白梅の里と梅見月の宴
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/17 17:17



■オープニング本文

●白梅の花
 つぼみが開く。庭に咲いた白梅の花を見付け、新妻はほほ笑んだ。
 一昨年は、白梅が咲くたび、涙がこぼれた。今年は違う。
 村を捨てた幼なじみは、帰ってきた。去年の白梅が咲き誇るときに、旅から戻ってきてくれた。
 新妻は、頭のかんざしを抜き、愛おしそうに撫でる。真珠があしらわれ、白梅を象ったかんざし。
 最愛の夫が、変わらぬ思いを語りながら、贈ってくれたもの。旅の終わりに、二年越しに咲いた恋の花。
 去年の六月に夫婦になって、早くも半年が過ぎた。今、新郎の青年は新妻の弟を連れ出し、また旅に出ている。
 今年、元服を迎える少年は、義理の兄に頭を下げた。立派な漢になるため、指導して欲しいと。


 青年の従妹の実家は、武天のサムライ道場。青年は正月の挨拶ついでに、少年を連れてきた。
「どうでした、剣術は?」
「剣術はおもしろいけど……でも僕は座禅が好きかな」
「良いことです。心の修行は、人生の基本だと、ようやく私も悟りました」
 サムライ娘は、食事ついでに少年に尋ねる。少年はたくあんを飲み込み、首を捻った。
「花梨(かりん)、良助(りょうすけ)の世話を押し付けて悪かったな。修行と言われて、思い浮かべたのが、おばさん家だったからな」
「剣術と思う辺り、清さんらしいですけど♪ 『あの無骨な清太郎(せいたろう)が、お客を連れてきた!』って、母は驚きましたからね」
「良助はおりんと俺の弟だ。兄が弟の面倒を見るのは、当たり前だぞ?」
「ついでに、私は、妹扱いですよね♪」
 口下手な青年は、必死で言葉をつむぎだす。明朗闊達なサムライ娘は、くすっと笑った。
 青年とサムライ娘は一人っ子同士。兄弟の存在に、憧れてしまうこともある。
 親戚になった新妻の弟は、恰好の的だった。
「花梨姉ちゃん、僕たちそろそろ帰るよ。お世話になり、ありがとうございました」
 一週間ほどの滞在だが、少年は変わった。雰囲気が、少しだけ大人びたかもしれない。


●梅見月の鬼
 サムライ娘に連れられ、珍しいお客が開拓者ギルドの本部に顔を出した。神楽の都のギルド員たちは、嬉しげに出迎える。
「娘さん、迅鷹たちの越冬が心配で、帰りに様子を見に寄ったのか」
「懐かしがったのか、私について来てしまって」
「武州も落ち着いたようだな。安心した」
 迅鷹一家は、「武炎」と呼ばれる戦いの跡地に住んでいる。魔の森が消え、新たな命を育みかけた大地に。
「新婚生活はいかがです?」
 新人ギルド員の質問。青年が答える前に、受付に降り立った父迅鷹が鳴いた。少年の肩で、子迅鷹は依頼書を不思議そうに突く。
「月雅(げつが)、お話の邪魔をしないでください。それは、雪芽(ゆきめ)の食べ物では無いですよ」
「……花梨。迅鷹とか言う鳥は、賢いとか言ってなかったか?」
「そうなんですけど……花風(はなかぜ)、二人を止めてください!」
 迅鷹を初めて見た青年と少年は、気圧される。やりたい放題の迅鷹父子は、母迅鷹に諌められた。



「そこの皆さん! 急いで、護衛に行ってくれませんか?」
「違う、アヤカシ退治の依頼だ!」
 慌てて激しく動く、虎猫しっぽ。新人ギルド員の頭を、ベテランギルド員のゲンコツが襲う。
「お願い、花梨姉ちゃんを助けて!」
「一人で鬼退治すると、花梨が走ってしまった」
「僕が『姉ちゃんの誕生日なのに』って、言っちゃたから……」
「その……二月二日は、俺の妻の誕生日なんだ」
 青年と少年の表情は、深刻だった。神楽の都と朱藩の道中に、アヤカシが出たらしい。
 張り出された依頼書を見ていた、開拓者のサムライ娘。青年と少年の話しを聞くなり、飛び出してしまった。お供は三羽の迅鷹たち。
「花梨さんは徒歩です。走れば、間に合うかもしれません!」
 新人ギルド員はもどかしげに、虎猫しっぽを振った。今すぐなら、ギルドから飛び出たばかりのサムライ娘一行を、見つけられるかもしれない。
「鬼の現場なら、心当たりがある。曲がりくねった街道よりも、東の直線の脇道を通れば早いが……」
 乱雑な依頼書の地図を見ていた青年は、ぽつりともらす。筆を借り、現地を拡大した地図を描いた。
「清兄ちゃん、道が分かるの?」
「伊達に朱藩中を、旅してないさ」
 二年間、朱藩中を巡った放蕩息子。幸か、不幸か、経験が役に立つ。
「道案内が必要なら、できる。街道しか知らない花梨よりは、早く着け……」
 青年は口をつぐみ、思案顔。不安の原因は旅慣れていない同行者、少年の処遇。
「とにかく、追ってくれ!」
 三羽の迅鷹を連れた、黒髪のポニーテール。サムライ娘の特徴を聞くと、開拓者は踵を返した。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
言ノ葉 薺(ib3225
10歳・男・志
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684
13歳・女・砂
破軍(ib8103
19歳・男・サ
月雲 左京(ib8108
18歳・女・サ
華角 牡丹(ib8144
19歳・女・ジ


■リプレイ本文

●白梅の里
 好文木、香散見草、君子香、公主花、初名草、世外佳人、花儒者、百花魁。すべて先人達が愛し、名づけた、梅の呼び名である。

「人を思いやるは良き事、ですが」
「まったく……勇気と蛮勇を履き違えた馬鹿者の尻拭いか」
 月雲 左京(ib8108)は、隣を見上げた。破軍(ib8103)舌打ちをしている。
「お姉さんの誕生日に間に合うよう、帰りたいと思うのは当然です」
 礼野 真夢紀(ia1144)は、一歩踏み出る。姉達が大好きで、折に触れ2人と文を交わしている。良助の気持ちは、よく分かった。
「お説教は、お任せ致しまして……まずは無事を確保で御座いますね」
「しかし、迅鷹か。俺は見たことが無いが、どんな生き物だ?」
 まじめに告げる左京に促され、破軍は渋々と入口を向いた。紅の瞳は瞬き、顎に手をやる。破軍は内心興味津々。
「清太郎さん、良助さん、お久し振りです。お二人とも、少し顔つきが落ち着かれましたか?」
 見知った二人に、アルーシュ・リトナ(ib0119)は声をかける。恋の花を見届けた一人。
「大事なおりんさんのお誕生日、急いで安全にお祝いに伺いたいですね」
 少し早い梅、嬉しい春の便り。アルーシュは少し考え、懐に荷物を忍ばせた。


「小鬼退治の軽い仕事だと思いましたが、用件が二つですか」
「若人は血気盛んで元気なことじゃのー」
 狼耳が動き、言ノ葉 薺(ib3225)は、しばし考える。東鬼 護刃(ib3264)は、感心していた。
「めでたい席だというのに鬼、でありんすか……」
 眉が優美に動く。華角 牡丹(ib8144)は、着物の袖で口許を隠した。「相手が子鬼と言えど放ってもおけんし、手助けに行くか」
「それでは、私達は花梨殿の護衛へと向かいましょう。街道を行けば会えるでしょうし、迅鷹が三羽もいればさぞ目立つでしょうね」
 護刃は、最も信頼する盟友であり、愛する者に声をかけた。頷いた薺は、入口から出ていく。
「あぁしかし、鬼はんも節分で嫌気が差したという事。行事とはいえ、生きとし生ける者を無碍にしてええものでありんしょうか……?」
 牡丹の台詞に、アルーシュは疑問を浮かべる。「節分」の単語は、馴染みのない言葉だった。
「節分とは……?」
「鬼が暴れて鬼は外、祝う福は里の内っ。これが節分というヤツなのじゃな」
 アルーシュの戸惑いに、ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)は自信満々で答えた。間違っていないが、やや勘違い?
「成る程。あちらが嫌気が差すのも、解らなくもないですけども」
 アルーシュは、苦笑を浮かべた。


●鬼は外
「フィアールカ、なるべく低めに飛んでください。今は安全が第一ですから、ね?」
 良助を乗せた駿龍に、アルーシュは人差指で確認。近道を行く人々は、港に寄っていた。
「……龍の二人乗りは……」
 真夢紀の眉は、困った表情を見せる。白梅の里の人々は、無傷で帰って欲しい。そう願うからこその言葉。
「絶対安全なら良いんですけど、機動性とかスピードとか落ちますよ? 回避もろくに出来ませんし」
 万全を期するなら、鬼が出る付近での二人乗りは避けてほしいと意見を述べる。
「さて、今は暴れ飛ぶは我慢して下さいませ」
 真夢紀の前に、炎龍が頭を垂れた。篁が「背に乗れ」と、言っている。左京も一番年下の真夢紀を心配していた。
「今の時期、空は寒いですよ」
 細やかな配慮。初めての龍騎乗にはしゃぐ良助の頭に、隣から真夢紀はウシャンカを被せた。
「花梨はんも気になりますし、早めに終わらせるとしんしょう」
 牡丹は途中で、相棒の今様に声をかける。ちょこんと管狐が顔を出した。
「少し急ぎますえ」
 上下に揺れ動く、管狐の住家。牡丹の気配は、小走り。
 管狐は頷き、宝珠に身を潜めた。牡丹の懐に、腰を据える。


「ちっ、どこだ?」
「以外に足が早いのー」
「清太郎殿の言った場所は、もう近いですよね?」
 清太郎の描いた地図を頼りに、破軍は進む。急ぎ足で続く、護刃と薺。突然、ヘルゥが叫んだ。
「花梨姉ぇ、皆に心配をかけてどうするのじゃ!? 皆で戦えば鬼を楽に払えて、福もすぐ迎えられるじゃろ!」
 空とぶ迅鷹一家は目立った。バダドサイトを使ったヘルゥの視界は、明確に捉える。ようやく追いついた。
「お、こっちが月雅に花風に雪芽かのっ。はじめまして、じゃ♪」
 ヘルゥは、じーっと迅鷹一家を見詰めた。大きく頷く、律儀な父。その後ろに隠れる臆病な子。肝っ玉の母は、叱咤するように子の背を押した。
「ふむふむ、やはり母様が一番肝が据わっておるの。私の家もそうじゃった♪」
 獅子耳はしたり顔で、大きく腕組みをする。天儀からきたという見知らぬ交易船を見た獅子の母は、「かの地に向かい、見聞を広めてきなさい」と娘を千尋の谷に落とした。


「小鬼ですか、手出しはさせませぬよ。月雲が夜叉、左京……参ります!」
 狼の遠吠えのような咆哮が響いた。左京の戦旗の髪飾りが、大きく走る。
「すんまへんなぁ、あんさん方も節分が嫌だっただけなのでありんしょうが……」
 ゆっくりと歩む牡丹は、小鬼に視線を投げ掛ける。短刀「木千把丸」を構え、艶やかに笑った。喧嘩殺法は、使うと何だか楽しい気分になる技法。
「少しおとなしくしてておくんなんし」
 牡丹は綺麗な顔立ちで、雰囲気はおっとりとしている。追い払われる鬼に、同情も見せる。
しかし、街道は皆が使うもの。調和を乱したとなれば、黙ってはおけない。
「小雪は実践初めてよね……人を護るのは大事だからね」
 真夢紀の懐から、小さな猫又が顔を出した。大人顔負けで、威嚇の声をあげる。
「お二人に近づくものは許しません!」
 子猫又を地面に降ろし、真夢紀は飛び降り、弓を構えた。全身を逆立てた子猫又の後ろでは、清太郎が警戒している。
「行かせると、お思いでしょうか?」
 小鬼が清太郎を狙っていた。気付いた左京が、地断撃を放つ。大地を駆る衝撃波。
「フィアールカ、見張りをお願いします」
 龍を後ろに下がらせたアルーシュ、後方から増援が来るはず。龍たちは空の迅鷹を探した。


 龍たちが見えた。先行する迅鷹一家が騒ぎたてる。狼の遠吠えが聞え、薺は炎魂縛武を発動。
「護刃、どちらの焔がより熱いか比べてみましょうか」
 薺の握る蛇矛が、赤い炎を纏った。刀身の根元には、赤い房と真赤な宝珠も備わっている。
「ほぅ、わしの焔に挑むとは良い度胸じゃ。どれ、ひとつ比べるとするかっ」
 護刃の耳元の紅憐華が、挑戦を受けたと揺れる。夜闇の中にあっても僅かな光りを捉えて美しく輝く、深紅の宝珠が答えた。
「三途が火坑の如きわしらの焔で以って、屠って(ほふって)やろう」
 頭部に古龍の角を持つ龍の神威人は、不知火を放つ。アヤカシから里を護る為、護るべき里と同胞を焔の中に屠った過去の咎は、忘れていない。
 二人の焔を持って、灼熱の世界を生み出さん。炎は道を照らす、今は道を違わぬ。愛する者と共に、目指すべき道を歩み始めているから。
「よぅし、人と共に戦う力のある迅鷹ならば、私の戦いぶりも幾らか参考になるじゃろ。よぉく見ておれ」
 愛銃を取り出し、にかっと笑うヘルゥ。雪芽は、小首を傾げて空に舞い上がった。
「そこの迅鷹どもとなら自分の身くらいは守れるだろう。前に出るのなら……足を引っ張るんじゃないぞ……小娘」
 破軍は冷酷で口が悪いが、根は優しく、思いやりのある性格。前衛として切り込んだ位置は、さり気なく花梨を背中にかばっていた。
「花梨姉ぇを助けるのじゃ、私は戦術攻で小鬼の体勢を崩すよう牽制するぞ」
 迅鷹に助力を受けた花梨に、ヘルゥは攻撃を促す。戦将軍の剣の歌が響く。アルーシュは、花梨に頷いて見せた。
「それそれっ、鬼は外じゃ!」
 黄金色の宝珠に練力を込める。ヘルゥの瞳が赤く輝き、宝珠銃「皇帝」を放った。
「キサマらの相手は……俺だろうが!!」
 野獣は、力を力でねじ伏せる。破軍の咆哮は、龍を狙っていた小鬼をおびき寄せた。
「手前ぇの血の海のたうちまわっていろ……」
 炎の力を帯びた霊剣「迦具土」が、破軍の頭上に振りあげられる。武器ごと頭から小鬼を叩き斬った。
「皆さんお怪我は無いですか? さ、白梅の里へ急ぎましょうか」
 龍に乗った良助から、拍手が響く。穏やかな笑みを浮かべ、アルーシュは戦いの終焉を告げた。


●福は内
「ここの梅の花が見たくて……」
 アルーシュは深呼吸した、淡い香りが鼻をくすぐる。目を細め、相棒を見やった。
「フィアールカ、本当に良い香りでしょう?」
 アルーシュは、駿龍に三分咲きの枝を指差す。フィアールカは、鼻先を近づけ、白梅の匂いを楽しみ始めた。
 花盛りは、これから。アルーシュは自分の中の約束を一つ果たせたことに喜んだ。
「え。宴に参加?」
 りんお香「梅花香」と簪「早春の梅枝」を差し出しかけた真夢紀、動きが止まった。
「無料でってのは……あ、誕生日お祝いなんですよね?」
 真夢紀の贈り物、澄酒「清和」は宴の場に鎮座することになる。
「おりん姉ぇおめでとうなのじゃ♪ ウメという花も綺麗じゃし、皆が帰って祝いの宴、これで無事に福は内じゃなーっ」
 りんの手を振りまわし、ヘルゥははしゃぐ。砂漠にないものを一杯見れて、今の境遇に不満はないらしい。
「めでたい席には、笑顔が一番でありんすな」
 土産の祝い酒を振る舞う牡丹、羽織「舞散桜」が宴に彩りを加える。風に舞う桜の花びらを模した刺繍は、近づく春の気配を感じさせた。
 梅の花湯とは、梅花の塩漬けを湯に浮かべたもの。真夢紀は、意外に料理が得意。二年ほど前に、社に腰掛けた巫女さんと一緒に作った思い出がよみがえる。
「梅の花見ですか……。以前梅の花湯作りに参加した事がありますけど、こちらの里でも作られるのでしょうか?」
 梅の実が特産品の白梅の里では、梅花の梅肉漬けもある。食いしん坊で、舌が肥えているのはご愛敬。興味を示す真夢紀のために、梅の花湯も準備された。
「わっちも、手伝うでありんす」
 牡丹は、妓楼・【華角楼】の花魁。芸事、教養に長けている。手際良く、お湯を注ぐ。いつまでも失われない梅の匂いが漂った。
 数少ない客人にお茶やお茶菓子を出すのが楽しみなアルーシュは、立場が逆転。三人は並んで、花湯を味わう。
「……ん? なんで皆豆を投げておるのじゃ?」
 良助から大豆を渡され、不思議がるヘルゥ。掛け声とともに、庭に豆がまかれる。
「なに、これが節分…じゃと?」
 固まったヘルゥを、炎龍が見れば、なんと思っただろう。ヤークートが居なかったことに、ちょっぴり感謝。


 梅の華を眺め、ふらりと出歩く左京。番傘が回される、西から東へと。月の沈む方角から、陽の昇る方角へと。
 梅を見て、思い出すは愛しき片割れや家族。思い出が薄れて行くは怖ろしく、欠けて行くも同様。
 左京は、冥越の隠れ里で細々と幸せに生きていた修羅。アヤカシの襲来により里を失い、里民、両親、多くいた兄姉、妹弟も全て失う。
「わたくしが居たいは此処に在らず……。前を向き、歩いて…歩いた先に、貴方はいらっしゃらないでは御座いませぬか……」
 うつむき加減になった左京の番傘は、回る速度を早める。素敵な出逢いも、沢山あった。
 さりとて、忘れ、薄れ、欠けていく事を恐れる。「過去」になり、認める事が出来ぬは、まだまだ弱き者と。
「チビ助、子供は寝る時間だ」
「……貴方様は、名も覚えれぬ虚けでしょうか?」
 破軍の声が、現実に引き戻す。番傘を回すのを止め、左京はそっぱを向いた。
「明日は、さっさと帰る。待っているからな」
「待っている、で御座いますか?」
 破軍の言葉に、左京は不思議そうに振り返った。破軍は無視して、家屋に戻って行く。
 左京を見守っていた炎龍の篁を、軽く見上げた。破軍の甲龍は、神楽の都で留守番中。
「月雅だったか。ふむ……意外と可愛いものだな」
 ついて来た迅鷹を片手で構う破軍の本名は、御架月という。同じ部隊、護法十二天に属する左京は小うるさい小動物。
 同族のよしみで、声を掛けただけ。ぶっきらぼうな青年は、黒く染めた髪をなびかせながら去っていった。


 詩聖の竪琴を手に、アルーシュは縁側に座る。真夢紀と白梅の花を摘む、りんを待っていた。
「よりお幸せそうで、良かった……」
 「無理は禁物」と機織師は、清太郎たちに心配された。白梅の便りに呼ばれ、一時療養から復帰している状態。
「おりんさん、お誕生日おめでとうございますね。良助さんに話しを聞いてきました」
 アルーシュは七色に光る螺鈿の櫛を、りんに手渡した。そして、白梅の花祝いの歌が紡ぎだされる。
「淡く綻ぶ春告げの花 香り立つ君の微笑み重ね
重ねる幸は千代に八千代に 盛りを迎えん
めでたき君の誕生日」
 アルーシュの歌を聞きながら、小雪は座布団の上で丸くなっている。春の香り袋を揺らし、梅の花を摘む真夢紀を待ちながら、眠ってしまった。


 挨拶と祝いの言葉を済ませた薺は、護刀にささやく。
「護刃、少し歩きませんか?」
 里の道端の白梅の元に来た。薺は地面を払い、護刀に座るように促す。
「白梅の花言葉は『気品』でしたか。その言葉通り綺麗なものです」
 護刀は枝先の白梅の花で遊んでいた。無防備な表情の護刀と視線が合った。薺の口から、思わず言葉がこぼれる。
「それにしても、旅する夫とそれを待つ妻ですか……」
 薺の手が自然と懐に伸ばされた。胸元の守刀「護刃」を撫でる。常に懐に在ることで心を守るという想い。
「護刃、私は……いえ、何でもありません」
 薺がふっと思い出したのは、里の新婚夫婦。
「なんじゃ?」
「同じ道を共に歩く、とても幸せそうな二人でしたね」
 不思議そうに尋ねる護刀は、しゃがみ込んだ。薺の瞳と護刀の瞳がぶつかる。
「折角、月が綺麗なのですから、少し飲みませんか?」
「同じ月に花を眺めて杯交わす。……何とも、贅沢なことじゃのぅ?」
 冬の陽は短い、東の空に早くも月が昇る。薺は懐から杯を差し出し、腰のひょうたんを注ごうとした。
 静かに笑った護刃は、杯を受け取り、傍らに寄り添う。
「解けぬ雪積もる中、蕾は開き白梅は香る」
「冬咲く梅花の香りに包まれ、白き道を共に共にと願いて歩み行く」
 謎かけのような、薺の言の葉。護刃は合いの手を返す。
「宵の刻、重なる月花は同じ白さに溶け合いて、人を魅せんと輝かん」
「さあて、春告鳥が啼くは何時か、かの」
 さらに、続く薺の言葉。護刃は一杯傾けた、息を吐き出し梅を見上げる。
 護刀はひょうたんを取り上げると、薺の杯に注ぐ。護刃は酒に弱いため、親しい者の前以外では飲まない。
 薺は杯に視線を落とす、愛おしい笑顔が揺らめいている。ただ一人の女性だけを愛すると、心に誓いを立てた。
「今は何とも可愛げのある姿じゃな」
「満開となった時に、また花見でもしたいですね」
 忍犬の銀蘭も、駿龍の睡蓮も、神楽の都で薺と護刃の帰りを待っている。いつか相棒たちも伴って、再び訪れる日があるかもしれない。