【修羅】絶つ絆【浪志】
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/31 19:59



■オープニング本文

●アヤカシの暗躍
 報告書を読み終えた大伴は、深いため息をついた。
「ふむ‥‥困ったことになったのう」
 補佐役のギルド職員らも眉を寄せ、渋い表情で互いに顔を見合わせる。
 交渉役を務めていた朝廷と修羅の使者が殺された。しかも、会場の護衛役によって。現地は互いに刃を向けつつの解散となり、修羅たちが逗留する寺の周囲は一触即発の空気が漂っている。
 だが、希望はまだ失われていない。
「酒天殿からの連絡――随行員であった修羅の少女がアヤカシの姿を見たとの報告は、確かなのじゃな?」
「はい。調べによれば上級アヤカシ『惰良毒丸』ではないかと‥‥」
 その言葉に、大伴は強く頷いた。
「あい解った。和議をアヤカシの妨害によって頓挫させてはならぬ。直ちに依頼を準備するのじゃ」


●ギルドの表と裏
 神楽の都の開拓者ギルドで、新人ギルド員は数人の開拓者を奥の個室に連れて行く。新人ギルド員の指導を受け持つ、ベテランギルド員も同席していた。
「あまり大きな声で言えない事ですが、恐風連と修羅の一族が繋がっている疑惑があります。真偽を確かめてください」
「修羅の一族を知る者にしたら、迷惑極まりないと思うが。今は、黙って話しを聞いてくれ」
 誤解を招きかねない、新人ギルド員の口調。ベテランギルド員は、叫びかけた開拓者を制した。
「神楽の都にアヤカシ騒ぎが増えたのは、ご存知だと思います。アヤカシ集団を狂風連(きょうふうれん)と、ギルドは呼ぶ事にしました」
「先日、その中の一味に深紅の蛇型アヤカシが居てな。お前さんたちを連れてきた虎の娘さんが、目撃者となる」
「紅い鳥の刺繍に、擬態する能力を持っていたの。他にも化けたり、人に成り済ますアヤカシが要るらしいわ」
 ギルドにもたらされた依頼を総合すると、狂風連の種類は多岐に渡る。
「‥‥昨日の夕暮れに、一般人が襲われてな。偶然、悲鳴を聞いた開拓者たちが助けた」
「被害者の話では、後ろから紐のようなもので、突然、首を絞められたらしいです。姿は見ていないんですよ」
 被害者を助けた開拓者の話しに及ぶと、ギルド員たちの口調は重くなった。
「その‥‥助けた開拓者が難ありでな。はっきり言って、会話にならん!」
「すみません、うちの双子の弟妹なんです。一晩かけて聞き出して、目撃情報をまとめたんですが、‥‥何故か、二人の話しが食い違うんです」
「弟は被害者を助け起こしたときに、『羽織を着ていた』『一本角の小さな人』を見たの。でも戦った妹は、『鮮やかな振袖をまとっていた』『二本角の大きい人』だったって言うのよ」
「共通点は、『木彫りの面をしていた』『赤い鳥の刺繍を見た』『目に見える武器は、持っていなかった』くらいで。僕と双子が話している間、上の妹に一晩中探して貰いました」
「赤い鳥が気になったのよ。もし、先日のアヤカシだったらって思ってね。‥‥でも、見つからなかったわ」
 新人ギルド員の双子の弟妹は、やんちゃ盛りの11才。角を持つ相手に対する興奮が強すぎて、会話内容が支離滅裂だった。
 身内の不始末は兄と姉に向かう。新人ギルド員も、虎娘の司空 亜祈(iz0234)も、目の回りに濃厚なクマがあった。


●未知なる恐怖
「正直なところ‥‥この件に関しては、ギルド員の間でも、水面下で意見が別れていてな。俺は鬼だと見ているが、人を怨む修羅の仕業と見る者もいる」
「アヤカシと繋がっている修羅の一族を、開拓者として認められないと言い出しているんです。目撃された人物は、角があっただけですよ? もし、しっぽがあったら、獣人と決め付けたって言うんですか!」
「落ち着け。天儀は人間と言う種族が多く、ギルド内部も同じ事が言える」
 熱血漢の新人ギルド員は、机を叩いた。ベテランギルド員は、言葉を選びながら口を開く。
「自分と違う事に、警戒心を示すことも多い。多種多様なアル=カマルなら、話しは違っただろうがな」
「妹の連れてきた皆さんなら、安心して依頼を任せられます。泰育ちの猫族である僕らとも、対等に話をしてくれますから♪」
 開拓者と並んで話しを聞く虎娘に、ギルド員たちは視線を移す。
「もう、兄上たちの言い方が悪いのよ! でも、色々な種族がいる神楽の都が、過ごし易いのは事実だわ」
 長旅に出ていた虎娘は、獣人の耳やしっぽが奇異の視線で見られることを知っている。田舎ならば尚更で、触ってみたい衝動にかられる人が多い。
 悲しい事だが、ギルドにも救出依頼が寄せられる。治安の悪い場所ならば、獣人を人買いに売り飛ばそうとする者もいた。


「手掛かりはあります、上の妹が拾った布の切れ端です! 下の妹が襲撃者に手刀をしたときに『避けられたが、背中をかすめた』と言っていました」
「襲われた現場で拾ったから、犯人の衣服の一部だと思うわ」
 新人ギルド員は、机の上に三寸(約9cm)四方の布を広げた。
「下地は藍染めで、糸で刺繍が施してある。糸も布も絹だ、上質の女物の布地だぞ。
薄暗がりの夕方は、刺繍だけが浮かび上がって、彩り鮮やかに見えたんだろうな」
 奥様の実家は呉服問屋、ベテランギルド員は一目で生地を判断した。目撃像と合わせて、大きな手掛かりになるはず。
「まず、この着物の持ち主を探してください。幸か不幸か‥‥被害者は昨日が一人目なので、襲撃者の居場所は範囲が絞り込めません」
「角があるらしいが、人に化けるアヤカシだったら、外見は当てにならないかもしれん。まあ‥‥女物の着物を着ている可能性は、高いと思うが」
「襲撃場所へは、私が案内するわ。長屋が立ち並ぶ一角よ」
 襲撃事件が未遂に終わった事は、喜ぶべきこと。だが、問題は山積みだ。
「一つだけ、願いたいことがある。無用な誤解を防ぐため、隠密に動いてくれ。
修羅の一族を開拓者として迎えたばかりの今、本当に微妙な時期なんだ」
「この件が一般に知れたら、修羅の一族の排斥運動が起こりかねません。泰出身の猫族の妹に、皆さんに同行してもらうの、そう言った事情があるんです」
「もし聞き込みするとして、泰服を着た私が『観光している』といえば、好奇心旺盛と捉えられるんじゃないかしら。
人間と違う外見の人物について聞いても、ある程度は怪しまれないと思うわ」
 受付近くにいた虎娘に、難しい依頼があって困っているといわれた理由。手掛かりが少ないなか、隠密に動くことに困難が予想された。
 それ以上にギルド員たちの口調から、ギルド内の空気が悪いことが伺える。個室でなければ、話せない依頼。
 修羅の一族の潔白を信じるギルド員たちの、期待に添えられる結果になるか。それとも、疑惑を深める結果になるか。開拓者の胸に、なんとも言えない気持ちが広がっていた。


■参加者一覧
焔 龍牙(ia0904
25歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
劉 星晶(ib3478
20歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔


■リプレイ本文

●言の葉の意味
「また、赤い鳥の刺繍か!」
 ギルドの個室で、焔 龍牙(ia0904)は声に力がこもる。仲間への仕打ちには如何なる相手にも臆せず対峙する、仲間思いの面倒見が良い男。
「もし深紅だとすると、紐のような物、武器を持っていなかったと言う点も説明がつくな」
 龍牙の脳裏に浮かんだのは、たこ糸の太さまで細くなり、逃げ出したアヤカシの姿。伸縮自在のアヤカシなら、首を絞められたことも説明できる。
「人探しですか‥‥普段であれば『お安い御用』と、笑って引き受けるところですが‥‥さて、困りましたね」
「ここで大騒ぎになると色々大変ですから、密かにしないといけないですね」
 考え込む劉 星晶(ib3478)同様、杉野 九寿重(ib3226)も、口を一文字に結ぶ。しばし考えた後、重々しく開かれた口から、飛び出した言葉。
「角を持っただけでは、誤認かもしれません。神楽を騒乱に導く様に、感じられるのですね」
「‥‥まぁ、深く考えるのは止めておきます。頭より足を使う方が得意ですから、地道に探すと致します」
 星晶は肩をすくめた。九寿重の予測は、得てして真実を告げていた。が、今の開拓者たちは知るよしも無い。
「それにしても…角が生えているから同じモノ、ですか」
 角が生えた修羅と鬼、亜人とアヤカシを同じと一くくり。頭ごなしの考えに、星晶はあきれ返れる。
「俺も猫族で、人とは違う外見ですからね‥‥。あんまりそういう見方は、面白くないのですが」
 猫耳を伏せる星晶の台詞に、神威人の九寿重も頷いた。
「これからせっかく、修羅の人達とも友達になれるかもしれないのに‥‥こんな事件で台無しにしたくないものね!」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)の決意は、開拓者たちの心を代弁していた。
「俺はサムライのルオウ! 皆、よろしくな〜」
 ルオウ(ia2445)は、元気よく挨拶する。両手を頭の後ろで組んで、空を仰いだ。
「しかし、修羅の奴らも大変だなぁ‥‥なんかあると、すぐ疑われちまって」
「俺は酒天とは顔見知り程度だが、何度か会った事はある」
 琥龍 蒼羅(ib0214)は静かに、事実だけを述べた。修羅の一族に会ったことがある口数の少ない青年は、修羅の仕業だとは考えてはいない。
 が、先入観が判断を誤らせる事もあり得る。少しでも可能性がある以上は、最初から決めてかかるつもりは無かった。
「なんで嫌おうとかすんのか、よくわかんね。酒呑とか面白い奴なんだけどなあ‥‥」
 修羅の王は大酒呑み。ルオウの呟きを聞いていると、別の意味で楽しいあだ名が広まりそうだ。
「ん〜‥‥まあいいや!」
 手を離すとルオウは、両足を揃えて前に飛ぶ。くるりと振り返った。
「とにかく悪い事する奴がいんなら、取っ捕まえないとなっ!」
 正義の味方を目指して、全ての悲劇を無くそうとまい進する道化ものの瞳は任せろと語っていた。
「まず、目撃者の双子の兄妹に、もう一回話を聞きたいな」
 リィムナのお願いに、兄の新人ギルド員は、双子が襲撃現場近くに出かけたと伝える。多分、双子の言葉はわかりにくいとも。
「大丈夫、あたしも子供だから!」
 子供同士なら、話は理解しやすいはず。リィムナは自信満々で答えた。
 出来れば本物を借りていきたい。口々に布地を借りたがる開拓者の為に、ギルドは似た生地を差し出した。


●隠密
「んじゃあ、拠点決めて‥‥そこを中心に探してくんでどかな?」
「どこか適当な宿が良いだろう」
 ルオウと蒼羅の提案で、宿屋を頼むことになった。まず拠点確保のために、リィムナは動く。
「神楽の都の観光中なんだ!」
「あの‥‥お上りさんは止めましょう?」
 もっともらしいリィムナの説明に加え、泰拳袍「九紋竜」を着た星晶と、亜祈の二人連れは説得力を増した。物珍しげに宿屋を見渡す亜祈の演技に、巻き添えになった星晶はため息をつく。
「皆で茶菓子を食べる部屋が欲しいんですが。色々と、神楽の都の話を聞いてみたいんです」
 目的は忘れていない。星晶の説明に、他の客への迷惑を考えた宿屋の主は、広めの離れを用意してくれた。これなら、内緒話も聞かれにくい。
「そうだ、こういった生地で作られた着物を、または着てる人を見た事ないですか?」
 リィムナはメモの内容と見本の布片を見せた。
「あたしの姉ちゃんはジルべリアの仕立職人で、『新しい服を作る参考にしたいから、必ず探して来い』って言われちゃって〜」
 リィムナの元気で勝気で強気な声は、切実に叫ぶ。
「姉ちゃん、ものすげえ怖いから、手ぶらで帰れないんですー!」
 リィムナは年の離れた姉を思い浮かべ、身震いした。両親を早くに亡くしてからは、四人姉妹の姉は親代わり。姉の事は世界一大好きだけど、事あるごとにお尻を叩くのは、やめてほしいと思ってる。
「美しい赤い鳥の刺繍の入った、藍染の女物の着物を纏った、角を持つ人物なんです。恥ずかしいのか、木彫りの面をつけていましてね」
 夜春で店主の好意を惹いていた星晶も続ける。のんびりした空気を纏う黒猫の獣人は、穏やかに付け加えた。
「羊の刻(午後2時)に、来るのですね?」
 星晶は念を押すと、右手を上げて目配せする。ルオウ発案の仲間うちの合図。
 情報交換する場と時間が決まった。宿を確認した一行は頷き合い、目撃された人物を探しに街中へ繰り出す。


「 先日の蛇アヤカシ襲撃に引き続いて、 今度は『修羅?』による襲撃事件なのですね」
「一本角の小さな人と二本角の大きな人、二体のアヤカシがいるのか。それとも、一体が変化しているのか、前が擬態したアヤカシだったから可能性はあるが。」
 九寿重の台詞に、龍牙は唸り続ける。 捜査の途中で、良い匂いのする店の前を通ったときだった。
「痛っ‥‥腹でも減ったのか?」
 龍牙の肩に止まっていた、幼鳥から大切に育てた白フクロウが、龍牙の髪を引っ張る。空に飛び上がり、店の入口前で地面に降りた。
「そういえば、お昼が近いですね。店に入りましょうか」
 羽を広げて催促する白ふくろうに、犬耳は笑う。楽しそうな九寿重と裏腹に、龍牙は肩を落として負けを認めた。
 以前、餡団子を食べた店先で、龍牙も九寿重もみたらし団子を頬張る。龍牙の肩の白いフクロウを、店員は覚えていた。
 ‥‥紅い鳥のいた呉服問屋から、襲撃場所が近い。食事の合間の雑談で、龍牙は布片を見せながら尋ねる。
「大人でも子供でも構わないし、似た感じで構わないから教えて欲しい」
 集中しての質問は行わない、雑談の中でそれとなく聞く程度を心がけていた。
「私たちは『目撃された様相の修羅」を探しているんです」
「‥‥ちょいと、色沙汰の力になりたくてな。これと同じ生地の、振り袖を着てるらしいんだ」
 不思議そうな店先の女将に、九寿重と龍牙はさり気なく笑う。色は色でも、深紅を追い求めているが。


「手がかりの布切れの方は、高級品なら手に入る店はそう多くないだろう」
 呉服問屋の前で、蒼羅は告げる。ルオウが聞き込みをする間、入手経路を辿る予定だ。
「こういう生地を扱ってる? 赤い鳥の刺繍が入ってるはずなんだけど」
 本物の布片を握りしめたルオウは、呉服問屋に入っていった。布片を見せながら店員に尋ねる。
「親父が質に出した、母親の形見を探してるんだ」
 苦しい嘘、言い訳にするには心もとない。ルオウは視線を伏せる。店員には感極まって、言葉に詰まったように見えた。
「なあなあ。こんな着物きた人、知らねえ? もしくは、木彫りの面を持った子供!」
 逗留を許された呉服問屋の店先で、客に片っ端からルオウは尋ねていく。「生き別れた母と兄弟を探している」、後付けされた理由は哀愁の涙を誘った。
「なぜ、売り物では無い?」
 ある呉服問屋に入った蒼羅は、布片と同じ、絹の藍染めの生地を見つけた。無言で観察していると、店主が血相を変えてやって来る。いわくつきで、今は飾るだけにしていると。
「残念だな‥‥、この生地は無地なのか?」
 今は無いが、反物の端には、鮮やかな赤い鳥が羽ばたいていたという。いたく気に入った客らは、その部分を着物に仕立てた。
「‥‥二人とも行方不明になった、か」
 詳しく聞いてみた蒼羅の心中は、穏やかでは無くなった。店主の言葉を反芻する。
 武天と理穴を経由した上質の反物は、値が張る。お得意様のみに販売したが、買った家は二軒とも、一家揃って行方不明になったと。


●見えるもの、見えざるもの
 宿屋に揃った開拓者たちは、仕入れた情報を交換する。
「もしかして、木彫りの面に角があるのか? その場合、襲撃者は人間となるが‥‥どうだろうか?」
 世の中には、般若の面もある。可能性はいくつも浮かんだ。襲撃者は人間、その意味は重い。龍牙は眉を寄せる。
「紅い刺繍のアヤカシについての報告書を、読んできたが」
 一人ギルドに戻った蒼羅は、前置きをする。呉服問屋で聞いた行方不明事件を語った。
「刺繍に姿を変えるアヤカシの存在と、今回の件の刺繍‥‥。時期的にも、無関係とは考え難いな」
 蒼羅の情報は決定的な証拠には至らないが、関係がある可能性は増えた。
「深紅のアヤカシ自身には、今回のような姿に化ける能力は無いようだが」
 引っ掛かる部分を口に出して、蒼羅は長考に突入した
「あっ、赤い鳥は居なくて、飛んでたんだって!」
「飛んでいた? 着物の柄じゃなくてか?」
「居たのは、間違いないようですが‥‥闇夜に飛んでいたのが、気になりますね」
 リィムナの情報に、ルオウはいぶかしむ。九寿重は本物の布切れに視線を移した、赤い色は一つもない。
 双子から話しを聞いたリィムナは、現場の様子と、位置関係を仲間に指示を出して再現してみせた。
 猫娘が戦った、振り袖役のルオウが攻撃を避けて背を向ける。猫娘役の蒼羅が、背中の赤い鳥に手刀をお見舞いしようとした。
 虎少年役の星晶が、二人に待ったをかける。
「‥‥この位置関係。鳥が飛んでいても、おかしくないですね」
 手前の星晶からも、蒼羅と戦うルオウの背中は見えた。が、藍染めの下地は夕闇に溶け込み、赤い刺繍しか目に入らない可能性がある。
 リィムナは動作指示を願った。星晶が被害者役の九寿重を助け起こす為に、横を向く。すると後方に逃げ行く羽織役の、龍牙の横顔があった。前を向いた蒼羅からは、背後は見えない。
「食い違う目撃情報の謎も、ほぼ解けましたね」
 九寿重の呟きに、開拓者たちは大きく頷いた。


●影からの手
「木彫りの面に、羽織、そして鮮やかな振袖か、特徴はあるけど‥‥角は流石に隠して行動しているだろうな」
「角や格好の差異は、恐らく見た角度が関係しているような気もしますが」
 町を散策している振りをして、龍牙は周囲をそれと無く探索する。路地裏の大きな物音に、龍牙と星晶の背筋が伸びる。
 覗きこんだ先には、飛び出した猫に驚く町民がいた。脱力する龍牙は、猫の影から開拓者を伺う、巧妙に隠れた気配に気づかなかった。
 何かが琴線に触れる。獣人の身体能力とシノビの技に支えられた神出鬼没の行動力、星晶は三角跳びで空中に逃れた。
「鬼ですか?」
 横道から大きな爪を生やした手が伸び、星晶が居た場所を薙ぎ払った。手に続いて、頭がのぞき、足が出る。十尺ほどの二本角の鬼が現れた。
 邪魔をした二本角の鬼の着物の袖には、紅い鳥が何羽もいる。ダナブ・アサドを使いながら、龍牙は鬼を太刀「阿修羅」で叩き斬ろうとした。
 光が発られた、どこからともなく煙が舞い上がる。目を焼かれた龍牙と星晶。視界を取り戻す間に、鬼は元の横道に引っ込んだ。
「これから面白くなりそうですのに、邪魔をされたくありませんね」
 視界を取り戻すも、遅すぎた。星晶と龍牙は厳しい表情で、鬼の消えた横道を睨むしかなかった。


 亜祈に教えて貰った襲撃場所を、見に来たルオウと蒼羅。建物が影を落とす、人通りの無い道。
 蒼羅が見渡すと、やせた少年が歩いている。やけに唇が赤い。
 向こうから近づいてくる手合いには油断しない。すれ違いざまに自然と、ルオウは風読のゴーグルをつけた目で、背中を見送る。
 羽織の後ろに赤い鳥。少年は誘うような笑い声をあげ、すぐに横道に。
「おい、待てよ!」
 ルオウも続き、建物脇の小道に入った。瞬間、閃光がほとばしる。
「くそっ、術を使ってんのか!?」
 ルオウと蒼羅は目が眩み、足が踏み出せない。嫌な予感。ルオウは不動で受けるが、吹き飛ばされた。
「何者だ?」
 滅多に感情を表に出さず、どんな状況でも落ち着き払っている。慌てず蒼羅は、虚心を使い攻撃の流れを見切る。手裏剣「鶴」を、少年とおぼしき方向に投げつけた。
「‥‥逃した、か」
 耳に残るあざ笑いを残し、少年は路地から姿をくらましていた。


 収穫なし。ギルドに戻りかけるリィムナと九寿重のかなり前方を、振り袖を着た娘が横切った。
 着物は藍染の生地、自然と九寿重の視線は惹き付けられる。北面・仁生における実力有る剣士を輩出する道場宗主の縁戚。つまり九寿重は天儀の育ちで、着物に詳しい
「どうしたの?」
「着物が左前‥‥、えりの合わせ方が死人を意味するんです」
 首を傾げた九寿重の答えに、リィムナは自分の神衣「黄泉」を見下ろす。天儀の神職向けに織られている最高位の衣服は右前、生者の合わせ方。
「‥‥アイヴィーバインドやろうか?」
 尋ねるリィムナを制し、鬼頭の外套を着た九寿重は心眼で確かめる。気配は二つ。
 振り袖の背の赤い鳥は、擬態した深紅であろう。気付かれないように二人は追尾する。
 娘は郊外の家屋に入っていく。無言で頷き合い、リィムナと九寿重はギルドに急いだ。


 郊外の別の場所、物影で鬼たちは会話を交わす。
「開拓者どもが、嗅ぎ付けましたね」
 化け鬼は、人や亜人に変化し、街中に溶け込むアヤカシ。変化中は、探索技法にもかからぬと聞く。
 二本角の影鬼の着物についていた紅い鳥の一羽を、三本角の化け鬼は引きはがして握り潰した。
『俺は見届けるのみ』
 影鬼は、影から影へ渡り歩くアヤカシ。影に潜む間は、気配すら感じないと言う。
 影鬼は深紅と共に影に消える。偶然、魔の森で影鬼にくっついた深紅のアヤカシは、一緒に神楽の都まで旅をした。
 化け鬼は肩を竦めると、身体を縮め人に変化。鬼たちは、神楽の都の喧騒に紛れた。