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■オープニング本文 ●お月さま 獣人には、月を崇める風習がある。猫族と呼ばれる泰国の獣人たちには、八月の月夜に、さんまを三匹供えてお祈りする習わしがあった。 「猫舌じゃないわ。寒いから、手を温めていただけよ!」 浪志組の詰め所で、白虎しっぽが頻繁に動く。虎娘、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)の説得力のない台詞。ぬるくなった湯呑みを、後生大事に握りしめていた。 「竹トンボですか?」 「ええ、弟と妹にせがまれたの。お友達と遊ぶんですって」 ある浪志組隊士は、虎娘の隣の小刀と竹を見つける。竹細工が趣味の虎娘は、楽しそうに説明した。 「貸してもらって、良いですか?」 「ええ」 「懐かし……痛っ」 「まあ、血が出ているわ!」 竹トンボを作ろうとして、小刀で手を切った隊士。慌てた虎娘が治癒符をかける。 「……治癒って、便利ですね」 「真田さんの道場でも、重宝されたわ。『我は真田道場の医者なり』って、冗談を言ったこともあるもの♪」 感心する隊士に、くすくす笑う虎娘。しばらく、ある日の出来事を語った。 「美味しいお茶ね♪ あら、もうないわ」 喉が渇いた。冷めかけた湯呑みを傾け、ようやくお茶を味わう。目を細めて喜ぶうちに、茶葉が切れた。 虎娘は取りに動く。夜光虫を出現させ、暗がりの貯蔵庫を探した。 「満月なのに、暗い月夜ね。お月様、出ないのかしら?」 陰陽術で闇夜を照らせるが、満月の光があれば助かる。虎娘は窓から、外を見上げた。 願いが通じたのか、雲の切れ間が現れる。待望の月を目にした虎娘、白虎しっぽが一気に膨らんだ。 翌日、開拓者ギルドの本部に、虎娘は姿を現した。受付の新人ギルド員は、浪志組の妹を見下ろす。虎娘の白虎耳は伏せられていた。 「兄上、昨日のお月さま、見たかしら? 切れ間からだけど、赤かったのよ」 「赤い月!? ……不吉だね。うちの子供たちは元気だし、父上たちからは何も連絡無いから、心配しなくて良いよ」 「そう、安心したわ♪」 兄の言葉に、安堵した虎娘。ギルドの入口で、元気な子供たちの声が響く。 「がう? 姉上です!」 「にゃ♪ 姉上、姉上!」 「亜祈はん、久しぶりやな♪」 猫族一家の双子の弟妹と、新人ギルド員の飼い子猫又の登場だ。久しぶりの再会に、虎娘に駆け寄り、じゃれつく猫族一家の子供たち。 「三人とも、良い所に来たわね。竹トンボできたわよ、お友達の分もあるわ」 姉の言葉に、大はしゃぎする双子。見せられた風呂敷包みの中には、たくさんの竹トンボがあった。 「今日は『しゅんせーじゅく』のお友達と遊ぶのです。姉上、お休みです?」 「ええ、今日はお休みよ」 「にゃ、一緒に行くです♪ 竹トンボで競争です!」 「亜祈はん、うちの変わりに飛ばしてくれるやろ?」 「ええ、良いわ。兄上、行ってくるわね♪」 「はい、いってらっしゃい。暗くなる前に、帰ってくるんだよ」 『清誠塾』、浪志組創始者の私塾の名だ。大事な風呂敷包みを、虎少年は抱え込んだ。 猫娘に右手を引かれ、子猫又を左手で抱きかかえる虎娘。兄に見送られ、ギルドの外に出て行った。 ●日常の景色 「あら、こんにちは♪」 先日、顔見知りになった商人に、気さくに声をかける虎娘。私塾の入口に、山科屋林兵衛(やましなや りんべえ)を見つけた。 「ああ、こんにちは」 一瞬、驚いた表情を浮かべた山科屋。平静を取りつくろい、笑みを返す。 「山科屋さんのお子さん、ここに通っているの?」 「ええ、家業を継ぎたいと、息子が勉強のために通っているんですよ」 「まあ、凄いわね!」 「妻も、塾を気に入りましてね。従業員からも、二代目が楽しみとからかわれる毎日です」 「東堂さんの塾、評判ですものね♪ うちの子たちも、通わせようかしら?」 保護者たちの他愛ない雑談、和やかな会話。そのうち、塾から帰宅する子供たちが出てきた。 遊びにきた双子が、友達に声をかける。双子を取り囲む輪。大量の竹トンボのお土産に、子供たちの歓声が響いた。 夕暮れの時間、猫族一家の子供たちがギルドに戻ってくる。長兄を迎えにきたのだ。 「兄上、ただいまです」 「お帰り。あれ、亜祈は?」 「姉上、先に道場に帰ったです。『大事な用事ある』って、言ったです」 虎少年は、しっぽを揺らす。長兄に、姉の不在を告げた。 「亜祈はん、忘れものしたんや。うちに『竹トンボ、持っといて』言うたのに、違うもんが入ってるねん」 「……これって、符だよね!? 届けに行こうか」 子猫又は、虎娘から預かった、風呂敷包みの符を見せる。驚く新人ギルド員、符が無いと虎娘は陰陽術が使えない。 「兄上、お腹空いたです! お腹空いたです!」 「えー、我慢できない?」 「ご飯食べたいです!」 「もう、仕方ないな……。すいません、この符を、うちの妹に届けてくれませんか?」 猫娘は駄々をこねて、涙目で空腹を訴える。頭をかく長兄は、居合わせた開拓者に声をかけた。 ●覚悟 真田道場で夕焼け空を見上げた虎娘は、しっぽを膨らませる。昇り始めた今宵の月も、やけに赤い。 「真田さん」 「有希か、どうした」 刀の手入れをしていた真田悠(さなだ ゆう)のもとへ、険しい顔の柳生有希(やぎゅう ゆき)が姿を表した。 「東堂はクロだ」 この間、言い争ったばかりだ。 それでもなお、こうして開口一番にそう告げる有希に、真田は深いため息をついた。その表情がことさらに真剣であったのもあったろう。疑惑が疑惑のままでは済まなくなったのだ、と彼は直感的に感じた。 「だがよ、有希。俺らは知らずのうちに、あいつらを追い込んでたんじゃねえかな」 「奴らの陰謀に俺たちが関係あるのか?」 「いや、浪志組や、俺お前がじゃねえ。もっと大きなものがだ」 真田の言葉に、有希は黙った。 「……真田さん、覚悟を決めてくれ」 「解ってる。出撃だ。一人残らず生かして捕らえるぞ」 刀を片づけ、道場主は立ち上がる。無言で後に続くシノビ娘も、部屋の外へ出てきた。 「……私も行くわ」 真田道場の入口で、待ち構えていた虎娘は告げる。ありふれた日常を守ることは、叶わぬ願いかもしれない。 「山科屋さんは、私に任せて欲しいの」 虎娘の脳裏に、楽しげな商人家族の姿が浮かぶ。空に向かって竹トンボを飛ばす父子の笑顔が、忘れられなかった。 |
■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
氷那(ia5383)
22歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●月下的約定〜月下の約束〜 「普段は愛らしい、日の様な笑顔を見せて下さいますのに。何故そのように、曇らせておいでか……教えて、頂けはしませぬか?」 月雲 左京(ib8108)の問いかけに、亜祈は表情を硬くする。何も言わずに、唐突に駆けだした。 「亜祈、どこへ行くのですか!?」 「おーい、亜祈ちゃん! ……いっちまったか」 預かった符を持ったまま、杉野 九寿重(ib3226)が叫ぶ。八十神 蔵人(ia1422)が手を振り、呼べども、虎娘は振り返らない。 「友だと、思ってはおりますが……それは、わたくしだけでございましょうか……?」 思わぬ亜祈の行動に、茫然と呟く左京。紅玉髄のついた天貫の腕輪が、信じられぬと下に降ろされる。 「九寿重さん達でも、駄目……追跡してみましょうか」 「亜祈さんの行動を、知る必要がありそうですね」 遠くなる白虎しっぽを見つめ、黒猫耳を倒す劉 星晶(ib3478)。氷那(ia5383)も、不信のおもざしを向ける。仲間に目配せすると、シノビ達は夕闇に消えた。 「……何だか騒動の気配ですね。亜祈さんの様子も怪しいですし」 「足取りは、しっかりしている。なにか、目標があるわね」 「何処で何をするのか知りませんが、亜祈さんが動く以上、確実に何かが起こるのでしょう」 「何かを為そうとするのには、その人なりの理由がある。大きければ大きいほどに、その覚悟も強いものかもね」 暇になると、天儀の彼方此方をふらふらしている星晶のぼやき。氷那は、しなやかに屋根の上を駆る。 小走りの虎娘を、眼下に収めて……あ、こけた。地面に突っ伏したまま、虎しっぽだけが動いている。 「さて、どうしましょう。聞けば答えてくれるかもしれませんが、俺では無理のような気もしますし……」 「私は顔見知りではないので、話をしてくれる人がいるなら任せます」 地面を覗きこみ、星晶は悩む。氷那の視線は、「早く降りろ」と言わんばかり。 「……分かりました、俺が行きますよ」 「私は皆に知らせます」 肩をすくめ、仕方なく提案する星晶。当然の選択と、氷那は来た道を戻り始めた。 「……女性は、この手の話になると強いですね」 黒猫耳を伏せた星晶、遠ざかる氷那の背に向かって呟く。氷那は急に足を止めて、振り返った。 手振りで、耳を押さえてみせる。超越聴覚。別名『地獄耳』。 星晶も使っている、シノビの技法。黒猫はそろそろと、氷那から視線をそらした。 悩めること、しばし。やはり亜祈は動かない、押し殺した泣き声だけが聞えていた。 黒猫は音もなく、地面に降り立つ。泰拳袍「九紋竜」をまとう身をかがめ、しゃがみこんだ。 「……実に心配です。というか、怖くて放って置けませんね」 「劉さん!?」 突然の声に驚き、亜祈は顔をあげた。黒猫は有無を言わせず、呆けた白虎を抱き起こす。 「皆、心配していましたよ」 「……杉野さんと、月雲さんが?」 「違います。九寿重さんと左京さんですよ。それから、俺は星晶です」 「……ごめんなさい」 立ち上がらせて貰った亜祈は、うつむいたまま。穏和で物静かな星晶は、そっと頬の涙をぬぐってやった。 「泣きやんでくれますね?」 「……ええ、劉さんの言う通りだわ」 「違います、俺は星晶です。呼んでくれますね? 是不同、我星晶。叫?」 黒猫も白虎も、『猫族』と呼ばれる、泰国出身の獣人。つい、故郷の言葉が口をつく。 「……真的對不起」 「請別介意」 言葉遣いこそ丁寧だが、言動はどこか飄々としている星晶。本当に申し訳ないと謝罪する亜祈に、気にするなと伝える。 「……劉」 「是不同、我星晶。叫?」 黒猫の強い視線は、虎を離さない。「劉さん」と呼びかけた亜祈をさえぎり、律儀に訂正する。 「……真的謝謝……星晶」 「不用謝、亜祈」 亜祈は顔をあげて、心からのお礼を口にした。星晶はどういたしましてと、目を細める。二人に小さな笑みが広がった。 「氷那さんと八十神さんは?」 「また間違えていますよ、蔵人さんです。氷那さんが、皆を呼びに行ってくれています。 ……何があったのか、話してくれますね?」 「……ええ。けれど、泣いていたことは、黙っていて欲しいの」 「ふむ、涙の理由は、俺だけの胸にしまっておきましょうか?」 「そうしてくれると、嬉しいわ」 星晶は、のんびりした空気を纏う黒猫の獣人。亜祈も、おおらかな白虎獣人。獣人には、月を崇める風習がある。 「赤い月は不吉、か……」 「笑うだなんて、致しませんのに」 氷那は猫族たちの会話をききながら、物陰で伝える。内容を聞いた左京は、表情を曇らせた。 後衛の陰陽師の走る速度と、前衛を生業とするサムライや志士の走る速度は違うらしい。仲間たちは既に、近くまで追ってきていた。 「わしは気にせんけど、そんなもんかいな?」 蔵人が暗くなってきた空を見上げる。天頂に向かって登る月は、確かに赤い。 「確かに、私も赤い月は不吉と思いますね」 天儀の獣人は「神威人」と呼ばれる。父も獣人だし、九寿重の着る厚司織「満月」も、月が描かれていた。 亜祈の行動について、思いを巡らす。人を殺めるかもしれない、悲壮な覚悟。 血潮を思わす、赤い月の出現。思いつめた虎娘は、皆と話もできずに、逃げ出したのだろう。 ●心的会活〜心の会話〜 「亜祈、こういう時の為の友達ですからね!」 簪「早春の梅枝」が左右に揺れた。九寿重は、亜祈の服を掴む。我が道を行く虎娘は、今すぐにでも逃げだしそうだ。 「……力に少しでもなりたく……」 左京は遠くから、亜祈の表情を伺う。普段は前髪で隠した、左の額上の平らに残る角痕と緋色の瞳は、しょんぼりと。 「焦る気持ちは判りますが、面目の為に急かさない様にですね」 ピンと立った犬耳は、天を向く。強く念押しをした。片手で亜祈の符を、左京に差し出す。 「邪魔をしたくありませぬが、しかしとて……手伝うことすら、許されはせぬのでしょうか……」 おずおずと符を手に取り、左京は進み出る。押しつけだろうか、迷惑だろうか。過ぎゆく時間が、長かった。 「……好朋友」 符を受け取り、虎娘は頭を下げる。自分は逃げたのに、追いかけてきてくれた。心配してくれていた。 「好朋友?」 「『老朋友』とも言いますが、天儀で言う『親友』ですね」 泰国の言葉は、分かりづらい。不思議そうな蔵人に、星晶は通訳する。 「諸位、真的謝謝」 「それは、感謝の意味ね?」 「ええってことや」 ほんの少しの勇気が、亜祈には足りなかった。氷那と蔵人は、口角をあげて返事をした。 「ところで、どうして符を忘れたのかしら?」 氷那は、根本的な疑問を口にする。バツが悪そうな虎娘は、ごにょごにょと釈明。 「……山科屋の息子が、転んで怪我をしたから治療した。そのあと、竹トンボを取るために、風呂敷包みに手を伸ばしたの?」 「一緒に遊びに夢中になって、忘れたのですね」 弁解の余地も無い、氷那の表情。我侭であるよりも他人の面倒を見る方を優先する九寿重でも、犬耳は思いっきり倒した。 「遊びで符を忘れる陰陽師、うわあ……」 蔵人は右手で顔を覆った。自分の商売道具を忘れるなど、信じられない。 「亜祈さんらしいと言いますか」 黒猫も強くは言えない。好奇心強く、面白いモノ好きな奇人。「面白い」と思った事は、何でも手を出してきた。 もう一つ言うならば、器用な性質であり、割と多芸である。結果が胡琴の演奏。特に秀でた二胡を披露する時間が無いのは、残念だけれど。 「亜祈様らしゅう御座います」 左京は諦めが先立つ、戦旗の髪飾りを左右に振った。冥越の隠れ里で細々と幸せに生きていたころ、遊んだ思い出が重なる。 多くいた兄姉、妹弟。アヤカシの襲来により里を失い、里民、両親なども全て失ったけれど。 「よし当分、酒の肴のネタはこれでいこ」 右手を腰に戻すと、蔵人は気を取り直す。朱房の飾り紐で飾られている瓢箪徳利を叩き、小さく頷いた。 「亜祈様に、符を渡す際に思いつめた顔の理由をお聞きしたく……」 口火を切ったのは、左京。きょとんとしながら、亜祈の話しに耳を傾けた。 帯「墨染桜」の端っこが、氷那の足取りについてきて踊る。軽快に前に進んでいたが、弧を描いて振り返った。 「『黒に近くても灰』、という事は、『決め手には欠ける』と言う事でいいのかしら?」 「この騒動、まだ隊内部で片付ける範囲のようですし、黒に近くても灰色であれば、まだ戻れるでしょう」 少しばかり眉を寄せ、氷那は亜祈に尋ねた。それなら、まず情報を集める必要があると。こくりと頷く星晶。 「調べていくにつれ、疑念と亀裂は深まっていましたが」 近づきし真実。九寿重ですら、あきれてものが言えない。 「幸いなのは浪志組の中で一部が関与してるだけで、全体が引きずり込まれた訳ではないですね」 明らかになったのは、体制転覆の陰謀。それでも、面目が汚されたのは、間違いない。 「亜祈がそちら側なのは、ある意味良かったのですかね」 犬耳は気位は高く血気盛んで有れど、道理は弁えている。汚名を雪がんと動くのもと、道理と、赤く目をはらした亜祈の手を力強く握った。 「で、結局の所、亜祈ちゃんはどーしたいわけ?」 「どうって、山科屋さんとお話するのよ」 背を丸め、蔵人は赤い瞳を近づける。虎娘の青い瞳は、不思議そうに見つめ返した。 「あー、つまり、なんも考えてないわけね」 お調子者のように見えて、その実、物事に対して常に冷めた目で見る蔵人。基本的に怒らず、笑い流す性質を褒めてほしい。 「よーするに餓鬼が後々、後ろ指刺されて泣いたりせんよう、山科屋の罪を『限りなく軽くした上』で、『穏便』に済ませりゃええんやろ」 「まあ、凄い考えだわ! そんなことができるの?」 よっこらせと、背伸びをする。視線を空にさ迷わせ、虎娘の代わりに考えを巡らせた。 両手を打ち合わせ、本気で感心する亜祈。この瞬間に、この台詞が吐ける者は、たぶん天儀でも少ない。 「ああ、雪が見えたんやけど……わし、目が悪んなったんやろうか?」 「大丈夫ですね。私も、木枯らしを感じましたから」 「俺は、吹雪を感じました。冬は苦手です」 とことんのんきな虎娘に、蔵人は脱力する。どこか遠くを見ながら、九寿重も犬耳を伏せた。 目を閉じている星晶。黒猫耳の周りの空気が、白く染まっていた。 「ねぇ、どうしたらいいかしら?」 「黒と言い切れたら山科屋には自首を促し、最悪でも生かして捕らえる。行きましょう」 「ならそうすりゃええ、とっとといこ」 相変わらず、不思議そうな亜祈の両肩に、氷那は力のこもらぬ手を置く。蔵人は、山科屋へ移動を促した。 ●侠義家和姑娘的故事〜任侠家と姫の物語〜 店じまいを始めた山科屋へ、訪問寸前。念のため、星晶は確認した。 「山科屋さんは、なるべく穏便に片付けます」 「抵抗される場合でも、命は奪わぬよう留意で御座います。さりとて、逃げられはされぬよう」 こくりと顔を縦に振る左京。逃げるそぶりを見せるようであれば、脚を狙い攻撃して動けなくするくらいはするとも。 「武器を用いて抵抗する輩は、容赦なく斬りますね」 多分に無手の人が多いだろうから、こちらもなるべく手荒に応答したくない。鬼頭の外套姿の九寿重は、山科屋の裏口に陣取る。 完全封鎖した上で、踏み込むと。説得で捕縛に行き着く様に、願いながら。 「どもども……わしらが来た意味わかります? この度はご愁傷様で」 山科屋の店の奥座敷に通された。あぐらをかいた蔵人は、気の毒そうに頭を下げてみせる。 「あ、騒がなくてエエで『巻き込まれただけ』なんやろ? ご近所に騒がれて、お子さんが後ろ指でも指されたらえらいことやん」 蔵人は、軽くて陽気な態度や冗談、悪ふざけを取る。だが、仕事は割と真面目に、きっちりこなすのだ。 「高い地位と権力を得ても、年老いて衰えれば、失うんや。なら今を楽しんだ方がええで」 刹那的な日々を過している身の上から、一応、助言は送る。面の有力な氏族に生まれ、いずれ天護近衛隊にと、厳しく育てられた過去は感じられない。 「山科屋様……己が口から話しては、頂けないのでしょうか……?」 左京は先天的な白子、夜間以外好んで活動はしない。今は夜、夜の色の右の黒い瞳が山科屋に訴えかける。 「……自主的にギルドに出頭及び巻き込まれた経緯を報告……てとこでどや? 必要なら、万屋の上司に泣きついて弁護してもらい」 山科屋自ら申し開きすれば、多少は罰を受けるだろう。だが、投獄されるか、逃亡生活よりは、大層マシなはずだ。 赤い髪は、山科屋が逃げないように見張っていた。……むしろ、権力に溺れる両親を見限り、出奔したときの気持ちに、近いかもしれない。 「ご家族の為にも、素直に説得を受け入れてくださると良いのですが」 さり気なく退路をふさぐ星晶は、過去に関しては色々あった様で、多くを語らない。幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失い、流浪の果てに流れ着いた暗黒街で過酷ながらも飄々と日々を送っていた。 「……わしらに嫁と子を泣かす様な真似させんなよ、な?」 目を細めた蔵人は、あえて心を鬼にした。わざと片鎌槍「北狄」に手を伸ばし、戦闘態勢を取る。槍の穂先から、白いオーラが立ち上った。 「上手く行くと良いのですけれど」 暗闇に溶ける、残無の忍装束を見送る九寿重。各国の有力氏族が屋敷を構える崩月の倉は、今夜、商談の大詰めを迎える。 夕暮れに出発した山科屋の店員に、氷那は追いつくか。なにより、人を操るのは難しい。 九寿重も人を操る存在と、出会ったことがある。でもそれは、アヤカシだった。 赤と青の振袖を着た、ニ体のアヤカシ人形。心までは操れない『踊らせる人形』。 「失礼します。私は山科屋店主の使者です、火急の託を持ってきました。」 商談会場へ乗り込んだ氷那は、懐から書簡を取り出す。山科屋林兵衛の直筆で書かれた文を、畳の上に広げた。 「……以上、この売買は、山科屋林兵衛の意にそぐわぬものである。寄って商談は中止。お引き取り頂けますね」 書かれた事実だけを、淡々と読み上げる氷那。抗議する貴族に、氷のまなざしを向けた。 「これは、極秘の情報ですが。とある犯罪者が、この倉を犯罪取引の場にしようとしていた疑いがあります。 犯罪者は街の警備のためと偽り、山科屋から数多の武具をこの倉に収めさせました」 直軸尽心の君は、「自分に出来る事をする」のが、大切な事だと思っている。わずかばかり語尾を強めてみせた。居合わせた者の同情をあおる。 「あまつさえ、その武器は、獣人の娘を『誘拐するために』使われたのです!」 鬼咲の鉢金を横にふり、わざと言葉を切る。静まり返る座敷。会話の主導権は、氷那が握った。 「幸い、誘拐は未遂に終わりました。娘は泣きながら、浪志組へ、被害を訴えています」 氷那は嘘をついていない。嘘じゃないけど、事実をものすごく省略した。 訴えるもなにも、虎娘自身が浪志組隊士だし。泣いていた理由は、拉致直前に殴られたときのタンコブの痛みだし。 「犯罪者は、卑劣な行為をするために、山科屋をだましました。そして、自分たちが失敗したとみるや、証拠隠滅のために動きます。 山科屋の店主に、売買商談をするように脅しつけたのです。家族やこちらの店員の不幸をちらつかせて!」 開拓者になる以前のことは、他人に話すつもりは無い。そんな氷那だが、今夜は饒舌を大盤振る舞いした。 結果は成功、商談ぶち壊し。後に聞かれたとき、饒舌の理由を簡素に説明した。 「日常は、本当はいつ壊れるか分からないものかもしれないわね……」 がけっぷちの小さな女の子、子供特有のふわふわした腕がしがみついてきた。『きみをよぶ』、あの日の出来事を、氷那は忘れていない。 「あの晩、見送ってくれたのよ。小さな二代目が、眠い目をこすりながらね」 氷那の青い瞳は、遠くを見ていた。山科屋の方角を。 「さーて話が纏まったなら『事件に巻き込まれた、哀れな山科屋さん』の罪が重くならんよう、ブツも回収してしまおうや」 山科屋での仕事は終わった。脱いでいた陣羽織「鷹虎」を広げると、肩に回して手を通す。 虎の毛皮で作られ、鷹の羽根飾りに彩られた陣羽織。見た目は派手だが、防御力にも優れる。 目立つ物が好きで、武器や防具は派手なら、なんでも節操無く扱う蔵人らしい。艶やかな赤布を用いた見えぬオシャレ、紅のさらしも、その延長だろう。 「亜祈様は、崩月の倉へ。こかたの柔澤の倉は、わたくしたちが任されます」 鬼気迫る雰囲気、鬼面「紅葉」は決意した。左京は己が胸を叩き、亜祈に告げる。 「友達に任せるですね」 「よろしくお願いするわね」 九寿重も、大きく頷く。亜祈は、二人の手をぎゅっと握った。 「俺たちも行きましょう。まず、氷那さんの首尾を、確かめる必要があります」 「ええ、上手くいっていると良いのだけれど」 星晶に促され、亜祈は山科屋から飛び出す。崇める月は、きっと、味方してくれると信じていた。 「なあ、一応、聞いとくで。倉の人員やら、荷馬の場所やら、教えてくれるよな?」 外に出たはずの蔵人が、戻ってきた。背中に二本の槍をさしたまま、山科屋に話しかける。 主に長柄物を扱うが、独自に二槍流を習得した。双槍陣璧の呼び名にふさわしき、隠れた努力の徒。 ●在世故人情的名下〜義理人情の名のもとに〜 深夜の月は、まだ赤い。屋根を走る二つの影と、かなり遅れて地面を行く一つの影。 「本当に助かったわ。私だけでは、説得する自信がなかったもの」 「山科屋の命は護る、そう決めただけよ。私は私の出来る事を、ね」 亜祈が屋根を見上げると、動く口元だけが見える。氷那の目元は、狐の面が隠していた。 「全力で頑張ると致しましょう。この先の結末が、少しでも良いものでありますように」 屋根の上のもう一つは、星晶のくぐもった声。ジン・ストールを口元に巻いた影に住まう者は、目元しか見えない。 「あのお寺の鐘が、目印よ。そこから、右に八軒目の家が、崩月の倉ね」 地上を行く亜祈の視線は、屋根を行くものたちと変わらない。闇の空に、風変わりな白い鳩が飛んでいる。 「先に行くわよ」 「後から、来てください」 白い鳩の道案内で、屋根の上の進路を変える。氷那は、東隣の家に向かって跳躍した。 人魂に手を振りながら、星晶も続く。理穴の足袋は、着地しても音を立てない。 「できるだけ、早く追いつくわ」 亜祈は、もどかしそうに虎しっぽを動かす。地上の道は、行き止まりになっていた。 「悪いこといわん、わしらの言うこと聞いとき」 友好そうな声と笑顔で、蔵人は話しかけている。右手では馬ともふらの目に、鋭い槍の穂先をつきつけていた。 「既にこちらにごろつきが出入りしていると聞いておりましたが……」 左京はうつむき、口惜しそうに拳を握り締める。聞いていたよりも、荷台の数が少ない。柔澤の倉の武具は、一部が持ちだされた後だった。 「そうや、ええ子やな。端っこの方へ、いっとくんや」 聞き出した、大量の武具の存在。残った運ぶ荷車をおさえておかなければ、意味がないと蔵人はいった。 「聞かなければ、相対する対象を一人一人片付けて、捕縛へ強いる……ですね」 荷台から馬やもふらを引き離し、壁際まで追いたてた。時間がおしい今は、九寿重も手荒になる。 なお、余談を、ここに記しておく。全てが終わったあとで、涙目の相手に、腹を割って話をした。 崩月の倉の三人が戻るまで、非常に長かった。もふらから「マダブチ宣言」まで頂戴した事は、柔澤の倉に居た三人だけの秘密だ。 一つに結んだ、白銀の髪は宙を舞う。氷那の青い瞳は、重力を振り切った。 立てかけた刀の四角い鍔を足がかりに、塀の上に飛び上がる。結わえ紐で、刀を引き揚げることも忘れない。 「持ち場を離れない……か」 氷那は、高所から裏庭を見下ろす。倉の周りで、警備を固めたゴロツキがいた。 「問答無用の速攻です」 数瞬遅れて、黒猫も到達する。懐の天狗礫を、握り込んだ。言うが早いか、ゴロツキに向かって投げつける。 あちこちで、あがる驚愕。颯により加速した礫は、銘なき刀を、たやすく打ち砕いた。 「そちらはよろしくね」 氷那の姿が消えた。錠前に陣取る、ゴロツキの前に現れる。早駆は、近づく気配も気取らせない。 忍刀「霧雲」の青い宝珠が、淡く光を帯びた。霧がかったように煙る。反りの無い刀身で、峰打ちにした。 「任されました」 獣人の身体能力とシノビの技に支えられた、神出鬼没の行動力。庭のど真ん中に降り立つ黒猫、避けられぬ蹴撃。 夜叉の脚甲は、優雅な猫の爪と化す。やり過ぎないよう、出来るだけ気をつけないと。 「簡単な、錠前ね」 世間的に言うと、けっこう、複雑な作りだった。忍眼を使った氷那は、たやすく鍵を開けたが。 「家屋の中の方が多いですね。庭は倉の警備? 恐らく、持ち込んだ物により重装備で待機ですね」 九寿重の心眼に捉えたる、不届き者達。家屋の中に集まっている集団と、庭の倉の周りの集団がある。 「ならばこちらも、それ相応の対応で討伐しますね」 犬耳の言葉に呼応するように、シルクのストラが揺れた。家屋からは、慌ただしい声が聞えている。 「頼もう! 誘拐犯と脅迫犯の家は、ここやな?」 ずかずかと、土足で踏み込む蔵人。ご丁寧に、入口から乗り込んでやった。 「三下のチンピラらしい家やん」 辺りを見渡し、ごあいさつの咆哮をあげる。武装した浪人が、切りかかってきた。 二本の槍が、空を薙ぐ。刀を受けとめ、返す穂先は浪人の胴へ吸い込まれた。 「チンピラどころか、烏合の衆やな。手ごたえがあらへん」 蔵人は、小馬鹿にするように笑う。激高した相手が増えた。わめき散らし、入口に殺到する。 分からぬように、防盾術を発動した。大勢の攻撃をその身に受けても、大鎧「双頭龍」はビクともしない。 大胆不敵な蔵人。正面をおさえれば、仲間が回れる。残りは屠ってもらおう。 左京の魔刀「アチャルバルス」が、ほのかに赤く光る。相手にとどめを刺すその時には、刀身はまるで火事の様に赤々と明滅するという。 「寄らば切る、この左京その事に如何な躊躇いも御座いませぬ」 人族の男性からの過剰な接触は、飼われていた時の事を思い出し過呼吸になる。だが、眼前の相手は、薄汚れた魂の持主。 負ける訳にはいかぬ、持ってきた荒縄の意味がない。左京は練力を纏わせた刀身を構えた。 蔵人の脇を抜け、臆することなく、踏みこんでいく。裏口へ向かいかけた浪人に向かい、咆哮をあげた。 一人も逃がさぬ。噛みしめた口元から、八重歯のような牙が少し見える。 庭に躍り出たのは、浪人の槍を受け止め、返す刀。鎧の隙間に刺し込む。振るう度に、紅葉のような燐光が散り乱れた。 「一流剣士へなる為に都で修行と。青龍・九寿重、ここに推参よ」 腰までの漆黒の髪は、父母のどちらに似たのだろう。九寿重は北面・仁生における実力有る剣士を輩出する道場宗主の縁戚。 幼年組の出世頭で、渾名は「青龍」。宗主の妹が母。その母親より、嗜みとして礼儀作法・家事一揃えを会得した。 不届き者に対する、礼儀作法もならったのかもしれない。紅蓮紅葉。手に持つ刀精霊力をおび、再び、紅い燐光を纏う。 赤い月の光に当たった、名刀「ソメイヨシノ」。黒い刀身に、うっすら桜色が浮かび上がった。 ●白的月〜白い月〜 これは、少し後の話だ。虎娘の見た、事件の結末。 ギルドに出頭してきた山科屋は、全て申し開きをした。二つの隠し倉は、「誘拐未遂事件の証拠品」及び「山科屋脅迫事件の証拠品」の名のもとに押収。 「今回の事件は、浪人やゴロツキに脅されて、巻き込まれただけ。店と家族の生活を守るためだったが、浅はかな自分が恥ずかしい」 反省した山科屋には、万屋の上司から弁明書も届く。数年かかるが、軽い刑罰ですむだろう。 虎娘の口利きで、兄のギルド員も携わることになる。大事な妹をかどわかされかけた虎猫しっぽは、怒りに打ち震えていたらしいが。 時間は、赤い月の日に戻る。すべてが終わった、帰り道。 「浪志組? 冗談、こんなしがらみ多い組織、わしは性にあわん。亜祈ちゃんはどや、楽しいか?」 「楽しいわ。だって、今日みたいに、お友達が増えるもの♪ 開拓者生活と、同じじゃないかしら?」 声をかけたれた蔵人は、亜祈を見下ろす。灰色の髪は、迷わず即答した。 「同じではないと思います。亜祈さんが楽しいなら、構いませんけど」 手持ち無沙汰の黒猫耳は、心眼の巻物をつつく。星晶が開拓者になった理由は「何となく」との事。だが、真意は不明だ。 「開拓者と言えば、山科屋さん、ギルドに出頭するんですって」 「傷つかぬ道などなかったので御座いましょうか……心も、体も……」 亜祈の言葉に、うつむき加減の左京は嘆息する。遠く寥心に惑う、傷ついた心を抱える一人。 故郷を失った時、唯一生き残った双子の兄。その後保護された人間の手により、身も、心も、命も、この世から失われてしまった。 最愛の兄の血を被り穢れているという幻覚に囚われ、禊を行う。それは、夏冬関係なく。 ふっと、赤いサルビアが好きだった、老婦人を思い出す。『最期の刻は…』、どう思ったのだろう。左京が供えた、ダイヤモンドリリーの花は喜んでくれたと信じたい。 「大丈夫よ。兄上に、きちんと面倒見てくれるように言うわ」 「それが良いわね。しっかりとお願いしておいて」 「ギルド員として、当然の義務ですね」 氷那は軽く頷き、亜祈に言い含める。適度に可愛がられたお陰で、物怖じせず人懐っこい九寿重も同感。 「……人使い、荒いんとちゃう?」 娘たちの会話に、思わずぼやく蔵人。相棒の少女型人妖にこき使われた記憶がよみがえる。『空飛ぶ真心』、睡蓮の簪とワンピースを贈った少女は、笑顔だったけれど。 「……黙秘権を行使します」 黒猫耳を倒した星晶。「女性は色んな面があるからね」と言われて、うんうんと頷いた過去がある。どっかの誰かは、『あいつ泣かす!』とか、言ってた気がするが。 「なんで御座いましょう?」 聞きとれなかった左京は、尋ね返す。尖る耳を隠している耳宛ごしに、亜祈は囁いていた。 「左京さん、もうすぐ誕生日だったわよね?」 「そうで御座いますが……?」 「じゃあ、お祝いが必要ね♪」 確認を取った亜祈、虎耳が考え込む。急ぎ足で、前方の人物を捕まえた。 「星晶さん、左京さんを『えすこーと』してあげて欲しいの」 「『えすこーと』……どんな意味でしょうか?」 「お誕生日の女の子を喜ばせる、行動らしいわ」 くいくいと後ろに動く、青白い衣服。亜祈は、先行く星晶のスピリットローブを、引っ張っていた。 「具体的には、どんなものですか?」 「……さあ。蔵人さんは、知らないかしら? ジルベリアの言葉みたいなの」 「ジルベリアなんて、わしも知らんし!」 星晶の逆質問に沈黙する、言いだしっぺの虎娘。隣の蔵人に丸投げする。無茶ぶりだ。 「あら、天儀は、どうやってお祝いするの?」 「そやな……ご馳走で、祝うんとちゃうか」 顎に手をやった、蔵人。当たり障りなく、無難な解答を送る。ここに相方の人妖が居たら、虎娘にツッコミをしてくれただろうに。 「ご馳走……決まりね。おいしいものを、食べに行きましょう♪」 「張り切っているわね。どこに行く気かしら?」 「もちろん、天儀のご飯にするわ。お寿司屋さんよ、お魚の天ぷらも沢山あるの。最高のご馳走ね♪」 「寿司と天ぷら……、朝から食べるつもりなの?」 「あら、氷那さんは、お魚が嫌い? ……女の子御用達、甘味三昧の方がいいかしら」 やっぱり、虎娘は無茶ぶり。言葉を失う氷那、少し気が遠くなる。 さり気なく、シノビの書「天の巻」を握りしめた。精神を集中させ、現実に持ちこたえる。 「きっと、朝からは、どこも店は開いていませんね」 「まだ早かったかしら? じゃあ、待ちましょう」 「開店まで待つつもりですか? 昼が来てしまいますね」 「そう……最後の手段ね。九寿重さん、兄上に作ってもらうわ!」 犬耳を伏せたままの九寿重に、止められた。諦めきれない虎娘は宣言する。きっぱり、はっきりと。 五人姉妹弟の筆頭は、開いた口がふさがらない。亜祈に手を握られ、引きずっていかれる。 虎しっぽが先陣を切って、自宅に案内を始めた。仕方なく続く、開拓者たち。 「亜祈様は、人のことですと、楽しいので御座いますよ……」 紅葉虎衣の裾が、衣擦れの音を響かせる。最後尾で、そっと呟く左京。 ほほ笑みを浮かべ、目を細める。白い虎の娘は、開拓者を、「初めて名前」で呼んだ。 それは、ある朝の出来事。「白い月」が浮かんでいた、夜明けの話。 |