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■オープニング本文 天儀の南部に、朱藩(しゅはん)と言う、国がある。朱藩は砲術士、銃を扱う者が多く住まう場所。 朱藩の若き臣下、白石 碧(しらいし あおい)もその一人。着流しの着物姿の砲術士で、刀代わりに二丁の短銃を、腰に差している。 砲術士は、朱藩の首都、安州(あしゅう)の開拓者ギルドに居た。神楽の都から来た開拓者たちに向かって、頭を下げる。 「あたしは、白石 碧と申しやす。依頼を引き受けてくれて、かたじけのうござんす。移動しながら、詳しい説明をしやすね」 砲術士は、依頼人らしい。急いでいるのか、挨拶もそこそこに、ギルドから飛び出した。 「今から案内する村で、大きな蟷螂(かまきり)のアヤカシが暴れていやして。退治を手伝って欲しいんでござんす」 アヤカシは『瘴気』と言うものから生まれる、人間を食べる敵。獣人も、修羅も、エルフも、アヤカシにとっては食べ物に過ぎない。 今回の蟷螂アヤカシは、全部で6匹。目にも留まらぬ素早い攻撃を放ち、連続攻撃もできる。その上、空も飛べるとか。 開拓者は、依頼を頼んだ経緯を聞いてみた。砲術士一人だけでは、仕留めきれなかったらしい。それ以外にも、理由がある。 「……実は虹村には、あたしの幼なじみが住んでいやして。もうすぐ、村は稲刈りと、綿花摘みを行うはずでござんした」 黄金色の稲穂が揺れる、田んぼ。真っ白な綿の花が咲く、綿花畑。村には、秋の実りが満載だった。 「アヤカシが、稲刈りをしてしまったら、村人は食べる米を失いやす。綿花摘みをしてしまったら、冬に着る着物が作れなくなりやす」 アヤカシが刈り取った稲を、食べたいと思う人間はいない。アヤカシの摘み取った綿を、身にまといたいと思う人間はいない。 「村人たちは避難しているとはいえ、こうやって話をしている間にも、アヤカシは暴れていやす。少しでも、被害を減らしたいんでござんすよ!」 母に似た容姿をもつ砲術士は、よく娘に間違われる。だが、小柄な体に、熱き魂を宿していた。 「お願いでござんす。あたしに力を貸してくだせい!」 拳を握りしめる、朱藩男児。一つ結びの髪を揺らし、開拓者たちに深々と頭を下げた。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
四条 兼光(ib9848)
22歳・男・陰
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰
セオドア=オーデン(ib9944)
15歳・男・魔 |
■リプレイ本文 ●白い思い 「……弱肉強食は世の摂理、人間を食うのであれば致し方無し」 うつむき加減になった、四条兼光(ib9848)。黒い髪に隠れ、表情が伺えない。しかし、力強い声が響く。 「私は私の目に映る人を、救うまでだ」 兼光は顔をあげた、迷いなど無い。決意を宿した胸元に、自然と手をやった。感じる鼓動、期待と不安が入り混じった音色がする。 心中は決して、穏やかではない。仲間に気取られぬよう、努めて、冷静に振る舞う。 「初めての依頼で緊張しますけど……頑張ります! 一人じゃないし、できると思いますし」 魔杖「ヴィエディマ」を抱え込む、セオドア=オーデン(ib9944)。杖に設置された小さな宝珠は、強力な魔力が封じ込められている。 杖よりも小さなセオドアも、その身に魔力をやどしていた。魔術師を輩出してきた、家系の出身だとか。 少し遅れながら、セオドアは兼光の隣を歩く。しばらく迷い、セオドアは話しかけた。 「ボクは、初めての依頼の成功を目指します。そして、開拓者として、やっていけるっていう自信が欲しいです」 セオドアの茶色の瞳が見上げてくる。決意に満ちたような、思いつめたような。 黒い瞳を瞬かせ、兼光はしばし考える。紡いだ言葉は、セオドアの予想外のもの。 「……天儀では、秋の空は『天高い』と表現します。どこまでも、青く澄んでいるからみたいですね」 「空……ですか?」 「はい、『天』です」 兼光はそれ以上語らない、大空を見上げる。セオドアもつられて、歩きながら、空を仰いだ。 花鶏(あとり)が群れをなして、飛んでいる。天高く飛ぶ、冬の鳥。稲をついばむ、したたかさを持つ鳥。 「本当に澄んでいますね」 にっこりと笑う、セオドア。目指す高みは、鳥よりも、天よりも、もっと上にあるはず。 「少しでも早くアヤカシを退治して、村の被害を抑えましょう」 緋乃宮 白月(ib9855)は、一つの癖を持っている。歩くときに、猫しっぽを立てながら、くねくねと動かす癖。 「田畑を荒らすアヤカシは敵! 早く滅ぼさないと!」 礼野 真夢紀(ia1144)の青い瞳は、使命に燃えている。農業主産業の祭祀の家に生まれた者として、他人事ではない。 握る神刀「青蛇丸」は、土地神の加護を受けている。蛇の鱗のような刃紋と青黒い刀身は、真夢紀の故郷の海に囲まれた島を思い起こさせた。 「出来るだけ此方から畑に入らず、畦道(あぜみち)や畑以外の所からアヤカシに対して術を撃ってはどうですか?」 「……あぜみち?」 真夢紀の説明に、セオドアは眉を寄せて悩む。天儀の畑と言われても、ピンとこない。故郷のアル=カマルは砂の国、様相が違うはず。 「田畑とは……」 言い淀む、真夢紀。どうやって説明したものか。右の人差指が天を差し、困ったようにまわっている。 「あ、あれですね。あの植物の茂る、土地のことです!」 稲刈りした後の田んぼと、掘り返す前のサトイモの葉っぱ。見つけた白月の人差指が、元気に田畑を示し、助け船を出す。 「この時期の田は切株などに足を取られ易いですし、畑を戦闘中に荒してしまう事も避けたいです」 黒い髪が揺れた、懐かしそうに田畑を見る。セオドアは、真夢紀から色々と説明を受けた。稲を刈り取った後の田んぼや、収穫前の畑について。 「綿花は、白い花を咲かせる木の並んだ畑です。天儀では、衣類の原料の一つになるんですよ」 兼光も、ぽそりと言葉を紡いでいた。まとっている外套なども、綿から作られる事があると。 ●黄金色の実り 「各個撃破ですね。敵を一か所に集めると、対応し難いので」 「僕が前衛として、アヤカシを足止めする役割を担います。できれば、一匹ずついきたいところですね」 戦い慣れた真夢紀は、白月を交えつつ、兼光とセオドアに戦術を説く。前衛の白月一人に対し、残りの四人は後衛だ。 「まだ被害の無い綿花畑を、確実に守るためです」 真夢紀は、力強く訴える。綿花畑に近い敵から、全員で集中攻撃。早期退治を試みようと。 「白石さんも、一緒にアヤカシ退治をお願いします」 「もちろんでござんす!」 真夢紀の願いに、やる気満々の碧は胸を叩く。腰の短銃も、やる気満々で持ち手が光っていた。 「僕の戦い方は、回避重視の近接戦闘型です。攻撃方法は拳などを使用した打撃攻撃が主になります。連携を重視していきましょう」 「分かりました。すぐに術が発動できる位置取りにいます。田畑を荒らさぬように、気をつけながらね」 兼光はこくりと頷く。使い切った符を補充する様子を、やって見せた。大丈夫、失敗はしないと、自信をもって断言する。 「はい! 前衛が囲まれて危ないときは、態勢を立て直せるように、サンダーで敵を牽制します」 杖を前に差し出し、セオドアは術を放つ真似をする。杖を大きく振りかぶり、敵を叩く真似もしながら。 「それは頼もしいですね」 「えーと、それから、前衛が攻めに転じるときは、同じくサンダーで敵の動きを止めて攻めやすいように支援します」 今度は、杖に横に振りかぶり、振り抜くセオドア。碧のすぐわきを、風切り音を響かせながら、杖がなぐ。 「ちょっと、危ないでござんす!」 「あー、杖は人気のないところで振って下さいね」 困った顔を浮かべて、退避する碧。穏やか且つのんびり屋で、怒ることは滅多にない白月も、ちょっとばかり注意を口にする。 「ごめんなさい、気をつけます」 やる気がにじみ出ていることは、良いことだ。元気よく謝りながら、セオドアは杖を抱え込む。ちょっぴり長いエルフ耳が、赤く染まっていたのは、ご愛敬。 真夢紀の髪が、僅かに踊り始める。たゆたう精霊力。構えたる神刀に集い、解放を待つ力。 「行きます」 不意に、脇の水路の水が跳ねた。真夢紀の水姫の髪飾りが、輝いたように見える。目の錯覚か? 解き放たれた精霊砲の光は、水路にそって、一気に突き進む。小さなしぶきは大きくなり、波紋が広がった。 鎌を振りあげた敵に、到達する光。右手の鎌を弾き飛ばし、左手の鎌を奪い取る。 「隙を見せないで」 振り返った真夢紀の声。眼前のカマキリに奇異の視線を向けるセオドアを、現実に引き戻す。 空気は凍っていない。けれど、凍りつく空間。もう一匹のカマキリは、両手を振りあげていた。 足がすくみ、動けないセオドア。独占欲が強く、欲しいものを得るためには手段を選ばないエルフは、欲した。生きることを。 マジックローブの両袖で、頭をかばう。思わず目を閉じ、背を丸めた。全身を小さくする。 澄んだ氷の音がした。咲き誇る、大輪の花、花、花。真夢紀の氷咲契が、カマキリの行く手を阻む。 「頭を狙えますか?」 尋ねる真夢紀は、セオドアの一歩前に陣取る。右足をじりじりと後ろに下げた。空飛ぶカマキリは厄介だ。 形勢が悪いとみたか。カマキリは、真夢紀を飛び越えるそぶりをする。背を向けて戦っている、白月や兼光と碧の方向へ行きかけた。 「……できます!」 セオドアの返事を聞くが早いか、真夢紀は精霊力を集めた。空に向けられた掌から、小さな白い光弾が放たれる。カマキリの羽を貫いた。 とどろく轟音。追尾する光は、一直線に進んでいた。稲穂の上で曲がり、上を向く。 雷光は、稲を実らせると言う。だから、雷は「稲妻」や、「稲魂」と呼ばれるらしい。セオドアの放つ電撃も、稲を実らせる力の一つ。 速度を落とさぬまま、カマキリの前で数本に枝分かれし、射る。まばゆい光は、轟音を背景に踊り狂った。 「そちらには行かせませんっ!」 カマキリが横に向かって、走り出した。対峙する白月が、追いかける。後方の兼光も動いた。両者の距離は、ギリギリ技法を発動できる間合い。 逃がさない。そして、仲間を傷つけさせない。ちらりと流した視線の先には、白月が居る。最前線で戦ってくれている、仲間。 「少し下がってくれませんか、式が届きません。肩を治療しますので」 白月にかける兼光の声は、低く、物静か。淡々と事実を告げるのみ。努めて、冷静に振る舞う。兼光をかばい、出来てしまった傷。 焦りは、心の奥底にひたすら隠す。義理人情に厚い心が、悲しんでいる。でも、今は「冷たい」と誤解されても仕方ない。 依頼の達成が最も大事。己が不安を押しこめる為にも、勝つためにも、戦局を観察しなくては。 「あ、すいません」 鎌をさけながら、身軽に下がってきた白月。少し赤く染まった右肩が、ディープブルー・マントの下から覗く。 兼光の手から、素早く、式が飛び立つ。それは、熱い思いやりの詰まった、治癒符。 「ものは相談ですが、右に走れますか? 五歩と十五歩の位置で、攻撃して下さい」 白月の白い猫しっぽが、大きく揺れている。獲物を定め、狩りに入る前の猫のしっぽの動きだ。 「五歩と十五歩ですね?」 頷きつつ、兼光は符を握りこむ。符の補充は、行きの道中で、何度も練習を繰り返した。失敗はしない。 呼吸を合わせ、兼光は踏み出す。畦道の半ばで、最初の砕魂符が飛んだ。カマキリは式に目を奪われる。 片方の鎌を振りあげ、真っ二つにしようとした。瞬間、白月の姿が、揺らぐ。一歩、踏み込んだ。 次の一歩は、カマキリの懐の位置へ。瞬脚と言う技法は、気を用いて、驚異的加速力を得る。そして、相手の虚を突く技。 がら空きの胴体。白月は、双虎拳をはめた両手をカマキリの腹に当てた。短い気合とともに、カマキリの内部に衝撃を送りこむ。 兼光は、動きを止めたカマキリを視界に捉えていた。振動を受け、細かに動いているアヤカシの身体。 十五歩の位置。駆け抜けつつ、二度目の砕魂符を放つ。魂を攻撃する式が、カマキリを襲う。 アヤカシは、瘴気と言うものから生まれる。兼光の操る陰陽術も、瘴気が源。似ているが、非なる存在。 陰陽術には、心がこもっている。兼光の心が。けっして、アヤカシが知ることのない、心が。 心なきカマキリは、足元から、黒い瘴気に戻って行く。塵のごとく空気に溶け、瘴気は霧散して行った。 ●虹色の景色 「皆さん、お疲れさまでした」 「あ、ありがとうございました!」 白月は泰国の辺境の地で生まれ、母と二人で住んでいた。その母も病で無くなり、天涯孤独の身。 独りが嫌で、仲間とのふれあいを求めてしまう。きちんと姿勢をただし、お辞儀をする。あわてて、近くに来ていたセオドアも頭をさげた。 「ここはどんなものが見れるのかな?」 挨拶もそこそこに、じっくりと虹村を観察するセオドア。探求心に溢れ、新たな発見を求めて故郷から天儀へと来た。 「うん……今夜も月がきれいです」 「月? あ、昼間の月が出ていますね」 ピョコンと跳ねている、一本のアホ毛が揺れた。母の形見である緋色のリボンが風に、なびく。白月は、月を見上げるのが好き セオドアは空を探す。その探求心、興味は止まることを知らず、知るということに大きな執着をもつ。青い空の中に、白い月を見つけた。 「痛うござんすよ、パッパと直りやせんか?」 碧の額に、薬草が張り付けられた。真夢紀の手によって、包帯を巻かれていく。年上の癖に、愚痴をもらす碧。 「無理です。攻撃力重視で、治癒術持ってこなかったので」 包帯の巻き終わりを、真夢紀は思わず叩いてしまった。稲刈りの最中に転んだ、碧が悪い。 短い悲鳴を上げる碧を見たならば、真夢紀の姉たちは、きっと説教する。体の弱い長姉より、長姉を守る責務を負う次姉の方が、怖いに違いない。 「まゆ、きちんと説明しましたよ?」 巫女袴「八雲」が、あきれたように衣擦れの音を響かせる。行きの道中、真夢紀は言っていた。切株などに足を取られ易いから、注意してと。 「……これが私ですか? そっくり? そうかもしれませんね」 兼光の式神人形を借りて、ままごとをしていた子供たち。ままごとの様子をみて、兼光は苦笑した。 ちょこんと笠がかぶせられ、髪に漆黒の髪紐が巻かれている人形。子供の観点から見ると、恩人の兼光に、とてもよく似せたつもりらしい。 「お兄ちゃん、ごはん、食べよう?」 「ごはんですか、いただきますね」 隣に座れと勧められる。兼光は微笑を浮かべ、服がシワにならぬように気をつけながら座った。几帳面な性格の現れ。 「ご飯ができましたよ」 子供たちと共に、真夢紀が運んできたのは、本物の昼ごはん。人形も、きちんとお膳が準備されている。兼光は笑顔を絶やさず、受け取った。 料理の得意な真夢紀が、皆の為に作ってくれた。自然の恵みと調理人に感謝しつつ、両手を合わせ、「いただきます」の大合唱。 「……カボチャの季節も、そろそろ終りか」 カボチャの煮付けを味わい、兼光は呟く。カマキリに刈り取られなかった野菜。秋の色を感じさせる、赤みのかかった黄色。 「花言葉と言うものを、知っていやすか?」 碧に唐突に尋ねられ、兼光は答えに窮する。幼なじみの趣味らしい。 「おもしろい発想ですね」 カボチャの花言葉の一つは、包容。兼光は、開拓者たちの心と、村人の優しさの詰まった野菜を味わう。 「見て下さい、綿摘みをさせてもらいました♪」 セオドアは真っ白な綿花畑の傍らに、佇んでいた。虹村の子供たちに誘われて、共に綿花の収穫をしたのだ。 カゴいっぱいの白い花。これから、天日干しなどの作業が待っている。冬の白い雪の色と言われ、小首をかしげた。 「ゆき? ……この花と同じ色ですか?」 「冬になったら、一面真っ白になります。楽しみにしておくといいですよ」 兼光はくすりと笑い、謎かけを残す。雪を見たことの無いセオドアは、眉毛をよせて、大いに悩みだした。 「開拓者だから、割り切れるのかもしれませんが。農作物に罪はないですもの。自分で食べる分には問題ないです」 依頼料で、カマキリの刈った稲を買い取った、真夢紀。少しでも虹村の助けになれば良いと。 「多分、ちぃ姉も食べてくれると思います」 文を送って、姉たちに説明すれば大丈夫と笑う。心に秘めたる願いは、早く一人前になって姉達の力になれること。 「あたしの家族も食べやすよ。幼なじみが作った米でござんすから♪」 借りた大八車を引っ張りながら、碧は空を見上げる。荷台には、二俵の米俵。額の傷は、まだ痛んだけれど、笑顔がこぼれた。 |