白梅の里と羅浮仙
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/01 19:35



■オープニング本文

●羅浮仙(らふせん)
 遠い異国、どこかの言い伝え。いわく、そこは美しい梅の花が咲く山。
 薄衣をまとった、美しい女人が住むと言う。年老いることのない女人は、梅の精霊だと。


 天儀の南部。朱藩(しゅはん)の首都、安州(あしゅう)では、秋祭りの真っ最中。
 海産祭(かいさんまつり)と言う、海の幸が溢れる祭り。一目見物しようと、開拓者は街道を行く。
 荷台をひく、もふらを連れた一行と出会った。年貢を納めた帰りらしい。
 旅は道連れ、世は情け。隣を歩くついでに、海産祭の事を聞いてみる。地元の者に尋ねるのが一番。
「知ってるよ。僕、去年行ったから。新鮮な魚や、海の乾物がたくさんあるんだよ。ねっ♪」
 一行の中で、もっとも年下と思われる少年が答えた。後ろを歩いていた青年へ、笑顔を向ける。
「ああ、飛び入り参加の野外広場の舞台なんか、楽しいと思う。舞台の裏の木、今ならきっと色づいていて綺麗だろうな」
 口下手な青年は、しばらく考えて言葉を紡いだ。開拓者に、一つの頼みごとをする。


 朱藩の田舎に、白梅の里はある。梅の実が特産品の山里も、祭りの季節を迎えていた。どこか、浮足立つ人々。
「あら、おかえりなさい」
 年貢納めから返ってきた青年。家に戻ると、畑でイモ掘りを手伝っていた新妻が、手を振った。
「おりん、動くな。何かあったら、どうするんだ!」
「少しぐらい動いても大丈夫って、お義母さんは言ったわ?」
 血相を変えた青年が、走り寄った。幼なじみの妻と、しばらく押し問答を続ける。
 清太郎(せいたろう)と、りんは、同い年の十九才。仲の良い、新婚夫婦の微笑ましい光景。
「姉ちゃん、お祭りに開拓者の兄ちゃんや、姉ちゃんがくるんだよ!」
 新妻の弟、良助(りょうすけ)が、姉の嫁ぎ先に、遊びに来た。姉は、小首を傾げる。
「……魚を持ってきてくれと、俺が頼んだ。できれば、タイを。安州の海の魚は美味いから」
 口ごもりながら、青年は白状する。山里で、海の魚を食べたことがある者は少ない。
「それは楽しみね♪ お寿司に天ぷらに、松茸のお吸い物を準備しないと。良助も、お祭りと一緒にお祝いね」
「……ああ、そうだな」
 おっとりとほほ笑む、新妻。弟は、十月二十四日が誕生日。楽しげな様子で、いろいろと悩む。
 口下手の青年は、続きの台詞を言えなかった。一番小さなタイを、妻と二人で食べたいと。天から授かった命を、祝いたいと。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
海神 江流(ia0800
28歳・男・志
からす(ia6525
13歳・女・弓
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
音羽屋 烏水(ib9423
16歳・男・吟
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰


■リプレイ本文

●海産祭
「小さな鯛、ですか?」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)の耳元で、花雫の耳飾りが揺れる。小さなアクセサリーが好き。白梅の里の若夫婦が婚礼をあげた時期に、デザインしたものらしい。
「天儀では、確かおめでたい時に食べるのですよね?」
 駿龍のフィアールカは、じっと依頼人を見守っている。首元の桜の枝が、秋に春の彩りを添えていた。
 嘘は付けない。アルーシュの耳元で、ごにょごにょと語る清太郎。良助には、まだ秘密にしてくれと言い含めて。
「……まぁ、そうですか♪」
 アルーシュの頬に、薄紅の花が咲いた。緑の目を細めると、両手を頬にやり、にっこりほほ笑む。
「頼むから、今は言わないでくれ!」
「ええ、ええ、分かっていますとも。今は、口にしませんからね♪」
 慌てる清太郎に、うきうきと語るアルーシュ。夢見る瞳で、フィアールカを見上げる。相棒にさえも、内緒だと謝りながら。
 嬉しくて、嬉しくて、言いたくて仕方ない。でも、今は我慢する。良助がいる間は、言えないもの。
 でも、茶目っ気がそれなりにある、吟遊詩人。里の人々が去って、口にしてしまう。皆で分かち合う方がいい。
「おめでたいやっちゃ。こりゃあ、ええもん食べさせてやりたいなぁ」
「ご機嫌だな」
 首元の夢幻鏡が、嬉しそうに光っている。猫又の沙門は、嬉しそうにからす(ia6525)を見た。虎猫しっぽが踊る。
「♪厚かましいと言われようと〜そんくらいで丁度ええね〜ん♪」
「歌まで歌って……好意的な意味で覚悟せよ、依頼人」
 くすりと笑みを浮かべる、からす。赤のリボンを楽しげに、風になびかせていた。
「首都の祭りは人も集まりゃ活気満ち、人楽しませる極意学ぶに良いじゃろう」
「烏水殿。もう少し静かな曲を、お願いするもふよ」
 ぺけぺんと、三味線「古近江」が楽の音を響かせる。三位湖の近くにて作られた三味線は、水の精霊の加護を得た名器として知られていた。
 水を名にもつ音羽屋 烏水(ib9423)の手により、命を吹き込まれた音たち。相棒のいろは丸は、あくびをしながら聞いていた。
 白毛に璃寛茶(りかんちゃ)のたてがみをした、もふら。りっぱな毛並みが、風にそよぐ。
「白梅の里で、何をしましょうか?」
 緋乃宮 白月(ib9855)も、大きくあくびをする。頭の上で腹ばいになって休む羽妖精、姫翠はあくびで答えた。
 白月の懐で、赤勾玉が踊った。敵に打ち勝つ勇気を持てと叱咤するが、お昼寝したい白月は打ち勝てそうもない。
 姫翠も、心を平静に保つ翡翠玉「戒」を身につけているのだが……。平静に保ちすぎて、夢の世界へ突入しそうだ。


 運命とは、ときに残酷だ。鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、眼前の相手を睨みつけた。
「なんで、あんたたちが居んのよ?」
「ギルドのお使い依頼で来たんだ」
 海神 江流(ia0800)は、ため息を漏らす。視線の端っこで飛びはねている存在が、気になった。
「お隣のムクロさんと一緒か? 物好きだな」
「うっさいわね。……幼馴染に馬鹿真面目なカラクリに、自称キョンシー……嗚呼、あたしは休日のつもりで来てんのに…」
「キョンシー? そりゃ確かに脈もないし、心臓も止まってる……ってか、ないけどさ」
 うん、お札張って飛びはねる存在に、心臓は無いはず。江流は、一応、尋ねてみた。
「……からくりだよな?」
 四死嶋むくろ(しししまむくろ)は、首を江流に向かって曲げた。次いで、突きだしたままの両手を、身体ごと一気に向ける。
「―――死んでも、安息、アリマセン、ので。生きていても、ココロ、休まりますまい。デス」
 風葉は、放任主義を発揮。後ろに大人しくついていくと思いきや、割とふらふらしている四死嶋むくろ。
 なんで、「むくろ」と略さないかって? ……非常に面倒くさい性格をしているようなので。
「同族さんね。変わってるわ、この娘」
 青みがかった黒髪が揺れた。普段は閉じてばかりいる瞳が、珍しく開かれる。
「……それをお前が言っちゃうんだ」
 基本的に、江流は苦労人らしい。相棒のからくりの波美が、ひどくまじめな表情で、教えてくれる。
 江流の腰の太刀「阿修羅」は、仏師羅剛が加工した宝珠が埋め込まれている。今の江流も、仏になるしかない。


「注文は鯛だったか。鰈とかサンマとか帆立なんかも旬でいいかねぇ……」
 江流の言葉に、膝を叩く沙門。ついでにばしばしと、江流の足を叩く。扇子のようにみえるが、ハリセンかもしれない。
「アッハッハ! ウチに任せときゃ百人力やで!」
 虎柄赤眼の猫叉は、いつも笑ってるように見えるが生まれつき。でも目を細めて、大抵笑っているそうだが。
「地元の猫から良い鯛を仕入れた店の情報を集めてくるで」
「頼んだぞ」
 からすは、託された荷台をみやる。年貢を運んだ白梅の里の人々から、大事な預かり物をしたもの。
「先ずは市で、早めに良い魚介類を確保せんとなっ。せっかくじゃし、物を運びに行く前に広場でこの賑わいを堪能するぞぃ」
 烏水の下駄が、軽やかな音をたてて歩く。背負った三味線が、出番を待ちながら、跳ねていた。
 市の奥の方に、色づいた木々が見える。すぐ下の舞台では、落ち葉色の天然敷物が、出迎えていた。
「某は離れて、この賑わいを楽しんでいるもふ。荷物は任せておくもふ」
 潮の香りが、いろは丸の花をくすぐった。安州は、海の側にある。新鮮な魚が手に入る土地。
 香りに釣られて歩けば、磯が広がる場所にでた。気の向くまま釣り糸をたらしていた風葉が、見つける。
 祭会場は賑やかだし、魚臭いしで、風葉は少しばかり辟易した。心当たりは、たくさんある。
 口うるさい幼なじみとか。ぴょこぴょこな相棒とか。微妙に口のへらない幼なじみの朋友とか。
 菜食主義の心意気として、魚断固拒否を貫いたとか。妖に、人の心に、世界に火を灯す「劫火絢爛」が信条なのだ。
「良い景色を求めにきたもふ。暇つぶしに某は川柳一句、詠んでみるもふね」
 水面で揺れ動く、風葉の釣り糸。真っ直ぐな針と、適当に用意した釣竿を垂らしているだけ。魚釣りの真似事。
「うむうむ、一句出来たもふ。海波に 重ねて馳せし 心太」
 釣らない釣りに付き合っていた、いろは丸。のんきにあくびをする。落ち着き風情や粋を大事にするもふらとしては、大変お気に召した。
「―――釣れない、デス」
 ふらふらしていた風葉の相棒が、戻ってきた。直立して両手を突き出し、ぴょんこぴょんこ飛び始める。
「某は離れて、あの賑わいを楽しんでくるもふ。荷物は任せておくもふ」
「―――任せる、タイヘン。です」
 いろは丸の耳に歓声がきこえてきた。怠けて過ごすことを取りやめ、屋台の方向に戻り始める。騒がしすぎるのは好まないが、心当たりがあった。
 四死嶋むくろは、何を考えているか分からない。恐らく本人も、自分が何を考えているか分かっていない。
「今の季節、祭りは何処へ行こうとも開かれ、活気溢れておるのぅ。わしも負けぬよう、盛り上げなければのっ」
 いろは丸は聞き覚えのある声。やっぱり舞台に、烏水が立っていた。白月が巻き込まれたのか隣にいる。
「はい、手拍子をお願いしますね」
 白猫しっぽを立てながら、くねくねと動かしている、白月。……ボーっとしている時の癖じゃなかった?
「奏で歌いて踊る共演してくれる者が居りゃ、更に盛り上げようぞっ!」
 べべんっと烏水の三味線が、掻き鳴らされる。姫翠が、音に合わせてふわりくるりと、宙を舞った。
 遅れてきた風葉と四死嶋むくろ。江流に引きずられてきた。依頼料を貰う以上は、仕事しないとダメ。
 舞台に目を止めた江流、ひどく後悔した。村の便利屋として安穏とした日々を送っていた頃が懐かしい。
 また騒動に巻き込まれたようだ。舞台の上からの挑戦とお誘い。烏水と姫翠が、おいでおいでをしている。
「さあさあ、お立会いじゃな」
「飛び入り、歓迎です!」
 首元のマフラーをストール代わりに、舞台に乗り込む風葉。……傍でぴょんこぴょんこしてるキョンシーはこの際、視界に入ってないことにする。
「やれないんじゃなくて、やらないだけだからな」
 誘われついでに、江流も混ざる。故郷に居た頃みたいに、風葉の舞の相手をしてやるのも、たまにはいいかもしれない。
 異国の舞に、江流との演舞。否、演武か。江流に対しては最高に口が悪い風葉だが、それも信頼ゆえ。
「共に心に残る音を紡ぎ、笑顔笑顔と出来りゃこれ以上に嬉しいことはないのぅ♪」
「烏水殿、嬉しそうもふね♪」
 誰もが、何処でも楽しめる音楽を奏でることを目指している、烏水。青い瞳は、心からの笑顔を浮かべている。
 ぽてりと座りこんだ、いろは丸。目を閉じ、手拍子と三味線の音に聞き入る。と、降りしきる落ち葉が、いろは丸の鼻先におちてきた。


「おおきに」
 猫たちと円陣を組んでていた沙門が、戻ってきた。情報の見返りは、猫達が望む魚を手に入れる事。持ちつ持たれつ。
「一頻り楽しめば荷運びだけでなく、祝いもさせて貰うかの。これも縁という奴じゃしなっ」
 烏水の言葉に、身の丈三尺程度のもふらは、身を震わせた。依頼人から借り受けた、荷台の前に陣取っている。
「刺身や天麩羅にしても美味い、お勧めの魚介類ありゃ仕入れておくかの」
 舞台から降りた烏水。仲間たちに拍手で出迎えられる。年相応の照れた顔をしながら、屋台を指差した。
「あと店の主人から、氷霊結使える巫女も紹介して貰えんか、お願いしてみるぞぃ」
「鮮度を保ったまま運んでやりたいしのぅ、もふ」
「おっと、わしの台詞を取りおったか!」
 腹の底から大笑いする、いろは丸。してやったり。真似された烏水も、続いて大笑い。
「仕入れた情報は、立派な商品やで」
 沙門の誘導で、混んだ祭り会場を行く。教えられた店を見つけて、立ちよる猫又。
「あれなんか良さそうやなぁ。如何にも『私を食べて!』て、眼しとるわ」
「さすが猫又さん」
 沙門の目利きは素晴らしい。張りのある身体に、尻尾の形まで綺麗。姫翠、たぶん違いが分かってない。
「いらっしゃい」
「やあ、かっこええ兄ちゃん」
 店主の若旦那が顔を出す、沙門が応答。義理人情に厚く、信用第一の商人戦争勃発。当たり障りない会話から、遂に鯛の話題へ。
「これほしいちゅう奴の奥さんがおめでたなんや」
「お目が高いね、うちの魚は朱藩一だよ」
「せやろ、せやろ? ちぃとばかしまけてぇな。ぷりちーな猫の頼みやで」
 若旦那と猫又の視線が激突。お互い、熱弁を繰り出し、そのうち人だかりができる。珍しい論戦だもの。
「まあ別に値引きなんてしなくても、手に入ればいいのだが」
「あはは……おまかせします」
 のんきに見守る、からすの突っ込み。白月は、苦笑を浮かべた。何か言いたそうな姫翠の口は、両手でふさぎながら。
「何は兎も角。おりんさんと清太郎さんにお祝いを言わないとですね」
 露店を前に、一人悩むアルーシュ。祝いの品は、生まれてからのほうが良いだろう。
「なにを買う?」
「おりんさんに何か、何か…。でも清太郎さんの『おりんさんを気遣うお気持ち』は素敵ですし」
 落ち着いた、からすの質問。アルーシュの頭の中はぐるぐる。大きなフィアールカを、屋台に連れてこられないことが、残念。
 フィアールカは、兎に角、アルーシュと一緒に出かけられてご機嫌だった。安州に来た事あるよと、鳴き声をあげて。


「あんさんらのお陰やで」
 いろは丸のひく荷台から、魚降ろしの指示を出す沙門。情報屋たちは、嬉しそうな鳴き声で答える。
「ありがとうね」
 猫達に情報代金の魚をあげるからす。頭や喉を撫でることを、忘れない。からすの屋敷は、朋友や鳥や猫が跋扈しているとか。
「箱詰めして、氷を入れてもらった。そろそろ急いだ方が、いいだろう」
 ふわふわの毛並みを堪能した、からす。沙門を肩に乗せると、猫達と別れの挨拶を交わす。
「白梅の里…梅の花の頃以来ですね…」
 フィアールカは空に羽ばたく。祭りの会場を見下ろした、アルーシュの呟きがこぼれた。


●白梅の里
「あっはっは! おばちゃんはりきっちゃったよ」
 荷台の魚の前で、胸を張る沙門。猫に魚。とっても説得力のある組み合わせに、白梅の里の人々は驚く。
「どうか良い鯛を選んでもらいたい」
 清太郎に声をかける、からす。調理場を手伝うつもりだ。割烹着を借りて、背中の紐をくくっている。
「依頼主は祝言だって、鯛だのなんだの運ばせてるんだから、舞いができるならそっちで踊ってやれ」
「お二人は、一年前の水無月に、祝言をあげられましたよ? 天儀の花嫁衣装も、お綺麗でしたが……ジルベリアの花嫁衣装も、お似合いでしたよ♪」
 アルーシュ強し、うっとりと思い出話をしてくれる。江流の力説は、たった一秒で崩壊した。
 波美は、主人を立てる主義。主の為となると、強い態度に出る事も。ずずいっと前に出て、応援演説に命がけだ。
「主は自分の才に、限界を感じつつあるかもしれないけれど……自分の無力を良しとできない人だから」
「かばってくれるのは嬉しいが、それは追いつめていると分かっているか?」
 極端な処がある、波美。江流が頭を抱える事も、しばしば。今は「ばしばし」と、心に平手をくらった気分。


「お誕生日おめでとうございます」
 アルーシュの掛け声が、座敷に響く。開拓者にも、祝い膳が用意された。良助の誕生日と祭りの宴。
 からすの手で姿を変えた鯛が、清太郎とりんの前に並ぶ。末広がりの八喜鯛(やきたい)は、塩で味付けをした。
 タコやイカの唐揚げ、イクラの寿司。それに裏山でとれた松茸。こちらは、アルーシュと白月が見つけてきてくれた。
「石鏡は銀狼の森の茶。祝い事にもってこいの茶だ」
 お茶はかかさず、自分で茶葉や薬草を調合することもある。からす特製、茶葉の押し寿司。
「命の糧に感謝を。そして新たな命に祝福を」
 それから、同じお茶っ葉で煮出したお茶。産地では、祝い事の席だけで出す、希少なお茶なのだ。
「新たな命?」
 恥ずかしげに、懐妊を告げたりん。同席していた新婚夫婦の両親が、湧きかえる。待望の初孫だ!
「良助さんも……大人の仲間入りですものね。どうぞ張り切りすぎて、お怪我の無い様に…」
 良助は真ん丸な瞳になった。まず、嬉しがる。そして自分が「おじさん」になると分かると、少し落ち込んだ。
「子を為し、また誕生日と祝い事多くあるとはまためでたいっ!」
 くるりと、烏水は回転する。大盤振る舞いの、三味線演奏。
「邪魔ともならなけりゃ、一曲弾かせて貰えんかのぅ?」
 とある天儀歌舞伎一門の三男坊は、烏天狗を自称する烏の獣人。烏天狗のお面が輝く。
「一句できたもふ。目出度きと 幸溢るる 食卓哉。 ……お腹空いたもふね」
 いろは丸は、思いつきに一句読み上げた。最終的に食べ物に落ち着くあたりは、やはりもふらである
「これから冷えない様に、腹巻です。梅の花を刺繍したんですよ」
 旅道中の中、アルーシュは一針一針、祈願した。それから、海の都で買い込んだ、お土産兼お守り。
「おりんさんに桃色珊瑚、良助さんに白珊瑚を」
「きゅきゅ〜」
 部屋に入れなかったフィアールカが、庭で教えてくれる。安産のお守りにもなる様に、珊瑚の根付だと。
「生まれるのは何時ごろでしょう? 女の子だったら白梅のような可憐なお子さんでしょうね。
男の子だと元気一杯な……その頃また改めてお祝いが出来ますように」
 安州では、お留守番だったフィアールカ。ご褒美にもらった美味しいお魚を器用に食べる。相棒を見つめながら、アルーシュはほほ笑んだ。
「清太郎さん達により一層の幸せが訪れる様に、『幸運の光粉』いきます!!」
 姫翠の羽から舞い散る、光の粉を浴びる。部屋中を一周し、外にまで飛び出る羽妖精。白梅の里をめぐり、祭りに輝きを。


 風葉は神社の前にいた。風葉は舞う、神衣「黄泉」をまとい。風葉は祈る、代々巫女の家系として。
「……団長さん、上手なのね。イメージと違うわ」
「あいつは元々、あぁいうのが本業なんだよ。村長の娘で巫女だったからな」
 普段は目を閉じており、江流以外にはあまり瞳を見せない、波美。江流の背に隠れながら、風葉の舞いを見つめる。
「まぁ、普段を見てると似合わないにも程があるが……お前も結構酷い言い草だな」
 からくりにも、そう見られている風葉が面白いと江流は思う。
「私もできるわ。主、見てて頂戴よ?」
 風葉を褒める江流に、拗ねた声を出す波美。微妙に妬いてみせる、主にべったり。褒められたいお年頃。
 江流に念押しして、舞の一団に混ざる。携えた燐火剣が、魅せてくれる。以前、舞を盟友同士で練習したことがあるそうだ。
 波美は硬く冷たい、自分の体が好きではない。着こんだ衣服のまま、舞う。閉じた瞳に、涙跡が見える。はかなげな顔立ちの中の悲しみ。
 いつか、この涙が晴れるようにと願う、江流。「涙」から一音削って付けられた、からくりの名前。


「マスターと一緒のお散歩、楽しみです!」
 銀色がかった緑色の瞳が、元気にまたたいた。瞳と同じ色の羽が羽ばたく。万緑を思わせる夏の妖精の季節は終わったけれど、姫翠は元気だった。
「綺麗に色づいた山を散歩するのも、気持ちいいですね」
 姫翠に引っ張られ、山道を登る白月。後ろで、村の祭りはやしが聞えている。楽しげな三味線は烏水か。
「きゅっきゅ〜♪」
 青みがかった菫色の瞳はご機嫌。フィアールカが空で歌っている。歌と木陰と、陽だまりとお昼寝が大好きな子。
 空の柔らかい音色は、メローハープを弾くアルーシュのもの。普段は森の奥でのんびり昼寝をしている、フィアールカの子守唄。
 裏山のてっぺんの白梅の木は、りんの好きな場所だった。身重をおもんぱかり、アルーシュと共にフィアールカのお世話になる。
「わぁ、お上手ですね」
 深緑の翡翠色の髪を揺らし、姫翠が聞き入る。フィアールカの周りを、元気に飛んでいた。
「マスターも歌ってください!」
 姫翠の期待の眼差しに、ほほ笑み返す白月。アルーシュの歌をもう少し聞きたい。
「こちらの子守唄を教えて貰ったんです。これを弾いてみますね」
 異国情緒にあふれる音色なのに、どこか懐かしい歌詞だった。

 目的地は山のてっぺん。
「うわ〜、マスターマスター、すっごく良い景色ですよ!」
「うん……ここからだと遠くまで見渡せて、綺麗だね」
 姫翠と白月は里を一望する。清太郎の家も、舞いを堪能した神社も。すべてが、小さい。はるか彼方には、海が見えた。
「健やかな一年でありますように」
 裏山の白梅の木に、願掛けするアルーシュの声。お供えのジルベリアの食べ物、フルーツケーキには甘い梅干も使われている。
 泰国の辺境の地で生まれ、母と二人でひっそりと暮らしていた白月。母を思い出す。母が病で亡くなり、天涯孤独の身になった。
「姫翠」
 相棒に、肩に座っていいよと示す。大喜びで、羽妖精は腰かけた。白月の母の形見である緋色のリボンが、そんな二人を見守ってくれる。
 同じころ、白梅の木を見上げている者たちがいた。祭りはやしも、終わりの時間。
「烏水殿。あまり長居するのは無粋というものもふ」
 背伸びするいろは丸にうながされ、烏水は荷造りをする。里の入り口にも、枝だけの白梅の木があった。
「梅か……満開になった日にまた来たいものじゃのぅ♪」
「その時までにもっと腕を磨かねばなっ、もふね」
「じゃから、わしの台詞を取るなと言っておろう?」
 三味線の弦をはじき、座敷を振り返る烏水。からかういろは丸を小突く真似をし、依頼人の笑顔を見おさめた。
 楽しみを抱えて、開拓者は白梅の里を去る。天からの命が、産声をあげるのはいつだろう。
 たくさんの白梅の木が、ざわめく。羅浮仙は告げていた。
―――梅の実がなる頃に、きっと。