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■オープニング本文 ●心奪われる 冬のある朝だった。しっぽが逆立ち、目がまんまるになる猫族一家。南向きの家の庭は、見馴れぬ風景になっていた。 「兄上、兄上!」 「うん、うん!」 虎少年は必死で、長兄の新人ギルド員の服を引っ張る。縁側に立ち尽くしたまま、兄は何度も頷くのみ。 「藤(ふじ)しゃん、藤しゃん!」 「ほら、お庭が真っ白よ♪」 「ほんま、綺麗やな……」 猫娘は姉の虎娘の抱えた猫又に、庭を指差して知らせる。子猫又は三毛猫しっぽを揺らし、感嘆のため息を漏らした。 故郷の泰の南部は、とても温暖な気候。年末でも、苺が採れるような土地柄だ。南国育ちの猫族一家は、四季の移ろいを知らない。 「がう、白い妖精しゃんが来たです!」 「にゃ、きっとお友達を連れてきてくれたのです♪」 生まれて初めて雪を見た、猫族一家。冬の始まりに、白い妖精の噂話を聞く。一晩で二尺(約60cm)も積もった、白い贈り物。大はしゃぎで庭に飛び出した。 休日のベテランギルド員、家の雪掻きをしていた。手伝うのは、一本角の修羅少年。 「おっちゃん、まだ雪が降るかな?」 「さあな。神楽の都は温い方だが、今年は冷え込んでいるぞ」 天儀の北に位置する冥越出身の修羅少年にとって、積雪は当たり前の光景。冥越の西隣の国、同じく天儀北の理穴出身のベテランギルド員も、冬の寒さに強かった。 「ゆきぃ、ゆきぃ♪」 「尚武(なおたけ)さ、雪に喜んでるのか? 変なの」 「お前さんや俺の故郷と違って、南の神楽の都は雪が少ないからな」 神楽の都で生まれ育った幼子は、跳びはねた。真っ白で、見知らぬ光景の庭。ありふれた雪景色を喜ぶ幼子に、修羅少年は首を捻る。 「待て、雪……? おい、ちょっと出かけてくる、晩飯までには戻るから」 「どきょいくゅの?」 「旦那、休みなのに出掛けるでやんすか?」 「ギルドに行って、喜多(きた)の休みをとってくる。そのあと、港と喜多の家へ寄ってくる」 雪かきが終わったベテランギルド員、ふっと動きが止まった。猫族一家の長兄は、新人ギルド員で、ベテランギルド員が指導している。 「えー、休み? おっちゃん、勇喜(ゆうき)さや、伽羅(きゃら)さと遊ぶの!? おいらも行きたいってんだ!」 「ぼきゅも、いきゅう! おとーたんと、あちょぶ!」 妻子あるベテランギルド員の休みは、子供たちと遊ぶためにある。弓述師一家の子供たちは、騒ぎ立てた。 「旦那、遊ぶために休むなんて、マズイでやんすよ!」 「……与一(よいち)、お前まで」 新人ギルド員の双子の弟妹は、十一才の修羅少年の同い年の友達。三才の幼子にとっては、兄貴分と姉貴分にあたる。 ベテランギルド員は、猫族一家の様子を見るつもりだった。だが、子供たちは、よその家に遊びに行くと思ったらしい。 「あのな、喜多(きた)の家族は、雪を見た事ないんだ。今日は大雪だぞ。どうなるか、分かるだろ?」 「ああ……きっと滑って、転んで、頭か腰を打ってるはずでさ」 「そういうことだ。港には、上の妹さんの朋友が居るしな」 「亜祈(あき)殿の金(きん)殿も、保護するでさ」 元開拓者のベテランギルド員は、相棒の人妖と会話する。初めての大雪に、南国育ちの猫族一家の様子が想像できた。 「ギルドで、開拓者も誘うか。八人も、子供の面倒はみれん」 「八人……喜多殿の一家と、尚武坊ちゃんと、仁(じん)殿でやんすね」 ほどなくして、ベテランギルド員から、緊急の依頼書が出される。朋友を含めた猫族一家全員と、弓述師一家の子供たち二人分。雪の過ごし方を訓練して欲しいと。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
からす(ia6525)
13歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●雪 礼儀正しく下げられる頭、杖を持つ手は、きちんと揃えられている。ロゼオ・シンフォニー(ib4067)は、背筋を伸ばした。 「ロゼオです、よろしくお願いします」 ぴこぴこ動く狼耳、大きく見渡す瞳はロゼオの気持ちを代弁。落ち着きのない理由、同じ獣人仲間がたくさんいる。 故郷のジルベリアの山奥の言葉で語るなら「ちょっとテンション上がり気味?」 「皆でたっぷり雪を堪能すればいいだろうな?」 「今回は遊びという事なので助かりましたね。楽しく体を動かしていれば、寒さも忘れますから」 水鏡 絵梨乃(ia0191)は、雪景色を思い浮かべる。かまくらの中で食べる料理は、どんな味だろう。話しかけられた劉 星晶(ib3478)の視線は、遠くを見ていた。 「みんな元気になって良かったの〜♪」 プレシア・ベルティーニ(ib3541)の狐しっぽが、嬉しげに振られた。風邪になって寝込んでいた、猫族一家の子供たちの姿を覚えていたから。 「積もった雪は結構重いのだ。壁になって家から出られなくなったり、重みで建物倒壊もある」 からす(ia6525)は猫族一家の屋根を見上げた。からすの屋敷は、朋友や鳥や猫で跋扈しているとか。 「道にあるものを覆い隠す。小さい穴ならわからない……」 雪かきを勧める、からす。決して、雪は良いことばかりではないと。 「滑りやすいしね」 忍犬の白銀が、勇喜の服をくわえて引っ張る。雪の中で身動きできず、勇喜は泣いていた。 「雪、で……御座いますか、少しわたくしには眩しゅう御座います」 先天的な白子の月雲 左京(ib8108)は、羽織「紅葉染」を頭から被り、目を反らした。白子は目が弱く、白い色が眩しく見える。 「雪が降って大喜びするのは、犬だけとは限らないわね? 雪がないと冬って感じがしないの」 「おーきゃみたん!」 着ぐるみ姿のフェンリエッタ(ib0018)は笑いかけ、忍犬のフェランの背を撫でる。尚武は手を叩いて、まるごとおおかみに大喜び。 祖父が預けた忠実なフェランは、妹分のお転婆娘を見守る。一見すると立派な体躯の雄狼、首元の犬苦無が威厳に拍車を……。 「いにゅたん!」 「ソリの雪上移動が楽だと覚えていれば、役に立つ事もあるかもしれないから。最後に、一人用の犬ゾリに乗ってみる?」 持ってきた一頭引きのソリを指差し、子供たちにハーネスを見せるフェンリエッタ。フェランの威厳は……いずこ? 「私も折角なので人妖―朱雀を引き連れての協力と……」 「まちなさいよ!」 「嫌や!」 杉野 九寿重(ib3226)が振り返ると、朱雀が藤を追いかけていた。子猫又の三毛しっぽがお気に召した様子。 「何か揉め事作りを一つ増やしてる様な気がしますね」 犬耳をふせ、九寿重は朱雀の首根っこを捕まえた。気位は高く血気盛んで有れど、道理は弁えている。とりあえず仲良くする様、もっていきたい。 朱雀は手より足が早い、吶喊(とっかん)娘。九寿重の腕を蹴り飛ばし、脱出。あっかんべーして藤の探索に戻った。 フェンリエッタは、勇喜の帽子と手袋を確認。コートを着込めば、転んでも大丈夫。 「じゃあ、雪で遊ぶの〜☆ おーちゃんも行くよ〜!」 「了解です」 白を基調としたセイントローブをひるがえし、とてとてとてとプレシアは走る。ふよふよ〜とオルトリンデも後を追った。 ……ぽてっと、こけた。無言で狐しっぽが、ぶんぶん振られる。狐拓が一つ完成。 庭の雪の中に倒れ込んみ続けて、フェンリエッタの人拓が完成。勇喜もマネして、虎拓が並んだ。 「伽羅は拳士みたいだから、雪上での戦い方を教えてあげたいかな」 興味を持った虎猫しっぽが、絵梨乃を見上げる。雪を見たのも初めてだ、戦い方など分からない。 「地面が雪で覆われているとなると、結構戦いにくいものだから。こういう場合、酔拳のように寝転がって戦える拳法が有利なんだ」 絵梨乃は世界一の酔拳使いを目指しており、酔拳を極める為に日々鍛練を積んでいる。拳に神布「武林」を巻きながら、絵梨乃は師匠の顔になった。 「折角だから沢山転がっちゃえ♪」 歓声をあげて転がる、フェンリエッタたち。革製の首輪のネームプレートを揺らしながら、フェランは転がる人々を追いかけて遊ぶ。 ●かまくら 「ん〜っと、じゃあ、まずは雪だるまを作るよ〜☆」 雪かきついでに、屋根の上に連れていって貰ったプレシア。鼻歌を歌いながら、雪玉を転がす。 「ゆっきだ〜るま〜♪ ゆっきだ〜るま〜♪」 勇喜に即興の歌を教えた。二人で歌いながら、雪玉をころころ。 「ふに!?」 つんのめったプレシア、雪玉の中に飛び込む。傾斜のついた屋根を転がり始めた。そこらの雪を巻き込み、次第に大きくなっていく。 「にゃぁぁぁ〜〜〜っ!!」 「兄さん!」 下で仁と雪だるまを作っていたロゼオ、プレシアの声を聞きつけた。見上げると、目を回したプレシア雪玉が空を飛んでいる。ファイアスは羽ばたき、背中に受け止めた。 「おや、マスター自らが雪だるまですか? ふむ、楽しんでおられるようですが」 「えっ、楽しんでいるんですか?」 ほわんとしたオルトリンデは、雪玉の肩と思われる位置に着地した。ロゼオの狼耳が、驚きをみせる。 「しかし、このままというわけにもいきませんし……はっ!」 紫苑のマントがひるがえった。勇敢で冷静な、戦場の羽妖精が降臨。オルトリンデは白刃を放ち、雪玉を切り裂いた。 「ふぇ〜、みんなありがとね〜♪」 「気をつけてください」 背がちょっと低い事を気にしているプレシア、背伸びしてオルトリンデをなでる。しゃがみこむとファイアスに照れ笑いし、声をかけるロゼオに手を振った。 「かまくらでも、雪合戦でも、どんと来いですよー!」 神出鬼没の行動力で、暇になると天儀の彼方此方をふらふらしている星晶。泰国出身でも、天儀の文化を知っている。 「弥次さんや仁君なら、天儀の北の生まれだから知ってますかね……?」 見たことはあるけれど、作った事のないかまくら。黒猫耳は、あたりを見渡す。知っていそうな人物を探した。 屋根や道の雪が集まった、更に庭の一角に積み寄せる。かまくらに必要なのは、しっかり踏み固め、少しずつ山にしていくこと。 「固めるのが重要。完成した後、倒壊しないようにね」 「頑張ってください♪」 説明するからすを巻き込み、雪山へ登頂開始。山頂では一足早く、ロゼオたちが飛び跳ねている。 「完成が楽しみですね……かまくらの中って温かいって聞きますので」 フォックスファーを首に巻き、星晶が熱心に円匙を動かしている。翔星は寒がりの相棒がサボらないか、見張っていた。 誠心の心のように真っ白な梵字前掛が、黒猫耳を睨んでいる。一応、主には敬意を抱いているが、戦闘以外の場面では本当に冷たい。 「といたんのはにぇに、ししたんのちっぽぉ?」 鷲獅鳥が珍しいのか、尚武が近寄ってきた。翔星は威嚇も、嫌な顔もせず、遊んでやる。本来は優しい性格だ。 泰拳士たちは、雪の上を走る。踏み込むのは伽羅、絵梨乃はその場から動かない。乱酔拳で、ふらふらと、攻撃をかわしていく。 「ボクがしたような動きを練習してもらおうか。自分でやってみるっていうのも、大切だからな」 伽羅の勢いを利用し、強烈な一撃反撃を仕掛けると見せかけた。寸止めしたが、雪になれない伽羅は避けようとして大きく転ぶ。雪の中に埋まった。 威勢よく、伽羅が起き上がり……滑って雪の中へ落下。絵梨乃は、伽羅を見下ろす。 「もう一度!」 酔拳道は厳しい。雪の上でもがく伽羅を、絵梨乃は叱咤し続けた。 「命ず、『じゃれろ』」 からすは白銀に告げる。ジルベリア犬種の血が混じり、雪が好きな忍犬は、地面を強く蹴って跳躍した。 赤眼の標的は絵梨乃、強い冷気を纏った獣爪「氷裂」の一撃。紙一重の攻防が続く。 「滝登で反撃する、という流れもあるんだ。しっかり見おくこと」 絵梨乃は、伽羅の隣に寝転がった。身体のバネを活かして、瞬時に起き上がる。流れるような、突きと蹴り上げ。奇襲をしかけて見せた。 「雪の上での戦闘は、辛かろう? 白銀も良い経験になると思う」 淡く光るオーラを纏い、風を切って銀の毛並みが駆け寄る。油断大敵。白銀は見入っている伽羅の足を狙った。 白銀は、伽羅にのしかかる。「降参」と虎猫しっぽが振られるが、犬しっぽは止まらない。 風呂のために井戸から水をくみ上げる。篁は左京を心配しながら、つるべを引っぱる。 「かくまってや!」 龍の影に引きこもる左京の所へ、藤が逃げ込んできた。篁の足元を一周し、立ち止まった左京によじ登る。 「追いかけっこで御座いますか?」 「しっぽ、引っ張られるねん」 藤は左京の懐に飛び込むと、ちょこんと首だけ覗かせた。見下ろしながら、左京は尋ねる。 「左京はんも、雪の中行くん?」 「不要に外に出ても、目がききませぬ。まともに動けるとも、思いませぬしね……」 「ほな、うちがおってもええな♪」 苦笑する左京の着物の中は暖かい、藤は長居を決め込む。歩を進める左京の前に、篁の腕が伸ばされた。羽で影を作る。 つんけんどんな態度を取っても、左京が心配。過保護っぷりは、明らかだった。 ●雪合戦 「又そこ喧嘩売らないのです!」 口も達者で気が短い朱雀は、与一につかかっていた。お題は、どちらが人妖として優れているか。 「で……都合の悪い時に限って、私を盾に隠れないで欲しいのですが」 状況把握に長ける朱雀は、九寿重の背中に隠れた。大人の対応をする与一に向かって、あっかんべーをする。 サイドテールにした赤毛の髪が、大きく動く。朱雀は雪を丸めて、与一にたくさん投げつけた。第一次人妖雪合戦、勃発。 「ついでにしっぽをもふもふするのは、止めて……きゃん!」 九寿重の犬しっぽを襟巻にしようと、朱雀が思いっきり引っ張った。完全に舐められている。 「アタシの服装、流行最前線ね♪」 「ふむ、マスターの力を借りれば、最前線にいけますね」 朱雀は犬えりまきを誇らしげに、オルトリンデに見せつける。真剣に悩み、オルトリンデは狐しっぽを振るプレシアにお願い開始。 「ボクたち、流行なんだって〜?」 「マスターと流行です♪」 「やるじゃない、アタシほどじゃないけど」 「……もう良いです、好きにしてください」 狐えりまきを伴い、羽妖精は戻ってきた。朱雀は感心した様子で、犬えりまきを直す。 更に引っ張られる、犬しっぽ。九寿重の精神的疲労度は、増大した。 「ふに!?」 プレシアの頭に、不敵に笑う与一が投げた雪玉がぶつかる。振り返ると、無差別雪玉が到来寸前だった。 「ぴぃちこんこん秘術、でっかいはんぺん!!」 とっさに結界呪符「白」を発動。プレシアの全身を覆い隠す。はんぺんにぶちあたり、雪玉は力尽きた。 「ふんすっ! ボクだって本気出したらちゃんと出来るんだからね〜!」 ひょっこりはんぺんの影から顔を出したプレシア。次々に来る雪玉に対抗するべく、はんぺん要塞を出現させる。 「ボクらも参加するよ〜! よぉ〜し、おーちゃんやっちゃえ〜!」 「反撃です」 狐耳は雪こねこね、雪玉を制作して行く。オルトリンデはいくつか抱えると、移動しながら空から投下した。 雪玉はロゼオや、仁、尚武を巻き込む。うなだれるファイアスの羽。ロゼオよりも多い雪玉を、頭からかぶった。 「兄さんって、こう言う時は不利だよね……おっきいから」 ロゼオはファイアスを「兄さん」と呼ぶ。夢で擬人化したファイアスに出会ったとき、自分よりもお兄さんだったから。 「遊びでも全力投球! いざ、勝負!」 ファイアスは器用に雪玉を握る、炎龍の雪玉は大きい。かまくらを陣地にして、尚武を配下に加え、雪の投げ方を教えるロゼオ。 「眺めるは構いませぬが、お風邪を召されませぬように」 縁側にやってきた左京、火鉢の側にマフラーを敷く。懐の藤を降ろし、たすきをしめた。 「台所を借りて鍋の準備を、今夜は寄せ鍋でも作りましょうか」 鍋作りの準備のために、何人か家の中へ戻ってきていた。左京は篁に笑いかけ、家の奥に消える。 「何時もながらの司空一家の冬体験なのですが、今回は雪に慣れる様にすれば良いのでしょう?」 疲れた九寿重は縁側に座る。実家の道場が贈ってきてくれた朱雀は、おてんば姫だ。伽羅と良い勝負。 「ジルベリアでは、降り過ぎて困っちゃうくらいなのに。降らない地域があると思うと、とても不思議……」 フェンリエッタは、ジルベリア帝国貴族の末子。夏の天儀の暑さには、ぐったりした。 「でも私も、泰の海の青さには感動したから。雪にはしゃぐ気持ちも分かるわ」 どこまでも、続く青。海と空の境目が遠くで交わる風景を思い出しながら、台所へ向かう。 「……はっ、すみませんちょっと物思いに」 話しかけられ慌てる、泰育ちの星晶。相棒との今朝のやり取りを思い出していた。 「わぁ……積もりましたね。何処を見ても真っ白な世界……綺麗ですね」 外は雪景色。確かめたあと自室にこもり、黒猫獣人は布団をかぶって丸くなる。 「………………そして、寒いです」 鷲獅鳥の鳴き声が聞こえた。翔星は戸を開け放つ。容赦なく吹き付ける北風。凍える星晶を引きずり出すと、空に飛びたつ。 「何をするのですか!?」 一晩、雪の中で過ごした翔星は、ご立腹。『寒くても動け、仕事をしろ!』と、開拓者ギルドの前に、星晶を叩き落とした。 フェンリエッタは台所の鍋で、白いものを炊きだした。隣では、お昼ごはんの鍋料理が煮込まれていた。 「雪遊びの後に、体が冷えないようにね」 フェンリエッタは、覗きこんでいる喜多に笑った。湯気をあげていた正体は、温かい甘酒。 「唐辛子でちょっと辛い鍋にして、温まるように……」 からすは、ある泰料理を見つけていた。唐辛子をたくさん使った漬物、キムチ。以前、温泉に行ったときに作った、キムチ鍋を思い出す。 「激辛を堪能するのも、楽しいだろうな」 料理も結構得意。絵梨乃は最近、辛い料理を平気で食べられることが判明。一つの鍋はキムチを投入。 「雪合戦?」 からすとフェンリエッタは瞬きする。朱雀と与一を乗せた、白銀とフェランが、雪玉の飛び交う中を駆けていた。 仁は空に向かって、雪玉を投げている。当たらず落下した雪玉は、絵梨乃の運ぶ鍋の中へ。……中身が飛び散った。 「花月、行っくぞ!」 怒れる絵梨乃のかけ声に、迅鷹は光へと姿を変える。絵梨乃の背中に、輝く羽が表れた。空を飛ぶ友なる翼に、オルトリンデは手を叩く。 ときに腕、ときに足。同化した花月と共に、絵梨乃は雪玉攻撃を避ける。 「面白いですね♪」 穏和で物静かだが好奇心は強く、面白いモノ好きな星晶。雪合戦が楽しい、純粋に遊ぶ。 戦線拡大。雪玉をぶつけられながら、篁と翔星も子供たちと戯れはじめた。大規模雪合戦に移行するのも、時間の問題。 ●雪の夜は 「風呂に行こう」 「さ、夕餉前にまずはその冷えた体を温めて下さいませ」 絵梨乃の提案に、準備していた左京は笑顔で告げる。 「さすがに身体が冷えるだろうし、せっかくだから親睦も深めていきたいし」 本日の風呂は危険だ。絵梨乃は、男性よりも女性が好き。可愛い娘を見ると抱き締めたくなったり、その他もろもろ。 「汚れを落とし、肩までつかりちゃんと十まで数えるのですよ?」 左京に送り出される。心配した花月は、絵梨乃の頭を嘴で突く。風呂場までついてきたが、絵梨乃に締め出された。 風呂場から、悲鳴とも、叫びともつかぬ伽羅の声が。桜の花びらのような薄い桃色の翼で、花月は顔を覆う。 極めて獰猛な雄だが、相棒として放っておけない。鳥の羽の御守りを揺らし、絵梨乃の荷物から芋羊羹を探し出した。 喜多の所へ持って行き、後で食べようという仕草をした。……お詫びのつもりかどうかは、定かではないが。 七輪で、餅を焼く。焼けた餅にかじりつきながら、九寿重はぼやいた。 「……なんでこう、喧嘩してた相手と、何時の間に仲良くなれるのですかね?」 与一を枕に、朱雀と藤はお休み中。くっついている三人に、しろくまんとをかけてやる。 「うにゅぅ、お腹、減ったの〜」 かまくらの中から、ぜんざいの匂いがする。ロゼオが美味しそうに味わっていた。 「ふにっ! お餅を食べるんだよ〜! おーちゃん、行くよ♪」 「はい」 とてとてとてと走る狐しっぽ。金髪碧眼の羽妖精が後を追う。 「鍋も、おいしそうですね」 ロゼオの狼耳が嬉しそうだった。かまくらから出て行き、ファイアスにもお裾わけ。 「がう!?」 「熱いわ!」 「ゆ、ゆっくり食べてくださいませ?」 かまくらの勇喜が悲鳴を上げ、亜祈の虎しっぽが逆立つ。猫族一家は、猫舌が多い。 左京は水を渡し、器を取り上げた。鍋の中身は熱い、小分けしてよく冷ましてやる。 「俺のもですか?」 冷やされる中に、なぜか星晶の器も入っている。のんびりした空気を纏う星晶、不思議そうに黒猫耳が動く。 「みんなで食べるとおいしいですね」 「ナイスフォローだね〜」 「はい」 九寿重はさり気なく、星晶に餅を手渡した。プレシアとオルトリンデは、目配せして笑い合う。 「如何かな?」 「寒い日は最高だ」 「新鮮な体験ですね!」 お茶はかかさず、自分で茶葉や薬草を調合することもあるからす。赤のリボンを揺らしながら、湯呑を差し出す。 開拓者ギルドの受付でも利用されている、万屋湯呑。ギルド受付係の弥次と喜多は、面白そうにお茶を頂く。 「喜んでもらえて、なにより」 からすは風情、雅、侘び寂びといったものを好む。長く結んだカラスの濡れ羽色の髪をゆらし、口角を上げた。 「フェラン、よろしくね」 フェンリエッタの親愛と信頼を語る翠の瞳は、優しく強く。常に真摯で感情豊かだった。 雪だるまの手の中で、ロウソクが揺らめく。家からは、夜光虫の明りがもれた。小さな灯火に彩られた、かまくら。 犬ゾリは行く。雪が舞い上がり、月の光を反射する。白だが、白ではない雪の色。幻想的な光があふれ、輝く庭。 「素敵だから、是非、見てみてね」 雪の積もった夜は、びっくりするくらい明るい。白いきぐるみが、犬ゾリを追う。人妖きぐるみ「やぎさん」に身をつつんだ朱雀。 「昼間に余り構えず、申し訳御座いませんでした」 左京は歩み出す、月光が静かに降り注いでいた。隅っこで、子供たちが朋友雪像を作っている。 犬ゾリの順番を待つ子供たちは、雪像にも夢中。太陽のピアスを揺らし、得意げにファイアスの雪像を見せるロゼオ。 「ほら、兄さん、どう?」 炎龍は頭をかき、微妙な表情をする。首の念数珠だけが、なんとなくファイアスの存在を示していた。 「雪―、で……御座いますよ。篁、綺麗で……御座いますね」 左京は過保護な相棒を見上げた。篁は目を細めて雪像を眺める。失った故郷にも、左京の兄姉、妹弟たちがいた。 「判定ですか?」 伝える努力を惜しまぬ「表現者」を、勇喜は引っ張ってくる。困難と知りつつ、泥濘るむ茨の道を選んでしまったフェンリエッタ。 芸術性は皆無のロゼオの雪の塊、一号。右隣には、仁の作った塊二号。左隣には、尚武の作った塊三号。 結果は、満場一致で最年少の尚武が優勝。放浪する以前は平凡な家庭の長男だったロゼオは、兄らしく笑顔で拍手を送った。 「さ、好きに飛びなさいませ……付き合います故」 雪の夜は、思い出してしまう。いつも子供の声が響いていた、左京たちの冥越の隠れ里。遠くはせる思いを振り切るように、篁は羽ばたいた。 |