【浪志】駄々っ子しっぽ
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/03/01 17:46



■オープニング本文

●浪志隊
 家の奥から、唸るような悲鳴が上がった。
 家屋を遠巻きにしていた野次馬たちがごくりと唾を飲み込んだ直後だった。ごろんと、血を散らして鬼の首が転がり、野次馬がわっと後ずさる。
「お騒がせ致しました」
 奥から姿を現したのは、東堂俊一とその一党だった。彼は刀を鞘に収めつつ、周囲を落ち着かせようと言葉を掛け、皆を引き連れててきぱきと後始末に手を付ける。
「事件を聞きつけてから一刻も経ってない」
「あの礼儀正しい振る舞いも、婆娑羅姫とは大違いだぜ」
 顔を寄せ、噂話に興ずる野次馬たち。婆娑羅姫というのは、森藍可などのことだろう。彼らの取り囲む前で、鬼の首はゆっくりと瘴気に還りつつあった。


●真田悠
「真田さん、アヤカシ騒ぎはまた東堂さんたちが解決したそうですよ」
「うん、そうらしいな」
 冬の寒空の中、太陽を頂上に往来を歩きながら翔がぼやいていた。
「いいなァ。こんな巡邏ばかりじゃつまんねえや」
 ややして、真田はため息混じりに振り返った。
「いいか、派手な斬りあいだけが隊の仕事じゃない。こうやって毎日街を見回って常に眼を光らせることだって大切なことだぞ」
「……バアさんを背負うのも僕らの仕事ですかい?」
「翔っ、ご婦人相手に失礼だろう!」
 その背には老婆が背負われていた。翔も老婆の大荷物を背負って後ろに続いている。一方の老婆は耳も遠い様子でうつらうつらとしている。その様子に、翔は、不満そうに頬をふくらませた。


●わがまま子猫
 ジルベリアには、二月十四日に贈り物をする習慣があるらしい。天儀でも、万商店が普及につとめている。
 泰出身の猫族一家、他の儀の風習が珍しくて仕方ない。大々的な宣伝文句の下のクッキーに、お祭り好きな猫娘は釘付けになった。
「兄上、『ちょこれーとくっきー』って言うのを作ってです!」
「いくら僕でも、そのお菓子は知らないよ」
「にゃー、伽羅(きゃら)、食べたいです! 食べたいです!」
「無理言わないの。兄上は、そんな子に育てた覚えはないよ!」
 二本の虎猫しっぽが膨らみ、激しく動く。折れ猫耳の虎猫兄妹は、万商店で口げんかを始めた。
「勇喜(ゆうき)、これが欲しいです♪」
「うちと分けるんや♪」
 嬉しそうにキャンディボックスを差し出す、虎少年と子猫又。
「勇喜と藤(ふじ)は選んだんだよ、伽羅はどうするの?」
「姉上、もうすぐ浪志組の巡回時間だから、早く決めてね」
「にゃ……絶対、これが良いのです!」
 急かされた猫娘、クッキーの前から離れない。末っ子は涙を浮かべたまま、兄と姉を睨んだ。


●お買い物
「武天の友友(ゆうゆう)まで、買い物と料理に付き合って貰えないかしら? 友友は、泰の商人、旅泰の皆さんが作った町よ」
「万商店で、ジルベリアの風習を見付けたんです。二月十四日は、贈り物をする日らしいですね」
「私は浪志組なのだけど、差し入れをしようと思っているの」
 楽しそうな白虎しっぽの隣で、真剣に動く虎猫しっぽ。浪志組に名を連ねる虎娘、司空 亜祈(しくう あき:iz0234)と、新人ギルド員の司空 喜多の猫族兄妹。
「往復路があるので、実質的な滞在時間は丸二日分減りますですけど……。最後の一日は、向こうで調理場を借りて、チョコレートクッキーを作る計画です」
「皆さんも一緒に食べましょう♪ 余ったクッキーは浪志組や、真田道場の皆さんへお土産ね」
 友友でクッキーの食材購入から調理までして、完成させてくる計画らしい。
「旅費は心配いらないわ、きちんと宿泊場所も準備したの。友友には両替所があるし、旅泰の町だからなんとかなるはずよ」
「こら、説明が足りないよ? 泰には、紙幣制度があるんです。物々交換じゃなくて、紙のお金と品物を取引する感じですね。
神楽の都では、泰の紙幣は両替しないと使いにくくて。旅泰の皆さんの町ならば、泰の紙幣のままでも、気軽に買い物や泊ったり出来ます♪」
 泰の獣人は、総称して猫族と呼ばれる。猫族が思い浮かべたのは、人と物が流通する百万都市の神楽の都ではなかった。
 世界を駆け巡る、泰の旅泰たち。放浪癖のある虎娘は、天儀の長旅で、武天にある旅泰の町の位置を知った。
 旅泰の総本山と噂される町からは、飛空船の定期便が出ている。神楽の都との行き来も、簡単な地域だ。
「浪志組のお土産について質問ですか? ……ここだけの話、どうも浪志組の資金繰りが厳しいみたいで。武器もかなりの融資を受けているのに、末端まで行き渡らないそうです。
それでもアヤカシは出て、あっちこち引っ張られ、疲れている人も居るとか。ギルドでも開拓者の助っ人を頼む事態も、起こっているんですよ」
 瞳を輝かせる虎娘を尻目に、新人ギルド員は声を潜める。重大な依頼でも無いのに、奥の個室に通された理由が分かった。
 浪志組の内部事情は、浪志組隊士だけしか分からない。ギルドの受付周辺で、うかつな話は出来なかった。
 表に流れないはずの情報を、正確に掴んでいるギルド員は、開拓者ギルド本部でも小数と聞く。浪志組の妹を持つ新人ギルド員は、その小数の一人だった。
「だから、珍しい差し入れをすれば、浪志組の皆さんも元気をだしてくれるかと思って、妹と計画を……」
「もう、兄上は黙ってちょうだい! 口を滑らさないで欲しいわ」
「じゃあ、兄上に頼らない。困ったら、すぐ僕に相談する癖にさ」
 ぺらぺらしゃべる新人ギルド員を制し、妹は白虎耳を伏せてむくれる。兄はあきれたように、虎猫しっぽを揺らした。
「私、決めたわ。買い出しついでに、浪志組の事を聞いてくるの。旅泰の皆さんは物知りだもの、浪志組への出資状況が分かるはずよ」
 浪志組に席を置く身として、虎娘は兄が口走った事が気になる。新人ギルド員が不安に思うほど、浪志組の世間体は悪いのかと。
「だって、物資の配給は大事よ。きちんと行き渡れば、真田さんの道場の皆さんも栄養をつけられて、木刀でアヤカシ退治しなくてもよいはずだもの」
 放浪癖のある虎娘、ときどき真田道場に泊まりに行く。幽霊開拓者の道場主と、兄のいる開拓者ギルドで知り合ったのが縁。
 出資を受けているのに、相変わらず貧乏な浪志組。一応、帰る家があり、開拓者としての仕事もできる虎娘は、それほど苦でもない。しかし、末端にあたる真田道場の門下生の食料や武具の不足は深刻だった。


■参加者一覧
四方山 連徳(ia1719
17歳・女・陰
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
テト・シュタイナー(ib7902
18歳・女・泰
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ


■リプレイ本文

●不撓不屈
「司空家の皆さん、よろしく! 楽しくチョコクッキー作りしようね!」
 セイントローブを揺らし、リィムナ・ピサレット(ib5201)は猫族一家に手を振る。白猫の面をつけた神座亜紀(ib6736)は子猫又を、見付けた。
「藤ちゃん、会いたかったよ〜!」
 ぎゅぎゅと抱きしめ、頬ずりした。ふわふわの毛の感触を楽しむ。
「……藤ちゃん可愛いー! 触っていいかなっ?」
 リィムナは、肉球に手を伸ばす。人差し指で突くと、ぽわぽわの感触。くすぐったがる藤は、身をよじった。
「チョコとかクッキーを作ったり、貪る仕事と聞いて来ましたでござるー!」
「菓子作りとは……久しく、しておりませんでしたね」
 欠食児童の四方山 連徳(ia1719)は張り切っていた。白銀の髪を揺らし、月雲 左京(ib8108)は小首を傾げる。
「己らしさのでる菓子も、ついでに作ってみましょうか」
 懐を探ると、あるものが触れた。左京は口角を上げ、笑みを浮かべる。
「……チョコレートクッキー? それはまた珍しいものを………」
「まあ、ジルベリアの風習に託けてやるのも良い物ですし」
「あぁ、バレンタインですか。もうそんな時期なんですね……。縁が無いので忘れてました」
 杉野 九寿重(ib3226)は、軽く咳払いをする。従兄の兄様に「チョコ饅頭」を送り済み。
 のんびりした空気を纏う劉 星晶(ib3478)は、やっと思い当たった。
「調理行為も母様に仕込まれてますので、それなりに手伝えますしね」
 九寿重は嗜みとして礼儀作法・家事一揃えを、母親から会得済み。
「んー、単純にクッキーにチョコ付けたのはダメなのかね?」
 テト・シュタイナー(ib7902)は腕組みする。犬しっぽは、考え込んだ。
「わりぃな。『チョコとクッキーを合わせりゃいいのだろうか』って程度の知識しか無いもんでね」
「小麦粉、バター、チョコ、クルミ、卵、三温糖だって」
「やっぱ知ってる人は知ってるもんだなぁ。俺様も、もーちっとこういうのを学ぶべきかね?」
 テトは好奇心旺盛で、子供の頃から色んな事に首を突っ込んでいた。神座家三女の手帳や、妖怪米びつ荒らしの料理本を覗き込む。
「えーと、拙者が持ってきたハイカラ料理本によると……」
 連徳も材料を読み上げる。チョコ、バター、砂糖、卵黄一個、小麦粉。
「ああもんど、ぴすたちお。……聞き覚えの無い物があるでござるねー。何やら食用の種らしいでござる」
「アーモンドは、泰南部で採れるはずですよ」
「ピスタチオは、俺様の故郷にあったぜ」
 世界は広い、獣人も色々居る。泰の黒猫猫族の星晶と、アル=カマルの犬アヌビスのテトから、即座に返答があった。
「味の新天地を探すと言うことで、胡麻(ごま)とか、芥子(けし)の実とかも追加でござる!」
 連徳は、元気に提案。ジルベリアの菓子の技術に、天儀の材料も合わせる。世界の味を詰め込んだクッキーの完成に向けて、いざ始動。


「チョコクッキー、たまにお姉ちゃんが作ってくれるよ。ボク、大好きだよ。絶対、伽羅さんにも、食べさせてあげたいな♪」
 藤を抱きしめたまま、亜紀は移動する。宿屋にオーブンと言う、ジルベリアの器具は無かった。
「なあ、チョコレートクッキーの作り方を知らないか?」
 チョコを受け取りながら、テトは店員を見上げる。知らないとの返事。
「んじゃ、作れそうな所、知らないか? 石竃だっけ、アレがある場所だぜ」
 高台を示される、旅泰の集まる住宅街。故郷の住宅街と違う風景、テトの犬耳は興味深げに眺めた。
「ジルベリア風の邸宅があれば、そこにあるかも?」
 犬しっぽを揺らすテトに、亜紀は話しかける。虎耳の亜祈を引き連れ、行動開始。


「日頃頑張ってる浪志隊の皆さんに、差し入れを作る為なんです」
 リィムナの隣で、双子は瞳を潤ませてお願い。保護者の九寿重や星晶も、頭を下げている。
 手強い商人も鬼では無い。しばらく交渉が続き、リィムナはご機嫌で材料を覗き込む。
「仕入れる材料はチョコレートとバター、小麦粉、砂糖、牛乳。ついでに浪士組についての情報収集ですか」
「浪志組そのものに関して、外から窺い知れない色々な苦労が有るのですね」
「亜祈さんや亜祈さんがお世話になってる方々がいる隊ですから、やはり少しは気になります。杞憂であれば良いのですけど」
 星晶と雑談しながら、九寿重の犬耳が伏せられる。楽しそうな子供たちと対照的だった。


「バターで御座いますか? 一夜冷やした牛乳を洩れない容器か何かに入れ只管振って……」
 左京の教えは、不思議な呪文に聞こえた。翌朝、容器を必死で振る喜多の姿。
「これで作成できるでござるか」
 興味を持った連徳に交代する頃には、何かが中で転がる音。左京が覗き込むと、固まりと、透明な液体に分離していた。
 実験は大成功♪作ったバターも、クッキーの材料に加えられた。


●千差万別
「各地の物が集まるらしいから揃うかな?」
 調理場にはボウルや木べらなどが並ぶ。亜紀の心配した調理器具も揃っていた。
「えと、バターを白くなるまで練って砂糖を加え、溶き卵を少しずつ混ぜ込み、刻んだチョコを加え薄力粉をふるって加え、クルミを混ぜ……」
「どうやってまぜるです?」
「ボク、食べるのは好きだけど作った事はないからなー」
 伽羅に作り方を説明していた亜紀、衝撃発言。まごまごして、材料を手に取らないはずだ。
「とにかく天板にスプーンで生地をすくって載せて、予熱したオーブンで焼く、だって。チョコチップクッキーかな?」
 物は試し。亜紀と伽羅は料理に挑む。ボウルがひっくり返ったり、粉が飛び散るのは、ご愛敬。
 何度かやれば上手くなる!


 バターを柔らかくなるまで溶かしつつ、砂糖と卵黄が入れられたボウル。左京がこねる様子を見つめ、勇喜のしっぽが踊る。
「つまみ食いを今しても美味しくは御座いませぬ、今しばし我慢を」
 一度、一度丁寧に混ぜねばならぬ。左京は苦笑しつつ、諭した。
 小麦粉を加えて、生地を四つに分ける。何も入れないもの、小さく砕いたチョコレート、粉末にした緑茶や、茶色い粉を入れたもの。
「甘さの増す、まじないのようなもので御座いますよ」
 塩を一つまみづつ入れる。くすりと笑う左京は、冥越の隠れ里で、細々と幸せに生きていた修羅。猫族は「天儀の秘術」と思い込んだとか。


 肩から足元まですっぽりと覆う、ディスターシャ「サーフィ」を脱ぎ捨てたテト。沸かせた湯の前に立つ。
「チョコを溶かすだけなんだろ? 大丈夫、簡単だって!」
「1、チョコを細かく砕き、湯煎する。で、ござるよ!」
「……以外に重要なんだな、これ」
 湯の中にチョコを投げ入れかけたテトを、慌てた連徳が止める。チョコを眺め、テトはしみじみと感想をもらした。
「何と無く亜祈は大雑把で進む様な気がするので、その辺が注意ですかね」
 九寿重は首をかくり。亜祈の性格をよく見抜いている。
「しっかり練らないと材料の混入でむらが出来て、味とか出来具合が均等に成らずに、最終的に上手くいきませんですからね」
 赤い紐で結ばれた、強力の巻物も力を貸す。九寿重は、ひたすら混ぜるのみ。亜祈を見張っていないと、なんだか心配だ。
「2、ああもんどを乾煎りし、刻む。ぴすたちおを熱湯に五分漬けて皮むき……おっと、悪戯な風が吹いたでござる」
 めくれた料理本に、視線を走らせる。連徳は続きを読み上げた。
「3、猫三匹分の髭」
 猫?藤に注目が集まる。子猫又は毛を逆立て、全身で警戒した。
「後は蕨(わらび)三本、菠薐草(ほうれんそう)一束を図のように配置し、祭壇に生け贄を捧げ……」
「生け贄ですか? ……『アヤカシ三刻クッキング』?」
 連九寿重から疑惑の視線が向けられる。連徳の本の題名を読み上げた。
「いけね、つい悪ノリして適当に繋げちまったでござる」
 騒然となる現場。さわやかに笑う、連徳。さり気なく、本が閉じられた。
「まあ、人妖の作り方も、勉強しているのね。凄いわ♪」
 連徳は、五行の青竜寮に住すんでいる陰陽師と聞いた。亜祈は、のんきに感動する。
 ……何か色々と間違っているっぽいが、気にしてはいけない。
「よく練ってクリーム状にしたバターに、塩少々、砂糖と卵黄を加え混ぜそこに小麦粉を加え混ぜてこねこね!」
 リィムナの動作に合わせて、藤の猫しっぽがゆらゆら。そうこうするうちに、生地ができた。
「小麦粉ふって生地が張り付かないようにした麺棒で、薄く延ばして……用意した型で抜いて、オーブンで焼く!」
 リィムナが伸ばした生地の前で、双子は興味津々。妹たちと外を駆け回るのが好きなリィムナは、姉妹を思い出して笑った。
 五人姉妹弟の筆頭の九寿重は、遊び手伝いがてらに、型抜き等の手順を教える。
「失敗しても、気にしない様にです」
 九寿重は、ぐっと拳を握る。誰に向かって言っているか、謎だ。
「料理については、作り方は知ってます。調理法を守っていれば、大抵の物は作れるという考え方なので」
「僕寄りですか?」
 飄々と笑う黒猫と、嬉しがる虎猫。猫族の青年たちの作るクッキーは、ハート型。
 星晶はVの字にした生地を、指でくぼみを作りつつ、形を整えた。くぼみに溶かしたチョコに牛乳を混ぜたものを流し込む。
「10、生地をしばし冷やし固める。生地が濡れないように油紙で包みつつ、氷で挟んで冷やせば良いでござるかねー?」
 陰陽甲「天一神」に埋め込まれた宝珠から、青白い燐光が漂った。召喚された氷龍から吐き出される、凍てつく息。
 式を使う場合は、安全と周りに留意を。そして豪快に!


●波乱万丈
「焼けすぎ注意で御座います!」
 石釜とにらめっこ。左京の黒い右目と緋色の左目は、必死でクッキーを見つめる。
「11、焼場を加熱し、切り分けた生地を十五分ほど焼く。……どれほど加熱をするでござるかねー。何々、野菜の天ぷらを揚げる程度の温度……」
 結論、適当。連徳と亜祈は、視線で会話する。揚げ物じゃないし、分かんないよね♪
 それでも焼き上がった、リィムナのギザギザクッキー。湯煎が上手くなったテトから、溶かしたチョコを受け取る。
 人型クッキーは二種類、顔や服を描いていく。焼く前に貼りつけた特徴に、服装と表情が加われば、一目瞭然だった。
「亜祈さん、似てるかな?」
「とても良く分かるわ♪」
 丸いメガネは創始者の塾長、結んだ髪型が道場主。ひょうたんを持ったのが婆娑羅姫。
 出来上がりを見せるリィムナに、亜祈は嬉しそう。ゆるい感じに仕上がり、可愛さ満点。
「多分、味そのものも大丈夫だと思うのですが……」
 飾りをちりばめたクッキーは、見栄も良い。お土産にしても、楽しんで貰えるはず。九寿重の手で包装された。
「浪志組には、色んな人がいるよね。お料理の上手い人が中心になって、お菓子を皆で協力して作って、売ったらどうかな?」
 リィムナは、文字を書いたクッキーを選び出す。「尽忠報国!」「浪志組!」、浪志組の理念。
「あたしが作った様な、浪志組に親しみを持たれる様なやつね」
 瞬きする亜祈に、リィムナは説明する。
「資金難の解決に役立つかも知れないし、皆の団結力も高まると思うんだよね♪」
「こーいうのも、中々に美味そうだと思わねーか?」
 リィムナから、チョコの無いクッキーを受け取ったテト。溶けたチョコを潜らせ、皿の上に広げる。
「チョコかと思えば、中はクッキー。ふっふっふ……こいつぁいけるぜ!」
 犬のアヌビスは、漂う匂いにつられた。テトの長くてふさふさな、自慢の犬しっぽがぱたふたと振られる。
「名付けて『神様の気まぐれ・チョコアイスボックスクッキー』でござるー」
 結果は神の手に委ねられた!連徳の手には、きちんと色づいたクッキーがお目見え。
 輝く青い瞳が、連徳の手元を見やる。犬の直感が告げている、このクッキーは美味しいと。
「あー、いや、その。『ちょっとだけ食べてみたいなー』とかなんとか……」
 顔を上げた連徳と視線があった。テトは視線をそらす、ごにょごにょと言い訳。
 悲しそうに伏せられる犬耳、垂れ下がる犬しっぽ。美味しそうなクッキーを食べたい。
「一緒に、試食する?」
 亜紀の差し出した皿には、開拓者たちが作った、チョコクッキーが並ぶ。それぞれ個性的で、見た目にも楽しい。
 片っ端から、味わった。虎猫しっぽが、感慨深げに揺れ動く。テトの犬しっぽも大喜び。
「にゃ……とても『うまうま』です!」
「やった♪」
 たまに年相応な子供っぽい面を見せる亜紀の説明に寄ると、ある地域に伝わる「ガッツポーズ」と言うものらしい。良くわからないが、伽羅も真似した。


「確か、猫様にチョコレートは危のう御座います故。藤様、金様にはこちらを食べて頂ければ光栄で御座います。……星晶様も、同じほうが宜しいでしょうか……」
 左京は茶色い粉末のクッキーを差し出した。藤が絶賛した、マタタビクッキー。
「……フ。大人気ないと言われようとも、一向に構いません」
 無言で、技法の準備をする星晶。脚絆「瞬風」の宝珠が光る。
「逃げてしまうので、御座いましょうか? 背を向けたが最後、で御座いますよ?」
 マタタビと聞いただけで、酔いそうになる。一気に遠ざかる黒猫耳、左京の咆哮が響く。
 拮抗するが、あらがえぬ。ついに星晶は戻ってきた、黒猫耳を伏せたまま。 今の左京に角は無いが、戦の民の修羅に変わりない。
「ふふ、冗談で御座います。お茶のクッキーとなりますが、お味は如何で御座いましょうか?」
 左京は悪戯っ子の笑みで、そっとクッキーを差し出した。星晶は、一枚頬張る。緑茶「陽香」を混ぜたクッキーは、新緑桜の良い香りが漂った。
「こちらは……くっ!」
 次のクッキーを食べた星晶の息が、荒くなった。ひどく苦い、ひどく塩味。
「にゃ? 金しゃんが泣いているです」
「亜祈、また何か間違えたわけ!?」
「がう! 姉上は、おおざっぱすぎるです」
 膝を折った黒猫耳に、猫族兄妹の会話が聞こえた。視線を巡らせると、頭を抱えた金が見える。
「亜祈のはチョコじゃなくて、炭クッキーですね。火加減を間違えましたから」
「塩と砂糖も、間違えてたよ! あたし、見たから!」
「まあ、塩だったの?」
「……確か、小麦粉の三倍くらい、入れてたでござるよ!?」
 亜祈とクッキーを運びながら、九寿重は犬耳を倒す。とにかく元気で強気なリィムナの報告に、驚いた連徳の目撃情報が続いた。
「それ、焼いたんだよね。藤ちゃん、どこか知らない?」
「あそこの皿やで」
「俺様の真似をして、チョコもつけたよな。あれ、食えるのか?」
「もったいのう御座いますが……、捨てたほうが良いと思いまする」
 炭クッキーを探す亜紀に、藤は黒猫耳の前を指差した。引きつった表情のテトに、深く頷く左京。
「……炭塩クッキーですか?」
 好奇心が強く、面白いモノ好きでも、限度がある。星晶の意識は、少し遠ざかりつつあった。