しだ。
「ドーモ。ヒビキ=サン。一夜・ハーグリーヴズです」
「ドーモ、マヤ=サン。ヒビキです」
 きちんと武器を片づけ、お辞儀をする。修羅シノビ流の挨拶。
「ていうか、ひびき、最近よく会うねぇ」
「やたら良く会うよね。旅人の素質ってヤツかな?」
 一夜は旅の途中で父と喧嘩し、龍に乗って飛び出した。ヒビキは変わり映えのしない日常を厭い、家を飛び出してきた。
 旅人と言うより、家出人の資質?
「可愛い子がいっぱいで嬉しいわ♪ あそこで、ラーメン食べていきましょう♪」
 雁久良 霧依(ib9706)は、旅泰市での売り込み真っ最中。郷里名産の長葱を背負い、腹ごしらえの場所を探す。
 怒っていた、エルレーン(ib7455)。依頼のあと、ご飯くらい出してくれたら良いのに。
 焼豚屋台の手伝いなんて、割に合わない。空腹を抱え、ラーメン屋台の暖簾をくぐる。
「らーめん、くださいっ! えっとねえ、……ちゃいろいわけのわからない、アレはいらないの!」
 エルレーンは言い淀む、憎むべき敵がラーメン屋台に居た。指差し確認。店主の威勢の言い声に促され、座る。
「ネギみそラーメンを作って頂けるかしら? 勿論、ネギだくで。そう、刻んだ葱を山盛りにして欲しいの♪
郷里の葱は天儀一! 皆さんもよろしければ食べてね」
 ハイヒールのかかとを鳴らし、屋台の呼び込みのお手伝いをする霧依。白いマントが、風にひるがえる。
「葱もラーメンも最高よ♪ 栄養過多が心配なら、麺の代わりに糸こんにゃくはいかが?」
 霧依の愛しい郷土は、こんにゃくと葱が名産品。携えてきた、黒の石板にきちんと書いてあるもん。
「ごめんくださーい! あたしはチャーシューメンがいい!」
 にこにこと笑顔で、店主を見上げる元気なリィムナ・ピサレット(ib5201)。妹たちと外を駆け回るのが好きな、お子様。
「醤油味で、お肉とにんにくたっぷりで!」
 お子様は、自己主張も強い。仁王立ちで、注文。リィムナの千早「如月」の裾が、強い風であおられている。
 チャーシューたっぷり、霧依の郷土ねぎもたっぷり。糸こんにゃくたっぷりは、辞退ね。
「こってりこってり♪ わーい美味しい!」
 リィムナはどんぶりをかき混ぜ、飲み込む。口臭は気にしない、にんにくがどれほど汁の中に沈んでも。
「ラーメンとか久しぶりだなあ、普段はいつもの天儀から出てこないし……長旅は背中とか疲れちゃうのよね」
 霧依の呼び込みに、興味を持った藤本あかね(ic0070)。こった肩をほぐすように、叩きながら暖簾をくぐる。
「店主さん、この豚肉も調理できますか?」
 素材持ち込み歓迎の看板。あかねは手に入れた豚肉を手渡して、調理をたのんだ。うん、エルレーンの働いたお店の肉。
「あ、あの……」
 普段はぼんやり、おどおどしているエルレーン。あかねの声に押され、質問しそこねた。
 目の前に置かれた物体は、変。ネギと豚肉の乗った、茶色い汁の無い、らーめん。
「……いただきます」
 うつろな表情で、言葉を紡ぎ出すエルレーン。貫く心情は、「守る」こと。守りの姿勢に入る。
 大丈夫。戦場において、無謀な捨て身の攻撃を図ることが、あるじゃないか!


●ぶっとばせ!何を?
 でも引っ込み思案で、人見知りのエルレーン。まわりの開拓者が、記憶喪失者に声をかけ始めるのを待っていた。
 身に付けたフラワーブローチ「パンジー」が、猛威を振るう。パンジーの花言葉の一つは、思慮深い。
「こんにちわあ、この国の方ですか? 私は久しぶりにちょっと遠出してきて、普段は天儀のほうに……」
 隣りに座った黒い瞳が、人懐っこく見てくる。記憶喪失者は、小首を傾げた。
「陰陽師のあかねって言います。変わった格好ですね、普段なにをされてるんですか?」
 あかねに頭を下げられ、あいさつする記憶喪失者。名前や職業は覚えていないと、苦笑する。
「風変わりなお客さん……記憶喪失さんなのね?」
 記憶喪失者の言動を、霧依は不思議に思っていた。頭に刺した羽なんて、特に不思議だ。
「えっ、記憶喪失!? 大丈夫なの?」
 ヒビキは調べるが、怪我や頭を打った様子もない。何か強い心的衝撃でも、受けたのだろうか?
「……くんくん……いい匂い〜……おひげのおじちゃん、まやも同じの食べたい」
 一夜は、兎に角腹拵え。腹が減っては、戦ができぬ。心惹くのは、未知の料理。
「記憶喪失…? そっか、おじちゃん大変だね」
 一夜はラーメンを見比べ、あかねと同じものを選ぶ。待っている間に、お話開始。
「記憶喪失さんも、旅をしていたのかな? おいらも最近、あちこち行ってるのさ」
 ヒビキは、ぽつぽつと語る。朱藩の村や、ジルベリアに行った事。世界を自分の眼で見て、耳で聞くのは、とても楽しい!
「この前ね、ジルベリアでね、綺麗な流れ星がたくさん見えたんだよー♪」
 一夜も、旅先で友人に出会うのは嬉しい。旅と修行は、道連れだ。
「その羽、鷹ですか? ワシ? 相棒だったら、迅鷹や鷲獅鳥とかそんな羽ですよね」
 頭の羽飾りを外し、手に取る記憶喪失者。きっと大事なものだろう。意見を求められる、あかね。
「羽一枚じゃちょっと……私は管狐しか連れてないから、わからないな」
 茶色い相棒は、天儀でお留守番をしている。お土産買ってきてねと、あかねは送りだされたとか。
「……それ、迅鷹の羽根だよね? うちのサジ太と同じだから、すぐ分かったよ」
 リィムナは麺を飲み込み、視線を向ける。白を基調としたセイントローブに、汁がかからないように気をつけて。
「お兄さん、迅鷹の訓練士さんとか? もしくは、……身近に迅鷹がいた? 緑野のあの辺りの出身とか……」
 天儀の武天に、緑野と呼ばれる一帯がある。先日、リィムナは迅鷹と協力して、アヤカシを退けたばかり。
「……流石に違うかなぁ」
 思い出話をしてみたが、記憶喪失者の反応は鈍い。リィムナの眉毛が、ハの字になった。
「私の思い出話? そうねぇ……私は開拓者になって日が浅いのだけど」
 霧依はネギだくラーメン、二杯目。隣で聞くエルレーンは、汁ありらーめん、一杯目。
「ここ朱春で演劇に飛び入り参加しながら、舞台になだれ込んで来た乱暴者さん達を捕まえた事があるのよ♪」
 旅一座の名前を出し、霧依は反応を伺う。ヒゲの店長は、知らないらしい。
 記憶喪失者、ネギだくラーメンに一生懸命。あかねに肩をたたかれる。話、きちんと聞こうよ?
「まあ私は舞台には上がらなかったけど。今度は純粋に舞台女優として参加させてくれないかしらね♪」
 霧依、各地の伝承や伝統文化の調査が趣味とか。郷土大好きな霧依だから、あかねは、まったく意外と思わない。
「私、新人の開拓者で、あまり冒険に出てないんですが……」
 あかねは、霧依みたいにすぐに答えられない。曇った表情の相手に、記憶喪失者は気づかいを見せる。
「そうだ、最近遺跡にばかり行ってるんですよ。中には打ち捨てられたカラクリや、大きなハサミを持った女の子が襲ってきたりするんです」
 純粋に興味を持った、記憶喪失者。輝く瞳で、あかねを見る。身ぶり手ぶりを加え、箸でハサミを再現してみせた。
「……きゃあん、美味しい♪」
「ふぇぇ……ふぉーくないのー?」
 真剣な話の隣の席では、天国と地獄があった。ほっぺがおちそうな霧依のそばで、嘆く一夜の声。
「……ん? そういえば、マヤは天儀出身じゃないから、箸は使えないんだね?」
 口元の滴をなめとりながら、ヒビキは冷静に観察。ラーメンは伸びる前に食べたほうが、美味しい。
「使い方分かる? 持ち方はこう……そうそう、そうやって挟んで」
「おちたー!」
 ヒビキに教えて貰い、一夜は懸命に食べ……そこなった。箸から転げ落ちるネギ。
「ん、もう仕方ないわね。お姉さんが教えてあげるわ♪」
 見かねた霧依が寄ってきた。手とり、足とり、腰とり。一夜の隣に寄り添い、箸を操る。
 一夜、完食。「楽しい事や気持ちいいことは、みんなで分かち合おう!」が信条の霧依のお陰。


●心の拾い物
「そういえば、科挙って知ってる?」
 リィムナの問いかけに、首を振る一夜。爆弾発言が投下された。
「ここ泰の官吏登用試験だけど……実はあたし、受験した事があるのでーす! 見ててね?」
 何が驚きって、店長のしっぽが一気に膨らんだこと。エルレーン、触りたくて仕方ない。
(ううっ……ふよふよ動いて、気になるのっ)
 エルレーンは、ねこ好き。れっきとしたおっさんだが、目の前のヒゲの店長が気になる。
 ぴこぴこ動く、狼耳。ふわふわの狼しっぽ。とにかく気になる、気になる。
 リィムナは筆記用具を取出し、さらさらと書いてみせた。丸暗記している、学術書の一節。
「うん、実はね……受かったら開拓者を辞めて官僚になって……」
 言葉を切る。腰かけた椅子から、身体ごと動かした。リィムナの青い瞳が、市場を見る。
「みんなが幸せになれる国を作るのを目指して、頑張るつもりだったんだ♪」
 世界一大好きな、歳の離れた姉。ジルベリアで懸命に妹達を育ててくれた、姉。
「開拓者が嫌な訳じゃないけどね」
 リィムナは、両親を早くに亡くした。姉妹を幸せにしたい一心で、天儀へ渡ってくる。一人で。
「この刀、私の身を守ってくれる商売道具なんですよ。そちらは、何に使うんですか?」
 柄頭にある、純白の宝珠が見目麗しい。陰陽刀「九字切」を見せるあかね。記憶喪失者は、木箱を開ける。
「このランプと砂糖と棒。何か実験とかするんでしょうか?」
 あかねの指差す、実験器具。でも記憶喪失者は、学者に見えない。
「記憶がないなら、ないにしても。この街でやってみたいことって、ないの?」
 率直に聞く、エルレーン。興味が向かうものに触れれば、何かひらめくこともありそうだ。
 エルレーン、ひらめいた。何を隠そう、着ているのは、シャツ「一筆入魂」だしね。
「おっきな荷物だねぇ。何を運んで来たの、見てもいい? 販売許可証とか、持っていないの?」
「これって、飴細工の道具? うーん、やっぱり職人さんだったのかも」
 たくさんの荷物、記憶喪失者は「商人」とエルレーンは推測する。木箱を覗きこみ、首をかしげるリィムナ。
「あなたの名前、『当たり屋の大吉』なんだ?」
 あかね、大発見!許可証に書かれた、小さな名前を見つける。
「おひげのおじちゃんだったら、何作れそう? らーめん以外で!」
 ラーメンの中に、砂糖を入れようとした店主。一夜は案外好戦的で、思い立ったら数秒で戦闘態勢に入る。
「おじちゃんの持ってる荷物で、何ができるかやってみない? お砂糖にりんごだから、甘いお菓子とかさー♪」
 一夜、にっこり笑顔のまま、記憶喪失者に話を振った。頭に着けた銀色の矢の形をした飾り、シルバーアローの髪留めが屋台店主を狙う。
 相棒の炎龍に叩かれ……あ、ヒビキに叩かれた。魔槍「ゲイ・ジャルグ」に頭を叩かれた。
 偶然だ、ヒビキに悪気はない。立ち上がった拍子に、一夜に直撃しただけ。だって、槍は、五寸釘の十倍の長さがあるもん。
「まやがんばるよ! もっともっと、がんばるよ!」
 頭を押さえ、涙を浮かべる一夜。どこの空の下に居るかも分からない、行商人の父親に向かって誓う。なんか違う?
「その荷物、何かお菓子でも作るのかな? そういえば、どこかでそんなのを見た気もするなぁ」
「おひげのおじちゃん、おかわりちょういだい」
 ヒビキ、唸る。どこだっけ、故郷の陽州?一夜が隣で、汁を飲み終えた。どんぶり片手に立ち上がる。
 考える人になっていたヒビキ、前に移動する体重。急に浅く腰かけていた椅子が無くなる。
「ひびき、ウカツ!」
 お代わりを貰った一夜、尻もちついた同族をみやる。ヒビキは、ぽかーんとしていた。
「……マヤ、あとで話があるんだ」
 好戦的で粗野な面が表れてくるヒビキ、スイッチが入ったらしい。なお、修羅たちの決闘の様子は、割愛する。


「……飴細工屋さん、だったのかしらね」
 持ち物を見せてもらった、霧依。足を組み直しながら、とあることを思いついた。
「ちょっといいかしら? あ、恥ずかしがらなくていいわよ♪」
 霧依は記憶喪失者を抱き締め、頭を撫でる。恥ずかしい前に、記憶喪失者は硬直。
「お母さんか……お姉さんか、或いは恋人、奥様か……誰かにこうやって優しく抱き締めてもらった事は無い?」
 耳に吹きかかる吐息と、問いかけの声。霧依の自慢の胸を強調した、露出度の高い服装は、刺激強すぎ。
「目を閉じて、リラックスして……自然に何か思い出さないかしら? 何か思い出せれば、そこから芋づる式に記憶が蘇る……」
 断言しよう、無理。健全な男児は、精神崩壊している。芋づる色に染まる前に、灰色になった記憶喪失者。
「そういえば雁久良さんと初めて会った時、あーやって抱き締めてもらったなぁ。まるでお母さんみたいで、あったかい気持ちになったっけ…」
「あら、ダメみたいね。……リィムナちゃんも抱っこして欲しい?」
 快楽主義者にして、博愛主義者の霧依。憂いの顔をした。羨ましそうに見上げるリィムナに、くすりと笑う。
「そういえば私が子供の頃、おばあちゃんがお菓子を作ってくれたんです」
 目を細めて、語るあかね。懐中時計「ナイトウォー」の針が、淡い光を放ちながら時を刻む。
 あかねは、無理をしていた。ケガレであるアヤカシを扱う陰陽師として、邪気に慣れようと。
 祖母は、気遣ってくれたのかもしれない。昔懐かしい歌が、脳裏によみがえる。
「おばあちゃんと言えば、子供の頃、一族に伝わる民謡とか教わったなあ……。唄とかどんなものを覚えてます?」
 尋ねるあかねの口から紡がれるのは、先祖代々受け継がれてきた唄。そして、祖母が良く歌ってくれた子守唄。思い出す記憶、流れ始める物産飴屋の歌。
「例えば、市場とかに行ってみたら、いいんじゃないかなあ……もしかしたら、知り合いに、会えるかも」
 たくさん人のいるところには、偶然もあるもの。エルレーンに見送られ、物産飴屋は市場に繰り出す。
 偶然は、近くにもある。昔、ラーメン屋台で、修羅の非モテ騎士がメイドの恰好をして働いた。
 それは、兄弟子の過去。……なんてことも、エルレーンは知りもしない。