【緑野】参、願う緑の地
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/22 19:19



■オープニング本文

●緑野
 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。
 神楽の都に程近い、街道から少しだけ朱藩寄りの場所。ケモノも、植物も、虫も、人も、皆等しく、自然の恵みを受ける土地。
 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。
 「魔の森」の東の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。
 しかし、ギルドにつづられるのは、現在。
 魔の森が、新たな名で呼ばれるまでの記録。名もなき迅鷹の家族が、新たな住家を得るまでの出来事。
 ―――始まりの物語。

●約束
 黒く焼け焦げた大地は、少しだけ白く染まる。初雪がちらつく中、朱藩の臣下は穴を掘っていた。
 緑色の宝珠が、穴の中に大事に置かれた。朱藩のある村の土を、宝珠の上にかぶせる。
「また迎えにくるよ、朗報を持って」
 朱藩の王から託された「繁茂の宝珠」の貸出期間は、一年。臣下は、しばしの別れを告げた。
 生者無き村は、住む人を探している。再び村と呼ばれるまでには、数年を要するか分からないが。
 命は巡る、命は花開く。きっと、村は復興すると信じて。


「修羅さま……か」
 腕組みをしたベテランギルド員をうならすのは、武天の武州の街道沿いから運ばれた数々の手紙。
『開拓者の皆様、岩屋城を守ってくださり、ありがとうございました。礼文と共に願書を送るのは、心苦しいのですが……岩屋城を共に守ってくだった修羅さまを、探してください』
 岩屋城の戦いに参戦した修羅の一族は、修羅の王を守護していた者だと聞いている。
『世直し旅をしていた修羅さまに、もう一度会いたいです。僕はいい子になった姿を見せたいです』
 武州の合戦の前に、アヤカシに対する囮役として派遣された偽修羅一行。偽修羅さまは世直し旅をしながら、神楽の都から武州の伊織の里まで移動した。
 世直し旅の噂が広がりかけた所に、「武炎」と呼ばれる合戦が起こる。岩屋城には、魔の森近くの集落から避難していた人々がいた。
 包囲された岩屋城から見えた、戦う開拓者や修羅の一族は、避難民の心の支えに。武炎が収まったあとも、開拓者の活躍と共に修羅の噂も加わり、大量の「修羅さま恋文」が書かれたと考えられる。
「武炎に関係した修羅を、今すぐ見つけるのは難しいな。……仁(じん)を行かせるか」
 ベテランギルド員は、決断を下した。手紙を寄越した人々は、修羅の一族に会いたがっている。


「仁は武炎を知らないが、立派な開拓者の修羅だ」
「おいら、頑張るってんだ!」
 手紙をくれた武州の住民たちに、修羅の一員として挨拶してくる事。そして依頼を受けおった開拓者として、事情を説明すること。
 修羅少年の責任は重いが、本人は張り切っていた。
「おっちゃん、魔の森が無いって本当?」
「ああ、魔の森の跡地に、植物を植えに行く開拓者がいる。一緒に手伝って、勉強してくると良い。何年かかろうと、自然は蘇る」
「……おいら、勉強は嫌いだ。シノビの稽古は好きだけどさ」
「ふっ、まだ難しいか」
 少年だった修羅のシノビが、養い親の言葉の意味を実感するのは、二十歳になった頃だろう。困った表情の修羅少年の頭を、ベテランギルド員は掻き交ぜて笑う。
「お前さんが大きくなったとき、……もっと立派な開拓者になって、仲間と魔の森に乗り込めるようになってからの話だ。
ご両親の墓を建てると約束できるか? 建てるのは魔の森じゃない、緑の森の中だぞ」
 修羅少年の故郷は、冥越の隠れ里。アヤカシに襲撃され、もう無い。魔の森に囲まれた里に近づくのは、今の修羅少年には難しかった。
「父ちゃんや母ちゃんだけじゃなくて、里のおっちゃんたちもダメ?」
「皆の分もか、良い心がけだ。男同士の約束だぞ」
「うん、約束するってんだ!」
 往年の開拓者は、小さな開拓者の両肩に手を置く。修羅少年が約束を達成するころ、ベテランギルド員はもうこの世には居ないかも知れない。
 だが、修羅少年には、開拓者の仲間がいる。ベテランギルド員の人妖の相棒も、軽口を叩いて健在のはずだ。
 遠い未来の約束を、代わりに見届けてくれる者がいる。ベテランギルド員に、憂いは無かった。


「最後の大仕事を頼む。焼き払った魔の森の跡地を開墾して、植物を植えて来てきて欲しいんだ」
 目を輝かす修羅少年が、開墾に出掛ける開拓者を見ていた。魔の森に興味を持つ迅鷹親子も、受付台から見上げる。
「行くついでに、この修羅の坊ちゃんと子迅鷹を、街道沿いの村々へ届けてくれないか?
村人たちは、修羅に会いたがっている。子迅鷹は、両親が旅に出したいらしい」
 迅鷹の父母は、一人娘の背を押した。姿勢を崩した子迅鷹は、羽ばたき、修羅少年の肩に止まる。
「子迅鷹じゃ可哀想だよ、この子にも名前が欲しいってんだ。父ちゃんは月雅(げつが)、母ちゃんは花風(はなかぜ)って、つけて貰ったんだろう?」
 子迅鷹の頭をなでながら、修羅少年は訴えた。子迅鷹も、同調して鳴きじゃくる。
「やれやれ……子供たちのわがままに付き合う余裕があったら、名づけも頼みたい」
 ベテランギルド員は、ため息をついて、開拓者を見やった。
「あー、それから運搬や開墾は、ツテで頼んだ甲龍一体が、力を貸してくれることになってる。
……実は南国育ちで、寒さに弱くてな。ようやく、龍の防寒具が揃いそうなんだ」
 ベテランギルド員は、申し訳なさそうに、開拓者に付け加えた。南国育ちの龍だけで心配なら、開拓者の朋友もつれてきてくれと。
「開墾道具も、こちらで用意している。植物は、ヒマワリとイチョウはある。もし足りない道具や、他の植物が欲しかったら言ってくれ、準備するから」
 森の再生を願っても、様々な森がある。果樹園の森、花畑と共存する森、作物の近くの暴風林の森、社が佇む針葉樹の森など。
 将来、どんな森に育つか、開拓者の手にゆだねられた。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897
20歳・女・サ
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文

●修羅さまの宴
「このヒマワリの種は、あの村の……」
 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)は、種入りの袋を渡された。中身を覗き込み、驚く。
「ありがとう、これを託された者として赴ける事を、心より嬉しく思うよ。森の開墾、全身全霊をかけてやらせてもらう!」
 こぼれんばかりの笑み。大切な袋を、胸元に抱え込んだ。ギルドの受付の様子を見守っていた菊池 志郎(ia5584)は、目を細める。
「これからずっと人の営みを見守り、住まう生き物達を包み込んでくれるような。そんな頼もしい森をつくりたいものです 」
 蘇る緑の森。思い浮かぶのは、大地に力強く根を張った、まっすぐに伸びる木の姿。
「同じ迅鷹同士、旅の助けになるはずだ」
 琥龍 蒼羅(ib0214)の肩で、氷を思わす翼が羽ばたいた。
「暇があれば、戦い方なども教えておくか」
 迅鷹の飄霖は、父母迅鷹と会話を交わす。子迅鷹に最低限自分の身を護れる程度の力は、あって損は無いだろう。


「……寒いですね。もう、すっかり冬ですか」
 ウシャンカの下に、劉 星晶(ib3478)の黒猫耳は隠れている。が、帽子の原料の雪兎の毛を思わす雪に、身震いした。
「これから冬も本番になるね。時は、待ってはくれない。春を迎える為にも、今から出来る事をしないと……ね」
 相棒を迎えにきた柚乃(ia0638)の髪が、風になびく。
『おいら、頑張るもふー』
 もふらの八曜丸は、柚乃を見上げた。朋友は家族同然、柚乃は大きく頷く。
「……天儀の冬はこれが初めてでは無いですし、良いところも沢山ありますが……この、寒さ。呪わしい事に変わりはありません」
 泰国出身の寒がりの黒猫人は、白い息を吐き出した。帽子に外套に襟巻き。動きにくくなるのも困るので、完全防寒を諦めた。
「翔星を連れていきます。アレがしないのは、俺の相手だけですから……」
 翔星、主には冷たい。本当に冷たい。仁を喜んで背中に乗せるのに、星晶の声はガン無視である。
「相棒を連れてきていいなら、暮を」
 嶽御前(ib7951)は駿龍の背中に、必要な物資を乗せる。……秘密の食料も積み込こんだ。
「新たに戦乱が起こる処も有れば、鎮定され再起を目指す土地も有るという事で……」
 杉野 九寿重(ib3226)は、鷲獅鳥を見上げた。連れて行く白虎に、説明する。
「今回引き受けたのは後者の場所でしょう。これから冬の訪れが迫るにつれ、足りない状況が多々見られるが故に……」
 九寿重の説明は、伸びて行く一方。耐えきれなくなった白虎は、悟られぬようにため息をついた。
「ヒマワリと、イチョウ以外…天儀の植物には詳しくないのだが」
 ウルグ・シュバルツ(ib5700)は、しばらく考え込んだ。仏頂面な上に口下手なため、誤解を受けやすい。
「自分は人間だけでなく、動物達も集えるような実をつけ、森の水源涵養に役立つ広葉樹の植樹を提案します」
 嶽御前は、巫女装束「紅絹」を揺らす。艶やかな衣は、生命の強さを感じさせた。
「動物の食料となる、木の実が生るものを、頼めるだろうか」
 春はさくらんぼの生る桜、夏はイチジクとビワ、秋は柿や栗、冬用の柑橘類が追加で準備された。
『くるる……』
 鳥が喉を鳴らすように鳴く、駿龍のシャリア。増えた苗木を、背中に乗せて貰いながら、ウルグに向かって笑いかけていた。
「ボクは、人に有益な作物や薬草を植えたい」
 とはいえ、今は冬。耕作する人手も、すぐには集まらないだろうとフランヴェルは予想していた。
「今回は耕作地に出来そうな土地の周りに、成長すれば防風林となる木の苗を」
 フランヴェルの願いには、マツが渡された。砂浜でも生きる木。
「LO(エルオー)を連れて行くよ。毛皮を着ているから、寒くはないだろう?」
 眠たげな眼をしたLOは、南国育ちの甲龍と一緒に、何度も瞬きをした。


 旅道中は、賑やかだった。
「仁さんも、迅鷹の子も、初めまして。短い間ですが、一緒に色々なものを見ていきましょう」
 仁は志郎に元気な挨拶をする。
「柚乃も一度行った事があるけど……そことは違うのかな?」
 仁の故郷は、冥越の隠れ里だと言う。柚乃は、一年ほど前を思い出した。
「修羅の王…ていうか、今は『元』って言ってるけど」
 柚乃は小首を傾げた。神楽の都のどこかにいるハズ。
「本人、ひっぱってこようか?」
 柚乃は冗談気味に、語りかける。
「止めて下さい!」
 修羅の王を連れて来るなど、恐れ多い。嶽御前は、必死で首を横に振った。
「仁君。手裏剣は上手くなったかな?」
 以前、星晶は仁に手裏剣投げを教えたことがある。仁は「頑張ってる」と返事した。
「……余裕があるようなら、また見てあげましょうか?」
 黒猫耳の提案に、仁は歓声をあげた。元気と技術は、まだまだ向上中。



「俺は岩屋城の中にいました。共に篭城していた避難民の皆さんの生活は、落ち着いたでしょうか……」
「岩屋城にいた方達が、その後どうしているのか、気になったから……」
 志郎も、柚乃も、籠城した身。夏の一夜は、ひどく長く感じた。
「俺も戦の後どんな様子なのか気になりますし。……心安らかであると良いのですが」
 星晶は、仁に付き添う。幼い開拓者の傍で、見守っていた。
「修羅さまだ!」
 頭に角のある、修羅の一族たち。一番に発見した村の子供が駆け寄る。……転んだ。
 膝に擦り傷ができている。治療しようとした志郎に首を振り、子供は立ち上がる。仁の手を取りに、遊びの輪に連れ出した。
「先生、困っていることが無いか心配していたのですが」
 隠逸は笑うように鳴き、志郎に顔を近づけた。駿龍は、志郎の師が駆け出しの頃から、既に多くの任務をこなしていた歴戦の兵。
 右手を上げたままの志郎は、右手で頬をかく。祖父と孫のような関係。
「人々に活気が戻っているのを見届けて、少しばかり安心した心持ちだ。手伝えるものは、手伝っていこう」
 クワに興味を持った仁に、子供たちは耕し方を教えている。ウルグもクワを持つ輪の中に混じり、野良仕事を始めた。シャリアも、恐る恐るついて来る。
 志郎は記録をとった。ギルドを通して、伊織の里に、村の嘆願書と今の生活ぶりが届けられるだろう。
 そして宴会になるのに、時間はかからなかった。夜を費やした、修羅さま歓迎会。
「……少々、噂が独り歩きしている感は否めないが」
 巻き込まれ体質のウルグ。酔いつぶれた村人を見やりながら、感想を漏らす。


●緑野の開拓者
「何事も最初が肝心……、しっかりと終わらせておかねばな」
 急降下してきた飄霖は、器用に蒼羅の顔の前で滞空する。農耕用具を持つ蒼羅に、尋ねるように鳴いた。
「普段から重い刀を使っているので、こう言った仕事は得意だ」
 過去にも、蒼羅は依頼で何度か体験している。
 嶽御前は頭に身体、指先まで、耐寒装備を整えた。暮は、もう開墾作業を始めている。
「開墾作業中にアヤカシなどが出てきても、対応できるようにしませんと」
 嶽御前は、瘴索結界で周囲を警戒した。魔の森跡地とは言え、油断できない。
『どんな森になるもふ?』
 焦げた巨木を転がしながら、八曜丸の金の瞳が柚乃を見上げる。
「柚乃はね、一年…春夏秋冬で違う様相を見せてくれる森がいいなって」
 春は桜、夏は向日葵、秋は紅葉……。 訪れる季節ごとに違う顔を見せてくれる、柚乃の願う森。
「先生も手伝って下さるのですね、ありがとうございます。しっかりと耕して、種や苗木を植えていきましょう」
 志郎は欅(けやき)の苗木を手にする。伸びやかな枝ぶりで、大きく育った姿はとても見事で、好きだった。
「秋には紅葉が銀杏の葉と対になって、きっと綺麗でしょう」
 志郎は季節の移ろいには敏感で、折々の景色を楽しむのが好き。隠逸に苗木を見せながら、微笑みを浮かべる。
「ヒマワリを植えよう」
 コート「エレクトラ」は、重圧な雰囲気を漂わせる。だが、フランヴェルは、ジルベリア貴族としての精神を忘れはしない。重圧を脱ぎ捨て、人々に寄り添う道を選ぶ。
「魔の森だった地を、命を育む『土』に変えていくんだ。あの村の様に」
 不思議がるLOを見上げながら、フランヴェルは語り始めた。次に仁に視線を移す。
「……いずれ、全ての魔の森が焼き払われ。こうやって緑の地へと生まれ変わる日が、ボクは必ず来ると信じている」
 その時、フランヴェルはこの世にいないかも知れない。が、志を受け継ぐ者が、きっと見届けてくれる。
「ふふ、ボクは女性にしか興味がないからね。ボクの子孫、と言えないのが残念だ」
 仁には、「幼い少女が大好き」と言う嗜好が、まだ分からない。からかうように、フランヴェルは笑った。
「何れは豊かな恵みが得られる森と共存できる様にですね」
 九寿重も仁に答えた、防護ブーツで大地を踏みしめる。靴底に鉄板を用いた靴でも、大地の鼓動を感じた気がした。
「未来への想いを尽くし……新たに切り開いて行ける道のりを、作っていければ良いですね」
 ほほ笑みを浮かべた九寿重の前には、植えたばかりの苗木たち。次に小さな開拓者を見下ろした。
「私は剣しか振るえない無骨者ですが、それでもこうして手伝える事があるのです。仁も志さえあれば、何かを成し遂げる時も何れ来ますね」
 我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する、九寿重の気持ち。植物にも、仁にも向けられている。



「防寒具があるとはいえ、体が冷えるのは避けられないだろう」
 フランヴェルとLOは協力して、がっちりと木を組んだ。中に薪を入れて燃やし、交代で暖を取れるようにたき火を準備する。
 組まれた木の側に、嶽御前もやって来る。火種で火をつけると、暖の用意をした。
「甘酒でも、いかがですか?」
 火の番をしながら、嶽御前は秘密を進める。暮は暖を取りに来た者に、鼻先で誘導した。
「いつか魔の森が消え、自然豊かな森が広がる光景を、どこかで見てみたいです」
 開墾作業でけがをした仁に、嶽御前は治療を行いながら、静かに語った。
「……『繁茂の宝珠』の力を、俺は借りられてよかったと思います」
 瘴気に侵されていた土地は、酷く弱っているように感じられた。
「この土地にもできる限りのことをして、早く元気になってほしいと願います」
 志郎は経緯を知る開拓者から、他言無用と念を押された。
 飄霖は子迅鷹を従え、空を舞う。アヤカシに負けぬ強さを身につけて欲しい。
 暖めようとしているのか、自分が寒いのか。ウルグにべったり気味のシャリアは、迅鷹の特訓を視線で追う。興味はあるらしい。
「俺の希望としては、動物と共存できる森だ。魔の森やアヤカシによって、住処を追われた動物達が、安心して暮らせるように、な」
 同じく見上げていた蒼羅の近くで、宝珠の青い光が、たゆたう。携えた魔刀「ズル・ハヤト」の意味は、生命の主。
「本当に、人も獣も住みやすい森になると良いですね」
「人と、動物とが共生する森か。……よいものだな」
 蒼羅の答えに、星晶とウルグも一言添える。仁は迅鷹たちを追い掛けて遊んでいた。
 暖かい外套は、心も温かくしてくれる。ウルグは、片手で毛皮の外套を広げた。寄り添うシャリアの首筋を包みこむ。
「……ヒマワリの植込みについては、少々感慨深いものがあるな。……人が住むまでになった時には、碑を建てて貰えるよう、頼めるだろうか?」
 種を手に取り、シャリアに見せた。この地と縁ある、朱藩のある村のことを含め、この森に託された願いを刻んで欲しい。
(武州の合戦、そしてこの場所に関わってきた者として……。新たな始まりを、最後まで見届けさせて貰おう)
 滅多に感情を表に出さない蒼羅。黒い瞳を閉じると、心の中で呟いた。

 ウルグの持参したドラゴンレッグウォーマーは、南国育ちの甲龍に貸し出された。毛布の外套をひるがえし、龍は大変喜ぶ。
 防寒具に身を包んでも、たき火は恋しい。それは相棒も同じ。家畜が引く鋤を外したがる、白虎。
「魔の森みたいに弱肉強食一辺倒ではなく、それぞれが目指す処を配慮しつつも、暖かく親和できる形にしてみたいですね」
 開墾村を拠点とした、九寿重の将来への想定。多種折々の動物が互いに融和しつつ、共存共栄を果たせること。
 白虎をなだめつつ、九寿重は畑にし易い土壌へ均した。


●始祖の伝説
 開墾が終わった。健やかな成長への祈りをこめて、志郎は琵琶「青山」を奏でる。夏の青々とした山から登る月が描かれた琵琶だった。
「……春が待ち遠しいですね。春になれば……此処も花と緑でいっぱいになるでしょうから」
 琵琶の音を聞きながら、星晶は青い瞳を細める。待ち遠しい風景を、思い浮かべた。
「魔の森が消える……。私も現場を見るまで、信じられませんでした」
 魔の森跡地を前に、嶽御前は呟いた。駿龍の暮も、目を丸くして見渡したものだ。
「開墾の拠点をそのまま村にし、人が手を取り合って自然と共に生きる……そんな地になれば、素敵だな」
 ウルグが開拓者を引退する時がきたならば、此処で森の経過を見守るのも悪くないかも知れない。
「仁クン、一緒に旅をしたから」
 男の子が、受け取ってくれるだろうか。もふら様大大大好き♪な柚乃は、少しだけ悩み顔。八曜丸を象った、藤色もふらのぬいぐるみを差し出す。
 首筋に巻かれた香り袋からは、優しい香りが漂った。仁はお礼を述べ、受け取る。ついでに子迅鷹の名前を尋ねられた。
「俺の出した案は『雪那(ゆきな)』だ」
 蒼羅の肩で、飄霖は子迅鷹を見守っている。
「春に向けて芽吹く……荒れた地にこれから根付いていくだろう植物とを重ね、『雪芽(ゆきめ)』……というのは如何だろう」
 ウルグは、父母迅鷹の漢字の一部を、取り入れた名前を提案した。
「雪のなかから命の芽吹く春を告げる、という意味で『春告(はるつげ)』というのはいかがでしょう?」
 前頭部両脇の黒光りする二本の角を揺らしながら、嶽御前は小首を傾げた。
「子迅鷹の名前は『咲雪(さゆき)』を案の一つとして」
 星晶は黒猫耳を動かしながら、考えた。
「『雪芽』案に賛同ですね」
 九寿重のピンと立った犬耳は、天を示している。
「『雪芽』に一票です。雪の下でじっと春を待つ、新しき命のように…」
 柚乃の組まれた手の中で、銀製の柚乃の誓いの指輪が、光を反射する。緑野にも、天義にも、永遠の愛があると。
「迅鷹の名前は『雪芽』を推すよ」
 命は、人の想いは、こうやって受け継がれていく。近寄る子迅鷹の頭を、フランヴェルは撫でた。


 緑野の歴史には、真名を得た子迅鷹「雪芽(ゆきめ)」の記録も残されている。
「……子迅鷹が雪の邦(くに)で耐え忍ぶ姿は、『雪那(ゆきな)』との別名を与えられた。『咲雪(さゆき)』の地に根付くサクランボの開花を感じると、木の上で嬉しそうに歌ったと言う。いつしか『春告姫(はるつげひめ)』と……」
 ―――鎮守の森の迅鷹たちは、心優しい。始祖の迅鷹と、人々の絆は、遠い未来に続いている。