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■オープニング本文 ●アヤカシの暗躍 報告書を読み終えた大伴は、深いため息をついた。 「ふむ‥‥困ったことになったのう」 補佐役のギルド職員らも眉を寄せ、渋い表情で互いに顔を見合わせる。 交渉役を務めていた朝廷と修羅の使者が殺された。しかも、会場の護衛役によって。現地は互いに刃を向けつつの解散となり、修羅たちが逗留する寺の周囲は一触即発の空気が漂っている。 だが、希望はまだ失われていない。 「酒天殿からの連絡――随行員であった修羅の少女がアヤカシの姿を見たとの報告は、確かなのじゃな?」 「はい。調べによれば上級アヤカシ『惰良毒丸』ではないかと‥‥」 その言葉に、大伴は強く頷いた。 「あい解った。和議をアヤカシの妨害によって頓挫させてはならぬ。直ちに依頼を準備するのじゃ」 途端に、ギルドは慌ただしくなった。 ●未知との出会い ここは冥越、魔の森に覆われ、天儀の歴史から見捨てられた国。炎が上がる、修羅の隠れ里。 「‥‥少しは楽しめたか?」 木彫りの面の下から、くぐもった声がする。修羅の少年の腹に突き立てた片手を、無造作に引き抜いた。羽織りを着た人間は、後ろを振り返った。 「ええ、用は済みました」 振り袖を着た人間は、修羅の大人の頭を踏みにじっていた足をどけた。うめく修羅の背中を蹴り飛ばし、軽く着物の埃を払う。 「次は目障りな開拓者をやれと、あの方はおっしゃった。神楽の都へ」 ふっと気配が唐突に現れ、羽織りを着た木彫りの面に話しかけた。角を持った人影は用件だけ伝え、すぐに闇夜に消える。流しの着物の背の赤い鳥と共に。 木彫りの面をかぶった二人連れは、楽しげな足どりで修羅の隠れ里から去っていった。 「‥‥生き‥‥て」 残された修羅の大人は、必死で我が子に手を伸ばす。血の気の失せた少年の身体は、ほのかに光を帯び始めた。 「待つです!」 「しつこいてんだ!」 一本角の小柄な人物を、身軽な猫娘は追いかける。郊外の民家の屋根の上で、壮絶な競走が繰り広げられていた。 「にゃ、勇喜(ゆうき)しゃん!」 「がう、伽羅(きゃら)しゃん!」 閃いた猫娘は、下の道を走る虎少年に声をかけた。双子は以心伝心らしい、一言でお互いに察する。 瞬脚を使った泰拳士の猫娘は、あっという間に後ろに下がっていく。逃げる人物と一気に距離が開いた。 双子の妹が、射程外に出た事を確認。吟勇詩人の虎少年は、眠りを誘う歌を響かせた。 逃げる人物の身体が揺らぎ、走る足が止まる。屋根の上に倒れ込むと、呑気にいびきが聞こえ始めた。 ギルドの入口で、隠密捜索の報告に訪れた虎娘の司空 亜祈(iz0234)を捕まえた。犯人発見と新人ギルド員も急行。 「おいらは鬼じゃねぇ、修羅とアヤカシを同じにされちゃ、困るてんだ! いきなり攻撃されたら、誰だって逃げるもんだぜい」 「がるる‥‥ごめんなさいです」 「うにゃ‥‥悪かったのです」 「本当にすみません」 「弟と妹が、迷惑をかけたわね」 頭に角のある修羅を初めて見た双子が、アヤカシと勘違いしたのも無理は無い。兄と姉は、修羅の少年にひたすら謝り続ける。 ●真実の瞳 「お前さん、もう故郷が無いのか‥‥。おふくろさんが最後の力で、助けてくれたんだな」 「‥‥おいらたちの隠れ里を木彫りの面をした二人連れの人間が、突然、鬼を連れて襲ってきたんだ」 「襲ったのが、鬼と通じた人間だなんて、あんまりですよ!」 「鬼の着物の背中に赤い鳥があった。羽織の奴が、おいらの腹を素手で刺したんだ。母ちゃんは振袖の人間に角を折られて‥‥忘れないてんだ!」 修羅少年を奥の個室に通し、目を伏せながらベテランギルド員は静かに告げた。猫族の双子の兄の新人ギルド員は、怒りで虎猫しっぽを逆立てる。 「『次は目障りな開拓者』、『神楽の都へ』‥‥か。気になるな」 「おいらは死に掛けたけど、確かに聞いたんだ。次は絶対あいつらを倒す、母ちゃんの敵を討つてんだ!」 「影に消えた鬼は‥‥上級アヤカシの惰良毒丸(だらどくまる)の配下の影鬼かもしれん。実はお上から、警戒するように指示がでていてな。修羅と朝廷の和睦とぶちこわそうとしているらしい」 「えー! 鬼の背中に赤い鳥ですよ。狂風連(きょうふうれん)の深紅の蛇アヤカシじゃないんですか?」 「赤い鳥が、ただの刺繍か、アヤカシか。どちらとも断言できん・・‥隠密捜索の結果待ちだな」 「‥‥僕、思ったんですが。偶然、影鬼に取り付いてしまった可能性も、ありますよね?」 「あり得るな。勝手に人間の居るところへ連れて行ってくれるわけだからな」 「まあ‥‥、下手をすると狂風連と惰良毒丸の配下、二種類のアヤカシの相手をしないといけないのね」 「面をつけた襲撃者が人間か、アヤカシかもまだ分からんが‥‥こっちも敵とみなした方が良いだろう」 ギルド員たちの表情が険しくなった、虎娘は自分の想像に落ち込む。考えたくないが、最悪の事態に対応することが求められた。 「がう?」 「にゃ?」 「おう!」 双子は以心伝心、目配せし合う。揃って、修羅少年の耳に内緒話。 「兄上! 勇喜も姉上たちと一緒に探しに行くのです」 「伽羅たちなら、犯人目撃してるから、見分けがつくのです」 「おいらも行くぜ、真実を知りたいてんだ! 開拓者になれば、依頼が受けられるんだろう?」 決意した子供たちは、ギルド員たちを見上げた。だだをこねること、半刻。修羅の少年の開拓者登録が成立した。 「おいらの名前、仁(じん)と、職業はシノビ‥‥これでいいんだろ?」 「仕方ないわね‥‥三人とも無理をしたらダメよ?」 良い子の返事で、虎娘について行く小さな開拓者たち。子供たちは動き出した、曇りなき瞳で、真実を見極めるために。 |
■参加者一覧
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
将門(ib1770)
25歳・男・サ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●鬼のかくらん 全てが片付くと、夕暮れになっていた。避難した住民を誘導するギルド員を手伝いながら、開拓者たちは思いにふける。 「異文化には色々誤解が有るのですが、それを解いて、乗り越えてこそですね‥‥」 仁を珍しそうに眺める住民に、杉野 九寿重(ib3226)は、「修羅は戦の民」と説明をする。漆黒の髪の九寿重も、ピンと立った犬耳持ち。異文化云々は説得力があった。 「それにしても‥‥和平の妨害や修羅を狙った動きが活発ね。人と修羅が和平を結ぶのが、そんなにイヤかしらねぇ?」 本来の暗く陰鬱な性格が出たのか、くすくすとリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は笑う。香水「クリスタルリリー」の凛とした冷たさを含ませた、百合の香りが漂っていた。 「‥‥二人組の襲撃者も鬼だった、か」 可能であれば捕縛し、背後関係などを確認したいと思っていた、琥龍 蒼羅(ib0214)。目の前で角を生やしたことをギルド員に告げると、「化け鬼だろう」と返事が返った。 「化け鬼が行方不明者の着物を着ていたとなると、深紅も関与しているアヤカシだったと見て良いだろう」 初めて深紅のアヤカシが出ている頃から、何かと関わりを持った焔 龍牙(ia0904)。蒼羅の調べた、絹の藍染の反物を買った顧客と襲撃事件は繋がった。 「‥‥なんか『厄介そうな敵だなー』って、予感がぷんぷんしてたけどさ」 正義の味方を目指すルオウ(ia2445)は、瞳を伏せながら、全ての悲劇を無くそうと誓う。捜索していたときに預かった布切れと、化け鬼が残した着物の背中の破れは合致した。 「ふむ‥‥二人居ましたね。やはり俺は、考えるのは得意ではないようです‥‥」 蒼羅の言葉に反応し、ひとり頷きつつ、確認する劉 星晶(ib3478)。影縛りをしたときに、自分の影に影鬼が移動したとの報告は、貴重な資料としてギルドに残された。 「‥‥今出ているので打ち止めとは、限らんがな」 修羅と朝廷の和平を記念して作られた、太平のブローチが夕陽に輝く。将門(ib1770)の視線の先には、廃屋の庭で立ち尽くす仁がいた。神座真紀(ib6579)と会話をしている。 「仁君、あんたには母親が守ってくれた明日がある。その事を忘れたらあかんで」 誰かの明日を守れる男になって欲しい。不屈の魂を持つサムライの願いに、仁は唇をかみしめた。 事件は解決した。頭を下げる周辺の住人を背に、一行はギルドに戻っていく。 故郷を無くした仁は、ベテランギルド員が預かることになった。開拓者たちを見送りながら、やじ馬達は現場から離れて行く。 「修羅と人間に勘違いを起こし、争いの種を巻く予定でしたが‥‥」 冷めた視線のやじ馬は、郊外に足を運ぶ。人の気配が無くなると、三本の角を生やした、鬼になっていた。諜報の化け鬼。 『修羅の生き残りは誤算』 手近な影が伸び、姿を現した。二本角の鬼は短く答える。伝令の影鬼。 『我らの撹乱は失敗した。あの方に、ご報告を』 深紅のアヤカシは、縁もゆかりもない低級アヤカシ。役に立つかと思って放置したが、仇になった。 「やれやれ‥‥惰良毒丸さま、お怒りですね」 偶然、魔の森でとりついた紅い鳥を、化け鬼は握りつぶす。二体の鬼たちは、闇夜に消えて行った。 ●鬼退治は真昼間 「襲撃者は必ず討伐する! 関与しているアヤカシごと!」 龍牙は、仲間うちからは「蒼白の焔龍」と呼ばれる。冷静沈着だが、仲間への仕打ちには如何なる相手にも臆せず対峙する漢。 「敵の多くは影鬼、か‥‥。特殊な能力は影を移動する事だけのようだが。話を聞く限り随分厄介な能力だな」 蒼羅は、珍しく呟く。滅多に感情を表に出さず、どんな状況でも落ち着き払っていた。 「アヤカシにも憑りつける擬態アヤカシねぇ。こっち面白いけど、諸共に消しましょうか」 明るい性格を演じているリーゼロッテは、無邪気に笑う。 「特異な能力を持つアヤカシは厄介だな。根絶やしにしたいところだが‥‥、まあ、今は目前の奴らに集中しよう」 新陰流を修めた武人の将門は、目を細めて考え込む。決行は昼、影鬼は何処に潜んでいるか分からない。 「捜索の尽力の甲斐有って、行方を突き止めたのは良いのですが‥‥一軒家とは。中が窺い知れず、かなり厄介な状況ですね」 九寿重の言葉は、重苦しく耳に留まる。それでも手を尽くし、必ずや襲撃者を成敗してみせる思いに変わり無し。 「‥‥では、頑張りましょうか」 飄々と促す星晶の一言に、開拓者たちはギルドから動き出す。 「俺はサムライのルオウ! よろしくな」 姉の背中越しに視線を送る、内気な勇喜。良い子のご挨拶が返り、ルオウはニカッと笑った。 「へー、アヤカシ見かけたのって、おまえらなんだ? んじゃあ、確認よろしくたのむぜぃ!」 元気いっぱいのルオウは、おてんばな伽羅と片手打ちを交わす。 「面通ししてもらわねえといけないし、頼りにさせてもらうな」 仁の肩を、勢いづけるように叩いた。子供たちとルオウは、殆ど同世代。一緒になって、盛り上がる。 (仁君は目の前で母親を失うたんか。辛かったやろ‥‥) ルオウと握手する仁を見守る真紀は、昔の記憶が脳裏を巡る。自分を守るために亡くなった母の事。 「ほっとかれへんなぁ。無茶せんと、ええねんけど」 真紀の呟きは、ため息に混ざって消えた。 廃屋の前に辿りついた。蒼羅と九寿重の心眼の結果が合わない。奥の四つは共通だが、手前の数が違う。影鬼の数がつかめない。 「勇喜達三人は、安全を考えると犯人の確認だけで、戦闘には参加させるべきではないのだろうか?」 「‥‥こういうのって、言われても止まらないし、止まれねえんだよな。なんだか、気持ちわかるぜ」 蒼羅の提案に、亜祈は「善処するわ」と虎耳を伏せる。ルオウが後ろを振り返ると、同行してきた子供たちが居た。 (危険な所に突っ込む以上、止めない代わりに絶対にまもってみせるぜぃ!) 好奇心旺盛なガキ大将は、正義感が強く弱い者や女性をほうっておけない。気合い一番。 ルオウは、脇差「雷神」に手をやる。雷紋が浮かび上がるその刀身には、雷神の力が宿っていると言われていた。 「まぁ相変わらず、うっとおしい能力だけど、一発叩けば出てくるでしょ」 リーゼロッテが言うや否や、一気に吹雪が廃屋の雨戸を突き破る。問答無用で、家中を攻撃した。 影をまとめて攻撃して、追い出しにかかる。本当はもっと広範囲を吹き飛ばせる術の方が、気分的にもすっきりするが、場所の都合から今回は見送った。 「これで炙り出されれば御の字だが、どうだ?」 特別戦いが好きという訳ではないが、戦場では勇猛果敢に働く。将門は、土間に乗り込んだ。素早く状況確認をする。 「気をつけて下さい、中に鬼が三体居ますね」 影が伸び上がり、身体が実態を持つところだった。九寿重の声かけは、敵の不意打ちに備えるように促していた。 奥から出てきた、木彫りの面を着けた二人組。勇喜と伽羅がそれぞれ、襲撃現場にいたと叫ぶ。 子供たちが突出しないように注意する、将門の声。飛びだそうとする伽羅を、亜祈は押さえこむ。 「あの二人と、影鬼とやらが相手ですか。強そうですね‥‥とても、面白そうです」 後衛のリーゼロッテと勇喜とを守るように、星晶は前に出た。 「あらあら、だまされるなんて、おバカさん♪」 「我らも鬼ぞ」 あざ笑う二人組の頭に、角が生えた。大柄な二本角の娘と、小柄な一本角の少年。 木彫りの面が発したのは、聞き覚えのある声。父母と故郷の仇。真紀の予感は的中、頭に血が登った仁は、忍刀を持って飛びだす。 襲撃者も鬼、人に化けた鬼! 驚く開拓者たちを前に、仁の攻撃は軽くあしらわれた、血まみれになる。 「此の状を速やかに直し給い癒し給い‥‥。まったく、私は専門じゃないってのに」 もっとも早く動いたのは、閃癒を放つリーゼロッテ。子供たちは余計なことしないように、できる範囲で見張っていた。‥‥何しでかすかわからないし。 代々アヤカシ討伐を生業としてきた氏族、神座家の長女にして次期当主。真紀は仁と振り袖の間に分け入り、散乱した割れた皿を蹴りつけ隙を作った。 「あんたらの目的は知らんけど、あんたらはこの子の親の命だけやない、その明日も奪ったんや。それを許すわけにはいかへんな!」 示現流、二之太刀要らず。先手の一撃に全てを掛ける。真紀は一足飛びに全身の力を込めた。 光を受けると刀身がまるで燃えているかのように煌く、霊刀「ホムラ」が閃いた。 左前の着物は死人の印、振り袖は笑い声と共に宙を舞う。鬼ならば、討伐するのみ。 「先祖代々、受け継がれてきた『焔龍』の名を汚さぬ戦いを!」 太刀「阿修羅」を構えた龍牙も、素早く影鬼に接近する。鞘に収める際は刃を下へ向けて差す退路を断とうと、すれ違いざまに足を斬りつけた。 避難した住民や騒ぎを聞いた群衆が、遠巻きに見ている。 ‥‥開拓者たちは、気付かなかった。 やじ馬の中に、冷めた視線を送る者が居た事を。 影の一つが観察していた事を。 ●結ぶ絆 鋭い切れ味と、しなやかを両立させた刀「嵐」を構えた、将門。神経を研ぎ澄ませ、相手の隙を窺う。 羽織りが、おどけるように一回りした。柳生新陰流奥義のひとつ、柳生無明剣が牙を表す。 踏み込んだ将門の刃が奔る寸前、刀の切っ先が幾つにも分身。羽織りの背中を捉えた。 着物を霞めただけ。羽織りは馬鹿にするようにあざ笑う。 「根絶やしにするつもりだからな」 将門も負けずに、不敵な笑みを浮かべる。羽織りの鬼は後回し、紅い鳥が羽織りの背から霧散した。 羽織りに隙が生じた。紅い鳥を失った羽織りは、鬼の爪を振るう。 将門に続いて、九寿重も土間から座敷に上がり込んだ。姿勢を低くし、一気呵成に攻め立てる。 「青龍・九寿重、ここに推参よ」 道場宗主の縁戚の九寿重は幼年組の出世頭で、渾名は「青龍」。炎を纏わせた名刀「ソメイヨシノ」の黒い刀身は、薄暗い中で桜が浮かび上がっていた。 羽織りを挟撃しようと二人は立ち回る。将門は正面から爪を避けつつ、木彫りの面を狙った。羽織りの横腹目掛けて、九寿重は刀で斬りかかる。 羽織りは両手で器用に受け止めた。九寿重の刀の炎は激しさを増し、羽織りの手を焼いていく。将門も負けずに、もう一歩踏み込んだ。 二つの刃は鬼の爪を負かし、羽織りをこの世から霧散させた。 龍牙は片膝をつき、影に垂直に太刀を突き付けた。影は悲鳴をあげながら、伸び上がり鬼の姿をとる。 「逃げたぞ、気をつけろ」 龍牙を飛び越え、影鬼は子供たちが居る庭に向かった。 「出やがったなぁ!」 家屋の中の庭側に居たルオウは、隼人で飛び出す。子供たちは絶対護りきるし、鬼を近寄らせはしない。いざとなれば、盾になって庇うつもりだ。 龍牙は刀を収め、背負う魔槍砲に手を伸ばした。フクロウの彫金が施された銃身を構え、影鬼を狙う。手先が器用で彫金師を生業とし、装備品には必ず繊細な彫金を施していた。 先端の宝珠が淡く輝き、炎がほとばしった。跳躍しかけた影鬼を撃つ。鬼は複数いるはず。龍牙が一体倒しても、気は抜けない。 蒼羅は、自分自身の影が視界に入るように位置取る。背後からの不意打ちを防ぐ為だ。 いくら影に姿を隠しても、攻撃する時は姿を現さざるを得ない。その一瞬があれば、斬るには充分。 蒼羅の影が揺らめき、鬼の姿をとり始める。子供たちの声が上がるや否や、蒼羅は、魔刀「ズル・ハヤト」を握った。柄につけられた青い宝珠は、水面のようにさざめいている。 「抜刀両断、ただ‥‥断ち斬るのみ」 影鬼から、一歩退き、深く踏み込んだ。迫る攻撃を紙一重のところで避け、すれ違い様に居合を放って打ち抜ける。 天儀一のサムライを目指すルオウも刀を振るった。古流示現剣術の奥義、タイ捨剣は、まず一撃蹴りをかます。間髪入れずに雷の幻影が駆け巡り、袈裟懸けをした。 影鬼の消滅と共に、紅い鳥が何羽か地面に墜落した。深紅のアヤカシは、水が苦手。蒼羅は、事前に準備した水筒の水をかける。 ルオウの腹の底からの咆哮は、動きの鈍った深紅を集めた。龍牙の魔槍砲と蒼羅の魔刀が、アヤカシを打ち砕いて行く。 「ふん、影鬼ね。アヤカシのくせに瘴索結界に反応しない隠形って、何なのよ」 赤い髪をかきあげた、リーゼロッテ。ご機嫌斜めの精霊と陰陽の術を操る魔女は、うっとうしそうに言い放つ。 瘴気回収で練力を補いつつ、ブリザーストームを行使していた。人のいない部屋に、牽制の攻撃を仕掛け、影鬼を見つけ出していく。 「まぁ、影鬼は無理でも、あの二人が動く音くらいは拾え‥‥」 のんびりした空気を纏う黒猫の獣人も、幼い頃にアヤカシの襲撃で故郷を失った。流浪の果てに流れ着いた暗黒街で過酷ながらも、飄々と日々を送る。超越聴覚を使った猫耳に、真紀の怒声が響いた。 「あんたは、あんたに『生きて欲しい』いう母親の願いを無にするんか!」 振り袖と深紅の攻撃の隙を縫い、再び助け起こされた仁は、真紀から一喝される。 「いいですか? 影縛りの後‥‥では、やりましょうか」 猫族のシノビは、修羅のシノビに、簡単に説明した。仁は頷く、確実に鬼を叩くために。仁の影が伸び、振り袖に絡みつく。 「今度は、あなた達が地面に転がる番ですよ」 悠然と笑みを携えたように見えた、星晶。脚絆「瞬風」を着けた足は一気に加速し、片手で振り袖を抑えた。 死んだものを地獄に導くという苦無「獄導」で、背中の紅い鳥を切り裂く。深紅は霧散した。 星晶は鬼の爪から逃れるが、傷を負うのは否めない。左肩を押さえる。 「まあ、確かに最近多いけどさぁ‥‥人気者はつらいわねぇ」 リーゼロッテは内緒の二十五歳を内に秘め、研究成果の外見十四歳で振る舞う、永遠求む魔女。何も知らない仁は、「兄ちゃんを回復して」と訴えていた。 リーゼロッテの身体が淡く輝く。星晶の傷は消え、左手をあげて礼を述べた。 「あたしは今日を生きる人が明日を諦めん為に、この刀を振るうんや!」 仁を視界の隅におさめた真紀は、刀を構えた。一気に間合いを詰める。 霧散した振り袖が、最後に見た光景だった。 |