【桜蘭】黄昏
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/05/23 21:26



■オープニング本文

●浪志組
 詰め寄る柳生有希(やぎゅう ゆき)の気迫に、真田悠(さなだ ゆう)はくっと身を引いた。
「東堂の動きはやはりおかしい」
「またその話か」
 悠は気まずそうに頭を掻いて、不満そうな有希に顔を向ける。
「有希の言うことは解る。だがさ、結局、叩いたところで埃しか出なかったじゃないか」
「埃の出てきたのが問題だと言ってるんです」
「……」
 有希が言っているのは、開拓者による探りの件だ。どうしても、と言われて東堂の身辺や近衛らに探りを入れてみたが、確かたる結論は出なかった。武器集めなどは浪志隊の名で帳簿に記されていたし、それを言えば森藍可など、躊躇い無く隊の金でしょっちゅう宴会を開いている。
「その点、武器は浪志隊で使うものであって私事ではないだろう」
「そこだよ。真田さん、森の使い込みは私事だからいいんで……いや、よくねえが」
「……」
「何より近衛って貴族サマは――」
「有希」
 顔をしかめ、手を振る悠。
「お前は端から人を疑い過ぎる。ここは陰殻じゃな……あ、いや……」
 しまったとばかりに口元を抑える悠。有希はぎろと悠を睨むと、無言で立ち上がった。消え入るような小さい声でわかりましたとだけ呟き、その場を立ち去る。
 悠はひとり頭を抱えた。


●女子会
 昼下がりの真田道場の縁側は、飲茶を囲む娘たちが占領する。本日は天儀のせんべいを食べながら、泰のお茶をすすっていた。
 門下生たちは腹ペコでも、飲茶の時間に縁側へ近づくことはない。娘たちに捕まれば、夕暮れまで延々と続く会話を聞かされるから。
「まぁ、真田さんとケンカしたの? 東堂さんのお友達の近衛兼孝(このえ かねたか)さん……? 大貴族と言われても、天儀の階級のことは良く分からないわ」
 愚痴るシノビ娘の言葉を、虎娘の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は聞いていた。泰育ちには、天儀の役職は不思議な呪文に聞える。
「別のお友達の山科屋林兵衛(やましなや りんべえ)さんは、知っているわよ。東堂さんのご贔屓(ごひいき)の商人さんね。
万屋に身を置く一人なのに、浪志組に色々と寄付してくれているもの。前は資金で、今は武器だったかしら」
「そんな詳しい話、どこで?」
「武天に行ったとき、旅泰さんから聞いたの。 ほら、チョコレートクッキーのときよ」
「ああ……クッキーは売る以前に、道場の門下生に食べつくされた。食糧不足だから」
「だったら、闇鍋をしたらどうかしら? どんなものでも、食べられるわ」
「闇鍋……闇鍋ねぇ」
「森さんは盛大に闇鍋をしていたわよ。天儀の遠方から、高価で新鮮な野菜を取り寄せたんですって♪」
 のんきな虎娘の台詞に、シノビ娘の視線が段々と遠くなる。貧乏な真田道場。まとめて浪志組の一員になったが、やっぱり貧乏なまま。
 対して、女子供にはたいへん優しい婆娑羅姫は、武天の有力氏族の娘。虎娘一人が闇鍋に混ざっても、全く問題ない後ろ盾を持つ。
「うちでは、できない。浪志組からの資金も、武器も、まったく足りないのに」
「あら、浪志組の資金も、武器も、足りないはずないわ。東堂さんは屯所の帳簿よりも、多く寄付金を受け取っているわよ。
さっきの山科屋さんの武器や防具も、たまに屯所と違う所へ運ばれているんですって。例大祭に備えて、備蓄しておくつもりじゃないかしら?」
 シノビ娘は聞き逃さなかった、虎娘がなにげなく言った一言。『帳簿よりも多い、寄付金の存在』『屯所と違う場所へ運ばれる、武器と防具』
「……その話しは、どこから聞いた?」
「寄付金の話は、行きつけの呉服問屋さんとの井戸端会議よ。あ、武器は、八百屋さんでの井戸端会議ね」
「……うわさ話は、うわさ話に過ぎない」
「あら、寄付金は間違いないわ。屯所の帳簿を見せてもらったもの。呉服問屋さんの言っていた寄付額に、少し足りなかったわよ」
「この前に言っていた、預かった隊士服の試作と寄付金を屯所へ届けるついで?」
「ええ、帳簿をつけていた隊士さんに、試着をお願いしたの。とても喜んでもらえたわ♪」
 シノビ娘は目を細め、楽しそうに笑う虎娘を見る。天儀育ちのシノビ娘とはまた違う、泰育ちの虎娘の情報網は侮れない。
「……武器の話も、本当?」
「たぶん、本当よ。いつも合う八百屋さんのお客さんの中に、武器を運んだ人がいたの。
その人が言うには、『浪志組のためだから、大事に運べ』って念押しされたんですって。そのときは、屯所じゃなくて、どこかの民家の倉に運んだらしいわ」
 虎娘には、放浪癖がある。一年前の天儀の長旅や、神楽の都暮らしを通して、天儀の顔見知りも増えた。
 浪志組関係の取引先めぐりも、屯所や詰め所。果ては真田道場への出入りも、放浪癖の延長線。
「でも、有希さんも女の子なのね。うわさ話が好きだなんて♪」
 おおらかな虎娘は、これだけ話しても、何も察していない。陰陽師には、シノビの真似は出来ぬか。
「まぁ、多少は興味がある」
 ごまかすシノビ娘の胸中を、期待と警戒がめぐる。のんきな虎娘ならば、怪しまれずに浪志組創始者と山科屋林兵衛の闇を、暴けるかもしれない。
 闇を理由に、山科屋林兵衛を捕らることもできるだろう。しかし、問題が残る。浪志組創始者は、強い警戒心を抱くはずだ。


●おつかい
「新隊士の皆さんが使う武器を、浪志組屯所まで運ぶ手伝いをして欲しいの。準備していたものが、足りなくなったのよ!
ほら、例大祭の話しは知っているでしょう? 天儀のお祭りらしいわ。浪志組も警備するから、てんてこ舞いなのよ!」
 神楽の都、開拓者ギルド本部の受付。おおらかな虎娘の白虎しっぽが、珍しく天を向いて焦っていた。
「有希さんと屯所に行ったら、足りないって大騒ぎになっていたの。『武器や鎧は重いのに、誰が運ぶんだ!』って、男の人たちが怒鳴っていたわ。
殴り合いになりかけたから、『あなたたちがしないなら、私が運ぶわ!』って、思わず引き受けたの」
「もう、分かったから」
「兄上、ありがとう、助かったわ♪」
 依頼書を準備するギルド員の兄は、ため息をつく。怒鳴っていた隊士たちは、きっと明日から虎娘に頭が上がらないはず。
「行き先は山科屋林兵衛さんの万店よ。皆さん、よろしくお願いするわね」
「こら、お店の場所の説明をしないと! すみません、妹を追い掛けて、説明を聞いて下さい」
 我が道を行く虎娘は、自己紹介もせずにギルドから飛び出す。外は日が沈み、黄昏時を迎えていた。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
篠原 蓮火(ib6312
15歳・女・砲
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ
刃香冶 竜胆(ib8245
20歳・女・サ


■リプレイ本文

●疑惑
 依頼を終えた一同は、虎娘に声をかけて去っていく。
「私は義に賛同したのであって、浪志組に忠があるわけでもないので……いざとなれば、正さなければ……。誰が相手でも負けることなき、精神を此処に」
 信念に従うなら、何者をも斬る事を厭わない。長谷部 円秀(ib4529)は、揺るがぬ信念の元、不退転の刀を振るうこともできると。
「山科屋に疑われねえようにな。こいつも、おそらくは一枚噛んでいる。成功の暁には、御用商人にでもなる気か、或いは……」
 巴 渓(ia1334)の言葉も。流浪の拳士も、他者の為に血を流す事を厭わない。内に秘めた正義感は、誰よりも熱く燃えていた。
 言動が、どこか飄々とした奇人。劉 星晶(ib3478)すらも、黒猫耳を伏せた出来事があった。
「まだ起きてもいない事をあれこれ考えても、仕方ありませんか。……亜祈さんが厄介事に巻き込まれないかは、心配ですけど」
 焦点は、山科屋が黒か白か。集めた情報から判断したけれども、黒に近すぎる灰色。
「ローザ、微妙な『灰色』ですね。実家の伯父様が訝しがるのは、これですかね?」
「林兵衛について、人となりを聞いた上では、白とも黒ともつかないといった所でしょうか。いずれにしても早計は禁物ですわ」
 杉野 九寿重(ib3226)は首を傾げて、ローゼリア(ib5674)に話しかけていた。
「己の安全であれば、警護を着ければ良い事。わざわざ町ごとなどと見返りが薄いことをするのは、よほどに人が良いか。
それとも、東堂に弱みでも握られているので御座いましょうか……?」
「武器の内訳や数量、把握する……後々役に立ちそうでありんす」
 後ろで、月雲 左京(ib8108)のいぶかしむ声がする。無口で感情表現に乏しい、刃香冶 竜胆(ib8245)も、珍しく助言を残した。


●運搬
「亜祈からの誘いで、懇意にしてる商人「山科」様の処から、浪志組屯所へ武器搬送のお仕事ですね」
 獣人たちの女子会。九寿重は、ローゼリアに依頼内容を説明する。
「人手が足りない処でローザも来てくれた事ですし、快く頑張りますね」
 九寿重は、ローゼリアにほほ笑む。互いに、心を許す親友同士。
「私、砲術師のローゼリア・ヴァイスと申しますの。よしなに」
 優雅に一礼する、猫族の娘。人と違う外観を物珍しがられ、苛められていた過去を持つ。
 人見知りが激しく、一握りの相手にしか気を許さない。とりあえず、同族の亜祈には、興味がある様子。
「でも、『準備していたものが、足りなくなった』とは、どういう事ですの?」
「そのままの意味よ。新しい人が沢山来たの」
「組織運営のモノなのですから、購入準備にかけては、それ相応の手配をしていたはずですわよ?」
「山科屋さんのお友達なんですって。だから、『手配はすぐにする』って、話になったのよ」
「……あなた方の理由等、知った事じゃありませんわ」
 全身で不愉快を表わすローゼリアに、亜祈は困り顔で説明する。今日、急に人が増えたから、道具が足りなくなったと。
「きな臭いですね……浪志組の義が偽りであれば、ここにいる意味など無いのですが……」
 円秀は呟く。新入り隊士のためと聞いたが、虎娘の説明は疑惑を深めるばかり。
「浪志組のような性格の隊、武器調達当然かと思いんすが……道中で司空殿の話、聞く限りでは裏がありそうな様子」
 漆黒の双角が動いた、綺麗に整った顔立ちは隣を見下ろす。竜胆の横の左京は、大事な妹分だ。
「どうか、あの人が傷つかぬよう、この目で見定めねば……」
「小生、特に思い入れはありんせんが……左京、本件、気になる様子なので手伝いんす」
 本来ならば、二人は義姉妹として冥越の隠れ里で、暮らしていたはず。アヤカシの襲来は、全てを奪った。
 多くいた左京の兄姉、妹弟。兄の一人が、竜胆の婚約者だった。
「浪志組……山科屋林兵衛……東堂、人族など、信用出来ませぬ……」
 左京は、双子の兄を思い出す。一緒に生き残ったはずが、その後、保護された人間の手によって命を失った。
「……ふむ。何やらきな臭くなってきたようですね」
 闇に溶け込む星晶は、気配を悟らせない。獣人の身体能力とシノビの技に支えられた、神出鬼没の行動力。
 星晶の黒猫耳が、ぴこぴこと動く。研ぎ澄ませた聴覚は、渓の呟きを聞きとっていた。
「伝え聞く噂……東堂と桜紋事件、革新派の近衛某、例大祭の参加者、警備体制……。ふん、大体分かった」
 思案していた渓は、視線をあげた。乗り気でない口調で、三つ編みの髪を振り払う。
「何が起きているのか部外者の目からはさっぱりですが、あんまり楽しくなさそうな気配です。面倒くさいですね」
 肩をすくめる星晶、つい本音がこぼれる。面白いモノ好きとしては、興味をそそられない依頼。
「真実かどうか、明らかにしなればならないでしょう。その上でどうするか考えなければ……」
 江湖とは、権勢を省みず義侠を尊ぶ、外界に生きる者だ。龍袍「江湖」をまとった円秀は、静かに拳を握る。


●灰色
「なあ、もうちっと、資金を流してくれるように、頼んでくれよ」
 隊士の渓は、気さくに話しかけてくる。店員は、愛想笑いを浮かべて対応。
「あるんだろ、秘密の埋蔵金が? どっかに、武器とかも隠しているんだろ?」
「埋蔵金? 何を知っているんですか?」
「聞いたぜ、大貴族様の後ろ盾」
「その話、私も興味があります。前衛ばかりではなく、後衛も動ける装備が欲しいですからね」
 怪訝そうな店員に、耳打ちする渓。話を合わせる円秀の視線の先には、陰陽師の虎娘の姿。
 化かし合いに、誠実さは不要。余裕の態度を崩さぬ渓と、目録に書かれた偏った装備を差す円秀。
 納得した店員は、「安心して下さい」と、秘密の備蓄倉庫を教えてくれた。一般の店員には、山梨屋の闇は知らされていない。


「この刀、開拓者向けの武器にありんすか?」
「大量、で御座いますね……この様に良き品、さぞ値がはり大変で御座いましょう…」
 竜胆は刀を見つけた。手に取り、鞘から出してみる。どんぐりまなこで、左京も覗きこんだ。無知な子供をよそおう。
「こちらは長銃ばかりですの? 練力を使う魔槍砲は、さすがにありませんのね」
 ローゼリアは、運ぶ物の中に慣れ親しんだ銃器を見つけた。しかし全体的に、飛び具が少ない。
「それでも例大祭が迫っているのですから、これだけ集めるのは大変ですね」
 噂に疎い九寿重とて、微妙な違和感を覚える。全体的に、武器の配分がおかしい。
「刀や槍ばかりで、短銃が無いのは、残念ですわ。弓も少ないですし」
「精霊武器が無いですね。『符も無い』と、亜祈が嘆きそうです」
 ローゼリアや九寿重の着目点。近距離攻撃に特化した武器が多すぎる、乱戦にしか使えないではないか。
「小生、武器には些か興味がありんす。銘は?」
 山科屋の懇意の刀匠が作ったと、自慢げに話す店員。黙って聞いていた修羅の少女は、瞳に嫌悪の色を浮かべる。
(……冒涜でありんす)
 竜胆は、刀鍛冶を営む家系の出身。武具に関しては、独特の美学を持っている。
 無茶な大量生産、粗悪な鍛え方。銘も入らぬ刀に、命の宿らぬ身に、何の価値がある?
「林兵衛様は裕福でいらっしゃるのですね、そして、町の警護に余念がないのでございますか」
 ほわほわと、偽りの尊敬を浮かべていた左京が、こわばった表情を見せた。襲い来る、過呼吸。店員が、人族の男が近寄ってくる。
「左京、そろそろ行きんす」
「竜胆様……」
 察した竜胆が、立ちはだかった。竜胆のディスターシャ「サーフィ」裾をおずおず掴み、左京は逃げて行く。


「そっちは運ばせるな。東堂さんの所へは、行かないんだからな。運ばせた!?」
 聞き耳を立てていた黒猫耳に、気になる会話が飛び込んできた。星晶は仲間に目配せすると、外の入口脇に武器を運ぶ。
 黒猫の気配は、そのまま闇夜に隠れた。月隠は、己の気配を殺して隠れ潜む術。
「すぐに指示を出す! いいか……」
 慌ただしく、裏口から出ていく店主。星晶は青い瞳を細め、夜叉の脚甲を着けた足で大地を蹴る。


●襲撃
 神楽の都の柔澤は、治安の悪い地区。見周りついでに寄ってくれと、山科屋に頼まれた。
 大きく響く、銃声。大八車の移動が停まる。北の方向は、連絡役の亜祈が、ローゼリア、左京、竜胆たちの様子を見にいったばかりだ。
「積荷を柔澤の倉へ……だそうですよ」
 高まる緊張の中、星晶が追いついた。店主の行動を聞き、円秀と九寿重が走り出す。
「往復路の様相で、危険で有りそうな処を見極めて……と思いましたが。心眼で、探しますね!」
 気位は高く、血気盛んな九寿重。名刀「ソメイヨシノ」の鞘を押さえ、今にも刀身を抜きそうだ。
「偽りであれば嬉しいですが、日のないところに煙は立たぬ……疑ってかかりましょう」
 円秀は自分を貫くという、強固な信念と覚悟を持つ。弱いと見たか、娘の集団を襲う卑劣さは許せない。
「裏も知らず、普通の依頼と受けた仲間もいるんだ。彼らの迷惑にならぬ様、荒事を極力避けた上で、強引な自白はさせないと誓ったところだぞ?」
 腹立たしげに、拳を打ち合わせる渓。ここにも、襲撃があるはず。激昂し荒ぶる龍から作られた赤龍鱗が、世界の破壊者の元で出番を待っていた。


「小生が一番年嵩のようでありんすし……キツい仕事は、行いんしょう」
 ローゼリアは大八車を引こうとするが、動かない。重いはずと、竜胆は持ち手を取り上げた。
 前衛を固めるための装備。竜胆が数えただけでも、兜に大鎧に刀が五つ載る。
 響く銃声、竜胆の足元を穿つ弾。銃を撃ったゴロツキたちは、お決まりの台詞を吐く。
「積荷を渡しな」
「人質とは、卑怯で御座いますよ!」
 決定的な証拠がない限りは、勝手に決め付けない。決め付けないけれど、絶体絶命?
 歯がみする、左京。あるゴロツキの背中には、気を失った亜祈が担がれていた。
「わたくしに銃を向けるなんて、命知らずですわね」
 眼にも留まらぬ早業、瞬時にゴロツキたちの銃を撃ち飛ばす。飛竜の短銃を構え、ローゼリアは勝ち誇った。


●浪志組
 三日月型の調金が施されたムーンメダリオンに、日がかかる。先天的な白子の左京が好む夜は過ぎていた。
「出来うるなれば、大切な人はもう失いたくなく……竜胆様にしろ、東堂に関わる彼の方にしろ。危うきことから遠ざけたくは御座いますが……」
 依頼を終えた左京は、帰路をとる。竜胆を見上げ、軽くため息。
「如何せん、人の自由を奪いたくは、御座いませぬ……」
 竜胆は、同属の昔馴染み。過去の左京を知る数少ない人であり、甘えられる存在。
「……何事も夢幻や水の泡、味気なき常世でありんす」
 竜胆は、淡々と呟いた。思い出していたのは、哀れな無銘の刀たちのこと。
 無事に、浪志組まで運ばれた武具。ついでに、ゴロツキたちを大八車に載せて、役所につきだしてきたばかり。
「これ、万屋に返しんしょう。万屋の誰かと話す機会が出来んしょうし、話す機会増えれば、情報もそれだけ集まりんす」
 竜胆の意見に押され、左京は進まぬ歩みを山科屋に向ける。二人は聞き出した、山科屋にたちの悪い浪人が出入りしていたことを。
 そして後日、判明した事実。ゴロツキは新隊士として、浪志組に入る予定だった。


 巡回は、さまざまな出会いがある。虎耳は黒猫耳と出会った、しばらく共に歩く。
「真田さんは良い人ですね。今の状況だと、危なっかしいのかもしれませんが」
「そうね、有希さんに頭が上がらないのは、問題かもしれないわ」
 のんびりした星晶の疑問に、おおらかに答える亜祈。泰出身の猫族たちの会話は、のんきだ。
「真田さんが疑り深くなったら、それはそれで嫌だなぁと思いました」
「差し入れを食べてくれないのは、悲しいもの」
 全然関係ない方向へ飛ぶ、黒猫の感想。明後日の方向へ飛ぶ、白虎の想像。手を振り、和やかに別れる。
 次に、ローゼリアと九寿重を見つけた。道行く女子会。天才肌ながら努力家のローゼリアのお菓子を、亜祈はごちそうになる。
「浪志組……今まで関わる機会はありませんでしたが依頼、ましてや親しい友人が関わってくるというのであれば、無関心ではおれませんわね。いかほどですの?」
「そうね、浪志組には派閥と言う、壁があるらしいの。どうしてかしら? 誰でも、お話すれば、すぐにお友達になれるのにね」
 のんきな虎娘は、自分が真田派の一角に数えられていることを理解していない。そして、話し合いで、すべてが片付くと思っている。
「それより、昨夜の失態はなんですの? 信じられませんわ!」
「……あれは、道を聞かれたの。皆さんが大通りにいたから、そこまで案内したわ。後頭部をなぐられるなんて、思っていないもの」
「治安の悪い柔澤で、なんてことを。亜祈、人を信じすぎるのも、考えものですね」
 金の目を吊り上げ、ローゼリアは小言を始める。人質になった亜祈、虎耳が伏せられた。
 腰までの漆黒の髪を、左右に揺らす九寿重。ピンと立った犬耳は、あきれていた。


 白虎しっぽが揺れ、小首をかしげた。小さな蜂が迷い込んだ民家の倉には、おびただしい武具が置かれている。
 迷子を探す声が聞えた。人魂の蜂の姿が消え、嬉しそうに駆け出す虎娘。ようやく浪志組仲間と再会した。
「てめぇ、どこ行ってやがった! 俺達が、どれだけ探したと思ってる!?」
「隊士の迷子は感心しませんね。巡回の道筋から、外れないでください」
 渓の怒鳴り声と、円秀の深いため息がお出迎え。有希の小言を聞きながら、亜祈は謝る。
 帰路の途中、亜祈はときどき不思議そうに、屋敷を見上げていた。円秀の視線が鋭くなり、渓は移動を促す。有希は三人の変化に違和感を覚えた。


 今日の巡回は疲れた。帰る前に、人の居ない亜祈の家で少し休憩だ。
「民家の庭先を近道にしようとしたのは、不届きでしょう?」
 浪志組の女子会に巻き込まれた、円秀の正論。亜祈の虎耳が伏せられる。
 迷子になった虎娘は、人魂で仲間を探そうとした。副産物は、山梨屋の隠し倉の裏をとれたこと。
 帰路で見上げていたのは、円秀たちがつきとめた家々。亜祈によると、二軒は間違いない。
「司空の言う、武器、援助金の不透明な流れも関係しているぜ」
 鼻を鳴らした渓の発言は、大胆だった。例大祭での東堂、近衛らの国家転覆の危惧。虎娘は、にわかに信じがたい。
「大伴の爺様宛て書をしたためて、東堂への警戒を促そう……何しやがる!」
 渓は筆を借り、半紙に書きつけた手紙を見せた。ギルド員の亜祈の兄に頼めば、届くはず。
「隊内部のことを、勝手に外部に漏らすな。問題は、俺が片づける!」
 有希は手紙を取り上げ、破り捨てた。瞳が細められ、低く言い放つ。
―――敵は容赦なく排除する、と。