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■オープニング本文 ●朱藩からの使者 「虫系のアヤカシの跋扈(ばっこ)する土地か……。お前さんがわざわざ、神楽の都まで頼みに来るぐらいだ。大事な土地なんだろうな」 ベテランギルド員は腕組みをして、目の前の依頼人を見やる。小ざっぱりした服装の初老の男性。 「朱藩の中では、大事じゃないですよ。あの地のアヤカシを一掃するぐらいなら、他に片づけるべき場所がたくさんありますから」 白髪の混ざった頭を振った。朱藩の臣下は、柔和な笑みを崩さない。城の議会でも優先度の低い、見限られた土地。 一時期は濃い瘴気に包まれて、立入禁止区域になった。時の派兵は、被害を出しながらも、アヤカシを蹴散らす。 現在では、ある程度まで解消されていたものの、未だアヤカシがよく出没する。民の殆どが移住した。 ……否、移住せざるを得なかった。志体を持たない身では、近づくこともできない場所から。 「まぁ、私の中では、少しだけ大事な場ですかね? 『王が退治依頼を頼むなら、是非に自分が依頼を出しに行きたい』と言う、年寄りのわがままを聞いてもらいまして」 朱藩の臣下は、目を細めて言葉を濁す。アヤカシの住みかとなった、荒廃した地。それでも、生まれ故郷に変わりないから。 「我が国の王はお若いから、周りから色々言われるお方ですが。私は先代に勝るとも劣らぬ素質があると……」 老人には受けが悪いが、若者には信頼を集める朱藩の若き王。鎖国状態だった朱藩を開国し、砲術士の国へと導いた存在。 「こんな所で、お国自慢か? それとも親ばかか?」 「いやいや、年寄りの親ばかですね」 にやりと笑う、ベテランギルド員。四十路近い身は、年代の近い朱藩の臣下に、軽口をたたく。 苦笑を浮かべる、朱藩の臣下。息子のような王の成長と、早く次代の後継ぎを見たいという、年寄りの願いは尽きない。 「朱藩の北西に、アヤカシが徘徊する土地がある。そこのアヤカシどもを減らしてきてくれ。小形の虫が多くて、群れで襲ってくる。数匹倒したぐらいじゃ、びくともせんぞ」 厄介な土地だった。非常に起伏にとんだ地で、丘陵が多い。後に地下水の浸食によって削られた岩盤が、あちこちに隆起した結果、立体迷路の出来上がり。 「アヤカシの種類は少ない、鉄喰蟲と雪喰蟲、軍隊蟻だ。全て二寸から五寸(5〜15cmくらい)の大きさになる。 小さいと思って、単独で突っ込むなよ? 集団で襲ってくるうえ、相手は飛ぶことができるからな」 いつの間にか近づかれ、気付いたときには孤立。生身をかじられたり、血を吸われて、亡くなった者もいる。 「それから、軍隊蟻には気をつけてくれ。誘印液をつけられたら、どこまでも追いかけてくる。 こいつに、後をつけられていることに気づかなくて、村がやられた事例もあるんだ」 軍隊蟻の追跡をかわすには、追跡中の斥候アリから十分離れる。または、近隣の群れを全滅させるしかない。 「俺が戦ったことある、一番ひどい軍隊蟻は、一つの群れに千匹居た。最低でも、五十匹だ。鉄喰蟲と雪喰蟲も、似たようなもんだったな」 腕組みをして唸る、元開拓者のベテランギルド員。古い記憶を辿るが、気の遠くなる数しか浮かばなかった。 「大変だと思うが、頼んだぞ。お前さんたちの武運を、祈っている!」 ベテランギルド員は腕組みを解き、開拓者を見据える。道案内役の朱藩の臣下の待つ、ギルドの入口を指差した。 |
■参加者一覧
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
ミノル・ユスティース(ib0354)
15歳・男・魔
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●眼下に広がるは 朱藩の臣下は、白石 源内(しらいし げんない)と名乗った。 陽動部隊が先発していることを告げる。朱藩の若き王が、開拓者を引き連れて、乗り込んできていることも。 「席巻する虫アヤカシ群の退治ですね」 背筋を伸ばした杉野 九寿重(ib3226)の背中で、鬼頭の外套の鬼が睨んでいる。鬼の視線は、戦の民の修羅を見ていた。 「帰れぬ里、アヤカシ……わたくしの里は、今やどうなっているので御座いましょう……」 冥越の隠れ里で、細々と幸せに生きていた、月雲 左京(ib8108)。アヤカシの襲来により里を失い……。 「己の里を思い出し、必ずこの里からアヤカシの蟲を撤退させる事を心に誓います」 里民、両親、多くいた兄姉、妹弟も全て失った。それでも手元に残ったもの、己の心、己が誇り。 「年老いた時に、故郷の地を踏めない悲しみは、相当なものだって伺ったことがあるのだ」 玄間 北斗(ib0342)は、ぽてぽてと歩く。シノビに取って荒れ地を歩くことは、造作もない。 「みんなに笑顔を取戻す為にも、少しでも多くのアヤカシを退治して解放の足掛りを成そうなのだぁ〜」 「数とは力、そう父から教わりました。厄介極まりない仕事ですね」 北斗の隣で金の髪が踊り、ブリジット・オーティス(ib9549)は感想を漏らす。額に手をあて、左右を見ていた。 ジルベリア南部地域の騎士の家系の末娘。今は開拓者となり、各国の情勢を学びながら、腕を磨く日々を送っている。 「鉄喰蟲と言えば、先日、蔵を襲った群れの退治に伺いましたね」 ミノル・ユスティース(ib0354)は思い出す、食料貯蔵庫に現れた蟲を。一体ずつなら、下手すれば素手で叩き潰せる位のアヤカシ。 探る記憶。群れて飛び回られると、小ささ故に退治し難い相手。襲われた地域は、次の収穫まで食いつなぐための食料の半分を失った。 「単体では脅威ではないが…数の多さが厄介、か。一匹ずつ倒すのでは埒が明かんだろう」 うごめくアヤカシの群れ。心眼にとらえても、眉一つ動かさぬ。琥龍 蒼羅(ib0214)は、滅多に感情を表に出さない。 どんな状況でも、落ち着き払っている。周囲の地形、及び敵の位置などを把握することから、戦いは始まった。 「幾ら地形が変わったと言っても、面影はあるかもしれません」 ブリジットは、折りたたまれた紙を広げる。朱藩の臣下から借りた、昔の地図。 「道すがら、変化した地形、新たに目印になりそうな物等を書き込んでおきます。一から作るよりは、楽なはずです」 隆起した岩が、視界を埋め尽くす。良く見れば、なだらかな丘の勾配は見てとれた。 「誘印液は、見えぬ、匂わぬで御座いますか」 「丸一日経てば、消え失せるのは幸いだがな」 蒼羅の言葉を受けても、左京はため息をつく。ギルドで聞きこんだ、経験者の言葉をかみしめる。 服を重ね着する、岩清水で洗い流す、天儀酒で清める事。全て、気休めだと言われた。 「気休めを言いかえれば、少しは効果が見込めるのだ♪」 「はい、やらない事は損ですね」 茶目っけたっぷりに、北斗は人差指を振る。ミノルも、故郷の酒を荷物に詰め込んだ。 「見た目は小さいのですが、数限りなく存在しますので……」 「お願いできますか?」 九寿重はブリジットと共に、後ろのミノルを見やる。状況を、より良い方向へ導いてもたえたら嬉しいと。 「任せてください」 ミノルは、大きく頷いた。後方から、前方の者たちの目になることを承知する。 「少しでも多く、討伐しておきたいものですね」 下手に増えて、他の地にまで被害をもたらされでもしたら……。母似の一寸癖のあるサラサラの金髪が左右に振られ、ミノルは懸念を振り払う。 「何より、本来この地で生活して居た人達の安寧を奪い、故郷から追い出した事が許せませんしね」 ミノルは、精霊の小刀を握りしめた。この地の瘴気を散らす、心強い存在になるはず。父似の澄んだ黒い瞳は、決意の色を浮かべていた。 ●溢れいずる 「抜刀両断、ただ……断ち斬るのみ」 右手が刀の柄にかかった。黒い前髪がうつむき加減になる。足元に転がる石ころ、落とす姿勢。短く息を吸いこんだ。 高い技量が求められる野太刀を、蒼羅は軽々と振りぬく。斬竜刀「天墜」に宿る、炎魂縛武の紅い炎。 構えすら見せない自然体から放たれる返しの技は、神速の域に達している。生み出された風の刃は、天翔ける竜を叩き落とさん勢い。 「一回での練力の消費はそれほどではないが、敵の数からするとやはり心許ないな」 渦巻く風は、蒼羅の助けにもなる。不意打ちの蟲たちを巻き込み、地面にたたきつけた。 蟲の前に立ちはだかった、長身。背の低い体躯と誤認されるのは、奇抜な装束や、日頃の物腰・言動のためだ。 「たれたぬ忍者の玄ちゃんこと、玄間北斗なのだぁ〜〜」 常にのほほ〜んとした、優しい微笑を浮かべる北斗。胸元で、記念メダルの虎豹の咆哮が光った。 五角形の盾と勇猛な獅子を組み合わせた模様。天然癒し系の道化に徹す、北斗の心を見せる。 自ら獅子を見せることを封じ、くたっとたれた狸をかぶると決めた。人々の幸せを願い、凛々しく思慮深い姿。 それが本来の北斗。 黒い刀身が、九寿重の目元まで引き上げられる。横倒しの刃から、黒い瞳が覗き、前方に挑んでいた。 「一流剣士へなる為に都で修行と。青龍・九寿重、ここに推参よ」 北面・仁生における、実力有る剣士を輩出する道場宗主の縁戚。幼年組の出世頭で、渾名は「青龍」。 月の光に当てると、うっすら桜色が浮かび上がる、名刀「ソメイヨシノ」。日の下では、鋭い光を返す。 九寿重は姿勢を崩さず、意識を集中させる。広げられる羽、足を曲げる仕草。空へ羽ばたく、蟲たち。 見えぬ場所の蟲の気配を探り、攻撃の瞬間まで察する。右! 身体を傾けつつ、攻撃を見切った。振り抜かれる刀。心眼から虚心のへ流れ、素晴らしき。 旅情の外套が、音をたてて動く。左京は、ミノルの前方に躍り出た。ブリジットと背中合わせになる。 「何処へお逃げで御座いましょう?」 ミノルの方向へ行きかけた蟲へ、わざと問いかけた。左京の冷静な声、状況把握に動く視線。 ブリジットに囁く。数度に分けてでも、確実に敵の数を減らすと。天儀のサムライの声に、ジルベリアの騎士は頷く。 あちこちが飛び出て、引っ込んでいる地系。陣取りの仕方で、戦闘方法は大きく変わる。 「高い所は見つかりやすいですが、こちらも敵を発見しやすくなります」 せん滅するための準備、あるいは逃走時間を稼ぐための選択。ブリジットは岩の上に立つと、優雅に殲刀「朱天」を手にする。 薄っすらと朱色に染まる刀身を、抜き放った。呼吸にあわせ、光が騎士を包んでいく。 ゆっくりと足元から登り、盾を取り込み、頭上までも光に染まった。 「ジルベリア帝国、オーティス家のブリジットです。お見知りおきを」 飛んできた蟲に、盾をつきつけた。幼い頃より武技に秀で、時には兄達に勝利することもあったらしい。 ブリジットの才能を惜しんだ父兄らは、諸国での修行を言い渡した。才能を伸ばすため、そして試すために。 甲高い音が吹きならされる。眼鏡をかけたミノルからの、撤退の合図の鳴子笛。 地断撃を放っていた左京の、肩の傷が深くなった。ブリジットの頬にも、赤い筋が見える。 「里を食みし闇の屑共めが……等しく、お還り下さいませ!」 人に見られる事を避ける、耳宛の下の尖る耳は、父から。手鞠で隠す、八重歯のような牙は、母から。 一見、修羅と判らぬ風貌を装っても、受け継がれた血筋は隠せぬ。鬼神の兜を被った左京は、咆哮をあげた。 「蟲が幾ら集ろうと、わたくしは……倒れは致しませぬ!」 振り乱れる白き髪、左の額上の平らに残る角痕が見え隠れする。左京の瞳に、映る光景。 練力を宿した魔刀「アチャルバルス」が、赤く浮かび上がった。不気味なほどに、美しく輝く。 赤々と明滅する刀身は、歓喜に撃ちふるえた。蟲を一度になぎ倒し、打ち砕き、むさぼり尽さんとする。 「橋渡しはお任せを」 ミノルは、力ある言葉を放つ。石の壁がそそり立ち、蟲を阻んだ。続いて、二つ目の壁が、大地の裂け目に渡される。 仮橋ができた。だが、石の壁を乗り越え、蟲がやってくる。鉄喰蟲は、石も食すことができるようだ。 風の中に舞う、ひとひら。小さな白が、ミノルによって生み出される。一気に辺りを覆い隠す、白。 「勝手に当たってくれるのが、利点ですね。逃がしませんから」 ミノルのブリザーストームの激しい吹雪は、雪喰蟲たちでも食べきれなかった。全てを飲み込み、霧散させ、瘴気の一部へと還す。 「時間がかかるとしても、ある程度消耗すれば撤退……」 「撤退……そうですよね」 状況を探っていた蒼羅は、言葉をきる。口数も多くなく、その言動から誤解される事もよくある。ジルベリアの騎士も、誤解した。 ブリジットはうつむき、オウム返しに呟く。今はジルベリアから遠く離れた、異国の地。ましてや、初めての依頼。自分の未熟は、痛いほど知っている。 黙って見ていた蒼羅は、言葉を続ける。人付き合いは悪くない、ブリジットの心を推し量る。 「その後、回復を待ち、態勢を整えての再攻撃を繰り返す……長期戦が……」 「得策なんですね」 蒼羅の言葉尻を捕らえ、ブリジットは顔をあげた。ひょうしに、雷雲の根付が、ころころと小さな音を立てる。 父の決定に従う事が常の頃に対し、今の生活は新鮮。やる気満々。根付の清浄な気を呼び寄せる力が、ブリジットを勇気づけたのかもしれない。 ミノルの白の中で、空を見上げた。手から放たれた手裏剣は、音も無く奔り、蟲を切り裂いていく。 「余力を残してなら、立ち戻って対処も出来るのだ。無理は禁物なのだ」 北斗は、撤退時の先駆けを買って出る。妖しくも美しい波紋が浮かぶ死鼠の短刀を、握りしめた。 軽く助走をつけ、手近な蟲をいなす。隙をついて身をかがめると、大きく跳躍した。 一瞬の無音。北斗の周りに、無数の真空の刃が生まれいずる。 風神の轟音。天に、地に、風が荒れ狂い、蟲をなぎ倒していく。 「今、行きますね!」 九寿重は、高台から睥睨(へいげい)していた。退路は、北斗が開いた。しんがりは、蒼羅が努めている。 ならば、己がすべきことは挟撃の防止。仲間を、孤立分断の憂き目に遭わせぬ。 厚司織「満月」の上に外套を纏わせ、笠を深く被った。進むべき方向を見定め、犬耳は高台から飛び降りる。足の裏の硬い感触に負けない。 九寿重は我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する。群がる蟲と距離を測り、刀に練力を集中させ、風を解放した。 ●心の地図 「今は、追ってきてないのだ。そこに座ると良いのだ」 蟲の羽音が聞えないことを、北斗は仲間に告げる。依頼の目的は果たした、蟲の数は減ったはず。 最年少の左京に、手近の岩に腰掛けるよう、北斗は促す。立ったままでは体力を消耗すると、心配した。 「ありがとう御座います」 北斗と距離を取る、左京。人族の男性からの過剰な接触は、過呼吸を引き起こしてしまう。 飼われていた時のこと、兄が亡くなった時のこと。忘却のかなたに押しやっても、決して消えぬ過去たち。 「女性に傷など、痕が残らねば良いのですが……」 ブリジットの頬を流れる、赤い筋。先天的な白子の左京は、白い指先で止血剤を差し出す。 「燃やせば、追跡を防げるだろう」 見えない、匂わない、誘印液への対処。羽織っていたアバヤを脱ぎ捨てながら、蒼羅は前方を見る。 蒼羅を見習い、北斗とミノルもアバヤを火の中にくべる。ゆらゆらと上がる煙。 続けてミノルの持ってきた蒸留酒で、全身をぬぐう。北斗にも、ヴォトカのお裾わけ。消毒薬としても重宝されている、ジルベリア帝国の飲み物。 「少しは役に立てるようになって来たんだろうか……」 ミノルはふっと、酒びんを見つめる。ジルベリアのとある地方領主たる祖父と騎士の母、元開拓者の父の元で育った。 雪降る地で、礼儀作法、地方経営に必要な政経等の知識・技術を叩き込まれてきた人生。全ては将来のため。文官として、姉を支えられように。 「……俺が決めたことなのに」 ミノルは苦笑をうかべて、空っぽの酒びんを、荷物にしまう。少し感傷的になってしまったようだ。広い世界に憧れ、姉と共に家出したと言うのに。 北斗に誘われ、ミノルは水浴びのために動く。川はすべてを、洗い流してくれるだろう。 「今日は泊って行ってください」 「宿か……傷を癒すにはいい、な」 他者からの好意に、鈍感な一面もある蒼羅。だが、臣下の宿屋の意味は、察した。従者の外套をひるがえし、移動を始める。 「お仕事がんばって下さい」 世事に長けているわけではない、ブリジット。ほほ笑み、何気ない言葉をかける。 この地に住んでいた多くの人をおもんぱかり、喋っているだけ。臣下の故郷とは、気づいていない。 「拙い物ですが、次の仕事で使ってください。村や町に、また人が戻れるようになれば良いですね」 ブリジットの手から渡された、一枚の紙。臣下は目を見開き、深々と頭を下げた。目尻に小さな滴がたまっている。 「今は元の住民が移住して無人の地とは聞いたけど。どんなにアヤカシが跋扈する場所になったとしても、故郷は故郷……きっと再びこの地に戻って来たいって願う人達が居るはずなのだ」 ブリジットの言葉を受けて、北斗も大きく頷く。可愛い物や子供達、綺麗な女性が大好き。この場所も、昔はそんな景色があふれていたはず。 「まだまだ、春は遠そうで御座いますね……」 左京は手を組み、双ぼうを閉じた。遠く冥越の故郷と、この地が重なる。 「皆を弔えず、戻れず……あの場所のような死地にはならぬよう。どうか……もう一度人が住めるように……」 瘴気に満ち、いつ晴れるとも分からぬ地。それでも、土地が生き返ることを望み、左京は祈る。 「何か由縁があるのでしょうかね?」 「さあ。俺には、所縁の者と言う想像しか、できません」 ピンと立った犬耳が動く。腰までの漆黒の髪は、大きく揺れた。九寿重は、かくりと首を傾ける。 ミノルも、肩をすくめた。初老の朱藩臣下と、因縁の土地との関係は、最後まで掴めない。でも、男が涙を見せたからには、理由があるはず。 「ありがとうございます。これは、大切にしますから」 宿屋に開拓者たちを案内し、朱藩の臣下は別れを告げた。深々とお辞儀をする。 開拓者たちの言葉は、どうしてこうも嬉しく感じるのだろう。白石 源内の胸に宿る、温かな灯。 着物の上から、懐をなでた。胸元にしまわれた、因縁の土地の新たな地図。 ―――きっと、いつか「帰れる故郷」と信じて。 |