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■オープニング本文 ●緑野 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。 神楽の都に程近い、街道から少しだけ朱藩寄りの場所。ケモノも、植物も、虫も、人も、皆等しく、自然の恵みを受ける土地。 東の咲雪(さゆき)は、神楽の都まで貫く街道に、最も近い地域。子供たちが大好きなサクランボ、イチジク、ビワの果樹園。 アヤカシとの戦闘が、一番激しかった南の燈華(とうか)。防風林の松とヒマワリ畑が広がり、人とケモノが共存している。 西の照陽(しょうよう)には、少し勾配が見られる。ミカン、柿、栗が、自然の恵みを与えてくれた。 寒さが厳く勾配のある北の雪那(ゆきな)は、イチョウ、紅葉、ケヤキが生える。ケモノたちの寝床に、なるように。 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。 魔の森の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。 しかし、ギルドにつづられるのは、現在。 開拓者と移住者によって、土地が切り開かれた記録。始祖の迅鷹の家族が、定住するまでの出来事。 ―――芽吹きの物語。 ●咲雪の地 迅鷹一家の一人娘は、小首を傾げていた。ひっこみじあんな子迅鷹は、細い木々の間から様子をうかがう。 激しい羽音、かん高く、警戒する鳴き声。迅鷹夫婦が、侵入者に威嚇を行う。 「お? 月雅(げつが)、花風(はなかぜ)、久しぶりだな。どうだ、ここの暮らしは?」 落ちついた声音で、迅鷹夫婦に話しかけるギルド員。とある依頼で、この地と迅鷹たちに携わったのも、何かの縁。 「ほれ、雪芽(ゆきめ)、土産だ。娘さんに『こいのぼり』はどうかと思うが、うちの息子たちが『持って行け』ときかなくてな」 苦笑する、ギルド員。こいのぼりが揺れ、大きくしっぽを振っている。子迅鷹は、またたきした。 『おじさんだ! 遊びにきたの?』 子迅鷹は、嬉しそうに飛びあがる。ギルド員の周りを、何度も旋回した。 「お前さんたちと、この土地が心配で様子を見に来たんだが…。あまり、快適そうじゃないな」 見覚えのある人間。威嚇を止めた父迅鷹は、ギルド員の肩に停まる。 『森になる土地の、先駆者となるのは問題ない。餌となる小鳥や小動物がいないのが、問題だ』 律儀な父迅鷹は、きちんと鳴いた。人間に伝わるとは、思っていないが。 「なんだ、こっちか?」 母迅鷹は、ギルド員の服を引っ張る。あっちこっち、連れてまわした。 『これ、育たない。どうして?』 「瘴気は散らしたし、繁茂の宝珠も借りたが……、土地がやせているのかもしれんな。なんせ、元魔の森だ、水も肥料も足りないか」 黄色くなった木々の葉っぱに、しなびたヒマワリの芽。じっくり眺めたギルド員は、口調を重たくする。 朱藩の王から託された「繁茂の宝珠」。植物の育成を、ほんの少しだけ後押しすると聞いた。 そして、ヒマワリの種は、朱藩の滅んだ村から運ばれてきた。再興の願いを込めて。 母迅鷹は悲しげに鳴く、滅びた村まで同行した身。ヒマワリへの思い入れも、深い。 ●初めの一歩 「こちらに栃面 弥次(とんめ やじ)と言う、御仁はおられるか?」 「栃面は俺だが?」 「おぬしでござったか!」 高めに結ばれた一つ髪の娘が、神楽の都のギルド受付で尋ねる。肩に羽織った着物に、着流し姿、全てが派手な女柄なのだ。 見知らぬ歌舞伎者に、ギルド員は怪訝そうな視線を送る。とりあえず、個室希望の歌舞伎者を、奥に通した。 「おひけえなすって。手前は、白石 碧(しらいし あおい)と言う、ちんけな者にござんす」 「白石……お前さん、もしかして朱藩から?」 「いかにも。あたしは白石 源内(げんない)の嫡男でござんす。先日は、父殿がお世話になりやした」 ギルド員は、刀の代わりに、腰に挿された短銃を見る。朱藩は砲術士の国、白石源内は朱藩の臣下だった。嫡男と言うことは……。 「お前さん、息子さんなのか!? すまん、娘さんとばかり! その服装に、可愛らしい外見じゃ、ギルドまで来るのに苦労しただろう?」 「うっ、まあ……容姿は、母殿から貰ったものでやすから。それに安州じゃ、最先端の姿でござんした」 つい最近まで、鎖国状態だった朱藩。その朱藩では、一部の若い男の間で、女物のかぶついた着物を着こなす事が流行っている。 遠い視線の歌舞伎者は、朱藩の首都の安州から、初めて国外に出てきたらしい。おのぼりさんの娘と見られていたならば、想像を絶する出来事があったはず。 「とにかく、今日は我らが兄貴殿の使者として、はせ参上しやした。繁茂の宝珠は、どうなってござんすか?」 歌舞伎者の言う、『兄貴殿』は、朱藩の若き王のことだった。思案顔のギルド員は、ある依頼書を取り出す。 「……お前さん、朱藩に帰るまで時間はあるか?」 「今回は長旅になると、父殿より言い含められておりやすが」 「なら、直接、緑野へ行って見てきてくれ。ついでに移住したい人間たちを、手伝って欲しい。梅雨の前に、水源を確保する必要があるんだ」 「よう、ござんすよ。ちょうどあたしは志体持ち、お役に立てやしょう」 「交渉成立だな。移住者は、魔の森になる前に、その地に住んでいた者たちの子孫だ。あ、先住者で迅鷹たちがいるが、気にしないでくれ。 移住する人間と迅鷹、双方に話はつけてある。なに、開拓者と朋友の関係を、日常生活まで落としただけだ」 腕組みしたギルド員が、緑野に見る未来。人間とケモノの共存、緑あふれる鎮守の森だった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
緋那岐(ib5664)
17歳・男・陰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
愛染 有人(ib8593)
15歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●暮らし 「まずは水確保しないと、どうしようもないか」 散歩がてら、竜哉(ia8037)は枯れかけた平原を行く。しなびた葉っぱが、痛々しい。 「確かに、植樹した草木すら枯れかけているような状態ともなれば、人が住めるようにするのは困難でしょうしね」 最も身長のある十野間 修(ib3415)は、抱っこをせがんだ子供を抱き上げた。 「からくりの麗霞さんに、お手伝いをお願いしました……」 柊沢 霞澄(ia0067)も、植林された山を見ていた。相棒の麗霞が、傍らに控えている。 「麗霞さん、今回も宜しくお願いしますね……」 「ご協力できることなら、なんなりと」 霞澄の願い、麗霞の思い。顔や外見、体形もほぼ同じ二人は、双子の如く。 失われた遠い過去の記録は、二人に何らかの縁(えにし)があると思われる。そして、この地に赴いたのも、きっと未来への縁。 「……ふむ。森がその後どうなっているのか、気になっていましたが……開拓もなかなか大変です」 鷲獅鳥の翔星と共に、空から山を探索していた劉 星晶(ib3478)は呟く。 「……柊沢さんの因幡の白兎を、頼りにしちゃいますか」 黒猫がぽんと、手を打った途端、翔星は逆さまになった。御守り「命運」を振り乱し、怒りの声をあげる。 「冗談です、迅鷹一家の為に真面目に頑張ってます」 頼りにするのは、いつもの超越聴覚。苦笑する黒猫耳は、近づいてくる羽ばたきの音を捉えた。 「月雅、花風、雪芽。お久しぶりです。元気な姿を見る事が出来て、とても嬉しく思いますよ」 翔星と平行して飛ぶ、迅鷹夫婦。星晶は雪芽の頭を撫でた。 「話には聞いていたけど、訪れるのは初めてだな。へー、迅鷹の親子がいるのか」 双子の妹は、ヒマワリの種を運ぶ時に同行したと言う。緋那岐(ib5664)は、興味深げに左右を見渡した。 からくりの菊浬は、緋那岐の後ろからちょこんと顔を覗かせた。じっと、空を見つめる。 「迅…鷹…?」 綺麗で艶やかな、蒼みがかった黒髪が揺れた。可愛らしい、大きな澄んだ紫の瞳はまたたきする。 「こんにち…は…」 迅鷹に、とても興味を示す菊浬。仙女のような出で立ちの巫女装束は、気付いた花風にお辞儀をしてみせた。 「月牙を連れてこようと思ったんだけど……まぁ」 頭をかいた緋那岐。実は、朋友の一人と、父迅鷹の名前は同じなのだ。 「……碧君? 君が朱藩の臣下の方の息子さんなのだね。『フラン』でいいよ、子猫ちゃん」 右手を差し出した、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)。握手を求める相手の冗談に、碧は首を傾げる。 「父上には、何度か依頼でお会いしたことがあるんだ。……その出で立ち、よく似合っているよ」 フランヴェルの【武炎】雷雲の根付を鳴らせば、文明開化の音がする。儀を超え、国を超え、手を携える二人。 ほほ笑みを浮かべるフランヴェルに、碧は照れた。女物の柄の着物が、似合いすぎている。 「白石 碧さんとは、同じ砲術士で、同じ苦労を背負う者同士。よいお友達になれそう」 一角獣人の愛染 有人(ib8593)は呟く。角の大きさと形状の特異さから良くも悪くも、目立つ。 「今日はコード・麒麟! でぃぃぃやっ!!」 でも本人は、「麒麟の角」と称して、気に入っている。からくりの楓が返ってきた。 見るもの、聞くもの、全てが新鮮。相棒と離れて、修のルナに空の連れて行ってもらってきた。 「あ、楓、お帰り。楓の実力、見せてもらうよ」 「必ずや、姫のご期待に応えて見せます」 楓は起動した時に、有人を女だと思ったようだ。以来、「姫」と呼ぶようになってしまう。 楓は有人を男だと理解しているはずの今でも、直る気配がない。と言うより、直す気がなさそうだ。 緑の瞳は、相棒を睨む。スノウホワイトピアスが、良く似合っているかも? 「同行する白石って人物、なんだか境遇というか。なんていうか、他人な気がしない…」 紫の瞳の視線も、碧に向いている。陰陽外套「霧星辰」を身にまとう緋那岐も、中性的な顔立ちをしていた。 「俺自身も依頼で舞手の装いをしたり……いや、今回は普通ですが」 束縛を嫌い、自由気ままに行動する陰陽師は、舞を嗜む。負けん気が強く、喧嘩っ早い面があるのは、男っぽいけど。 相棒の菊浬も、主人に危害を加える輩には容赦なし。ぐーで、ぶっ飛ばすもんね。 「土地の様子を聞いてると、ちょいと気にかかるぜ。手助けする程度とはいえ、まだ十分に効果が行き届いていないのか……」 「……繁茂の宝珠に、異常が起こった可能性がございやすか」 「水源を調査する前に、こっちが無事かを調べておきたいな。何せ借りモンだ、盗まれてたとあっちゃ一大事だからな」 和亜伊(ib7459)は土地が、未だ虚弱な状態と聞いて不安が。碧を借り出した。 ●小さな宝物 「探し物ならダウジングが、少しは使えれば良いんだけどね」 L字のロッドを両手に、竜哉は歩く。探し物の中身を知らないが、緑野の守り神とだけ聞かされた。 ようやく辿りついた、宝珠のあるべき場所。分からないはず、掘り返されていた。 「盗まれた……?」 急いで空に向かって、両手を広げる亜伊。迅鷹の言葉は通じないが、身振り手振りで何とかなるだろう。 律儀な月雅が降りてきた。亜伊と不思議なやり取りを交わす。 「宝珠の無事を確認したし、さぁて、行くとするか!」 竜也と碧の肩をたたき、右手の人差指で山を指し示す亜伊。スナイパーコートが、豪快な口調に合わせてはためく。 宝珠は、移住希望者の子供の宝物になっていた。以前、家を建てに来た時に掘った、柱用の穴から、偶然出てきたらしい。 おのぼりさんの碧は、神楽の都で買い込んでいたガラス玉を、子供に預ける。もうすぐ住まう予定の家の土間に、宝珠と共に埋められた。 「守り神も友達ができたし、喜んでいるさ」 見守っていたウルフは、楽しそうに呟く。碧は子供と約束していた。年末に会いにくる、一緒に友達の証を掘り返そうと。 ●山登り 「希望は残されているよ」 ほほ笑む、金の瞳。当主だった兄の死後、争いが起きるのを嫌い相続権を放棄した貴族のフランヴェルらしい選択。 「移住する方々は、魔の森に変ずる前にそこに住んでいた人達の子孫……魔の森となる前の土地に人が住んでいたのなら、地図が作成されている可能性があるね」 武天の行政機関や書庫を訪れ、事情を伝えて協力をお願いしたいと言う、フランヴェルの頼み。手を尽くして、古地図を入手してきた。 でも、年月が経ちすぎていた。山が隆起し、大きく様変わりした地形。田畑と思われる場所は、岩が向きだしに。 「ボクは、この土地の古い言い伝えをきいたんだ。かつて緑の大地が、広がっていたって」 諦めない。フランヴェルは、黒曜石の様な光沢のある甲龍、LOに乗り込む。 龍は、空へ舞い上がった。煉獄牙が力強く、太陽の光を返す。 「『あまよみ』で天候の確認をして、行動計画を立てましょう……」 霞澄は、銀の瞳で空を見上げる。雨の中、山を探し回るのは、大変だから。 閉じた目に映る景色は、うす曇りの空。晴天でも無く、雨でもない。 「今日は晴れ、明日と明後日は曇りです……」 「霞澄様。過ごしやすい、良い天気ですね」 強い自己主張はしない霞澄だが、はっきりと伝えた。麗霞は足りない言葉を補う。人と接するのが苦手な霞澄の事を良く理解していた。 「晴れならば、山の湧水が輝きます。曇りならば、作業日和です」 「はい……」 精霊の衣の上に、袖の長い上着をかけてやる麗霞。日差しが強いと、肌が炎症を起こす霞澄を思いやることも、仕事のうち。 「そうそう、山の中なら、橡(とち)の木があるかも知れないな」 「橡の木ですか?」 修はオウム返しに尋ねる。大きなルナは、村でお留守番だ。兎耳は読書が趣味、本の記憶を探ってきた。 「橡の木は水の多い場所を好むから、水脈を調べるのに便利で、それがシルベリアの方じゃ占いにまでなってるってぇ話しだ」 「面白い話ですね」 手斧を見やる修。斧の出番があるほど、大きな木は、まだ無いかもしれないが。亜伊は、ふっと思いつく。時間があれば、ジルベリアの出身のフランヴェルに、詳しく聞いてみよう。 「水が湧き出ている場所があれば良いですが……」 山の地形や植生を気にしながら、霞澄は歩を進める。杖「榊」をつく足元で、因幡の白兎が跳ねる。 「感覚にブレのない麗霞さんなら、より正確に聞き分けられるかも……?」 くりぬいた竹筒を、霞澄は相棒に渡す。知らない言葉を聞きつけた楓が、割り込んできた。 「楓、邪魔したらいけないから、こっちに……」 「あっ、姫」 「姫言うな、ボクは男だ!」 「性別が何であろうと、姫は姫です」 獣人、誰しも、譲れないことがある。もちろん、からくりにも、譲れないことがある。 きっぱりと言い放つ、有人。きっぱりと応酬する、楓。有人のマスケット「バイエン」と、楓の相棒銃「テンペスト」が、火花を散らしそうな勢い。 「霞澄様、やってみます」 受け取った麗霞は、相棒用メイド服の裾を気にしながら、地面に竹筒の先を当てる。外野には、触れるまい。 確かな手ごたえ。白兎が跳ねて消えた。自分で新天地を見つけ、芽を出した草が目印。 麗霞は、破穿撃を仕掛けてみた。少しずつ染み出す液体は、靴底を濡らす。 冬を耐え、春を迎えた山は、豊かな水を育んでいた。雪解け水と言う、自然の恵みを。 「溜池にしろ、湧き水探しにしても、掘る必要があるからな」 竜也は手にしたジルベリアのシャベルで、手首までの深さの穴を掘る。手を入れると、湿度を感じる。山が保水している証拠。 「地下水の流れを、地図に起こせれば良いんだが」 山の地図もついでに描く。大きな岩を起点に定め、四方八方に視線を巡らせた。 アーマーケースから、巨体が飛び出る。乗り込みながら、竜也は説明した。 「そのまま地下水脈のどっかに当たれば御の字だし、岩盤などから漏れているようならその奥は水源の可能性が高い」 岩盤は単純な威力よりも、衝撃が大事。水量が増えるくらいヒビが入ったら、十分だ。 迫激突は、アーマーの全身を一丸として、全重量を敵に叩き込む技法。NachtSchwertは、青銅巨魁剣を掲げた。 空に向かう剣先は、古代の遺跡に住まう守護者が振るっていたとされる。剣は「岩盤」と言う、水の守護者を打ち砕いて行った。 「迅鷹一家は、生活していくのに必要な水って、どうしてるのかな?」 「姫、気になるのですか?」 「もしも迅鷹一家の水源があるなら、そこから水を引いてこれないかな……なんて。ダメ元で聞いてみようか」 「確かに興味深いですね」 有人は、からくりに興味津々の雪芽を見上げた。首を傾げた楓から、動いた時の駆動音が響く。 「雪芽様は、水をどうしていますか?」 楓は立ち止り、尋ねる。雪芽は、楓と反対の方向に、首を倒した。 「……とりあえず、まだ見て回ってない山を中心に、虱潰しです!」 長い沈黙。耐えきれなくなった有人は、地道に水源を探す事に決めた。 「首尾よく水源が見つかったとしても、そこから水路を引いて来れるかは、別問題ですよ?」 楓は『何をどの程度できるのか』を見たいので、色んな事を手伝わせるつもりだった。この場面で、まっとうな意見を言われるとは、思っていなかったけれど。 「んー…彼らなら、水飲み場とか知ってるかなって思ったんだけど」 緋那岐は、『人魂』を使いつつ、山の上を飛ぶ母迅鷹を観察してみる。既に棲んでいる生き物の行動。何か些細な事でも、異変がわかれば。 大当たりだった。花風が地面に降り立った所に、くぼみがある。小さな水たまりは、迅鷹たちの喉をうるおしていた。 「高い所に行けるのは、便利でござんすね。空にも行けやすか?」 「いえ、特に予定ありません。度胸が……」 三角跳で、岩肌を行く星晶に、碧は声をかける。輝く瞳の世間知らずに、黒猫は当たり障りのない答えを返した。 「……この耳で、本当は地中の中も探れたら良いんですが、流石に無理がありますよね……でも物は試しで一応やります」 岩に耳をくっつけていた星晶。空に向いたもう一方の耳が、聞きなれた音を捉えた。 「翔星?」 顔をあげた黒猫の前で、鷲獅鳥は空に舞い上がる。星晶を捨て、遠くなる影。 お腹が空いたから、先に帰るつもりだ。一人山登り中の碧が、星晶と一緒になった事を、知らない。 「……暗くなってからの道案内も、暗視を使えば大丈夫だと思います」 闘士鉢金が、左右に振られた。仕方なく歩き始める星晶に、無言でついてくる碧。 どんどん、日が沈む。今宵は、野宿になるかもしれなかった。 ●お遊び戦線 二日目の仕事。土砂をかきだすLOを見ながら、フランヴェルは修と会話を交わす。 「灌漑に十分な水量の確保が難しいようならば、山水は生活用水ですね。灌漑用水は、村の周囲に溜池を整備しませんと」 「一番いいのは水路を引く事だ。いずれ、水田耕作も可能になるだろうからね」 「湧水なら、その流れの先に汲み易い様に窪みを作り、地下水ならば井戸を掘るとか……」 修の言葉に、フランヴェルの簪「乱れ椿」は瞬く。水源の種類に合わせて、現地の加工をするように、修は説明してくれた。 「それでは、行ってきますね。腐葉土や枯葉、枯れ草等をとってきます」 駿龍の足元で、大きな麻袋が揺れる。翔星を先導しながら、ルナは近くの山をめざした。 とってきた物を、土地に漉き込み、その土をさらに撒いて回る。植樹した草木のある大地の保水性を高める為にもなる。 平野なら抜群の肥料に。素早い二つの翼は、空を翔けた。 ほほ笑む霞澄に、元気よく答える子供たち。楓と竹筒で直線を描いたり、長い落とし穴を誰が一番掘れるか競争したり。遊びの延長に、水路作りがある。 人間の子供と遊ぶことが好きなLO。ド派手に飛び散る、土煙、調子に乗って一回転。丸い落とし穴を掘ってしまい、菊浬に怒られた。 ……菊浬も自分の持ち場を離れて、遊びに来ていたけれど。十歳くらいの童女は、見るもの全てに興味津々。 几帳面な麗霞は、浅く広い落とし穴の長さを測り始めた。やや内気な霞澄は、困った顔で見下ろす。 空に興味を移した菊浬は、子供たちと手を振っていた。呼びかけに応えたのは、翔星。 大人しい鷲獅鳥は、子供が近寄ってきても威嚇すらしない。嫌な顔もせず、遊んであげる。 穴の上に、巨体が着陸。事態に気付いた、姫と騎士が叫ぶ。なんだと、反転する獅子の後ろ脚。 悲鳴と共に、姫が頭を抱えた。騎士は右手で、額を押さえる。言わずと知れた、有人と竜哉。 一角獣の少女……と見せかけて少年は、思ったかもしれない。身長の低さや、女の子に間違われる事と同じくらい、大問題の事態だと。 教会に属し、影で活動する事が多い、異端の騎士は考えていた。力無きものの為に戦い続けるものとして、この緊急時に何ができるか。 大抵の状況では動じない、物腰の柔らかな青年の声。優しさと厳しさの両面を持つ修は、温和で慈愛に満ちた対応を選んだ 救いの手が差し伸べられる。修とルナの集めた粘土と小石を、穴の上に敷き詰めることを提案。夏の遊び場にしては、どうかと。 LOの責任を取ると、動きだしたフランヴェルが教えてくれた。ジルベリアの言葉で、「プール」と呼ぶらしい。 龍のピアスが、揺れ動く。竜の姓と魂を持つ、リューリャ・D・ドラッケンは、アーマーを呼び出した。 NachtSchwertの顔は、のっぺりとした無貌の仮面で覆われている。遠雷型駆鎧は、器用に穴を踏み固める。 アーマーの一人舞台に、青白い体毛が戦いを挑む。相棒用烏帽子を揺らし、堂々と歩む足。 狼に似て尖った鼻先は、風をかき分けて進んでいく。水路を踏み固めるために、借り出された。 移動の間もウルフは子供たちに背を撫でられ、もふられるが、寡黙なまま。実は、恥ずかしがりで、声が出せないだけと言うのは、内緒だ。 ウルフの相棒の亜依は、自由奔放なアウトロー気質の持ち主。豪快な口調で子供たちを誘い、ウルフとの徒競走を仕掛けた。 菊浬を呼びに来た緋那岐は、目の前の光景に後ずさる。もふら恐怖症の由緒ある良家のお坊ちゃんは、さり気なく水路から遠ざかって行った。 もふら様は嫌いではないが、少々苦手な緋那岐。安全圏を求め、修や有人の側に移動する。 徒競走の終結宣言をするルナの声。その背中から、粘土が降ろされた。フランヴェルは水路の上に乗せて、粘土を広げて行く。 ようやく碧が、山から戻ってきた。天儀の彼方此方をふらふらしている星晶も、昨夜は堪えた様子。 黒猫から小言を頂戴した翔星。面倒くさそうに、相棒を見下ろす。最近は、あんまり無視をしなくなった。 でも冷たいのは変わらない。小石を敷き詰めろと、星晶に麻袋を押しつけた。 ●始祖の伝説 竜也の行動理念は全て、「誰かの笑顔の為に」。そして誓いは、「民の生活と笑顔を守る事」。 「俺は、俺が正しいと思う道を往く。いつか笑って、終われるように」 はしゃぐ子供と楓に、手招きされた。口角をあげ、竜也は小さな水場に踏み込む。 「姫も、早く!」 「姫って言うな!」 楓の呼びかけに、全身で拒否する有人。今日も、楓の口癖は直らない。水しぶきをあげて、追いかけっこを始める。 「菊浬、ころぶなよ」 一緒に遊びかけた菊浬に、緋那岐は声をかける。言うそばから、子供と二人で水の中へ転げこんだ。 明度の高い青瑠璃の首飾りの青龍晶に似た、青い髪はため息をつく。水の中に分け入り、泣き出した者たちを抱えあげた。 「『ちなみに橡の実は渋抜きが面倒くせぇけど、かなり美味いらしいぜ』って、アンタ言ったよな?」 「細かいことは、気にするな」 「オイラ、がっがりだぜ」 ウルフは、水辺でしょぼくれる。元魔の森だったせいか、植林した木しか山になかった。亜伊と一緒に行くはずだった、橡の実採取はお預けだ。 「土地を再生するのは、時間がかかるかもしれません……。それでも、豊かな土地になってくれることを祈ります……」 「私もです」 霞澄は、水の行き渡り始めた山を見つめる。麗霞も祈りを捧げるように、手を組んでいた。 「誰しもが、守りたい人、守りたいモノがあるはずです。一日も早く、草木が根付くと良いですね」 両親が営むジルベリア風喫茶「メルベイユ」、妻の実家「縁生樹」を妻と共に手伝う、孝行息子は笑う。ルナも修の幼馴染の新妻に、早く話がしたい。 「綺麗な向日葵が咲く日を、楽しみにしています」 気の向くままに、持ってきた胡琴を奏でる星晶。大人しく聞いている、翔星の目の前には、ヒマワリ畑が広がっていた。 「貴方達の村も……いずれは……」 「あの村は『虹村』と、父殿が名づけやした……。あたしの家は、兄貴殿にお仕えしやすから、なかなか行けやせんが」 碧を誘い、フランヴェルは歩いていた。朱藩のヒマワリ畑の村の話になる。 「あたしの故郷も、幼いころ瘴気で住めなくなりやした。父殿の呼びかけは、良いきっかけだったようで」 山の向こうの朱藩を見つめる碧の言葉に、フランヴェルは事情を察する。朱藩の滅びた村は、故郷を追われた人々が、再び集う地になったようだ。 「もちろん、いつかは故郷に帰りやす。何年かかろうと、必ず!」 希望を抱く、朱藩の若き臣下。瘴気を纏っても、土地は蘇ると知ったから。天儀の言葉で、碧は「みどり」とも呼ぶ。 「こんにちは。この地にも、向こうの地にも、人が住める様になったよ」 桶の水を、双葉にかけるフランヴェル。LOとしゃがみこむと、穏やかにヒマワリへ話しかけた。 『その日、山から平野へと水が降りてきた。開拓者も、移住者も、朋友も、歓喜の声をあげる。 一番高らかに鳴いたのは、迅鷹の雪芽であった。雪解けの水を貴び、東の地は咲雪と名づけられる』 ―――当時を伝える緑野の記録には、春告姫(はるつげひめ)の姿も刻まれている。 |