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■オープニング本文 ●猫族 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。 個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。 ●三山送り火 朱春近郊にある、小高い三つの山。朱春から見て、西の劉山、北の曹山、東の孫山と呼ばれていた。 その山では、月敬いの儀式の風習の終る、八月二十五日に、『三山送り火(さんざんのおくりび)』がある。猫族たちが月に観て貰うために、山に火を焚くのだ。 特に勝ち負けがあるわけではないが、三つの山は競いあっている。西の劉組は奇想天外、北の曹組は豪華絢爛、東の孫組は質実剛健。 図柄は毎年変わるが、根底は共通だ。月を敬うもの、または秋刀魚や猫族に関するもの。 風の噂でしかないが、稀にその時の春華王が感銘を受けると、その団体に贈り物があるとか。朱春の住民たちも、楽しみにしていると言うことだろう。 ●雪花 いつ、この世を去っても、後悔が無いように。やり残したことが、無いように。 月敬いの儀式に、全てを託そう。猫族たちの祈り、ひと夏の思い出。 拳を握り、虎猫しっぽは言葉にした。それは、最後になるかもしれない約束。 「三山送り火を、一緒に見よう?」 「嫌ですわ。私が遠くに行ける訳、ありませんもの♪」 雪を見たことのない白虎は、楽しそうに断った。天邪鬼(あまのじゃく)。そんな言葉がよく似あう。 身体の弱い子だった。二十歳まで生きられないと、宣言されている。蝶よ、花よと、大事にされて育った。 料亭の兄妹は、虎猫の長兄を司空 喜多(しくう きた)。白虎娘の妹を亜祈(あき:iz0234)と言った。 「今年は絶対、花月(かげつ)を引っ張り出すわよ!」 上の妹の叱咤に、長兄は月を見上げる。約一年ぶりに会った幼馴染は、あまり笑ってくれなかった。 母方の祖父母は、白虎。その血筋の又従姉妹も、白虎。ただ、身体の黒いシマ模様が無い、雪白の白虎。 深窓の令嬢の数少ない趣味は、読書と刺繍。昔から令嬢の遊び相手は、隣町の親戚。料亭の兄妹くらいだった。 令嬢には、もう母が居ない。たぶん、身体の弱さは、母に似たのだろう。 「勇喜(ゆうき)に頼んで、夜の子守唄がいいかしら。そしたら、全員眠るから、勝手につれて行けるわよね?」 「こら、伽羅(きゃら)みたいなイタズラを、考えないの。双子が真似したら、困るからね」 長兄と虎娘の、双子の弟妹。白虎の三番目は勇喜、虎猫の末っ子は伽羅と言った。 「……花月、また閉じ込められていたね。大おじさまは、『花月、命!』だから」 旅泰の父と兄たちは、ほとんど家にいない。令嬢は祖父母と、使える家人たちと暮らしている。 令嬢の祖父は、身体の弱い孫娘を、外に出したがらない。それでも、料亭の兄妹は、外遊びに誘っていた。 散歩の翌朝、虎娘は早起きした。兄を叩き起こし、朋友の背に乗って、隣町へ繰り出す。 家人に見つからないように、令嬢の部屋へ乗り込んだ。こんな時、虎娘が家出で身に付けた、陰陽術の人魂は役に立つ。 「今年は、三山送り火に、参加できるのよ!?」 「無理ですわ!」 「こっそり抜け出せば、大丈夫よ」 「行けないったら、行けませんの!」 布団にもぐりこむ令嬢に、虎娘は耳を伏せる。天邪鬼な幼馴染は、強情だ。 「花月。明日、うちの料亭で送り火の相談会があるんだ。北の曹組は、豪華絢爛なんだよ」 「関係ありませんわ!」 黙って聞いていた長兄は、口を開く。わがままなもう一人の妹に、語りかけた。 「ねえ、花月。今年は一緒に、朱春へ行こう?」 掛け布団を握りしめ、令嬢は横に顔をふる。祖父が許すはずがない。 「また明日、迎えに来るから」 令嬢の頭をなでると、長兄は立ち上がる。返事をしない令嬢に苦笑し、白虎の妹を促して、撤退した。 蝶のような、ゴシックドレス「ナイトパピヨン」。金色が美しい、螺鈿蒔絵簪「綾雲」。 それから、竹編みの衣装箱にはしまえない、弟妹のお気に入りのまたたび茶。バイオリンとリュートの音色。 握っていたのは、三日月模様のムーンメダリオンと、月が満ち欠けするような月蝕の指輪。大切な思い出と贈り物を懐に戻し、虎娘は立ち上がる。 一年前の夏は、お祭りどころではなかった。けれど、開拓者たちは、虎娘の誕生日を祝ってくれた。 「兄上、ちょっとでかけてくるわ」 「いいけど、どこ行くの?」 「花月の家よ」 「……うちの妹たちは、本当に頑固だよね」 やる気に満ちた白虎しっぽ見送り、長兄は頭をかく。虎娘が先に、朱春の開拓者ギルド事に寄ることを、お見通し。 虎娘は、送り火の図案作成に協力してくれる開拓者を、つれて行くつもりだろう。令嬢と祖父母を説得するために。 「藤(ふじ)、どうしたの?」 「喜多はん、抱っこしてや」 長兄は飼い子猫又を見つけた。おねだりする三毛猫しっぽを抱き上げ、のどをなでてやる。 「藤、うちにきて幸せ?」 「当たり前やん♪」 長兄は、子猫又を顔の前まで持ちあげる。二年前に引き取った暴れ子猫又は、人間の都合で母と引き裂かれた。 ギルド員になると決めた、きっかけの子猫又。長兄は「困っている者は種族問わず助けたい」と、家族の反対を押し切る。 「……どうしたら僕は、藤みたいに皆を守れたのかな?」 一年半前の天儀へ旅立つ日、母は料亭の片隅で泣いていた。白虎の幼馴染とは、ケンカ別れ。 家族、恋人、仕事。……すべて傷つけてしまった。どれも長兄には、大事だったのに。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●第一時間為朋友〜初めての友達〜 生まれて初めて通る、街道。見上げた空は、澄んでいた。 「行きたいなら、行けばいい。この大魔法使いが、その手伝いをしたげるわ」 風が花月の頬をなでる。鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、空を差しながら言った。 陰陽術、巫術、魔術を扱える「魔法使い」は、不敵な笑みを浮かべる。自然すら、配下にしてみせようと。 「具合は大丈夫ですか?」 荷台を引く、杉野 九寿重(ib3226)の質問。花月は雲に負けぬ、白い虎しっぽを揺らしながら返事。 犬耳をさり気なく、方向転換しながら、九寿重は顔をほころばせる。小石を避ける様子すら、花月には珍しいらしい。 「身体弱いってもさ、アキとか友達もついてんじゃん? 大丈夫だって、俺達もいるんだしよ」 荷台を押す、赤い髪。ルオウ(ia2445)は正義感が強く、弱い者や女性をほうっておけない。友達の友達は「皆、友達っ!」と力説。 初めての人間の友達を得たと、花月は感動する。開拓者は、親戚の料亭の兄妹以外で、初めての友。 「ボクには花月さんの体を丈夫にする事は出来ないけど、せめて花月さんに楽しい思い出を作ってもらいたいな♪」 月の帽子が踊った、月を模した銅製の飾りも跳ねる。神座亜紀(ib6736)は、膝まで届く少し癖のあるロングヘアを揺らした。 神座家三女は、大人びた言動をすることが多い。同じ末っ子でも、しっかり者に、花月は尊敬のまなざしを向ける。 もふもふ枕をクッション代わりに、荷台に敷き詰めてくれた。喉が渇いたらいけないと、こまめに水まで渡してくれる。 「白き、白虎……花月様は、わたくしと同じ……白子、で御座いましょうか……」 亜紀に被せて貰った、亜麻のヴェールを月雲 左京(ib8108)はかけ直してやる。花月は、白猫みたいだ。 左京は先天的な白子。夜間以外、好んで活動はしない。今日は、羽織を頭に乗せていた。約束した番傘を、花月と分けながら二人で影に入る。 「綺麗なものや、面白いものを、沢山知って頂きたいですね」 劉 星晶(ib3478)は、花月の意思を尊重するのが一番と考える。時間が無いというのなら、なおさら。 暇さえあれば「面白いモノ」を探して世界を巡っている、黒猫らしい考え。初めてづくしの花月は、面白い物を見つける達人だった。 ●知道的知識〜知ることの知〜 亜祈は今日も、波乱を持ってきた。 「俺はサムライのルオウ! よろしくなっ」 「お友人を連れだすの、手伝ってちょうだい!」 自己紹介していたルオウ。亜祈の返事に、金の瞳は瞬きする。 「亜祈に関わるのも、これで何度目だっけ……まーた、面倒ごとに首突っ込んでるわけ?」 「体の弱い又従姉妹に送り火を……ですか。いきなり引っ張られて、何事かと思いました」 事態を理解し、指折り数える風葉と、黒猫耳を伏せる星晶のお言葉。亜祈はちょっと小首を傾げ、考える。 「私たちは喜多からの要望で、山に掲げる大きな送り火図案作成の依頼に、参加したのですね」 かくりと、九寿重も首を傾けた。犬耳も、かくり。巻き込まれた感じ? 「満足に動けないって事が、想像するだけでも大変だとは思うけど、それでも気持ちまではわかんね。頭良くないしさ、ガキだし」 ルオウの胸が、少し痛む。自分が口を挟んでも、よい事なのだろうか。迷ってしまう。 けれど、一つ分かることがある。周りの一生懸命な気持ち。 「わたくしを繋ぐは、この手……鎖、そして絆で御座います」 月を愛で、祭りの楽しげな香り。思い出すは過去ばかり。左京はうつむき、右手の中指の指輪をそっとなぞる。 双子の兄と揃いにした指輪。兄の指輪は、今までは遺髪に通していた。今はカラクリの指に預けている。 「この世界は不思議な言葉で満ちているんだね」 謎かけのような、左京の呟きを聞かされ、亜紀は空を見上げる。子供には、意味が良く飲み込めない。けれど、左京にとっては、大事な意味が込められているのだろう。 「是非見せたいとならば、手を貸すのも吝かではないですね。青龍・九寿重、ここに推参よ」 九寿重は我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する。五人姉妹弟の筆頭とあらば、責任感も強い。 幼年組の出世頭で、渾名は「青龍」と言う。腰までの漆黒の髪を揺らし、犬耳をピンと立てた。 「病は気からと言いますし、気持ちの持ちようで回復に向かえるのですね」 無闇に考えを押し付けはしない。九寿重は、亜祈に向かって、静かに頷くのみ。 「あたし、やっぱりパス。その辺で待ってるわ」 ひらひらと手を振り、風葉は一行から離れる。強引な亜祈に、引っ張ってこられた身。付き合う義理もない。 屋敷のまわりを散歩すると言う風葉に別れを告げ、一行は旅泰の屋敷へ入って行く。屋敷の角を曲がった風葉の後ろ姿は、見えなくなった。 「……さて。焼ける世話があると良いのですが。いえ、無い方がいいでしょうか」 見守りし者は、黒猫耳を倒し、言い淀む。虎娘は老夫婦と交渉を開始。 「あまり動かせないなら、荷車にでも乗せていきますか?」 金で虎の装飾がされている闘士鉢金は、ため息をつく。星晶の目の前で、さっそく衝突した。 「調子が悪いようなら、適度に休憩を取るなど十分に気をつけますので。歩くよりは体力も減らないと思いますよ」 真摯に対応していく黒猫。幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失ったから、家族を失いたくない老夫婦の気持ちを察する。それは、冥越の隠れ里を失った左京も同じ。 「残りをどう生きるかを決めるかは、己のみ。己の人生で御座います。己の考え、動かなくては、ただ死人も同じでございましょう」 左京は、一度目を閉じる。自ら瞳を閉じて、光を遠ざけるは悲しき事と思う。 「花月様にも、わたくしにとって右京のように、闇から手を引く人が現れる事を祈ってやみませぬ」 まぶたを開き、花月を見つめる。右の黒い瞳は、訴えていた。前髪に隠した、左の緋色の瞳は、叫んでいた。 「自身が……後悔せぬのであれば、それが一番で御座います」 左京が囚われている幻覚。最愛の兄の血を被り、穢れている己の身体。夏冬関係なく、禊を行う習慣がある。 「本当は行きたいんだろ? だってアンタの友達は皆一生懸命に一緒に行こうって言ってんじゃん。こういう友達を持ってるならアンタはきっと良い奴だ」 ルオウは目を輝かした。アーマーや銃などのカラクリを見つめる時と、同じように。 「良い奴の所には、良い奴が集まるって、俺は確信してる」 目標は、天儀一のサムライ。正義の味方を目指して、まい進する日々。だから、知っている。 「そんな仲間となら、どこまでも一緒にいて、思い出とか作りたいって思ってんじゃね?」 旅泰一家を前に、思わず立ち上がるルオウ。突然、金の瞳がまたたきした。ふと思ったこと。 「下手に思い出を作ったら、後で悲しみを与えるから?」 花月の瞳が伏せられる。余命が短い事を気に病んでいると言う、ルオウの読みは当たり。 少し前、風葉と花月がやり取りをしたことを、仲間たちは知らない。 「じゃあ、とりあえず一歩前に踏み出しましょ?」 花月の右手を取って、不敵に笑う風葉。不思議そうに小首を傾げる、花月。 「……あんたは弱くない、あんたは自分でしたいことを出来る。見ず知らずのあたしを怖がらなかったあんたには、何でも出来る勇気があるわ」 風葉は、花月の感情に、気付いた。外へ出られない「失望」ではなく、出かけることへの「恐怖」だと。 「この大魔法使いが保証したげる!」 言い切る風葉は外の世界と「英雄」に憧れ、屋敷を飛び出してしまった。代々巫女の家系の鴇ノ宮家、創始以来の我侭娘。 「花月さんの体が弱い事は聞いたよ。心配するのも尤もだと思う」 護身羽織を揺らす、亜紀のギルドの記録には、母の事は書かれていない。姉たちと父の記載はあるのに。 「でもこのまま誰にも会わずにずっと家の中にいたら、誰も花月さんの事を知らないままだよ」 地域独自の言語に、興味を持っていた。いろいろな所へ出かけ、研究する夢を、亜紀は叶えつつある。 「父さんが言ってたんだ。人が本当に死ぬのは、誰もその人の事を思い出さなくなった時だって」 「だったら最後の最後まで目一杯思い出作ろうぜ。自分がいたっていう証を、楽しい思い出と一緒に残せるようにさ!」 研究者である父を、亜紀は尊敬している。ルオウはジルベリア騎士だったという父から、受け継いだものがある。 「行こうぜ、花月! お前の強さ、そして俺たちの強さを見せ付けてやろうぜぃ!」 花月に訴えかける、心からの叫び。咆哮を使っていないのに、地を揺るがす声が、ルオウから発せられた。 普段は泰然と構えている星晶。だが、料亭での相談は、心がすり減る。 「ギルドに顔を出したら、想い人に攫われました」 猫族一家の父親は殺気を放ちながら、お茶をすすめる。亜祈の想い人の星晶は、仕方なくお茶を受け取った。 「ほう……、うちの娘を連れ去ったときみたいに、強硬手段かい?」 「強行突破は、よほどの事が無い限りやりませんよ」 睨み続ける折れ耳の虎猫と、受け流す黒猫。猫たちの会話は、業火賢覧の騒ぎ。 一つ隣の机では、つつがなく、送り火の相談が行われていた。 好奇心旺盛なガキ大将は、勇喜のくれたお茶をすする。ジルベリアの貴族の娘に一目ぼれし、護衛の騎士に弟子入りしたルオウ。 「豪華絢爛とか、なんかスゲーいいな! 俺は豪華絢爛に燃えるサムライとか、そんな風に生きたいぜー」 暗闇を切り取った様な、八咫烏のローブが揺れる。八咫烏は、天儀では太陽の使いとされていた。 「二人はどんなのが良いんだ? でっかい炎の方が良いよな!?」 マダブチの勇喜に片目を閉じて、ルオウは瞳を輝かせた。しっぽを揺らす伽羅も混ぜて、三人で大はしゃぎ。 「勇喜、伽羅、花月の症状を知っていますか?」 「がう。花月しゃん、『せかせか』だと『息こんこん』なのです」 「にゃ。花月しゃん、『ぽてぽて』だと『顔にこにこ』なのです」 九寿重は、ルオウとお話しする双子に話しかける。揃って口を開き、懸命に話してくれた。 でも、泰の子猫語は難しい。異国の言葉は、理解しがたい。九寿重は犬耳を倒したい衝動にかられる。 「早く動くと、苦しくなるのですね。それから、医者は三つの道があると」 根気よく、話を聞いた。根気よく、理解に努めた。九寿重は、亜祈が気に留めていない情報を手に入れる。 「そうなりますと、私の口ぞえは、余計になるかもしれませんね」 九寿重は花月を見た。気位は高く血気盛んで有れど、道理は弁えている。 静かに余生を過ごすか、早急に燃え尽きてしまうか。それから、症状と付き合いながら、未来を見据える道がある。 「……花月さんが行く意思がある上で、恋人の要請があるなら、煙遁でも何でも使う所存でした」 湯呑を返しながら、本音を告げる星晶。大切な者の危機には、どこまでも懸命で、どこまでも物騒。 「でも本当に最後の手段です。老夫婦の方にも賛同して頂いて、心置きなく向かうのが一番でしたから」 「……今日は、その言葉を信じておくよ」 穏和な性格で、意外と世話焼きな黒猫の笑み。虎猫も、にこやかに殺気をひっこめる。 忍装束「影」をまとった星晶は、肩をすくめる。亜祈の父は、二人の仲をまだ認めてくれない。 「もしや花月様は、喜多様の恋人では……はっ、い、いけません」 頬を染めながら、そわそわしていた左京は、我に戻る。きりっと姿勢を正す。着物「月に雲」も、しゃんと図面に向いた。 「昔の話ですよ」 左京の百面相の質問は、料亭の長兄に聞えていた。喜多は笑う。 「花月さん、長くは生きられないって……?」 亜紀は言葉に詰まった。喜多が珍しく、長く沈黙した末の言葉。 「花月さんが皆の中に入って一緒に思い出を作れば、きっと沢山の人が花月さんの事を覚えていてくれる。ずっと花月さんは生き続けるんだと思うよ」 決心し、花月の腕をひっぱり、移動を促す。風葉と九寿重の方に、進路をとった。 「あんたたち、遅いわよ」 何食わぬ顔で、帰り道に合流した風葉。さりげなく、花月と視線を合わせた。「昼間のことは内緒ね?」と念押しを。 世間一般の「正義」に背を向け、己の正義を貫く。故に名乗るは「正義の大悪党」、祝福のブーツは、花月の部屋にお邪魔した。 「……あー、思いっきり怪しいけど、怪しい者じゃないってゆーか……亜祈の知り合い、って言えば、分かってくれる? 亜祈たちを諦めさせる手伝いを、してあげるわよ」 亜祈の名前を聞いて、嬉しそうな旅泰の末娘。風葉は、そう告げた。 ●送神火〜送り火〜 「こういうのは、花火職人さんの方が詳しそうですね」 丁寧だが、どこか飄々とした言動の奇人は悩む。炎の色を変えるくらいしか、黒猫は思いつかない。 「とにかく火を大きく、華みたいに明るくするのが良いんじゃないかな?」 ルオウは、考える。もっとも、自然な原理に行きついた。一つ一つの火元を、大きくすること。 「花……今の季節、図案にし易い見頃の花はなんでしょうかね?」 天儀では、桜が好まれる。花月の住む泰国の地域では、牡丹が好まれた。九寿重は悩む。図案にしやすい? 「花一つなれば、家紋のようなもので御座いましょうか?」 九寿重の言葉に、左京は考え込む。花弁の多い牡丹でも、簡素な図形ならば、再現できるか。 「桜吹雪と白い虎……もとい、猫ね」 牡丹の花言葉の一つは、壮麗。風葉の小隊の文様を見せて貰った。舞う花と「姫」の字を抱く、白虎。 「送り火を見た人皆が、花月さんの事を心に刻み付けてくれるんじゃないかな?」 亜紀は猫のお姫様のモデルに、花月を推薦した。 華みたいに明るく、豪華絢爛。三日月に秋刀魚を捧げる、猫のお姫様。葉っぱを持つ牡丹の花と、花吹雪。 三日月がてっぺん、真ん中の上。塩をかけて、燃やすときに黄色の色付けを。 その下に一尾の秋刀魚が。左から、月を見上げる猫の横顔。ここの二つは、色付けしない。自然のままの色。 猫の向かいの右に、牡丹の花。横から見ていて、三枚の花弁と葉っぱのみの簡素なものだ。 ここは、色付けをする予定。花にはみょうばんで紫色を、葉っぱは銅で緑色に。 猫を囲むように、所々にある、小さな点。紫色にして、牡丹の花吹雪が舞う予定だ。 「本番では、楽しみという事になりますね」 名刀「ソメイヨシノ」を腰にさし、珊瑚の髪留めの位置を直す。ほほ笑みを浮かべる、九寿重。 別れ際、左京は簪「撫子」を取り出した。少しだけ早い、誕生日の贈り物。 「亜祈様の一年が、素敵なもので御座いますように……」 なでしこの花言葉には、色々ある。大胆で、純粋な愛を傾けようとする、亜祈の変な才能と捉えていいだろうか? |