【人形】隠されしモノ
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/27 00:37



■オープニング本文

●からくりのよる
 研究者である彼は、夜食を済ませて部屋に入ってきた。
 部屋の隅には机が置かれ、そこに座る少女――いや、からくりの元へと歩み寄る。それは、アル=カマルの神砂船の中より見付かった「最初の一体」。開拓者のひとりを主人と認識し、今は調査の為ギルド預かりの身だった。
「何を読んでいるのかね、常葉くん」
 しかし、からくりは黙したまま、ぴくりとも動かない。
 彼は訝しそうな様子で少女の肩を揺らすも、少女は目の焦点があわぬままぼんやりと宙を眺めている。
「……しっかりしたまえ! どうしたね!?」
 焦り交じりに声を荒げる研究員。
「ク……カラ……さま……」
「え?」
「クリノカラカミさまが呼んでいます」
 告げた途端、ふいに力が抜けるように倒れた。
 倒れた少女を前に彼は表情を青ざめさせ、上司を呼びに駆け出す。
 だが彼は、報告に赴いた先で今以上に顔を青ざめさせることとなる。遅れて飛び込んできたのは、全てのからくりが同時に機能を停止したとの急報だった。


●探検隊再び
「……先輩、その依頼、僕に任せて貰えませんか?」
「それはできん、お上からの大事な依頼なんだ」
 新人ギルド員の申し出に、ベテランギルド員は眉を動かす。「お上」、つまり朝廷からの直々の依頼。
「だって、気になるじゃないですか! 探検ですよ、探検!」
 ベテランギルド員の前に立ち塞がる人影、新人ギルド員は机を叩いた。ベテランギルド員は顔をしかめた。
「探検も何も、お前さんは行けんだろうが! 開拓者でもないくせに」
 志体を持たない新人ギルド員は、危険な調査に乗り込めなかった。開拓者の報告を受けるだけしかできない。
「……志体を持たないことは、悪いことですか? 志体がないから、僕はギルド員になったんです。困っている人を助けたいから、ギルド員になったんです!
困っている人を助けるのが、ギルドでしょ? 朝廷からの密命ってことは、天儀の人が困っているから依頼を出したんでしょう? 違いますか!?」
「……分かった、手伝わせてやる。これから先も、お上からの依頼を受けることがあるかもしれんしな」
「ありがとうございます♪」
 虎猫しっぽを揺らす熱血漢から、叫びが返った。説明のたびに、依頼書を握りつぶしていたころが懐かしい。
 ベテランギルド員は腕組みをして、長い息を吐き出す。思い込んだら一直線の新人ギルド員は、いう事を聞かない。
「お前さんがギルドに勤めて、もう一年か……経験を積んで、はやく立派なギルド職員になれよ?」
「はい、頑張ります!」
 ベテランギルド員は目を細めて、新人ギルド員を見やる。ゲンコツを食らわせる頻度も、以前よりは減った。


 開拓者ギルドの奥の個室に通された。二人のギルド員から、説明される。
「浪漫を求めてみませんか? 探索場所は、とある山の樹海の中です」
「『何か』を見つけてきてくれ。何かは分からん」
「凶暴なケモノが徘徊しているらしくて、住民の方も近づけないらしいんです。山に山菜取りに行けないって、困っているそうですよ」
「……言っておくが、退治じゃないぞ? 探索の依頼だからな」
 釘をさす、ベテランギルド員。新人ギルド員に任すと、ややこしい方向に話が転がる。
「ケモノの種類ですか? イノシシです」
「凶暴な理由は色々考えられるが……うり坊を見たとか。春はまだ、始まりだからな」
 神楽の都は、小春日和も続いている。だが、探索場所は、木々に囲まれた山の中。雪解けの小川が村まで流れ、小鳥の鳴き声がようやく聞こえ始めた樹海。
「あ、山はふもとを一周したら、二日はかかるそうです。その……一つ上るのに丸一日とか」
「山は一つだが、途中から東西に分かれていてな」
 つまり、山頂が二つある。探索範囲は、思ったよりも広い。
「ふもとの村には、一つの言い伝えがある。『山には山神様がおられる。守りしものがある。眠りを妨げてはならぬ。刻が来るまでは。目醒めるまでは』村は、南側の東よりにあるぞ」
「どう解釈するかは、お任せします。とにかく、何かを見つけてください」
 一見、簡単そうで、難しい。雲をつかむような依頼だった。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
アガルス・バロール(ib6537
32歳・男・弓
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔


■リプレイ本文

●朝廷の隠し物
 個室に踏み込んできた相手は、やけに偉そうだった。ベテランギルド員を連れて行く。泰育ちの新人ギルド員は、不思議そうに口を開いた。
「……密命を取り消しって。天儀の朝廷は、何を考えているんでしょうね?」
「朝廷の密命……ですか」
「この依頼、倒れたからくり達に関係あるみたいで。『クリノカラカミ』が、どうとか。あ、一般には、もらさないで下さいね」
 鈴木 透子(ia5664)の瞳が、少し細められた。引っ掛かる。いつもボーっとしており、地味で主体性に欠けているため愚鈍に取られがちだが、ものごとの理解は早い。
「クリノカラカミ? 『何か』って、何だろう?」
 研究者である父を尊敬している神座亜紀(ib6736)は、興味津々。何があるのか解らないが、不思議の匂いがする。
「依頼は続行、邪魔者は排除しろ」
 偉そうな者だけが戻ってきた。開拓者を追い立てる。
「猪(イノシシ)といえば、神使とも山神の化身ともいわれますよね…」
 聡明で芯が強い柚乃(ia0638)は、異を唱えた。気がたっているのは、子供を守る為や、お腹が空いているからだと主張する。
「母性で昂ってる(たかぶってる)だけならいいけど、山でいったい何が起きてるのかな?」
 滝月 玲(ia1409)も、冷ややかに偉そうな者を眺める。人「情」戦「武」匠「粋」商「計」が心得。邪魔者排除は、見過ごせない言葉。
「山登りの上に、何かも分からないモノ探せって? ……オリエンテーリングなら、もう少し暖かくなってからしてくれないかしら」
 不機嫌そうに、鴇ノ宮 風葉(ia0799)が睨みつける。打倒朝廷ではないが、野望はでっかく世界征服!
「余計な詮索は無用だ、さっさと行け!」
「情報は、あの言い伝えだけと言うのか!?」
「浪漫を吹聴しても、行うのは現場ですからね」
 アガルス・バロール(ib6537)の言葉に答えない、偉そうな者。杉野 九寿重(ib3226)も、ジト目で睨みながら出て行く。
「からくり異変、そして朝廷から出された依頼、何かあるんだろうな」
 羅喉丸(ia0347)はさりげなく、新人ギルド員を連れ出した。マズイ事を言ったのかと、青ざめる相手に耳打ちする。
 必ず何かある、最善を尽くす。安請け合いをしない代わりに、一度約束した事は何としても果たそうと。


●山神の隠し物
「深い山中に押し入って、不明瞭な何かを見つけ出せ……」
 九寿重は、腰まである漆黒の髪を揺らす。目を閉じて、考え込んだ。
「具体性を帯びてないと霞を掴む感じで、よく判らない事この上ないのです」
 小刻みに動く犬耳、ギルド員の残した情報の断面をつなぎ合わせようと試みる。解明に到る導きを、見つけられないか。
「朝廷も変に隠そうとするから、綻びが出てくるのです。まして各々で、ちぐはぐな動き……」
「朝廷は良くも悪くも過去を知った上で、いろいろ対応をしているみたいです」
 ため息をこぼす柚乃には、朝廷の真意が読めない。市女笠をかぶりながら、透子はギルドの外観を眺める。目立たないことが、人に嫌われないコツだと思っている
「だから、たぶん……」
 透子は言葉を切る。依頼を受ける気になった理由の一つは、朝廷が依頼主であるということ。
「本当に何かが眠りから覚めているのだと思うし、それに眠らせたのも朝廷ではないのかと思っています」
 透子は朝廷の使者についても、村で聞いていた。……空振りに終わったが。
「怪しげな洞穴や祠のような物があれば、そこに山神様がいるのかも?」
「からくりが守護する遺跡か、祠があると考えられるな」
「情報が少ないなら集める……行動あるのみです。頑張りましょうっ」
 羅喉丸の呟きに、柚乃も頷いた。紅桜の冠を揺らし、聞き込みに赴く。
 猟師姿の村人に話しかけ、羅喉丸は言い淀む。「からくり」の単語は出せない。
「些細でも気になった事はなんでもっ」
「どんな些細な事でもかまわん。お山にて、何か常でない事はなかったか?」
 柚乃は羅喉丸の隣から、猟師を見上げる。赤い装束をまとったアガルスも話しかけた。


 まず西の山頂を目指し、何もなければ下山。再び準備を整えて、東を目指す手順になった。
「守りしモノ、ね……それがもし探し物なら、目ぇ覚ましてくれなきゃ困るんだけど。ついでに説明も欲しいし」
「山神様の言い伝えが真実なら、何かが眠っているのでしょう」
 言い伝えについては、特に考える気もない風葉。目印用の白墨を準備しながら話す透子の言葉に、『目の前の山にも、神様がいることだけ』は理解した。
「言い伝えか……からくりが重要なアイテムか、奥で眠る精霊を守護している?」
 集まった情報を元に、羅喉丸は考え込む。西の山頂に、祠があると聞いて来た。
「山神様は、クリノカラカミに関する『何か』で……」
 戒め事は歌にして、母から子へと受け継がれる事も多い。玲は筆を走らせる。
「『何か』が覚醒し必要とされるまでは……守りしもの『がある』という事から、生き物ではない?」
 玲は言い伝えをかいた紙を、仲間に見せた。山神様へ通ずる神殿や洞窟などに仕掛けられた罠や試練に、分け入ってはならぬと読み取れると。
「言い伝えによる『山神』……それは遺跡などの事ではないであろうか?」
 何か大きな物が、埋められているかもしれない山。龍の角が、大きく頭を振る。揃いすぎた状況。
「きっこんの異変から察するに、その目覚めはすぐそこではないかと思えてならぬ!」
「刻が来るまでは、近づくと危ない。来るべき刻と目醒めは、クリノカラカミの目醒めの時……か?」
「眠ってて時が来たら目覚めるって、もしかしたら冬眠中の熊ってオチかもしれないけど」
 アガルスは鋭い牙を見せ、吼える。一言、一言、羅喉丸は噛みしめる。亜紀のオチ予想は凶と出るか、吉と出るか。
「凶暴なケモノもいるみたいだけど、不思議の為なら、危険だってへっちゃらだよ!」
 月の帽子を揺らし、亜紀は力説する。ご機嫌で、やる気満々。
「『何か』が影響してる? とにかく正体を突止めねばっ!」
 玲の懸念。猪は、何かから発せられる波動か罠などにうり坊がひっかり、親が凶暴化してるのではと。
「歌も聞いたが。『白い神さま、見張ってる。白い神さま、石頭。悪い子通さぬ、通せんぼ』だ」
 羅喉丸はわらべ歌を口ずさむ。わけぎを収穫する村の子供に、教えて貰った。
「白い神に、悪い子?」
 玲はわらべ歌も書き起こす。受け継がれてきた歌に、手掛かりがないか確認を。
「そう言えば、川の源泉に、子供が近づいてはならないそうです」
「おかしいのは、誰も川の源泉を知らないことですね」
 遠子は酒を手土産に、村のお年寄りから村の禁忌を聞き出した。透子の質問を受けた長老の動揺を、九寿重は見逃していない。
 泳いだ視線。口ごもり、堂々めぐりする話題。
「……禁忌だから、知らないのでござろうか?」
 アガルスは錦の手甲を着けたまま、腕組みする。赤い瞳は、静かな村を見つめた。


●地獄の一丁目?
 目星をつけた西の山頂は、猟師がお参りする祠があった。玲は身をかがめて、木枠の奥を覗き込む。
 忍眼で見分していき、横の石積みの人工物も見た。罠どころか、なにもない、肩を落とした。
「あー、もぉ、疲れたッ! しかも何もなかったらまた登るんでしょ? ……はーぁ、あたしは魔術師であって登山家じゃないっての……」
 報告を聞いた風葉は、水筒を放りだした。松明も、アガルスに押しつけた。地面に座り込み、魂の叫びを。
 九寿重は枯れた木々を寄せ集め、たき火を起こす。持ってきた天幕で、一夜を過ごすことになった。
「ボク、遅くまで起きてられないんだ」
 子供だから。最年少の亜紀の意見が反映され、二班に分けて見張りをする。
「うーん……『何か』が目醒めるその時まで、起こしてはダメって事かな?」
 首を傾げる柚乃、少し不安になる。毛布にくるまりながら、柚乃は亜紀に貰ったキャンディをなめた。亜紀の手には、柚乃から渡されたお汁粉。
「……なんでこんなトコで、家の仕事までしなきゃならないんだか……」
 風葉の手には、骸骨が描かれた呪殺符「兇骨」。ではなく、手拭。鴇ノ宮家創始以来の我侭娘は、もくもくと祠の柱を磨く。
 代々巫女の家柄として、職業として、巫女の自分として。山の神にも、礼儀を示さなければいけない。
 祠や社があれば参拝くらいするし、掃除もする。手は抜かない。でも文句は言う。
「あによ、何か文句ある?」
「いや……これをお供えにと」
 視線が合った玲を、風葉は軽く睨んだ。綺麗になった祠に、玲は好物のたい焼きを差し出す。
 風葉は満足そうに捧げた、柚乃は趣味の笛演奏を披露し奉納を。笛が得意な玲も、音色に聞き入っていた。


 景観の様相が一変した。亜紀の膝まで届く髪が揺れ動き、たい焼きをかじったまま、辺りを見渡す。
 ムスタシュィルは、侵入者への警戒のための精霊魔法。何かが来た気配を感じる。だが、柚乃の瘴索結界「念」に反応はない。
 お汁粉を飲み込み、玲は立ちあがる。超越聴覚を使った耳は、異変を捕らえた。
 怒りの声、悲しみの足音。炎と共に在り鬼龍の牙を持つ者は、身構える。警戒の声が、天幕内にも向けられた。
 九寿重は心眼を発動させる。捉えた気配は、落ち葉を踏み、さ迷っていた。
 熱を持たない火球が出現し、亜紀を中心に周りを照らす。臆しはしないが、闇は手ごわい相手。
「猪ならば撲滅せずに、この地より追い払うですね」
 灯りに怯えたのか、遠ざかる気配。不安、孤独。動き方が、アヤカシやうり坊と思えない。犬耳は静かに呟いた。


●神さま
「この身をもって受け止めようぞ!」
 奮闘するアガルスの唸りが聞こえる。龍角の後ろで、亜紀は、小首を傾げていた。
「何かから子供を守ろうと、気が立ってるんだよね?」
 神座家三女は、姉妹の中では一番現実的な性格をしている。でも、子供っぽい面を見せることもある。
 しばし考えたあと、魔法を発動させた。雪の地面に魔法の蔦が伸び、猪の足をからめ捕る。
「ぬうううううううううう!!」
 隙を見逃さず、アガルスは全力で雪の中に投げ飛ばした。怪我はしないはず。素早く弓を構え、空鏑を放った。
「我が名はアガルス! アガルス・バロールなり!! 汝が気を荒げた原因を知りたい。獣は人よりも危険なものを探知するというしな」
 アガルスは心を込めた一矢を空に放つ。甲高い音は空気を震わせる、心を震わせる。徐々に大人しくなる猪。
「冬の山は食べる物がなかったですから……それとも何かに近づけたくないのでしょうか?」
 柚乃の術視には、呪術の類は見つからない。真っ直ぐ、猪の目を見据えた。


 東の中腹に、地下水が湧き出した川がある。その上の巣穴で、猪は立ち止った。
「やった♪ 不思議発見だよ!」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、何が出てくるか楽しみだな」
 喜ぶ亜紀を背中にかばいながら、羅喉丸は様子を窺う。猪が目醒めた何かによって住処を追われ、気が立っていると言う推測は当たりだった。
「何かの予兆の可能性もあるので」
 透子は人魂を放つ。崩れ落ちた巣穴の一角からは、山に似つかわしくない、石垣が姿を見せた。
 明らかに年代物の人工物。遺跡のような広がりを持つようだった。
「うり坊が、滑り落ちているのか?」
 玲は身軽に巣穴に潜り込み、飛び降りた。侵入者に驚いたうり坊は、奥に広がる空間に逃げようとする。傾斜が付いた入口に、うり坊は登れない。
 玲の忍眼は、罠に突き進むのを察知した。早駆で前方に回り込む。うり坊を受け止めつつ、自分が先に罠を発動させるしかない。
 遺跡に降りたった風葉は、即座にアムルリープでうり坊を眠らせる。玲が素早く、担ぎあげた。
 奥の天井が、異質な音を立てる。天井に張り付いた、奇妙な人形がお目見え。刀を構え、友好的ではない。
「まぁ、見て変だと思えば、それが『何か』だと思うけどねぇ……これなわけ?」
「話が通じないのなら、しょうがない」
 九尾の白狐を召喚しながら、風葉はぼやく。泰拳袍「玄武礁」の裾もはためき、羅喉丸の身体から気が立ち昇る。うり坊を守らなくては。
 『武をもって侠を為す』、義侠心に厚く、義理堅い、羅喉丸の生き方。天井から飛び降りてきた、人形を玄亀鉄山靠でいなす。
 九寿重は横へ退き、刀を叩きつけた。奇怪な方向に曲がる首は、背中の正面から犬耳を見つめる。
「即時撤退ですね」
 紅い炎を纏わせた名刀「ソメイヨシノ」を手に、九寿重は前方を睨む。気位は高く血気盛んで有れど、道理は弁えている。
「女性の方々が多い故、後方での護衛は我が行おう」
 身も心も騎士のアガルスは、修行の一環として弓を扱っているだけ。立派な体躯を揺らした。


●守りしモノ
「中はかなり広かったうえ、敵がいたな」
 羅喉丸は思い出す、広がり方が半端なかった。東の山全体が遺跡のようである。
 そして天井に張り付いた存在。からくりに見えて、からくりではない。
「襲ってきた相手は、『がらくた兵』のようですね」
 新人ギルド員の答え。以前、からくりの発見された洞窟にも、居たと。
「猪親子は別の山へ追いたて、ケモノの脅威は去ったんだな」
 報告を受けたベテランギルド員から、安堵の笑顔がこぼれる。……余談だが、「排除しろ」と言った偉そうな者を、後日やりこめたとか。
「子を守る母の想いは、確かに受け取った。獣だとて、その様なものを傷つける術は、我にはござらぬ」
 婦女子を護るのは、騎士として当然の行い。アガルスは思い出す、見間違えでもよい。姿を消す間際、母猪は開拓者に頭を下げた。
「笑顔育むのが優しさなら、俺は其を守る炎帝が如き強さでいたいから」
 玲は赤い髪を揺らし、壁にもたれる。腰の太刀「阿修羅」には、『仏師』が加工した宝珠が埋め込まれていた。
(ボクの母さんも生きてたら、ボクを守ってくれたのかな?)
 亜紀の胸をよぎる思い。言葉は、別の本音を告げる。
「あの可愛さは、とっても不思議だよ!」
 亜紀は、ほわんと頬を染める。動くうり坊に魅せられた。
「村人たちにも、喜ばれましたね」
 九寿重の犬耳が、天を向く。山に入れるようになり、祠も綺麗になったと。
「そうそう、白い神は雪みたいね。村の川の源泉は、遺跡をふさいでいた雪解けの水なのよ」
 風葉は軽く説明した。雪の意味、雪ぐ(すすぐ)、祓い清める。石頭の意味は、石壁。村の禁忌を破った悪い子は、うり坊と同じ運命をたどったはずだと。
「それにしても、クリノカラカミ……様ですか? 神様か、精霊の名でしょうか?」
「並び変えると『カラクリノカミ』ですが。並び替えたのは禁忌だから?」
 幼い頃より、精霊を身近に感じてきた柚乃。どんな方なのか気になる。透子も首をひねった。
「……いつかお会いしてみたいのですっ」
 神楽の都にある呉服屋の看板娘は、新たな夢を抱いた。
 ――刻は来た、山神は目覚めた。開拓者たちに、遺跡調査の扉が開かれるのは、間もなくである。