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■オープニング本文 ●縹色(はなだいろ) 月草と言う、花がある。鮮やかな青い色を宿した、小さな花。 泰国の首都、朱春から少し離れた所にある、旅泰の家。旅泰の家には、小さな居候がいた。 「うち、眠いで……おやすみや」 深窓の令嬢の膝枕で、小さな寝息を立てる存在。期間限定の居候は、二本の三毛猫しっぽを持つ。料亭の飼い子猫又の藤(ふじ)だ。 旅泰とは、世界を股にかける、泰国の商人の総称。その家の末娘、花月(かげつ)は、心の臓が弱く、ほとんどを家の中で過ごしていた。 だが、深窓の令嬢は、もうすぐ大きな冒険に出る。預かった子猫又を届ける、おつかいに。 子猫又の飼い主は、猫族の料亭の跡取り息子。今は、神楽の都で、ギルド員をしている。 「……本当に、楽しみですわ♪」 もうすぐ天儀では、『お月見』なるものを迎えると聞く。シマ模様のない、真っ白な白虎しっぽを揺らしながら、令嬢は子猫又をなでた。 ●猫族の事情 獣人は、月を崇める。アル=カマルのアヌビス。天儀の神威人。泰国の猫族。 先祖代々、それぞれに伝わる伝承がある。住まう儀も、育った環境も違うのに、大本の部分では、大きな共通点があった。 伝承によれば「月は、最も美しい夜に、先祖の姿を映し出す」と。 猫族一家が、泰国から神楽の都に戻ってきて、最初の日。猫族の料亭の長兄は、上の妹とケンカした。 「食べ物なんて、お腹に入れば一緒よ! 塩と砂糖を間違っても、問題ないわ!」 「大問題だよ。兄上が『一つまみ』って言ったのに、『一つかみ』入れるし……この料理、誰が食べるわけ?」 「……花月よ、花月。花月、言ったもの。『生きたい』って!」 「病気を治してあげたいんだよね? 倒れる料理作って、どうするの?」 逆立った白虎しっぽと、不機嫌な虎猫しっぽが振りまわされる。食ってかかる司空 亜祈(しくう あき:iz0234)に、兄の喜多(きた)は冷静に答えた。 口げんかに耐えられなくなった双子。お土産の叉焼包を手に、遊びに出掛けた。 猫族の双子は、開拓者ギルド本部に逃げてきた。受付のギルド員、栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)と会話を交わす。 「料理を作ろうとして、違う味になったのが、ケンカの発端か」 「がるる……兄上、姉上にお薬の料理教えたいです。花月しゃんに元気になる、美味しい料理食べてもらいたいです」 「うにゃ……姉上、兄上のお小言嫌いです、細かいことも嫌いです。天儀は食材いっぱいあるから、勉強嫌になったです」 猫族一家は、先祖代々、料亭の家柄。先祖代々の料理の知識がある。双子の話をまとめると、「薬膳」などと呼ばれる類のものらしい。 ただ、困った事が起きた。猫族たちの故郷は、一年中温暖な泰国の南部。年間を通じて、いつでも同じ食材が手に入る。 対して、四季がある天儀は、食材が一定ではない。季節とか、旬とか、いろいろ難しい。姉はかんしゃくを起こし、兄に八つ当たりした。 「がるる……でも姉上の小籠包や月餅、兄上より美味しいです。お客しゃん、姉上ご指名する人いるくらいです」 「うにゃ……でも姉上、自分や家族が食べるもの、手抜きするです。伽羅たち慣れてるけど、花月しゃんはお客さんです」 「……この肉まんは美味いぞ。誰が作ったんだ?」 「がう♪ 中身、姉上です。弥次しゃんあげるつもりで作ったです」 「にゃ♪ 外側、仕上げ、兄上です。弥次しゃん、大事なお客しゃんです」 「そうか、ありがとう。ほれ、お前さんたち飲むか? 特製の飴湯だ、心も体も温まるぞ」 小さな開拓者たちへ、お礼に湯呑を差しだすギルド員。猫舌の猫族の双子は、ちびちび味わった。 神楽の都の猫族一家の家は、ピカピカになっていた。双子たちが盛大にあけたフスマの穴などは、里帰りしている夏の間に修繕してもらった。 修繕の依頼を引き受けたのは、ギルド員。料亭の猫族一家の長兄と二番目に、満足か尋ねに来た。 「とあるお月見の会場で、料理作りを頼めないか? もともと警備や、子守の依頼つきの月見でな。うちも子供たちをつれて、家族で遊びに行く予定なんだ」 「お月見って、天儀の月敬いの儀式でしたね。喜んで引き受けますよ♪」 「妹さん、今の時期に、泰国の美味いものはあるのか?」 「もちろんよ、朱春甘栗と朽葉蟹ね♪」 気を利かせた双子の弟妹が、ギルド員と兄姉の前に湯呑を置く。ギルド員の家庭訪問は、建前。本当の目的は、長兄と二番目のケンカの仲裁だった。 「ほう、栗とカニか。秋の天儀も美味いもんが多いから、組み合わせてくれないか?」 「天儀の味覚って、秋刀魚を置いて、他にないわよね?」 「うん、月敬いには秋刀魚しかないね。先輩、任せてください!」 「がう、秋刀魚です、秋刀魚です♪」 「にゃ、秋刀魚です、秋刀魚です♪」 猫族は、基本的に秋刀魚が好物。八月に、月に向かって秋刀魚三匹捧げて、祈ったばかり。 四人兄妹も、全員が秋刀魚に向かって、まっしぐら。慌てたギルド員が、声を張り上げる。 「おい、秋刀魚以外もあるぞ!? 天儀じゃ、芋名月ともいうんだ!」 「……イモ?」 不思議そうな猫族たちに説明するが、うまく伝わらない。本場の天儀料理を見たいと、言い出す始末。 仕事帰りだったギルド員、仕方なく、ギルド本部に引き返す。月見に関する依頼書に、料理作りを書き加えた。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 氷那(ia5383) / 雲母(ia6295) / 和奏(ia8807) / リエット・ネーヴ(ia8814) / フラウ・ノート(ib0009) / リア・コーンウォール(ib2667) / 杉野 九寿重(ib3226) / 劉 星晶(ib3478) / シータル・ラートリー(ib4533) / 神座亜紀(ib6736) / 月雲 左京(ib8108) / 刃香冶 竜胆(ib8245) |
■リプレイ本文 ●食いだおれ 「十五夜は芋名月。十三夜は、栗・豆名月。秋の収穫に感謝する意味もあるから、秋の『収穫物』の別名なんです。」 イモあんこと栗あんこを作っていた、礼野 真夢紀(ia1144)の説明。枝豆をすり潰し、砂糖を入れた「ずんだ」が入った鉢に飾った。 フラウ・ノート(ib0009)が隣に小皿、さじと楊枝を並べている。 「天儀は四季があります。旬……その時期に取れる物が一番栄養が高いんです」 南国育ちの猫族たちは、首を傾げる。見慣れているはずなのに、違和感がした。 「夏取れる物は丸々としてますけど、今取れるのは『うらなり』と言って…」 「ほら、こんなに小さいのよ」 真夢紀の説明に、フラウが割り込む。双子の目が、点になった。フラウは、カボチャを取りだした。片手で運べる、小粒のカボチャ。 異文化交流の場となった会場を、真夢紀の提案で、秋の七草とススキと稲穂で飾る。縁側では、兎団子にした月見団子の隣で、三匹の秋刀魚が居座っていた。 「天儀では通常、秋刀魚は添えないんですけど」 猫族たちの大好物も、お膳に並ぶ。天儀で一番食べられている、塩焼きに大根おろし添えになって。ちなみに猫族一家は、揚げ物にすることが多いらしい。 秋刀魚は、脂の部分に栄養が集まる。脂を落とさないように慎重に網で焼きながら、煙と格闘した。 「むぅ〜……あたしには、酷っ!!」 食器を洗っていたフラウ、好物は魚類。特に焼き魚に、軽く塩をかけて食べるのが大好き。秋刀魚や他の魚の混じった匂いに耐える。 え、他の魚?庭で、海鮮鍋が焚かれるのは、きっと猫族たちのせいだろう。 「あ、梨・葡萄・柿はお盆に。月見うどんの用意もね」 真夢紀は黒い髪を揺らして、困っている伽羅に助け船を出した。よそおう炊込みご飯は、朱春甘栗と豆とキノコを入れたもの。 醤油と味噌味の芋煮鍋では、中に入ったキノコと里芋と葱とお肉が湯気をあげている。運ばれてきたフラウの料理に、勇喜がはしゃいだ。 「礼野さんも、お待たせ。はい、『秋刀魚飯』完成よ♪」 猫族御用達とも言える料理。猫族たちは庭の片隅で茹でている、朽葉カニの茹であがりを待つより、こっちにかぶりつきたいらしい。 焼いた秋刀魚と一緒に、千切りの生姜を散らして、土鍋で炊いたご飯。秋刀魚の身を解し、ざっくり混ぜ、ミョウガをふりかけた一品。 もちろん、秋刀魚の頭や中骨、ヒレなどは取り除いている。猫族の子供たちは気にせず、すべてお腹に収めてしまったが。 ●遊んだ者勝ち 「藤ちゃーん♪」 三毛の子猫又が、とことこ歩く。揺れるしっぽを見つけ、神座亜紀(ib6736)は駆け寄った。しゃがみこむと、ぎゅっと抱きしめる 藤を持ち、立ち上がった亜紀。顔をあげると、動きが止まった。一拍置いて、大きく息を吸い込み、声にする。 「花月さん! 天儀に来られたんだね!」 「はい、来ました」 照れたような、真っ白な白虎のしっぽが振られる。藤を連れてきた花月が、立っていた。 亜紀は心からの笑顔で喜ぶ。花月は、病気が治った訳ではないのだろう。 しかし、家から出ようとしなかった花月が、ここまで来た。来る事が出来た。その事が嬉しい! 「お月見のご馳走ができるまで、霜夜おねーさんと遊びましょう。芒鬼(すすきおに)すーるもーの、こーの指とまれ☆」 秋霜夜(ia0979)の声に、花月と藤を出迎えた猫族の双子が反応する。まだまだ遊びたいお年頃。 「勇喜さん、伽羅さんもご一緒にいかがです?真夢紀さんやフラウさん達が用意して下さるお料理をより美味しく頂くため、いっぱい遊び、いっぱいお腹を空かせましょう♪」 兄の許可を得て、双子が大喜びでかけてくる姿を見つけた。ススキを手渡しながら、亜紀やシータルにお手伝いを願う。 「初めまして、よろしくお願いしますわね?」 シータル・ラートリー(ib4533)はしゃがむ。子供達へ微笑みながら、挨拶をした。頭を下げるのか天儀の挨拶と教わり、真似する。 「す、芒鬼?! アヤカシの類ですの!?」 霜夜の声に、シータルは、腰を浮かせる。油断なく、周囲を警戒した。 「では皆さんは、ススキの穂を、身体のどこか(髪の毛や帯)に挿してね。鬼にススキを取られたら負けですっ」 「素敵ですわ〜♪ 是非やりたいですっ!!」 始めはアヤカシの名前かと、驚くシータル。説明を聞き、遊びと納得した。アル=カマル出身者で、鬼ごっこ等の天儀の遊びを知らない。 白猫仮面鬼の出陣。最初の鬼は、言いだしっぺの霜夜だ。両手を高く上げると、子供たちに向かって襲いかかる。 「ススキはー、どこだー♪」 ででででっと、駆ける霜夜。歓声を上げ、子供たちが逃げ始める。逃げられる範囲を区切ったのは、正解だったか。 芒は耳の裏に挿したススキを揺らし、子供達の手を引くシータル。背や体力を考え、子供たちに合わせる様に遊ぶ。 「あら! 捕まってしまいましたわ。では、ボクたちが次の鬼で〜♪」 幼子たちは逃げ足が遅い。シータルはゆっくりと逃げたり、追いかけたり、一テンポ遅らせるように配慮も忘れなかった。 ●警備はつらいよ 「仁クン、尚武クン、作り方とか教えちゃいますよ☆」 折り紙で、ススキを折っていた柚乃(ia0638)。切り絵をしようとハサミを手にした。そっと覗きこんでいた兄弟に、気づく。 興味を持ってくれたようだ。にっこりと笑うと、手招きした。喜び勇み、やってくる弓術師一家の子供たち。 沢山の色とりどりなお月見飾りができた。月見に参加してくれた人々へ、お土産に贈る。切り絵は栞にもできそうだ。 「最近、凝っているんです」 「おお、すまんな♪ 俺は酒は好きでな」 持参したお手製の果実酒を、弥次にご進呈。材料の果物は旬のモノ、満面の笑みの弓術師一家の大黒柱に、氷那(ia5383)からの注意の声。 「私は酔っ払いが暴れないように見張る、目配りが仕事ですから」 「とーたん、みはりゅの♪」 切り絵を見せに行っていた尚武。氷那に抱きかかえられて、部屋に戻ってくる。氷那と共に、笑いこけていた。 月見ねぇ……ま、リハビリもかねて過ごすか。さっさと隻腕にも慣れないとな」 尚武は雲母(ia6295)の服のすそを、握りしめている。一人で歩きながら警備を進めていた雲母の前で、酔っ払いにまとわりついた幼子。 子供の甲高い声は、酔っ払いにとってシャクだった。少しうるさいくらいなら、雲母もきちんと注意して幼子に言い聞かせる。 酔っ払いの調子が悪そうなら、氷那も介抱に努める。が、さすがに子供への暴力には、断固として立ち向かせて貰ったわけで。 「節度を守れないのは、こちらとしても恥ずかしいだろ」 「酔っぱらうのは、ダメだってんだ!」 「楽しい席でトラブルは悲しいですものね」 ため息をつく雲母と、頬を膨らませる仁が目を光らせる。苦笑しながら、柚乃は少しだけ弥次についであげる。残りはお土産だ。 「わたくしとて、生を持つもの。成長も致します……わかって、おりましたが……」 羽織「紅葉染」を肩にかけ、月雲 左京(ib8108)は自身を抱きしめる。濃い紅から浅い黄色まで宿した紅葉が、左京を包む。 けれど、紅と黄色の中間、橙の瞳が苦手なのは変わらない。左京を保護した人間に、飼われていた過去は変わらない。 一人で奏でる声は、こんなにも寂しいものだったのか。涙目でうつむく左京の隣に、双子の兄の姿を見つけることは、無い。 「左京。もう…泣いてはいけんせん。子供達に何事かと思われんす」 己の修羅頭巾を外し、刃香冶 竜胆(ib8245)は左京の頭にかけた。左京の頬に、小さな真珠が流れている。月の光を受ける、白い涙を隠すために。 何事も夢幻や水の泡、味気なき常世と常々感じる。けれど、確かな物もある。竜胆が握りしめた、白い手とか。 剣麗一閃たる竜胆が、かつて愛した許嫁の妹。家族や許嫁とは、里が亡んだ際に永別しているが、今でも本当の妹と思う。 「今日は、あそ……っぁ! もう居ない? どこだ!?」 リア・コーンウォール(ib2667)は隙をつかれた。リエット・ネーヴ(ia8814)。 に言い聞かせようとするが、既に従妹は遊びに行った後。 今日のリアの仕事は、警備をしつつ、リエット捜索のようだ。広い会場を見渡しながら、歩き始める。物腰に隙はない。 「う? ……吹き零れ防止の鍋の二十四時間監視じぇ!!」 厨房で聞き止めたのか、返事が返る。ゆらゆら動く、一本の髪。ワンコ座りで、厨房に陣取るリエットだ。 隠密技術の基礎は、徹底的に母親から仕込まれている。故に、斥候や潜入行動を好んだ。鍋の側にいるとさすがに、見つかるが。 「塩入れるのじぇ?」 「あら、間違える所だったわ」 今のリエットは、九割がサボり。亜祈の監視が一割の様子。屋根の上で聞いていた劉 星晶(ib3478)は叫ぶ。 「お願いですから、砂糖と塩は間違わないでください!」 仕事中に話しかけるのは、我慢していた星晶。でも、無理。過去に一度味わった、亜祈の塩味消し炭クッキーを思うと。 「もう……みなさん、兄上と同じこと言うのね」 「愚痴は、あとで聞いてあげますから。俺たちの仕事を増やさないでください!」 亜祈の白虎しっぽが、不機嫌に振り回された。黒猫耳を伏せた、星晶からの懇願が続く。 「亜祈。乱暴狼藉が無い様に、見回りを成す事が、私たちの仕事ですね」 黒猫と白虎の攻防戦。見かねた杉野 九寿重(ib3226)が、間に入る。士道にて立ち振る舞いを立派にした犬耳に、隙はない。 騒ぎが広がらぬ様に未然に防ごうと、亜祈を庭に連れ出す。外から見れば、月見会場には大勢の人がやってきているのが分かった。 「私は……実際不慮の状況に立ち入った際には、加減しつつ取り押さえるつもりですね」 「酔っ払いが暴れれば、これを捕獲。体調が悪い人は速やかに救護所へ。これが、俺たちの仕事です」 九寿重と星晶は、説明する。猫の手も、犬の手も借りたい事態の発生。それだけは、避けなければ。 「天儀にくると、料亭から離れた気分になるかもしれませんが。この会場に居るのは、お客さんですね」 「……私、しっかりしないといけないのね」 亜祈のせりふに、肩に手を置いた九寿重は頷く。星晶は安堵した。体調不良者の続出は、避けられそうだ 「わぁーぃ! 高いっ!! 移動式立哨警備じょ♪」 建物の上をぴょんぴょこ跳ねて、移動していたリエット。着地地点に、料亭の長兄がいた。違和感無く、肩の上に乗っかる。 「あ、居た! リエット!」 あちこち隈なく探していたリア、ようやく従妹発見。慌てて、喜多に駆け寄り、リエットを降ろそうと奮闘する。 「うじぇ〜ぃ! 月はよいよい、金色の大もふらぁ〜♪ もじぇぃ★」 「なるほど、天儀では金色のもふらさまですか♪ 僕らは『月に猫が居る』って、表現するんですよ」 弟妹がいる喜多、肩車するくらいお安いご用。リエットを乗せたまま、からっぽの器を運んでいる。 「大丈夫だろうか? 少し休まれるか?」 目の前で、平然とされると、少し困ると言うか。リアは、手を出そうとして、ひっこめるを繰り返す。 逡巡の末、リアは器を預かった。リエットは降りるつもりが無い。さっきは、ちょうちんの明り付けを引き受けたくらいだもの。 ●小夜曲 九月九日は、九寿重。九月十二日は、リエット。九月二十四日は、竜胆の誕生日だった。 猫族一家の司空家には、九月二十三日生まれの双子が居る。月見の最後に一緒にお祝いをすると言い出したのは、子供ゆえの発想だった。 「『小鳥の囀り』で歌を紡ぎ、小鳥さん達も招いてみようかな? 一緒にお月見しようって、心に込めて」 セイントローブの裾が、青い髪共に楽しげに揺れる。柚乃が横笛を吹くと、陽紅の笛の音が月下に響いた。 「ほら、小鳥さんが来たよ、あそこ♪」 「勇喜、横笛だけでなく、琵琶も聞きたいのです!」 「構いませんよ」 趣味は管弦の演奏らしい。聞きつけた勇喜が、琵琶を貸すと、弾いて欲しいと請う。微笑を浮かべた柚乃。紫の瞳で見下ろし、一音、一音、琵琶をつま弾いて見せた。 楽の音は、由緒ある良家のお嬢様としての、嗜み(たしなみ)か。決して明かさぬ、柚乃の己が素性だが。 「あ、綺麗なお月さまも、ちゃんと堪能しましょうね?」 小さな子を膝にのせながら、霜夜は空を指差す。希望の導き手の青い瞳、その視線の先には、まあるいお月さま。 「そっちかいい!」 「こら、暴れたら、落ちちゃいますよ。ちょっと待って下さい、とりますから」 子供は霜夜の身に着けた、綺麗な黄金色の狐のしっぽが気になる様子。傾奇もふら羽織「も」をかけてやりながら、黒い髪を揺らして霜夜は苦笑する。 大量の書物に囲まれた母親の書斎が、子供部屋だった自分と大違いだ。この子は、書庫が落ち着く場所では無い。 「こういう時に限って、はしゃぐ奴はいるからな。本当に危ないぞ」 雲母の足元に絡む子供たちを、ようやく親元に返す。煙管をくわえると、左手の人さし指の先に練力を集中させた。小さな小さな火遁で、火を起こす。 「まぁ、子供がはしゃぐのは、大目にみるがな」 紫の髪の隻腕覇王は、唯我独尊。気分次第が多めらしい。けれど、まとわりついた子供たちは、内面を見抜いていた。優しい、赤い瞳を。 天下無双羽織が、退屈そうに揺れている。死ぬのは、心が折れた事を言うもんだと、知っているから。煙管から、白い煙が一筋立ち昇った。 「こらこら、ちみちみ。いけないザマスヨ? 時間厳守、寝る時間ザマスヨ?」 「やだ、まだ寝ない! 遊ぶの!」 帰りたくないと、親を困らせる子供がいる。優しき向日葵のような、リエットの背中に回り込んだ。青い瞳は見下ろし、諭しかける。 ブラック・プリンセスを身にまとう金の髪が、満面の笑みを浮かべた。有り余る元気を表現し、ケラケラよく笑う所は母親譲りだ。 「うじぇ〜ぃ! とっときの物語を読んであげるじぇ♪」 「……ほんと?」 童話「白い妖精」を手にしゃがむと、読み聞かせる。優しい声に、童話の世界へ心惹かれる子供。抱き付いてきた小さな手に、リエットも抱きつき返した。 「ふむ。失礼するよ。 警備ではなく、保母役になっている気がしてきた……ぞ?」 水帝の外套が子供の頬をなでる、やわらかな手触りが心地よい。リアはうとうと眠りかけた子供を、御姫様抱っこをして抱えあげた。 「はて、どうしたものだろう。……起きてしまうだろうか?」 烈火の槍使いは、几帳面な性格。子供の髪が乱れていることを見つけると、心の葛藤をはじめた。 直してやるべきか、運ぶ方を優先するべきか。悩みに合わせて、イヤリング「海の守り」が耳元で揺れる。 と、子供が寝がえりをし、髪が整う。よほど嬉しかったのか、赤い髪を躍らせるリア。鼻歌兼子守唄が紡がれた。 ちょっこりと、料亭の双子が、お土産のツボを差しだした。中身は、司空家の糠秋刀魚。双子たちの好物の一つ、秋刀魚が入っている。 「がう、勇喜の宝物、あげるのです♪」 「双子さん達、ありがとう。まゆの姉様達にも、送ってあげますね」 しっぽをフリフリ、声をかけられると、答えぬわけにはいかぬ。精霊のおたまを傍らに置き、割烹着姿の真夢紀は笑う。 地元は主産業農業で、海に囲まれた島。地元も秋刀魚の季節を迎えるはず。大好きな長姉と次姉も、秋刀魚を食べている頃だろうか。 「そうそう、姉様達にも、猫族さんの風習を知らせないと」 鎮守の巫女の将来の夢は、ギルドの報告書記載係。姉たちに送る文に、神楽の都の季節の移ろいと、月夜の思い出をしたためよう。 「糠焼きも、お魚さんの臭みが消えて、身がよくほぐれるし焼くと美味しいわよねぇ〜。糠焼きもいいけど、秋刀魚飯も美味よ。あと、他のお魚さんの料理とか♪」 「にゃ……伽羅、針魚(サヨリ)好きです♪」 個性的な返事に、ヨーテの友は「っぷぐ!」と笑ってしまう。帝国歌劇団で、歌劇の内容をフラウが小柄なせいでからかわれたときに、ちょっとばかり似ているかも。 きっと、黒猫の面をつけたフラウが、虎猫獣人の伽羅に気を取られたから。頭の獣耳カチューシャも、良く見れば、猫耳の気がする。 「ごめんごめん、私もサヨリの刺身は好きよ」 何事にも臆さず、素直に感情を表に出す、フラウらしい。頬を膨らませた伽羅に、前向きで屈託がない笑顔を浮かべている。 ……フラウ、実家に大量の猫が居た為、猫大好き。まっしぐらだそうだ。 「調子が悪そうな者は、居ないようね。あら?」 短刀「月露」は、月光に光る露を映したように磨かれている。光る露のような青い瞳と、月光のような白銀の髪を持つ、氷那。 月光から隠れるように、妖艶なる影は庭に佇んでいた。帯「墨染桜」が、夜風の中に桜を散らせるようになびく。視線の先には、笑う亜祈が居た。 「自分に出来る事をする」のが、大切な事だと思っている。氷那の思いが、命を散らしかけた亜祈を救うことに繋がった。 「氷那さん、ごはんができたわ。食べて頂戴!」 「警備の仕事も、終りのようね。そっちに行くわ、どんな料理かしら」 気づいて縁側から呼びかける亜祈に、手を振り返す。食事の合図だ。氷那は微笑をうかべると近づいた。 「天儀にもお月見の風習は有りますし、元を辿れば『獣人が月を崇める』という共通項から広がったのでしょうか」 「そうかもしれませんね。天儀の伝承をお聞きした時は、僕もおどろきましたけど」 「私にしても、見上げれば懐かしい気がしますので」 父より受け継いだ、ピンと立つ犬耳を持つ九寿重は、縁側で月を眺める。香水「フォレストノート」が、喜多の鼻をくすぐった。心安らぐ、森の香りがする。 出された食事に舌鼓を打ちながら、九寿重箸を伸ばした。小袖「春霞」の袖が汚れぬよう、押さえながら。母親より嗜みとして、礼儀作法・家事一揃えを会得している。 「熱いから気をつけるですね。……亜祈たちは、猫舌ですね」 年下の真夢紀が作ってくれた、月見うどんを頬張ろうとする相手に、九寿重は注意を向ける。五人姉妹弟の筆頭は、我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する性格だから。 「兄上ったら、ひどいでしょう!?」 「俺としては、手抜きはして欲しくないです。それより、あっちで月の話をしていますよ」 星晶は約束通り、亜祈の愚痴を聞いてくれていた。が、ケンカの原因の話になると、再び及び腰に。会話を転換する。 「昔の俺は、月が欠けるのを見て『誰かが食べている』のだと思っていました。そして何度食べても飽きる様子のないアレは、とても美味しいに違いないと」 泰国出身の星晶は、懐かしそうに話す。肩をすくめて、おどける黒猫。「月をかじるのが、子供の頃の夢だった」と。 もう会えぬ父母も、月を敬っていた。幼い頃にアヤカシの襲撃で失った、星晶の故郷。 いつも持ち歩く、胡琴の二胡の演奏を、父に聞かせることはもうできぬ。どこまでも懸命になる大切な者を、母に紹介することもできぬ。 「……ちなみに父に話したら、怒られました」 暗躍ひーろーはジン・ストールを揺らし、月の代わりに亜祈の作ってくれた月餅をかじる。木の実あんこの百果月餅は、ちょっぴり甘酸っぱく感じた。 幼子に声をかけられ、膝に乗せていたシータル。周りには、同じように亜紀と花月がいる。 子供たちと甘酒を味わう、弓術師一家の姿もあった。仁と弥次が話しかける。 「ねーちゃん、それなんだってんだ?」 「お前さんは、天儀の者じゃないよな?」 「ええ。ボクは砂漠の国の出身でして……スカーフ、珍しいですか?」 気合を入れる時の癖で、頭に巻いているヒマール「ターイル」を無意識に巻き直す、シータル。それ以外にも、子供達には珍しいらしい。バラージドレス「サワード」とか、ディスターシャ「サーフィ」とか。 涼しさ演出者としては、和と礼儀を尊んだ衣装ばかりだ。ゆったりとした話し方で、故郷を語って行くシータル。両親の英才教育の賜物だ。 「かーたん。うーちょで、きえー♪」 「振袖みたいに色鮮やかで、綺麗と言っていますわ」 「ありがとうございます♪」 お気に入りのジプシースカーフを集める趣味は、さすがに天儀には無いと思っていたが。染められた着物が集められるか。 幼子と母親の会話。シータルの黒い髪に巻かれたスカーフが綺麗と褒められて、嬉しそうにほほ笑んだ。 「砂時計は、アヤカシだったんだけど……」 ジルベリアの月の帽子を揺らしながら、亜紀は説明する。ジルベリアで見た、砂の代わりに花が流れ落ちる巨大な砂時計が、綺麗だったとか。 それから、【翠砂】色硝子の香水瓶を見せた。アル=カマルの砂の上を走る船の話。亜紀の尊敬する、研究者である父も興味を持った事とか。 「色んな場所の色んな不思議。いつか花月さんが、自分の目で見られたらいいね」 知識求めし者は、月を見ながら、膝の子猫又を抱きかかえる。この世界は、不思議な言葉で満ちているのだ。 「……それまでは、ボクが花月さんの目になれたら思うんだ」 「お願いします。またお話を聞かせて下さいね」 亜紀は真夢紀の持ってきたブドウに、手を伸ばす。子供だけに甘いものに目がない。 ご馳走を、たらふく食べる。大丈夫、花月に呆れられることは無かった。 柚乃と歌っていた子供たちが、大きくあくびをする。察した竜胆が、左京に声をかけた。 「綺麗な月夜……左京、何か歌っておくんなんし。小生、左京の歌に合わせて三味線でも爪弾きんすので。左京、綺麗な声をしていんすから」 「では、遠い昔、優しい香りの元で、歌った歌を……」 ほほ笑む左京から、子供たちへの子守唄。竜胆の横で、子供たちの前で、懐かしき里の歌を口付さむ。心地よく響く歌声と、優しい三味線の音。 眠りこみ、両親におぶられた子供たちが、終りまで歌を聴くことはない。弓術師一家と猫族一家を送りだし、人の居なくなった縁側に修羅たちは座りこむ。 「覚えております、にに様の愛した花を。好んだ香の香りを……さりとて、貴方様の幸せを誰より願っていた事も覚えております…」 宝珠のかけらが、転がる。もてあそんでいた左京の手を離れ、畳の上に落ちた。追うこともせず、左京は竜胆に執着する。 「ねね様、お願いですから、わたくしを……一人にせぬで下さいませ……」 左京のか細く、消え入る声。おずおずと、竜胆の着物に手を伸ばす。触れる裾を握りしめた。 「ねね様が居なくなる方が、わたくしには恐ろしく……耐えられませぬ……」 アヤカシの襲撃で、左京はたくさんの物を無くした。里民、両親、兄姉、妹弟。それから、それから……遠く寥心に惑う。 寥(りょう)とは、空虚でもの寂しい事を差す。竜胆の顔色を必死でうかがう、左京。 「……わたくしには、ねね様が必要なのでございます」 「小生が確りと抱きしめんすから……どこにも、二度と行きんせんから。だから、安心して……皆と一緒に休みなんし」 赤い紅を引いた目元が、笑った。感情表現に乏しいはずの竜胆は、笑った。左京の背中をあやすように叩く。 竜胆に寄りかかり、幼子のように背中を丸める左京。三味線の音が、子守唄。飛竜の短銃に施された、竜の飾りが左京を見つめる。 刀鍛冶を営む家系に育った、竜胆の独特の美学。そして、趣味の楽曲の音色。 「しかし、こうして居ると昔を思い出しんす。まだ小さかった左京に、あのお方に……小生が楽器を弾いて、綺麗で静かな月の夜」 「―……♪」 左京は夢の中で歌う。過去を知っている、竜胆と共に。数少ない、甘えることが出来る姉の隣で。 |