|
■オープニング本文 ●天儀の晩秋 ベテランギルド員は、とある依頼で朱藩に出張中。留守番のベテランギルド員の開拓者時代の相棒は、奥様から依頼を頼まれた。 ベテランギルド員の実家で、冬支度の手伝いをするもの。新人ギルド員と人妖は話し込む。 「温泉ですか?」 「そうでさ。今の流行りは、紅葉狩り温泉でやんす♪」 ベテランギルド員の実家は、理穴の西にある。山里の田舎は、雪花も散りそうな気温らしい。 「旦那の実家は、山に温泉が湧き出てるでやんす。温泉のおかげで、寒い冬も無事に過ごせるでさ」 「冬と温泉がどう繋がるか、分からないんですけど。寒いって、なんですか?」 「雪が降る気温になることでさ」 新人ギルド員の虎猫しっぽが、不思議そうに揺れ動く。泰の南部出身の猫族は、一年中、半袖で暮らしていた。 「四季」「冬」と言う単語は知っていても、どんな現象か分からない。書物で勉強しても、実際には体験したことがない。 「雪って、なんですか?」 「白くて冷たいでさ」 「白くて冷たい‥‥、天儀のかき氷みたいなものですか?」 「‥‥神楽の都も、もうすぐ冬に入るでやんす。体験するのが一番でさ」 「なるほど、楽しみにしておきます♪」 常夏に近い気候で育てば、「雪」も想像できない。質問攻めに、人妖は投げやりに答える。のんきに折れ猫耳を動かす、新人ギルド員。 生まれて初めての「冬」、見たこともない「雪」。南国育ちの猫族一家が、生命存続の危機を迎えるのは、また別の話である。 ●‥‥長話 新人ギルド員、依頼内容の確認を取る。 「えっと、『理穴の山里に、泰の食料‥‥ぬかさんま(ぬか漬のさんまの保存食)と老酒(三年以上寝かせた紹興酒)、キムチを届けてください』‥‥と」 「宿泊先は弓術師の家でやんす。山は紅葉の季節で、天然の温泉からは色付く山の絶景が広がるでさ!」 依頼書を読み上げる新人ギルド員の隣で、おしゃべりな人妖はお国自慢を始める。 「泊まる開拓者は自炊が前提でやんすよ。民家には調理道具も完備、料理やお菓子作りが好きな人は、腕を振るう機会でさ。 理穴は甘味所の上、野菜や果物が豊富でやんすからね。おまけに首都の奏生は貿易都市でさ。 肉は武天、魚は朱藩から入ってくるでやんして、各種甘味も道中で取り揃えられるでやんすよ。 民家のニワトリは放し飼いで、新鮮な卵なら手に入るでやんす。食欲の秋には、最高の環境でさ!」 「えっと、食べ物以外にも‥‥」 「天然温泉の湧き出る、山もあるでやんす。里には川があって、今の季節は川魚が漁れるでさ。まだ山奥には、栗や柿がなっている可能性もあるでやんすよ」 「あの、やっぱり食べ物に関することじゃ‥‥」 「もちろん、温泉も負けず嫌いでやんす。朋友と入れる温泉川もあるでさ! 朝日が昇る朝日温泉、夕暮れの夕陽温泉。 月を愛でる月見温泉、紅葉狩りを楽しむ紅葉温泉。 お酒を傾ける酒見温泉、たらいうどんを食べるうどん温泉。 使い方は自由、より取りみどりでやんす!」 「後半は、景色じゃなくて、食べ物ですよ。『たらいうどん』って、なんですか!?」 「直火ならぬ、直茹ででさ♪ 温泉水で茹でたうどんを、たらいに入れて食べるでやんすよ。 源泉は沸騰寸前で、熱いでやんすからね。サツマイモやカニも、紐付きカゴに入れて、茹でるこどができるでさ。 ちなみに温泉は源泉と山の湧水が途中で一緒になって、偶然、調度よい温度になっているでやんす」 「はぁ‥‥、自然って偉大ですね。天然の調理法と、温泉を一緒に提供してくれるなんて」 「山の利用方法は、様々でさ。里の弓術師の人々が天然の修行場にも、使っているでやんす。 木の実を射落としたり、山登りして体力を作ったり‥‥。それに温泉で鋭気を養ったり、川魚を茹でて食欲を満たしたりするでさ」 「やっぱり、行楽の秋じゃなくて、食欲の秋じゃないですか! もし料理のできない人ばかりが依頼に来たら、どうするつもりですか?」 「だから、直茹でを教えたでさ。温泉水で茹でた料理、食べたことあるでやんすか?」 「いえ、僕はありません」 「ふっ‥‥『温泉茹で』を知らずして、『理穴の食い倒れ』を語れないでやんすよ!」 「僕、『理穴の食い倒れ』なんて、初めて聞きました‥‥」 「我も、初めて言ったでさ♪」 呆気に取られたままの新人ギルド員から、依頼書を奪い取る、お調子者の人妖。依頼書の内容を眺め、満足そうに頷く。 ●温泉へ行こう! 『理穴の自炊温泉旅行に挑戦する、開拓者と朋友の皆様を募集しています。宿泊施設、調理設備は完備! 条件、その一 泰の食料を宿泊先まで運ぶこと。また、理穴の首都経由で、道中で良いと思った食料を手に入れながら、西に移動してください。 買付けの糸目はつけません。また、物々交換でも構いません。宿泊先の冬の食料を兼ねています。 ※食料を多く運べば運ぶほど、現地で分けて貰える量が増えます。(新米と新鮮な玉子は、山里で入手可) 条件、その二 宿泊先の調理は、自分たちで行うこと。料理ができない場合は、『温泉茹で』を伝授します。 条件、その三 山里で迷惑をかけず、温泉を自己責任で利用できること。 宿泊先では、山の天然の露天風呂が皆様をお待ちしています。 大型朋友も楽しめる、温泉川もあります。 ※天然の露天風呂からは、村は見えません。山の景色をお楽しみ下さい。 ※露天風呂は、男女別になっております(脱衣所あり) ※温泉川では、朋友と一緒に入浴可能です。川は混浴なので、朋友と一緒に入る開拓者は、水着やふんどしを着用願います(宿泊先で着替えて下さい)』 依頼書が張り出された。呆気にとられたままの新人ギルド員に変わり、妹の虎娘が人妖と会話する。 「兄上の準備した、泰の食材運びが目的なのよ?」 「普通の依頼は面白くないでさ、温泉は最高でやんすよ♪」 「構わないけれど‥‥自炊って、現地調達式の料理の限界に、挑む必要があるのね?」 「そうでさ。弓術師の旦那の実家は、米と玉子しかないでさ。道中で手に入れる食材は、旦那の実家の冬の食料も兼ねているでやんす。数が多いほど、開拓者に分けられる食材も増える寸法でさ」 「歩合給なのね。それで買い付けても、他の食材と物々交換でも良いんだわ」 「質と量と値段の釣り合いが大切でさ。安くて大量でも、食材の質が悪いと、実家に迷惑がかかるでやんす」 「でも『生もの』を運ぶのは、厳しいんじゃないのかしら?」 「理穴は、もう寒いでやんすよ。二、三日くらいなら、ほったらかしで歩いても、そう簡単に腐らないでさ」 「便利な所なのね。この『自己責任』って、なにかしら?」 「山里は弓術師の里でさ。行動は自由でやんすが、どこから自粛を促す矢が飛んでも、変じゃないでやんすよ。自己責任の限界感知も必要でさ」 「まあ‥‥弓術師の里は、とても不思議な所なのね」 こうして様々な意味で、限界突破しかねない依頼が出されたのである。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
珠々(ia5322)
10歳・女・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●いざ行かん 「温泉ですよ! 気合を入れないわけが無いじゃないですか! 天儀の人間として!」 落ち着け、そこのシノビ。拳を握る珠々(ia5322)を押さえこみ、マメシバは鳴く。 風巻はいたって暢気で陽気でポジティブシンキングな、犬らしい犬である。忍犬であることを除けば。 風巻の持つ巻物「忍犬シノビの巻」は、忍犬文字がびっしり並ぶ。忍犬とシノビだけが解読できるという噂だが、真偽のほどは定かではない。 「一仕事の後の温泉はまた格別なのですっ♪ さぁ頑張りましょう」 温泉と聞いて心踊る巫女もいた。柚乃(ia0638)は手を握りしめ、進行方向を向く。 「荷車と、輸送用の動物を借りたいのだけれど」 からす(ia6525)の目の前で、藤色のもふらが胸を張る。輝いてみえる金の瞳が、自己主張していた。輸送動物とその飼料の心配は、いらないかもしれない。 「荷運びは、もふら様がいるので台車を借りますね」 『沢山運ぶ程食べれるもふね。おいら頑張るもふー!』 気合い十分なもふらは、柚乃の朋友。大好きな趣味の毛づくろいも我慢する。柚乃が荷車を準備する間、八曜丸は背筋を伸ばして待っていた。 そろばん勘定が終わり、虎もようの猫又は笑う。薄く開いた赤眼は、泰の食料品を確認する。 『寒い時は、やっぱ鍋やろ』 「そうだな」 『キムチ、もうちぃっと頼んどくで』 からすの朋友、沙門は楽しい事や珍しいモノに目が無く、その為に労や財を惜しまない。「キムチというものは発酵食品だそうですから、発酵が進みすぎると酸っぱくなるという噂です。よく冷えるところに……」 キムチを初めて見た割に、珠々は詳しい。 「ぬかさんまの暖かい食べ方教えて下さい。食べ方を知らなければ、物々交換時、説明出来ません」 真剣な瞳で、受付に尋ねるのは、礼野 真夢紀(ia1144)。先日、猫族のぬかさんまの材料のさんまや塩を手に入れてきただけに、思い入れも人一倍。 「水で軽くぬかを洗い流し、じっくりと焼く。あつあつご飯のお供に最適ですよ♪ あ、焦げないように火加減には気をつけて下さい」 真夢紀の将来の夢は、ギルドの報告書記載係。美味しいと聞けば1度は必ず買いに行くほど、食事に造詣がある。 のんきな新人ギルド員の答えを書き留めると、すぐに準備にかかった。朋友の駿龍、鈴麗の荷車に小さめの素焼きの七輪を乗せ始める。 ついでに乗せた割烹着や、山姥包丁の隣に、こっそり水着が紛れていた。たぶん、温泉川で鈴麗と遊ぶため。 真夢紀と沙門は、二人揃って新人ギルド員に交渉。それぞれ四瓶にしてもらい、鈴麗と八曜丸の荷車に分担して乗せる。 理穴の首都についた。 「道中の仕入れも考えて、行李と荷車もレンタルしといて正解ね」 陰陽狩衣を衣擦れササながら、葛切 カズラ(ia0725)は、さっそく天儀では珍しいバターを見つける。きちんと経費内で落としてきた。 『食材が痛まない様に、ぜひともお願い!』 主命には逆らえない人妖を巻きこんだのか、紅潮した初雪は少し涙ぐんでいた。……多少無茶な、エロイ値切りをした様子。 「食材調達しながらのお遣いかぁ。最終的にどんな食材が集まるか、何か楽しみだなぁ♪」 行李にバターを入れながら、弖志峰 直羽(ia1884)は工夫を凝らす。入れ物が破損したりしないよう、緩衝になる布で固定。 周りを氷霊結で造った氷塊で囲む。その上には、直射日光が当たらないよう筵(むしろ)をかぶせた。長期の保存も大丈夫なはず。 『ほほほ……妾も楽しみじゃ』 長毛種の猫又は、直羽の肩に陣取っていた。ふわふわの白い体毛の末梢は、仄かに紫がかっている。 『はよう、直羽も行ってたもれ』 荷車に降り立った羽九尾太夫は、購入をすすめた。背負子(しょいこ)をしっぽが指し示す。 留守番たちを残し、買い出し組は、奏生の市場に繰り出した。 からすが沙門に頼んだものは、道中の交換に使う食材の購入。盛大な秋祭が済んだ隣国からは、質のよい干し肉や、干し魚等の乾物が流れ込んでいた。 『アッハッハ! ウチに任せときゃ、百人力やで!』 「あとは茸、豚肉、蟹等の鍋の材料かな」 沙門とからすのやり取りを、もふらさまが見ている。後ろをついてくるやんちゃ坊主は、食欲が勝った。 柚乃も無言で見ている。輝く瞳で、八曜丸と見ている。 『なんか上手いもん、仕入れとこか?』 「目利きは沙門に任せるとよい。自称でも商人だ」 沙門は振り返り尋ねる、からすが口添えした。 『甘いものが食べたいもふ!』 「甘味調達も抜かりなくっ」 朋友は家族同然。柚乃と八曜丸は口を揃える。実は服装もお揃い。 桜が揺れている。柚乃の紅桜の冠と、八曜丸の桜の相棒用襟巻は、どちらも桜で作られていた。 『これなんか良さそうやな』 『焼き芋もふね♪』 理穴は野菜の宝庫、沙門は長持ちするサツマイモを選んだ。八曜丸のひく荷車に乗せていく。 「商人がいるなら、もっと買いましょう。生貝・海老・牡蠣(殻付き)・鱈・鮭、牛肉、豚肉、つみれですね」 真夢紀は手際よく提案。柚乃と真夢紀は生ものに氷霊結をかけて、冷凍保存状態にしていく。 「ジルべリアのベーコンやソーセージ、チーズはあちらの保存食ですから冬籠り用には良いかと。癖のない物を選んで」 真夢紀の知識と、沙門と柚乃のにっこりと丁寧交渉術に磨きがかかる。きちんとお礼もわすれずに。 「乾物で干瓢、昆布、若布、鰹節、高野豆腐、麩、豆腐用に大豆、春雨、白菜漬け用に鷹の爪も少々」 待ち合わせ現場は、駿龍が荷車の前で待っていた。料理が大好きな真夢紀のために、鈴麗も運搬を頑張っている。 「肉は干し肉や燻製、後は生きた鶏を何羽か。蒟蒻芋と凝固剤の石灰、小麦粉や砂糖、にがりも欲しいですね」 真夢紀は食いしん坊で舌が肥えており、意外に料理は得意。他国の料理にも関心が高く、菓子なども手作り可能。 「そうそう、村にはないような調味料のコショウ、ゴマ油等なども忘れずに。貝柱・干物・干鱈・秋鮭は保存を考えて辛塩を」 朋友の鈴麗も非常な食いしん坊で、何故か果物が好物。……残念ながら、真夢紀の買い物一覧に、果物は無い。 足取り軽く歩く柚乃は、荷物を半分のせた相棒に声をかける。 「八曜丸と一緒に慰安旅行♪ 次の道中も頑張って下さい」 待ち合わせ場には、駿龍しか居なかった。非常に甘えん坊な女の子の鈴麗は、真夢紀にすり寄って再会を喜ぶ。霊験あらたかな御札の入った、安全祈願の友の御守りが嬉しそうに揺れた。 「あれ、羽九尾ちゃん?」 「風巻ちゃんもいません」 背負子に入れた荷物を、荷車に移しながら直羽は、足元を探す。珠々も荷車の下を除きこんだ。相棒達が居ない。 「別の買い出しに出かけたようですね」 真夢紀は首を傾げた、仲間の姿も無い。通常は少々ぼうっとしたトロい子らしい、鈴麗。やっと思い出したかのように、身振りで市場の方向を示した。 ●理穴の食い倒れ? 深い理知の色を湛えた黄金の瞳の猫又は、カズラにつれられていた。散歩と鶏肉と骨と犬生を、こよなく愛す柴犬も同行中。 「荷物運びついでに、温泉で一杯と洒落込むのも通よね」 『ほう、おぬし、妾と気が合いそうじゃな』 羽九尾太夫は太夫の名に相応しく振る舞いも優雅。カズラも趣味で遊女や夜鷹紛いの事をしている。 「今年も、もう直ぐ終わりよね〜〜。師走のスパート前に、のんびりしときましょ」 カズラは、酒と美食と美人を愛する快楽主義。葡萄酒と天儀酒を、買い込む。 風巻に答えたのか、羊肉や獣肉類に干し魚類と鰹節や昆布等の調味料類も忘れない。特に、に自分で使用する分の羊肉は多めに買った。 「朝日温泉では、朝日を肴に一杯。夕陽温泉では、沈み行く夕陽を見送りながら一杯ね」 『お酒ばっかりダメだよ!』 カズラの朋友、初雪が注意した。格好良い疾風の脚絆をつけた人妖本人に言わせると、クールで格好良いキャラ。 「一通りの温泉を堪能しないでどうするの? 月見温泉では、水面に浮かぶ月を眺めながら一杯。それに紅葉温泉では、紅葉の彩りを眺めながら一杯」 『でも子供が真似したら……』 「仕方ないわね。酒見温泉では、適度に外気で体を冷ましながら一杯でがまんするわ。うどん温泉では、七味を多めに振ったうどんと一緒に一杯は譲れないわよ」 『うん、それなら僕も安心だね♪』 カズラいわく、人妖はスグにボロが出て、ノリの良さと頭の悪さが節々から滲み出る残念な子。うどんの一杯と、お酒の一杯に気付いていない。 「温泉川では他でしなかった分まで、ハッちゃんにセクハラ。ねっ♪」 『えー、絶対ダメ、ダメ、ダメー! 触手攻めをするのも見るのもされるのも好き……』 初雪が言っていたのは、カズラの性格なのだが、初雪の性格に聞えた。触手の様なアヤカシにイロイロとされてる所を、触手の様な式を使役する人物に助けられ、触手の道に目覚めたらしい。 「ハッちゃん、誤解されるじゃない」 『ほんにお子様じゃのう』 初雪は無自覚にエロい発言や行動をとったりする。触手に対して拘りと美学を持つカズラと、ツッコミは厳しい羽九尾太夫はころころと笑った。 「……それ以上は、黙るでさ」 風巻と与一が、三人の会話を止める。この日、初の矢が飛んだ。 「道中で朝市とか開かれてます? 農家とかあります?」 「村々を渡り歩く、商人もいると聞くでさ」 真夢紀の質問に案内の人妖が答えた時、沙門の雷龍の獣衣がひるがえる。雷の如き素早さは、噂の人物を見つけた。 『うちが秦の料理人から仕入れた一品や』 瓶から覗く品々と泰商人の影響で訛った口調は、抜群の破壊力を誇る。甘味の増した蜜柑を、木箱一杯手に入れた。 「沙門は、ホントの商人には向いてないと言っていたよ」 瓶の減り具合を見つつ、からすは口元をほころばす。沙門はいつも笑っている。 義理人情に厚く、信用第一で、不利益でも気にしない。それが猫又の沙門。 道中の農家で、椎茸などキノコ類を品定め。 「干せば持ちますね。人参、ゴボウ、大根、葱、水菜、馬鈴薯、甘藍(キャベツ)、玉葱、春菊。あ、葱や水菜は出来れば根っこ付きの状態をお願いします」 真夢紀の知恵、健在中。水を張った桶に付けておけば、通常より鮮度を保てるらしい。 「人参はぬか漬け、大根は漬物にすれば冬中食べられますし」 「にゃー!」 真夢紀の言葉に、珠々の背中が反応した。小さく悲鳴を上げると、そっと直羽の後ろに隠れる。 珠々は、何考えてるか読めない、無口無表情系シノビ。感情を巧く出せないだけ、必要な事しかしゃべらないだけ……のはず。そのはず。 「白菜や人参、生姜、豆腐、うどん麺なども、村で購入だね」 珠々の人参嫌いを克服させるべく、人参をさりげなく復唱する直羽。日の光を受けて七色に輝く、扇「精霊」を悠々と扇いでみせる。 生真面目な人を見ると、つい構いたくなる性分。直羽は、夢や目標に頑張る人の味方だ☆ 「そうだ、途中で木の実があるなら採って行きましょう。高いところにあっても大丈夫、三角跳びはこんなときベンリです」 耐えきれなくなった珠々、誰も届かない木の上に、栗を見つけた。八咫烏のローブをひるがえし、木の頂上に逃げる。 ローブの胸元で、銀色の縁に填め込まれた、群青色の宝珠が光って見えた。きっと、珠々の心の涙。 ●温泉郷到着 山里の湯煙が出迎えた。宿泊先に荷物を届ける一行。 「こちらで宜しいかな?」 からすの呼びかけに、年老いた弓術師の老夫婦は、食材を確かめ喜ぶ。同居する息子夫婦は、分け前の食材の山と新米と新鮮な卵を差し出した。 宿泊先の座敷でひっくり返る直羽を、からすは覗き込む。お茶を差し出した。 「如何かな?」 「黒一点、力仕事は頑張る! ……と言いたい処だけど、不覚にも負傷しちゃって……できる限りの協力はするからね」 からすは、お茶はかかさず、自分で茶葉や薬草を調合することもある。直羽は起き上がり、少しずつ飲み干した。 「直羽さんが怪我をしているので、その分働きます。働き倒します。そこに温泉があるから、幾ら疲れても回復可能ですから!」 納屋に荷物を運びこむ珠々の声が響く。元気だ、向かうところ敵なし。 「俺の予定は、朋友達とのんびり湯治かな」 湯呑を返しながら、直羽はお祭り気質でごまかす。両腕の凄惨な傷跡が、今の傷と重なる。 ……古傷は、捨てきれぬ夢の残滓。御簾丸直刀(ミスマル・ナオト)と添い遂げる筈の人と、礎の喪失。 物言わぬ青い瞳は、語る。出会う人と人、紡がれる命の物語が、愛しいんだと。 「温泉が今回ひたすら楽しみで! さぁ、癒されてきます!」 出かけようとする珠々の前に、忍犬が立ちふさがる。吠えながら、激しくしっぽを振った。 「風巻ちゃん、直羽さんの所に行きたいんですね」 風巻ちゃんの性別は、風巻ちゃん。温泉川で、自由にさせても問題ない。珠々は忍犬の要求に快諾した。「ちゃんと直羽さんのところでお世話するんですよー」 「はっくしょん!」 『風邪かえ?』 直羽は盛大なくしゃみをする。羽九尾太夫は心配そうに見上げた。 「温泉で温まるから、大丈夫。あれ、風巻ちゃん?」 風巻はしっぽを振って、くわえた手紙を差し出す。 『私は羽九尾さんとガールズトークしてきます。せっかく温泉ですし、羽九尾さんのお背中流しましょう。 その後はブラッシングですね!(きらーん!) いつもわんこなんで、にゃんこの背中はまた格別な予感です……(うっとり)』 直羽は詳細を告げず、猫又を見下ろした。 「羽九尾ちゃん、タマちゃんが『露天風呂行こう』って、誘っているよ」 『御指名かえ、仕方ないのう』 しなりしなりと珠々の所へ赴く、羽九尾太夫。風巻と直羽は手を振って見送った。 与一に案内され、山の露天風呂にやって来た。 「時に猫が温泉入って、大丈夫でやんすか?」 『猫又にも色々いるんや。常識に捉われたらあかんで』 猫にも、猫又にも、水が苦手な者がいる。案内した与一は、心配そうに尋ねた。 沙門は与一の背中を叩きながら、ポーカーフェイスで答える。ノリもツッコミもイケる、貴重な猫又。 『いやぁ、汗かいた後は気持ちええなぁ』 「うむ」 長く結んだ黒髪は、からすの名前の由来。髪を結いあげたからすと沙門との二人は、山の紅葉景色を心ゆくまで楽しむ。 柚乃の料理の腕前は人並みだけど、好きなのではりきり中。ちなみに開拓者になる前は、家事なんてさっぱりだった。 でも由緒ある良家のお嬢様で箱入り末娘は、日々精進。神楽の都にある呉服屋のおかみさんや、兄に習った。 『火種』『解毒』『氷霊結』を有効活用できるのは、巫女の特権。もちろん、真夢紀や直羽も同様。 「寒い時期なので、お鍋ですか?」 「はい、鍋やすき焼きが出来るだけの食材は、確保してます」 あまよみしている真夢紀に尋ねつつ、柚乃は七輪の網の上で魚を焼く。朋友たちも、期待の視線。 「初日のうちに、やるべきことはたくさんあります。蒟蒻や豆腐、饂飩や白菜の浅漬けを作り、ゆずは柚子茶に。生姜は佃煮にして、冬籠り中食べれるようにしませんと」 割烹着姿の真夢紀は、次の準備のために、家の中に戻っていく。 露天風呂から、からすと沙門、珠々と羽九尾太夫は帰還した。蟹と卵も、温泉の同行人。食卓に温泉茹でした蟹と卵が並ぶ。 からすの作る鍋は、買い揃えた食材と、泰のキムチを投入。赤く染まったキムチ鍋は興味深い。 「キムチも鍋の具にしたら、美味しいんじゃないかな!」 期待していた直羽は、ご満悦。皆で、鍋を囲み突いた。 『おおこれは、全身から汗が吹き出るような辛さ……ってか熱ーっ!』 「はい水」 沙門の悲鳴がとどろいた。辛さはよくても、やはり猫舌なようだ。 転がる猫又に、からすは慌てず水の入った湯呑みを渡す。 『……妾は後で良いのじゃ』 猫玉からは、そこはかとなくマタタビの香りが漂う。しっぽが逆立つ猫又の背中を、直羽は無言で撫でた。 猫又の悲劇とともに、温泉郷の初日は更けていく。 ●温泉郷の秘密 翌朝、真夢紀の声と良い匂いに起こされた。 「馬鈴薯と玉葱とベーコンを炒めましたよ」 「温泉卵は朝食用よ」 片目を閉じて、カズラは告げる。茹で時間を変えたのを幾つか用意した。 一行は食感と具合の違いを楽しみながら、卵の茹で時間当てをやったとか。 ご飯の後は自由行動。山里は弓術師の里。弓の練習をしたいと言えば、修業場に事欠かない。 「基礎に終わりなし、だ」 「……でも、弓を持ってきていなくて。どこかでお借りできないでしょうか……」 呪弓「流逆」に矢をつがえる、からす。理穴東部の魔の森から逃れて都に移住した「時紺斎」の手による一張りは見事な一品。 のんびり案内人と里を散策していた、柚乃が練習を眺める。本職程ではないが、日々鍛練を重ねた。 『おいらも、鍛錬もふ』 『偶にゃ身体動かさんと鈍ってまうでな』 足腰の鍛錬も大事らしい。沙門に了解をとり、八曜丸と与一は宿泊先から三人で、弓を運んできた。 「お師匠様は元気にしてるかな……」 弓矢一式を借りた柚乃は、ふと思い出す。弓の師匠は、理穴の弓術師だった。 「折角温泉水も使えるし、料理は鍋ものがいいな」 今日も風巻ちゃんとらぶらぶ水遊び♪ 足湯を楽しんでいた、直羽の一言。 「今日の夕飯は、温泉茹でと温泉鍋と、しゃれ込みましょう」 カズラは温泉茹でした、じゃが芋と人参を差し出す。そのまま食べる用と、バターを塗って食べる用。 「バター……ですか」 鈴麗と遊んでいた真夢紀も、珍しそうに、味見をする。 『温泉鍋の方は、シンプルに!』 初雪が指し示す鍋は、温泉水で削り鰹と昆布の出汁をとった。さらに醤油と酒で味付けて、主役の羊肉等、具材を投入する。 今日の悲劇が起こったのは、この後。直羽は、あえて鍋に人参を投入した。 「シメは卵入り雑炊。芋柄縄で味噌風味うどんも作ってみようかなっと♪」 嫌いな食べ物の鍋。ご機嫌斜めの珠々は、ひたすら温泉川に足を入れて過ごす。 「タマちゃん、あーん☆」 「『タマちゃん』呼び、禁止です」 珠々をこの名で呼べるのは、直羽くらい。同じ拠点、華夜楼の仲間。兄と妹のような関係。 「……食べてくれないの?一生懸命作ったんだよ……?」 うるる視線で、直羽は攻撃を開始する。珠々はそっぱを向いた。 「……何か、橙色の物が迫っているような気がするんです」 温泉茹では、人間にも有効らしい。珠々は目が回ってきた。 「……?! そ、そんな……そんな、食べるしか、ないじゃないですか!」 直羽の差し出す人参は、珠々の口に入る。咀嚼すること数十回。飲み込んだ珠々は、後ろ向きに倒れ、意識を失った。 「朝日温泉、夕陽温泉、月見温泉、紅葉温泉は全部入りたいところですっ」 意気込む柚乃は、蒼色の三点水着で、スカート付きビキニ姿。海だったらワンピース水着ですが、温泉は別っ。 「うどん温泉って…なんだか食べられちゃいそうですね。釜茹で?」 思わず想像、露天ぶろは少し怖い。温泉川に八曜丸と向かう。桶の中には、カズラを真似した「とっくり」と「おちょこ」が入っている。 「お酒もちょこっと頂きました♪」 のぼせたのか、酔っぱらったのか、柚乃は赤い顔。慌てた八曜丸が、岸辺に引き揚げてきた。 珠々の膝枕をしつつ、柚乃の頭を氷塊で冷やす、直羽。将来、医師を目指す巫女は、二人の世話に奔走した。 「羽九尾ちゃん、タマちゃんと温泉でなにを話したの?」 一段落した直羽。釣った魚を、温泉茹でした。魚のほぐし身を食べさせ、羽九尾太夫に尋ねる。 『野暮を……聞くでないわ!』 優雅に顔を洗う猫又に、怒られた。乙女の秘密は、温泉の奥深くで眠っている。 |