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■オープニング本文 ●夏風 天儀の山野を再現した庭を眺めながら、大伴の翁は無言でたたずんでいた。 思い出すのはかつて都で勃発して自らが処理にあたった桜紋事件。 もう是非を問うつもりはないが、あの後味の悪さは今でも鮮明に思い出すことができる。 「将軍職を辞し、ギルドに関わってから同種の事件に関わるとは、の」 東堂の経歴を考えれば、超常の存在が関わっているのかと勘ぐりたくなるほど皮肉な展開だ。 とはいえ、今回は桜紋事件とは異なる展開になりそうだ。 反乱の主導者である東堂が、ぎりぎりの段階で退いてくれたからだ。 前回とは違い、今回は開拓者たちが自ら動いた。開拓者たちの行動が東堂の決意を翻した。 乱――あまりにも重い結末に至る流れを、彼らは確かに変えたのだ。東堂の協力が得られた今なら、流罪であると同時に保護でもある、八条島流罪という落としどころにもっていくことも可能だろう。 「後は1人でも多く島に送らねばな。無為な戦で命を落とすのは、もう止めにせねば」 古強者の嘆息は、穏やかな風に吹かれて消えていった。 ●伏兵 神楽の都、開拓者ギルド本部。昼過ぎの受付に、お客が来た。 「三日前から、姿が見えない。自宅に帰っていると思ったが……」 「うちには、五日前に開拓者をつれて、朝ごはんを食べに来ただけですよ」 「そうか……ならば依頼を出したい。浪志組隊士・司空 亜祈(しくう あき:iz0234)の捜索依頼を」 「別に必要ありませんよ。そのうち、戻ってきますから」 「兄なのに、慌てないのか?」 「上の妹は、放浪癖がありますからね。いつもの事です」 依頼を出そうとした、シノビ娘の柳生 有希(やぎゅう ゆき:iz0259)。なんとも言えない視線で、目の前の人物をまじまじと見る。 のんきに虎猫しっぽを躍らせる、新人ギルド員。シノビ娘の探す虎娘の、兄と聞いている。 「……山科屋は知っているな? 亜祈さんは、山科屋林兵衛(やましなや りんべい)の口利きで、物資の輸送をすることになっていた。」 「うちの妹の誘拐未遂事件、その片棒を担がされていた商人さんですよね。急にギルドに出頭してきたから、驚きましたよ!」 「それについて、亜祈さんは何か言っていなかったか?」 「『ゴロツキたちが脅して、裏で操っていた』って聞いています。山科屋さんの家族や店員さんの命を人質にしていたなんて、言語道断ですね!」 シノビ娘は手掛かりをさがそうと、ギルド員に食い下がる。おおらかな虎娘は、自分の遭遇した事件を、おおらかに家族に伝えたらしい。 口調から察するに、虎娘の兄のギルド員は、かなりの熱血漢だ。当時の司空家の会話は、すさまじいことになっていただろう。 「喜多(きた)さん、ギルドで新しく分かった事は?」 「そうですね……ゴロツキたちの中には、多少、頭の回る者がいたようです。まだ捕まっていないみたいですよ」 「捕まっていない?」 シノビ娘は、眉を動かす。初耳だ。虎娘は真田道場では、何も言っていなかった。 「亜祈、家でぼやいていたんです。隠し倉にあったはずの、宝珠付きの武器や防具が、持ちだされていたって」 「それだ! 亜祈さんは顔が割れているから、報復にあった可能性がある」 「えっ……あー!」 消えたゴロツキの親玉の一行。持ちだされていた、宝珠付きの武具。 流刑地になる離島「八条島」に届けられるはずの、山科屋の準備した物資。輸送を担当したまま、戻らない虎娘。 「もしくは、高飛びするための人質。いらなくなったら、売り飛ばして、逃走資金にできる」 「売り飛ばす!?」 「亜祈さんは娘だし、田舎じゃ獣人は珍しい。ましてや、異国の泰国の服装。闇の取引で、高く売れるはずだ」 「そんな……すぐに依頼書をつくります!」 淡々と言葉を紡ぐ、シノビ娘。ギルド員の目前で告げる事に、罪悪感はない。言わねばならぬ事実。 兄は拳を握りしめ、虎猫しっぽは天を突く。虎娘救出の緊急依頼が、張り出された。 |
■参加者一覧
氷那(ia5383)
22歳・女・シ
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
破軍(ib8103)
19歳・男・サ
クレア・レインフィード(ib8703)
16歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●消失 「流刑地のための物資、ね。……流刑される者達に、なんとまぁお優しい事」 肩まで手をあげ、クレア・レインフィード(ib8703)は大げさな口調。 「反乱に到らなかった事を良しとするからか、その結末を選んだモンへの義理人情か。 ――どっちにしたって嫌いじゃない、けど」 老熟している思考は、悟っている。面白そうな花は、散ってしまうのが世の常と言うことを。 「砲術師、ローゼリア・ヴァイスですの。よろしくお願いしますわね」 礼儀正しく、頭をさげるローゼリア(ib5674)。深々と、お辞儀を返す喜多。 「亜祈の危機ですので、必ず助けますね」 「助けてあげねばなりませんわね」 五人姉妹弟の筆頭には、長兄の喜多の気持ちが良く分かる。杉野 九寿重(ib3226)は、ローゼリアとともに、大きく頷いて見せた。 「盗まれた武器は?」 氷那(ia5383)は、ギルド受付で、喜多に詰め寄る。鬼咲の鉢金は、真剣だった。 「刀五本、薙刀、手甲、杖、手裏剣が一個ずつ。防具は、鎧各種じゃな」 バロン(ia6062)は考え込む。大まかでも、人数や職業を推測できそうだ。 橋のたもとで、破軍(ib8103)の懐紙が綺麗に別れる。無言で、手持ちのナイフと、愛刀の確認をしていた。 手入れは完璧、屋根の上の劉 星晶(ib3478)が降りてくるのを待つ。 「……この事態は、考えておりませんでした。俺も、鈍ったものですね。……根こそぎ狩れば良かった」 黒猫耳は、礫でお手玉をしつつ、眼下の町並みを見下ろしていた。 胸元をきっちり、従者の外套で隠しながら、破軍は歩き始める。身軽に降りてきた星晶も、仲間との合流地点に向けて動き始めた。 「先ずは亜祈が輸送準備中のいつから姿が見えなくなったのか、を調べる事からだ」 従者の外套が、初めて動いた。壁にもたれ、待っていた琥龍 蒼羅(ib0214)。 「二人ずつ手分けして聞き込み、だな。俺たちは材木問屋だ」 唐突に戻ってきた星晶に驚きもせず、蒼羅は声をかけた。滅多に感情を表に出さず、どんな状況でも落ち着き払っている。 ●軌跡 眠気で揺らぐ体。虎娘を見降ろし、「報復だ」「後で売ればいい」と、せせら笑う声。 アムルリープを使う茶屋の店主は、ゴロツキの親玉だった。 いつ、どこで消えたかが、最も重要。バロンの主張に頷き、片目を閉じて見せた氷那。呉服問屋における、亜祈の足取りを探った。 白い虎耳としっぽが特徴。目撃情報は、思ったより手に入る。入りすぎる。 「呉服問屋が二軒目って、会話をしたみたいね。西の方向へ移動したわ」 ようやく、めぼしい情報を絞り込み、氷那は口にした。どこまで、虎娘の行動範囲は広いのか。 「三日前に来た時は、おやつごろだったそうじゃ」 まだ、呉服問屋の時点では、行方が分かっている。逆に、妖しい人物は見つからない。 「遊びにきていた友人が逸れたですね」 小袖・袴姿の九寿重が、穀倉屋の店主と会話をしていた。客として訪れていたローゼリアは、猫族耳をたてて、店内の会話を気にする。 九寿重は、小首を傾げた。店に来ていないが、知っている。よくよく聞いてみれば、女将が、一本向こうの茶屋で会っていた。 「亜祈さん、お茶の後、お菓子を買うつもりでしたのね…‥」 客のふりをしているローゼリアは、瞳を伏せた。さらに二言、三言、会話を交わした九寿重。腰までの漆黒を揺らし、先に店から出た。 材木問屋は空振りだった。亜祈は来ていない。 「……倒れて、店の中に連れ込まれたのですか?」 茶屋に移動中の九寿重は、蒼羅と星晶と出会った。旅は道連れ。 「一人で居たのですか……。他に変な様子の人が、居ませんでしたか?」 星晶は、ひたすら丁寧だ。根気良く、会話を重ねる。 「……茶屋の休みは、いつからだ?」 尋ねる蒼羅は、有無を言わせぬ。口数も多くなく、その言動から誤解される事もあるが、今日はその極み。 三日前から休業の張り紙が出されたと、ご近所さんの弁。羽振りが良いとも思えぬのに、長旅に行くといったとも。 「どこに行くか、知らないか?」 蒼羅の強い声。知らぬけれど、運送屋が来ていたとの答え。 ローゼリアは道行くクレアに捕まり、物陰に引っ張り込まれていた。 「発着場に行ったんだけど、やーなこときいたのさ」 みすぼらしい身なりの男の後をつけるクレア。職業柄気さくで陽気・社交的が功を奏した。 珍しい身なりは気をつけろと、耳打ちをされる。裏の運び屋が、近くにいると。 「……どこへ行きますの?」 ローゼリア天才肌ながら努力家。それゆえにプライドが高く、自分の腕を過信する傾向がある。見逃しはしない。 「最近、上物の虎の獣人娘が手に入ったらしいが、誰に聞けば分かるか?」 角を曲がった男が立ち止った、こそこそ話す声がする。破軍の紅い目が、見下ろしていた。 「情報元か? 蛇の道は蛇ってな……それ以上は秘密だ」 無言で、猫族の耳を伏せるローゼリア。破軍の演技と分かっていても、獣人としては複雑。 「売買は明日か、……傷は無いだろうな? 価値が落ちるぞ」 「……治療してから、売るようだね。やだやだ、野蛮さね」 破軍と男の会話に、耳をそばだてる。嫌悪を表すクレア。亜祈は、私刑を受けているらしい。 「大人しく居場所を吐くか……それともハラワタを出すか? 俺は一足先に見たいんだ」 修羅頭巾の下から、頬の大きな傷をわざと見せる。ナイフ「リッパー」を男の頬に当て、破軍は脅した。 ●攻防 「全く……手間の掛かるお嬢ちゃんだ。チビ助も、人に面倒な事を頼みやがって……」 破軍は面倒くさそうに、ぼやく。ふと、この依頼を受けるきっかけになった理由を思い出した。 声を殺し、ぽろぽろと目の前で泣く。白銀の髪を持つ、角なき修羅の娘。 「ふん、……この貸しはしっかりと返して貰うからな」 派手に木戸を蹴り飛ばし、破軍は乗り込む。戦の民、修羅は、咆哮をあげた。 気位が高い犬耳が、天に向かってピンと立つ。血気盛んな青い瞳は、眼前を睨んでいた。 「私は、怒っていますからね。凶賊相手に手加減せず、ですね」 ご立腹中の九寿重は足さばきを、見極めた。払い受け、右下方に流す。踏み込む相手の右足に、隙ができた。 ためらいなく、下腿を狙い、腱を断ち切る。九寿重の名刀「ソメイヨシノ」から、紅葉のような燐光が散り乱れた。 「手加減をして貰えるとは思わない事ですわ。武器を捨てて、降伏する事をオススメいたしますの」 金の瞳を細めると、ローゼリア……通称「ローザ」は息を吐く。自分は、きちんと降伏勧告をした。 「乙女を売買しようとする輩を、許す訳には参りませんの。覚悟なさいませ!」 瞬時にピストル「アースィファ」を構える、容赦はしない。堂々とした狙撃姿勢。おかげで、短筒「一機当千」が弾切れだ。 ローゼリアは、右手の銃を投げ捨て、宝珠銃「皇帝」を手にする。放れた弾丸の軌道が、急速に曲がった。 「種も仕掛けもございやせん……ただ、器用なだけ、ってね」 義母仕込みの手妻を生業とする、手妻師は霧の精霊を身体に纏った。ナハトミラージュは、己の存在感を覆い隠してしまう術。 心覆で殺気を隠し、蒼羅は裏口を開け放った。氷那と星晶は、早駆で駆ける。遅れて、確実に進むクレア。 「犯人に関しては生け捕りが望ましい、か」 蒼羅の篭手払は、刀を受け流した。討ちにかかる相手の先手を打ち、攻撃の勢いを衰えさせる。 「遠慮はいらないかしら。手加減無用ね」 物騒なことを、さらりと口にする氷那。動きを止める技法の相手が狙いだ。 背中の忍刀「霧雲」を抜いた。氷那の足元から影が伸び、捕縛しようとうごめく。 気づいた相手は、後退し距離を取った。縛られた亜祈の背後に、陣取る。 「自分に出来る事をする」のが、大切な事。その為なら、氷那自身が傷つく事も厭わない。 バロンの弓「幻」から、月涙が放たれた。薄緑色の気を纏って飛び、亜祈を貫通したかに見えた。 「大丈夫だ。わしの弓は討つべき敵以外には当たりはしない」 何事もなく、矢は飛びづける。シノビの手を、射抜いた。死なない程度の急所を狙う、精密な射撃。 「そして、狙った獲物を絶対に逃がしはしない」 ルベリアの少数民族出身の弓術士でのバロンは、戦術研究家でもある。可能な限り殺さず、かつ効率的に無力化する技術。 「捕まりっぱなしで疲れてるところ悪いけど、走れるかい、子猫さん?」 情熱の深紅に染められた、ロングローブ「ロマーリオ」が軽やかに舞い踊る。クレアの姿が、色の中に戻ってきた。 虎娘をしばる荒縄をほどこうと試みる。ふっと、ツルの鳴き声が聞えた。蒼羅の手裏剣「鶴」が放たれる。 天井から伸びる綱から解き放たれ、崩れ落ちる亜祈。受け止めた星晶から、表情が消えた。 浅く、途切れながらの呼吸。荒縄に繋がれた手先は、紫に染まり、本来の色を失っていた。 足元のどす黒く変色した血と、飛び散る肉片。大きく、えぐられた脇腹。 魔術師に向けられた、氷の視線。黒猫が心の奥深くに仕舞っていた、焦りや怒りが、顔をもたげる。 「安心して……始末できますね。溜め込んでた分、凄いですよ?」 低い声は地の底から聞こえる。穏和で物静な普段からは、考えられない。親玉に散華を解き放った アイシスケイラルを正面から浴びた。でも、天狗礫は死角から親玉を奇襲する。何度も、何度も。 相手が血まみれになり、命乞いしても、礫は飛ぶ。星晶が流浪の果てに流れ着いた暗黒街での生活ぶりを、垣間見せているようだった。 「もうよかろう?」 「離して下さい!」 「愚か者、分からんのか。お主が、手を下すまでも無い!」 怒りを自制できない星晶の腕を掴み、バロンは一喝する。くだらぬ相手の薄汚れた血に、染まる必要はないと。 「亜祈さんを治療する方が、先ですわ。どいてくださいませ!」 「このままじゃ間に合わない、死ぬわよ?」 ローゼリアは星晶から、全力で亜祈を奪った。血の気が引き、青白くなった顔を覗きこむ。 地面に横たえた身体に、氷那が手当てを施す。皆の持ってきた止血剤や薬草を使っても、この世に引き止められるか、瀬戸際だ。 「本当にギルドへ連れて行かなくて良いのかい? 後悔しても知らないよ」 「急いで、喜多に会わせるですね!」 どこかあきれた口調のクレアは、星晶を見据える。趣味のタロット占いで出た結果は、死神を示していた。 我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する、九寿重。犬耳を立て、虎娘の兄の元へ急くように主張した。 宝珠付きの刀を、踏みつけた。蒼羅は、後方の仲間の方へ蹴り飛ばす。 「腕の一本程度は、覚悟して貰うとしよう」 黒茶色の刃を持つ曲刀は、二刀流と対峙する。魔刀「ズル・ハヤト」を腰に収めたまま、蒼羅は立つ。 抜刀術から抜き放たれる、正確無比の神速の刃。血飛沫すら吹かせない。 秋の水のように澄み渡った覚悟。構えすら見せない自然体から放たれる返しの技は、神速の域に達している。 「ふん。早く、行け」 霊剣「迦具土」を振りあげる破軍…本名「御架月」は、幼少の頃、満月の夜にアヤカシに家族を皆殺しにされた。 退魔の剣術に造旨の深い、とある同族に拾われる。その修羅には娘がおり、いつしか精神的な支えに。けれど、幸せは続かなかった。 アヤカシに操られた娘を、自らの手で殺めてしまう。破軍は復讐心を抱えたまま、開拓者になった。 「……すみません」 うつむき加減になった星晶の表情は、うかがえない。虎娘を、胸元に抱き上げる。 星晶も過去に関しては色々あった様で、多くを語らない。が、幼い頃に破軍と同じように、アヤカシの襲撃で故郷を失していた。 獣人の身体能力とシノビの技に支えられた、神出鬼没の行動力。忍装束「影」をまとった黒猫は姿を消した。 ●帰還 あぐらをかいたバロンは、腰を据えた。頭から布団をかぶった、亜祈を見下ろす。 「よく無事に生き残った。……それで十分だ」 見た目通りの頑固親爺。仕事中、特に戦場では寡黙で厳しい顔を崩さない。 反面、プライベートでは悪戯好きで子供っぽい一面を見せる事もある。いきなり布団をめくり、虎娘を驚かせた。 「……ひどいわ! 子供みたいよ」 「誰しも、違う一面はあるわよ」 開拓者になる以前のことは、他人に話すつもりは無い、氷那。髪をかきあげながら、やりとりに笑う。 「軽口をたたけるならば、もう心配いりませんね」 「乙女の身体に、傷が残っていなくてよかったですわ♪」 珊瑚の髪留めを揺らして、九寿重は笑う。貴族であるヴァイス家に貰われた猫族の娘は、さっと亜祈に視線を走らせた。 「配達、どうなったのかしら? 他の人が手配したと、聞いたのだけれど」 「……でもまあ、夏がくるし。暫くは物資なんて無くても、大丈夫そうだけど」 ふさぎこんだ亜祈の懸念。クレアは手を振って、からからと大笑いした。 生来の怠け癖とひきこもり故、生活は慎ましく、外出は稀。なんとも、心強いお言葉だ。 翻りのローブの衣擦れの音。娘たちを見守っていたバロンは、立ち上がった。 「お主は若い。失敗など、今後いくらでも取り戻せるだろうよ」 好々爺の顔のバロンは語りかける。弓を通して心身を鍛え、道を説く「弓道」の完成を志す者として。 亜祈に無理をさせないように、ローゼリアは九寿重に声をかける。一緒に、氷那とクレアもおいとました。 数日して、青年たちが見舞いに来る。喜多に、強引に連れてこられた。 「俺に礼の言葉は不要だ」 修羅の青年は冷酷で、口が悪い。しかし、根は優しく、思いやりのある性格をしていた。 「……お前を心配して俺を差し向けた、耳当てをした白髪頭のチビ助に、一言礼を言ってやれ」 「そう、左京さんが……」 ぶっきらぼうに言い捨てると、破軍は背中を向ける。亜祈の返事を最後まで聞かず、さっさと外へ出て行った。 「元気そうで安心した……また、な」 他者からの好意に、鈍感な一面もある蒼羅だが、人付き合いは悪くない。軽く目元を緩ませ、頷く。 蒼羅が出て行ったあと、星晶はさりげなく、障子を閉めた。二人っきりになる。切なげに亜祈を見つめた。 「……どれだけ命が削れようと、亜祈さんを助ける事だけを考えていました」 はっ、となる星晶。もう戻れない、つい口走ってしまった。 「大事なものを失くすのは、幼少の頃だけで十分です」 青い目を細め、不思議そうな亜祈に腕を伸ばす。耳元で、ささやく声。 「惚れた娘を取り返す為なら、命だって懸けてみせますよ」 抱きすくめられ、亜祈の瞳が見開かれた。星晶は手を離すと、無言で立ちあがる。そして、去った。 部屋に一人残される、虎娘。青白い顔はうつむき、髪が肩にかかる。 「……お付き合いしていたんでしょう? 私のせいで、別れたの?」 親友たち……黒猫と角なき修羅、二人の楽しげな笑顔を覚えている。亜祈の瞳に、激しい動揺と戸惑いが浮かんだ。 |