【緑野】壱、迅鷹と誓い
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/21 17:50



■オープニング本文

●緑野
 武天は武州。迅鷹に守られた、鎮守の森がある。
 神楽の都に程近い、街道から少しだけ朱藩寄りの場所。ケモノも、植物も、虫も、人も、皆等しく、自然の恵みを受ける土地。
 繁る緑は何人も拒まず、優しく迎え入れた。去る者は、再び来たいと願うと言う。
 「魔の森」の東の一部だった事を、誰もが忘れた頃。遠い、遠い、未来の姿。
 しかし、ギルドにつづられるのは、現在。
 魔の森が、新たな名で呼ばれるまでの記録。名もなき迅鷹の家族が、新たな住家を得るまでの出来事。
―――始まりの物語。


●サムライ、迅鷹と出会う
 武天の道場の一人娘の真野 花梨(まの かりん)は、実家にいた。月明かりが差し込む武天の道場の床には、途中で折れた刀が置かれている。
 十一月一日は、サムライ娘の誕生日。毎年、誕生日には、道場主の父親に稽古をつけて貰うのが、物心ついてからの習慣だった。
 正座したままのサムライ娘は背筋を伸ばし、愛刀を見つめた。刀が折れた経緯は、今でも鮮明に思い出される。
 「武炎」とも呼ばれた、今年の夏に起こったアヤカシとの合戦。サムライ娘は、歴戦の開拓者たちとアヤカシ退治の初陣に挑んだのだから。


 神楽の都に戻る途中、ふっと思い付いたサムライ娘は、街道から外れた。武天の首都と神楽の都を結ぶ街道、その途中にある武州は大アヤカシに寄る侵攻を受けた伊織の里がある。
 伊織の里から南には、険しい山々の上に点在する砦が残されていた。里を守護する意味で建てられた花ノ山城は、サムライ娘も足を運んだ思い出の地。
 魔の森と花ノ山城の間には、幾つも戦いの跡が残っていた。サムライ娘が初めてアヤカシ退治に挑んだ場所も、その中の一つ。
 年を重ねる節目に、もう一度、その地を訪ねておきたかった。刀を振るう意味を、確かめるために。


 遠くに魔の森を睨む場所、平原部には一つの穴が開いている。サムライ娘たちが、孔雀石の角を持つアヤカシ、宝角巨鎧虫(ほうかくきょがいちゅう)と戦った場所。
 空を見上げると、小鳥の鳥の群れが飛んでいる。中には翼が四枚の、迅鷹が三羽いた。
 サムライ娘は疑問を持つ、様子がおかしい。迅鷹は小鳥を食べるケモノのはずだ、一緒に飛ぶなど考えにくかった。
 中くらいと小さな迅鷹は、小鳥の包囲網から逃れようと牽制する。大きな迅鷹は、威嚇の声をあげていた。
「アヤカシ!」
 サムライ娘が察したときには、ニ羽の迅鷹は高速飛行で街道の方向に逃れていた。大きな迅鷹は翼を閉じ落ちてくる。身体に何かが巻きついたかのように、もがいていた。
 サムライ娘は刀を抜き放ち、駆け出す。大きな迅鷹の翼に、赤い傷が広がっていくのが見えた。


●迅鷹の行方
 ギルドで翼を治癒してもらった父迅鷹。保護したサムライ娘の両肩に居座る迅鷹の母と子は、歓喜の鳴き声をあげた。
「まだ魔の森に、低級アヤカシの群れが潜んでいるようですね」
「白羽根玉(しらはねだま)と風柳(かざやなぎ)か、厄介なことになったぞ」
 神楽の都の開拓者ギルドの受付で、ギルド員たちは難しい表情をしていた。小首を傾げるサムライ娘。
「おい、そこのお前さんたち。すまんが、依頼の変更を頼む」
 ベテランギルド員の声かけに、開拓者が寄ってきた。魔の森の入口周囲の斬り払いの為に、集まった一行。
「魔の森の斬り払いついでに、アヤカシ退治をしてきてくれ。焼き払いをするためには、まず森の斬り払いが必要だが‥‥それ以前に瘴気の元を断たんといかん」
「焼き払いは、瘴気に満ちた魔の森を、自然の姿に戻すための大事な作業なんです。アヤカシを退治しないと、焼き払っても瘴気を完全に散らすことは難しいでしょうね」
「アヤカシが居ると推測される場所は、森の東側の一角だ。この娘さんは、アヤカシの引っ込んだ森の位置を知っているから、一緒に連れて‥‥なんだ、お前さんも行くのか?」
 激しく鳴く、父迅鷹。ジルベリア風にいうなら「アヤカシにリベンジする!」と主張していた。


 アヤカシの本拠地、魔の森深くに分け入っての斬り払いと、アヤカシ退治に変更された依頼。生い茂る魔の森の木々は、アヤカシの姿を隠すはず。
 相手は群れなす音波アヤカシと、半透明で見つけにくいアヤカシ。白羽根玉は単独で来ず、群れて移動するが、今回は風柳も伴っているらしい。
 風柳の弱点は、火の技法。しかし魔の森に燃え広がった場合を考えると、開拓者の命の危険も示すから使いにくい。
 戦う条件は最悪だ。練力や体力切れに備えて、ギルドで用意された大量の薬を荷物に詰め込む。
 サムライ娘や父迅鷹と一緒に、一行はギルドから旅立っていった。開拓者の背中を見送る、ギルド員たち。
「やれやれ‥‥まさか今頃、宝角巨鎧虫(ほうかくきょがいちゅう)の名を聞くとは思わなかった」
「先輩と花梨さんが戦って倒した、アヤカシの司令塔でしたよね。もう退治したから、出ませんけど」
「あのアヤカシは、宝石の角を持っていたんだ。孔雀石の角を‥‥そうか、運命ってのは、こういう事を指すのかもしれん」
「先輩、どうしたんですか!?」
 突然、手を打ち合わせ、一人納得するベテランギルド員。新人ギルド員は怪訝そうに、眺める。
「おい、知っているか? 孔雀石の意味を」
「いいえ、なんですか?」
 石言葉の一つは「新たな始まり」。ベテランギルド員はそう告げると、ギルドで留守番する母迅鷹と子迅鷹の頭をなでた。


■参加者一覧
風瀬 都騎(ia3068
16歳・男・志
バロン(ia6062
45歳・男・弓
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
ウルグ・シュバルツ(ib5700
29歳・男・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311
21歳・女・魔
熾弦(ib7860
17歳・女・巫


■リプレイ本文

●ギルドにて
 開拓者たちは、ほぼ全員が練力回復の薬を希望した。
 渡された薬の手元の名前が間違いない事を確認し、荷物に詰め込む琥龍 蒼羅(ib0214)。申し訳なさそうな、新人ギルド員と視線が合った。
「先日はすみませんでした、手違いがあったようで‥‥。これからは、大丈夫です!」
「‥‥そうしてくれると、ありがたい」
 蒼羅は表情を浮かべず、拳を振り上げる新人ギルド員から視線を外す。
「白羽根玉と風柳、か‥‥。風柳は時間は掛かるが、単独ではそれ程脅威ではないな。問題は白羽根玉の方だ」
 蒼羅は気になるのか、斬竜刀「天墜」に手をやりながら、花梨の方へ歩いて行った。
「花梨は久しぶりです。焦る事無く、よく周りを見て、手を携えて頑張りましょうね」
 花梨と握手を交わす杉野 九寿重(ib3226)は、我侭であるよりも他人の面倒を見る方を優先する。犬耳はピンと天を指し、励ました。
 花梨の前には、バロン(ia6062)も立つ。若者達の成長を見守り、導く事に生き甲斐を見出してきた。
「確かに状況は悪い。だがこの程度の逆境、開拓者を続ければ幾度も当たる事になる。経験を積む好機と思え。踏み越えた死線の数が、お主を強くする」
 見上げる花梨の緊張は、張り詰めた弓の弦の如く。行き先は魔の森。先達の開拓者は、駆け出し開拓者へ少しだけ助言をした。
「同時に遭遇した場合は、白羽根玉を優先して倒すべきだな。共鳴がどの程度の範囲まで及ぶのかは、分からんが‥‥」
 蒼羅も花梨に説明する。風柳に手間取っている間に集まって来られては、厳しい物があると。
 張り切った花梨の返事が聞こえた。バロンは頷くと、顎ヒゲを撫でる。
(‥‥後は、初陣を経てどれ程成長したか、見せて貰うとしよう)
 弓を通して心身を鍛え、道を説く「弓道」の完成を志している、アレックス=バロン=バルバロッサ。サムライの武士道とやらの根底も、目指す所は同じはず。


「魔の森のアヤカシとの戦い自体は冥越の中で経験してきているけれど、こちらから攻める経験はほとんどないし、油断はできないわね」
 額に生えた二本の角は、修羅の証。熾弦(ib7860)は冥越の隠れ里の育ち、神事や祭事に関わっていた巫女。
「知人から、多少は話を聞いてきたが‥‥かなりの激戦だったようだな。防いでくれた者達に、感謝したい」
 武炎と呼ばれた合戦は、武州一帯を戦場に変えた。ウルグ・シュバルツ(ib5700)が歩む、魔の森に至るまでの道程にも、戦いの爪あとが残っている。
「ふむ。頭が居なくなっても、まだまだ残ってますね。掃除が必要なら、手伝いましょう」
 ギルドの日陰から声が聞こえる。気配が現れ、踏み出す足と黒猫の耳が徐々に見えてきた。
 声の主は劉 星晶(ib3478)、忍装束「影」に身を包んでいる。神出鬼没の行動力は、獣人の身体能力とシノビの技に支えられていた。
「衰退し掛けているとは言え、魔の森だ。気は抜くべきではなさそうだ」
 仏頂面な上に口下手なウルグの携えた不動明王のお守りは、邪を払い、人々を導く力があるといわれる。わずかばかり細められた瞳は、何物にも負けない力を帯びていた。
「何とも厄介なアヤカシが揃ったものじゃが‥‥之は之で存分に遊べると云うものよな」
 白い吐息が、空に立ちのぼる。煙管から口を離し、椿鬼 蜜鈴(ib6311)は艶やかな笑みを浮かべた。
「都騎、此度は世話になり居る」
 漆黒の龍角が深々と下げられた。蜜鈴の心友の息子で、大事な友達の都騎。
「こちらこそ」
 笑みを浮かべる風瀬 都騎(ia3068)。幼少期は大好きな兄に裏切られた衝動で無表情、無頓着、人間不信。笑顔は嘘か真か。
「‥‥ついでに迅鷹父殿のリベンジも。やられっぱなしは悔しいでしょうから」
 錬力を回復する薬を持てるだけ希望した星晶。羽ばたく父迅鷹に腕を伸ばし、肩に乗せる。
「おんしの名誉を挽回させんとの。余り無茶は致すなよ?」
 星晶の腕に飛び乗る父迅鷹を、蜜鈴は視線で追う。
「‥‥ただ、無理はいけませんよ?」
「帰りを待っている家族がいるのだから、無事に帰ることを第一にな」
 ギルドの受付で、心配そうに見上げる母子迅鷹。星晶とウルグは父迅鷹に諭しかける、家族を守る事を忘れてはならぬと。
「確かにこの迅鷹が焦る気持ちも判るのですが、相手は多勢ですので確実に対処していきますね」
 子迅鷹を安心させようと、九寿重あやすように喉をなでた。
「さて、と。自分に出来る事を精一杯やるかね」
 後ろで一つに束ねた黒髪が、振り返る。都騎の視線の先に、父迅鷹が羽ばたいていた。
「やる以上は、後れを取らないようにさせてもらいましょう」
 光沢のある絹を用いて作られた、陰陽羽織「霞星辰」が揺れた。霞と氷のような色が広がる。
(天儀で修羅を名乗り、開拓者として生きる時が来るとは、ね)
 天儀朝廷およびそこで生きる人々には、やはり思う所はあるらしい。熾弦は態度には出さないが。


●魔の森
「魔の森か‥‥早う片付けてしまおうて」
 表面に美しい花の文様が彫られた眼帯「闇華」を着けた蜜鈴。左右を見渡し、扇で口元を隠した。
「炎が使えないとなると、厄介だな‥‥」
 考えむ都騎の前髪を、風が動かした。手に取る葉はいびつで、薬師の師匠から習った薬草とは、似ても似つかない。
「魔の森の中では瘴索結界も無力だから、アヤカシの方から出てくるように仕向ける方が効率も良いでしょう」
 攻撃が苦手ではあるから、それ以外のところで役に立ちたい。熾弦は、余裕の笑みを浮かべた。
「誘いをかけるには適任のはず」
 人前では悲嘆・憤怒等に塗れた顔をしないと決めている。 それは「誰かの苦しい思いを引き受けて、前に進む助けとなるべし」との思い。
 自分の「傷」には、やや無頓着な熾弦。囮役を引き受ける。
 ファイヤーボールを放った直後だった。蜜鈴は袖を口元で押さえ、眉を寄せる。
「風柳には火球を見舞ってやるが‥‥むぅ‥‥なんとも、気分が悪いのう‥‥」
 群れなす白羽根玉の羽音は、蜜鈴の頭に鳴り響く。目眩を引き起こす。
 煙管と投扇刀を取り落とした。硬い漆黒の長い爪が生えた両手で、耳を押さえる。
 側頭部の捻れた水牛の様な漆黒の角が、左右に揺れ動いた。一族をアヤカシに滅ぼされた記憶が重なる。
 都騎は霊感体質で霊が視える。何気ない行動は、師匠から過酷な鍛錬を受けた賜物か。半透明の風柳も見えないかと、心眼と共に目を凝らした。
「蜜鈴?」
 頭を押さえた蜜鈴の窮地、風柳の一匹が巻きつこうとしているのを見つけた。都騎は先手を打ち、篭手払で打ち払う。
「私は抵抗は低くはない身だから、白羽根玉の波動に対しても少しは耐えられます」
 霊剣の刀紋が七色の輝きをほのかにみせる。加護法を発動させた熾弦は、無色透明の光に包まれていた。
「今のうちにお願いします」
 熾弦は群れを引き付け、月歩で避ける。悪しき魂を鎮めるために鍛えられたとされる、漆黒の刀身の霊剣「荒霊」で木や枝を落とし、道を切り開いた。
「後ろにさがれ、早く」
 風柳が悔しげに反り返った、蜜鈴を庇う都騎に巻きつく。付き合う義理はない。多少の傷を厭わず、都騎は二刀を構え敵に挑む。
 緩やかな曲線を描く刀と、水に濡れると刀身に嵐のような縞模様が浮かぶ刀「嵐」。異なる方向から、一度にもたらされた流し斬り。
「どんなに辛くとも誓いを胸に、『俺』はもう一度前を向き歩み出す!」
 都騎は、やると一度決めた事はやり通す性格。踏み込んだ右足、動く二本の刀が風柳を捉えた。アヤカシに対し、情けは無用。
「消火の際には風下から消してしまわねば、燃え広がるばかりじゃてのう。火の用心っといった処かの?」
 羽音から解放され、煙管と扇を得た蜜鈴。いつも肌身離さず持ち歩いている、父母の形見。
 嬉しそうにくすくす笑うと、ブリザーストームで消火を開始する。


「決して単独で相対しない様避けて、孤立分断に陥れられ挟撃されぬ様立ち回ることですね」
 魔の森の入口で、九寿重は花梨に述べた。かぶる兜「香車」は、前進しかできぬ将棋駒「香車」が前立てとしてあしらわれている。
 研ぎ澄まされた黒猫の聴覚は、木々のざわめきに隠された細微な音を聞き取った。星晶の示す方向は、囮役の熾弦が居る方向。
「少しは楽に掃除が出来そうです」
 囮を立て、寄ってきた所を一網打尽にする戦法は上手くいっているようだ。白羽根玉を分断し、せん滅していく。
 光を吸い込むような暗い色の刃は、暗闇をもたらす。苦無「獄導」は、空舞う星晶からの贈り物。
 空中に向けた足は、白羽根玉を蹴りながら幹の間を行き交う。身軽な星晶は、父迅鷹と共に空を占拠した。
 お互いの死角を補うように、周囲を警戒している最中だった。
「‥‥様子がおかしいですね」
 兜の戦における不退転の決意を示す勇猛さは、違う場面でも発揮された。犬耳は草の弾ける音を捕らえた、嗅覚は煙の匂いを捕らえる。
 ウルグは言っていた。「火気を用いるなら、風向にも注意すべき。此方への延焼を防ぐなら風下に‥‥」と。
 蜜鈴は言われたとおり、風下へファイヤーボールを向けた。白羽根玉の波動で、少し手順が狂ってしまっただけ。
 父迅鷹はせわしげに羽ばたくと、残った白羽根玉に襲いかかる。‥‥九寿重と星晶、父迅鷹の居場所は風下。
 犬耳を伏せた九寿重は、火が燃え広がらないように、手近な木々を伐採する。黒い刀身の名刀「ソメイヨシノ」を斬り流す様にして、刃毀れによる劣化を極力防いだ。
「さてさて、頑張るとしましょうか」
 星晶は面白いモノ好きだが、さすがに肩をすくめて黒猫耳を倒した。身中の気の流れを制御し、水柱を出現させる。
 水遁による消火活動。視界に入った炎を、片っ端から消していくしかない。
「後ろから来ます。気をつけてください!」
 アヤカシに隙は見せられない。九寿重の心眼「集」が捉えたのは、遠方の群れの気配。花梨たちの方に向かって注意喚起した。


 九寿重の叫び、聞いた花梨は焦る。一人の不注意は、全員の命の危険を示した。
「この前の鎧虫に比べれば数段楽な相手‥‥。無理をしなければ、危険は無いはずだ」
 薄水色をした美しい泰兜「子竜」を被った、蒼羅。風柳の攻撃を見切る背中は、敵の真っ只中で隙を見せる危険性を教えた。
「意識して、全周を見渡すようにしておくべきだな」
 ウルグの天儀酒は消毒用、擦りむけた花梨の右腕に使われた。痛みに眉をしかめ、お酒を眺める花梨。傷口を手拭「竹林」で縛りながら、ウルグは不注意をたしなめる。
「先手を打ち、敵の思い通りにさせぬのは上策。だが最良の策とは、敵が思い通りに動こうとも、それすら計算して利用する事だ」
 バロンは矢を放ちながら、発破をかける。思ったほど花梨は成長していない、残念がる間も無く、錦の手甲は次の矢をつがえる。
 発射の気配を悟らせず、瞬時に狙いを定めるバロンの隙を突き、群れるアヤカシがウルグと花梨を襲う。
「白羽根玉は接近される前に、優先して片付けたいところだが‥‥!」
 花梨を突き飛ばし、横に飛びながら、ウルグは短筒「一機当千」を放った。死角からの銃撃は風柳を撃ち抜き、動きを鈍らせる。
 蒼羅は紙一重のところで、風柳を避けた。すれ違い様に打ち抜ける。我流の抜刀術を得意とする蒼羅の呟き。
「流石に数が多いと、俺一人では対応し切れんからな」
 構えすら見せない自然体から放たれる返しの技は、神速の域に達しする。天翔ける竜を叩き落とさんとの意気を込めて打たれた刀が吼え、木々もろとも風柳を切り伏せた。
「天狼星を使う! くれぐれも巻き込まれるでないぞ!」
 アームクロスボウを構えた、バロンの声が響く。精神力を込められた、矢が放たれた。
 風柳を目掛け、伸び上がる。一直線の軌跡、瞬時に広がり行く衝撃。周りの白羽根玉のが弾ける。
 迫る白羽根玉を苦無で薙ぎ払ったウルグは、砲術士としては日が浅い。それ故、他の武器に関してもそれなりの経験を持つ。自身の未熟を自覚し、日々向上に努めていた。
「短銃では、そこまでスキルは乱発しないからな」
「感謝する。想定している戦い方では、普段より練力消費が多くなりそうなのでな」
 無自覚なお人よし。起き上がったウルグは、蒼羅に自分の薬を投げてよこす。
 どんな状況でも落ち着き払っている蒼羅は、滅多に感情を表に出さない。アヤカシを睨みながら、片手で薬を受け取る。
「よいか、武芸の道に近道など無い。地道に修練を重ねるのみだ」
 バロンは見た目通りの頑固親爺。仕事中、特に戦場では寡黙で厳しい顔を崩さない。
 危機と好機は表裏一体。不利な状況も、見方を変えれば一発逆転の好機でもある。
 花梨は、新たな刀を握り立ち上がった。


●始祖の伝説
「そういえば、迅鷹の名前を決めてほしいのだっけ?」
 帰還の途中で熾弦は、花梨の難題を思い出す。
「‥‥父として家族を強く照らす『照陽』とか?」
 眉根を寄せて、考え出した熾弦。母と子にも、月と星に、ちなんだ名をつけられるようにと。
「‥‥『秀王(シュオウ)』、秀でた統率者の意じゃが」
 扇を口元にあてていた、蜜鈴の結論。「‥‥まぁ、一つの案程度に聞き流してくれれば良い」と付け加えた。
「もし猫なら‥‥、なんでもない」
 無類の猫好きの都騎。身に付けた胴丸の小さな肩当にとまった父迅鷹をみて、軽いため息をつく。
「俺の出す案は『月雅(ゲツガ)』だ」
 蒼羅は父迅鷹を視線で追いながら、名前の一つをあげた。
「おぬしらに任す」
 バロンは腕組みをして不動の姿勢。プライベートでは悪戯好きで、子供っぽい一面を見せる事もある。
「私は『月雅』を推しますね」
 九寿重も父迅鷹をなでた。適度に可愛がられたお陰で、物怖じせず人懐っこい。
「俺も琥龍さんの『月雅』とか、お勧めですよ」
 のんびりした空気を纏う黒猫の獣人も、これぞという名前は思いつかなかった。飄々と言ってのける。
「どうだろう? 及ばずながら此方で絞るまでに至らなかった故、当の迅鷹と‥‥」
 巻き込まれ体質のウルグの「花梨に選んで貰いたいと思っている」の言葉は、羽ばたく父迅鷹によって遮られた。
「‥‥なんだ、気に入らないのか?」
 蒼羅は、他者からの好意に鈍感な一面もある。父迅鷹のお礼だったのだが、豪快な頭突きを食らっては、勘ぐるしかない。


 真名を得た父迅鷹「月雅」は、後に様々な二つ名を得ることになる。
 父なる陽光「照陽」、空に秀でし王「秀王」。
 そのどれもが緑野の歴史に刻まれ、遠い未来で語られる。
―――鎮守の森を守る迅鷹たちの、始祖の伝説として。