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■オープニング本文 ●浪志組 尽忠報国の志と大義を第一とし、天下万民の安寧のために己が武を振るうべし――浪志隊設立の触れは、広く諸国に通達された。 参加条件は極めて簡潔であり、志と実力が伴えばその他の条件は一切問わなないという。出自や職業は無論のこと、過去の罪には恩赦が与えられる。お家騒動に巻き込まれて追放されたり、裏家業に身を落としていたような、立身出世の道を断たれた者にさえチャンスがあるのだ。 「まずは、手早く隊士を募らねばなりません」 東堂は腕に覚えのある開拓者を募るよう指示を飛ばす。浪志組設立に必要な戦力を確保することを第一とし、そして――いや、ここに来てはもはや悩むまい。 ――賽は投げられたのだ。 ●虎の悩み 泊まりに来ていた真田道場から、白虎しっぽが垂れたままの虎娘の司空 亜祈(iz0234)が出て来る。柳生有希(やぎゅう ゆき)が、道場生に熱く語る言葉を反芻してした。 「‥‥ギルドに頼らないアヤカシ退治の玄人集団、ね。本当にできるのかしら?」 虎娘の兄はギルド員として働いている。父親も元開拓者で、虎娘自身も、双子の弟妹も開拓者。 開拓者一家で育った虎娘にとって、ギルドはあって当たり前の存在。ギルド抜きにして、開拓者の部隊が成り立つのかと疑問が渦巻く。 悩んだときは兄に相談。足は開拓者ギルド本部に向いた。 最近、神楽の都は街中でアヤカシ騒ぎや狼藉が起きており、物騒になってきていた。開拓者ギルドが後手に回る事もある。 猫族一家の双子や飼い子猫又は、子供なりに治安の悪さに心を痛めたらしい。弓術師一家の子供たちを巻き込み、自主訓練をすると言いだした。 「がう、神楽の都が危ないのです!」 「にゃ、平和を守るのです!」 「うちらが守るんや!」 白虎しっぽと虎猫しっぽを震わせ、十一歳の猫族の双子は口を揃える。猫族一家の飼い子猫又も、跳びはねた。 「うん、うん! 勇喜(ゆうき)や伽羅(きゃら)は、開拓者だもんね。藤(ふじ)も、頑張るんだよ」 新人ギルド員は双子たちの兄、虎猫しっぽを振って家族を応援する。 「おいらも、やるってんだ!」 一本角が揺れる、修羅少年も腕まくりをして張り切っていた。 「ぼきゅ、みあらいでがーばう♪」 「我も世話役で参加でさ」 息子の職業を父が決めるつもりは無いが、弓に興味を示したのは血筋らしい。手を叩いて自己主張する幼子を、元開拓者の父親の相棒が見守る。 「仁(じん)も、友達ができたか♪ 尚武(なおたけ)が見習いで参加しても、与一(よいち)がいれば安心だな」 修羅少年を預かるベテランギルド員は、同じ年の友人ができたことを喜んだ。一人息子の成長を、目を細めて眺める。 ●虎の心 「あら、皆揃って遊びに行くの?」 ギルドには、見知った子供たちがいた。虎娘が声をかけると「修行する」と揃って、返事が聞える。 ギルドの片隅で、どんな修行をするか相談し始めた。あらましを聞いた虎娘、心配そうに白虎しっぽをゆらす。 「勇喜まで『修行だから』って、一緒になって体力作りなんて」 おとなしい猫族兄妹の三番目の弟は、歌姫の母そっくりな吟遊詩人。急変ぶりを、陰陽師の二番目の姉は心配していた。 「でも、お寝坊さんの伽羅(きゃら)や藤(ふじ)も、『アヤカシ退治の修行する』って、早起きになったよ」 父から泰武術を習った、志体の無い一番上の兄は、猫又の飼い主。志体のある末っ子の妹にも、立派な泰拳士になって欲しい。 「お前さんたちの家も、なのか?」 「あら、どうかしたの?」 「急に息子が『弓をやりたい』って言いだしたんだ。徒手練習だけ教えたが‥‥仁に、的当てのコツを聞いていてな」 弓術師のベテランギルド員は、腕組みをしながら低い声で告げた。 「その二人が今朝は『神楽の都を守る。アヤカシを倒す』って、はっきり会話していた。開拓者の仁は分かるが、尚武はまだ三つなんだぞ?」 「えっ、うちの双子みたいじゃないですか!」 「まあ‥‥、成長を祝う前に、言葉の内容がおかしいと思うわ」 新人ギルド員は驚き、虎娘は眉を潜める。もし、訓練に励む子供たちの動機が「アヤカシ退治」だとすれば‥‥、悲しみが胸を締め付ける。 「やれやれ、子供は世界をよく見るうえに、鋭い感性を持っているからな」 ベテランギルド員の一人息子が元服を迎えるとき、世界はどうなっているだろう。 「神楽の都の異変を、誰より感じているのかもしれないですね‥‥」 「あの子たちが安心できる世の中にしないと‥‥」 新人ギルド員と虎娘は、小さな開拓者たちが笑うギルドの隅を見遣る。 相談した子供たちは、「強くなるために、修行の依頼を出して欲しい」と頼み込む。ギルド員たちは、小さな開拓者たちの成長を願い、依頼を請け負った。 十一歳の子供たちは開拓者になって、半年にも満たなかった。アヤカシ退治を修行の目的にして欲しくない。 困った人を助ける開拓者の意義を、肌で感じて欲しい。仲間がいる意味を知って欲しい。 先輩開拓者との触れ合いは、小さな開拓者たちに大きな恵みをもたらすはず。依頼書が作られた。 『駆け出し開拓者の子供たちに、砂浜で稽古をつけてください。ギルドと砂浜の往復路では、神楽の都全体を回ることが条件です』 ギルド員たちの手元を覗き込み、喜ぶ子供たち。保護者たちは、複雑な表情で子供たちを眺める。 「もし開拓者が集まれば‥‥兄上!」 決意した虎娘は、新人ギルド員に近寄った。子供が、子供らしく生きられる世の中を。そして、未来に平和を贈りたい。 「私、浪志組に入るわ。陰陽術を少しでも、子供たちの将来のために役立てたいの」 我が道を行く虎娘は、己の志と、身に付けた武の意味を見出した。 |
■参加者一覧
海神 雪音(ib1498)
23歳・女・弓
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
プレシア・ベルティーニ(ib3541)
18歳・女・陰
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
仁志川 航(ib7701)
23歳・男・志
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●和気藹々 「‥‥本来ならまだ私は弓を教えるレベルでは無いのですが‥‥」 海神 雪音(ib1498)は、伏せていた瞳を開いた。 「我武者羅に成長できぬより、誰かに教えを請う。その考えは真、素直でよき事に御座います」 こくりと頷く、月雲 左京(ib8108)。子供たちと初依頼となる自身の成長を願う。 「誰かを、何かを守りたいと思う、その真っ直ぐな心根は、とても良いものだと思いますよ」 劉 星晶(ib3478)が、ふっと真顔になった。星晶の身に付けた泰拳袍「九紋竜」は、泰拳士向けに作られている布鎧。同じ泰出身と分かり、はしゃぐ双子を眺める。 「危なき無い様、見守りませぬと」 「先輩として、後輩を導くことも修練の一つ‥‥だと思いましょう」 左京の白銀の髪が心配げに揺れた。尚武の本格的な弓一式を、雪音は受け取った。 「北面・仁生の実家より、このような手紙が来ました」 杉野 九寿重(ib3226)の差し出す手紙。浪志組に参加せず、推移を見守る事。 「叔父様は何を訝しがるのでしょうか?」 「浪志組か‥‥もっと気持ちが固まったら、参加できるかもしれないけどね」 九寿重の犬耳が倒された。あちこち旅歩いている仁志川 航(ib7701)も、考えを述べる。 「伽羅ちゃんと藤さん、お久しぶり〜なの〜♪」 プレシア・ベルティーニ(ib3541)は、二人に抱きついた。 「妹がすごく会いたがってましたよ」 覗きこむ神座早紀(ib6735)も、藤の頭をなでる。猫好きの妹に、すごく羨ましがられそうだ。 「やあ! 伽羅ちゃん! 勇喜君達もお久しぶり!」 見知った猫族一家に、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)も声をかける。 「仁君は初めまして、だね。今日は皆でみっちり稽古しよう!」 「よぉ〜し、頑張ろうね〜!!」 フランヴェルとプレシアは、子供たちに発破をかけた。 「怪我も、失敗も、出来る時にやっとけよ♪」 もっさりとした黒髪をかきあげ、航は仁の頭をかき混ぜて笑う。 神楽の都を回りながら、子供たちと港にやってくる。 左京は謎かけをした。「篁」と、炎龍の名前を地面に書き、呼び名を尋ねる。 円陣を組み、頭をひねる子供たち。「たかむら」と、自己満足の笑みを浮かべた。 「疾風よ」 駿龍の首筋をなでながら、雪音は相棒を紹介した。龍と子供たちは、頭を下げて挨拶を交わす。 「あっ! 実は来たことなかった」 航の前では、名無しの甲龍がいじけている。自分のことで精一杯で、龍に名前さえつけてなかった。 「‥‥会(かい)か? 色んな事物、人と会うって大事だと思うよ」 暫定だが、龍の名前が決まった。仁は喜ぶ。 「白虎、来るですね」 爆笑の渦。九寿重が鷲獅鳥を呼ぶと、代わりに白虎獣人の亜祈がやってきた。 「最初に見た時は、星が流れているのかと思いました」 伽羅が近寄ってきても威嚇すらせず、遊んであげる鷲獅鳥。翔星の由来を述べる星晶を、ガン無視している。 「おとめです」 神座家次女の早紀から、もふらづくしの半纏、マフラー、セーターを貸して貰った勇喜。甲龍を見上げる。 「エルオーって呼ぶんだ」 フランヴェルは甲龍のLOの背中に、尚武を乗せる。鱗の表面は滑らかで、滑り台にはもってこいの体だった。 「ボクね〜、実はホントのパパとママが分かんないんだよ〜。 ジルベリアにいるパパとママは、生まれてちょっとのボクが一人はぐれたのを見つけて育ててくれたんだ〜」 プレシアは天儀生まれだが、生後間もなくジルベリアで親とはぐれた。 「その時側にいてくれたのが、イストリアなんだって〜♪」 気高きオーラを纏った、金色の龍は寄り添う。にぱっとプレシアは笑い、甲龍を指さした。 ●誠心誠意 「足腰しっかりすれば強くなるし、体力あれば気力も続く。みんなでかかっておいで‥‥って、捕まった?」 鬼ごっこが始まった直後。振り返った航の両手を、素早い伽羅と仁が嬉しそうに掴んでいた。 「仁君と伽羅さんは、頑張って俺を追い詰めてくださいね」 黒猫シノビを追いかけ、虎猫泰拳士と修羅シノビは砂埃を上げる。次々と姿が消えて現れる、技法満載の真剣鬼ごっこ。 「ボクも参戦〜 でっかい、はんぺん!」 プレシアの結界呪符「白」が発動した。立ちはだかるはんぺんに三角跳を仕掛け、空中戦を展開するシノビたち。 真似した伽羅が、砂に顔を埋めたのは仕方ない。はんぺんは、時間が来れば消えてしまう。 「遠く道場に居る妹弟に教えると思えば、然程苦労はしないですね」 我侭であるよりも、他人の面倒を見る方を優先する九寿重。砂だらけになった伽羅を助け起こした。 人懐っこい五人姉妹弟の筆頭は、子供たちと顔馴染みも有る。泣きそうな伽羅をなぐさめた。 鬼ごっこに疲れた勇喜は、早紀の調理風景を見学していた。石のかまどを組み、上に大きな平たい石をのせて行く。 「周りの味噌を溶かしながら食べる、石焼鍋ですよ」 火種でかまどを熱しながら、早紀は笑う。味噌で壁を作り、中に水と釣った魚を捌いて入れた。 「まず鷲の目。次に即射、最後は強射『朔月』の順よ」 弓「天」を構えて説明する雪音の瞳に、精霊力が宿った。素早く的を射抜く。 緊張の一瞬。ついに尚武の手に、矢が握られた。雪音の力を借りながら、小さな両手で弓を引っ張る。 将来有望そうな若い子が、望むように育っていける手助けができたらいい。 「‥‥自分で見つけるって、大事なことだよね」 翠玉の耳飾りを揺れる。精霊に会いたくて、村を飛び出した少女を保護したときも、航は同じことを言った。 矢が少しだけ飛んだ。尚武は両手を振って、航と与一に知らせる。 「今度は、高いとこから射つのはどうだ?」 「気が早すぎですよ」 ご褒美とばかりに、航は尚武を肩車した。困った口調で、雪音はたしなめる。 (‥‥武を持つ意味、か) 仁に手裏剣投げの練習をせがまれ、教えていた星晶。空を仰いだ。 「これだけは、教えられそうに無いので、他のお兄さんやお姉さんに聞いて下さいね。俺のは‥‥忘れてしまいましたから」 開拓者になった理由は「何となく」と、笑って答える星晶。 もふらさまとの七夕のそうめん流しで、短冊に託した、ささやかな願いが思い出される。 『皆の願いが、叶いますように』 のんびりした空気を纏う、物静かな黒猫は、多くを語らないだけ。一区切りをつけて、左京の方にやってくる。 「月雲さん、体調は?」 頭上に被った旅情の外套で、日光を遮っていた左京が出迎える。膝の上には「眠る修行」と、藤が陣取っていた。 「水辺の修行の際は、無意識に手禊をしてしまいます。夜ではないので、飛び込みませぬが」 白き前髪で隠した瞳の色は、深緋色。先天的な白子の左京、夜間以外好んで活動はしない。 仁と同じ修羅の左京。外見は人と変わらぬ、‥‥角を失っていた。 「遠慮はいらない! 本気で打ち込んできたまえ! スキルも許可する!」 朱槍を構えたフランヴェル相手に、小さな開拓者たちは頑張る。 「回復や支援の大切さを知ってもらいたいです」 神楽舞「攻」で、早紀の支援を受け、伽羅が一気に迫る。山岳陣を用いたフランヴェルを、勇喜の歌が阻もうとする。 仁の手裏剣を不動で受け止める。伽羅の隙を尽き、石突きの方を足に引っ掛け転ばせた。 「協力すれば色んな攻撃が出来たり、長く戦ったりできる。間違っても誰かが補ってくれる、だろ?」 航の助言をもとに、子供たちは連携攻撃を仕掛けようとする。 ●知者楽水 子供たちの泊る場所は、猫族一家の庭。天幕のお泊まりには、話の花が咲く。 「ボク育ててくれたパパとママに恩返しするのと、ホントのパパとママを探すためにも開拓者になったんだよ〜 いっぱい人と出会って、色々勉強できるから、楽しいよ〜☆」 小さな神威の里に訪れた時は、両親と会えるかと期待もした。出会ったのは、ハンザケ(オオサンショウウオ)だったが。 「心配かけ過ぎちゃダメなんだよ〜? でも、強〜くなって、守って安心させられるようになれたら、素敵だよね〜♪ そのためなら、力も良い事なんだよ〜」 プレシアが力むと、巫女袴「八雲」の裾がいきいきと動いた。故郷と父母を失った仁の心に、何かが響く。 プレシアのお腹がぐきゅるる〜と鳴った。夜食のいなりずしを、仁と山分け。 「焦る必要はないから、確実に成長を積み重ねることね」 雪音の両親は共に開拓者、サムライの父と陰陽師の母を持つ。が、才能の面では親のどちらにも似なかった。いろいろ模索した結果が、弓術師の自分。 「‥‥今は無理でも、いずれ妹さんを守れるよう強くなればいいこと」 静かに勇喜に語るのは、雪音の初めての依頼。兄が妹を助けようと勇気を持った、一部始終。 「私の姉さんは皆の明日を守りたいって強い願いを持っていて、私はそんな姉さんのお手伝いが出来たら、って思って巫女になりました」 千早「如月」が衣擦れの音を響かせた。大人しく控えめな少女は、黒い瞳を勇喜に向ける。 「でも理穴のとある村を巡る依頼で、私自身が村の方々の故郷を守る事が出来た時、初めて姉さんの気持ちが解ったんです」 魔の森に囲まれていた村は、湖に住まう姫と開拓者の協力で、海への道を得た。村の未来への確かな手応え。 「神楽の平和を守りたい。それは皆の明日を守りたいって事。その気持ちを忘れないでいて欲しいです」 早紀は、自分の話を通して、同じ気持ちを改めて強く抱く。いつか姉と並んで立てるように。 九寿重は、亜祈を心配して話しこんでいた。 「確かに目標を決めると、『向かって行こう』と定まり易いのですが‥‥。それを越えた後どうするかというが有りますからね」 ピンとたった犬耳は、九寿重にとっての、「開拓者としての武と志」を告げる。 「私自身開拓者になったのは、道場の外に出て、技量の向上と見聞を広めるという意味合いです」 北面の飛び地の温泉宿に泊ったことがある。見分を広めるために仁生を出なければ、五行の東部に位置する楼港に赴くことすら無かった。 「‥‥更に向上する気持ちを伝えられたら良いですね」 背中に背負った厚司織「満月」が、北面の神威人を見守っていた。獣人は月を崇める習慣がある。 屋根の上でも、星晶が月を眺めていた。呼びかける航に、笑って答える。 「今日は、外に居ます‥‥少し、昔を思い出してしまったもので」 最後の呟きは、誰にも届かない。天幕の中から、子守唄が聞えてきた。 「平和なんて無いからこそ、しっかり助け合えるように、伸びる力を伸ばしてやりたいよ」 航もはしごで登ってきた。屋根の上に寝転がると、歌に身を任せる。 「あぁ、歌と舞い、楽しみですね」 黒猫耳が動く。幼い頃にアヤカシの襲撃で失った故郷では、母が歌ってくれたのかもしれない。 ‥‥あまりに遠すぎて、よく思い出せなかった。 「鍛錬は、如何で御座いましたか?」 左京は藤を、しろくまんとの上にそっと降ろす。伽羅は楽しかったと叫び、開拓者の話をせがんだ。 フランヴェルの昔話は、建物と盗賊の掃除を引き受けた依頼。罪を償った後は全うに生きる事、人としての誇りを教えた。 「強さだけではなく、優しさや意志の強さ、知恵や知識も養わなくてはいけないよ。今日出来ない事が明日出来るようになるって、素晴らしい事さ」 フランヴェルは大鎧「赤朱」を拭きながら、伽羅に武具の手入れを促す。 「願わくば、其の先を、世の一番のつわものとなる、や‥‥誰もが喜ぶ音色を奏でる、などの目標を持って頂きたい次第で御座います」 修羅の里で作られた刀「牙折」を、左京も丁寧にしまってみせた。 「さて、宵も更けております、寝るも大切な鍛錬で御座いますよ?」 伽羅が衣服をたたんで片付けたことを察し、左京は睡眠を促す。 「年端もいかぬ子が、アヤカシ退治とは‥‥少し、寂しゅう御座います。折角、武の、芸の才が御座いますのに」 「困ってる人の力にならなければね。でも、人生を楽しむ事も忘れずに!」 子供たちの寝顔を眺め、左京は口元を覆う。お風呂に行こうと誘う、フランヴェルの屈託のない笑顔があった。 ●阿鼻叫喚 心震わせる歌がある。横笛を奏でるどころではない。 「怖ろしきと、逃げ泣く事が、わたくしのすべき事か」 耳を押さえていた左京は、ため息をついた。人が苦手、むしろ恐ろしい。 「‥‥耳伏せはお約束ですね」 砂浜に座り込む、九寿重の呟き。亜祈が勢いで放つ、調子外れの唄は、二度目の体験。 「亜祈ちゃ〜ん、歌声ってね〜、呪声に使えるんだよ〜☆」 遠くの水平線を眺めていた、プレシアが振り返る。変に動く、狐しっぽ。 「心に余裕がないと、思わぬ落とし穴に嵌る事があるからね」 海で魚が浮かぶ。フランヴェルは燃え尽きて、纏う空気は灰色だった。 「これも修行ですね」 不動の姿勢で耐え忍ぶ、星晶。この程度で負ける訳にはいかない。 「射法八節は、腰も大事です」 離れた所にいた雪音と見物人の早紀は、無事だった。重心のとれない尚武に、基本を特訓中。 「次は本職の歌が聞きたいな」 満足そうな亜祈の前に、勇喜を差し出す航。笑顔に見えて、引きつっていた。 「舞をお見せしようかと」 悲劇を知らない、巫女の早紀の舞い。左京の笛の音にあわせ、勇喜の歌も響く。開拓者たちを魅了した。 ●欣喜雀躍 「大きくなったら、開拓者の師匠になるのです!」 ギルドで意気込む伽羅は、開拓者の手を握りしめている。 「先生役は楽しかったんだよ〜☆」 伽羅とバンザイするプレシア。虎猫と狐のしっぽは、調子をあわせて踊る。 「‥‥ボクたち開拓者の未来も、安泰だね♪」 フランヴェルは、伽羅の頭をなでた。輝く瞳を見ていれば、将来の心配は要らない。 「勇喜の目標は、内緒なのです♪」 「お互い、早く叶うように頑張りましょう」 勇喜は口元に人差し指を立てる。揺れる白虎しっぽの隣で、同じ思いを抱く早紀は笑った。 「おいら、兄ちゃんみたいになるってんだ!」 「おやおや、嬉しいですね」 仁は星晶を目指すと言う。飄々と笑うシノビの技は、たくさんの感動を与えてくれた。 「うちは、可愛い猫又になるで」 「既に愛らしいにゃんにゃ、でございまする♪」 藤の目標は、違う方向にズレている。左京は微笑みを浮かべ、肩によじ登る藤を撫でた。 「やぁ、いっちゃの♪」 「早いかとも思いましたが‥‥筋は良いと思いますよ」 初めての練習の様子を、尚武は懸命に伝える。雪音の目元は、優しく笑っている。 「‥‥旦那、坊ちゃんも志体があるようでさ」 「あの子も、開拓者になるかもしれないよ」 与一は真剣に伝える。才能の片鱗を垣間見た。頭をかきながら、肩車をしていた航も追随する。 「私は共に手伝う事は出来ませんが、ちゃんと見守ってますからね」 腰までの漆黒を揺らし、九寿重は亜祈の顔を覗きこむ。 「‥‥私は、焦っていたのね」 苦笑する亜祈の手の平から、蝶が舞い上がった。人魂は、子供たちの顔を見て回る。 明るい笑い声は、未来へと弾けた。 |