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■オープニング本文 ●緑野 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。 神楽の都に程近い、街道から少しだけ朱藩寄りの場所。ケモノも、植物も、虫も、人も、皆等しく、自然の恵みを受ける土地。 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。 「魔の森」の東の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。 しかし、ギルドにつづられるのは、現在。 魔の森が、新たな名で呼ばれるまでの記録。名もなき迅鷹の家族が、新たな住家を得るまでの出来事。 ―――始まりの物語。 ●緑の秘宝 「なぜ、俺が行ったらマズイんだ?」 「だって、先輩の開拓者時代は、昔の話でしょう? 年には勝てませんよ」 「ほーう‥‥誰が年だ? まだ四十路は来てないぞ!」 ベテランギルド員に詰め寄れ、視線を外す新人ギルド員。新人ギルド員の虎猫しっぽは、しくじったと目茶苦茶に振られた。 頭のタンコブをさすりながら、折れ猫耳は驚きの声をあげる。 「植物の育成を高める宝珠なんて、本当にあるんですか!?」 「ああ、過去のある報告書に、書いてあった。『繁茂の宝珠』と言って、今は朱藩にあるらしい」 「それで、先輩が直接出向くんですね」 「まあ‥‥あまり期待はできんな。いくらギルドだからって、気軽に貸して貰えると思えん。魔の森の跡地に埋める必要がある事が、障害になるか」 「‥‥本当に、先輩は心配しますね。だから与一(与一)さんに、『我の相棒は苦労症で困る』って言われるんですよ」 ベテランギルド員の開拓者時代からの相棒は、おしゃべりな人妖。新人ギルド員に、色々と吹き込んでいるらしい。 「うっ‥‥、だが、本当に貸して貰える保証が‥‥」 「魔の森を、命が息づく場所に変えられるかもしれないんですよ!? 熱意を伝えれば、分かってくれます!」 冷静なベテランギルド員の悲観的予測を、熱血漢の新人ギルド員は吹き飛ばす。拳を突き上げ、虎猫しっぽは鼓舞していた。 「事態はそんなに簡単じゃない、自然の領域に踏み込むんだぞ。植物本来の力を信じるなら、宝珠は借りない方がいいだろう?」 「魔の森を焼き払う時点で、自然じゃないですよ! 後押しするのは、そんなに悪い事ですか?」 繁茂の宝珠は、植物の生育をほんの少しだけ増進させる効果を持つ宝珠。土に埋めればその一帯、230坪ほど(東京ドーム一個分)に効果が及ぶ。 「理穴の緑茂の里は、自然に任せている。ゆっくりだが、魔の森は後退しているぞ!」 大アヤカシの居なくなった魔の森は、縮小する。間違いないが、時間がかかっていた。 難しい選択だった、『緑の森を取り戻したい』という願いは一緒なのに。ギルド員たちは黙りこむ。 ●守護弓、立つ 神楽の都のギルド本部では、迅鷹の親子が、我が物顔で受付に居座っていた。 「ちょっと特殊でな。まず朱藩から、借りた魔槍砲を運ぶ。次は武天に行って、魔の森を焼き払うんだ」 ベテランギルド員から、依頼の説明を受ける。魔槍砲を借りる手前、見届け人として依頼に同行するらしい。 「魔槍砲は火の技法が使えなくても、練力さえあれば誰でも火炎弾が撃てる代物だ。この火炎弾で、切り払われた魔の森を焼き払う」 魔の森は、人海戦術での焼き払いを行う。火の技法の有無に左右されず、安定して行うための依頼らしい。 迅鷹夫婦の一人娘の子迅鷹は、軽く首を傾げた。主なき魔の森には、新たな住家を求めるケモノ‥‥迅鷹の親子が興味を持っている。 「俺は朱藩の臣下に、魔槍砲を貸してくれるように相談してくる。それと、植物の育成を少しだけ増進させる宝珠が、朱藩にあるはずだから聞いてみるつもりだ」 魔槍砲を借りるはずが、交渉は未成立。一介のギルド員のわがままを、朱藩の臣下が聞いてもらえるとも思えない。 「相談場所か? アヤカシのせいで滅びた村でな。俺は、あの村の現状を見ておきたいんだ」 ベテランギルド員が魔槍砲を知ったのも、朱藩の臣下の者と知り合ったのも、アヤカシになった村人に鎮魂をもたらす依頼のとき。依頼の舞台になった村は、今は参る人の居ない墓が並ぶ。 「たまには、墓参りする者が居ても良いだろ? ‥‥墓以外、何もないがな」 ベテランギルド員は、自嘲気味に続けた。ベテランギルド員は腕組みをして、雨上がりの村を思い出す。 踏みにじられた田畑。住むものが無く、朽ちていくだけの家屋。 土を盛っただけの簡単な墓は、人としての姿をとどめていない者も葬られた。 「‥‥もしかしたら。花が咲いて、種がなっているかもしれんな」 ふっと思い至る。弔いに村中に植えた、ヒマワリの種。太陽の花。 「ん、お前さんも来るのか?」 黙って話しを聞いていた迅鷹の一羽が、ベテランギルド員の肩に止まる。まだ名前の無い母迅鷹は、「行く」と大きく翼を広げて答えた。 「‥‥お前さん、名前がなかったな。もしよかったら、母迅鷹の名づけも頼みたいんだが」 ベテランギルド員の申し出に、開拓者は顔を見合わせる。 「あー、難しかったら、さっきの話は忘れてくれ。こっちでなんとかする」 父迅鷹の名前で困っていたと、迅鷹の家族を保護したサムライ娘から聞いている。無理は言えないと、ベテランギルド員は頭をかいた。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
ウルグ・シュバルツ(ib5700)
29歳・男・砲
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
テト・シュタイナー(ib7902)
18歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ●虹の村 「ほー、火で焼き払うのか。こりゃまた豪快な手を考えたもんだ。‥‥でも、そういうのは嫌いじゃーねぇぜ?」 風のキャスケットを持ちあげると、金色の髪が踊った。テト・シュタイナー(ib7902)は、面白そうにしっぽを振る。ふっと、真顔になった。 「あー、俺様は犬であって狐じゃねぇ。そこんとこ、間違えんなよ?」 ギルド員が呼びかける前に、犬耳は受付に迫る。きちんと念押し。 「片づけが終わって、いよいよ焼き払いですか‥‥」 黒猫耳は、母迅鷹を構っていた手を止めた。青い瞳が、魔の森の方向に向けられる。 「初めてなので上手く燃やせるか分かりませんが、張り切ってやらせていただきますよ」 やらないと森が変われない。劉 星晶(ib3478)は、力強く言葉を放つ。 「魔の森の焼き払いには、魔槍砲の扱いを得意とする職である、俺の力が必要なはずだ」 二丁のバーストハンドガンを、両手で構えて見せる。愛読の小説に登場する最強のアヤカシ狩り(架空)「弾弖(ダンテ)」も、二丁銃の戦闘スタイルだ。 「全力でやっていくぜ!」 豪快な口調と共に、兎耳が動く。和亜伊(ib7459)は、銃を人差指で回し、颯爽としまった。 「あの村で? そうか‥‥お墓参りが出来そうだね」 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)の目が、細められる。朱藩の村に、ヒマワリが植えられた経緯を知る一人。 「繁茂宝珠、か」 ウルグ・シュバルツ(ib5700)は心配する。魔の森となり、更にこれから焼き払うとなると、土地も荒れることになると。 「何にしろ、武州の者達の希望が分かれば、沿えるようにしてやりたいところなのだが」 だが前方に居るのは、神楽の都のギルド員。ウルグは軽いため息をもらした。 「弥次さん、宝珠が借りられる場合、警備の予算はどうするつもり?」 ジルベリアの地方貴族は、盗難や紛失を避ける方法を尋ねた。フランヴェルの問いに、ギルド員からは唸り声の答え。 「‥‥俺としては、自然に任せても問題ないのであれば、無理に使う必要は無いと思っている」 意見を求められ、蒼羅(ib0214)はゆっくりと述べて行く。ギルドの壁にもたれると、父迅鷹が寄ってきた。 「とは言え、使っても不都合があるわけではない以上、使う事に反対する理由は無い」 羨ましそうに見上げていた柚乃(ia0638)と、蒼羅の視線が合う。蒼羅は手の動きで、父迅鷹に促した。 「仲良くなれたらいいな‥‥」 父迅鷹が羽ばたき、柚乃の目線の高さまでやって来た。高まる鼓動を隠しきれず、そっと手を伸ばす。 「魔の森を焼き、元に戻す‥‥大アヤカシを倒してなお、これだけ多くの事を考えて、人手を投入して進めなければいけないものなのね」 呟く熾弦(ib7860)の肩で、子迅鷹も遊んでと鳴く。朋友は家族同然、柚乃は大喜びした。 「そも迅鷹自体、普段見慣れないのでっ!」 柚乃は大人びて見えても、年相応の感情を持っている。迅鷹親子に会うのは、本当に楽しみだった。 「とはいえ、アヤカシの領域を減らす事に労力を惜しむ理由も無し。地道でも効果があるなら続けていきましょう」 父迅鷹や仲間と共に、熾弦も魔の森に挑んだ一人。熾弦は人差指で、子迅鷹の頭をなでた。 出迎えるのは、木枯らしの音。無数の墓が並ぶ。 「魔の森や、瘴気に侵された人無き村‥‥行く末が気になったから見届けたいと思ったの」 真剣な柚乃の表情に、隠されたもの。そっと庇った身体は、傷を負っている。先の依頼で作ってしまった。無理はできない。 一行は、大首になった親子の墓の前に来た。子供の墓には、黄色いヒマワリが一輪咲く。 一番に咲き、一番に種になり、次の夏を待たずに育った、秋のヒマワリ。 「‥‥親子の墓だったな」 ウルグは目を伏せる。寄り添う、枯れた二本の夏のヒマワリ。両親の墓から生えていた。 「村は死んでなどいない‥‥」 フランヴェルは呟く。向日葵は、朝日が昇る東を見ていた。 「安心しな、あんた達の分も俺達が立派に行き抜いて見せるさ」 墓を参った亜伊は、これからの開拓者生活に向け、改めて決意を固める。 「むしろ、荒れ果てた村の中心に、宝珠を埋めてみたいと思ってます。再び、人が住める緑豊かな『繁茂の里』にできたら‥‥と」 村を見渡し、口をついで出た柚乃の願い。たくさんの墓に、花を供えて行く。琵琶「丈宏」を奏で始めた。 鎮魂の調べ。風に乗る静かな音色は、心安らぐと言う。 墓参りの後、交渉に立ち会わなかった者たちは、村の中を歩く。 「生者のいない、死者だけが眠る村‥‥、か」 風が吹き抜け、ディスターシャの裾をあおった。吹き飛ばされまいと伸ばした、蒼羅の手。自然と胸元を押さえる、祈るように。 「‥‥俺が吟遊詩人なら、鎮魂歌の一つも捧げられたのだがな」 蒼羅は音楽を好み、一通りの楽器を演奏する技術を持っている。だが、歌は得意でない。 「‥‥この村も、いつか蘇る日が来るのでしょうか。それとも‥‥」 黒猫耳は倒され、枯れ草を踏みしめながら歩く。わらぶき屋根の庭で、転がっている実を拾った。 傍らの落ち葉の形はイチョウ、公孫樹。植えてから孫の代で、ようやく実がなると言う木。 「繁茂の宝珠についても、不自然だの自然だのと言いだすとややこしくなるけれど‥‥」 熾弦はしゃがみこみ、日陰の黄色い花に手を伸ばす。花言葉の一つは「困難に傷つけられない」、ツワブキ。 「現地が是非素早く回復させたいと言っているのでなければ、無理をして借りることは無いだろうから」 羽衣「天女」がはためいた。花を愛でる熾弦は「誰かの苦しい思いを引き受けて、前に進む助けとなるべし」との思いを持つ。 「こんな所でも命は芽吹く‥‥。それが自然の強さなのだろうな」 命は巡る、命は花ひらく。かつて瘴気に満ちた村にも、新たな息吹があった。 「種や挿し木になる枝を探して、持って帰りましょう」 知ってか、知らずか、黒猫は穏やかに笑う。拾い集めた銀杏を見せた。イチョウの花言葉の一つは「鎮魂」。 村の広場が、交渉の場。 「‥‥あの後、変わりはないだろうか」 お人好しな青年の腰で、お守り「希望の翼」が揺れる。墓にヒマワリを植えた一人。 「そうか、墓守を‥‥」 ウルグは犠牲となった者の無念を背負い、アヤカシの被害を少しでも食い止めることを心に誓っていた。別の場所でも、村が壊滅し住民がアヤカシと化した様を、依頼で目の当たりにしている。 「興志王様はお元気ですか? また機会があった折には、甘味をご一緒しましょうとお伝えくださいね」 柚乃は、にこっと笑みを見せた。朱藩の臣下を見上げる。 「宝珠の情報を、もう少し詳しく知りたいです。一つしかない代物なのかとか?」 「‥‥記録を取る為に借りるだけ借りて、有事の際は直ぐ返す、ってんじゃダメなのかね?」 柚乃はふっと真剣な表情になった。繁茂の宝珠を借りるコトは、いずれ返さねばならないコト。テトも気になっていた部分を尋ねる。 宝珠は朱藩の王のもので、貸し出せるのは一つのみ。期間は一年くらいまでとの返事。 「宝珠無しでもいいだろうが‥‥宝珠の効果が実際にどんだけ出るかって点に興味はある。こりゃ迷い所だな」 特に急ぐ理由が無いのなら、自然の力に任せてもいい気はする。後は仲間に任せたと、テトは口を閉ざした。 「人と人とが協力し合えば、アヤカシが跋扈していた地も、緑溢れる豊かな土地へと再生出来る!」 フランヴェルは宝珠を借りたかった。土地の一角で作物や薬草を栽培し、住民に管理を任せる。売却して得られる収入を、森の費用の一助にすると提案。 「かつて魔の森であった地が、人の役に立つものを生み出す。これは素晴らしい事だと思うし、魔の森と対峙する者を大いに励ますだろう」 フランヴェルの手には、乾いた田の土が握りしめられていた。 「これは只の泥じゃない。この地に生きた人が何世代にも渡り耕し、糧を生み出してきた土だ。このまま風化させて良いものじゃない!」 後を継ぎ、この村で命を繋いでいく人達も集めて欲しい。 「ついでに、魔槍砲「連昴」を借りたいぜ」 兎耳を揺らし、砲術士の亜伊は付け加える。 あらかたの交渉はまとまり、一行は村を去ることになった。思いついたテトは犬しっぽをふりふり、仲間に相談をかける。 破顔一笑。星晶は興味深そうに黒猫耳を動かし、水遁を発動した。 無謀でもいい、刀は水柱を叩き斬る。落ち着きはらい表情を変えない蒼羅と、幸せそうにほほ笑むフランヴェル。 小さくなった水柱をウルグと亜伊が撃ち抜き、更に細かく砕く。片目を閉じながらの豪快な二丁砲撃と、仏頂面で行われる素早い砲撃が印象的だった。 穏やかな振舞いの熾弦に促され、聡明で芯が強い柚乃は頷く。二人は空に火種を放った。 朱藩の臣下から、感嘆が上がる。村の入口に、小さな虹が飾られた。 ●焔 砲術士たちの助言。砲撃は風向きを考えて、できるだけ東から撃つ。風下に回るのは危ない。 「将来的には、砲術士になりたいからな! 今は火さえ出りゃ、威力は二の次でいいんだろ?」 「よっしゃ、教えてやるから、よーく見とけよ!」 テトは犬しっぽを降り、砲術士の手元を覗き込む。魔槍砲に興味があった柚乃も、黙って便乗。 亜伊は意気揚々と、魔槍砲を構えてみせた。先端近くの小さな宝珠が、ほのかな光を帯びる。 「アルカマルと朱藩、二つの技術の融合の完成形か。有難く、使わせて貰いたい」 ウルグの砲撃も、魔の森に向かって放たれた。幹がみかん色の炎をあげ、赤い色に変化していく。 「俺は火を扱うスキルは持っていないからな」 蒼羅も、運んできた一本を手に取る。見よう見まねで、宝珠に練力を込めた。 砲術士向けに作られた、薄手の皮手袋をはめたフランヴェル。右手に魔槍砲、左手に大きな板を持っていた。 「それは?」 「これで扇いで、火の勢いを強めてみるよ」 不思議そうな柚乃に、フランヴェルは板を見せながら、片目を閉じて答えた。 「神風恩寵で風を送って、火勢を強めたり出来ないかしら。風と火の違いはあれど、どちらも精霊の力だし‥‥」 フランヴェルの板を見ていた熾弦、自分の掌を見て考え込む。その間に、魔槍砲の仕組みを理解しようと、テトは考えながら撃つ。 「んー‥‥実際に撃ってみたのは初めてだが。こりゃ面白い仕組みだな♪」 「私は、自前の火種があるから、借りずにいかせてもらいましょう。慣れない武具だし、ね」 興奮したテトは、魔槍砲を押しつけながら犬耳を激しく動かす。積極的な誘いに、熾弦は申し訳なさそうに辞退した。 「あれから、新たなアヤカシが発生している可能性もありそうだが‥‥」 テトの賛辞もそこそこに、初撃を終え、空を睨むウルグ。少し前に、同じ場所でアヤカシの群れを退治した。 「‥‥そうだな。またアヤカシが発生している可能性もある、用心に越した事は無い」 蒼羅の練力にも限りがある。ある程度手順や担当範囲を決め、効率よく行いたい。 黒猫も焼き払いに関しては素人でも、出来るだけ効率的に焼けるように考えを巡らす。 「‥‥術はあまり得意ではないのですが、こういう時は覚えていて良かったと思います」 闘士鉢金を確かめる星晶は、火遁を使っての着火。魔の森では、攻撃も兼ねられる。 他にも、ウルグの狙撃用のロングマスケットを筆頭に、開拓者たちは有事に備えてきている。魔の森は、アヤカシの本場。 お人好しな兎耳が動いた。魔槍砲を多く撃てる自分が、できるだけ大変な所を担当するのは当然と、言い切る。 木の葉をかきわける音がした。素早く身構える、星晶と亜伊。 「さて、やり過ぎない程度に撃ち込んでいくとすっか!」 テトが顔を出した。砲撃場所を変えるうちに、端まで来てしまったらしい。 「無用な心配と思っていても、魔の森だとつい考え過ぎてしまうものですね」 星晶は飄々と笑いを浮かべる。焼き払い中は、まず無いとは思うが、身構えてしまう。 何か飛び出してきても対応出来るよう、気をつけていた。 「灰も立派な肥料になるっつーしな。焼畑農業って考えりゃ、こういう手も悪くねぇ」 魔槍砲を杖代わりに、テトは後ろを振り返る。亜伊は、効率よく焼けるように周囲の枯れ葉を集めていく。ようやく一段落付がついた。 「しっかり元気になりなぁ!」 片手を口の脇に当てて、亜伊は叫んだ。焼ける森は返事をした、瘴気を散らす激しい白煙を上げて。 肩を落とすギルド員。派手に吹き飛ばさない限り、すべて大丈夫だったはず。 「‥‥すまん。アヤカシの残党は、予測していなかった」 思わぬ第二の戦場となった魔の森の一部には、黒く焦げた不毛の大地が広がる。戦場の炎はアヤカシもろとも魔の森を焼き尽くし、何も無くなった。 ‥‥以後は記録に残されていない部分。全て秘密裏に行われた。 瘴気と戦闘で一番傷んだ大地には、朱藩の王から貸し出された、繁茂の宝珠が埋められる。埋めた場所は、朱藩の臣下が知るのみ。 しばらく後に、朱藩のある村の土が持ち込まれた。繁茂の宝珠の上には、開拓者の手によって、植物油のとれるヒマワリ畑が築かれることになる。 ●始祖の伝説 「父迅鷹は『月雅(げつが)』って、いうのですか?」 人付き合いは悪くない蒼羅は、尋ねる柚乃に文字を書いてみせた。 「兄様の龍と同じですね。あ、字はちょっと違いますけどっ」 ちょっとした親近感が湧く柚乃。双子の兄の駿龍の名は『月牙』。 「‥‥母迅鷹の名か。俺は『花風』に一票、だ」 目の前を横切った、母迅鷹に蒼羅は視線を移す。 「ボクは、仲間と相談して決まった名前を推すよ」 フランヴェルは物事を自分の都合がいいように、脳内変換できる。幸せそうにほほ笑んだ。 「俺様は『花風』って名前に一票いれておくか。ほら、なんか雅っぽいし」 腕組みして頷く、テト。ゆっくり動く犬しっぽは、決まったも同然と主張していた。 「迅鷹の名前は、多数決の結果『花風』になったぜ」 お菓子作りが得意な亜伊は、名づけ祝いに手作りクッキーを配っていく。手渡しながら、「食え」と仕草をした。 「開拓者で絞ったのは『花風』だけど、気に入ってもらえるかしら?」 熾弦は冥越・修羅の隠れ里では神事や祭事に関わっていた。見たことないクッキーを、興味深そうにほお張る。 「気に入ってくれると、嬉しいですけど」 母迅鷹は亜伊の肩で、貰ったクッキーを突いている。星晶の呼びかけに、ご機嫌な鳴き声が返ってきた。 緑野の記録の一つ、「連花妃(れんかひ)の章」には、様々な伝承がつづられている。 『‥‥「虹の実」と呼ばれる銀杏は、復興の象徴として知られる。同じころ復興の道を辿った、朱藩の虹村のイチョウが起源だ。 また「燈華(とうか)」と呼ばれる一帯も、虹村のヒマワリが由来である。太陽の光を宿す華の地との意味を‥‥』 ―――ヒマワリが連なる花畑。そこは真名を得た、始祖の母迅鷹「花風(はなかぜ)」が、最も愛した場所。 |