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■オープニング本文 ●路上にて 神楽の都を巡回をする浪志組の一団、その後から子供たちが追い掛けてくる。口々に叫び、それぞれがしっぽを膨らませていた。 「姉上、姉上! お花見、いつです?」 「早く連れて行ってです!」 「勇喜(ゆうき)、伽羅(きゃら)、いい加減にしなさい。今度って、言ったでしょう?」 おおらかな虎娘の司空 亜祈(しくう あき:iz0234)は足を止めて、わがままな双子の弟妹を見降ろす。姉の所にくると言うことは、兄の居る開拓者ギルドでも同じように騒いで、放り出されたのだろう。 「亜祈はん、こないだも『今度』言うたやん!」 「藤(ふじ)、聞き分けてちょうだい。あ、先に行っていてくれるかしら?」 双子の足元にお座りして、子猫又が見上げた。困った表情で、虎娘は諭そうとする。 歩を休め、やり取りを見つめる浪志組の一団。手持ち無沙汰の集団に、虎娘は手で合図した。 「ギルド員の兄上も、浪志組の私も、簡単に出かけられないのよ。三人とも、分かるわよね?」 姉に怒られた虎少年は、悲しそうな子猫又を抱き上げる。虎猫しっぽがうなだれ、猫娘はうつむいた。 四月の終わりは、猫族一家にとって大事な日が続いている。 猫族兄妹の長兄、ギルド員の喜多(きた)は4月26日が誕生日。喜多の飼い子猫又の藤は、貰われてきた4月29日が誕生日と決められた。 「……喜多はんの誕生日、どこにも行けんかったやん。うちの誕生日やって、過ぎたんやで?」 「がるる……兄上、忙しいばかりです」 「うにゃ……姉上、行けないばかりです」 虎少年の胸元で、子猫又は金の瞳に涙を浮かべた。双子もつられて、泣き始める。 子供たちの泣き声に、驚いた隊士たちが振り返る。しゃがみこみ、泣き虫たちをなだめる虎娘が見えた。 「うちの花、『藤の花だけは見に行こう』言うたやん。あんまりや、あんまりや!」 「にゃー、にゃー、兄上、肩車してくれるって約束したです!」 「がるる……姉上は、笛を吹いてくれるって約束したです!」 「三人とも、良い子だから泣かないでちょうだい」 道の真ん中で、泣き声の大合唱。ほとほと困り果てた虎娘の上に、影が差す。 「肩車でいいのか?」 ぶっきらぼうに言い放つと、漆黒の髪が身をかがめた。屈強な肉体は、猫娘を軽々と持ち上げる。左肩に猫娘を座らせると、右手で目尻の涙を拭いてやった。 「どうだ?」 「にゃ、高いのです、高いのです♪」 手を叩いて大喜びする猫娘。チェン・リャン(iz0241)は、満足そうに頷いた。 軽やかな調べが、春の陽気を誘う。白虎耳が動いた、涙をぬぐい音源を探す。 はちみつ色の髪が、風になびいていた。エルフ特有の耳が、視線を引く。 「がう、笛です」 「ええ、気に入っていただけましたか?」 「亜祈はんより、よっぽど上手やねん♪」 「お褒めに預かり光栄ですよ」 横笛から離した口元が笑う。子猫又の頭をなで、クジュト・ラブア(iz0230)は虎少年と視線を合わせた。 ●開拓者ギルド本部にて 浪志組は、開拓者ギルドとは別の駆け込み寺。問題が起これば、解決してくれる存在。 「……つまり、僕もお花見に行けと?」 「はい。『家族とお花見したい』という依頼を受けた以上、ほうっておけませんから」 「浪志組の兄はんたち、優しいんやで♪」 柔和な表情で受付に陣取るエルフの隊士に、新人ギルド員は尋ね返す。子猫又を頭のてっぺんに乗せ、ミラーシ座長は宣言した。 女形として名高いラブアは、路上演奏も行う座長さん。調子はずれの亜祈の歌を聴きたくない子猫又は、女形役者の都合を取り付けた。 「がう! ラブアしゃんは、勇喜と演奏してくれるのです♪」 「にゃ! チェンしゃんは、伽羅と遊んでくれるのです♪」 「要請を受けたら、応えるぬわけにはいかないからな」 凄腕の泰拳士の肩車から、双子は降りようとしない。あまり表情を出さないが、泰拳士の顔には、噛み殺した笑みが見てとれた。 浪志組の創始者の開く私塾の門下生のチェンは、子供たちの有名人。私塾に通う友達から噂をきいていた双子は、栄えある遊び相手に任命する。 「どうして気付かなかったのかしら。依頼があれば、私も仕事の一環で、大手を振ってお花見できるもの♪」 のほほんと笑う虎娘、脱力する新人ギルド員。ため息をつくと、長兄は周りのギルド員たちと相談する。 「すみません、開拓者の皆さん。花見に必要な食べ物を準備してくれませんか? そして、一緒に、お花見しましょう。これは僕からの依頼ですからね!」 やけくそで依頼を出す長兄。依頼の見届け人として、新人ギルド員の参加も決定した。 「さあ、次は金(きん)に知らせに行きましょう。お花見、楽しみね♪」 朋友のいる港へ案内を始める虎娘。甲龍の紹介を聞きながら、浪志組は移動する。 依頼の名のもと、浪志組隊士も、開拓者も巻き込み、藤の花見の開幕である。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●佳客 「藤ちゃんも4月29日が誕生日なの? ボクと同じだね♪」 神座亜紀(ib6736)は、しゃがみこむ。藤をぎゅっと抱きしめた。 「やっぱり、ボクと藤ちゃんは、運命の赤い糸で結ばれてるんだ♪」 「赤い糸って、なんや?」 「運命だよ。あ、喜多さんにも『おめでとう』を言わないとね」 呟く亜紀に、藤は尋ねる。ほんわか気分の亜紀の解答は、要領を得ないけれど。 「……喜多さんと、藤さん。それに神座さんは、お誕生日でしたか。それは素晴らしい!」 もろ手を打つ、劉 星晶(ib3478)。お祝いも込めて、花見を楽しむべきと力説する。 「お誕生日の人も多いんだ。美味しいもん作って行かないとね」 礼野 真夢紀(ia1144)の意見に大きく頷くのは、喜多だった。虎猫しっぽが、期待で天に昇る。 「そういえば、誕生日云々の話は聞いた事は有りませんでしたが」 腰までの漆黒の髪が揺れた。杉野 九寿重(ib3226)は、琥龍 蒼羅(ib0214)の足元ではしゃぐ藤を見やる。 「誕生日に関しては、神座の分も一緒に、だ」 「めでたき事が重なるは、また更にめでたき事よ。うむ、全力で祝うのじゃ!」 「歳を取るのを喜ばれるのは、嬉しいものですね」 蒼羅は当然とばかり、亜紀に視線を向ける。リンスガルト・ギーベリ(ib5184)も同意。九寿重も、犬耳を立てた。 「神座さんの分も、一緒にお祝いしましょう」 中身が足りるか点検する、中書令(ib9408)。神楽之茶屋のみたらし団子、月餅、直火焼裂きイカ、兎月庵の白大福、重箱弁当。うん、大丈夫♪ 「聖誕祭にお花見、で御座いますか……藤の真、良き香りで御座います……」 月雲 左京(ib8108)は手を合わせ、ほわほわ気分。若紫の花を、感慨深く見つめる。 「桜の頃合は過ぎたのですが、春の季節はこれからという事で」 春は花が咲くばかりでなく、生き物が生まれいずる季節。九寿重が耳にする話題も、めでたいもの。 「藤での花見と言うのは、初めてだな」 蒼羅の陰陽狩衣が、衣擦れの音を響かせる。近年では様々な模様が描かれたものも多く、藤の柄も似合うかもしれない。 「今、藤が綺麗だもんね〜」 「藤の花は母様が好きな花なの。柚乃も好き。だから、とても楽しみなのです♪」 真夢紀と会話しつつ、柚乃(ia0638)が振り返ると、双子たちのしっぽが。 「未成年の方もいらっしゃるので、茶席の準備をしま……可愛いです〜!」 柚乃は思わず双子をハグする。柚乃も双子、なんだか親近感。ぎゅっ☆ぎゅっ☆ ●歓迎 蒼羅は金の背中から、真夢紀とリンスガルトの桜吹雪の茣蓙を降ろす。食べ物の匂いを嗅ぐ藤に、説明してやった。 「お好み焼きを幾つか作ってきた。具は基本の豚肉を使った物と……」 「海老に、イカやって!? 最高や、最高や!」 「そう言えば、猫にネギ類は食べさせてはならないと聞いているが。一応、ネギは使わないでおいたが……聞いてない、な」 中身を聞いて、走り転げる藤。蒼羅の疑問は、狂喜乱舞する声にかきけされた。 「小さい子が暴走したら、それなりに手綱締めときませんと。外側からなら幾らでも手伝いますので、何なりと言ってくださいね」 九寿重の犬耳と亜祈の虎耳に、藤の雄叫びが聞える。鮮やかな珊瑚の髪留めが動いた。耳打ちする五人姉妹弟の筆頭の言葉に、二番目の姉は苦笑する。 「これは?」 「お吸い物ですっ」 アル=カマル出身のクジュトは、天儀の文化に傾倒中。柚乃の泰鍋の中身を、興味深く眺めていた。 「煮干しと鰹節でお出汁をとって、具材にはもふら様型のかまぼこや、桜の花を模した人参などなど入れてます」 お玉でかき混ぜながら、柚乃は説明する。紫の瞳をした令が、若紫を拾ってきた。 「軽くすすいでいます、これで良いですか?」 「ありがとうございます。最後に三つ葉と藤の花びらを添えて、完成♪」 花びらを集めてくれた令に、柚乃のお椀が差し出される。お椀に彩りを添える、緑と若紫。隠し味は、柚子だ。 漂う藤と三つ葉の香りは、左京の胸を満たし……腹ぺこの腹は満たさないか。 「山菜の炊き込みご飯での、おにぎり。おいなりさん、卵焼きなどで御座いますよ」 左京の料理を、金が覗きこんでいる。金にいなりを渡しながら、左京は口角をあげた。 「卵焼きは辛子明太子を芯に、イカと海老は天麩羅ですよ。タコはワカメとミョウガと酢の物にしてます」 真夢紀は、料理好きたちに説明する。筆記用具片手に、真剣な目つきの喜多と勇喜。 「かつおは刺身を酢につけて新玉葱と和えて、大根を千切りにしてカリカリに炒めたじゃこと和えて醤油と胡麻油で味付……鯵はアジフライに。 マヨネーズと卵と玉葱みじん切りを和えて添えに、かきチシャを彩にしてますよ」 真夢紀は他国の料理にも関心が高く、菓子なども手作り可能。他の儀の料理名をあげ、再現して見せていた。 「妾も負けぬぞ。まずフライドポテトじゃ!」 リンスガルトが割り込んだ、胸を張って故郷の料理を見せる。ジルベリア料理。 「片栗粉の衣をたっぷりつけ、からりと揚げ塩をふる、こうすると冷めても美味しい! ……と我がメイドが言っておった。 作ったのもメイドじゃが……ちゃんと妾も手伝ったのじゃ!」 拳をにぎり、演説するリンスガルト。家事は大の苦手。イモの皮むきやら、壮絶な戦いがあった。 「ジルベリアでは、歳の数だけロウソクを立てて歌を歌った後吹き消すんだよね?」 姉の力作ケーキを取り出す亜紀。魚の形に切った土台に、生クリームを塗りつけた。板チョコでヒレ、半分に切った苺は鱗を、瞳はサクランボ。 「押し寿司。酢で締めた鯛をのせ、塩漬けの桜葉で巻いたんだ」 藤に誕生日の贈り物、キャンディボックスを手渡しながら、亜紀は説明を重ねる。 「蒸し饅頭が良いですかね? 付け合せに、沢庵ですね」 九寿重は饅頭を見せる。中身はひき肉、小豆餡、チョコレート。甘いものに目がない亜紀は、慎重に選びだした。 「まゆが持っていても、戦があった時に消毒に使うか、料理酒にしか使えませんし」 蒼羅と星晶は、真夢紀から、茣蓙一面の酒を託された。 「これ、食べませんか? 俺が作った肉粽、麻球(ごま団子)です」 「ほう、懐かしいな」 言葉遣いこそ丁寧だが、どこか飄々とした言動の星晶。泰国出身の黒猫は、リャンに声をかけた。 「ゆっくり花見を楽しむとしよう」 「いいですね」 蒼羅は、構えすら見せない自然体。神速の域に達している返しの技は、さり気なく令に盃を手渡す。 ●陶酔 盛大な拍手、頭上では藤の花が舞い踊る。誕生日代表の藤が炎を吹き消した。 「一緒に祝ってくれて、ありがとう」 照れながら、亜紀はお礼を述べる。薄紅の頬を、白猫の面で隠した。 「お誕生日の方は、皆一緒にお祝い♪ もふら様クッキーですっ」 柚乃は、藤から手渡す。続いて亜紀にも。喜多の分は、少し多めにした。 数人の兄がいる柚乃。箱入りの末娘は、弟妹に分けようとする長兄の行動をお見通し。 「喜多にはギルドの手続きで、藤は現場の細かいサポートでお世話になってますからね」 微笑を浮かべる九寿重。喜多には、不動明王のお守り。藤には、無病息災のお札。 「誕生日おめでとうございます。この一年が健やかで楽しいものでありますよう、心からお祈りしておりますよ」 祝いの言葉を贈り、胡琴を取り出した星晶。気の向くままに、弦を弾く。 風の中の音色に、リンスガルトの瞳が瞬いた。母は泰国より嫁いできた龍の獣人、母の故郷の楽器に興味がわく。 「破竹は、まだとれますよ。この前、実家から送られてきましたので」 喜多のご賞味は、筍と鰹節の煮物。真夢紀の地元は主産業農業の海に囲まれた島、大好きな二人の姉達が送ってくれたのだろう。 「筍ご飯のお握りもありますよ」 笹の包みをひらけば、豆ご飯のお握りもお目見え。裏ごし梅干しとあえた『あすぱらがす』は、真夢紀が鉢植えにして大事に育てた。 「鳥の唐揚は外せません!」 最後は包みに添えられた、もう一つのお供について。真夢紀は断言した、異論は認めない。 「お誕生日おめでとう御座います。藤様、以前お気に召していらしたようですので、また作って参りました。 亜紀様、いつもお世話になっております。どうぞ、後でごゆるりとお食べ下さいませ」」 左京は、己が手作りを差し出した。藤、絶賛のまたたびクッキー。ワッフルセットは亜紀に。 最後にそっと手渡されたのは、喜多。恋愛成就のお守り? 「えと、気になる方は、いらっしゃるので御座いましょうか?」 右の黒の瞳も、前髪に隠された左の緋色の瞳も、いたって真剣な眼差し。日差し避けの番傘をさし、左京はご機嫌麗しく、去っていく。 ●至福のとき 糠秋刀魚を焼く七輪の前に、陣取っていた真夢紀。藤を抱えた亜紀が、覗きにきた。 「お誕生日おめでとう」 真夢紀は、ほほ笑む。焼いた干しタラを、藤に。亜紀に甘味を。かしわ持餅は、白が粒餡、よもぎ入りがこし餡、食紅の桃色には白餡入りである。 「お茶の葉は何種類か用意しているので、お好みでどうぞ」 気付いた柚乃が、お茶を差し出す。黄粉と黒蜜が用意された真夢紀のわらび餅が、冷やされていた。 「このたびは、お誕生日おめでとうございます。皆様方の一年が幸多く充実したものになりますよう、お祈り申し上げます」 琵琶「青山」を手にしていた令は、深々と頭を下げた。柔らかな物腰に浮かべた笑みは、貴人めいた雰囲気を持つ。 軽やかな口笛が響いた、令による開幕の合図。最初に神楽鈴が鳴らされた、清らかな音色。 真夢紀の霊鈴「斜光」が、存在を刻む。令と勇喜の琵琶の二重奏が続き、舞姫が現れた。 緑色の薄絹が幻想的に泳ぎ、フェアリークロースを羽織った柚乃が進みでる。絢爛の舞衣の輝石の装飾が、人目を呼んだ。 「今回は、舞をひとさし」 はにかむ柚乃の手首の飾りからも、鈴音が響く。頭の冠も、手足の飾りも、このために揃えた。 格式張らず、藤のお花見を楽しもう♪ 柚乃の舞いは、皆を巻き込む。 舞台横に、演奏者が増えた。ジルベリアの楽器、エレメンタルピアノを取り出す蒼羅。 「それも楽器ですか?」 令は良く見ようと、修羅頭巾を外す。修羅の特徴、額の一本角が露わになった。白銀の髪に似合う、白い角。 「これはあまり使う機会が無かったのでな」 蒼羅は鍵盤をなぞる、語るよりも雄弁な音色。自身の性格の影響もあり、歌は得意ではないが。 軽やかな舞いを披露する、クジュト。亜紀の膝まで届く、少し癖のある自慢のロングヘアが動いた。 「クジュトさんは男の人なんだよね。なのに女の人みたいに綺麗になるなんて、とても不思議だね?」 おにごっこをしていた亜紀と伽羅は、金の背中で内緒話をする。クジュトの足元で、光る真珠。亜紀のムザィヤフで変化させた、撒菱とは思えない輝き。 賑やかな歌や踊りを、鑑賞していたリンスガルト。リャンの肩車は、一番の観客席。 「……藤よ、ちょっとお腹を撫でさせてくれぬか? 妾は猫又のお腹をなでなでもふもふするのが、大好きなのじゃ……」 ツンデレなリンスガルトは、素直になれない。抱いていた藤に、内緒話を持ち掛ける。 「最高なのじゃッ…」 ブラック・プリンセスの上に、藤は寝転がる。うっとりと染まる子龍の頬、ゆるゆると過ごす時間。 藤の花に、小鳥が集まる。令の小鳥の囀りは、小さなお客を招いてくれた。 賑やかな場に歌声が重なり始める、小鳥たちの祝いの歌。令の歌声に、亜紀、喜多、藤への祝辞が添えられた。 粋な演出に、亜紀から歓喜の声が上がる。ノリノリの伽羅に引っ張られ、リャンも舞台に乱入。 「では、勇壮な曲を奏でましょう♪」 頭をかくリャンは、柚乃や真夢紀の期待を感じた。令は音色を変える、演武を始めようとする泰拳士たちのために。 音に身を任せ、左京は口ずさむ。標的は、ごろごろする黒猫。昼寝の邪魔を……否、一緒にお話をするために。 シノビ背後を取るのは、難しい。そーと、そーと、サムライは移動する。星晶は寝がえりを打った。 左京は移動を重ね、虎娘の横に辿りついた。喜多は居ない、内緒話の絶好の機会だ。 「……やはり、猫族の方…など? もしや、故郷にいらっしゃるとか…!」 左京は探りを入れる。若干どころか、非常に楽しそうだ。色恋のお話は、嫌いではない。 「恋人、仕事、家族、どれが大事か、で御座いますか? 成就を、お祈りしております……」 肩をすくめる虎娘の姿に、角なき修羅は目を伏せる。どれも大事と答え、振られた。喜多の春は、まだ遠い。 大虎。天儀では、泥酔した暴れん坊のことを差すらしい。 「ここは退くべきですね!」 赤を基調としたコルセールコート「赤」が、決意に燃えていた。犬耳を伏せた九寿重、ほろ酔いの虎を引き止める。 「星晶様、亜祈様が次の唄い手で御座いますよ!」 九寿重の背中に逃げ隠れる左京は、涙目で両耳を押さえた。纏った着物「月に雲」の月も、全て雲に隠れてしまいそうだ。 「亜祈さんが歌う!?」 ジン・ストールで目隠しをして、ごろごろ寝ていた星晶も飛び起きた。春が来て良いことだらけだったはず。いまさら冬の再来は、ご免だ。 「なにを飲んだのですか?」 驚いた星晶が尋ねる。虎娘が指差したのは、亜紀の持ってきた極辛純米酒。喜多への贈り物。 「……アルコール度の高い、北面・楼港の不夜城名物ですね」 引きつった犬耳。九寿重は、北面・仁生の道場宗主の縁戚だ。 「酒「も王」と、酒々「嫁」も?」 次の指差しに、驚く左京。真夢紀の持ち込んだ酒も、残り少ない。 「……二人で飲み比べをしていた、な」 蒼羅は言葉少なく、喜多を見やる。令の天儀酒も飲み干し、虎猫は酔いつぶれていた。 「しっかりしてくだい!」 令は花見の席を盛り上げる事に尽力。酔い覚ましの岩清水や、桜茶の出番だ。 クジュトが、リャンと入れ替わりに座った。一等席から降りたリンスガルトが、藤に秘密を告げる場面に立ち会う。 「ふ、何を隠そう、泰猫隊のマスコットキャラ『泰ニャン』をデザインしたのは、この妾よ!」 聞き覚えのある言葉、クジュトは記憶を辿る。遠い日の「武炎」の思い出。 「どうじゃ! この主線のぶれ具合! 似ている様な、似ていない様な所が、良いじゃろ?」 泰ニャン作者は、胸を張る。ラスクに絞り出した苺ジャムで、証拠の絵を描いた。 「何なら他の者も描いてやろうかの。喜多に藤、それに亜紀よ。誕生日、おめでとうなのじゃ!」 個性と真心が、全ての源。似顔絵は点目に、口はωや×の字。リンスガルトは緑茶「陽香」と共に振る舞う。 後片付けも忘れない、藤の木に延びる影。もう、さようならの時間だ。 「楽しかった♪」 藤の花を頭に乗せ、にこにこ顔で亜紀は告げる。その胸元で、若紫を見上げる藤が、三毛猫しっぽを揺らしていた。 |