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■オープニング本文 ●猫族 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。 個人的な好き嫌いは別にして、魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。 準備は着々と進んでいたが、秋刀魚に関して巷では不安が広がっていた。 ●うめぼし戦記 「おっきな『うめぼし』なのです! 父上、やっつけてです!」 白虎しっぽと、虎猫しっぽが逆立っている。父の背中に隠れながら、双子は泣き叫んだ。 「どうみても、タコです。うちの弟と妹は『梅干と紫蘇』と言い張りましたが、僕は『タコの頭と海藻』だと思います」 泰国の首都、朱春から少し離れた場所にある、猫族の料亭。ぼやく虎猫の青年が一人。料亭の跡取り息子の喜多(きた)は、肩を落とした。 「天儀に居た時に食べた『梅干し』が、どうも、衝撃だったようなのよ。ほら、塩辛いでしょ?」 同じく、ぼやく白虎の娘が一人。料亭の看板娘の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は、頭を抱えた。 「梅干を初めて食べたとき、うちの双子は泣きました。以来、どうも赤くて、丸い物が苦手のようなんです」 「タコ自体は食べられるの。でも、足が無い頭だけだと、しっぽを逆立てて、後ずさりするのよ」 最近、料亭は閑古鳥が鳴いている。原因は近場の海の漁場が、荒らされていること。 海からの魚の水揚げが、全くない。商売あがったりに、追い込まれた。 「僕らの父は、昔、開拓者をしていました。父は二つ返事で、討伐依頼を引き受けたんです」 海で暴れるタコを、目撃した漁師たち。泰拳士の居る料亭に、「なんとかしてくれ」と相談にきた。 「私たち、砂浜に行ったわ。沖の方で、赤い物がみえたの。タコの頭ね、海藻が絡みついていたのよ」 料亭から、徒歩一時間くらいの海。漁場を荒らすタコを退治するために、猫族親子は出かけた。 泰国では、志体の事を「仙人骨」と呼ぶ。猫族兄妹は長兄を除き、父から仙人骨を受け継いだ。 泰拳士の父と末っ子、吟遊詩人の三番目、陰陽師の二番目。加えて、神楽の都でギルド員をしている長兄は、知識が豊富だ。 「うちの双子の弟妹、動きが止まって、役に立たなくなりました。『梅干は嫌だ』って、大泣きするんです」 「仕方ないから、父上と相談したの。朱春のギルドに、タコ討伐の助太刀を頼んだのよね」 三番目と末っ子が、役立たずに。双子は泣きじゃくるばかりで、戦う以前の問題だ。 「僕が独自に調べた結果、アヤカシと判明しました。アヤカシ名は『大蛸入道』と『海草人形』です」 大タコは、八本の足が厄介だ。船にしがみつかれると、船が沈むし、四方八方から攻撃が飛んでくる。 おまけに墨をはく上に、短時間なら空を飛ぶと言う。空から落下してくる巨体も、脅威。 「海草人形が居ると分かった以上、戦力は多い方が良いでしょう。タコを倒しても、浜辺に危険が残りますから」 海草は、浜辺で輪になって踊る癖がある。一番嫌なのは、とてつもない増殖力と再生力。一片でも討ち漏らせば、またたく間に増える。 「こら、二人とも。隠れずに出てくる!」 「兄上、無理強いはダメよ」 柱の影から、開拓者の様子を伺う双子。熱血漢の兄に怒られ、嫌々でてくる。おおらかな姉は、双子を背中にかばった。 「皆さんが、一緒にアヤカシ退治をしてくれるんですって。二人とも良い子だから、ご挨拶できるわよね?」 「がるる……勇喜(ゆうき)なのです」 「うにゃ……伽羅(きゃら)なのです」 しゃがみこみ、双子をあやす姉。白虎しっぽがうなだれ、内気な弟は姉の後ろに隠れる。 折れ猫耳が、ペタンコになった。おてんばのはずの妹も、姉の後ろに隠れる。 「喜多はん、厳しすぎやで。うちやって、水は嫌いやねん」 『ますます梅干嫌いになっても、俺っち知らないぜ?』 「まったく、もう。藤(ふじ)や、金(きん)まで!」 お節介な三毛猫しっぽが、双子の前に立ちはだかる。子猫又の声に合わせて、甲龍の鳴き声が聞えた。 長兄の飼い子猫又は、双子の味方。虎娘の朋友も、双子の味方。悪者扱いされた長兄は、ふてくされた。 「すみません。なにか、梅干料理を知りませんか?」 ご機嫌ななめで、戸口から出て行った長兄。弟妹に見つからないように、手招きで、開拓者を呼び寄せる。 長兄は、面倒見がいい。でも、礼儀作法は大事。憎まれ役を買う事も、兄の務めと知っている。 「実は天儀の知り合いから、色々な梅干を送って貰ったんです。これで、双子の梅干嫌いを直せないかなって」 天儀の朱藩にある、白梅の里からの贈り物。小さな山里は、梅の実の収穫を迎えている。 小さな壺の中には、蜂蜜漬けの梅干やら、シソ梅やら。塩梅やら、カツオ梅やら。梅蜜もあるか。 「僕が考えているものですか? ……杏仁豆腐の上に、刻んだ蜂蜜漬け梅干を使えないかなって思います」 料理人の祖父の影響らしい。どんな食材でも、工夫すれば、美味しく食べられると教え込まれた。 「上の妹は、なんでも気にせず、食べられるんですけどね。……いや、十二のとき、家出しましてね。二年間、戻ってきませんでしたよ」 遠い目をする、長兄。当時の祖父母の料理修業は、厳しかった。おおらな看板娘が、不良になるくらい。 家出した虎娘、ジルベリアで言う「サバイバル」を送ったらしい。家出以降、適当に、調理するようになってしまった。 「上の妹も、やる気を出せば、美味しい料理が作れるんです。小籠包って、知っていますか? あれは好物なので、手を抜かないんですよね」 苦笑をする長兄は、弟妹の癖を、よく知っている。虎娘の家出前から、祖父が絶賛する腕前だった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
リンカ・ティニーブルー(ib0345)
25歳・女・弓
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●梅干と大喧嘩 甘い飴玉のごとく、塩辛いしそ梅を口に放り込んだ。それが双子の梅干嫌いの始まり。 「……食べ方、問題だったんじゃ?」 礼野 真夢紀(ia1144)の意見は、ごもっとも。駿龍の鈴麗は、すっぱそうに顔をしかめた。 真夢紀の同行人、明王院未楡(ib0349)は、おっとりと小首を傾げる。比較的無口で、仕草や表情で意志を伝える事も多い。 真夢紀の姉の友人の母親らしい。真夢紀が開拓者になってからは、未楡の家族の皆にお世話になっている。 体の弱い長姉と、彼女を守る責務を負う次姉から、頼まれたのかもしれない。片付けや洗濯掃除がやや嫌いで、苦手な末の妹の事を。 未楡の相棒の駿龍は、温和な主人に感化され、平時は穏やかな時の流れを楽しむ事を覚えている。斬閃は藤を見下ろしていた。 「でも、確かに苦手だったり、体質が合わない人も居るのは確かなんですよね……」 斬閃の身体、黒曜石のような艶めいた漆黒が動いた。首元で、真珠の様に煌めく光が踊っている。名の由来、閃光が如き斬撃を描いて。 「その辺を見極めながら、食べれるようにしてあげたいですね」 様子を見ていた未楡は、くすりと笑う。小型朋友達の遊び相手をする、優しい性格の相棒。秋刀魚の不良を残念がる子猫又のために、アヤカシ退治は任せろと胸を張った。 「父の背中に隠れて、やっつけて……か。何とも微笑ましくて、愛らしい姿だね」 双子は、やっぱり父親の背中から海を伺う。苦笑を浮かべる、リンカ・ティニーブルー(ib0345)。 甲龍のリンデンバウムも、見守る眼差しを浮かべていた。リンデンバウムは、菩提樹の意味。 その名の通り、包容力のある大樹の様な大らかで力強い姿を持つ。身に付けた白き羽毛の宝珠も、精霊力で包み込んで、墜落による重体を回避する首飾りだ。 白き花のように、首元で咲く宝珠。大樹の木肌のような色合いと、風合いをしているリンデンバウムの鎧に、良く似合っていた。 「ちびちゃん達が安心出来るように。そして、漁場を荒らされて困ってる人達の為にも、きちんと退治してこないとね」 「秋刀魚が取れないのは、秋の味覚確保の上で大切、頑張りましょ」 同じ闘刃騎隊のリンカと真夢紀。気心の知れた戦友たちは、頷き合う。 泰国の南部は、常夏の国。いわゆる南国、太陽の光も段違い。まぶしさに、にやりと笑ったように見える霊騎は、鈴木 透子(ia5664)の相棒。 元ジルベルアの貴族の騎馬は、相棒用色眼鏡をおしゃれに着こなす。ワイルドで行こう、たてがみを風になびかせた。 ジェントルホースが理想の蔵人は、男らしさを褒められると異常に喜ぶ。色眼鏡を「かっこいい」と褒める子猫又に、大人の余裕をみせつけた。 「色眼鏡、結構気に入ってる?」 透子の質問に、大きく頷いて返事。身寄りもなく天涯孤独の透子と、どのような出会いがあったかはさておき。 「こらガキ共、ビビッてんじゃねぇぞ。アヤカシなんて、俺がぶっ飛ばしてやっからな!」 後ろからやってきた手が、双子の頭をかき混ぜる。虎耳と猫耳を倒しながら、双子は見上げた。 「月詠、止めてください。司空家の皆さん、お久し振りです」 羽衣「天女」をはためかせながら、神座早紀(ib6735)が走ってくる。自由奔放で男勝りな相棒に、顔を赤くしていた。 「もう……こちらは、からくりの月詠。言葉は乱暴だけど、いい子なんですよ」 双子に、悪影響を及ぼしてはいけない。早紀は厳しそうな父親に、頭を下げながら、相棒を引っ張った。 「蛸や海草類のアヤカシ、で御座いますよ。彪祢」 「左京、日の下に長くは…」 「さて、参りましょうか」 伸ばされる、からくりの腕を振り切る。心配する、彪祢をさえぎった。頭から羽織「紅葉染」を被ったとはいえ、日差しはきつい。 月雲 左京(ib8108)は、先天的な白子。夜間以外、好んで活動はしない。今日はそれを押して、無理やり出陣。 「……ああ、なるほど。海に『梅干が現れた』と聞いた時は、首を傾げましたが」 額に片手をあてて、沖を見る劉 星晶(ib3478)。海草の絡みついた、タコの頭が見える。 「秋刀魚無しにならぬよう、亜祈さんの誕生日が楽しいものになりますよう、全力で頑張りますよ」 のんびりした空気を纏う黒猫の獣人で、泰国出身の星晶。猫族の風習はおなじみだ。幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失ってからは、忘却の彼方に追いやった風習だが。 「……しかし、まさかこんなに早く、亜祈さんのお父上に会う羽目になろうとは」 星晶は、猫族一家の父と視線が合った。さり気なく外す。泰拳士から、恐ろしい殺気を感じた。 「……ほとぼり、冷めてるでしょうか?」 「父上、普段は穏やかなんですよ。……怒ったら怖いですけど」 「蛸より、お父上に沈められそうですね。後でちゃんと謝っておかないと」 そっと、鷲獅鳥の影に隠れながら、星晶は喜多に尋ねる。虎猫は、絶望的な答えしか返せない。 相棒の翔星は、黒猫に冷たい。身体を寄せて、わざと太陽の下に放りだす。星晶の根性を叩き直すべく、奮闘している苦労人。 「……では、まずあの梅干を片付けるとしましょうか」 猫耳を伏せる黒猫は、虎娘の想い人。つまり、義理の息子になるかも知れない青年に、父親の眼差しは厳しかった。 「双子ちゃん、おっきな梅干しさん、一緒にやっつけちゃいませんか? いじめちゃや〜って」 大家族の未楡は、双子に語りかけた。十人の実子と、養子の孤児達の母の貫録。子供の扱いは、お手ものだ。 「まゆも、実は梅干しそのままは苦手です」 「あらあら、まゆちゃん……食べ物の好き嫌いはめ〜ですよ」 双子と同年代の真夢紀が、話に加わってきた。未楡のお店の常連さんで、実の娘の様に扱っている。 「やっつけちゃったら、怖く無くなりますよ」 未楡は柔和な語り口で要所を押さる為、気付くと惹き込まれている人も少なくない。二本のしっぽが、少しだけ元気になった。 未楡と双子のやり取りを聞いていたリンカは、母の姿を思い出す。男勝りに凛々しく勇ましくも、大和撫子の奥床しさ、女性らしさを併せ持つ姿を。 「勇喜ちゃん、一緒にリンデンバウムに騎乗する?」 リンカは、ロングボウ「流星墜」を操る弓術師。弓の利点を最大限に生かす為、タコと間合いを取りながら渡り合うつもりだ。 遠距離支援も出来そうな吟遊詩人とは、相性がいいかもしれない。遠距離からの大蛸入道迎撃なんて、まさに好機。 大タコ退治は、空からに決定。鈴麗に乗り、真夢紀は空へ。相棒は、少々ぼうっとしたトロい子。 だが、非常時は駿龍らしい素早さを発揮する。駿龍の翼で、空を駆け巡った。 鈴麗はやる気だった。翼を力強くはためかせ、突風と共に衝撃波を放つ。 非常に甘えん坊な女の子は、果物が好物。梅が果物か聞かれれば、真夢紀は悩むだろうが。 背に乗る真夢紀は、閃癒に精霊砲と忙しい。八本のタコの足に、胴体も攻撃してくる。 急旋回に、真夢紀は首元にしがみつく。鈴麗の身につけた宝珠「水蛇」は、タコよりも、龍に味方することを選んだようだ。 大和撫子・巫女と言った、清楚でお淑やか雰囲気。まるっきり、想像がつかない未楡だが、サムライでもあった。 斬閃は、海上に向かって降下する。タコが一本の足をのばしてきた。未楡は、騎兵の鐙で指示を出す。 華麗に水面をかすめる、漆黒の翼。余裕があったのか、しっぽが水面に線を描いている。 「おいたは……め〜ですよ」 双子に分かりやすい言葉を選んだ。でも、咆哮なので、タコはきっちり引っ掛かってくれる。 浮上する三本のタコの足。間合いを取りながらの攻撃を、未楡は忘れて居ない。薙刀「巴御前」は、炎を纏う。 砂場は、ワイルドランニングにお任せ。スムーズにダッシュさ。 ジルベリアの言葉で、全て表現してしまう所が、蔵人らしい。砂を物ともせず、死角に回り込んだ。 透子の頼りは、蔵人の脚。狼形の式は、身震いすると炎を吐きだし海草を討ちとる。 四神剣をおろした透子。蔵人をヨシヨシと撫でると、すぐに気持ちを引き締めた。 「大丈夫、濡れるの平気」 海へ向かう。すると決めた事、決められた事には真面目で積極性を見せる、透子の性格。 その式には、姿や声も無い。黄泉より這い出る者。死に至る呪いを送り込ませる術。不意にタコがのたうったのは、そのせいだろう。 戦闘に挑む、リンカ。ジルベリアのシーチ氏族に伝わる射撃術で、リンデンバウムと心を通わせる。 「海中に沈まれてしまったら事だけど、海上に姿さえ現してくれているならこちらのもの。仲間の期待に応えないとね」 同乗する勇喜に向かってほほ笑む、エキゾチックで端正な容姿。リンカは帝国人の父と王国人の母を持ち、両親から譲りうけた。 勇喜の歌を聞きながら、深呼吸。発射の気配を悟らせず一気に放った。怒れるタコの足の届かない場所まで、リンデンバウムは上昇する。 反撃を許さぬ、遠距離。確実に手傷を負わせていく。飛び交う龍たちに、伸びつつあったタコの足が少し絡んだ。のたうつ、透子の術が効いたのだ。 青い瞳は、隙を逃さない。リンカは、矢に精神力を込める。放った矢の周囲に、衝撃波が巻き起こった。波を荒げ、空へ巻き上げる。 腰まである黒い髪が、不服そうに揺れた。右だけ伸ばした前髪の下で、深緋色の瞳は文句ありげに下を見る。 出来る限り、前に出るなと言われた。左京の言い分に、納得できない。 「彪祢、『命令』で御座いますよ」 「……っ! こんな時ばっかりかよ!」 拗ねられようと、彪祢が傷つくよりはマシ。左京は、さっさと咆哮をあげる。タコが来る前に、海草を減らさねば。 彪祢は、遠目には「人」だった。からくりの印が左胸にあるのは、心臓の意味かもしれない。 あまりに、人に見えすぎるその見目。左京にも抵抗があり、一月以上起動することを戸惑っていたくらい。 彪祢は忙しい。左京の様子を見つつ、海草と距離を測りつつの戦闘。目を離した隙に、左京の頭の羽織りが外れていた。 「左京…ダメだって!」 「お黙りなさい。大丈夫で御座います」 後々少し熱が出るぐらいは、問題ない。きっぱり言い切る左京。尖る耳を隠す耳宛は、残っており、活動にも支障ない。 押し問答する二人に、大きな影が落ちる。見上げれば、金が影を提供していた。 「俺は、大蛸がいい!」 かなり挑発的なへそ出しルックは、仁王立ちになった。大篭手「獣王」をはめながら、海を指差す。 人形ながら、スタイルの良い月詠。早紀がうらやましいと思うほど。そして、喜多を挑発しないか、心配するほど。 「海草人形相手に、無双する月詠が見たいです」 早紀は言葉を選びながら、相棒を上手くのせようとした。月詠は自分を目覚めさせた、早紀に忠誠を誓ってはいる。 しかし、基本的に自分の興味や楽しみを優先させようとする。清楚でおしとやかなジルベリア女性に見える顔立ちからは、想像できないが。 伽羅の悲鳴。海草に足を掴まれていた。浄炎を使い、早紀も海草を焼き払った。月詠は、迷わず伽羅を抱き上げた。 早紀に治癒をしてもらいながら、伽羅は月詠にしがみつく。気分がのってきた月詠は、不敵にわらった。 舎弟を可愛がってくれたお礼を、しなければ。暴れまくる相棒に、無茶しないように釘をさす声は届かない。 翔星は完全にやる気。性格は生真面目で、一般的な鷲獅鳥に比べると大人しい。 でも、戦闘では勇猛な戦いぶりを見せ、指示に対しても素直に従う。翼を大きくはためかせて、全力の飛翔体制になった。 風切の羽根飾を大きく揺らしながら、回避に専念する。飛んでくる墨弾が厄介だ。 星晶の放った天狗礫は、複雑な軌道を描いて飛び交う。とにかく一つ所に留まらない。 開拓者たちの猛攻に耐えきれなくなったタコは空をとぶ。タコの足を掻い潜り、頭に到達する翔星。 鷲のくちばしから、獅子の如く唸り声を上げた。前の鋭い爪でタコの頭を掴む。一気に加速し、大空へ駆け抜けた。ついでに、星晶を振り落とした。 海へ落下して行くタコ。何本も入る傷跡、血潮の代わりに、瘴気を垂れ流す。 水面で待ち構えていたのは、水に立つ星晶。展開するのは、シノビ特有の、走りつつの戦闘。 ●梅干とお友達 海辺に平和が戻った、秋刀魚漁に繰りだす漁師たち。お土産にもらった、猫族秘伝の糠秋刀魚と、司空家の糠秋刀魚が感謝の心を伝える。 鍛錬で磨かれた柔軟で、メリハリのついた肢体は、からからと笑った。煌く銀の長髪をなびかせ、リンカは買い出しに出て行く。 リンカは花嫁修業を受けて来た甲斐あり、人に誇れる程の腕前だ。ただ、梅干を使う子供向きの料理に、心当たりが無いだけ。 「たこ焼きを作りますね」 海辺の料理教室。早紀の食材に、双子は興味津々。小麦粉、水、卵。柔らかさを演出する、すった豆腐。炒った小麦胚芽は、かみごたえ抜群。 神座家次女は、大人しく控えめな少女。自身の力で姉の手助けをすることを、至福の喜びと感じる。 料理もその一環。タコの足を双子に見せる。大根で吸盤を叩いて泥取り、椿の葉を入れて煮込むと柔らかくなると教えた。 「子供は好きだと思いますよ」 たこ焼きを焼く時は双子も一緒に。おっかなびっくり、ひっくり返している。仕上げに、白ワインをふり、香りを付けた。 「梅酢の酸味が隠し味ですよ」 悩む料亭の子供たち。たこ焼きは初めての経験。鰹と昆布のダシを醤油で割り、梅酢を加えたと早紀は説明する 水姫の髪飾りを光らせる真夢紀の地元は、主産業が農業。かつ、海に囲まれた島 「家で漬けている梅干を持ってきました」 真夢紀はいくつかの壺を、鈴麗の背中から降ろす。梅干を汁と紫蘇ごと入れた物。 それから、今年漬ける時に出来た梅酢。竹筒に入れている紫蘇は、ジルベリアで言う「ジュース」だ。 乾燥紫蘇は細かく砕き、白ご飯に混ぜた。しょうゆ味の梅鰹を中に入れて、おにぎりにした。 おにぎりの中に入っているのは、双子の好きな鰹節。叩いて混ぜた梅は、良く見ないと分からない。 姉達が大好きで、折に触れ2人と文を交わしている真夢紀は笑う。双子は、おにぎりを半分にして、兄と姉にすすめていた。 「夏バテ予防の飲み物ですよ」 小瓶を順番に覗きこんでいく、猫族大家族。中身は、未楡が自宅で漬けている、梅の蜂蜜と完熟プルーン漬けだ。梅の果汁が染込んだ小瓶の中身を、水で割ってやる。 イワシの煮つけに、梅干投入。真夢紀は、臭み取りと風味漬けと説明する。 お隣では、手羽元の酢醤油煮が進行中。味見した勇喜は、真剣に悩んでいた。隠し味は梅酢と教える。 泰でもおなじみの食材、豆腐。塩茹でした枝豆の中身と、一緒に準備しておく。 叩いた梅肉と麺つゆをあえた。双子の分は特別に、梅肉を少しにした。豆腐と枝豆の梅肉タレかけの完成だ。 梅干を入れ、煮た煮魚を作っていた左京の所にも、からくりと双子が寄ってきた。 「梅干を一つ入れる事で、煮崩れしにくくなるので御座います」 味見に、一口たべる。彪祢にも食べさせた。主である左京から与えられた物しか食べないからくり。 「美味で、御座いましょう……?」 しっぽを振る双子と、一緒に味を楽しむ。机には、種を抜いて刻んだ梅干を散らしたそうめんや、山芋の添え物が並んでいた。 「他の梅干料理で御座いますか?」 卵を混ぜて焼いても、美味と教える。今すぐできそうだ。取りかかろうとする、双子に目を細める。 開拓者たちを囲み、飲茶。7月7日が早紀、7月14日が星晶の誕生日だった。 お供は早紀が一年前に作り方を知りたがっていた、司空家の月餅。そして、星晶の食べたがった、亜祈お手製の小籠包。 「今回の皆さんの料理で、少しでも梅干好きになれて良かったですね」 穏和で物静かな星晶は、双子を見る。点心の隠し味は、梅干。双子が梅干嫌いを克服した、輝かしい第一歩。 「梅干は天儀でも苦手な人は多いですし、子供ならなおさらかな?」 月餅を選びながら、早紀は黒猫と距離を取る。幼い頃はそうでもなかったが、とある事件がきっかけで男性嫌悪症になった。 今でも、父親以外の男性にはあまり近づけない。話すだけなら、なんとか。 「それにしても亜祈さんが、本当は料理上手だとは知りませんでした」 虎娘から、小籠包入りのせいろを受け取る、黒猫の声。自然と笑みが浮かぶ。 「星晶さんは、水蜘蛛を使っていたけれど、泳げないの?」 「泳げますよ」 過去に関しては色々あった様で、多くを語らない星晶。聞きつけた双子に「海で遊ぼう」とせがまれる。 「皆が泳ぐのなら、一緒に泳ぎます。せっかくの夏の海です!」 誕生日は少しだけ遠く、8月15日の透子。水着もばっちり、持ってきている♪ 仲間を誘い、浜辺に繰り出す。 でも、星晶と喜多は、居残り組を選んだ。娘たちの中に混ざるのは、気が引ける。 「梅の甘露煮にしておきました」 星晶からおやつにと貰った梅干の壺に、双子は不思議そう。 「予め塩抜きした梅干を、砂糖と一緒に煮込んだものです。これなら酸っぱいのが苦手でも大丈夫だと思いますよ」 どこか飄々とした奇人は、種明かしをして笑う。お礼をいいながら、双子は海への荷物の中に詰め込んだ。 「……浜焼きとかなら、馴染んだものかも。蜜梅は、おいしいと思います」 料理は苦手。というか手の込んだ料理は知らないと主張するあたり、透子らしい。 双子の前に、蔵人をひっぱって来た。影でこっそり、自分のしたい何かを、していることが多い。 「馬って実は甘党らしくて、甘いのとか酸っぱいのとかは好きだそうです。霊騎と一緒に食べるのとかはどうでしょうか?」 聞いていないと、蔵人は相棒をみる。無表情に見えて、額に流れる透子の一筋の汗を見逃さなかった。 「梅干しやあれば蜂蜜をつけて蜜梅とか。あと馬は、西瓜とかも好きだそうです」 つまり蔵人と一緒に食べようと言う、お誘い。 「まずは紫蘇に対する苦手意識をなくしましょ」 真夢紀は朱藩の鍛冶屋が作った、手回し式かき氷削りを取り出す。氷霊結を利用して、カキ氷を作った。 竹筒から注がれるのは、紫蘇ジュース。双子は不思議そうに覗きこんだ。 「塩辛くないよ、甘酢っぱいから」 手渡された、かき氷。口に運ぶと、少しだけすっぱい味がした。はちみつやら、砂糖が入っているから、甘みも。 未楡は持ってきた残りを、「ヨーグルト」とか言う、ジルベリアの食べ物にかけて見せた。料理の隠し味に使ったりもできるらしい。 「梅への苦手意識、解けました?」 双子から、良い子の返事が帰った。子供は好き嫌いが激しいよりも、なんでも食べられるのが一番。 「伽羅ちゃん、訓練とかする? このお手玉を手裏剣に見立てて、投げてあげようか?」 「逃げるのです♪」 おてんばな末っ子は、リンカの言葉に大喜び。虎猫しっぽをふりふり、飛び出す。 「勇喜ちゃんも、行こうか?」 「がう!」 遊びたい盛り。双子の妹を追いかけ、喜びいさんで駆け出す。 「いってらっしゃいませ」 白子の左京は、日陰で過ごす。砂浜をはしる双子と開拓者たちは、手を振った。 仲間を海へ送り出した後、杏仁豆腐をご賞味。喜多が作った。 「亜祈様、浪志組はどうなさるのでしょうか? たしか異性間交友は禁止、でしたし……」 亜祈が危険から遠ざかること。アヤカシの襲来により里を失った、角なき修羅の願い。 冥越の隠れ里で、細々と幸せに生きていた頃。里民、両親、多くいた兄姉、妹弟と過ごしていた左京の笑顔を、亜祈は知らない。 「……お見合いするつもりでしたし、抜けて下さいましょう?」 「今の私には、答えがみつからないの」 亜祈は杏仁豆腐をつつく。真剣な左京の質問に、うまく答えられない。短い間に失ったものと、得たものが多すぎた。 左京は、白い杏仁豆腐の上にある、赤い蜂蜜梅を一口食べる。前髪で隠した緋色の瞳が、静かに閉じられた。 |