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■オープニング本文 ※このシナリオは【混夢】IFシナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 ●名状しがたき夏の夢 すぐ隣にあるかも知れない、舵天照にとてもよく似た、平行世界。 どこかで見たことある風景と、どこかで見たことある人々。なぜか地名も、呼び名も、持ち物も、人物も、舵天照の世界と全く同じ。 一つだけ違うとすれば、「開拓者の朋友たちは全て意思を持ち、擬人化できる技法を持つ」こと。 開拓者と出会って朋友となった日から、グライダーさえも擬人化して、絵を描ける。 練力切れで宝珠に引っ込む管狐も、擬人化すれば勝手に動き、お買い物を楽しめる。 言葉をはなさない鬼火玉も、擬人化すれば自由に人語を操れ、開拓者と歌い踊れる。 食べることができないアーマーも、擬人化すれば、美食家に変身することもある。 不自由があるとすれば、翼をもつ者や、空中に浮く人妖などは、空を飛べなくなること。でも、開拓者と一緒に過ごす日常は楽しくて、不満は浮かばない。 これは舵天照に似た、不思議な世界の物語。開拓者と朋友たちの、日常の一幕。 ●猫族 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。 個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。 ●夏天旅行―夏の旅行― 「てやんでい、どこ行きやがる!」 擬人化した大柄なダークエルフの青年は、仁王立ちになる。料亭のお手伝いから逃げ出しかけた、三つの人影。 「がるる……、勇喜(ゆうき)、お祭りに行きたいのです」 「うにゃ……、伽羅(きゃら)、お祭りで遊びたいのです」 十一才の猫族の双子は、兄貴分に見つかり、しょんぼりした。白虎の兄と、折れ耳の虎猫の妹のしっぽがうなだれる。 「うちもお祭りがええで」 流暢に言葉を操る、二才児も居る。三毛猫耳を倒した。こちらは擬人化した、猫獣人。 「こら、三人ともお手伝いは?」 猫族料亭の長兄の喜多(きた)は、困った顔で弟妹を見下ろした。擬人化した三毛猫は、長兄の飼い子猫又でもある。 「良い子だから、もうちょっと我慢してちょうだい」 「ほら、まだ歩くのが下手だぜ?」 虎娘の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は、双子の頭をなでる。擬人化したダークエルフの青年は、朋友の甲龍の金(きん)。二才児を抱えあげた。 開拓者に限らず、主を得れば使える擬人化の技法は、年齢も外見も自由自在。それでも、わざわざ実年齢と同じ二才を選ぶのは、子猫又の甘え心。 「秋刀魚(さんま)の行き先ですか? 朱春の『猫の住処』ですよ」 もうすぐ泰国の首都、朱春で猫族の大規模な月敬いの儀式がある。猫族一家の料亭も、注文が入って忙しいらしい。 「母方の祖父母の所属する、旅一座が『三日月は秋刀魚に似ているよ祭り』に来るんです。旅一座の皆さんの夕食のお弁当ですね」 海辺から秋刀魚を運んできた開拓者一行が、料亭の裏口から呼んでいる。若旦那の父に変わって、顔を出した長兄は説明した。 主役は、おろして揚げた秋刀魚の香味あんかけ。ご飯の上に、どっかりと腰を降ろし、どんぶり状態。 秋刀魚は猫族にとってご馳走。ご飯より、揚げた秋刀魚の方が、量が多い。お祭りに屋台も並ぶが、殆どが秋刀魚を扱った食べ物。 「お祭りに行きたいんですか?」 興味を持った開拓者の声に、長兄は考え込む。今日はお祭りの初日、もう宿泊できる宿が朱春にあるか、分からない。 「……そうですね、うちに泊まりますか? 食事を配達するので、お祭りには行きますよ。子供たちが居るから、深夜には戻りますけど」 夕方から深夜にかけて、訪問になると言う。旅一座は、大衆演劇の一座。月に秋刀魚三匹をお供えして、祈りをささげる所から劇は始まる。 祭りのときは、観客飛び入り参加ありの即興劇が常だ。後は木を組んで燃やす炎を囲んで、踊り、歌うのみ。楽しいのが一番。 「昼間は海で、遊んできます? 夕方前に戻ってきてください」 さっき秋刀魚を受け取った、泰国の海。南国の海辺には、水着を売る店もあったはず。 「金、居る? 甲龍に戻って、子供たちと一緒に、お客様たちを、海まで送ってきてくれるかな。それから、配達に間に合うように、全員で戻ってきてね」 呼びかけられた、ダークエルフの青年の顔が引きつる。ていの良い、三人もの子守の押しつけだ。 「喜多殿、亜祈殿も、一緒に行こうぜ! もうすぐ調理は終るから遊んで良いって、親分が言っていたぜ」 顔を出す前に青年は、料亭の旦那に聞いて来た。猫族一家の祖父は、孫たちに甘い。 「じゃあ、海のお昼ごはんは、秋刀魚の刺身だね」 地元の猫族漁師たちの隠れたご馳走。獲れたての秋刀魚のさしみを想像し、長兄は笑みを浮かべた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 ●猫和海 南国の海と空は、鮮やかで眩しい。豊かな狐しっぽを揺らす、狐獣人。柚乃(ia0638)の相棒は、狐耳を不満そうに倒した。 いわゆる軟派を受けたわけで。管狐の伊邪那は、イケメン・美少年が好きだが、しつこい相手は不合格。 「ん〜、あたしの好みじゃないわ」 お日様色の瞳を反らし、肩の髪を右手で振り払った。青とも、紫ともつかない、淡い色合いが踊る。 気に入った相手は玩具扱いするが、気に入らない相手は存在を華麗にスルー。もちろん、軟派相手は無視した。 「えっと、伊邪那? また騒動を起こさないといいんだけど…っ」 「あんたは、何も気にしないくて良いのよ」 一緒に、波打ち際を散歩していた柚乃の心配そうな声。伊邪那はほほ笑むと、手を引き砂浜に移動する。 ちょっと夏バテで、疲労気味の柚乃が心配だ。澄まし屋できまぐれの伊邪那だが、いざとなれば不言実行する。 めげない軟派相手。目的を定めると、次々と言い寄る。 艶やかな赤色のビキニ「マゼンタ」は、軟派を無視して飛びはねた。エルレーン(ib7455)は、擬人化した炎龍のラルにくっつく。 「ラル! ほら、もっと沖に行こうよ!」 「待ってくださいエルレーン〜、私は泳ぐのが苦手なんです〜」 二十代前半と見受けられる、長身の青年は困り顔。子供たちの為に、浮き袋を膨らませていた。 赤いメッシュの入った髪を揺らし、頬をかく。ラルは空を飛ぶのは得意でも、海はいまいち。 「気をつけて、泳いで下さいね〜」 浮き袋を受け取り、嬉しそうに走る双子。おっとりしたラルは、手を振り見送る。 「妾に声をかけるとは、命知らずじゃのう」 漆黒の髪は鼻先で笑うと、軟派相手を袖の下にした。さっさと移動し、闘布「混天綾」を、相棒兼弟子の羅喉丸(ia0347)から奪い取る。 「蓮華?」 「どうじゃ、羅喉丸」 深紅の綾布を、日差し避けにかぶり、見上げた。布の間から、黒い瞳が妖艶にほほ笑む。 「綺麗だし、よく似あっていると思う」 「そうじゃろ、そうじゃろ。人妖が傾国の美女と謳われるのは、伊達ではないのじゃよ」 弟子の解答にご満足。人妖として一緒にいる時は、羅喉丸の肩は蓮華のための指定席。今は隣が指定席、ごく当然のように寄りかかる。 「やぁ、いい天気ですね。……絶好の海日和、でしょうか」 日よけの鉄傘を、相棒の鷲獅鳥の翔星に押しつけた。劉 星晶(ib3478)は亜祈を背中にかばい、軟派相手に挨拶をする。 「この分だと、お祭りも思い切り楽しめそうですね……良いことです」 笑っていない笑顔が怖い。大切な者の危機には、どこまでも物騒。黒猫は視線だけで、軟派相手を蹴散らす。 「子供だけで、沖にでるなよ」 「がう」 亜麻色の毛並みを持つ鷲獣人は、背中の羽を動かした。傘を砂に突き刺しながら、勇喜を見下ろす。 子供が近寄ってきても、嫌な顔一つしない。投げられた、浮き袋を受けとめた。星晶に絡む事も無く、のんびり子供達と遊ぶ。 「おい、大丈夫か? 子供に悪気はないぞ」 ふっと、呆けている影に気が付いた。翔星は心配して、後ろで落ち込んでいる金に声をかける。 現実逃避している金。海に来る前のやりとりが、脳裏をかすめる。 「まゆき、まゆき、こゆきもおまつりいきたい♪」 ノースリーブの白いワンピースは、白の外套とお揃い。肩甲骨までのまっすぐな黒髪を揺らし、三歳児の白猫獣人は、礼野 真夢紀(ia1144)の袖を引っ張る。 「個人的には、お弁当作ってる所も見たかったけど……、秋刀魚の刺身も食べてみたいわね」 真夢紀は他国の料理にも関心が高く、料理が得意。でも、他の家事はやや嫌いで苦手。相棒の子猫又の小雪の衣服は、真夢紀の長姉のお手製だ。 「まゆのは持って来たけど、小雪の水着は……買えば良いわよね」 自分の水着を確認しながら、真夢紀は手を差し出す。青い瞳の幼子は、三尺に満たない身長(約90cm、以下単位略)。 それでも、小柄な真夢紀が抱っこするには、大きすぎる。子猫又に戻ると、小雪は真夢紀の腕に納まった。 初めて、真近で見る甲龍。小雪の知っている龍は、最小の大きさの真夢紀の駿龍だけ。 「おじちゃん、おっきいの!」 真夢紀の腕の中で、青い瞳を、真ん丸にする子猫又。運んでくれる甲龍姿の金に、驚きの声がかかる。 波打ち際を、擬人化した小雪と藤が、手をつないでよちよち歩く。波に興味を持つが、寄せるたびに逃げた。 「あらあら、なんて可愛らしい♪ 小雪さん、藤さん。私と海に行きましょうね」 子供好きなおとめは、思わず二人を抱き上げ、胸にいだく。頬ずりして、いたくご満悦。 おとめは伊邪那と同じ、五尺余りの身長(160)。幼子二人を抱えるぐらい、どうってことない。 落ち着いたビキニ姿の甲龍の相棒を探していた、神座早紀(ib6735)。ワンピース水着の裾を揺らしながら近づく、独り言がもれた。 「……おとめも子供が欲しいのかな?」 早紀がまだ小さかった頃、よく遊び相手になってくれたのを覚えている。今でも神座本家にいる時は、一族の子供の遊び相手だ。 海への移動は、金を助けて、皆を運んでくれた。早紀のお願いを、穏やかに聞いてくれるおとめ。 「全力で泳ぐでありんす!」 沢山のひらひらに包みこまれた、水着姿のキクイチ。二十代の乙女の身体の線が隠れるような水着を、所望してきた。 「色は黒が好みでありんすかねえ」 猫又のキクイチは、水着を見て、大いに悩む。店員には、伏せ目がちに相談するのがコツ。 「……ん? わっちは男じゃないかって? んもう、細かいことは気にしちゃダメでありんすよー!」 着替えた姿は、綺麗なお姉さん。もとい、綺麗なお兄さん。買い物に付き合った刃兼(ib7876)は、無言で海を見る。別の事を口にした。 「海に来たはいいものの、泳ぐの得意じゃないんだよな、俺」 「ありゃ、そういえば、刃兼はんは泳げないんでありんしたっけ。もったいないでありんすな……」 菊市と名づけた相棒は、大きく落胆した。感情表現が非常に豊かで、よくしゃべる。 「ああ、俺のことは気にせず泳いできていいぞ、キクイチ」 悲しそうな橙色の瞳に、笑う刃兼。相棒の腰まで届く黒髪を、後頭部で束ねてやる。 「俺自身泳がないまでも、波に足を付ける程度なら楽しめるだろうし」 さすがに目の際と唇に、紅を差していないか。黒地に紅葉柄の浴衣を預かりながら、刃兼より背の高い相棒を送りだした。 「伽羅さん、一緒に遊びましょう」 「にゃ♪」 かぶっていた月のヴェールを脱いだ早紀、浮き袋を手にした伽羅に手を振る。おとめは、幼子たちをつれて、波打ち際で遊んでいた。 「こうしてると、楽ですねえ〜」 浮き袋をつないで輪っかにした。ラルはその中に入り、ご機嫌。たゆんたゆんと波間に揺られる。 「……もうっ、もっといろんなことして遊ぼうよ!」 「え〜、ちょっと待って下さい〜」 エルレーンは、頬を膨らませた。ラルの浮き輪を掴むと、強引に泳ぎ始める。おろおろとなるラル。 陸地が遠ざかって行く。波が高くなっていく。ラルが、命からがら生還したのは、昼ごはんの終り頃だった。 「刃兼さん、泳がないんですか?」 「……正直、俺、泳ぎは得意じゃなかったりするんだ」 柚乃たちと一緒に、傘の下で過ごす刃兼。持ってきた瓢箪「黒桜」の中身を、柚乃にもお裾わけ。水分補給は大事だ。 「柚乃も、しばらく…低速活動になりそうです」 十四歳だが、大人びた黄金比率ボディを持つ柚乃。自分の身体が嫌いなのも、泳がない理由の一つかもしれない。 「日焼けは、お肌の大敵だもの」 伊邪那は、海のようにきらめく青い香水瓶に入った、香水「バハル」をつけていた。真っ青な夢の底のように、どこまでも青い世界に浸れる魔法。 あっという間に、昼ごはんの時間。保護者たちにつられて子供たちが、浜辺に戻ってくる。 「人間の赤ちゃんは生もの食べられないと言うけど、疑人化の場合どうかしら?」 真夢紀は用心しつつ、欲しがる小雪に秋刀魚の刺身を与える。小さく切ってくれた刺身を、小雪は不思議そうに味わった。 「…それにしてもキクイチの奴、本当に『男で猫又』なのか、首を傾げたくなるんだが」 たぶん、宝珠「水蛇」のせいだ。赤色の宝珠は、ミヅチの額に似ていたから。だから、女物の水着を着ても、キクイチは泳げるのだ。 「魚、魚でありんすよ!」 秋刀魚の刺身は、猫族にとって好物。猫又にとっても、好物。キクイチは、喜んで飛びついた。 「……紛うことなき猫又だな、うん」 夏バテしないように、甘酒を飲む刃兼。目の前の光景に、深く頷く。そして納得した。 おやつは、かき氷だ! 早紀や真夢たち巫女の専売特許、氷霊結の出番。 真水をくんできた早紀は、片っ端から凍らせていく。真夢紀は、持ってきた手回し式かき氷削り器を動かしていた。 「では、お祭りまで、のんびりしましょうか。遊びすぎて、眠くなっても大変ですしね」 お昼ごはんの後は、お昼寝の時間。星晶はあくびをする藤に、声をかける。子猫又に戻り、喜多の膝の上で丸くなった。 同じく子猫又になった小雪を、抱えた真夢紀。羅喉丸に提案され、蓮華のお膝を拝借。 「ほら、あんたも昼寝よ、昼寝!」 柚乃は強制的に、伊邪那の膝枕行き。潮風を受けて、うとうと。エルレーンも、ラルの肩に寄りかかっている。 もちろん、キクイチもお昼寝の時間。猫又に戻って、刃兼の膝の上で丸くなる。 「刃兼はん、わっちからの贈り物でありんす」 くわえていた綺麗な貝殻を、刃兼の掌に落とす。受け取った刃兼は、素直にお礼をのべた。 「ありがとう、キクイチ」 キクイチの黒い毛並みをなでながら、刃兼は貝殻を耳にあてる。五人兄弟の末っ子は、賑やかな雰囲気が結構好きだが、こういう情緒も悪くない。 「喜多さん、もう帰るんですか?」 「僕は先に帰って、月餅を作ろうと思うんです」 おとめの膝枕から頭をあげ、早紀は目をこすった。料亭の長兄らしい解答が返る。 食べ盛りの子供たちが多い、今夜の訪問。お弁当だけでは、足りないだろうと。 海からの帰りは、少し早くなった。夜のおやつの月餅作りに、早紀をはじめとする子供たちは大喜び。 「連れてきてもらっちゃったんだから、おしごとおてつだいするの」 「おお〜、それはいいですねえ〜」 待っている間、エルレーンは甲龍たちの背中に、荷物を積みにかかる。フタをしても、中身が溢れんばかりの弁当。 のんきに差し伸べられた、ラルの手。エルレーンは、なんの疑問も無く、荷物を渡す。 さりげない優しさ。エルレーンの移動距離より、ラルの移動距離の方が長い。 「しかし、こうやって見聞を広められるというのも、開拓者の役得なのかな」 「羅喉丸、これ弁当か?」 羅喉丸もお手伝い、側にいた六尺ちかい翔星(180)に無意識に荷物を手渡す。袖の無い長袍は鷲羽を動かしながら、律儀に弁当を運んだ。 ●猫和祭祀 旅一座の皆と並んで、夕食の時間。 「こゆき、おひるよりこっちがすき♪」 「美味しくてよかったね」 泰風の唐揚げ丼、油琳秋刀魚丼を食べさせて貰った小雪。真夢紀は、笑顔を向ける。小雪は小さな口で、大きな秋刀魚一切れを食べてしまった。 「大葉レモンソースを、焼いた秋刀魚にかけて食べると美味しいんです」 柚乃の手には、特製ソースの入れ物。以前、猫族秘伝の糠秋刀魚をお礼に貰ったらしい。 「教えて頂いたモノなんですけど、よかったら」 「材料はなんですか?」 柚乃のすすめる調味料に、真夢紀は興味を示す。にんにく、レモン果汁、大葉、はちみつに、白ワイン、さらに醤油などなどが入っているらしい。 「あたしにもくれるかしら?」 伊邪那は一口食べるだけなのに、不思議な色香が漂う。食べ終わると、なまめかしく舌なめずりした。 「それにしてもおいしそうですね〜、はやく食べたいですね〜」 「……いい」 お弁当のフタを取ると、あんかけの香味が食欲をそそる。ラルの前髪が、待ちきれないように動いた。 エルレーンは口数が少なくなり、弁当を見ようとしない。どうも、食指が動かない様子だ。 「ははあ〜、さては……お魚だから、嫌なんでしょう〜?」 「ち、ちが…」 「お肉ばっかり食べて〜……好き嫌いばっかりいってるから、育たないんですよ〜?」 ラルは意味ありげに、人差指を振る。炎龍のままなら、龍鎧が音を立てて、笑っていただろう。 「……主に、胸が〜」 「う、うぐぐ……ら、ラルのばか!」 ビシッと、ラルは指差した。エルレーンは、水色の羽織「舞散桜」の前を合わせて、胸元を隠す。 いわゆる「ないすばでー」が、女性の魅力の全てでは無いはず。分かっている。 けれど『巨乳撲滅火兎包』の称号を持つ、エルレーン。胸元は「ないすばでー」から程遠い。 「ばかばかばか!」 からかわれ、真っ赤になった。ラルに向かって、怒り続ける。そんなエルレーンを見て、ラルは穏やかに笑うのみ。 エルレーンは、自分が命を賭けられるほど、大切なものを希求している。自分が命を賭けて守られていると知るのは、いつだろう。 「劇は日没後か。始まるまで、折角なので出店巡りに行くか?」 羅喉丸は蓮華を誘ったつもりが、子供たちが反応した。豪快に笑うと、引率役を引き受ける。 「泰国のお祭り、楽しみです♪」 和服の似合う、天儀美女たち。早紀はおとめの手をひっぱり、早く屋台に行こうと誘う。 秋刀魚丼は、たっぷり堪能した。おやつの月餅は、即興劇のときのお供になる。 「楽しいな、本当に愉快だ♪」 羅喉丸は酒が入ると、笑い上戸になる。食事のときの一杯が、効いたらしい。些細な事でも楽しく、陽気に三毛子猫を肩車した。 蓮華は、出店の食べ物を買ってやる。羅喉丸は記念として、お土産を購入。蓮華の分も忘れずに。 「亜祈さん、一緒に行きませんか?」 「ええ、良いわよ」 「折角のお祭りですので、楽しんでみたいですね」 翔星の目の前で、亜祈に声をかける星晶。どこか飄々とした言動の黒猫は、我が道を行く白虎と連れ立つ。 「主は、もう少し『きりっ』としていた方が……」 「てやんでい、追うぜ」 泰然と構えている黒猫の態度は、鷲には耐え難い。ぶつぶつと一人、文句をもらす。心配な金は、翔星の肩を叩いた。 「お祭りかあ……すてきだね、ラル!」 「ええ〜、わくわくしますねえ〜」 大きな涙型をした、紅玉の首飾りが揺れた。呪術文様がある顔がのんきに散策する。 ラルに肩車され、物珍しげに、辺りを見渡すエルレーン。見覚えのある背中を見つけた。 息を潜める青年たちに声をかけると、速攻で物陰に引きずり込まれる。翔星と金の視線の先には、黒猫と白虎との姿。 それから屋台の前で翻弄される、子供たち。小柄な二人連れは、猫族の群れにしり込みしている。 「こゆき、まゆきとおまつりみたい」 「大丈夫、行けるからね」 甘えん坊の子猫は、真夢紀の服の裾を必死で握っていた。泣きそうな白猫を、なだだめる。 「そうですね……これでどうでしょうか?」 意外と世話焼きな黒猫、まとめて抱き上げた。小雪と真夢紀の視線は、星晶と同じ高さになる。 「おじちゃん、たかいの!」 星晶はゆっくりと一回転し、小雪は歓声をあげて、大喜び。途中で意味ありげに、黒猫耳が動いた。 「まゆき、りんれいとしらさぎにおみやげかお?」 小雪は留守番中の他の朋友、駿龍とからくりの事を気にする。屋台に視線を巡らしながら、自己主張した。 「姉様達にも、買っていきたいですね」 真夢紀は、黒い髪を嬉しげに揺らす。白い子猫又に、ちょっとした成長を見つけたのだ。 「先に、おやつかしらね」 話すうちに、小雪のお腹が鳴った。素直な白猫に、亜祈は自分の月餅を差しだす。 「さて、のんびり行きましょうか」 星晶は、ちらりと遠くに視線を投げかけ、意味ありげに黒猫耳を動かした。そして、歩きだす。 「あれなら、俺っちも安心だぜ」 物陰から四人を見送り、金は大きく背伸びをする。翔星は鷲の羽を動かした。 「まぁ、やるときは、やるんだけど。俺との決着は、正面から殴り合ってつけたからな!」 自慢げな翔星は、拳を握って見せる。さすがに、鉤爪「鉄鷲」は使わなかった。 「ラル、ちょっと、おもしろそうかもね♪」 「嫌ですよ〜、私はやりたくないです〜」 本気めかして、笑うエルレーン。冗談ではないと、ラルは眉を寄せた。 「あらあら、なにかお困りですか?」 「いざ、ゆかん。我らの理想郷へです」 羽扇「伏龍」を口元にあて、小首をかしげるおとめ。早紀はおとめの羽扇を借りると、さっと振りかざした。 三十六才のおとめと、十四才の早紀。指揮を行う放浪の軍師親子。娘は可愛いものが好きで、ぬいぐるみをよく集めている。母は優しく……苦労性だとか。 「祭りの由来等にも興味があるし、面白そうだ」 羅喉丸も手招きに応え、歌あり、踊りありの劇に、飛び入り参戦。細かい事は気にせず、楽しむのみ♪ 「即興劇に、飛び入り参加してみたいでありんすえ」 「あらあら、やる気ね。あんたも、前に行って見てきなさい」 落ち着きの無いキクイチに、声をかける。おしゃまな伊邪那は、柚乃の髪形を直してやった。 「……伊邪那が一緒なら」 「ほんと、甘えん坊ね」 たまには、柚乃もわがままを言ってみたい。伊邪那は、苦笑する。手を引きながら、観客席を移動し始めた。 「さっきの言葉、『まもりたまい、さきはえたまえ』で合ってるのかな?」 「ええ、そうですよ。我が家は、月様、月様、守給、幸給です」 楽しそうなキクイチを見守りながら、刃兼は喜多に尋ねる。劇の始まりに、料亭一家が呟いた祈りの言葉は、旅一座と違っていた。 料亭に帰り、線香花火を見ながら、羅喉丸は考え込む。秋刀魚三匹を手に、月へ捧げた。 「祈りの言葉が在るのか、そうだな……月様、月様、守給、道給、かな。」 羅喉丸らしかった。理想と現実の溝を埋めるために、日々鍛錬に励んでいる。 「道に迷い、闇に彷徨う事になっても、闇夜に道を照らしてくださらん事を」 「なに、存分に迷うがいい、悩むがいい、それが生きるという事じゃよ」 帯「水鏡」が揺れ、瓢箪を傾ける手が止まった。蓮華は、泰国の仙人のような服装をしている。 「それに、道に迷ったというのなら、妾が引きずり戻してやろう。安心するがよい」 自称『師匠』の蓮華は笑う。外見だけでも羅喉丸より上だ。二十代後半に見える。羅喉丸は、頭を下げた。 伊邪那は二階の窓から、線香花火の様子を見守る。膝の上に、うとうと眠る柚乃の姿があった。 「……約束したものね。何があってもこの子を守るって」 天女のような服装が、衣擦れの音を響かせる。精霊の舞衣の袖を伸ばし、柚乃の青い髪を優しく撫でた。 柚乃は、決して人前で弱音をはかない。ヒトに本心を見せようとしない。聡明で芯が強い、良家のお嬢様。 「傍にいると心に誓ったのよ……あの人と」 だから、伊邪那は見守る。柚乃には、きまぐれな行動に、見えるかもしれないけれど。 「おとめ、母さんが生きてたら、一緒に劇に出てくれたかな?」 大人しく控えめな早紀。祭りから戻ってきて、ようやく尋ねる決心がついた。 「あの方は何と言うか、おかしな言動ばかりする風変わりな人でしたけど、あなた方姉妹への愛は本物でしたよ。きっと一緒に出てくれましたよ」 おとめは神座三姉妹の母、魅紀の相棒だった甲龍。母が早世した事により、形見になってしまった。 「……うん!」 早紀は涙ぐみながら、抱きしめるおとめの胸に顔をうずめる。月から降り立った風が、早紀の羽衣「天女」を揺らした。 「お月さま、綺麗だね」 「あらあら、ほんとうに綺麗ですね」 早紀は顔をあげ、黒い瞳で月を見上げる。おとめの緋色の瞳も、一緒に空を見上げた。 『花火を見せてくれて、ありがとう』 早紀の手の中で、燃え尽きた線香花火。風は二人の黒髪を、やさしく撫でる。静かに、月へ帰っていった。 |