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■オープニング本文 ●温泉へ行こう! 虎娘の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は、サムライ娘、真野 花梨(まの かりん)と港へ赴く。十一月一日は、サムライ娘の誕生日。 「朋友と入れる温泉なんて、楽しみじゃないですか♪」 「ええ、金(きん)も連れて行くことにしたわ。花梨さんの誕生祝いも兼ねて、一緒に温泉旅行に行きましょう♪」 荷物を飛行船へ運びながら、ご機嫌な娘たち。大量のツボの中身は、泰国の保存食。 とあるギルド員の故郷、雪国の温泉郷へ、保存食を届けて欲しいと依頼があった。去年お届したものを、気に行ってくれた様子。 「思ったより、多くなりましたね。理穴の首都から、野菜も運ぶんでしょう?」 「ええ、豊穣感謝祭(ほうじょうかんしゃさい)には、天儀の旬の果物や野菜があるって聞いたの」 「理穴って、お菓子もおいしいんですよ。甘味なんて、ぜひ食べたいですね」 「食材を持ってきてくれたら、温泉郷の人が作り方を教えてくれるんですって」 「本当ですか? 砂糖や小豆やもち米があれば、おはぎがつくれますよ。それから団子に栗饅頭とかも、美味しそうです」 「泰国の料理だと、あんの入った包子が作れそうね。保存食の中に、うちの秘伝の焼き豚もあるから、叉焼包もできるわよ」 「それって、天儀で言う、あんまんと肉まんでしたよね。熱々の饅頭、また食べたいですね♪」 「あら、気に行ったのなら、作ってあげるわよ。……でも金だけで、ツボと野菜と甘味の材料を運びきれるかしら?」 顔を突き合わせ、黙る娘たち。秋は食欲の季節。運動の季節でもあるけど、食べないと力も出ないし。 旬の果物だけでなく、甘味どころの理穴のお菓子も食べたい。甘い物は別腹って言うもの。泰国のあったかい料理も、美味しそうだ。 「……亜祈さん、誰か誘いましょう。温泉と料理が待っています!」 「……ええ、花梨さん。誘うわ、温泉と料理が待っているものね!」 紅葉の映える温泉郷。朋友と入れる温泉郷。うたい文句に、何人かが力を貸してくれることになった。 ●やぎ? 天儀の北に位置する、理穴。その西寄りの場所に、弓術師の山里があった。冬は雪国ながら、天然の恵みを受け、過ごしやすい土地。 山の中腹とふもとの二か所に、温泉の源泉が湧き出ているのだ。沢の冷たい水と混じった源泉は、温泉となって山里にやってくる。 「『龍でも入れる温泉』って、温泉川のことだったんですか。しかも山の中腹に露天風呂があるなんて、贅沢な場所ですね」 「『温泉茹で』って、どんな調理法かと思ったのだけれど……。源泉は熱いから、天然の茹で料理ができるらしいわ」 無事に配達も済み、朽葉蟹と朱春甘栗を「温泉茹で」する。虎娘の持参したカニと栗は、故郷の泰国の旅泰市の名物だった。 娘たちが滞在するのは、露天風呂近くの山小屋になる。宿泊場所は提供されたが、食事は自炊が基本。娘たちは、昼ごはんを茹でていた。 「それを寄こすやぎ!」 虎娘の服を引っ張った存在がいた。帽子をかぶった、白いやぎっぽいなにかが、威張っている。 「やぎたちに寄こすやぎ!」 頭にかぶったカボチャっぽいものから、ちょこんと顔をのぞかせる存在。黒い山羊っぽいなにかは、虎娘から栗を奪い取ろうとした。 「熱いやぎ!」 ……叫ぶ、黒いやぎっぽいなにか。沸騰寸前の源泉の湯が、腕にかかり、悲鳴を上げた。 「こんどから、お湯で遊ばないでちょうだいね?」 「気をつけるやぎ!」 虎娘に治療してもらった、黒いやぎっぽいなにかは、神妙に頷く。恩人になつき、一緒に栗を茹で始める。 「カニは、赤くなったら食べごろです」 「楽しみやぎ♪」 サムライ娘の手元を覗きこむ、白いやぎっぽいなにか。大人しくした方が、食事にありつけると分かったらしい。 茹で栗とカニをお腹いっぱい食べた、やぎっぽいなにか。娘たちに連れられて、甲龍の待つ温泉川に、遊びに出掛ける。 「理穴の山には、不思議なやぎがいるんですね」 「そうね。しゃべるやぎなんて、初めて見たわ」 のんきに会話を交わす娘たち。そばで白いやぎっぽいなにかが、しっぽを動かす。甲龍の背中から滑り降りた、黒いやぎっぽいなにかは、笑い声をあげていた。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●白やぎさん 白いやぎっぽいなにかと、黒いやぎっぽいなにか。あまりに長いので「白やぎ」「黒やぎ」と省略して、報告書に残されることになった。 豊穣感謝祭にて、キョロキョロしている走龍が一人。野菜果物好きな娘さんは、興味津々だった。 「ほれ、兎羽梟(うのはずく)」 好物のニンジンを買い求め、与えるからす(ia6525)。相棒の羽毛に覆われた長い耳が、ぴょこぴょこと揺れている。 ニンジンを食べ終わり、視線をあちこちに向ける兎羽梟。食べながら他の野菜に目移り。 からすは、少量で複数種類の果実・野菜を購入していた。相棒と自分のご飯、ロールキャベツと温泉卵でも作ろう。 「鈴麗、今年も理穴の温泉郷に冬籠りの食糧届けに行きますよー」 去年も自炊温泉旅行を体験した、礼野 真夢紀(ia1144)。駿龍の相棒に、声をかける。荷物に抜かりない。 割烹着、七輪、精霊のおたま、山姥包丁……。一つ一つ確かめる間に、服を引っ張られた。他の朋友たちが嬉しそうに見ている。 「……しらさぎと小雪も行きたいの? ごめんね、食糧運びの依頼だから鈴麗じゃないとだめなの」 故か基本思考が七・八歳程度より上に行かない、からくり。甘えたで人懐こい、小さな白い子猫又。 「来年あったら『乗せていける小さいの』とか『一緒に移動出来るの』連れてきていいか聞いておくから。今回はお留守番していてね」 しゃがみこむ、真夢紀。天然で素直な性格の鈴麗が、二人を見下ろしている。鈴麗の首元で、白き羽毛の宝珠が揺れていた。 「……宥めるの大変でした。亜祈さん、来年はどうでしょ?」 「そうね……。次回は皆さんも一緒に、こられたら良いわね」 しみじみと語る、真夢紀。朋友たちの泣き声が、耳に残っている。沈黙の後、亜祈は言葉を絞り出した。冬に、もう一度来られたらいいのだけれど。 「行くよ、兎羽梟?」 人にチヤホヤされるのが好きな相棒は、人垣の中心にいた。からすは片手をあげながら、輪の中に潜入。相棒の代わりにお礼を述べながら。 「温泉に美味しい食べ物、楽しみなんだぞ……」 天河 ふしぎ(ia1037)は、上機嫌。人妖の天河 ひみつを連れて、理穴の温泉郷へ配達ついでに温泉旅行! 『ふしぎ兄とのお出かけ、嬉しいのじゃ♪』 天河 ひみつは、一人っ子のふしぎが兄妹を欲しがった結果、生まれた人妖。性格はブラコン、ツンデレ、ヤンデレ、妄想癖と一通り揃っている。 「偶にはひみつを遊びに連れてってあげないと、拗ねて色々と大変なんだからなっ」 ぽそりと呟く、ふしぎ。家族サービスは大事です。どうみても妹さんなので、「ひみつ」と省略して良いよね? 「温泉入るの久し振りやわ。仕事も終ったし、うちものんびりさせてもらおかな」 護身羽織を揺らし、背伸びする神座真紀(ib6579)。荷物の中で、薔薇石鹸が出番をまっている。 『おんせんですぅ?』 相棒の羽妖精、春音は初めての温泉。目ぱっちりさせて、わくわくしている。 『桜の木のそばで』のお昼寝が似あう、春の妖精。可愛い相棒の様子に、真紀はにっこりした。 「食事は自炊なんやな?」 調理器具セットを取り出して、早速作ろうとする真紀。はしゃぐ春音の声が聞えてきた。珍しい。 『可愛いやぎさんですぅ♪』 聞こえてきた声に、真紀は視線を春音のほうへむける。えらいファンシーな白と黒のやぎが、真紀を見ていた。 「上の妹が喜びそうなファンシーさやな」 えらく現実的な言葉を口にする、神座家の長女にして次期当主。妹二人の母親代わりでもあった真紀は、注視する部分も違う。 ふよふよ浮く羽妖精と、たわむれるやぎたち。ふと思いつき、トゥライトレターを取り出した真紀。 「白やぎさん、醤油塗って手形を押してもらてええ?」 「やぎ?」 しょう油がぺたぺた塗られた右手。ぺたりと神に張り付けると、手形が採れた。 「これ食べ」 真紀は、黒やぎに手紙を食べさせる。見ていた白やぎが、自分も食べたいとか、ずるいとか大騒ぎ。 「……なんかこんな歌あったな」 白やぎの為に、黒やぎは手形をおした。手紙は白ヤギにわたされ、お腹におさまる。お会い子の手紙。 納得したやぎたちは、つぎのおやつと遊び場を求めて移動して行く。くすりと笑う、真紀の姿が残された。 「……さて、久しぶりの温泉です。のんびり骨休めといきましょうか」 温泉川の川縁で、足湯を楽しむ、劉 星晶(ib3478)。風車「夜七」に息を吹きかけると、からからと回った。 離れた所で相棒の翔星が、全力で温泉を堪能している。こわいもの知らずのやぎたちが、近づいた。 『今日は休みだ。誰が何と言おうと休みだ』 獅鷲鳥は目を閉じたまま、面倒事には一切関わらない構え。普段は子供が近寄ってきても威嚇すらせず、嫌な顔一つしないで遊んであげるのだが。 翔星の首元で、御守り「命運」が揺れている。霊験あらたかな御札の入った、戦勝祈願の御守りは、今は何に勝つ気だろう。 「やぎ? 一緒に遊ばないやぎ?」 『黒猫か? 知らんな』 主の根性を叩き直すべく、奮闘している苦労鷲獅鳥は、呼びかけにもそっけない。日頃の疲れが溜まっている様子。 「あー、日頃の疲れを癒しているようなので、そっとしてあげてください」 おいでをして、やぎたちを招く星晶。お疲れの相棒から、引き離さなくては。それぐらいの気配りはする。 「お菓子が好きなやぎさんには、この紅白大福をあげましょう。2人で仲良く食べてくださいね?」 「やぎ!? ありがとうやぎ!」 半分に割った紅白大福『哀奏』を、それぞれ白やぎと黒やぎの手に乗せる。二人は大喜びで味わい、その後泣いた。 「おいしいやぎ、……たべるんじゃなかったやぎ」 紅白大福『哀奏』の特徴。あまりの美味しさに、食べ終わった後、悲しくなってしまう。 「泣かないでください。何かリクエストがあれば、それにお応えしましょう」 温かく見守りつつ、胡琴を取り出す星晶。得意な二胡の演奏を聞かせ始める。しっぽを動かして聞き入る、白やぎと黒やぎ。 温泉側のふちで、走龍はお湯をけっとばす。手綱を川の近くに括りつけられていた。遊びついでの風呂。 ときおり相棒をみながら、調理に取りかかるからす。泰鍋、泰包丁、調理器具セット、真夢紀や真紀同様、抜かりない。 まずキャベツをサッと茹でて冷まし、タネをつくった。冷めたキャベツの葉で、タネを包み、かんぴょうで締める。 次は卵を縄付きのザルに入れて、源泉に投下した。温泉卵に興味を持ち、相棒が泣いて来るが、今はダメと念を押す。 丸めたロールキャベツを、塩こしょうの入ったスープの鍋に入れた。源泉の熱で煮る。煮てる間に、人参を切り、野菜スティックを作成した。 『何これ美味しそう』 兎羽梟の視線は、翔星から離れてきた、やぎたちへ向けられている。手作りクッキーをさしだし、なだめるからす。 「やぎよ。悪戯せず仲良く食べよ。でないと兎羽梟が君を食べるぞ」 クッキーのお裾わけ。子供の容姿とは不釣り合いな雰囲気を持つ、からす。台詞は脅しが混ざっていた。察したやぎたちは、涙を浮かべる。 『キュウ!』 兎羽梟、自分が可愛いと思ったやぎたちには、そんなことしないと自己主張。くすりと笑う、からす。 「温泉だ、やっほーだねっ」 夕焼けの露天風呂から、山の谷間にこだまを求める人妖。サイドテールの赤毛を、今はお団子にしてある。 「わざわざ無味平坦な配達依頼を、アタシがワンコに選んでやったのは、到着の温泉が有るからなのだよねっ」 ふんぞり返る、朱雀。灯りを取るために持ち込んだ、妖霊のランプが燃え上がる。炎の精霊の加護ある一品らしい。 「最近ワンコはアタシを置いてきぼりにして、あちらこちらを右往左往しててっ。帰ってきたらバタンキューな現状なのだよっ」 拳を握りしめ、切々と語る朱雀。夕焼け空を見上げ、キリッと決めた。ワンコとは、相棒の犬耳を持つ、杉野 九寿重(ib3226)のこと。 「世間は何かと忙しいのだけどっ、このアタシには何の関係も無いっ!」 ここで慰労をしないと、ワンコの主人たる資格は無いらしい。密かにギルドをさ迷ってきた朱雀。 幸運を引き寄せたのは、ひとえに朱雀の仁徳。人妖徳。そう言うことにしておこう。 「手続きしてきたら、どうなったんですか?」 不思議そうに尋ねる花梨。隅で亜祈や、花梨と交流中の九寿重。浴衣「艶華」をまとい、なんかため息ついている。 「詳細を見せたらっ、呆れ返られたけどっ。何故か嬉しそうに、撫で返したんだよねっ」 毛皮系をもふもふするのが好みの朱雀は、暇な時は主の耳や尻尾に纏わりつく。お返しに一晩中尻尾もふもふしまくったそうな。 ごめん、ワンコの出番は、本当に少ないんだ。今回の主役は、主人の朱雀だもん。 ●黒やぎさん 「行くよひみつ、一番乗り何だぞっ!」 『……わ、妾が一番なのじゃ!』 風読のゴーグルをつけたふしぎは、右手を振りあげる。水着に着替え終り、温泉川に突撃準備OK! 愛用のゴーグルは幼い頃に出会った、ある空賊船長との約束の証……らしい。憧れの船長から譲り受けたもの。 ひみつも負けじと、急いで着替える。温泉へGO・GO! 飛びついて来たひみつを抱えて、ふしぎは川に飛び込んだ。 雪水川に。勢い余って。間違えた。 「しっ、死ぬかと思った」 『これは、理穴の罠なのじゃ』 慌てて飛び出る、ふしぎ。今度はちゃんと、温泉川に飛び込んだ。肩までつかる。 ふしぎの胸元で、ひみつがしがみついて、泣いている。ツンデレより、ブラコンが勝った模様。 近くでは温泉川に入る鈴麗の背中を、ごしごしこすってあげている真夢紀の姿。道中購入した、林檎や梨を取りだした。 果物が好物の相棒、口元に持っていくと歓喜の声をあげる。やぎたちが、羨ましそうにやってきた。 「やぎさんも欲しいの? はいはい、梨は皮向いた方が美味しいからちょっと待ってね」 皮むき林檎を作り、差し出した真夢紀。巻き込まれた騒ぎを、あれこれ反芻する。 「……他の所も人数? やぎ数?が少なくて、大人しければ平和だったのになぁ……」 それって『やぎだらけ』のとある依頼のことだろうか。食いしん坊さんを止めるのに必死だった、依頼の事。 「只管温泉行脚を楽しむのだよねっ」 人妖浴衣「涼」は朱雀の必需品。ぺぺいっと脱ぎ飛ばした朱雀。 じゃぼんーと、露天風呂に飛び込む。遊び相手はツンデレのひみつと、のんびり少女春音だ。 中身も準じて手より足が早い吶喊娘と、仲良しになった人妖と羽妖精たち。……仲良くなった経緯は語るまい。 「どれだけ深く潜れたり、どれだけ早く泳げたり、どれだけ皆に温泉をばしゃばしゃかけまくったりできるか競争だよっ」 朱雀は縦横無尽に暴れまる。後始末は当然、ワンコ頼み。……迷惑です。 露天風呂を出た所で、ひみつの人妖浴衣「花風」がそよぐ。葉っぱをうちわにして扇いでいる。 温泉に入ろうと、やぎ達がやってきた。ちまちま、ぽてぽてと歩く、ぬいぐるみが二体。 可愛くて、ひみつ共々ふしぎの目がキラキラしちゃってる。ハッと我に返った。 「べっ、別に可愛い物が好きなわけじゃないんだぞ、もふもふしたいとか、そんな事、思ってないんだからなっ!」 『わっ、妾もそんな事思ってないのじゃ!』 ツンツン姫、二人。ふしぎは美少女にしか見えないから、問題ない。 なんか良く分からないけど、二人の雰囲気が怖い。やぎたち、泣きだした。慌てる、天河兄妹。 なだめるために、抱っこする天河兄。もふもふと頭を撫でる天河妹。人様に悟られることなく、存分に堪能したようである。 温泉と調理場を往復する、真夢紀。運んだ食材で、保存食を作った。柚子茶だの、白菜漬けだの、昆布と椎茸の佃煮だの。 「温泉茹でも美味しいですけど、一杯ある食材を使えるのも嬉しいですの〜」 真夢紀、食いしん坊で舌が肥えている。その分、料理も得意。今は白菜と豚肉を重ねて煮て、柚子ポン酢を作っている。 「水菜やほうれん草でやっても美味しいですし、豚肉をベーコンにして牛乳で煮ても美味しいですよ」 「へー、楽しみだなっ」 「どんな味でしょうか」 完全に、傍観者のふしぎと星晶。真夢紀の説明を聞きながら、大人しく待っている。 「亜祈さんの腕前見たいで、一緒につくらん?」 妹二人の母親代わりでもあった真紀は、家事全般をこなす。ちょっと気になるのは、料亭の娘の亜祈のこと。料理もそれなりに自信ある。 調理器具セットを取りだした。鍋・おたま・木べらなどの、調理のための道具一式が入っている。 「蟹と栗、なら蟹焼売と栗おこわを作ろかな」 真紀は天儀料理で攻める。蟹焼売は亜祈も興味を持った。分けて貰った豆腐を使う、お手軽な焼売を作る。 翔星と星晶が、初めて共に挑んだのは武天の戦場。『真実を手に』するための戦い。今は料理を手にするために挑む。 ついでに戦場は星晶と亜祈が、初めて出会った場所でもある。泰国出身の猫族たちの未来の会話は、当時、誰も予想していなかったはず。 「星晶、監視? 今天我沒有記錯的鹽和糖(星晶さん、見張り? 今日は塩と砂糖を間違ってないわよ)」 「例如……? 我相信、精美的情人(……え? いえ、ちゃんと恋人の事は信じてますよ)」 白虎耳が倒された。傍に控えて手元を覗きこむ星晶に、亜祈は尋ねる。不思議そうに答える黒猫に、白虎は不信の視線。 「他的上場時間已經完成、我只是無聊。協助、如果有什麼我可以做的(自分の分が終わったので、暇なだけです。何か出来る事があるなら手伝いますよ)」 「協助什麼?(何を手伝ってくれるの?)」 「……要説能做的事是不是去皮那個附近、不過(やれる事といえば……皮むきとかその辺りなんですけど)」 小首を傾げる亜祈に、穏やかにほほ笑む星晶。自炊すると言って、何を作っていたのか。亜祈は振り返り、確認。 茹で野菜に、茹でたまご。海老とか蟹とかを茹でた、茹で海鮮がザルに乗る。塩の入った小皿が、唯一の調味料。 「……沒有飯菜書我無力(……料理本が無いと俺は無力です)」 黒猫獣人の星晶、まさに猫の手程度の自炊。真ん丸な瞳の恋人と、あきれた顔の相棒に、愛想笑いを送る。亜祈の料理が待ち遠しい。 「楽しみなのだよねっ」 一息付けば当然、お腹が減る。ふよふよと朱雀はワンコをさがした、地元名産物で色々作ってくれそうだしね。 母親より嗜みとして礼儀作法・家事一揃えを会得している九寿重。『がーるずとーく』の合間に、料理を作ると言った。 「……自炊? 自炊?」 涙目になるふしぎ。おにぎりと卵焼きしか作れません。ショックと空腹で、ふらふらになる。 「妾がふしぎ兄のために作るのじゃ!」 ひみつは名状しがたい何かなら、作れるらしい。それって、『ラプラスの悪夢』だろうか。ラプラスの箱の噂が発端の。 「……たっ、食べ物」 ふしぎは息も絶え絶えに、山道を歩む。食べ物の香りに釣られた。真夢紀たちが蒸しまんじゅうを作っている。 「わぁ、凄く美味しい。亜祈、本当にありがとう」 一口分けて貰った。全快の笑顔で、にこっとほほ笑むふしぎ。ひみつは、むくれる。ふしぎの様子に拗ねた。 『こっ、今回は偶々妾の得意の食材がなかったのじゃ。わっ、妾も食材さえあれば……』 『あたしと作るんだよっ』 救世主朱雀、登場。人妖サイズのまんじゅうを抱えていた。中身は亜祈が詰め込み済み。温泉の上で蒸せば、食べられる。 せいろを奪い、人妖二人で温泉の近くまで運んだ。滴る汗はきっと、苦労の証。温泉の熱気ではないはず。 料理を作る九寿重の側に陣取り、せいろと睨めっこする朱雀。ひみつもせいろの周りをまわり、気が気でない。 「そろそろ食べごろですね。持って行ってあげるといいですね」 ワンコの飼い主に促され、九寿重がせいろの蓋を取る。ひみつを追ってきたふしぎが、せいろを覗きこんできた。 ひみつの手から、ふしぎに差し出されるまんじゅう。人妖サイズの小さめのまんじゅう。頬を染めたひみつが、ふしぎを見上げる。 『ふしぎ兄にあげるのじゃ』 「ありがとう、ひみつ♪」 『妾もおかわりなのじゃ!』 幸せそうに、出来たて蒸しまんじゅうを食べる、ふしぎ。蒸す工程で、ひみつの思いが込められているのだ。幸せそうに、ひみつも食べる。 「花梨さんの誕生日のお祝いです♪」 梅の花柄の風呂敷に包んで渡された、真夢紀からの贈り物。薄絹の単衣とお香「梅花香」が見目にも、匂いにも楽しい。 からっぽになった真夢紀の両手。次いで手が伸びるのは、せいろの中身。蒸しまんじゅう。 「亜祈さんのあんまんと肉まんは美味しいと聞いていましたけど……幸せです」 他国の料理にも関心が高く、菓子なども手作り可能な真夢紀。人妖サイズのまんじゅうを味見中。 こっそりと実験材料を亜祈に見せた。カレー用調合済み香辛料と、氷霊結で保存していたトマト鍋用トマト、チーズとベーコン。 「……調味料と材料こっそり持って来ましたけど……中身、カレーとピザの具でも出来ますか?」 聞く以前に真夢紀は確信している。どんな料理でも、再現できると。やってみようと、乗り気の亜祈。 かくして温泉郷に、新たな調理法が誕生した。その名も「温泉蒸し」。味は現地でお楽しみを。 「ご馳走様でしただよっ」 両手を合わせて、挨拶をする朱雀。手を離すと、辺りを見渡した。 目に付いたのは、やぎみたいな何か。朱雀の瞳が輝いた。 「からかって遊ぶのだよねっ」 縦横無尽に、やぎの目の前を飛び回る朱雀。追い切れず、眼を廻した処でお菓子を差しだした。慰めるために、共に食べる。 「如何かな?」 からすは、緑茶「陽香」とローズティーセットを取りだした。お茶はかかさず、自分で茶葉や薬草を調合することもある。 「これも飲みますか?」 「珈琲もあるんだよっ」 荷物をあさり、泰国の花鞠茶「三山花」を探しだす星晶。朱雀は勝手に、九寿重のテュルク・カフヴェスィを奪う。こちらはアル=カマルの飲料だ。 「ふむ、預かろう」 色々な物事に理解がある、からす。隣でお腹一杯の兎羽梟は、毛繕いして眠る姿勢を取る。 片づけを免除されたふしぎと星晶は、一足先に露天風呂へ。翔星は鈴麗や金と、未だに温泉川に頑張る。 ようやく月の見える露天風呂に、入って行くからす。おけに酒を持ち込み、水面に浮かべた。 「綺麗だな」 仰向けになって、ぷかりと温泉に浮かぶからす。『湯巡り甘味紀行』に似た、一日だったきがする。 『早く行くですぅ』 服を引っ張る春音に苦笑しつつ、真紀は露天風呂へ。真夢紀と九寿重は、花梨や亜祈と先にいっていたはずだ。 「石鹸?」 「使い。開拓者といえど女の子、いつもええ香させてたいわな♪」 気づいたからすが、声をかけた。真紀は、薔薇石鹸を貸し出しながら答える。前髪を掻き上げ、はっとなった。 「せや、リボンは取っとかな!」 『いつもそのリボンしてるですぅ』 長い黒髪を、大きな白いリボンでポニーテールにしている真紀。お湯の中ではしゃいでた春音に、真実を告げる。 「これな、母さんのリボンやねん」 母は、いつもこれをつけてアヤカシとの戦いに赴いてた。どんな時もお洒落心は必要だといって。憧れたあの背中。少しは追いつけただろうか? 『春音はいつもお洒落ですぅ』 「せやな、ホンマ可愛いなぁ♪」 得意げに言う春音の服の中には、友の御守りが揺れている。微笑する真紀が思ったこと。 「楽しかったやぎ♪」 「やぎたちは帰るやぎ!」 やぎっぽい何かは、ご機嫌で山里を去って行く。開拓者たちに貰った、両手いっぱいの食べ物がお土産。 「笑顔の運び手白やぎ」と「幸せの運び手黒やぎ」。精霊たちの去った後には、のんびりと温泉を楽しむ開拓者と朋友たちの姿があった。 |