白梅の里と妖しの川
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/10 20:06



■オープニング本文

●鬼灯
 三日前。田畑をうるおす川の下流に、女の幽霊の噂がたった。出所は、散歩中の男。
 夕暮れ時と行っても、夏は日が長い。影法師と一緒に、飼い犬の散歩をしていた。
 元気に遊ぶ犬を道に離した。涼を求めた飼い主は河原に腰を降ろす。
 遠ざかっていく鳴き声を聞きながら、水面を眺めていた。川の向こうに、鬼灯(ほおずき)の花と実が見える。
 いつの間にか、うら若い娘が隣に立っていたと言う。女は、ほほ笑む。澄んだ黒い瞳に、男は魅せられた。
「参りませんか?」
 差し出された女の手をとり、男は立ちあがった。導かれるまま、二人は川に足を進める。男の眼には、川ではなく、見事な門構えの家屋が映っていた。
 男が門をくぐろうとしたとき、飼い犬のうなり声が聞こえた。ものすごい勢いで、女に食らいつく。
「違う、違う、違う!」
 女は悲鳴をあげ、家屋と共に消え失せた。男は尻もちをつく。体中の力が抜け、息をするのも苦しい。
 男と犬の周りには、いつもと変わらぬ川が広がっていた。


●白梅の里
 朱藩の田舎の白梅の里まで、警護の依頼を頼まれた。正確には、開拓者たちは神楽の都に、徒歩で帰る途中になる。
 明朗闊達なサムライ娘に話しかけられて、なんとなく答えた。たまたま街道を行っていたものだから、通る道はほぼ同じ。
 旅は道連れ、世は情け。サムライ娘は、武天にある、道場の一人娘の花梨(かりん)と名乗った。
「へー、恨み姫退治だったんですか?」
 恨み姫。悲恋の末、並ならぬ未練を残して死んだ、女性の怨恨から発生したアヤカシ。
 真っ先に慕い人を殺そうとし、その後にも無差別に人を襲う。今回、被害が無かったのは良かった。
 恨み姫は、生前の姿形をしていると言うが。未練だろうか、首元のしめられた跡が痛々しかった。
「依頼人の故郷、従兄の家の近くなんですね」
 駄弁りついでに、白梅の里に一泊をすすめられた。野宿より、屋根がある場所に泊る方が嬉しい。
 食事付で、今が旬のウナギのかば焼き付きならば、なおのこと。あっという間に、交渉成立。


 事件が起こったのは、白梅の里に着いてすぐ。真夏のセミをうるさく感じる、午前中。
「男をたぶらかす、女の幽霊か」
「清太郎(せいたろう)は、行かないほうがいいな。いや、幽霊より、おりんが怖いか?」
「黙れよ」
 耳元でからかう悪友を、青年は睨みつける。新妻に聞かせたら、血の雨が降りかねない。
「とにかく、清太郎たちが従妹の開拓者と帰ってくると聞いたのでな。退治を頼んだらと思うての」
 注意を促しにきた、隣村の若者。白梅の里と隣村の真ん中に、川が流れていた。小さな山里の二つの集落は、相談して、退治依頼をお願いすることにする。
「あの川、ウナギが獲れるんだ。頼んだぞ」
「任せて下さい! 困っている人を助けるのは、開拓者として当然です」
 真剣にお願いする、隣村の若者。胸を叩き、背筋を伸ばす、サムライ娘。ウナギは、開拓者たちのご飯になるはずだった。
「しかし、なんで、川に幽霊が出たんですか?」
「……さぁ。なんでだろうな」
 黒髪のポニーテールを揺らし、サムライ娘は尋ねる。奇妙な沈黙、隣村の若者は視線を反らした。


■参加者一覧
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
朱華(ib1944
19歳・男・志
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
ジク・ローアスカイ(ib6382
22歳・男・砲
正木 雪茂(ib9495
19歳・女・サ
ナシート(ib9534
13歳・男・砂
ヒビキ(ib9576
13歳・男・シ


■リプレイ本文

●偽り
「久しぶり、だな。敵は川姫が一体か」
 道案内する花梨と、琥龍 蒼羅(ib0214)は、話をしながら歩く。まだ見たことのないアヤカシだと、緊張気味の花梨。
「魅了効果などの範囲、は?」
「どちらも、一人と聞く」
 川姫と教える蒼羅は、以前にも戦闘経験がある。ジク・ローアスカイ(ib6382)の質問に、即答した。
「いくつか含みがありそうだな…」
「……先ずは実際にアヤカシと遭遇した者に、話を聞く事から、だな」
 横から話を聞いていた、朱華(ib1944)は、小さなため息を漏らす。蒼羅は、水をたたえた川に黒い瞳を。気になる点が多々あった。
 犬に襲われた程度で、逃げ出した川姫。普通のアヤカシなら、考え難い話だ。川姫が現れたのには、必ず原因があるはず。


「未練が集いてアヤカシと化す。そこに『人であった頃の想い』は、あるのでしょうか?」
「瘴気集まり自然とかたどったか、世に未練残しアヤカシと化したか……」
 言ノ葉 薺(ib3225)の懐で、椿の刺繍が施された、御守「魂椿」が踊った。椿の花言葉の一つは、理想の愛。
 隣に佇む東鬼 護刃(ib3264)は、金の懐中時計で遊んでいた。時計には、蔦の絡まる繊細な細工が刻まれている。
「……考えても、私には分かりませんね。早く鎮めてあげましょう」
「いずれにせよ、滅してやるとするかのぅ」
 燃えるような褐色の毛並みの灼狼と、古龍の角を持つ龍は、視線を交わす。
「荷物運び、畑の警備、農作業。何でも良い。人手が要るなら、何でも申してもらおうか」
 情報収集の間は、手持ち無沙汰。正木雪茂(ib9495)は、庄屋と話していた。
「ウナギを美味しくいただくために、もう一働きだな!」
 雪茂の背中で、黒い髪が揺れる。川姫と同じ漆黒の髪が。


「なんか、態度が変な奴がいるけど、何かあったのかな? …オレが口出すことじゃないか」
 ナシート(ib9534)は視線を巡らせたが、考えを振り払った。考えるまい。
「恨み姫に川姫、か。どっちも怨念から発生するのかな? 川で何かあったと見るのが、妥当だけど……」
 ヒビキ(ib9576)の頭の二本の角が、沈み込んだ。瘴気と恨みつらみ、無念は、相性が良いようだ。
「違う環境の人間が深入りするのは間違ってるから…オレ達は『部外者』ってやつだからさ、そっとしておこうぜ…」
 太陽のピアスが大きく動いた。ナシートは、とても仲の良い友人に、声をかける。繊細な装飾が、鷲の心を代弁していた。
 出身はやや閉鎖的な部族だった。環境によって何が正しいかが変わったり、それぞれで事情があることを理解している。
「なんか、幻覚を見る前に予兆とかあったのかな?」
 ヒビキは、話題を変える。警護ついでに、川姫を退治する事が仕事だから。


「犬が『違う』? ……何か意味がありそうだな」
 朱華は、左手を握ると顎に当てた。伏せ目がちになる、金の瞳。瞳と同じ色の首飾りが揺れた。
 守護の首飾り。『厄災を自分の代わりに受けてくれる』という、故郷のお守りが。
「犬を怖がるようでしたら、私はまずは姿を見せぬようにしましょう」
 薺の垂れている狼耳には、理由がある。滅多な事では、立てようとしない。遠目には、犬に見えなくもなかった。
「……ホオズキ?」
 ヒビキの言葉に、ジクは視線を移動する。川辺に、色づく前の実が揺れていた。
「死してなお届かぬ思いとは、さぞ辛い思いをしてきたんだろう、ね」
 村の人々の隠し事には一応触れない。村人の事情など、知らない。ただ、ジルベリア人と泰国人の間に、生まれたからこそ、知ることもある。
 「軸・轟天」と言う、泰国名を持つジクは、鬼灯を複雑な思いで見つめた。泰国では、幽霊の事を「鬼(クイ)」と呼ぶ。


●私を誘って
「俺がアヤカシの女性に好かれるかどうかは別として、上手く現れてくれるといい、が」
 そう言って、肩をすくめたジク。仲間が見守る中、川姫が現れた。ジクの視界で、川が家になる。訪れた村の庄屋の家と、同じだった。
「違う……こんなのあたしじゃない」
 ジクの青い瞳は、濡れた髪の下の傷に気が付いた。川姫の右の頬は、無残だった。鋭い牙に、かみちぎられたように。
「あの人に会いたいの。だから、ちょうだい?」
 遠くなりかけた意識。川姫の言葉だけが、耳に響く。ジクの右頬に、冷たい手が触れた。思わず、うなずく。
 機を逃さない。方天戟「無右」を握る雪茂の前で、顔を左右に振る川姫。素が純真ゆえ騙されやすい雪茂は、少し心が痛む。
「恨みだろうが、何だろうが、我らには関係無い。アヤカシはアヤカシ、討ち取るまでぞ!」
 雪茂は力を溜め、渾身の一撃を見舞った。悲鳴を上げる川姫、肩口から流れる鮮血。人を貫いた感触がした。
「とにかく攻撃あるのみ! てやぁぁぁ!!」
 戟を引き抜き、さらに一突き。雪茂の目の前で、人が血まみれになっていく。迷う。惑う。
 足元に広がる赤、流れる赤。現実?幻覚?分からない。
「耐えろ、……私」
 降ろされる武器。猛者と謳われた武芸者の一人娘は、茫然と呟く。さらされた川姫の頬の傷が、哀れだった。
 雪茂の肩に置かれる手は、揺さぶった。強いヒビキの声。
「ユキシゲ、ユキシゲ!」
 シノビの書「天の巻」に書かれた、シノビの心得など関係ない。困った者がいると、放っておけない。
「ナシート!」
 お人好しと笑われても構わない。陽州の良家の子息は、天儀に来て、初めて出来た友達に助けを求める。
「お安い御用さ! オレが道を切り開いて、引き止める」
 背の大きく立派な、鷲の翼が羽ばたいた。ナシートは、魔槍砲「アクケルテ」を振り被る。
「悪い! ちょっとだけ眠っててくれ!」
 ナシートの殴りかかる気配に、雪茂は反応した。武器の柄でいなし、退く。申し訳なさそうに、二人をみた。
「アヤカシの幻惑は、私をも蝕んだか。すまぬ」
「困ってる時は、お互い様って言うだろ? な、ヒビキ!」
 ナシートは、笑う。故郷にいた頃は、小さい子達のリーダー的存在で、ムードメーカーだった。
「そうそう♪ おいらに紅の魔槍、使いこなせるかな?」
 義理人情に厚いヒビキは、争いを好まない性格だ。気を使いながら、深紅の穂先を持つ魔槍「ゲイ・ジャルグ」を、雪茂に見せた。
「心配いらぬ」
 雪茂の頷きに、躍動する龍が天に昇る。泰拳袍「翔龍」は、ヒビキと共に地を翔けた。
「人型のアヤカシは、オレは初めて見たよ……」
 ナシートの肩までの長い髪の毛が、静かに風に舞った。それでも、魔槍砲は炎をあげる。
「会いたいの。あたしを見て欲しいの! あなた、分からないの?」
「ごめんな。オレ、これでも男なんだよ」
 金切り声をあげながら、川姫はナシートを見る。ターバンをのけてある姿は、一見少女だった。
 口を開く川姫は、泣いていた。茂みなどに隠しておいたマスケット「バイエン」を構えたジクは、またたきした。視線を反らさない。
「君の思いは、俺は知らない。だが、巻き込むのはよくない、よ」
 精神を集中させた。生まれや人生観の為か、歳の割りに、己に対して達観している部分がある。
 ジクの紅葉虎衣が、砲撃ではためく。背中の虎は、舞い落ちる紅葉の刺繍を、静かに踏みしめていた。


「まずいぞ」
 朱華は少し身構える。逃げてきた川姫の頬の傷に、花梨は同情してしまった。
「どんな理由であれ、アヤカシとなった以上は倒すべき敵……ただ、断ち斬るのみだ」
 滅多に、感情を表に出さない蒼羅。心覆は、必要なかったかもしれない。川姫は弱かった。
 けれど、強かった。蒼羅の邪魔をするのは、魅了にかかった花梨。刀を持ち、斬りかかってきた。
「最初から、全力で行かせて貰う」
 どんな状況でも、落ち着き払っている蒼羅。胸につけた金属製の十字架、サザンクロスが軌跡を描く。花梨の脇をたやすく抜けた。
 構えすら見せない、自然体から放たれる返しの技。踏み込んだ。理穴の足袋に水しぶきがかかる。
 振るう刀は、川姫の顔にも、叫びにも、心動かされぬ。蒼羅の精神は、秋の水のように澄み渡った覚悟を宿していた。
 左手を失った川姫は、素早く朱華に触れる。蒼羅が怖いと言った。倒して欲しいと。頷く背に、川姫は隠れる
 敵は川の中に居る、雷鳴剣は使えない。それは、正常な思考。蒼羅と対峙しながら、朱華は移動する。
 刀「鬼神丸」に精霊力が宿る。朱華は後ろ手を回した。水にぬれた着物が手に触れた、掴む。
 魅了された振りを、していただけ。紅椿の刃を突き入れ、捻り返す。川姫を、河原に引きずり出した。
「助かった。感謝する」
 言葉を述べる朱華の目の前で、花梨のまやかしが解かれた。蒼羅は、刀を叩き落としている。頬をはたき、気付けの酢水を顔に掛ける、護刃。
「……狂おしいほどに想う、か……」
 目を瞑る影は、花梨に伸びていた。捕縛しながら、護刃はひらひらと、手を振る
「その無念も、憎悪も、私には理解することはできないでしょう。だから私はその未練を断ち切ります」
 薺は、二人の女性を同時に愛し、傷つけてしまった事を忘れていない。苦悩と葛藤の時間を過ごす。川姫は、薺に手を伸ばした。
「これこれ、人の連れをたぶらかすでないぞ?……さあ、冥府魔道は東鬼が道じゃ。その身も想いも全て焼き尽くしてやろうっ」
 護刃が印を結ぶと、川姫の周りに炎が生まれた。重なる咎の想い。アヤカシから里を護る為、護るべき里と同胞を焔の中に屠った過去。
 けれど、今度は道を違わぬ。愛する者と共に目指すべき道を歩み始めた、今は。
「貴女を解放します」
 薺の手にした精霊剣「七支刀」から、梅の香りが漂ってきた。浄化の白い気を散らす。
「来世はきっとあります。そこでは、きっとお幸せに」
 薺は、静かに黙祷を捧げる。ただ一人の女性だけを愛すると、心に誓いを立てた者として。


●半信半疑
 ウナギを捕まえるまで、時間があった。散歩に行くと、朱華と薺と護刃が連れ立った。川姫の残した帯どめを、庄屋の家に届けるために。
「何か思うところがあるなら……気休めにしかならないが……。でも、しないよりは……駄目には、ならない。人として、な」
 守る為の力は、どれだけあれば良いのか。失くす事は、あんなに簡単なのに。
 朱華が胸に秘めるは「守る」という約束と「守れなかった」という懺悔。共に故郷を出た親友を、亡くした。
 未だ彼を想い剣を振るう、色邑朱華がまとうのは、漆黒の羽織「彼岸花」。赤い花に込められた意味の一つは、再会。
「さっ、アヤカシ退治も終わったことじゃし、これで存分にうなぎが食せるかのぅ」
 神無武平簪を揺らす護刃。わざとらしい態度は、薺にはばれたかもしれない。
「ええ、折角ですから思う存分に堪能するといたしましょう」
 薺は恋人の心を察しても、ただ微笑みを返すのみ。


「さーて…うなぎ、うなぎ♪ うなぎを初めて見る人もいるんだよね。捌く前の見た目はアレだけど、イケると思うよ」
 初めてのウナギは吃驚する事、請け合いとヒビキはからかった。興味津々のナシートだが、触ろうとしない。
「しかしその、『ウナギ』と言うものはいったい何なのか、な?」
 実年齢で二十七を迎えても、知らない知識がある。五つほど年下に見られるジクは、実物を前に、生唾を飲み込んだ。
「連中、皮膚呼吸も出来るから、雨の日には陸にも上がって来るんだよなぁ。『うなぎのぼり』って比喩表現があるんだよね」
 ヒビキの言葉にジクは、絶句。濡れていれば、切り立った絶壁でも体をくねらせて登るらしい。
「あ、おいらはうな丼にして欲しいなー。ちなみに、丼ってのは、どんぶりの事だよ、ナシート」
「どんぶり? かばやき?」
 ヒビキの差し出す器と説明に、ナシートの緑の目が丸くなる。二つとも、ウナギを食べる際の材料だと、思い込こんでいた。
 大爆笑。愉快おにとか、てばさきとか、お互いをからかいあう。7月16日は、ナシート。8月12日は、ヒビキの誕生日だった。


「いただ……ん、どうしたローアスカイ殿。食べ方がわからぬのか?」
 お行儀よく、手を合わせた雪茂。固まったジクに気が付いた、声をかける。
「これがうなぎ……、思っていたより凄い姿だ、ね」
 やっと、感想を漏らすジク。興味のある事には、首を突っ込み易い性格を少し後悔。
「良いか、まずは箸で、小さく離したウナギの身とその下のごはんを……そもそも箸は使えるのか?」
 雪茂は自他に厳しいが、天然らしい。食べ方が分からないジクに教えつつ、共に食べる事を選択した。
「ふむ……。使えぬようなら、私が箸で直接食べさせよう。口を開いてくれ。あーん」
 綾地陣羽織「白銀」が、動いた。ほほ笑みと共に、差し出されるかば焼き。雪茂の隠している本名は、雪と言う。おしとやかな娘。
 ウナギを食べ終え、斬竜刀「天墜」に寄りかかっていた蒼羅。花梨の問いかけに、視線をあげる。
「まあ、ある程度の想像はつく。そしてそれは、あまり気分の良い話ではないだろう」
 村人は何か知っているようだった。しかし、部外者が深入りするべきでは、ないのかも知れないと。
 朱華は、見た目に反して大食漢。食べ物なら何でも食べる。蒲焼も人よりは多めに、三人前くらいはぺろりと行った。
 ふっと、箸の動きが止まる。眼前の風景に、微かに眉を寄せた。朱華の胃袋は非常に丈夫であるが、食い合わせは知っている。
「ローアスカイさん、ナシートさん……それ、大丈夫か……?」
 ウナギのかば焼きを食べたあと、口に運ばれた物。梅。ジルベリアとアル=カマル出身の二人は、のんきに梅を食べた。雪茂とヒビキが、花梨と器を片づけに行っている間の出来事。
「……大丈夫だろう」
 共に現場を目撃した蒼羅は、言葉を選ぶ。歌は得意ではないが、人付き合いは悪くない。
「俺も無理に暴き立てるつもりはない。もし、今後再び同じ事が起こり得るのであれば、別だが」
 蒼羅は数も多くなく、その言動から誤解される事もある。花梨に、譲れぬ一線だけは告げた。


 縁側の悲喜こもごも。ウナギは奪われた。薺のかば焼きは、なぜか隣の護刃の元へ。
「うむっ、人のうなぎは美味いもんじゃなぁ」
 満足そうな恋人に、薺は呆けたまま。持ちあげた箸を、横からくわえられると思わなかった。
「うん? なんじゃ?」
 味わい、飲み込み、お茶をすする。一連の行動が終わった護刃。視線をやれば、薺は驚いたまま。
「お返しに食べさせてやるかの」
 護刃はにまっと、悪戯な笑みを浮かべた。自分のウナギを勿体ぶりながら、食べさせる。
「やはり、いいものですね」
 ようやく我に返った薺。護刃が最も信頼する盟友で、最愛の人物と言い切るだけのことはある。


 無言だった庄屋が、唯一口を滑らせた事。帯どめの持主の名前は、あかり。
 今は誰も居なくなった川辺で、鬼灯が風に揺れている。鬼灯の花言葉、偽り、半信半疑、私を誘って。
 ……それから、心の平安。