【希儀】空
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/25 20:21



■オープニング本文

●旗
 希儀の輪郭が浮かび上がり始めた。
 温暖でからりとした気候、蛇の姿をしたアヤカシと戦う人々の姿、あるいは土地を捨てる人々――そして石灰や大理石を用いた彫刻品、美術品の数々。難破船と共に希儀へ訪れた人々はようやく静かな眠りに付いた。
「問題は、魔神不死鳥と嵐の門だ」
 ギルドの職員たちが地図を見据えた。
 皆、資料を抱えて頬を寄せ合う。
「魔神封印は、現在遺跡深部へ向かって展開中、か」
「……アル=カマルからは、例の物は届いてる?」
「ええ、確かに。アストラ・インタリオ。妙な水晶です。内側から掘られているようで、中を覗くと星空が映るんです」
「飛空船の出港準備も概ね順調ですよ」
 口々にそれぞれの管轄を報告し、大伴はうんうんと小さく頷いていた。
「なるほど、順調じゃな。しかしこう順調であると……」
「いけません、大伴様。それ以上は言わないで下さい。それは『ふらぁぐ』と言うそうで。言霊のようなものだそうですよ」
「ほう。なるほど、験担ぎというわけじゃな」
 大伴が大仰に頷いてみせると、職員たちは顔を見合わせて笑った。ではもう一度確認を――急報が舞い込んだのは、明るい雰囲気の中、彼らが資料を机に積み上げたまさにその時のことだった。


●親父たちの選択
 神楽の都の港に、ギルド員の栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は居た。朝焼け色の瞳が、涙をこらえる上の子を見下ろす。
「とーちゃん、元気でいて欲しいってんだ!」
「ありがとう。与一(よいち)との別れも済ませたか?」
 左手に抱いた下の子は、まだ四つ。『死』という概念は、理解できない。けれど、異質な雰囲気は感じ取っていた。
「よーたん? とーたんと、どきょいきゅの?」
「坊ちゃんが開拓者になった時に、兄弟で尋ねる地でさ」
 父親にしがみついて、泣いている幼子は尋ねる。人妖は、穏やかに笑って答えた。
「俺のわがままを許してくれ。希儀に苦しんでいる人が居ると思うと、いてもたっても居られん」
「わがままには、慣れておりますわ。ご武運をお祈りいたします」
 幼子を受け取り、妻は気丈に笑う。ギルド員の夫が、弓を手に前線へ赴く。その意味は重い。
「とーちゃん、行ってらっしゃいってんだ!」
「……さらばだ」
「とーたん? とーたん、とーたん!」
 父親の乗り込んだ飛行船が、空の向こうへ消えていく。幼子は懸命に手を伸ばすが、届くことは無かった。


「月雅(げつが)殿まで、一緒にくるとは思わなかったでさ」
『与一殿の主には、世話になったからな』
 人妖は不思議そうに空を舞った。少し前、難破船の調査団が派遣された。道中の騒ぎに関わった、緑野の迅鷹たち。帰還する調査団に付き添い、神楽の都まで来た。
 緑野の難民たちのために、色々と手筈も進む。迅鷹の母子は緑野へ戻るが、父迅鷹は弓術師の家にとどまった。何かの予感がしたのだろう。
 空飛ぶ飛行船内部で、見知った顔を見つけた弓術師も話し込む。柔和な笑顔を崩さぬ、朱藩の臣下、白石 源内(しらいし げんない)。
「お前さんに、空賊の知り合いがいたとは、驚いたぞ。物好きだな」
「……心外ですね。これでも、昔はこの船で、副船長をしていました。船員たちは、当時の私の部下です」
『勇猛な者たちに、その言い草はなんだ!?』
 柔和な笑顔に、少しばかり怒りを混ぜている臣下。臣下の肩で、同行人の父迅鷹も威嚇の声をあげた。
「ギルドから、『すぐに戦える、小回りの利く船をよこして欲しい』と、各国に無茶な要請がありましたよね?
おかげで郷里の家内に『散るなら、空で散れ』と、追い出されたんですから。うちだけでなく、船員みんなが!」
「……女将と船員に、なんの関係があるでやんすか?」
「船長命令です。当時の私がふがいないばかりに、決闘で負けましてね。家内の船団の配下になったんですよ!」
 おしゃべりな人妖の質問に、まじめに答える社交的な臣下。朱藩の鎖国時代は国粋主義で、空賊時代も朱藩が根城だった。
「……私の部下たちが全員、身を固めるきっかけになったのは、良いんですけど」
『元空賊殿たちの家は、揃って「かかあ天下」のようだな』
「すまん、どうも俺は口が悪いからな」
 視線を反らせる、亭主関白の父迅鷹と弓術師。ぼやく臣下が柔和な笑顔を浮かべるのは、愛想笑いの賜物の様子。


「状況確認だ、今は急を要する。俺たちが相手をするのは、最前線のアヤカシだ。『瘴水鯨』や『幽霊船』も居るらしいが、数は分からん」
「なるほど、強行突破を図る相手……、私たちの後ろの輸送船団に、被害を出すわけにはいきません。その二つの撃破に、集中した方がいいでしょう」
「お前さんも、そう思うか。でかぶつどもは、輸送船に体当たり攻撃を仕掛けるつもりと、考えた方が良さそうだな」
「瘴水鯨は、開拓者の力を借りて、空中で迎撃ですね。あの大きな口で船体をかじられたら、いくらなんでも、船が持ちません」
「欲を言えば、この船の甲板も抑えて欲しいな。幽霊船に横づけされて、乗組員のアヤカシに乗り込まれたり、射撃攻撃を受けると面倒だ。
俺と人妖と迅鷹で、出来る限りは踏ん張るが……。イカリをかけられたら、外すのは俺には無理だぞ?」
「巨大な朋友なら、外せるでしょうか。もしもアーマーが暴れても、床が外れるような甘い作りでは、ありませんよ」
「よし。俺の命は、お前さんの船に預ける!」
「空で負けるつもりは、ありませんからね」
 腕組みした三十九歳の弓術師は、にやりと笑う。四十三歳の元空賊は、心から笑い返しているように見えた。


■参加者一覧
水月(ia2566
10歳・女・吟
バロン(ia6062
45歳・男・弓
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
海神 雪音(ib1498
23歳・女・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔


■リプレイ本文

●譲れぬもの
「カカア天下か、まあ仕方あるまい。我々、男共が外で頑張っている間、妻は家を守ってくれている訳だ」
 ぷかりと煙管をくゆらせる、バロン(ia6062)。煙が一筋立ち昇り、相棒の駿龍ミストラルが、おおきくあくびをした。
「故に、縄張りである家の中で妻が強いのは、自然な事かもしれぬな」
 源内よりも、年上のバロン。聞けば、十月八日に年を重ねたとか。言葉に重みが増す。
「では、お主らの領域は? ……そう、この船の上だ。ならばアヤカシ如きに、遅れを取るわけにはいかんな」
 年の甲は誰にも負けぬ。煙草の吸い殻を、甲板から捨てながら、バロンはさり気なく鼓舞してやった。
「折角だから、嫁に活躍した話の一つでも、持ち帰ってやるが良い」
 すれ違いざま、バロンは船員の肩をたたく。見た目通りの頑固親爺は、説教臭いのが玉に瑕。

「……尚武(なおたけ)を悲しませる訳にはいきませんから。僅かな間でしたが、尚武は私の初めての教え子です」
 弓「天」を背負った海神 雪音(ib1498)は、まっすぐ弥次をみる。駿龍の疾風が、後ろに控えていた。
 弥次の下の息子は、父と同じ弓術師を目指している。幼子が弓を持つ楽しさを知ったのは、雪音が教えてくれたから。
「弥次さんに何かあれば尚武が……いえ、弥次さんの家族が悲しみますから……」
 雪音たちは、飛空船から見ていた。別れの言葉を口にする父親の姿を、泣きじゃくる息子たちの姿を。
「この依頼、無事に終わらせましょう」
 淡々した口調で話すため、周囲から冷たい印象を持たれる雪音。けれど、誰もが察していた。結んだ口元の決意。伸ばした背筋の先にある、無事の言葉。
「……ああ、そうだな。頼りにしているぞ!」
 弥次はにやりと笑った。ほほ笑み返す雪音が身につけた、天貫の腕輪。中央で、紅玉髄(カーネリアン)が静かに輝く。石言葉の一つは、自分らしさ。


「弥次、源内、与一、月雅、おんし等には世話になりおる。共にあの大物を仕留めようてな。
月雅と相見えるのは二度目じゃの。立派になったものじゃてな……此度もまた、よしなにの?」
 甲板の手すりに停まり、月雅が見上げた。父迅鷹が真名を得た日の事を、椿鬼 蜜鈴(ib6311)は覚えている。
「おんし等は家族の元へ帰らねばならぬ。勇敢と無謀を履き違えるで無いぞ?」
 モリオンピアスを揺らしながら、蜜鈴は手を伸ばす。頭突きのように頭をこすりつけながら、月雅は目を細めた。
 相棒の駿龍、天禄は首を伸ばし、蜜鈴を抱え込むように顔を見せる。主人とする蜜鈴が産まれた時から、ずっと側に居る龍。
 天禄の浅葱色の瞳は、無言で月雅を見つめる。愛し人でもある蜜鈴に、害をなす者には容赦しない。触られるのも嫌。
「わらわは天録を伴って空へ出ようかの、大物ばかりじゃて腕がなりおるわ」
 鼻息が荒い相棒の顎の下から、手を伸ばす蜜鈴。手入れの行き届いた爪先で、天録の角の付け根をなでる。


「大っきい……の」
 水月(ia2566)の母親譲りの白髪が、後ろに流れて行く。お気に入りの翠の瞳が、真ん丸になった。
 巨大アヤカシが輸送船に突っ込めば、大変な事になってしまう。上目づかいの瞳は決意を語る、「ぜったい、ここで止めるの」と。
「相手はデカブツ揃いだけど、かえって当て易いよ! 魔法でみんな瘴気に帰してあげるっ!」
 水月の隣で、リィムナ・ピサレット(ib5201)が仁王立ちになった。滑空艇マッキSIの点検が終り、離陸を待つばかり。
「滑空艇の生命が大幅に減ったら、飛空船に戻るけどね」
 片目を閉じて、お茶目に付け加える。リィムナは、偉そうにしている奴に、悪戯するのが好き。悪戯っ子の笑みを浮かべている。
「そうそう、範囲攻撃する時は身振りや声で合図……聞いてる?」
 怪しげな呪紋が描かれた、陰陽覆「呪」を被りながら振り返った、リィムナ。源内を驚かせる。範囲魔法の説明をしたかっただけなのだけれど。
 水月は鷲獅鳥の闇御津羽を、真剣に見上げた。相棒の翼が一瞬ひるむ。
「クラミツハか……お前さんが名づけたのか?」
 弥次の問いかけに、水月は頷く。碧い瞳の鷲獅鳥は、誇り高い性格。艶やかな黒い翼を見せるように胸を張った。
 ……お腹を空かせた水月の食料から、朋友に昇格した事実には、触れるまい。そのせいで、反射的に命令を効いてしまうなんて、絶対に言えない。
 甲板に、鎮座する駿龍の陽淵。相棒たる、琥龍 蒼羅(ib0214)から、声がかかるのを待っていた。
「幽霊船は船自体を破壊できれば、乗員のアヤカシもまとめて片付けることが出来る、な」
 蒼羅はおそらくという、言葉は使わない。元空賊たちが、アヤカシを恐れはしないと知っている。けれど、志体を持つ者は僅かだった。
「扱いに関しては、問題ないだろう」
 宝珠砲の一基を観察し、結論付ける蒼羅。以前にも何度か使用したことがあるし、距離があるうちに数を減らしたい。


●相棒
 好奇心旺盛で、気まぐれなミストラルは、軽く鳴く。疾風の手綱が、握られたということは、出陣の時間だ。
「バリスタ砲は弥次に任せる。強当てとの組み合わせならば、良い威力が出せるだろう」
「おー、任しておけ」
 龍の背中から、バロンの一言。見送る弥次は、片手をあげて返事をした。
「前進、射撃、離脱の繰り返しで行くぞ。タイミングは分かっておるな。細かい部分はこちらで合わせる」
 少しばかり臆病な龍は、懸命に頷く。近寄られたら反撃はするが、自ら敵に近付き攻撃する事を嫌うのだ。
「疾風。私たちは皆さんと足並みを揃えて動き、連携や援護に重点を置きます」
 雪音を背に乗せ、羽ばたく龍。空向こうに、小さな点が見えてきた。アヤカシの群れの到来。
 と、蜜鈴の桃色の髪が、数本幽霊船からの射撃で切られた。不機嫌のまま、しゃべる。
「皆が護る地じゃ、易々と通しはせぬ」
 第二弾の矢を察知、天録の羽が傾く。愛しい人を傷付けられた翼は、叩き潰すことを選んだけれど。
 蜜鈴の言葉と共に、荒れ狂う雷、とどろく轟音。蜜鈴の前で数度、枝分かれしたアークブラストが荒れ狂う。
 羽草履は、清められた白鳥の羽根を編み込んで作られた、白いぞうり。空飛ぶリィムナも、今は鳥の気分である。
「全力全開! みんな叩き落としてあげるよっ!」
 リィムナ愛用の滑空艇、マッキSIが青い空に緋色の軌跡を描く。名称のSIは“Scarlet Impact”の略。その名の通り、機体全体を紅に塗装されていた。
 勢い余って、力場宝珠を展開させそうになり、思いとどまる。船首のゆるい感じの猫の顔の絵も、一安心。
「それ行け、メテオ!」
 正式名称、メテオストライク。別名は、来たれ隕石弾。幽霊船全体を爆発に巻き込む、大胆さ。リィムナの進撃は止まらない。
 死角に回り込み、船員アヤカシの射撃を避ける。おのずと真下にやってきた。そこは鯨の真上、大きな口が待つ。
 風宝珠が輝く、急反転。気流に乗り、真横に流されるマッキー。違う、マッキSI。船首の絵は、ゆる猫だ。
 後ろのリィムナと蜜鈴が、挨拶代わりの魔術を打ちこみ始める。バロンと左右に分かれながら、雪音は右下方に進路をとった。
 狙うは幽霊船。引き絞る弓の音は、風の中に消える。船員アヤカシも、同じく弓を握っているのが見えた。
「疾風、駿龍の翼を……いえ、このまま行きます」
 発射の間際に、弓持つ手を射抜かれた船員アヤカシ。狙いが定められず、矢が変な方向に飛んでしまう。
 疾風が、小馬鹿にしたように笑った気がした。気のせいだと思うが。龍の瞳が自信ありげに瞬く。
 雪音を乗せたまま、幽霊船の上に、どかりと着地してしまった。口から吐かれる火炎で、威嚇を始める。
 その合間にどういう訳か、雪音から矢を貰った疾風。ちょっと時間をかけながら、弓をつがえる。
 疾風はビーストクロスボウを操る、朋友弓術師らしい。幽霊船の帆や甲板へ、器用に命中させていく。
 ひとしきり暴れた後、疾風は朽ち果てて行く幽霊船から飛び立った。最後の一矢を決めたのは、雪音と疾風、どちらかは内緒である。


「闇御津羽さんは、先に行っていて」
 宝珠砲の前で、水月は陣取る。己が名を冠する、水帝の外套の下から、両手をあらわにした。
 宝珠砲に当てられた両手は、練力を込め始める。真剣な眼差しだけで、全てを語る。言葉を使わずに会話を進めようとする、変な癖。
 否、目は口ほどに物を言うのだ!宝珠や練力の扱いには慣れている。だから任せて欲しいと。
 集まる力、掻き混ざり、膨張する光。宝珠砲の先端から、光がゆっくりと伸びて行く。
「陽淵、出番だ」
 声だけで、琥珀色の瞳の相棒は察した。宝珠砲から離れた蒼羅を乗せ、甲板から羽ばたく。遠くの鯨の群れが見えた。
 龍は幽霊船の前を横切った。乗員のアヤカシに、仲間の船に乗り込まれては厄介だ。
 蒼羅の刀に渦巻く風が宿る、行きがけの駄賃。瞬風波は、船上のアヤカシをまとめて吹き飛ばした。


●天下御免の空賊魂
 百獣の王とも名高き、獅子。その身体を持つ闇御津羽は、大篭手「獣王」を身につけていた。
 幽霊船に、夜闇が訪れる。羽ばたく獅鷲鳥は、甲板の水月との約束を果たすために。
「闇御津羽さん、いけると見たら暴嵐突使っても良いの」
 風を纏う翼は、左右に揺れ動く。風の中の道。見つけられなければ、自分で作ればいい。全てを突き破る。
 雲海の中から、思わぬ者が頭をもたげた。飛空船の進路の先に、鯨が口をあける。
「イカリを外して欲しいでさ!」
 与一の切迫した声が響く。回避したいが、並走する幽霊船が邪魔だ。身動きが取れない、イカリをかけられてしまう。
「借りるぞ」
 龍からバロンが飛びおりた。弥次の代わりに、バリスタ砲を構える。無我の境地。バロンの瞳は、ただ一点を見つめる。
 緑色の気を纏って飛ぶ矢。前を横切った迅鷹の羽をかすめるが、当たらず、まっすぐに飛ぶ。
 幽霊船の船首の横に、大きな矢が突き刺さった。矢を巻き戻すと、幽霊船の船体に穴が開く。
 次いで、バロンは鳴弦の弓を構えた。幽霊船の穴に向かって、響鳴弓を試す。甲高い音が周囲に響いた。
 甲板のアヤカシに影響はない。しかし、奥はどうだろう。幽霊船の動力ともなる内部のアヤカシには。
「錬力回復薬は、遠慮なく使わせてもらうよ」
 飴玉のごとく、口に含みながら、リィムナは次の手を打っている。練力補充の間、投文札を投げて対抗中。
「闇御津羽さん、イカリを外して」
 獅鷲鳥から飛び降り、水月は闘布「舞龍天翔」を手に駆る。船員アヤカシの中に飛び込んだ。
 右手をあげ、左手を回す。踊る布の端っこは、アヤカシを絡め、切り払う。
 飛空船まで後退してきた雪音も、甲板へ。水月の布が絡め取ったアヤカシに、即先封を放った。
「援護します」
「お願いするの」
 雪音の喜怒哀楽といった感情は、僅かにしか顔と言葉に出ない。水月は目で、物を言う癖がある。
 視線の会話だけで、十分だった。巧みにお互いの動きに合わせて、撃破して行く。
 闇御津羽と疾風も同じ。何度か鳴き会ったあと、揃ってイカリに手をかけた。
 戦乱の飛空船を、歌声が包みこむ。水月の周囲で、薄緑色に輝く燐光が舞い散った。息継ぎ一つが拍であり、静かなる歌声に繋がる。
 水月は歌い続けた。勇壮なる騎士の物語は、空に生きる空賊たちの物語になり、今を戦う開拓者の物語になる。


 離れた鯨の中で、心臓のごときコアが躍動した。骨に伝わり、全身を震わせる。耐えがたき音が、まき散らされた。
 音と言うより、内臓をえぐられるような衝撃が襲い来る。陽淵と天録も、姿勢を崩した。
「天録、斯様な程度、傷の内に入らぬ。おんしは振り向かず只前を向いて翔べ。傷を恐れて戦場に出れるものか、躊躇いなど無用じゃ!」
 蜜鈴の金属製の骨を用いた扇、投扇刀が叱咤する。亡くなった父母の形見を、肌身離さず持ち歩いていた。
 耐えがたき音が再び、蒼羅の背後から迫ってきた。射程は思ったより広い。陽淵は、苦しみの表情を見せながら飛ぶ。
「対策としては、やはり射程外からの一撃離脱になるか」
「……思うのじゃが、凍らせ雷槌にて穿ってゆけば、核も仕留められるかのう?」
 人懐っこい性格で、愛想が良い蜜鈴、遅れて浮上してきた蒼羅に声をかける。……時折何かを思い出したかの様に、距離をとろうとしたけれど。
「……俺が雷槌とやらの役をしよう。陽淵、下へ」
 短く答える蒼羅、人付き合いは悪くない。口数も多くなく、その言動から誤解される事もあるが。
 斬竜刀「天墜」を握りしめ、雲海の真上に。陽淵の傾けた翼の先端が、雲の中に一本の筋を引いて行く。
 蜜鈴が歌う様に唱える呪文。アゾットを胸に抱く。宝珠が輝くと、白が生まれた。
 雪の白が、鯨を包みこむ。気泡と共に、鯨の表面を氷の中に押し込めた。
「今じゃ」
 蜜鈴の声に、雲の筋が途切れ、陽淵が頭上を目指した。名前の由来は飛燕から。身にまとう黒鱗の鎧が、鈍い音を合唱させる。
 蒼羅は力を込め、白梅香の刀を鯨の腹に突き付ける。珍しく蒼羅の眉にシワが寄った。練力と瘴気の拮抗。
 徐々に大きくなるヒビ、氷に一筋の太刀筋を刻む。砕け散る欠片。凍れる鯨の身体が一回り小さくなった。コアがあらわになる。
「舞い散る緋色は紅葉か心か……確かめてみるかのう?」
 天録は上にいた。背の蜜鈴は、朱苦無を投げつける。コアに命中したが、破壊には足りない。
 陽淵が、再び真下から迫る。抜刀術を得意とする蒼羅は、秋の水のように澄み渡った覚悟を抱いていた。
「抜刀両断、ただ……断ち斬るのみ」
 交錯する瞬間、秋水が放たれる。北面一刀流奥義のひとつ。上昇し、秋の空に到達する陽淵。背後で、黒い瘴気が溶けて行った。


「ブリザーストームだね」
 蒼羅と蜜鈴の戦法を見ていた、リィムナ。飛空船の甲板から、前方の鯨へ、吹雪をぶっ放す。
「堪えどころじゃ」
 苦しみの怪音波が、まき散らされた。ミストラルは耐え、前進する。バロンは、静かに相棒を見守った。
 風の音に耳をすませる。弓術師にとって、風は友であり、敵でもあった。バロンの専門は、騎射術や弓騎隊の運用。
 ミストラルは、バロンの意を組み、気流に乗る。速度が上がり、大きく旋回しながら、凍れる鯨に迫った。
「アークブラスト行くよ!」
 間髪おかず、雷が荒れ狂う。ひび割れ、小さくなっていく、鯨の身体。素早さを重視したリィムナだから出来る、雷の弾幕。
 鯨の前を通り過ぎるバロン。狙うは一撃必殺、コア唯一つ。故郷のジルベリアで作られた、翻りのローブの下から薄緑をまとった矢が放たれた。
「……終ったな」
「ええ、帰還しましょう。面舵いっぱい!」
 退いて行く、アヤカシの群れ。感慨深げな、弥次と源内の声。大きく、右側に傾く船首。開拓者と朋友たちは、甲板に集う。
 どこまでも澄んだ空と、天儀の島影。空の漢たちの愛する、ふるさとの景色が眼下に広がっていた。