【翠砂】イェニチェリ
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/28 23:32



■オープニング本文

●砂漠の希望
 アル=カマルでは、魔槍砲を扱う砲術士を、「イェニチェリ」と呼ぶことがある。
「ここが、魔槍砲の生まれ故郷、アル=カマルでござんすか!」
 砂だらけの国で、感慨にふける砲術士が一人。少し大きめの町中で、露店を物珍しげに眺める。朱藩の首都、海に近い安州とは、環境があまりにも違いすぎた。
 朱藩の若き臣下の歌舞伎者が、アル=カマルに居る理由は、唯一つ。ケンカした。同じ安州城勤めで、歳が似たり寄ったりの臣下と、ケンカした。
 思い起こせば、腹が立つ。ちっこい身長では、でっかい銃は扱えまいとバカにされた。
 特に一間(2メートル)を超える魔槍砲なんて、絶対無理と言い切られた。だから、アル=カマルにきた。
「そりゃ、天下の兄貴殿に比べれば、あたしは小柄でございやすが。この通り、本場の魔槍砲も持てやすよ!」
 露店の魔槍砲を手に取り、構えて見せる歌舞伎者。背中には、朱藩から持ってきた改良済みの魔槍砲。迷惑そうな相手に、二本の魔槍砲の槍先をつきつける。
「分かった、分かった」
「ふっ、『あたしの勝ち』と報告して、ようござんすね?」
「もういいから、俺の負けで良いから」
 げんなりとして、白旗を上げるもう一人の朱藩の若き臣下。ケンカを売った相手が、間違っていた。
 安州城の上司を巻き込んで、大騒ぎに発展。まさか、他の儀で決着をつける羽目になるとは、思っていなかった。
「さあ、一筆書いて貰いやしょう」
「別に口頭でも、いいだろう?」
「……まさか、我らが兄貴殿への報告を、怠る気でござんすか? 見損ないやしたね」
 視線を反らす、朱藩の臣下。面倒くさい。熱い熱い国に連れてこられたあげく、自分の汚点を書き連ねるなど、したくない。
「『魔槍砲を扱えるのは、選ばれた者だけ。力なき女子供は引っ込んでろ。ついでにチビも』と安州の町中で叫んだのは、誰でござんすか?」
 朱藩は砲術士の国。もちろん『天下の兄貴殿』、朱藩の若き王の扱う武器も、銃だ。魔槍砲の改良は、朱藩の国をあげて行われた一大事業になる。
「あたしを突き飛ばした、あなたでございやしょう?」
 娘に見られる容姿は、母から貰ったものだから仕方ない。伸びなかった身長は、もう諦めている。でも、れっきとした朱藩男児。
 歌舞伎者の白石 碧(しらいし あおい)は、背伸びして、下から見上げる。腰の短銃も、睨みつけていた。
 歯がみする、もう一人の朱藩の若き臣下。非番で気が緩んでいた。飲み過ぎた自覚はあったが、記憶を失うほどとは。


「すみません、開拓者の方ですか?」
 押し問答を繰り広げる砲術士たちに、声をかけるアヌビスが居る。狐しっぽが期待に、大きく揺れた。
 振り返ると、歌舞伎者より少し低い身長の娘。小麦色の肌が、砂漠に生きている事を意味する。
「あたしたちは違いやすが」
「違うのですか……」
「どうした? 力になれるなら、協力するぞ!」
 大きく落胆する狐耳。慌てる朱藩の若き臣下たち、泣かれるとは思わなかった。
 狐娘はルルと名乗る。集落から、この町への集団避難中に、アヤカシに襲われた。ついさっきの話。
「なるほど、骨の剣士と弓術師、檻型のアヤカシと幽霊船でございやすか」
「魔の森に着く前に追いつかないと、捕らわれた人々を助けられないな」
 歌舞伎者の言葉に、朱藩の若き臣下は頷く。幸い、二人とも志体持ちの砲術士。開拓者ではないが、戦闘は出来る。
「追いつくアテは、ありやすか?」
「戦闘用小型砂走船を借ります。私が運転します」
 砂走船、宝珠を原動力として砂の上を走る船。借りる船には、宝珠砲が船首と船尾の二箇所に一基ずつ。そして、据え置き式の大型弩、バリスタ砲が船首に一基ある。
「バリスタ砲の矢には、紐が繋がっていやすか。幽霊船に打ち込めば、乗り込めやすね」
「それより、宝珠砲の二基同時攻撃で、船を落とした方が早くないか?」
「……あたしたちだけでは、銃を使う以外の方法が、思いつきやせんね」
 朱藩の魔槍砲を背負ったまま、悩める砲術士たち。甲板で作戦を相談していたが、それぞれ短所と長所がある。
「よろしくお願いします」
 砂走船の前で、狐娘は頭を下げる。集落の人々を救いたい。その思いに応えた開拓者が、名乗りを上げてくれた。
「檻の中には、ジンの加護を持つ者も居るはずです」
 ジンの加護とは、天儀で言う志体。狐娘は続ける。一年前にも、集落を開拓者に守ってもらったと。
 そのときに、教えを請うた子供たちも居る。成長し、もうすぐ砂迅騎と弓術師として、開拓者になるはずだったと。


■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
久我・御言(ia8629
24歳・男・砂
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
アルマ・ムリフェイン(ib3629
17歳・男・吟
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
赤い花のダイリン(ib5471
25歳・男・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

●突入
「檻のアヤカシとはまた珍しいが……所業は見過ごせませんね」
「……檻って、さ。趣味良くないよね」
 長谷部 円秀(ib4529)とアルマ・ムリフェイン(ib3629)は、視線を巡らせる。
「…いいや、今はそんなことより……あの子達も、捕まった人達も、死なせない」
 アルマは、他者の痛苦と不幸を嫌い恐れる。多くの人、信頼する大切な人々が安寧に、幸福であれと願う。
「必ず助けて見せます、人が傷つくのを看過は出来ません」
 円秀の自分を貫くという、強固な信念と覚悟。何者をも斬る事を厭わない不退転の刀の役目は、神布「武林」が担う。
「私の名前は久我・御言……諸君、よろしくお願いしよう」
 黒い髪を掻きあげる、久我・御言(ia8629)。熱を含む砂漠の風が、頬をなでた。隣で赤い花のダイリン(ib5471)は、胸を叩く。
「俺の名はダイリン! 人呼んで赤い花のダイリン様よ!」
「花の種類は、なんですか?」
「まさかアル=カマルで朱藩の砲術士に会うとはな。よろしく頼むぜ、二人とも! 勿論、そっちの嬢ちゃんもな!」
 ダイリンは二つ名の由来に関して質問されると、適当に誤魔化しにかかる。ルルの質問が聞えないふりをした。
「囚われの志体持ちは、るるの友人かの? まぁ早う助けてやらねばの」
 椿鬼 蜜鈴(ib6311)にかかると、ジルベリアの文字は、全て天儀の文字になる。元々はストーンウォールに、アークブラスト、ブリザーストーム。
 石壁を建て、衝突する幽霊船に雷槌を下す。アヤカシの剣士と弓兵に近づかれたら、吹雪も辞さないと説明。
「今回の作戦、無茶は承知の上です。それなら突入は、思い切りよく参りましょう」
 フェルル=グライフ(ia4572)の頭上で、女神のくちづけが、加護を授ける。グライフはジルベリアのある言葉で、鷲獅鳥をさすとか。
「……念の為、狼煙銃も用意しておく、か」
 琥龍 蒼羅(ib0214)が言葉を発した瞬間、砂走船が隆起した砂山で、大きく跳ねた。落下の衝撃に、甲板に居た開拓者は姿勢を崩す。
「おう、姉ちゃん。ちぃっと、平たい所にでられるかい?」
 手すりを握りながら、アルバルク(ib6635)は注文をつけた。甲板に突っ伏した碧を、引っ張り起こす。
 元はジルベリアの軍に属していた。砂迅騎として船に慣れるまでに、時間がかかったものだ。


「砲撃で盾の守備をこじ開けた後に、弓をやるぞ」
 幽霊船を観察していたアルバルクの戦陣「横列射撃」。続けざまの火炎弾、拮抗する瘴気の盾。練力と瘴気のぶつかり合い。
「イェニチェリ……魔槍砲専門の部隊と聞く。砂迅騎の私としては、興味深いね」
 自分の魔槍砲に練力込めながら、御言は独りごちた。朱藩の臣下の砲撃を見やる。
 隣の魔槍砲「戦神の怒り」を手にした、アルバルクはヒートバレットを発動中。撃ちだす砲撃は、瘴気の盾を薙ぎ払う。
 ダイリンも、魔槍砲「アクケルテ」を持っていた。その砲撃は死を意味すると噂される魔槍砲。ピアシングブリットが解き放たれ、余波による衝撃波が広がって行く。
「さて仕上げじゃ。之を片付けてしまえば帰れようてな」
 蜜鈴の石壁が構築された。幽霊船の前方に、何枚も立ちふさがる。ぶつかった船首が、衝撃で瘴気還って行く。
 ダイリンは空いた宝珠砲に、陣取る。バリスタ砲の狙いは、碧に任せた。
「宝珠砲の扱いは任せて、良いかな? 僕じゃ初心者だし、癖があるから入れ替わらない方が良いし、ね」
 楽譜「精霊賛歌」を握りしめた、アルマ。狐の神威人に、里で享けた名はない。ただ、天から生を享けた。
 好奇心旺盛で、今生を懸命に駆けるのみ。重力の爆音、幽霊船に叩きつける重低音。
「まずの目標は船の減速だね。前方は、舳先、船底、竜骨を……」
「相手の速度が落ちりゃ、狙いを付けるのもやり易くなるだろ」
 アルマの意図をすぐに飲み込んだ。ダイリン頼もしく笑い、赤い瞳に精霊力を集中する。
 独特の呼吸法、数秒間息を止める。石壁に突き刺さる幽霊船に、宝珠砲を放った。
 続けて、バリスタ砲が幽霊船に。砂走船の船首を寄せ、道を開いく。
「これで一度だけ敵の攻撃を逸らせます」
 フェルルは、そっと服に手を触れ、祈った。淡い光が相手を包みこみ、消え失せる。加護結界の贈り物。
「さて、囚われ人を救いに行くとしようか」
 ジルベリア風ドレス「銀の月」が、幽霊船に飛び移った。蜜鈴は昔、遊廓に居た。通いの魔術師に身請けされ、ジルベリアに身を寄せていたことがある。
「一体ずつ、確実に仕留めていくぞ」
 アタナトイと呼ばれた骨のアヤカシのうち、剣士は盾を持っていた。けれど、蒼羅は剣をもろともしない。
「地獄へ戻りなさい!」
 一番に乗り込んだ円秀は走った。骨のアヤカシには、弓兵もいた。邪魔するものは、粉砕するまで。


●中と外、今と未来
 檻が見えた。円秀は、一気に距離を詰める。瘴気の矢が放たれるのが見えた。
 脚に気を集中させる、揺らぐ姿。次の瞬間には、骨の弓術師のすぐ横に立っていた。
 殴るよりも、叩く方が効果あろうか。人間の力が一番入るのは、手の平の付け根。
 背骨を打つ、大きく揺らぐ、アヤカシの身体。円秀は前に蹴りだし、一気に瘴気を蹴散らす。
「檻の破壊は任せたぜ。流石に檻に魔槍砲をぶっ放す訳にもいかねぇしな」
 ロイヤルナイト・サーコートが、仁王立ちになる。ダイリンだ。
 自信過剰で自意識過剰。でも、幼少時には非常に神経質で、口数も少なかったらしい。
「私は誰一人の命も諦めませんよ!」
 時間が無い、瘴気で人々は弱っている。フェルルの奥の手、白き羽毛の宝珠を檻に結わえた。
「諸君! 焦らず落ち着きたまえ。なに安心したまえ、この私がいる」
 自信ありげに、髪をかきあげる御言。戦陣による指揮は、仲間の戦闘力を底上げする。
「外で待つ我々の仲間へ、笛の音色を届けてほしい。幽霊船を止めてくれるはずだ」
 一御言は、伝説の解説師と言われるヤマダ・キイトンに影響を受けていた。解説交じりの行動は、分かりやすい。
「さあ、希望の汽笛を!」
 御言の武天の呼子笛が、空を舞う。檻の中の砂迅騎の手に届いた。さまざまな思いを含んだ音色が、砂漠に響く。
「負けるわけには、いきません。この地の人々の笑顔を取り戻します!」
 フェルルは檻越しに、幼子の手を握りしめる。しゃっくりをあげる幼子を、加護結界の光が包んだ。


「人を捕えて連れ去ろうとは……如何なつもりじゃ?」
 手入れを欠かさぬ、硬い漆黒の長い爪先が、不機嫌そうに扇を閉じた。煙管と一緒に持ち歩く、蜜鈴の父母の形見。
「……背位は護ってやろうかのう。円秀、下らぬ怪我なぞしおるなよ?」
「安心して下さい。味方の救出が来るまで、敵を倒し続けましょう」
「奪われて困るからこその護りの堅さ……かのう」
 蜜鈴から向けられる、友愛恋慕の思い。円秀から返る一瞬の眼差しと、美麗赤龍への言葉。蜜鈴は腰に、朱金の番の蝶の刺青を入れている。
「参ります!」
 短い気合の声を発する、円秀。人々を守りきれるよう、相手を攪乱して回る。
 間合いを詰め、骨の剣士の懐に飛び込んだ。身をかがめると、下からねめあげる。
 肩甲骨に宿る、重厚な構え。一気に伸びあがると体当たりを仕掛け、防御を打ち抜いた。
 玄亀鉄山靠。体当たりと共に集中させた練力を叩き付け、身体に内側より衝撃波を走らせる技法。
 骨の剣士はたたらを踏む、隙は逃さない。円秀は両手をつき、足払いを仕掛けた。砂漠に倒れ込む、アヤカシ。
 円秀は立ち上がりざまに、追い討ちをかける。飛び、頭蓋骨を踏み砕いた。瘴気に還るのを確認し、次へむかう。
 努力を惜しまず、腕を磨き続ける。偉大な二流。積み上げた修練で、才能も強さも凌駕する存在。


「ここにうさを晴らしたいという、物好きはいるかね? いるならば貸しだそう」
 檻から解放された人々へと注がれる視線。モノクル「ホークアイ」が、意味ありげに笑った。
「これは強制では無いよ? 我々だけでも充分なのだからね」
 御言は、魔槍砲「雷洞」を掲げた。ひったくるように、小さな影が魔槍砲を抱える。
「おんしは志体持ちか……戦えると云うのであれば手をお貸し? じゃが、前には出すぎるなよ」
 軽くほほ笑む蜜鈴は、肩から首にかけて、刺青の椿の花を咲かせる。椿の花言葉の一つは、誇り。
「人助けとあらば、力を尽くすのはやぶさかではないとも!」
 御言は、感情を行動の理由とする事に肯定的。後輩の握る魔槍砲の穂先と宝珠に、紫電のような輝きが一瞬奔った。
「身を挺してでも、護ってやらねばのう……」
 人々を守るための蜜鈴の石壁が崩れた。瘴気に満ちた大きな剣が、差しこまれる。
 フェルルの右頬を、瘴気がかすった。ぐっと、口を結び、白く輝く刃を持つ、破邪の剣で切り払う。
「人々をアヤカシの供物になんて、私たちがいる限り絶対にさせません」
 フェルルは人を繋ぐ笑顔を大切に想う。笑顔を霞ませる存在には、敢然と立ち向かいたい。笑顔を失いそうな人には、手を伸ばせる自分でいよう。
「そう急くな。ちと我等の相手もしとうせ? 我等を倒せずして、他に手を出せると思うてくれるなよ」
 小さな閃光が、蜜鈴の周りをめぐり、出番を待っている。耳元で、双子星の耳飾りが揺れた。
 荒れ狂う光たち。骨の剣士の盾をかいくぐった。意志を持つかのように曲がり、雷がとどろく。


「……そういや、幽霊船が破壊された時にゃ、皆外に投げ出されるんだよな?」
 素晴らしい読みだった。ダイリンの案に、瞬きする朱藩の砲術士たち。
「案外、幽霊船に乗ってたアヤカシどもも、投げ出された直後は動きが鈍るんじゃないか?」
「てことでよろしく頼むぜ、お二人さん」
 手を打ち合い、砲術士たちは別れた。今こそ、作戦実行のとき。
 斬竜刀「天墜」を構える蒼羅。口数が多くない青年だが、人付き合いは悪くない。
「護る戦いは、俺の得意とする所だ」
 蒼羅がかぶるのは、泰国において優れた戦士が被る兜。泰兜「子竜」の頭頂部で、白い飾り房が風になびいた。砂走船は、風を起こす。道しるべとなる風。
「船の方から範囲攻撃でもぶち込めりゃ、突破するのが楽になるかもしれねぇな」
 ダイリンの言葉が蘇る。宝珠砲が骨の剣士を数体ほふった、包囲網の一角を崩す。
 迫る瘴気の槍に向かって蒼羅は、大きく踏み込んだ。足が少し埋まり、姿勢を崩す。危機。
 否、それは誘い。構えすら見せない、自然体から放たれる返しの技、雪折。
 蒼羅の黒い瞳は、流派など追及していない。速度を追求するのみ。神速の域に達している、我流の抜刀術を披露する。
 アルマの狐耳だけが、聞いたのかもしれない。鞘へと収める、蒼羅の刀の音を。


 船体を傾けながら、旋回する砂走船。瘴気の剣の届かぬ、ぎりぎりを通過する。甲板から、砂に飛び降りる砂迅騎。
「さっさと帰って、酒でも飲みたいところだなぁ」
 言動はともかく、律儀に取り組むアルバルク。自分から請け負った仕事だ、金さえ積まれれば仕事は選ばない。
 適当かつ、気まぐれな不良中年。シャムシール「アル・カマル」を携えていた理由を、語らない。
 月とその心の力を秘めているとされる、細身の曲刀。柄につけられた宝珠は、小さな月のように静かに柔らかい光を放つ。
「碧ちゃん達、銃や魔槍砲を扱えるって凄いと思う。小柄でも魔槍砲を使いこなす、頼れる人を知ってるよ。君達の事も頼りにしてるっ」
 アルマは、桜の枝を持つある人に誓った。覚悟を定め、足を止めず、一心に理想を追うことを。
 後輩に贈るのは、笑顔と信頼。恥じず、裏切らず……そう在る為にも、自分も歩むと。
 船に乗り込んでくる、瘴気の盾。アルマは静かに歌う。精霊の力は、将来の弓術師の傷を癒し、勇気づけた。
「盾を持っていようと、攻撃と防御を同時には出来ない。そこを狙うのが効率的だ」
 抜刀両断、ただ……断ち斬るのみ。返しの志士は、己が道を歩む。
「敵は集団戦が得意……、こちらも連携を心がけておかねばな」
 蒼羅の背中が教えている。開拓者には、仲間がいる。信じ、信じられる関係。
「ルルちゃんに危害を加えさせないように、お願い!」
 邪を払う弓「与一」を、アルマは投げた。矢筒を背負った手に渡る。放たれた矢は、アヤカシに突き刺さり、赤い燐光を放った。


●宴
「おんし、頑張ったのう♪」
 蜜鈴は小さな後輩の頭をなでた。男女問わず美しいモノ、可愛いモノを好み、見つけるとついつい構ってしまう。
「前を向いて進もう、先には良い事があるから」
 ほほ笑むフェルルの身に付けた、サムライの師譲りの鉢金。十字架の首飾りは、大切な人からの贈り物。どちらも、一歩を踏み出す勇気を与えてくれる。
「逃れようとも逃れられぬは蜘蛛の糸……瞳を開いて視えるは何ぞ……」
 ご褒美と投扇刀を手に、進み出た。蜜鈴は趣味の演舞を、披露する。
「相変わらず、苦労の多い地元じゃねえの……しかし、麗しの故郷ってヤツだ」
 知り合いの砂迅騎と演舞を眺めながら、楽しそうに酒を酌み交わす、アルバルク。一年前の7月6日の誕生日を迎えた頃も、同じことを言ったか。
 酒も博打もやる快楽主義者、アルバルクの刹那的な思考。明日なんか考えてるくらいなら、今楽しい方がいいと。
「同席よろしいですか?」
 円秀も興がのったのか、何時も持ち歩いている酒を手に、酒盛りに参加。綺麗な風景や何気ない生活を愛し、愛でる青年。
 風流人と言われれば否定する円秀は、柔和であまり目立つことはない。今は自身の感じたままに、すべてを楽しんでいた。


 猿の獣人で、とても毛深く、毎日必死に無駄毛の処理を行っているダイリン。その甲斐あってか、つるつるのお肌。
 猿獣人と言われると凄まじく不機嫌になるが、今日は違う。「人間は羨ましい」と言われ、即座に否定した。
 猿アヌビスの子供に、真実を教える。前向きで馬鹿と言われてもいい。同胞に勘違いされたままは、心が痛む。
「ダイリンか?」
 異国を知りたがる子供に請われて、文字を教えていた。漢字で書くと「大倫」。
 人として踏むべき、人倫の大道の意味。喜ぶ子供から、お礼に歌を教えてもらった。
『空に浮かぶ月星と、生きている人』
 聞えてきた歌に、アルマの緑の瞳が、驚きを帯びる。一年前の自由を願った日に、月星の語り部は同じ歌を歌った。
『……僕にはどっちも照らすもので、希望そのもの』
 バイオリン「サンクトペトロ」が、優しく落ち着いた音色を奏でた。7月17日が誕生日のアルマは、共に歌い始める。一度寄せた信頼は、絶対で、まっすぐなもの。
「音楽が好きそうだね、参加はしないのかい?」
「遠慮しておく。歌は……な」
 楽の音に身をゆだねていた相手に、声をかける御言。蒼羅は音楽を好むが、歌は得意ではない。今は黙って聞くのみ。
『……ありがと、生きていてくれて!』
 唱和する、いくつもの声。砂漠に生きる人々と、開拓者たちの歌。