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■オープニング本文 泰国の南部は一足早い春の訪れを示していた。 山里ではせせらぎの聞こえる小川が流れ、開墾を待つ畑が広がっている。 畑のあぜ道で唸る中年男が一人、腕組みをして考え込んでいた。 「そろそろ限界か‥‥、今年はがんばって新しいのを建てるとするかの」 唸り声がやむと、独りで呟いては納得したかのように頷く。 畑の向こうには、おんぼろの木造小屋が一つ見える。農機を置いておく小屋だったのだが、長年の風雨にさらされ傾いていた。 ついでに何年か前から雨漏りを繰り返し、屋根にも小さな穴があいている。 そろそろ小屋とお別れの時期に来ているのかもしれない。 「壊し屋を探しているらしいですよ、腕が騒ぎますね!」 新人ギルド員は拳を握り力説する、依頼書が握りつぶされた。 間髪おかずベテランギルド員のゲンコツが飛び、誤解を招きかけた新人ギルド員に命中。 なかなか良い音がギルド内に響いた。 「新しい小屋を建てるので、古い小屋の解体を手伝って欲しいという依頼です。 一人で行えば何日もかかるでしょうが、人数がいれば一日ぐらいだと思いますよ。 解体後は廃材の運搬も手伝って下さいね、畑でたき火をして芋を焼くつもりだそうです」 後頭部のタンコブをさすりながら、新人ギルド員は依頼書を差し出した。 しわがのばされた依頼書を受け取り、内容を確認する。 解体するのは構わないが、どれぐらいの大きさの小屋なのだろう。 かすめる不安に、顔を上げて新人ギルドの続きを聞いた。 「物を壊しても怒られないうえ、食事つきの依頼なんて羨ましいです。 行けることなら、ストレス発散に僕が行きたいくらいですよ‥‥」 ため息とともに新人ギルド員がつぶやく台詞が聞こえた。 ゲンコツを受けて怒られたら、ストレスがたまるのかもしれない。 冬の寒さでなまった体を動かすには良い機会だろう、焼き芋もおいしそうだ。 しわしわの依頼書を眺めながら、浮かんだ考えに頬が緩んでいた。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
和奏(ia8807)
17歳・男・志
ティエル・ウェンライト(ib0499)
16歳・女・騎
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志
紫吹(ib5493)
24歳・女・砲
Kyrie(ib5916)
23歳・男・陰
翠荀(ib6164)
12歳・女・泰 |
■リプレイ本文 ● 壊し屋の朝は、破壊大帝の高笑いから始まる。 「我は破壊の大帝‥‥。さあ、ギグの始まりだ!」 髪を逆立てたKyrie(ib5916)が腰に手をあてて、ふんぞり返っていた。 「我がウェンライトの家名にかけて、この仕事果たしてみせます!」 「はーい、はーい、うちも!ティエやキリリと、がんがんぶっこわーす♪」 ティエル・ウェンライト(ib0499)の黄金の胸当ても、決意を語るように朝日を受けて輝く。犬しっぽをふりふり、翠荀(ib6164)も楽しそうだ。 「グハハハハハァ!」 「えーい、うるさい、わしの話をきけ!」 白い手ぬぐいが宙を舞い、大帝の頭を直撃。Kyrieが振り向くと、依頼人が人数分の手ぬぐいを手に立っていた。 「お前さんたちが、解体の手伝いをしてくれるんだな。方法は任すが、芋を焼けるようにはしてくれ」 乙女の敵と分かっていても、焼き芋の誘惑は断ち切れない。 「焼き芋、楽しみだねぇ。この時期の焼き芋だ‥‥さぞ美味しいことさね」 口元に笑みを浮かべて、紫吹(ib5493)は舌なめずりをした。妖艶な仕草は、過去に何人もの男を虜にしたのだろう。 「はいはいっ、あんた達しっかり働きなさいよー?」 あたしの為にという言葉は胸の内に隠し、ざ・おじょーさま・鴇ノ宮 風葉(ia0799)は叱咤する。 「ほれ、手ぬぐいだ、口でも覆っとけ」 「ショクラン、感謝します。天儀の建築物には土壁や漆喰が多く、解体時は著しい埃が立ちますから」 「芋のときには回収するぞ」 手ぬぐいを差し出す依頼人、無骨ながら好意らしい。余計なひと言が付いているが。 土木建築に詳しいモハメド・アルハムディ(ib1210)は、礼を述べながら受け取った。 「僕には必要ありません」 竹林模様の手ぬぐいがはためき、シュタッと口元に結ばれる。マイ手ぬぐい持参の和奏(ia8807)は、額の風読のゴーグルを下して武装完了。 「どうやって解体しましょうか」 一人まじめに小屋を観察していた十野間 修(ib3415)は、モハメドに話しかけた。自分達は解体に来たのであって、破壊に来ているのでは無いはず。 「ふぃーふぁ、さあ我が為に奏でよ、破壊のロンドを!」 紫の唇が妖しい、まっ白い肌の人は、目のクマドリも凄い。修Kyrieの額にある「壊」の文字を知ってか、知らずか。 「おっきーけど、他の人にあたんないよーにきをつけて、だよねー?」 「いいですか、常に常にフルスイングがコツです!」 「派手に解体できる‥‥、楽しみだねぇ」 ティエルと翠荀は仲良く、ブロークンバロウの振り方を研究中。紫吹は紫吹で、鳥銃を撫でながらうっとりしていた。 破壊への一方通行は近いかもしれない。 ● 「どうすんのよ?」 「ナソィーハ、助言を申し上げると、まず戸、襖、障子、壁、畳など。小屋の内層を撤去ですね」 「解体時に手順を間違わず、掛けるべき所に手間を少しかける。それだけで再利用できるものが意外と出るものです」 「龍さんのおうちを作れるくらいですか?」 「‥‥。建物として使えなくても、敷地境の柵などに流用できるものもあると思いますよ」 「柵にと‥‥」 「現場周囲に柵を設置し、立入の制限を設けましょう。安全を期すのも大事です」 「で、アルハムディ、その柵はどこにあんの?」 「外の戸を流用しますか?」 「ナァム、それが良いでしょう」 一応、解体意識がある者もいた。 あくびをしながら尋ねる風葉に、モハメドは土木建築の知識を活かして説明を始める。うんうんと頷きながら、修も続いて口を開いた。 するどいのか、天然なのか分からない和奏の台詞。まじめにメモを取る相手を、小さな沈黙のあと修はやんわりと流した。 モハメドは説明を続ける、真顔で聞いているふりをして風葉は聞き流していたが。 小屋を観察してきていた修が即座に考えを告げる、最初の行動が決定した。 「すみません、みなさん。戸を外すのを手伝ってください」 和奏が手を振り、素振り練習中の面々に声をかける。メイス二刀流のKyrieが手を振り返す‥‥と見せかけ、破壊の為のリズムをとりだした。 「我にもっと破壊の音を、ゲハッ、ゲハッ!」 打ち鳴らされる鈍い金属音に、派手な銃声が旋律を添える。紫吹は両手で愛銃を構えると軽快に撃つ、撃つ。 最後に銃口を上に向け、口づけるように紫煙を吹き飛ばした。 「ふぅ‥‥快感‥‥っ」 「しぶりん、ありがとー♪もはめっちの言うとおり、どんどんがすがす、ぶっこわせ!」 「我が一撃、受けてみよー!とりゃー!」 紫吹の弾道を追っていくと、ニ枚戸の真ん中を突きっている。翠荀が右に、ティエルが左に立ち、一斉に打撃ポーズ。掛け声とともに、戸を真っ二つにした。 「ん、持ち運びやすくなったじゃないか」 「あ、本当ですね」 高揚状態のKyrieの高笑いが感染したかのように笑う紫吹。のんきに和奏が同意した、 「外枠を修理すれば、まだ使えそうだったのですが」 「あんた、うだうだ言わずにとっと運びなさいよ」 「行きますよ」 「ヤー、鴇ノ宮さん、なにをしているのですか?」 「お茶よ、お茶を沸かすの。のどが渇くでしょ」 修が頬をかきながら姿を変えた戸を眺める、叱咤する風葉の声にしょうがなく運びに向かった。 モハメドが何気なく声をかけてきた。風葉は依頼人宅から借りてきたお茶用具一式を広げる所。不機嫌になりつつ、軽く睨みつける。 「あによ、あたしの行動にケチつけるわけ」 「ラ、お茶は良いですね。お湯はいずこに?」 「あの廃材で火を起こすのよ、解体はまだ?」 「アフワン、すみません。まず水をかけて埃を予防しませんと」 「水を掛けるなンてねぇ‥‥。折角の焼き芋の素材が、無くなっちまわないかい?」 「水より湯をかけませんか、そこの川の水はまだ冷たいですよ」 「ナァム、湯が良いでしょうね。廃材を燃料にしましょう」 「水か、湯をかけなきゃ、解体できないんじゃないのかい?」 「湯の為に廃材が必要なんですよね」 「‥‥?」 動くとのどは渇くだろう、風葉の判断は正しいと思われた。モハメドは首をふり、風葉に肯定を示す。単にサボりたいだけの風葉に本心には気づかない。 第一弾の元・戸を運んできたティエルと紫吹が会話に参戦する。解体用の湯が先か、湯を沸かすための解体が先か。 しばらく答えの出ない議論が続いた。 「♪お水をかけましょ、廃屋に〜♪ あ、たかいとこは任せて、慣れてるからー」 何やらご機嫌の翠荀は、距離を取りつつKyrieのヘッドバンキングに合わせて歌う。 その距離が生来の男性苦手か、イカ墨を補給して黒くなったKyrieの口の中が原因かわからないが。 川の水を汲んできては、楽しそうに撒き散らしていた。ひょほーいと屋根に上がって、上側の水撒きも忘れない。 「まずは屋根ですね」 「ったく、もー‥‥術使うとお腹減るってーのに‥‥」 遠くで空っぽのお茶用具を見下ろし、モハメドの助言通り、狙うは高いところ。 不機嫌絶好調の風葉は、下をみたまま呪殺符「深愛」を取り出す。焼き芋は、まだ遠い彼方だ。 力の歪みを怒りのまま放つ。‥‥連続で。 「わふ?」 急に翠荀の右足が穴に落ちた。ぱっと左足で飛びずさり、後ろに着地。着地した床も無くなった、木のきしむ音が聞こえる。 「ヤッラー!」 「うっさいわね」 「翠荀さんが上にいますよ」 「いたいのいやーっ!!」 モハメドが声を張り上げた。怒りに風葉が顔を上げると、悲鳴とともに翠荀が屋根の崩壊に巻き込まれた所だった。 「万物よ悉く 我が前にて灰塵と化せ! 破壊 ハカイ HAKAI DESTROY! 破壊 ハカイ HAKAI DESTROY! DEDEDEDEDEDEDEDEDEDEDEDESTROY! DES DEATH DEATH DEATH DEATH DEATH DEATH DEATH DEDEDEDEDEDEDEDEDEDEDEDE DEATH DEATH TROOOOOOOJ!」 崩壊に合わせて激しくリュートをかきならすKyrie。トランスの世界にスイッチが入る。 破壊大帝以外、誰も動かない。時が止まっていた。 「ばっかー」 犬耳がぺたりとなった翠荀が、建物の後ろから出てくる。瞬脚で事なきを得たらしい。 とりあえず、屋根の破壊完了。 ● 「この窓の作りを教えてください」 「組み加工ですね」 ふわふわした笑みを浮かべているらしい和奏が、窓を差し出す。ゴーグルと手ぬぐいで表情は分からないが、たぶん、ふわふわ笑顔。 修は真剣な面持ちで、窓をひっくり返し和奏に視線を向ける。向かい合う二人。 畑の脇では、修先生による日曜大工講義の第一回が開かれていた。 窓枠を一つ外した所で修先生は枠をはめ直し、和奏生徒がマネをする。一年生の和奏は、先生のように上手く組外しができない。 部品を一つ外してはメモをとり、見よう見まねで実践練習。時間がかかりつつも一歩一歩進んでいく。解体作業のはずが、二人の間では分解になっていた。 「僕でも龍さんのおうちが作れるようになりますか?」 「あきらめなければ、道は開けますよ」 なかなか思うような成果が上がらず、うなだれる和奏。修は無言で肩に手を置いた。和奏が顔を上げ、まっすぐな視線が修に注がれる。 和奏生徒が修先生を超える日は来るだろう、いつか。 「わっかも、とのさも、なにやっているんだろーね」 「アーヒ、周囲への被害を防ぐ為、内側に向かうのが良いでしょうね」 「つまり外から中に向かって壊すのですね、力仕事ならお任せください!」 「手順はちゃんと踏むつもりだけどねぇ。だけど派手なのは捨て難いじゃないか」 「ラ、丈夫な壁や床は、壊す際に倒れる力を使って崩しましょう」 「気が利かないね。折角のストレス解消依頼なンだ、ちょっと位、暴れさせて貰ってもバチは当たるまい?」 「どーんとぶち壊しますよー!」 「ここんとこあんま動いてなかったから、がんばるー♪」 モハメドの誇るべき土木建築の知識も、破壊三人衆たちの前では役立たずだった。手順は説明しているが、あまり真剣にはきいていないだろう。 話もそこそこに、ササッと各々の獲物を携えて、壁だけになった小屋に向かう。 「あたしからだね」 銃を構えると、空撃砲や強弾撃を次々に放つ。壁が穴だらけになってきた。 撃ちたいだけ撃つと真珠の耳飾りがゆれ、猫耳がぴくぴくする。再び紫煙を吹き飛ばし、満足そうに口元がわらった。 「ぶっこわせー」 気が向くまま、翠荀は外から壁を叩きまくる。危険なため、中に入れないのは残念だ。 「あれ?変な音がしたような?まあいいか」 ティエルは軽く首をかしげた、空耳とは思う。しかし、家から聞こえる音がさっきと違うような気がした。 たいていの建物には、大黒柱というものが存在する。モハメドはきちんと説明していたが、ティエルの頭からはすっぽり抜けていた。 振りかぶり素振り練習の成果を披露、目の前の柱に打ち付ける。木が大きく軋んだ、家の中に向いて傾いてく。 モハメドの予想はあたり、大黒柱を失った小屋は倒壊した。破壊完了。 ● 「これで終わりですね」 柵にしていた戸に火をつける話になった。ずぶぬれになった小屋は、たき火には向かない。後日、モハメドが新たな燃料や堆肥として、土壌改良に使う予定だ。 「火をつけなきゃねぇ」 「我に任せよ!」 松明とヴォトカを手にしたKyrieが進み出る。たき火の元に点火の前に依頼人が一言。 「それで火をつけたら、芋なしだぞ。酒がダメな奴もいるだろうからな」 鋲を沢山生やしたお手製の黒いベストは、背中が小さくなったように見えた。無言でKyrie退場。 モハメドは軽く安堵の息を漏らす、お酒はダメな人の一人。 「あたしに任せなさい」 風葉は火種の術を放ち、たき火の種火が起こされた。ぐるぐる腕をまわし、ティエルは位置につく。 「体を動かしたらお腹空きますよね!火力全開!」 廃材を次々とくべていき、炎が大きくなる。和奏が芋を一緒に放り込んでいく。 「昔、薪ストーブで焼き芋を作ろうとして、お芋の形をした炭を作ったことあるんですよね」 半分、芋を焼いた所でゴーグルと手ぬぐいをとり、不吉な一言。手ぬぐいを返していた修が動いた、芋を取り出す。 「‥‥焼き芋ならぬ、焼き過ぎですね」 火力全開の中に入れられた、芋の中身は真っ黒。たき火の前で、お座りして待っていた翠荀の声が小さくなる。 「おーいもー、おーいもー‥‥」 「アーヒ、これは立派な堆肥になりますよ」 ダラダラのよだれは、ダラダラの涙に変わっていた。モハメドは芋炭の一つを手に取り、皆に向かって宣言する。嬉しくない宣言だった。 「火を小さくしとくれよ、焼き芋たべないのかい?」 紫吹は新しい芋を手にとり、たき火に放り込む。次はおいしい芋を食べたい。期待が高まった。 「アーニー、また後日、土壌改良にうかがいます」 「木が乾いたころに、再利用できるものがないか見に来ますよ」 モハメドと修が焼き芋を食べながら、依頼人と話込んでいた。この二人ならば、廃材を活かすことができるだろう。 「楽しく仕事してご飯も食べられて!わたしは幸せです」 たき火の番から解放されたティエルは、両手に持った芋にかぶりつく。程よい甘さは、幸せな気分にさせた。 「ねね、おじさん?この芋もう少し貰えない?いーわよね?‥‥そういえばギルドの子が欲しがってたっけ。差し入れしてあげよーかな。」 依頼人の答えも待たず、焼き芋を持てるだけ持ち、ふらりと風葉は姿を消した。道中、少し悩んだとか、悩まなかったとか。 できたての焼き芋を持ち、幸福感に浸る紫吹。湯気の上る芋にかぶりつき、悲鳴を上げた。 「暖かい内にこう‥‥黄色いお芋をはふっと‥‥って熱ッッ! ‥‥!忘れてたわ‥‥あたし、猫舌だったんだわ」 猫しっぽが残念そうに、しょぼくれた。後方では犬しっぽが嬉しさ満開で振られる。 「おいもー♪」 「美味しそうですね」 翠荀と和奏がうまく焼けた焼き芋を手にする。かぶりつこうとした瞬間、芋が消えた。 「食べないのでしたら、芋は私がいただきます」 「おいもー!」 「返して下さい」 ティエルの両手には二人の芋が握られる。たき火の周りで、焼き芋争奪戦が始まった。 「おいしいですね。私、甘党なんですよ」 いつの間にか、お客が一人増えている。穏やかな笑みを浮かべながら、焼き芋を賞味する人物。 メイクを落としたKyrieと皆が気づくには、もう少し時間がかかりそうだ。 |