【浪志】伝えたい言葉
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/10 23:31



■オープニング本文

●約束
 一つだけ、心残りがある。結末を見届けることは、できないけれど。
 伝えたい言葉がある。返事を貰うことは、無いけれど。
 胸に思い出がある。もう笑顔は、見られないけれど。
 ―――決めたから。歩き出そう、また未来へ。


 あまり感情を表に出さない泰拳士は、珍しく、目を閉じて思案した。長い沈黙の末、口を開く。
「頼めるか?」
 短い言葉の中に、すべてがあった。チェン・リャン(iz0241)の黒い瞳は、目の前の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)を見る。
「ええ、引き受けるわ。恩人なのね?」
「そうだ」
 リャンは全てを語らない。辛抱強く、返事を待つ虎娘。ここに至るまで、長い道のりだった。
 同じ泰国の出身、同じ浪志組の隊士、同じ藤の花見をした同志。でも、今の立ち位置は、違う。牢屋越しの会話。
「必ず伝えるわ。あなたの感謝の言葉を」
 手紙を預かり、虎娘は目を伏せる。八条島へ流罪が確定したリャンが、少しだけ語った過去。
 戦災孤児。流転した少年の日々。試験に合格して国家泰拳士になる前に育ててもらった、最後の里親の存在。
「……歩いたら、朱春からどれくらいかかるかしら?」
「俺の足で、五日くらいだ。その体で、歩く気か?」
「ええ、そうよ。今のあなたにも、私にも、歩くことは大切なことだもの」
「違いない」
「チェンさん、どうか、お元気で過ごしてね」
「ふっ、おまえもな」
 それは最後の会話、道が分かれた合図。浪志組隊士と、元隊士の。


●新娘
 天儀の「花嫁」は、泰では「新娘」と言う。ある地域では、紅いチャイナドレスが、伝統的な花嫁衣装だった。
 賑やかな朱春から、少し離れたところにある、猫族の料亭。お客が居ない、昼下がり。
「恋人とか居ないわけ?」
「いないわ。だって、浪志組は異性間交友禁止ですもの」
「今は泰だよ、神楽の都じゃない」
「……そうだったわね」
 退屈そうに白虎しっぽを揺らす、看板娘が一人。折れ猫耳を倒し、料理人姿の兄は心配する。
「……結婚話は、おばあ様が勝手に決めて、宣言したことだよ?」
「『危険な開拓者を止めさせる!』って、おじい様の怒鳴り声も一緒にね」
 浪志組のとある依頼で、虎娘は大怪我を負った。天儀で言う、三途の川を渡りかけた状態。
 連絡を受けた実家の人々は、驚愕した。元開拓者の父はともかく、料理人の祖父は心労で倒れる。猫族兄妹は、神楽の都から、急いで帰って来た。
「父上と母上は、『好きな人がいるなら、すぐにでも連れておいで』って、言ってくれたよ」
「いないものは、いないの」
 猫族一家の祖父母はお見合い、両親は恋愛で結ばれた。虎娘は窓から空を見あげながら、祖父母の言葉を反芻する。
 相手は世界を股にかける、泰の商人「旅泰」。旅泰の青年は、料亭の看板娘に一目ぼれした。恋につきものの、良くある話。
 お見合いとは名ばかり。家族間の相談は、トントン拍子に進んでいる。後は当人たちの顔合わせをすれば、すぐに婚約、婚礼と進むだろう。
「結婚なんて、一生の問題だよ。お友達に相談するとか……」
「必要ないわ」
 親友だからこそ、相談できない。事後報告すれば、きっと犬耳の娘は怒るけれど。
 親友だからこそ、迷惑をかけられない。ただ、黒猫の青年と角なき修羅の娘の二人には、幸せになって貰いたかった。
「『望まれてお嫁に行くのが、一番幸せ』って、母上も、おばあ様も言ったもの」
 白いチャイナドレスが揺れ、振り返る。いずれ「新娘」になる娘は、静かにほほ笑んだ。


■参加者一覧
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
ロゼオ・シンフォニー(ib4067
17歳・男・魔
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ


■リプレイ本文

●應該走道―歩むべき道
 自家製農園と料亭を背に、猫族大家族のお見送り。祖父母に両親、兄に双子の弟妹。父の朋友の甲龍夫婦に、長兄の飼い子猫又も居る。
「無事に帰ってきてくださいね。もうすぐ、妹はお見合いがある身なので」
 平和な旅立ちだった。心配した長兄から、余計な一言があったけれど。
「夜汐、お出かけで御座いますよ」
「ほんと? 僕もいっていーの!?」
 黒い毛並みが、月雲 左京(ib8108)の懐から飛び降りる。猫又の左の金と右の銀の双ぼうが、左京を見上げた。
 羽織「紅葉染」を駆け上がり、左京の肩に定位置を求める。夜汐は、まだ外に余り出た事はなく、興味津々。
 家族の姿が見えなくなってから、亜祈は開拓者に懇願した。リャンからの最後の頼みを。
「……今から行く先で、桜蘭のことは、しゃべらないで欲しいの」
「桜蘭? ボクは世間での話しくらいで、何も知らないから話しようがないし、知ってたとしてももちろん話さないよ」
 からくりの雪那を連れた、神座亜紀(ib6736)の弁。長い髪が、大きく揺れた。
「話しません」
 嶽御前(ib7951)には、色々と思うことがある。霊騎の天が、傍らに控えていた。
「僕には、何がなんだか、さっぱりで」
 むーっと唸っている、ロゼオ・シンフォニー(ib4067)。もふらのアークスが付いて来る。
「桜蘭については、勿論喋りません」
 鷲獅鳥の翔星が、退屈そうにあくびした。劉 星晶(ib3478)は、咳払いを一つ。
「桜蘭に関しては、勿論話す気は有りませんので」
「久しぶりに連れ出しかと思いきや、怪我人連れての道中三昧だよっ」
 一礼した杉野 九寿重(ib3226)の犬耳は、伏せられていた。人妖の朱雀が、後ろで騒いでいる。
「左京さん、破軍さんから聞いたわ。ありがとうございます」
「何よりも駆けつけたい亜祈様の危機に、駆けつけれぬ事が、心残りで御座いました……」
 頭を下げる亜祈に、左京は首を振る。こぼれた涙と共に、修羅の青年に全てを託した。
「……ご自愛下さいませ……体も」
 不意に、左京は言葉を切る。左側のみ伸ばされた、白銀の前髪。隙間から、緋色の瞳が亜祈を見ている。
「心も」
 左京から発せられたのは、亜祈の気持ちを揺さぶる言葉。


「嶽御前と申します。よろしくお願いします」
 突然の訪問。リャンの里親へ、頭をさげる。嶽御前の前頭部両脇から生える、黒光りする二本の角。笑うと見える八重歯。
 天儀の修羅を見たことない里親は、龍獣人と勘違い。左の額の角を無くし、一見修羅と判らぬ左京だが、血脈について説明する。
「此処まで来たのは、初めてです! なんかドキドキするなぁ」
 雪の降る儀で育ったロゼオは、泰が珍しくてたまらない。里親も同じ。アークスを、食い入るように見つめる
「アークス、はじめましての面々が多いのかな?」
「アークスは、はじめましてもぐ」
 ロゼオは天然ボケが入っている。アークスが、影響されていないのが幸い。
 二人とも、ど忘れしていた。神様の使いのもふらは、天儀でしか生まれない。

 事情を説明し、手紙を手渡す。黙って読む、里親たち。リャンの手紙は短かった。
『去遠方、旅行。培育、謝謝。感謝。希望精通生活。再見』
(遠くへ、旅に出ることになった。育ててくれて、ありがとう。感謝している。達者で暮らして欲しい。さようなら)


●快樂的回憶―楽しき思い出
 一流剣士へなる為に都で修行と、北面・仁生から出てきた。気品のある態度を貫く、九寿重の士道。
「天儀を季節の花々が着飾っているのは、綺麗ですね。今の季節ならば、薔薇でしょうか?」
 薔薇の季語は夏。九寿重は薔薇の石鹸とローズティーセットを取り出す。
「此れが、薔薇酒となります。あと神楽之茶屋のみたらし団子ですね……よければ、また食べてくださいませ」
 花びらで薔薇酒や砂糖漬けなどを作った、『おいしいものは薔薇』。左京にとっては、涙する出来事があった依頼。
 アヤカシの襲撃で、命を落とした兄の一人。その婚約者との出会いが。冥越の隠れ里で細々と幸せに生きていたころが、懐かしい。
 『桜祭と花渡りの夜』の事。九寿重は親友と船に乗り、ニシンの焼き物と山菜の天ぷら定食を食べながら、川を流れる桜船を見た。
 桜は春の季節を彩る花と、小袖「春霞」を着た九寿重は笑った。
「あらゆる人達を受け入れて育んでくれる、懐の深い所です」
 嶽御前は、神楽の都からのお土産、桜の花湯を進呈する。甘刀「正飴」を手渡しながら、『あの背を、思い出を』思い出していた。
 冷えるかもしれない夜に備えてと、準備していたのは甘酒。愉快そうに細められた瞳は、人懐こい笑顔でお礼を言ってくれた。
 暇になると、天儀の彼方此方をふらふらしている星晶は、少し前の季節を語る。『梅香の芳野の街で』は、梅の祭があった。
 贈った番傘が、嬉しげに回っていた。人込みをさけながら、共に歩く二人。道端の店に立ち寄って、梅酒を味わった。
 星晶の遠い記憶を辿れば、似た景色を見つけられるはず。幼い頃にアヤカシの襲撃で失った、泰の故郷に。
 花繋がりで膨らむ、天儀の藤の花見。誕生日をお祝いしてくれた亜紀には、特別な思い出。
「チェンさんは……実に素敵な、良い御仁でした。子供達の相手をしている姿が、印象に残っています」
「肩車もしてくれたし、チェンさんは優しくていい人だよ。ボク、大好きだよ♪」
 星晶の言葉に乗っかり、亜紀は笑顔で自慢する。その時、見せてくれた演武は、とっても素敵で、かっこよかったと。きっと親譲りの演武。
「神楽の都でやった、『ヒーローショー』みたい!」
「えっと、英雄劇……ですかね」
 猫が大好きな神座家三女は、年相応な子供っぽい面を見せた。ロゼオが補足する。
 護身羽織を脱ぎながら、一回転。身ぶり手ぶりで、亜紀は教えてくれた。
 四人組の少女戦隊、『お米戦隊すいはんじゃー』。お米文化を守るために、日々戦うのだ。
 必殺技は、「ハイパー・オニギリ・ボンバァァ(以下略)」。華麗に勝利のポーズを決める。
「世界中を旅する事、それが僕の夢ですけど……ジルベリアについても、お話しますね」
 ジルベリアでは、『人気者はつらいよ』。遠くから開拓者を応援する、一般人の団体様。開拓者応援ツアーなるものが、あったらしい。
 飯代に困った陰陽師が、出来心で依頼書を盗み見た事が発端。陰陽師はきちんと改心したたから、今は危険なツアーはない。
「風習は、ジューンブライドかな。六月に結婚すると、幸せな花嫁になれます。
それから、ハロウィン。子供たちの扮するお化けに、お菓子をくれなきゃ、いたずらされますよ♪」
 茶目っ気たっぷりに、緑の目を片方だけ閉じるロゼオ。昔は妹とよく、遊んでいた。
 平凡な家庭の長男。だが、アヤカシに村を襲われた事により、一家は離散した。
 桜の木の下で倒れていたところを、生涯の師に助けられる。放浪する狼は、今でも、家族を探し続けている。
「お茶が入りました。ジルベリアの物になります」
 高級紅茶セットとワッフルをお盆に乗せ、雪那が入ってきた。中世的な顔立ちは、にこやかにほほ笑む。
 お礼にと、里親は泰の七夕を見せてくれた。色糸を結び、七本の針を並べ、ウリをお供え。
 女の子の裁縫の上達を祈り、衣服に感謝する。息子のリャンには、退屈な儀式。
 別れ際、亜祈は一つの髪飾りを渡される。白地に桃色の花が、あしらわれていた。遠くのリャンには、もう渡せない贈り物。
 宝物が増える。浪志組の制服姿の時、いつも亜祈は髪飾りをつけていた。


●想傳達的言詞―伝えたい言葉
 帰り道。研究者である父を尊敬している亜紀は、ふさぎこんでいた。
「チェンさんには、チェンさんの思いがあったんだろうけど……」
「再見には、『また会おう』という意味もあるのよ」
「そっか……生きてるなら、いつか会える日もくるよね!」
 亜祈は、教えてくれた。また会おう。亜紀は、まっすぐに受け止める。
「チェンさん、最後に言っていたわ」
 亜祈は、あまり笑わない泰拳士の笑みを思い出す。
『俺はとうに死んでいた……だが、一瞬のきらめきに、また生きた心地がした。歩き出そう、また未来へ』
 誰に対しての言葉かは、知る由もない。けれど、「チェン・リャン」と言う一人の青年の生きざま。
 静かに聞いていた嶽御前の耳元で、灯火の耳飾りが揺れた。鮮やかでいて、温かな色の水晶石は、迷いを払い、導いてくれると言う。
「『決まっている事なんか何一つない。なりたい自分になれ』。それが我を救い、明日を我に託してくれた人の言葉です」
 嶽御前は自分だけでなく、仲間達を助ける技術を磨いている。新しい分野も、学習し始めた。
「チェンさんとは、捕縛の際にお会いし戦いました」
 『急転』する事態、嶽御前はリャンに言った。『これが最善と偽って』と。
「チェンさんの中にも『我』がいました。優しさだけでは人を救えない事を痛感し、理不尽を恨み。
それでも人の優しさに憧れ、誰かを救い救われたいと渇望した我が」
 敵味方の関係だったが、リャンは嶽御前たちと正面から向き合ってくれた。
「我が今笑顔でいられるのは、『偶然』理不尽を乗り越えられたからに過ぎません」
 捕縛されたとき、リャンは動じる様子もなく、歩きだしたと言う。
「もちろん、あの人の心は、あの人のものです。我の想像も、行動も、ただの自己満足です。
それでも、貴方がたの仰る、チェンさんと優しさを、我は信じたいです」
 嶽御前の紫の瞳は、覚えている。リャンは最後まで、自分より仲間の事を案じていた。
「チェンさんの願いに関わる事ができた事を、皆様に感謝します」
 頭を下げる嶽御前の隣で、長くいななく声。水の精霊の加護を持つ、獣靴「ヒシ」を履いた霊騎。『天』と名づけられた、相棒が。
 精霊門が閉鎖されれば、流刑地は封印される。けれど、空はどこまでも続いている。泰にも、天義にも。


 嶽御前が、あまよみで確認した天候は、晴ればかり。帰り道は、夏の日差しが照りつけることになる。
「ご無理は、せぬで下さいませ……?」
「今の状態は、虚勢を張っているのが判るのですね」
 左京の目の前で、ふわふわした足取りを取る、亜祈。つたないと、九寿重ですら思うほどに危うい。
「浪志組隊士としての役割もあるでしょうが、だからと言って無理は禁物ですよ」
 気位は高く血気盛んで有れど、道理は弁えている九寿重。亜祈の手を握り、優しく誘導する。
 懐から、懐刀「椿」が顔をのぞかせた。椿の花言葉の一つは、控えめな優しさ。
「雪那、次は肩を貸してあげてよ」
「お任せ下さい」
 亜紀も心配、子供らしいお願いをする。雪那は、大きく頷いた。
「よかったら、僕の杖をどうぞ。杖があれば、だいぶ楽になると思うから」
 自前の見習いの杖を差し出すロゼオ。太陽のピアスが、明るく揺れる。美しく燃えるような赤と、繊細な装飾が。
「荷物運びなら、アークスに任せるもふ。みんなの荷物運んじゃうもふよ!」
 ロゼオの影に隠れながら、赤い瞳が見つめる。アークスは、シャイな女の子。
 恥ずかしがり屋さんの笑みに合わせて、大きな鈴が鳴る。特別な祓いをうけた聖鈴だ。
「じゃあ、少し休んで。お土産に頂いた『めろぉん』を食べましょう♪」
 めろぉんは、泰国の果物。甘いが大きい。亜祈はやる気をだし、刃物を手にする。
 兄と比べられるのが嫌で、料理の情熱は捨てたが、料亭の娘。寸分の狂いなく、切り分ける。
「話に聞いていたよりも、ずいぶん世界は広くなったものですね」
 嶽御前は美味しそうに、めろぉんをほお張る。サバイバル生活が長かったが、他の儀の食べ物は珍しい。
「では、無理なくゆっくりと行きましょう。……お見合いの事もありますし、ね。
……それにしても、一生の大事を黙っているつもりだったとは、水臭いですね」
 のんびりした空気を纏う、黒猫の獣人は耳を伏せた。きっかけは十分。
「……お見合いとは、どういう事ですかね? 事後報告なんかしてたら、怒りますよ」
 九寿重は素直だった。気我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する。でも、素直だった。
「意図的に、伏せられていたは悲しゅう御座います……」
「亜祈が承れれば、実質逃げてると同等でしょうか。そういう姿は、私としては見たくないですね」
 左京も言葉が重い。ピンと立った九寿重の犬耳が、ますます天を向く。亜祈は瞳を反した。
「ボクの父さんと母さんは恋愛だけど、お見合いが悪いとは思わないかな」
 小首を返した亜紀が、間に割り込む。
「それも出会いの一つの形でしょ? お見合いだから、お相手と恋愛できない事はないんじゃないかな?」
「しかしとて、選ぶは亜祈様。わたくしは本人の言葉を、本人の口から……聞きたい次第で、御座います」
 亜紀の言葉は、大きな免罪符に聞えた。左京の黒と緋色、左右の色が違う瞳が問う。
「亜祈様が後悔せぬ答えを、お出し下さいませ」
「ボクも、亜祈さんが後悔しない方を選ぶべきだと思う。その為なら、どんなお手伝いもするよ!」
「これでいいのよ」
 左京と亜紀の視線に耐えられず、亜祈は眼を閉じる。何より、家族は自分の身を案じ、勧めてくれた。
「本心からこれで良いという答えでしたら……嫌ですが、仕方ありません」
 ジン・ストールを、目元まで引き上げる。読めなくなる星晶の表情、亜祈と視線を合わせることは無かった。


●看準的所想―見定める思い
「お見合い、どうなりましたか?」
「気になるもふ」
 ロゼオもアークスも、出来れば結果が聞きたいと思っていた。双子は胸を張って、ご報告。
「がう、『おじゃん』です。姉上、お熱あるのに、ひどいです!」
「にゃ、『ぶちこわし』です。姉上、いじめる人、嫌いです!」
 旅から戻った虎娘は、しばらく高熱が続く。それでも旅泰の青年とその家族の都合で、お見合いの日程は組まれた。
 優しい姉は、気丈に振る舞えど、双子は心配でたまらない。祖父母に訴えるが聞き入れられず、ついに開拓者を頼った。
「鍋に、おたまに、お皿……おはしは?」
 家出を決めた子供たちは、たくましい。夜汐と共に、家出道具を点検している。亜紀は足りないものを探してみる。見つからない。
「どこにもない……ね。雪那、作れる?」
「……某、努力してみましょう」
 亜紀の頼みに、悩める表情を作る。同時に三体製作されていたらしく、長男という立ち位置からか、非常に責任感が強い。
 ハサミ型の武器、ギロチンシザーズを取りだした。薪から削りだしてみようと、奮闘を始める。
「かっこよかったで。『俺の将来の花嫁は、貰って行きます』言うて、亜祈はんさらって行くもん♪」
「やり過ぎの予感です。ほとぼりが覚めたころに、謝りにいきましょうね」
 藤の尊敬に、星晶はひたすら苦笑を浮かべる。服を握りしめられ、「姉上を助けて」と泣かれたら、役者を断れない。
「うんうん、花嫁泥棒と家族の反抗が、打撃大きいんだよっ♪」
 強気で、明朗活発な朱雀は、大きく頷く。薄水色の生地が涼やかな、人妖浴衣「涼」が踊った。
「朱雀、『今回は騒がず大人しく、道中の周辺警戒に勤しむねっ』って、言いましたね。周りを炊きつけるとは、思わなかったですね」
「……うちの子供たち、無理をお願いしたのね」
 九寿重は五人姉妹弟の筆頭。亜祈は四人兄妹の二番目。姉たちは、諦め口調だ。
「今はまだ、休息が必要ですからね。家に帰るのは、体調が落ち着いてからですよ」
 釘をさす嶽御前は岩清水を、氷に変えている。皮の水筒に詰め込んでいた。
「星晶さん、きちんと家族に説明するわ。どうか安心して、左京さんと幸せになって欲しいの!」
「……誤解されたままなのは、非常に困りますので、一つだけ」
 拳を握る亜祈、言葉に偽りはない。怪訝そうな星晶は、ようやく事情を悟る。
「左京さんとは確かに仲が良いですが、友人です。恋仲だった事はありません」
「……恋仲じゃないですって!?」
 星晶は、きっぱり否定。臥床していた亜祈は、思わず半身を起した。青い瞳が、驚きを帯びる。
「わたくしと星晶様は、お付き合いしておりませぬよ?」
 嶽御前から預かった、氷嚢(ひょうのう)を手にした左京。亜祈の言葉に、黒い瞳を丸くする。
「ごめんなさい……てっきりそうだと思い込んでいたわ」
「いつごろからで、御座いましょうか?」
「……二月の『ばれんたいん』ぐらいね。本当に申し訳ないわ」
 左京の冷静に尋ねる声と、反比例。落ち着きを無くした、亜祈の解答。うなだれる虎耳としっぽ。
 ……謝っても、足りない。とんでもない誤解。まわりの開拓者たちも、振りまわした。激しい頭痛とめまいが襲う。


「夏の暑さが原因ですね。横になり安静にして、身体を冷やせば治ると思います。心配いりませんよ」
 嶽御前は、医学技術や知識を駆使して、亜祈を診察する。泣きじゃくる双子の頭を、撫でてやった。天はすりより、なぐさめている
「元気のでるごはん、リゾットを作ろうよ♪」
「天儀の雑炊です」
 亜紀は、さまざまな地域独自の言語に興味を持っている。雪那と共に、笑顔で話しかけた。
「僕、作れますよ。任せてください!」
「アークス、楽しみもふ♪ ロゼ兄の本場仕込みは、おいしいもふ!」
 狼耳が頼もしく動く。ロゼオは、ジルベリアの山奥出身の魔術師。アークスは兄として見ている相棒を自慢した。
「きちんと木陰で休ませるですね」
「影を作った方が早いよっ」
 朱雀の突っ込み。九寿重は辺りを見渡す。まばらの木々では、大きな木陰も生まれない。
「翔星、お願いします」
 普段は、納得のいかない勝負で主になった星晶に、ガン無視の態度を取る翔星。今日は素直に羽をたたみ、大地に座り込む。
 翔星の梵字前掛が、さり気なく揺れる。誠心の心のように、真っ白な真心。本来は優しい性格。
 自分の身体を盾にして、影を作ってやる。隣に金も座り込む、地面に大きく影が延びた。
「もうすぐ夕暮れで御座います。天幕を一緒に張りませぬか?」
「あっちが、広そうだよ? 行こう!」
 左京は双子に、やさしく声をかけた。夜汐が飛びはねながら、大好きな左京に報告。
 左京至上主義。自分をほめて甘やかしてくれる左京が、何よりも誰よりも好き。
 そして、自分の見目を褒めてくれる人には、好意を示す。猫族一家も、「綺麗」と言ってくれた。
 先天的な白子は、日差しが苦手。夕暮れになれば、左京ももう少し動けるようになる。
「……しかし、喜多様も、そのうちお見合いなどされるのでしょうかね……」
 ほわんと頬を緩める、左京。双子の話を聞きながら、黒猫に視線を送った。
 大切な友人同士、一緒になって欲しいと願う。そして結婚式には、呼んで欲しいと願う。
 無言の星晶は、亜祈の傍らに腰を降ろす。仲間たちは、鷲獅鳥と甲龍の向こう側へ移動してしまった。……はめられた?
 寝かされていた亜祈は、小声で喉の渇きを訴えた。星晶は起き上がらせ、水を飲ませる。弱った身体は、少量の水でもムセた。
 黒猫耳を伏せたまま、胸に寄りかからせる。咳き込む、小さな背中をさすった。
「……もっと早く、連れてくるべきでした。前に言ったのに……惚れた娘を取り返す為なら、命だって懸けてみせますと」
 星晶は悔いた。咳のおさまった亜祈は、力なく体を預ける。旅の終わりよりも、体調が悪化していた。
「俺が恋しているのは、亜祈さんだけですよ」
 子猫又が信じた、お見合い会場の迫真の演技。でも、黒猫は本気だった。頬を染めた亜祈は、身じろぎする。
「……逃げないでください!」
 星晶は両手で、強く抱きしめた。あらがえない。亜祈は、おずおずと見上げる。
「俺のこと、どう思っていますか?」
 向けられる、優しい眼差しと穏やかな笑み。物静かな星晶は、ゆっくりと尋ねる。心に響く言葉。
 亜祈は目を閉じた。揺れる気持ちに、終止符を打とう。近づいて来る気配に、ささやく。

―――あなたを愛するわ。