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■オープニング本文 ※注意 このシナリオはIF世界を舞台とした初夢シナリオです。 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。 ●初夢 すぐ隣にあるかも知れない、舵天照にとてもよく似た、平行世界。 どこかで見たことある風景と、どこかで見たことある人々。なぜか地名も、呼び名も、持ち物も、人物も、舵天照の世界と全く同じ。 一つだけ違うとすれば、「開拓者の朋友たちは全て意思を持ち、擬人化できる技法を持つ」こと。 開拓者と出会って朋友となった日から、グライダーさえも擬人化して、絵を描ける。 練力切れで宝珠に引っ込む管狐も、擬人化すれば勝手に動き、お買い物を楽しめる。 言葉をはなさない鬼火玉も、擬人化すれば自由に人語を操れ、開拓者と歌い踊れる。 食べることができないアーマーも、擬人化すれば、美食家に変身することもある。 不自由があるとすれば、翼をもつ者や、空中に浮く人妖などは、空を飛べなくなること。でも、開拓者と一緒に過ごす日常は楽しくて、不満は浮かばない。 これは舵天照に似た、不思議な世界の物語。開拓者と朋友たちの、日常の一幕。 ●引っ越し 年の瀬が迫る中、神楽の都のギルド本部に持ちこまれた依頼。こともあろうに、大みそかの引っ越しだった。 「引っ越しか。この年末に、よくやるな……」 「でも天儀の寒さとか、異常ですよ! 僕の故郷も、一年中暖かいですからね。僕だって、北面が騒がしくなければ、故郷で過ごしたいです」 「……南国育ちのお前さんには、避暑ならぬ、避寒が必要そうだな。だが、冬の間、薄着で過ごせるのは、贅沢な生活だと思うぞ」 生まれて初めて冬を体験した、新人ギルド員。拳を振りかざし訴える。ベテランギルド員は、楽しげに告げた。 ギルドの受付で、ギルド員たちから説明を受ける。 「大みそかの日に陽州の首都の陽州市へ、依頼人を連れて行ってださい。陽州は天儀南方に位置する儀で、鬼ヶ島として、民間には伝わっています」 「依頼人は、渡りの物産飴屋と名乗った。まあ、原料にもこだわりを持つうちに、農作業研究なども手掛けるようになったらしくてな。修羅の開拓者が出現したことにより、陽州に興味を持ったそうだぞ」 「現地に赴き、納得のいく原料を入手するのが信条らしいです。陽州は一年中暖かいときいて、食べ物の少ない天儀の冬の間だけ、移住するって言っていました♪」 「……ん? お前さんは、物産飴屋を知らないのか?」 聞き慣れない言葉、開拓者の目が点になっている。ベテランギルド員は、腕組みしてうなった。 「そうだな……各地方の果物の味のついた飴を売る、飴売りの一つだと思いばいい。依頼人は真面目な飴職人で、様々な飴の研究もしているぞ。 ……奇抜な格好をするのが、飴売りの特徴かもしれんがな。頭の鉢巻きに、迅鷹の大きな一枚羽を挿していたか」 ベテランギルド員がぽつりと漏らす一言に、少し不安が募る。開拓者は視線を合わせないまま、説明を受けた。 「鬼が島と呼ばれる陽州だから、少し不安らしい。早い話が、旅の護衛だな。現地について宿屋を見つければ、依頼は完了だ」 「大みそかの引っ越しだから、元旦は陽州で迎えますね。依頼人と同じ宿屋で、一泊してきてください。 天儀のひっこし蕎麦とやらを兼ねた、夕食の『年越しそば』。元旦の朝食を兼ねた『年明けうどん』も、おごってくれるそうですよ」 「陽州市で飴の初売りをするとも、言っていたな。販売を手伝う条件で、りんご飴とか天儀の飴も作ってくれるそうだぞ。簡単な道具は、木箱で持ち歩いているらしい」 「それとも、陽州の正月の見物します? 天儀と変わらないかもしれませんが、お酒が多いそうです。お酒のお土産があれば、修羅の酒盛りに参加したりも、できるでしょうね」 「そうそう護衛人は多いほうがいいと、朋友の同行も希望している。朋友は、そのままでも、擬人化しても構わないそうだ」 「必ず、相棒と一緒に、ギルドまで来てくださいね!」 ギルド員たちに、朋友の同行を念押しされる。朋友と一緒のお正月。お酒好きな修羅の国、陽州で何をして過ごすか、ささやかな悩みが増えた。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
小伝良 虎太郎(ia0375)
18歳・男・泰
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
深山 千草(ia0889)
28歳・女・志
からす(ia6525)
13歳・女・弓
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●宴会場より 擬人化した朋友が全員揃うと、圧巻だった。少しだけ酔っぱらった飴屋は、自己紹介を思い出す。 一番高い七尺三寸(約220cm・以下単位略)は、ジライヤの峨嶺。二十五歳のうら若きの女性で、からす(ia6525)の相棒。蛙獣人と聞いたが、外見は人間と変わらぬ。 壁際に引っ張られていくのが、鷲獅鳥の翔星の五尺九寸(180)。相棒の劉 星晶(ib3478)や峨嶺と飲み比べして、鷹獣人はひっくり返った。 着物「月に雲」を纏った月雲 左京(ib8108)は、翔星と同じ身長の修羅に膝枕されている。炎龍の篁と紹介されたが、二人は兄妹のようにも見えた。 左京の隣に運ばれた翔星に、ぬれた手ぬぐいを差し出しているのは、小さな茉莉花。六つの少女は、酔っ払いの介抱にあたる相棒の深山 千草(ia0889)を、懸命に手伝っていた。 ご馳走に、はしゃいでいた八曜丸。壁際の人々を心配したのか、相棒の柚乃(ia0638)を連れて様子を見に来た。 四尺五寸(150)の八曜丸(ia0347)の視線は、柚乃を見下ろす。もふら時より、人間姿は少し背が伸びた。 歓声が沸いた。飴屋が視線を動かすと、小伝良 虎太郎(ia0375)と相棒の龍獣人のが、荒鷹陣を決めている。 駿龍の龍太郎は六尺(182)で、外見は十八歳に見えるが、実際は十五歳。「兄ぃ」と慕う虎太郎より年下だときいて、飴屋は少し驚いた記憶がある。 拍手の音頭をとる、きれいなお姉……否、お兄さんのキクイチは、刃兼(ib7876)の相棒。「……実はオカマ」と、刃兼に耳打ちされた。 キクイチは立ち上がると、刃兼より背が高い。縁側の読書中に、刃兼は背中に寄りかかられ、邪魔されることもある。猫じゃらしで気をそらすのは、猫又対策とのこと。 笑みを浮かべた飴屋のあおる酒は、羅喉丸の手土産。多岐にわたっているのは、酒好きの師匠、蓮華の指導のたまもの。 目印の酒入りひょうたんは、人妖のときも変わらない。蓮華が擬人化した日には、札を投げられ「酔拳で避ける特訓」もあったとか、なかったとか。 ●陽州へ行こう! お辞儀をする飴屋の頭で、迅鷹の羽が優雅にそよぐ。 「迅鷹も格好良いんだよねー……って、龍太郎泣きそうな顔しない! 捨てたりしないから!」 激しく、うなだれた龍翼。龍太郎は潤んだ金の瞳で、虎太郎を見下ろす。 「兄ぃ、ほんまか? ほんまに、わいを陽州に置き去りにせんのやな!?」 「絶対しない!」 大泣き寸前の相棒にしがみつき、虎太郎は必死で弁解。龍太郎の龍しっぽが、少しだけ安心した。 絵付本「もふらさまのすべて」を抱え込んだ、もふら様大大大好き♪柚乃の紫の瞳が、不思議そうに瞬く。 「もふら様と聞いたら、もふ毛と食いしん坊。体型とかも、もふっ?」 「……で、おぬしは何を想像したのじゃ?」 ややきつめらしい、大きめな金色の瞳。端整な顔立ちは、やや呆れたように苦笑する。 「もふもふじゃないのが、ちょっと残念なような、そうでないような……」 ちょっとだけ頬を膨らませる柚乃。八曜丸は、いたって普通な可愛らしい男の子。 高めに一つ束ねられた藤色の髪は、もふらの毛色と同じ。サラリとした髪を、八曜丸は困ったように揺らす。 「おいらは、おいらなのじゃ♪」 相棒用色眼鏡をかけた、小生意気な八曜丸が、柚乃の前に登場した。腰にさした小刀の鈴付きのもふらの根付けが、やんちゃげに鳴り響く。 くすくす笑い始める、柚乃。八曜丸は満足そうに、様子を見守った。 「へぇ、鬼が島ですか……まだ行った事無いですね」 「篁、揚州とは……安全な、場所なので御座いましょうかね」 「揚州には同属がいる、きっとな」 左京の頭を撫で、篁は言い切る。 「陽州の良い宿を知らないか?」 「あいにく、冥越の方だ」 羅喉丸に尋ねられた篁は、さりげなく一歩前に出る。無言で人族を窺う、左京を背中に庇った。 「礼儀を知らぬ弟子で、迷惑をかけたのう」 蓮華の酒入りひょうたんが、弟子の頭を小突く。次いで蓮華は右手に力を込め、羅喉丸の後頭部を押さえ付けた。 じっくりとお辞儀をさせ、弟子の不始末をわびる。「羅喉丸の師匠」にして「酔八仙拳の達人」、……蓮華の自称だが。 「気にするな」 腰まである真直の黒髪が、左右に揺れる。口数の多くない篁は行動派、身ぶりで大丈夫と伝えた。 左京は、冥越出身の修羅。篁も、同郷。羅喉丸の質問に答えられない。 「……北面の関係で、今年は里帰りできないと思ってたんだが」 もちろん、陽州出身の修羅も居る。刃兼は、キクイチと小声で話しあった。 「よく、分からないが……結論として、この二つの宿を押す」 宿名を記した半紙を、刃兼は前に突き出した。口癖のわりに自信に溢れ、揺るぎない声音。 刃兼は少々ズレているのか、たまに小っ恥ずかしいことを、さらりと言ってしまう。ついでに、やってしまう? 「こっちは寝床が柔らかくて、わっちのお気に入りでありんす♪」 キクイチのみかん色の瞳が、うっとりと瞬きする。キクイチ……「菊市」は、昼寝に余念が無い。 「天儀の厳寒と違って、陽州はホントに暖かいよ」 「上着は要らないのか?」 「陽気に負けて、納刀した刀を支えにうつらうつら過ごす正月ってのも、悪くないかもしれない」 スピリットローブの奪い合いに負けた翔星は、刃兼に何度も念押し。刃兼は纏う護身羽織を、脱いでみせた。 「もう冬は俺もずっとそこに住んでいましょうかね。本当に」 好奇心強く、面白いモノ好きな星晶は、泰国出身の黒猫獣人。暇になると天儀の彼方此方をふらふらしているが、冬の寒さは堪えた。 「陽州に、きやしんす♪」 「年中暖かいなんて、良い所だ!」 猫玉を揺して誘うキクイチと手を取る翔星、人に優しいが星晶には優しくない。ガン無視。 「冬にも食べ物一杯だなんて、陽州っていいところだね」 「せやなー」 陽州万歳、食いしん坊たちは上機嫌。元気と好奇心の塊の虎太郎は、待ちきれない ガタイの良い格闘青年の背中で、龍翼がせわしく羽ばたいた。龍太郎の青緑の髪が何度も頷く。 「いいねぇ、修羅共と飲み比べしたいねぇ」 「暴れるのは、程々にね」 力比べも、賭事も好きな峨嶺。袈裟を着た、姐御肌の破戒僧は、血が騒いでたまらない。 錫杖とひょうたんを預けられた、からすの一言。 「あっはっは、仏さんはいつも見とるよ。悪事となれば天罰食らうさ」 長い赤髪は、全身さらしの豊満な身体を揺らした笑いする。峨嶺の口元から、やけに長い舌が覗いた。 ●酔っ払いロード 宿屋の食堂を兼ねた飲食場は、宴気分。 「うーん、酒盛りにちょこっとだけ、お邪魔したいかな」 「やっぱりご馳走なのじゃっ♪」 尋ねられた柚乃は、相棒に視線で聞く。もふらは、もふら。八曜丸は即答する。 「他には温泉とか初日の出とか……っ」 「ご馳走なのじゃっ!」 ご飯を食べている時が、一番の幸せ。虎太郎の持論に大賛成。柚乃の意見は、八曜丸の大声にかき消される。 「天儀には、わんこそばとか言う、食べ方がありんす♪」 キクイチの噂話は、龍太郎により誇張された。食べ方の手本と称して、店のそばを食べつくさんばかりの勢い。 「おそば、美味しい♪」 「ゆっくり食べるのよ」 茉莉花は千草に口元を吹いて貰う。そばを食べようと羅喉丸は、蓮華に連れられてきた。 「どうしたら良いかしら?」 「……うん、まァ、陽州でもそれなりに派手な布地使うし、大丈夫だろ」 「……服より、店を出す許可が、必要なんじゃないのか?」 依頼人と話していた千草が、困った顔で出迎える。話し相手になっていた刃兼は、言い淀む。 明日の出店話をしていたが、場所がないと断られた原因。羅喉丸は、眉を寄せる。 「天儀にも無い酒じゃ」 智徳の輪を揺らす、蓮華。羅喉丸が手土産として持ってきた酒をいくつか奪い、修羅たちの前に置く。間をおかず、依頼人の出店が決まった。 唐突に【武炎】荒鷹陣の舞いの手袋をはめて立ち上がった、虎太郎。酒を飲めるが、酔うと荒鷹陣を連発しだす。 技が決まった瞬間、格好いい効果音が手袋から鳴り響いた。 「わいもできるで♪」 龍太郎は下戸、飲んでは居ない。だが、陽気で人懐っこい性格は、虎太郎の真似を始めた。 「いいね、いいね!」 格好いい効果音が響くたび、酒の入った修羅たちは盛りあがる。峨嶺も、手を叩いて面白がり、蓮華の縛った黒髪も踊った。 「ほれ、羅喉丸、次は妾が注いでやろうぞ」 朱塗りの大杯に、羅喉丸の顔が移りこんだ。酒の中の顔は、目を細めて笑う。 「正月を、今年も生きて迎えられる事に感謝……かな」 職業柄、死が常に付きまとう羅喉丸が、心から宴会を楽しめる理由。 蓮華は小馬鹿にしたように、鼻を鳴らした。いくつかのひょうたんを手に取り、唐突に投げ付ける。 龍袍「江湖」は、空を舞う。あらゆる方向に飛ぶひょうたんの口を、酔拳士は手刀で切り飛ばした。 羅喉丸は見事に着地。ひょうたんを残らず受け止め、修羅たちに酒を大盤振る舞い。 「手土産がこれだけでは、足りなかったかのう?」 感心な弟子に、師匠はくすっと笑う。思わぬ宴会芸と陽州の酒の礼に、修羅たちはご機嫌。羅喉丸と蓮華は、豪快な拍手を頂戴した。 「なかなか、いける口じゃないの、お嬢」 「うん、良い酒だ」 からすは酒が飲める年齢、峨嶺と花彫酒を味わう。 「星晶、もう一度勝負しろ!」 おちょこを手にした翔星は、少しだけ頬が赤い。耳の鷲羽毛を、激しく動かす。 「勝負はつきましたよ?」 そばの早食いは、どんぶりの外に付いたネギを見落とした翔星の負けだった。汁をすすり終った星晶に「全部、食べていません」と指摘される。 「のらりくらりとかわすな!」 物静かで生真面目な翔星を、激昂させる原因。昔、星晶と勝負して、負けたから。 「星晶様、他にはどのような勝負を?」 「もったいぶらず、教えなよ」 左京と峨嶺に言われ、星晶様は口を開く。いわく、最初は「駆けっこ」だった。 「終着点手前で『何故か』翔星の動きが止まったので、早駆けで追い抜きました」 「ちゃんと脚で勝負しろ!」 「面倒くさいです」 「俺は認めない。もう一度勝負しろ!」 貴重な酒を一気にあおり、翔星は机を叩く。ちびちび味わう星晶は、拒否した。 「騒ぐなら、表でやってくれ」 黙っていた篁が口を挟む。大きな声に驚いた茉莉花が、千草の影に隠れたのを見つけた。「うちの左京だけでなく、周りに悪い影響が出る」と睨みつける。 「仕方ありませんね。じゃあ飲み比べで」 「やるねぇ、漢だねぇ」 酒の国らしく、酒樽を指差す星晶。峨嶺も一升マス片手に、参戦の意思を示した。 酒笊々を使える星晶は、酩酊を回避できる。加えて峨嶺はザルだ、酔い潰れはしない。 「よーし、乗った!」 ……翔星、哀れ。新年早々、からすや千草に介抱されるはめになる。 「左京、終わりだ」 「た、篁! それはわたくしの…っ」 左京の杯を取り上げ、篁は飲み干した。取り戻そうとする、左京の足元がふらつく。 「珍しく行儀が悪いな。……慣れん事をするからだ。」 左京を抱きとめ、篁はささやく。雄雄しき父に比べて、随分と頼りのない左京。 過保護な篁は無言で膝枕を提供し、左京を臥床させた。 「……返す言葉も、御座いませぬ…」 視線はさ迷う、障子の外を、縁側を。思い出し探すのは、過去の影。 「馬鹿な、事を……」 アヤカシにより、左京の里は無くなった。家族、里民、かの婚約者。 「夢は、何と儚く甘やかなので御座いましょう……ね」 愛しい、最愛の片割れの名を呼ぶ。唯一生き残った双子の兄は、左京たちを保護した人間のせいで、この世を去った。 「誰もおらぬこの世を……篁、申し訳ありませぬ。貴方が、いましたね」 呟きやき欠けた左京は、上を向いた。泣きそうな顔で、ほほ笑む。 無言の篁の右手は、左京の顔の上に置かれた。まぶたを閉じ、ゆっくりと眠るようにと。 ●天晴れ新年 朝食をご馳走になったあとは、陽州へ繰り出す準備。悩む茉莉花に、千草は正月らしい獣羽織「桜」を着せてやった。 「ねぇ、お外に行って、なにしようか?」 「そうねえ……、天儀では珍しい果物でも探して、市場や屋台を覗いてみるのも楽しそうね」 振袖「椿」をまとった千草の頭に、簪「早春の梅枝」が揺れる。 「用意できしんした?」 黒地に紅葉柄の着物姿は、部屋の外から尋ねる。腰まで届く黒髪を後頭部で束ね、キクイチは準備万端。 目の際と唇に、紅を差したキクイチは中性的な面差しなので、違和感無し。うらやましがる茉莉花や柚乃に、紅の手ほどきを。 「陽州にも、もふらはおるのかの?」 「市に、居ると思う」 宿の入口で、刃兼と八曜丸は相棒を待ちかねていた。やっと出てきた柚乃は、結い上げた髪の花飾りを気にしている。 「八曜丸は着ないの?」 「おいらは、そういうのは苦手じゃ……だからこのままでいいのっ」 古めかしい狩衣を、断固として脱がない八曜丸。態度は、柚乃の兄そっくりだった。 「おいで、茉莉花。逸れたらいけないわ。手を繋いで行きましょうね」 茉莉花のつぶらな黒い瞳は、興味津々。手を引き、おっとり笑う千草。 「天儀の寒さの中で迎えるお正月も、身も気持ちも引き締まって良いものだと思うけれど。こちらのお正月は、おめでたい雰囲気がより増すようねえ」 「わたし、お正月好きだよ♪」 白柴の忍犬の毛色を色濃く残している、もふられ好きな茉莉花の白い髪。撫でながら、千草は話を聞く。 「物産飴屋って、おいら初めて聞いたなー……美味しそう」 八尺棍「雷同烈虎」に巻きつけた布が、飴屋の看板。じーっと、虎太郎は飴を見る。 「……宣伝するのに、先に飴を一欠け貰っちゃ駄目かな?」 黄色い虎の飴細工が二つ、虎太郎に渡される。龍太郎と仲良く半分こ。はしゃぐ柚乃も、飴屋のお手伝い中。 「柚乃、林檎飴と、もふら様の飴が食べたいです」 持参してきた、薔薇の花びらの砂糖漬けを差し出しつつ、おねだりする。飴作りに使って欲しいらしい。 「八曜丸♪」 「おいらが居るのじゃ!」 しばらくすると、薔薇の花びら入りベッ甲飴と、待望のりんご飴が柚乃に手渡された。りんご飴を頬張る柚乃は、飴細工を相棒に。 目を丸くする、八曜丸。最後の飴細工は、もふら時の八曜丸そっくりだった。 「果物の味がついた、ごっつぅ美味い飴やでー! そこのねーさん、お一つどうや?」 気合が入った龍太郎、竜門の御守りが元気に揺れていた。戦いはあまり好きじゃないが、いざという時には根性を見せる。 「綺麗で美味しい天儀の飴だよー! 新年の景気付けにお一つどうぞー!」 虎太郎も、負けじと声を張り上げた。体中で感情を表現するタイプ。 「茉莉花はん、どうでっか?」 出店交渉に尽力した千草たちを見つけ、龍太郎は声をかける。 「千草、見て見て、飴細工だって。凄いねえ、可愛いねえ。それにね、とっても甘ーい、良い匂い」 不思議な、不思議な、飴細工の技術。ほわわと、茉莉花は見上げる。懸命に、千草の着物を引っ張った。 「あのね、おすすめの味を下さいな」 「はい、どうぞ」 飴屋に、茉莉花からのお願い。できたてのベッ甲飴を、柚乃は茉莉花にお裾わけした。 「可愛い飴、ありがとう♪」 「柚乃ちゃん、ありがとうね」 見たことない中身に、茉莉花は大はしゃぎでお礼を言う。千草も、ほほ笑みを浮かべた。 「茉莉花、一人で全部食べられるの? ふうふうして食べるのよ」 柚乃に頭を下げた千草は、しゃがみこんだ。少し熱を持つベッ甲飴を指差し、語りかける。 「うん!」 茉莉花の花言葉の一つは無邪気。一口飴をなめた茉莉花に、大輪の笑顔が咲いた。 「行くぞ羅喉丸、置いて行くぞ」 飴職人の初売りを、覗いていた羅喉丸。二つの飴細工を手に、急かす蓮華の元にやって来る。 天儀の縁起物らしい、鶴。蓮華は、人妖時の十四の少女の瞳で飴細工を見つめる。 「陽州見物にくりだすか?」 「妾は珍しい物が見たいのじゃ!」 羅喉丸の声に、我に返る蓮華。思わず鶴を握りしめたまま、師匠の顔に戻る。 でも、師匠の言い分は、わがままな娘そのもの。穏やかに見守る羅喉丸を伴い、蓮華の姿は市場に消えた。 羅喉丸が、飴を手にした様子を見ていた峨嶺。たくさん出来上がったベッ甲飴を、いくつか買い込む。 「美味いじゃないの。お嬢も食べてみ」 「ほう」 からすと一緒にご賞味。峨嶺の舌に気に入られた飴は、近くの人々へ分け与えられる。 「飴なんて、久しぶりだ」 「……飴が嫌いですか?」 もごもごと飴を味わう刃兼は、感情の起伏が少ない。真剣に味わっているだけなのだが、星晶には苦虫をかみつぶしているように映った。 「刃兼はん。せめて、仕事中の顔やめたって、バチは当たらないでしょ? ほら、笑顔笑顔」 「いかがでございますか?」 「美味」 「うまいぞ♪」 キクイチがあきれたように、突っ込む。隣で、仏頂面で味わう相棒たちに、左京も声をかけた。 篁は片手をあげ、翔星も同意。二十代前半と二十八の青年たちは、飴に没頭する。 「善行、善行。……?」 機嫌良く、飴屋の存在を広めていた峨嶺。目つきが、鋭くなった。 タチの悪い、酔っ払いがいる。見かけぬ飴屋に、因縁をつけようとした。 「お嬢」 「許す」 眼前の悪事は、見逃せない。峨嶺の声に、からすは即答した。 獣鎖分銅が宙を舞い、酔っ払いを絡み取る。先頭の分銅が飛び、修羅の頭から除夜の鐘が鳴った。 「おらぁ! 新年早々、人様に迷惑かけてんじゃねぇ!」 ありがたい、ありがたい峨嶺の説法。悪酔いが覚め、正座した修羅は小さくなる。 破壊僧でも、この辺は流石僧侶。仁義を大切にしており、礼儀にはよく気を付けている。 「いやはや、待たせたね」 「いつもの事でしょ」 風情、雅、侘び寂びといったものを好む、からすは飴を味わう者たちに、お茶を振る舞っていた。 「寺や神社へ参拝?」 「今年も多く善行が積めますようにねぇ」 からすは赤のリボンを揺らし、背伸びする峨嶺を見上げた。 「今年が良い年でありますようにとか……」 「千草、良い年って、なあに?」 「ふふ、そうね。茉莉花と、仲良く過ごせますようにかしら」 幼い茉莉花は不思議そうに尋ねた。千草は、分かりやすく言い直す。 「仏さんは寛大よ。他の神さんも笑って受け入れてくれる」 ジルベリア風に言うと、「神様達は結構フランクである」が峨嶺の言。姐御は茉莉花の頭をなでる。 「行くか」 「篁、わたくしを……置いていかないで下さいませ……っ」 遠ざかる漆黒の着流しに、緋色の羽織。篁の服の裾を掴み、左京は訴える。 「一人ぼっち、置き去りは、苦手で……御座います」 「はぐれるなよ」 緋色の瞳は、優しくほほ笑んだ。改めて左京の手を握り、踏み出す。 「どっちが神社に先に着くか、勝負しろ!」 「今年もずっとこんな感じですかね。まぁ、楽しくて良いですけど」 星晶は早駆で、怒鳴る翔星を撒きにかかる。問答無用で、勝負は始まっていた。 「……ありゃ。刃兼はん、せっかく陽州に来たのに、親父はんや兄はん達のトコに帰らないでありんすか?」 「まあ、陽州に戻ってきたのは護衛のためだし、実家に顔を出さなくても大丈夫、か」 参拝道中の最後尾を歩くキクイチは、驚いた。五人兄弟の末っ子は首を傾げて、茶と緑の瞳を瞬かせる。 「仕事だから……って、いや、いかにもマジメな刃兼はんらしいけど、一年の計は元旦にアリ! でありんすえ」 「……キクイチの元気さは、どこに行っても変わらないな」 「大切なのはイリとヌキ、ハレとケ、親孝行でありんす」 イリとヌキは、入りと抜きとも書く。ハレとケ、非日常と日常の意味。 切り替えも、親孝行も大事とキクイチは言い張る。刃兼を心配し、一緒に天儀まで来てくれた相棒。 「キクイチ、ありがとう。今年もよろしく頼むよ」 「今年もよろしゅう頼むでありんす!」 参拝のあと、刃兼とキクイチは懐かしの我が家へ足を向ける。飴と思い出話を、お土産に。 |