【猫族】明月―送神火―
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: イベント
危険
難易度: 易しい
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/06 21:53



■オープニング本文

●猫族
 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。
 個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。
 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。
 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。
 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。
 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。


●三山送り火
 朱春近郊にある、小高い三つの山。朱春から見て、西の劉山、北の曹山、東の孫山と呼ばれていた。
 その山では、月敬いの儀式の風習の終る、八月二十五日に、『三山送り火(さんざんのおくりび)』がある。猫族たちが月に観て貰うために、山に火を焚くのだ。
 特に勝ち負けがあるわけではないが、三つの山は競いあっている。西の劉組は奇想天外、北の曹組は豪華絢爛、東の孫組は質実剛健。
 図柄は毎年変わるが、根底は共通だ。月を敬うもの、または秋刀魚や猫族に関するもの。
 風の噂でしかないが、稀にその時の春華王が感銘を受けると、その団体に贈り物があるとか。朱春の住民たちも、楽しみにしていると言うことだろう。


●虎のわがまま
 八月の中頃、白い虎の娘は誕生日を迎えることになる。今年の贈り物は「天儀旅行が良い」と、家族に譲らなかった。
「そう、東堂さんの塾の子供たち、こちらに残ったのね。心配していたのよ」
 虎娘は天儀に到着した足で、神楽の都の郊外に赴く。とある道場を尋ねると、安心したのか眼を細めた。
「ごめんなさい。今は、やるべきことがあるの。天儀を回ったら、すぐに故郷に戻るわ」
 道場にあがるように勧める元道場主に、虎娘は首を振った。竹で編まれた、小さな衣装箱を玄関先の相手に渡す。
「天儀は『夏』と言う季節なのね。私の故郷には、四季がないわ。『秋』は、見に来るつもりよ」
 衣装箱の中に入っていたのは、南国育ちの虎娘の浪志組の制服。このまま返すことになるのか、ただ預けることになるのか、まだ分からない。
「あら、知らないかしら? 白虎の方角は西、五行は金。そして季節は、秋なのよ♪」
 浪志組の局長に納まった相手に、説明する司空 亜祈(しくう あき:iz0234)。白虎しっぽを、楽しげに揺らしていた。


「猫族の送り火の噂は聞いた。お前さんが参加しているのは、北の曹組とか言うのか」
 ギルド本部の受付で、ギルド員の栃面 弥次(とんめ やじ:iz0263)は、腕組みをする。虎娘に頼まれた依頼は、変な方向に転がっていた。
「ええ、図案も、とっても素敵なのよ♪ 私、天儀で色付けの材料を集めようと思うの」
 曹組の特徴は、華みたいに明るく、豪華絢爛。図案は、三日月に秋刀魚を捧げる、猫のお姫様。葉っぱを持つ牡丹の花と、花吹雪が周りを彩る。
「でも銅の坑道で、アヤカシが出ているのね?」
「ああ、武天に人喰鼠の群れがでて、坑道を占領したそうだ」
 猫族の送り火を色付けするのに、必要な銅。牡丹の花の葉っぱの緑色になる部分。
「みょうばんも難しそうね、一番必要なのよ」
「ふむ……湯の花で代用が利くか。理穴の俺の故郷は温泉郷でな、温泉に湯の花が浮いているぞ」
 牡丹の花びらと花吹雪は、紫色に色付けを。湯の花によって、送り火の花が咲く予定に。
「塩も、心当たり無いかしら? お月さまになるの、とても重要だわ」
「なら、朱藩の南志島の塩だな。朱藩の秋祭りじゃ、名物に数えられるくらい美味いんだ」
 一番てっぺんの三日月。塩を燃やして、黄色へ色付けを。供物の秋刀魚を捧げる、かわいらしい猫の横顔が、月を見上げるのだ。
「理穴のじい様に話をつけてやるから、先に武天のアヤカシ退治を頼む。朱藩は温泉の後でもいいだろう。一番、泰国に近い場所だからな」
「泰国にもどったら、材料を燃料に混ぜて点火ね。楽しみだわ♪」
「身体の弱い娘さん、喜んでくれるといいな」
 ギルド員の言葉に、虎娘は目を閉じる。きっと、喜んでくれる。そして、世界を見たいと言ってくれたら、どんなに嬉しいか。
「いつか、花月(かげつ)……幼馴染を、神楽の都に案内するわ。そのときは、お友達になってちょうだいね」
 虎耳は天を向き、ギルド員と約束した。送り火を通して、祈ろう。心の臓が弱い幼馴染を、まだ月の側に連れて行かないでと。


■参加者一覧
/ 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 海神 江流(ia0800) / 秋霜夜(ia0979) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 和奏(ia8807) / 明王院 未楡(ib0349) / 无(ib1198) / 杉野 九寿重(ib3226) / 劉 星晶(ib3478) / 椿鬼 蜜鈴(ib6311) / 神座亜紀(ib6736) / 破軍(ib8103) / 月雲 左京(ib8108


■リプレイ本文

●武天
「全部回る! お祭り自体は別の依頼受けちゃってるから、手伝えないけど」
 礼野 真夢紀(ia1144)は、送り火の日は屋台を手伝う予定。でも、猫族一家とは知り合い。元気よく、申し出てくれた。
「泰国では、まゆちゃんと合流し、祭りを楽しめればと思っております」
 天儀での別れを告げる明王院 未楡(ib0349)は、屋台の手伝いをしないらしい。おそらく、お客さんとして、お邪魔する予定なのだろう。
「そろそろ『三山送り火』も本番ですし、集めたのを手順良く仕込めば、それはもう綺麗なものになるでしょうかね?」
 うっとりと、情景を思い浮かべる犬耳。しっぽが、はちきれんばかりに動いている。
 杉野 九寿重(ib3226)は、目的を思い出した。咳払いを一つし、亜祈の手を取る。
「色鮮やかに山を染める為の資料として、各地での材料収集に勤しみますね」
 きっぱり宣言した。つまり、亜祈と共に、天儀を縦断するのだと。
「遅い夏休みの旅行、というところですね。半分仕事だけど。まぁこれはこれで楽しいでしょう」
 話を聞いていた无(ib1198)は、眼鏡「邪眼」を押し上げる。肩に居た尾無狐のナイと、視線を合わせた。
「各地を巡ってねぇ……」
 ナイは无の祖父が名付けた、尻尾の無い狐のようなケモノ。二人で虎娘の想いに感心する。
「では、行きますか」
 まぁ、旅について行こうとする、自分たちもどうなのか。外部向け図書館便りのコラム当番がめぐってきて、祭りの取材を思いたったわけだが。


「暗いですね……もう少し明るいと、まゆ嬉しいけど」
 真夢紀は松明片手に、坑道を行く。迷わないように、手帳と筆記用具を握りしめた。幾重にも別れ、複雑で、迷路のような坑道。
「それならこれを……襲来ですね」
 生み出したばかりの夜光虫の明りが消えた。瘴気が……アヤカシの鼠(ネズミ)が、无の式を食ったから。対抗手段は、かじるしかない鼠。
 无の手の中から、瘴気を喰らう式が生まれる。足元で、尾無し狐のナイの威嚇の鳴き声。頷くとに、きちんと鼠にお返しした。
 少しばかり、真夢紀の神風恩寵の出番があったのは、亜祈のせい。飛びかかってきた鼠を避けようとして、派手に転んだ。
 ドレス「銀の月」を揺らし、椿鬼 蜜鈴(ib6311)は進む。周りで、漂う輝く光。
「灯りは照明術があるての、炎蝶を侍らせて向かおうかのう」
 お供の炎蝶は明り役だ。舞い落ちる光が、花火の如く、ほんに美しいと思う。邪魔する輩が現れた。
「斯様に多ければ、良い的じゃてな」
 投扇刀を開きながら、蜜鈴は歌う。高く、低く、語りかける。それは力ある言葉。
 生まれいずるは、吹雪。吹き荒む白が、鼠を飲み込んでいく。しかしまだ足りぬか。
「おんしら、灯りも標的も在る故、心配は要らぬ」
 漆黒の角と麗しい黒い爪を持つ、龍獣人は数多の炎を従える。さらなる、力ある言葉の歌で、鼠を指し示した。
 名刀「ソメイヨシノ」を構える九寿重の心眼は、全てのアヤカシを逃さない。犬耳を立て、同時に音を探る。
「右前方に三、向かってきますね。左後方の四は逃走ですね」
「逃がしませんよ」
 九寿重の声を頼りに、劉 星晶(ib3478)は後ろに退いた。一瞬の無音、凝縮される空気。伸ばした星晶の手の先で生まれる真空の刃は、敵を切り裂く。


 なぜ自分が坑道にいるのか、分からなかった。輸送で人足が必要なら、協力するとは行ったが。
「男たるもの、約束は、違えぬもので御座いましょう?」
 破軍(ib8103)の考えを読んだかのように、月雲 左京(ib8108)は引き止める。無理やり服をひっぱり、拉致状態。
「わたくしとて、考えなしに誘っているわけでは御座いませぬ」
 松明を押しつけてくる左京は、言い切った。最近鈍りがちになっているので、運動に参加したいと。
 事前に聞いていた情報。剣に寄りかかり、破軍は一息をつくふりをする。ざわめく気配。見せかけの休憩に、鼠は騙された。
 炎の太刀筋が走る。飛びついて来た鼠は、丸焼きになる前に瘴気に戻り、霧散した。
「鼠風情が調子に乗るな……」
 野獣の紅い目が見下す。獲物と呼ぶのもバカらしい小物だが、狩りの始まりだ。隣でも、炎を纏わせた刀が動く。破軍の後ろの鼠を討ち取った。
「破軍様。慢心されているのでは、御座いませぬか?」
「ふん……チビ助が良く吠える……」
「さて、少し暴れに参りましょうか。……不抜けてはおらぬというその言葉、信用しておりますよ」
「ふん……その言葉、そのままお前に返してやる」
「鼠狩り、と致しましょうか……」
 顔を合わせれば、罵り合い。でも、言葉の裏には、信頼がある。左京も破軍も、お互い背中を預けながら、戦うのが証拠。


「花月さんがモデルの送り火、なんとしても成功させて花月さんに見てもらわないと!」
 意気込む、神座亜紀(ib6736)。マシャエライトの炎を灯にして、坑道へ乗り込む。
 白墨で地面に印をつけた。真夢紀と同じく、筆記用具で手帳に迷わないよう目印を書きこんでいく。
 破軍や左京の猛攻から、からくも逃れた鼠たち。行きついた先は、やっぱりサムライが待ち構えていた。
 逃がさない。仲間と連携を図っていた、未楡は、鞘から刀を引き抜いた。
「おいたは……め〜ですよ」
 優しげな目元が、鼠を視界に捉える。霊刀「ホムラ」を構えつつ、未楡は咆哮をあげた。
 褐色の刀身に、赤銅色の刃紋。夜光虫の光を受け、刀身がまるで燃えているかのように煌く。
 武器を大きく振り回し、周囲の敵を薙ぎ払っていく。未楡の清楚で、お淑やか雰囲気からは、考えられないが。
 銅の手配が、遅れてはならない。そのために、未楡はやる気だった。練力を集中させ、逃げる鼠に真空の刃を放ち、遠距離攻撃を試みる。……外れたか?
「お前達なんかに邪魔はさせないよ!」
 亜紀の周りに精霊力が、渦巻く。ある一点を超えると、白い雪に変わった。亜紀は、ふっと思う。
 縞模様の無い、真っ白な白虎である花月は、真っ白な雪を知らない。いつか、本物の雪を体験させてあげたいと。
「まっててね、花月さん。最高の送り火を見せてあげるからね!」
 力ある言葉を放つ。早口を可能にする魔術は、容赦なく冷たい吹雪を生み出した。


●理穴、朱藩
 湯の花も集まった。温泉に湯を引き込むまでの岩から、こそぎ落していた真夢紀の仕事も終り。
「……夏だし。玉蜀黍(とうもろこし)の温泉茹で、食べてみたいなー」
「あらあら、作ってあげましょうか?」
 旅道中で購入した、異国の食材を真夢紀は見せる。大家族を養う中で培われた、類稀なる家事全般の腕前を持つ未楡が受けとった。
 未楡の才能は、家事にとどまらず、買い物上手とか、やり繰り上手とか、多方面。効率の良い茹で方を発見し、真夢紀に教えている。
 湯の花を集め終り、一服の時間。温泉川の片隅で、足湯を堪能する人々の姿もある。
「おいしいですね」
 未楡のくれた、温泉茹でを受け取り、舌鼓をうつ无。一丁前に、ナイも温泉茹で丸々いただく。二人で河原にひっくり返る、満腹だ。


 水着姿で、温泉川に陣取っているのは九寿重。水面に浮く湯の花を、湯呑に集めて行く。
 一つ一つ、スプーンでかき集める、地道な作業。
 もくもくと、星晶と亜祈は実行中。我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する九寿重も、文句は言わない。
「亜祈、温泉にいきませんか?」
「いいわね♪」
 分量が用意できたことを確認した、九寿重。亜祈を誘い、露天風呂に向かった。取り出すと、泡立て始める。
「おんしら、遅かったのう」
 足湯を楽しむ、蜜鈴が先客だった。九寿重の薔薇石鹸に興味を持つ。
 その晩。温泉郷には、薔薇の匂いが立ちこめる一角があったとか。


 夏の朱藩は戦争だ。塩の値段交渉に、真夢紀と星晶は尽力中。九寿重は、荷物運びに忙しい。塩の種類は膨大だ、おまけに商人も膨大だ。
 无は、図書館の仕事でも忙しい。波のりをする青年たちに、突撃取材慣行。仲間の数だけ買った、イカ焼き片手に戻ってきたけれど。
 波の音が響く、夜の海岸。真夢紀に誘われ、海まできた者たちが居並んだ。
 真夢紀は昼間購入した塩を、枯れ枝の上に振る。全部の塩を焼いて、色を確認するのだ。
 なおかつ、色と購入金額を見比べ、一番折り合いのつくものを購入しよう。意外に料理が得意な真夢紀、食材にもしっかり者だった。
「安くても、色が出なかったら、お祭りが台無しです」
 さまざまな黄色が、炎の中から浮かび上がる。色鮮やかな貝や珊瑚、真珠を思わす、真夢紀の水姫の髪飾りを思わせるように。


●泰国
 秋霜夜(ia0979)は、泰国に里帰りしていた。家族で朱春に来たおりに、顔見知りの料亭の長兄に声をかけられる。
「名高い三山送り火を、見物に来ました☆」
 両親と両手をつなぎ、いっぱい甘えている最中。料亭の双子、楽しそうな霜夜の真似をして、父母の手を握った。
「飛び入り参加でお手伝い可能なようですが……『豪華絢爛』を産み出すのは、頑張ってこられた皆さんにお任せでっ」
 霜夜は、秋刀魚を三匹買う所だったらしい。料亭の猫族一家に誘われ、夕一緒に食を食べる事にした。


 送り火の手伝いは忙しい。无は枯れ木を抱えて、足りない三山にも足を延ばしおわった所。
 他の組の手伝いついでに、月敬いの取材だ。食事風景の取材も大切で、猫族たちと方を組みながら、話を聞く。
「これが、泰国の命の水ですか」
 无は勤調査の時は、必ず地酒を呑む無類の酒好き。勧められるまま、杯を傾け上機嫌。焼かれたばかりの糠秋刀魚も美味しい。
 点火する頃には、少し暗くなる。山だけに、足元が危うい場所があった。蜜鈴は、炎蝶こと、マシャエライトを提供していた。
 麓におりてきてからは、食事をご馳走になる。霜夜が焼いた秋刀魚の塩焼きを譲り受け、酒のつまみに。
「仕事の後の酒は格別じゃてな。励んだかいが有ると云うものよな」
 持参した酒「桜火」は、桜の花を漬け込んで作られた酒。美しい桃色の酒の中に、桜の花びらが入っている。
「送り火か……折角幼馴染どのが、逢いに来て下さったのじゃ。わらわも見送りくらいはさせていただこうて」
 桃色の髪を揺らしながら、蜜鈴はゆったりと味わった。可愛いモノを好み、見つけるとついつい構ってしまう。
 霜夜の光来の指輪が、塩を掴んだ。双子の目の前で、不思議な動作をする。
「分けてもらった朱藩のお塩で、葉っぱのお皿に満月書いて、お月さまを秋刀魚の枕にするのですー」
 しっぽを揺らす双子に笑いかけ、霜夜は説明した。残りの二匹は、双子に教えながら、一緒に枕を作っていく。
 曹、劉、孫、三組の競演となる、三山送り火。葉っぱのお皿の秋刀魚を、ほんのり照らしだす。
「月様、月様、守給、幸給」
 双子とならんで、敷いた布に座った。霜夜も頭を垂れて、教えてもらった祈りの言葉を唱える。また一年、皆と楽しく過ごせるように。
 獣人には、月を敬う風習がある。天儀の獣人である神威人の九寿重も、月に祈りを。
 祈りを真似した花月の家は、世界を股にかける商人の旅泰だ。月への祈りの言葉は、「招福来来」。
 扇子を持ち、まず自分に向かって、あおぎながら唱える。次は、周りにあおぎ、福のお裾わけを。
「それぞれに豊かな日々を送りたいですね」
 花月の祖父母を説得したときに貰った、扇子『月敬い』を手にした九寿重。もう片方の手は、花月の手を握りしめた。
 ほほ笑みを浮かべて、真っ白な白虎を見つめる。扇子で花月とあおぎあい、福のお裾わけ♪
「さてっ。 お祈り済んだら、秋刀魚食べてOKです?」
 ジルベリアの言葉を、さらりと口にする霜夜。大量の書物に囲まれた、母親の書斎が子供部屋だった。
「塩焼き〜、朱藩塩で塩焼き〜♪ 天儀の秋刀魚の食べ方、学習中〜」
 猫族の双子は、霜夜に驚きと尊敬のまなざしを向ける。同じ泰国育ちでも、天儀の事をよく知っていて教えてくれるから。


 海神江流(ia0800)は、祭り会場に来てから、落ち着きが無かった。燃料を運ぶ依頼を手伝えと、幼馴染に泰国まで連行された身。
「風葉、なんか企んでるみたいだな」
 長い付き合いから察しつつ、幼馴染を手伝ってやる事にする。ため息をつくだけ無駄だと、分かっていた。
「こんばんは、良い月夜ですね」
 当たり障りのない江流の挨拶に、猫族は反応した。崇める月を褒められると、嬉しいと。
「へー、娘さん『花月ちゃん』って言うんですか」
 月の加護を受けられるようにと話す。父親がどこか寂しげなのは、死んだ家内に身体の弱さが似ているから。
 江流が旅泰の両親たちと会話している。鴇ノ宮 風葉(ia0799)はちらりと確かめると、花月の側に寄ってきた。
「親に守られてるだけじゃ意味がない。……そーよねぇ、花月?」
 花月の髪が、風になびいた。先日、風葉と共に、街道の風を初めて感じていた髪。
 風葉は良家のお嬢様だった。外の世界と「英雄」に憧れ、屋敷を飛び出してしまう。
 だからこそ、花月の心を察する。家族への心配と、自立心のはざまで揺れる気持ち。
「連れてきたわよ。じっくり、女子会しなさい」
 人気の少ない場所へ、花月と移動してきた風葉。たくさんの夜光虫が蛍のように舞う。
 幻想的な光景に、花月は目を見開いた。亜祈と風葉の合作、月夜の贈り物。
 父親は、大切な娘の姿が見えない事に気が付いた。息子たちに声をかけようとする。江流は、身体を張って止めた。素直に、事情を説明。
「花月ちゃん本人が望んだ事なら、それを支えてあげて下さい。それを親が支えてくれる事程、子供が嬉しい事なんてありませんよ」
 江流の手首で、八徳の数珠が揺れる。人としての徳高きものに力を与えるといわれる、精霊の加護を受けた数珠。
「それにまぁ……あいつが一緒で万にひとつなんて起きないし、起こさせませんから」
 黒い瞳は、旅泰の目をまっすぐ見る。心から信頼している幼馴染を褒めた。花月にとって、亜祈も同じ存在だと。


「真紀ちゃん、早紀ちゃん、花月さんがモデルのお姫様、きっと皆の心に刻まれたよね♪」
 亜紀は姉たちと共に、点火のお手伝いに来ていたらしい。提供された広場から、姉と並んで送り火を見つめる。
「でも神様、どうか花月さんを連れていかないで」
 月の帽子をかぶり、扇子『月敬い』を手に、空を見上げた。瞳を閉じて、祈り、呟く。
「花月さんに、もっといろんな不思議を見て欲しいんだ。だからお願いだよ」
 いろいろな所へ出かけ独特な言葉を収集、研究するのが亜紀の夢。花月には、花月の夢があるはず。だから、亜紀は祈る。
「俺の祈りの言葉は、亜祈さんと同じで。……自分の家のは、忘れてしまったので」
 猫族だけれど、月敬いの儀式は、久しくしていなかった。優しい笑顔の中の悲しみ。星晶には、まだ亜祈に話していない事が、たくさんある。
 幼い頃に、アヤカシの襲撃で故郷を失ったこと。流れ着いた暗黒街で、心の虚無を隠しながら過ごしたこと。
 ……それから、神楽の都に来たのは、死に場所を求めたこと。
「黒猫の旦那、飲まないのか?」
「いただきますよ」
 破軍が呼びかける。神楽の都での開拓者たちとの出会いが、星晶を変えた。それは揺るぎない事実。
「おい、チビ助」
 破軍に答えず、左京は綺麗な送り火を眺めて、月を見あげた。己が名字のように、今宵の月は隠れないようだ。
(夢であろうと、貴方の傍に……)
 思い出すは、先日の夢。双子の片割れの姿、握った手。自然と胸元に手を組んだ、月に祈りを捧げる
「呆けるくらいなら……酌の一つでもしろ。それでこの前の貸しはチャラにしてやる……」
 冷酷で口が悪い青年は、角なき修羅の後頭部を叩いた。酒瓶が空を舞い、左京に届けられる。
「まったく、仕方のないお方ですね……しかしとて、先日の件は感謝、しております」
 左京は、杯を突付ける破軍の首元で、煌蛇の首輪があでやかな光を放っている所を見つけた。根は優しく、思いやりのある性格の修羅の青年。
「何を笑っている?」
「秘密で御座います」
 紅蓮外套をひるがえし、左京は顔を反らす。不機嫌そうな相手の質問を、すまして受け流した。
 左の前髪に隠した、緋色の瞳がちらりと破軍を見やる。一見修羅と判らぬ風貌を装う左京が、心許せる相手の一人。


「花月、そろそろ時間よ。あたしの魔法が解ける前に、戻りましょう?」
 夜空の魔法帽を揺らし、風葉は花月の手を取る。夜が明ける前に、親元へ連れ戻さなくては。
「はい。あの……ありがとうございました」
 秘密の冒険をした花月は、頷く。何もかも新鮮だった。亜祈と二人きりで、夜に話すことすらも。
「お前のは魔法っていうか物理的舞台演出だよな。随分手抜きが多いんじゃないか? 大魔法使い」
「天はあたしの上に人を作らず、あたしの前に敵を作らずってね」
「芸も技もない分は、頭捻らんといかんのだろうが」
 江流は帰路の途中で、風葉へ嫌味の一言くらい言ってやると決めていた。風葉は、しれっと、受け流す。
 出身村の馴染みのお嬢様が、最近家出をした。江流は、お守り兼お目付け役を頼まれて、なし崩し的に開拓者に。そのお嬢様は、大魔法使いらしい。
 花月が風葉や江流が去った後、ひょっこり黒猫が姿を現した。月を見つめる亜祈の隣に、星晶は音もなく立ち、驚かせる。
「……遅ればせながら。お誕生日おめでとうございます、亜祈さん。素敵な一年となりますように。……俺も、頑張りますので」
「まぁ、ありがとうござ……えっ!?」
 星晶は、贈り物の簪「不散菊」を取りだした。驚いた真ん丸な瞳の亜祈も、かわいいと思いながら。
 お礼の途中で、固まる白虎。嬉しそうに触っていたところ、鍵開け用の道具が飛びだした。
「……女の子に贈るにしては、何かちょっと、実用的というか……すみません。仕掛けがあった方が面白いかな、とか思って」
 元に戻してやりながら、もごもごと黒猫は謝罪する。星晶は、暇さえあれば「面白いモノ」を探して、世界を巡っているもの。
「そう……仕掛けなの」
 星晶の口元を隠すジン・ストールを、亜祈は引っ張った。姿勢を崩したときに何が起こったかは、黒猫本人に聞いて欲しい。


●神楽の都
「お前さんに、泰国から贈り物が届いているぞ。送り火協力のお礼らしい」
「うちは、見届け係や。ほんま、おおきに♪」
 いつものごとく、ギルドに顔を出すと、ギルド員に呼び止められた。受付に、三毛の子猫又が陣取っている。
「あたしは、麓で夕涼みしていただけです!」
 思ってもいない事態に、おもいっきり断る霜夜。子猫又は亜祈が竹で編んだ、小さな箱を押しやった。
 食べることが大好きな霜夜の作った、塩焼き秋刀魚。後に、送り火の片づけをする猫族たちのご飯として、活躍した。だから、お礼だと。
「……じゃあ、思い出と言うことで、頂きますね」
 霜夜は思い出す。亜祈と一緒に支援食を盗賊蝮の潜む村に贈ったときも、料亭の猫族兄妹は頑固だった。料亭の飼い子猫又も似たらしい。
「猫族さんって、本当にお魚が好きなんだ」
「まゆちゃんと一緒に、頑張ったかいがありますよ」
 実の娘のように可愛がる、真夢紀を伴い、未楡は荷物を受け取る。猫族の祭りの様子を伝え聞いた。秋刀魚に対する情熱と、祭りの熱気に感心するばかり。
「まゆ梅干いりの月餅、おもしろかったよ」
「双子ちゃんが食べられるようになって、安心しましたね」
 二人は、秋刀魚の海を荒らす大タコを、ついこないだ泰国で退治してきた。当時は、タコの頭を梅干しと勘違いして、猫族の双子は大泣きしていたけれど。
「ふーん、花月がねぇ。良かったじゃない♪」
「せや、ええやろ♪ 荷物も渡したし、うち、安心して帰れるで」
 江流に自分の荷物を、押しつける風葉は、くすりと笑う。見上げる子猫又は、しっぽを揺らして返事した。
 亜祈の兄の飼い子猫又は、帽子をかぶっていた。牡丹の花の刺繍は、花月が縫ってくれたと言う。
「あんた、帽子を無くさずに、帰りなさいよ?」
「おおきに。頭押さえて帰るで」
 風葉が関わった、亜祈絡みの依頼でも、刺繍が消えた事があった。さすがに子猫又の帽子の刺繍は、消えないようだが。
「もう、帰るのか。さみしくなるな。でも、猫又一人は危ないんじゃないか?」
「お迎えがあるねん。武天には、旅泰の街があるから、仕事が終わるまで、うちはここでまっとるんや」
 江流は苦笑しつつ、押しつけられた荷物を横に置いた。人懐っこい子猫又を抱き上げ、喉をなでてやる。これらから旅泰の花月の兄と、一緒に泰国に戻るらしい。
「じゃ、気をつけて、おかえり。皆によろしくな」
 これまで江流は猫族一家と、面識はなかった。が、風葉のお陰で、一気に関わらされた気がする。泰国での楽しい思い出が増えたことは、感謝しておこう。


「最後に亜祈様と、何を話されたので御座いますか?」
「以前、頂いた猫冬マスクの話ですよ。俺が着けていたのを見て、嬉しかったそうです」
「ああ、あのときは大変で御座いましたから」
「俺も、初めて天儀にきたときの事を、思い出しました」
 ギルドの入口で出くわした左京に聞かれ、星晶は答える。初雪が降る前、コタツ騒ぎを思い出し、左京と星晶は苦笑した。
 冬も雪も知らぬ、南国育ちの猫族一家。双子や子猫又は風邪をひいて、本当に大変だった。
「おい、先に帰るぞ。チビ助の奴め……面倒臭い仕事を持ってきやがって……」
 同じ護法十二天小隊に所属する同属に、破軍は声をかける。年末の苺運びや、虎娘救出といい、猫族一家絡みの依頼は、面倒な物が多い。
「どうぞお帰りくださいませ。わたくしの荷物は、破軍様の家の中に置いてくださいませね」
「チッ、さっさと取りに来いよ。捨てるぞ?」
 ぶつぶつ言いながら、荷物の運搬を引き受けた破軍だけれど。面倒事のきっかけは、だいたい、チビ助こと左京。肩に竹編みの箱を二つのせ、帰路を取る。
 同じく、苺運びついでに鬼退治をした、无とすれ違う。こちらは尾無狐のナイを伴い、急いでギルドに戻ってきた所だ。
「これが、お渡ししたいものです。いえ、先導してもらったお礼ですから」
「ちょっと、読ませて貰っても良いですか?」
 星晶が興味を持ったのは、子猫又に託された、无からの贈呈品は数枚の瓦版だった。亜祈を含め、関係各位に協力した理由は何か、祭りとはなどと一問一答した、旅の記録。
「また、図書館の瓦版に乗せるので、楽しみにしてください」
 一枚渡しながら、无は言いたす。曹組の送り火の一部始終の噂を聞いた、无の一番の目的。瓦版は料亭に張り出され、旅泰は取引先で自慢したとか。


「中身は何かのう?」
 竹編みの箱をなでる蜜鈴は、砂漠の国に行ったことがある。砂漠では、竹を見ることはできなかったが。
「わらわが運べぬような重さの物では、困るからのう」
 爪の手入れや、歌や演舞が趣味だから、そっち方面の中身を考えた。琴線に触れる物が入っていないか、少し気になる。
「藤ちゃん、中身教えてくれない? 今すぐ不思議を知りたいよ」
 亜紀は誕生日が同じ子猫又に尋ねるも、教えて貰えない。藤の花見をした仲なのにと、口をとがらせた。
「いいよ、ボクの箱を開けるよ。心の準備は良い?」
 待ちきれない、亜紀は周りを見渡した。頷く面々の前で、荷物を紐解く。竹編みの箱の中には、泰国からの感謝の気持ちが詰まっていた。
 春華王が送り火に感銘を受けると、贈り物があるという。今回は、刺繍絵「三山送り火」(ししゅうえ、さんざんおくりび)と、花鞠茶「三山花」(はなまりちゃ、さんざんか)。

「素晴らしい贈り物じゃな。……あの噂は本当だったのかえ」
「こっちは亜祈からみたいですね。亜祈らしいと言うか……料亭の兄妹らしいですね」
 覗きこんだ九寿重は、糠秋刀魚作りをした、去年の亜祈の誕生日を思い出した。小さなツボには、三日月と三匹の魚、猫とお花の落書きが施されている。
「曹組の送り火のようです」
 九寿重は、落書きを指でなぞってみる。送り火の様子を、料亭の双子が懸命に描いたのだろう。なお、ツボの中身は、料亭の長兄が漬けた、司空家の糠秋刀魚。