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■オープニング本文 ●ギルドの一幕 月餅。天儀風に言えば「げっぺい」、泰では「ユエピン」と呼ばれる。泰のお菓子で、天儀の月見団子のようなものだと、猫族の新人ギルド員は説明した。 神楽の都の開拓者ギルド。受付の前で白虎しっぽが揺れ、虎少年は月餅を差し出した。 「がう、兄上、持ってきたのです!」 「勇喜(ゆうき)、ちゃんと依頼人に渡さないとダメだよ」 「がう?」 もうすぐ誕生日を迎える、猫族の白虎少年。両親にねだったのは、見聞を広めるための長期天儀滞在だった。 「にゃ、兄上は依頼の『たんとーしゃ』です」 「依頼を頼んだ人は、誰だったかしらね?」 「がるる‥‥弥次(やじ)しゃんです!」 兄の新人ギルド員の居る受付の前で、悩む虎少年。同行していた開拓者の姉と双子の妹から、助け舟がだされた。 「弥次しゃん、頼まれていたものを持ってきたのです」 「おお、ありがとう。依頼が完了した事を、ギルドに報告しといてくれるか」 「がう? ここはギルドだし、弥次しゃんはギルド員です」 「違うよ、今の先輩は、一般人の依頼人の役でしょう?」 「勇喜はん。依頼を担当しとる人に、終わった事を伝えなあかんで」 「がう‥‥兄上、月餅を届けたのです!」 「勇喜、残念だけど、その報告の仕方は失敗よ」 「うにゃ‥‥もし兄上が休んでいたら、どうするつもりです?」 虎少年、きちんと依頼人のベテランギルド員に頼まれたものを届けた。が、飼い子猫又を含む猫族一家から、駄目だしを食らう。 次々と襲う難題に、白虎耳はペタンコになった。泣き出しそうな虎少年を、猫族一家とベテランギルド員は辛抱強く見守る。 「がるる‥‥ギルド員しゃん、こんにちはです」 「はい、こんにちは」 「勇喜、依頼結果の報告に来たのです」 「どのような依頼内容でしょうか?」 「がう‥‥依頼人の弥次しゃんに、家族で作った月餅を届けたのです!」 「なるほど‥‥、では、こちらの依頼は完了ですね。依頼を受けて頂き、ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします」 「がう♪」 開拓者とギルド員の関係として、兄と弟は頭を下げあう。開拓者としての初依頼を終えた虎少年を、温かな拍手が包んだ。 ●ここからが本題 「待たせて、すまなかった。理穴の首都の奏生の呉服問屋に、茶菓子を届けてくれ。さっきの『月餅』と、俺の女房と息子が作った『月見団子』と『おはぎ』だ」 泰出身の猫族一家の月餅は、「百果月餅」と呼ばれるもの。木の実あんで、日持ちするあんこの中には、クルミやカボチャの種などが入っていた。 天儀育ちの弓術師一家にとって、見たことのない食べ物。ベテランギルド員の一人息子は月餅に大喜びした。 「ちょうど理穴の首都の奏生で『豊穣感謝祭』が、開かれているんだ。泰やジルベリアやアル=カマルからも観光客が来ていてな。 俺の知り合いの呉服問屋は、客寄せを兼ねた茶会をするんだ。昼間だが、ススキを飾って、月見の雰囲気をだすつもりらしい。月見団子に月餅は、良い彩りになるさ♪」 貿易都市の奏生らしく、異邦人もやってくる。ベテランギルド員の故郷のお国自慢。 甘味処の理穴だが、唐辛子も有名である。この時期は柚の加工品も出回り、祭を眺めるだけでも楽しそうだ。 「言っておくが、呉服問屋の店の中に、食べ物を持ち込むのは止めてくれ。もし店の品物が汚れて、弁償させられても、俺もギルドも責任は負えん」 呉服問屋の店先には、反物や着物、帯などが並ぶ。布以外にも、小物や巾着もある。店に迷惑はかけられない。 「‥‥茶会に興味があるのか? 昼間にされるから、本当の月見じゃないぞ。 まあ、手伝えば茶菓子の試食が出来るかもな。店の仕立てた着物や、店名の入った羽織りを着て祭を練り歩くだけでも、喜ばれる。口伝えは、良い宣伝だからな」 祭では市場が開かれ、新鮮な果物や野菜が、たくさん並んでいる。理穴中から集まるので、品数も豊富。柿や栗、梨やブドウなどの果物は、確実だろう。 秋の味覚を丸ごと食べても、お土産にも出来そうな雰囲気だ。おそらく菜食主義や、食べ歩きが好きな開拓者には、喜ばれる場所。 「ここだけの話、旦那の女将は、呉服問屋の看板娘だったでやんす。旦那はからかわれるのが嫌で、『知り合いの呉服問屋』とギルドでは言い通してるでさ。届け物には、敬老の日の贈り物も含まれているでやんすよ♪」 ベテランギルド員の開拓者時代の相棒の人妖は、開拓者に話しかけてきた。つまり呉服問屋は、ベテランギルド員の奥様の実家。 「旦那と女将の馴れ初めでやんすか? アヤカシとの闘い帰りに、旦那の服が破れていて、呉服問屋に立ち寄ったでさ。店先の女将に一目ぼれして、旦那が口説たでやんす」 「‥‥待て、なんの話をしている?」 「ボロボロの着物をまとっていたのが、間違いでやんした。『衣服を大事にしない人は嫌い』と、旦那は見事にふられたでさ」 こっそり開拓者に耳打ちする人妖。口調が熱を帯び、声が大きくなる。ベテランギルド員の耳に留まった。 「でも、開拓者は諦めないと、旦那は転んでもタダで起きなかったでやんすよ。弓を針に持ち替えたでさ!」 「黙れ、何を暴露しているんだ!?」 「旦那は縫物と洗濯の仕方を聞きに、店に詰めて通う日々を過ごしたでやんす。裁縫や洗濯の腕前は上がり、ついに女将を口説き落としたでさ♪」 「どうしてお前は、余計なことを言うんだ!」 おしゃべりな人妖、ベテランギルド員の若気の至りまで教えてくれた。ベテランギルド員と相棒の人妖は、追いかけっこを始める。 賑やかな開拓者ギルド。理穴の祭も、同じように賑やかであろう。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
水月(ia2566)
10歳・女・吟
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
神座早紀(ib6735)
15歳・女・巫
サフィリーン(ib6756)
15歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●お届け物は大切に 「理穴の呉服問屋に、お茶菓子を届けるんですか? お祭り大好きです♪」 受け取った風呂敷包みを、礼野 真夢紀(ia1144)は大事に抱え込む。お届けは迅速に、茶菓子を潰さないように気をつけて。 「あー、もー‥‥重いのも、歩くのも、疲れるのも、メンドくさい‥‥」 決められた場所に、決められた時間までに、速やかに運ぶ。‥‥が、鴇ノ宮 風葉(ia0799)はぼやく。茶菓子の量が多い。 片手で風呂敷包みを下げる利穏(ia9760)が、風葉の荷物も引き受ける。大げさに肩を叩きながら、風葉は手の自由を満喫した。 「お祭りですか‥‥賑やかそうでいいですね。何かギルドでも、賑やかな方々がいらっしゃったようですが」 風葉から荷物を託された利穏は、少し心が浮き立っていた。行き先には、楽しい催しものと、風流なお茶会が待っている。 「風‥‥気持良いの」 美味しい物とお祭りの予感。歌いだしそうなくらいに、水月(ia2566)の足取りは軽い。荷物持ってないし。 「お菓子‥‥ぜひ試食させてもらいたくて、お手伝いをするの」 水月は見た目とは裏腹に、かなりの大食娘。依頼に行った先々で、美味しい料理を食べる事を密やかな楽しみにしている。もちろん茶菓子や祭りの品々も対象。 「届ければ、一先ず依頼は終わりなのよね? ん、さくっと終わらせて、祭りを楽しみましょ♪」 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は、荷物を持ち直す。贈り物を届けた後は、豊穣感謝祭でゆっくり羽伸ばす段取り。 「世界中を旅する事。それが僕の夢」 呟くロゼオ・シンフォニー(ib4067)は、周りの風景を見ながら、歩みを進めた。アヤカシに村を襲われた過去を持ち、今も行方不明の両親と妹を探し続けている。 「でも、弥次さんご夫妻の馴れ初め、面白かったです」 「素敵な馴れ初めね‥‥」 神座早紀(ib6735)とほわんとなったサフィリーン(ib6756)は、並んで歩く。呉服問屋の看板娘と、開拓者の話に花が咲いていた。 「今度父さんに、母さんとの馴れ初め、聞いてみようかな?」 「あっ! 私の母さまも、父さまに見初められたんだよっ」 早紀は、浮世離れした雰囲気を持つ父親を思い出した。サフィリーンは元気よく告げる。 サフィリーンの母は、かつては名の知れた舞の名手だった。多数の弟子を輩出後、後妻に入り、末子のサフィリーンを授かる。 余談だが、アル=カマルは末子が家を継ぐ風習。嫡子外と思っていたサフィリーンは、予想外の後継話を受けた。驚き、母の様な舞手になると家を飛び出した身である。 ●お月見うさぎ 「んー‥‥これはまた、退屈なお仕事だこと。あ、そっちの三色団子も五本ね、餡団子は三つ。よもぎは四本」 右手に大量の甘味を抱えながら、風葉は器用に食べ歩く。熟練開拓者ともなれば、心と財布と胃袋に、十分の余裕がある!とか、ないとか。 菜食主義の大食らいで、祭り好き。出店を右から左に巡りながら、食べ物を買い漁る。 よもぎ団子をもぐもぐとやりつつ、通りを練り歩く風葉。後ろ向きに、来た道を戻ってきた。 「あんた、泣いているの? 男の子が泣くんじゃないわよ」 しゃがんで道端の子供と視線を合わせる。転んで擦り剥け膝を、閃癒で治療する。 でも、子供は泣きやまない。度を過ぎてはしゃいだ子供は、母とはぐれていた。 「ふぅ‥‥ただの巡回みたいになってるわね。これじゃ、仕事してる時と変わんないじゃないの。ったく」 お団子のお裾分けをして、風葉は子供の手を引く。迷子の母親探しだ。ブツブツと愚痴と文句は多いが、手を抜いたりしない。 「英雄」に憧れて、幼馴染と共に屋敷を飛び出した、鴇ノ宮家創始以来の我侭娘。困ってる人を見逃せない姉御は、子供の英雄になっていた。 「茶会の手伝いする人は頑張ってね〜」 リーゼロッテは道中の宣言通り、ひらひらと手を振りながら、出かける。梨、ブドウ、柿などの果物類を中心に食べ歩きを楽しもう。 栗を蒸したのも美味しそうだ。「いくつかお土産に持ち帰ってあげようかなぁ」と考えつつ、屋台を眺める。 「あら、どうしたの?」 風葉を見つけたリーゼロッテが、近寄ってきた。二人は陰陽四寮の玄武寮の寮生であることを示すための硬貨、玄冬を持つ身。同級生で顔見知りだ。 「祭りの警備とか、いないのかしらねぇ」 居る。居るけど、人手が足らないだけ。そんなこと、リーゼロッテには関係ない。 迷子にほほ笑みながら、お土産にするはずだった蒸し栗を渡す。ふっと、リーゼロッテは、役に呑まれかけている自分に気付いた。 ヴァイツァウの乱で爵位を失った元女貴族に、自嘲気味の笑みが浮かんだ。本来は暗く陰鬱な性格で、明るい性格を演じているだけ。 「‥‥あの、もしお店の名前の入った前掛けとかあったら、それもお借りできませんでしょうか?」 真夢紀は店の仕立てた着物と、店名の入った羽織り、前掛けを借りる。全身で広告を展開。 「ススキも垂れたりして、良い雰囲気ですね」 利穏はうさぎのぬいぐるみを、茶会場の入口に置いた。天儀や泰では、月にウサギが居るように見えるという。 「まゆの地元は農業やってますので、お月見には秋の実りもお供えするのが一般的です」 真夢紀はススキを飾りながら、茶会の席が寂しいと訴えた。始まる前の時間を利用して、真夢紀と早紀は市場に買い出し。 お店の綺麗な着物も着せて貰い、心が騒いでいた。 「‥‥この姿を姉さんが見たら、可愛いって言ってくれるかな?」 綺麗な着物を試着させて貰った、早紀。自分の身体を見下ろし、「きゃ〜っ」と、はしゃぐ。 世界の誰よりも、姉「真紀」を愛していると自負している。早く一人前になって、姉の側で役に立つのが夢。 「食べ歩きは好きなんですけど‥‥まゆの地元って農業主産業ですので、被るもの多いんですよね」 屋台の売り物を見ながら、呟く真夢紀。地元は主産業が農業で、海に囲まれた島。市場の新鮮なものは、見慣れたものが多い。 「そうなんですか? 依頼でここに何度か来てますが、ゆっくり見た事がないので」 珍しさが勝った早紀は、奏生のお土産に、柿や栗、梨を買い込む。ついでに名物の唐辛子も。 「た‥‥すき? カッポーギ? 私の肌の色でも合う、お着物あるかな?」 初めて見る、ふさふさススキは面白い。片手に握りしめつつ小麦色のサフィリーンは、「着心地良くて、ちゃんと舞えちゃう♪」と着物を喜ぶ。 娘たちに混ざり、ロゼオも女物の着物を幾つか着せてもらっていた。 「古い習慣でよく女物を着せられていていたから、着る事に抵抗はないんだ」 ロゼオは世間をあまり知らずに育った為、少々天然ボケが入っている。まれに自分でも、何言ってるか分からなくなる時があるらしい。 利穏は着物の一つと、にらめっこ。次いで着物姿にはしゃぐ者たちを、憧憬の目線で見る。 「着物も着たくない訳ではありませんが‥‥何かの拍子で汚すと悪いですし。第一、僕が着ても、余り見栄えが良くありませんし‥‥」 利穏は悩んだあげく、簡易な店の名前入り前掛けを借りるのみに止めた。 真夢紀は市場で仕入れた梨を、包丁で剥いていく。楊枝を刺して、茶菓子の一つとして添えた。 「ありの実をどうぞ。果物は『水菓子』っていう位ですし」 真夢紀は笑顔で、お茶と一緒に梨を差し出す。店にお客がナシは困る、縁起を担ぐのも忘れない。 利穏は、自分が開拓者としての力を持っている事には、何かきっと意味があると信じている、出来るならそれを他人の為に使いたい。 「すみません、まずそのおはぎを食べ終えてから、お茶を飲んで下さいね。口をぬぐう、懐紙もどうぞ」 抹茶が初体験の客に、利穏は丁寧に説明。茶菓子を持ちながら店に向かうおうとした相手を、さりげなく茶席に留める。 店と茶席の中間の街角に、陣取る一行。お茶会とお店の宣伝・客引きをすることに決めた。 「ちょっと動きにくそうだけど、好奇心で一杯わくわく♪」 サフィリーンは着物初体験。ススキを持って、袖をふりふりしてくるんと回る。動きにあわせて舞踏のピアスが澄んだ音が奏でた。 店の着物を着させてもらって、水月はご機嫌。いつもの巫女袴「八雲」に着替えた早紀は、お店の羽織だけ借りた。 人目に付く場所で、早紀やサフィリーンの舞が披露され始めた。 ローレライの髪飾りを着け歌う水月の周囲に、薄緑色に輝く燐光が舞い散る。ひとしきり歌と舞いが終わると、異邦人も混ざり拍手が降った。 ●祭り、三者三様 無事に迷子の母親を見つけ、お礼の柿を押しつけられる。風葉は、嬉々として受け取った。 「あによ?」 ジルベリアで妖研究をしていた変り者は、面白そうに笑っている。風葉は栗を取り上げ、軽く睨んだ。 「別に菜食主義ってわけじゃないけど、秋の味覚は楽しみじゃない? やっぱり果物は巣の味がおいしいと思うわけよ」 リーゼロッテは、ごーごー♪と合図する。と、「喧嘩だ」の声。 「はいはい、雰囲気ぶち壊しにしてくれちゃう馬鹿は退場ー」 リーゼロッテの手には、呪殺符「常夜」。漆黒の符は、怒りの黒光が見えた。 「荒縄もあるから、安心しなさい」 人々の邪念が封印された、黒死符を構える風葉の姿もある。揃って、アムルリープ発動。 喧嘩の場は二人が処分‥‥もとい、諌めた。 「あら、あなたの着物、似合ってるわねぇ。」 町中でリーゼロッテの視線を捉えたのは、ロゼオの太陽のピアス。美しく燃えるような赤と、繊細な装飾が特徴的。 色合いを合わせて、鮮やかな朱色の着物を着せて貰っていた。もちろん女装。 「お茶菓子の試食も捨てがたいんですが‥‥やっぱり祭りを楽しまないと‥‥」 「手伝い頑張って♪」 PR大作戦展開中。リーゼロッテの声援を受けながら、ロゼオは別れた。 食べ歩き大好きな者には、たまらない豊穣感謝祭。この姿のまま、色々と見て回る予定だ。 「美味しそう‥‥試食しても良いんですか?」 好奇心からブドウを手に取り、一粒味見。ロゼオは舌の上で転がしながら、買おうと決めた。 怒声が響いた、ロゼオは隣の屋台に目を向ける。嫌がる屋台の店主に、無料にしろと迫る無頼漢の姿。 ロゼオは迷わず、魔術を解き放った。街の無骨者は、遠慮なくサンダーで成敗。 客も順調に集まり、街頭宣伝も一段落。水月と早紀は歌を切り上げて、試食のおねだり。でも借り物の着物を汚さないよう、自分の服に着替えた。 「お腹が減ってきました‥‥」 利穏も茶菓子を見つめる。誰にも礼儀正しく接するよう構えているが、時折子供っぽさが垣間見えた。 「げっぺい‥‥?」 真夢紀は食いしん坊で舌が肥えている。他国の料理にも関心が高く、菓子なども手作り可能。 くすくす笑いながら、サフィリーンも泰の月餅に興味を示した。利穏の提案により、追加で作られた月餅は、卵の塩漬けを餡と皮で包んだもの。 月餅を縦にすっと切ると、丁度お月様のようにも見える。二人は大喜びで、茶菓子を試食させて貰う。 「すごく美味しいです!」 茶菓子を食べ、感激する早紀の姿も。甘い物好きな妹にも、食べさせてあげたい。 「何より姉さんに、美味しいって褒めてもらいたいし♪」 自身の力で姉の手助けをすることを、至福の喜びと感じる性格。家族全員に喜ばれるはず。 今度、ギルド員たちと会ったら、作り方を教えてもらおう。固い決意をした。 サフィリーンおはぎを、まじまじと眺めかぶりついた。あまーくて、さらっとしている、面白い食感。 「‥‥わぁ、何これ! にがーい」 「抹茶なの」 「渋みが、美味しいですよ♪」 顔をしかめて、サフィリーンは舌をあおぐ。茶会を経験した異邦人が、すごい顔をした理由がようやくわかった。 年下の水月と真夢紀は、平然と飲んでいる。サフィリーンは、どこか悲しそうに抹茶を味わった。 利穏もお茶を頂く。風に揺れ動くススキを眺めると、自然と心が落ち着けられる。ゆったりした時間を楽しんだ。 水月の好物は梨、さわやかな果汁とシャリっとした食感が好き。でも酸味の強めなのは、みゅーってなっちゃうから苦手。 真夢紀の選んできた梨は、甘さ抜群で大当り。水月は、すべての茶菓子を平らげ、抹茶を味わう。食べさせてもらったお菓子は美味しくて、それはそれで満足。 「でも‥‥満腹には程遠いの」 さらなる秋の味覚を求めて、水月はぱたぱたと駆けて行く。目指すは、お祭りの市。賑やか過ぎる一角に、脚を止めた。 「せっかくの楽しいお祭り‥‥揉め事や騒動は勘弁なの」 騒動の原因は、お酒に酔って大笑いするおじさん。害は無いが、皆、扱いに困り果てている。 水月の「夜の子守唄」が響いた。笑い上戸の酔っ払いは、楽しい夢を見ながら眠りにつく。 ●祭りの後 閉店後の呉服問屋で、品定めをする人々。 「私知ってる、この布はフロシキって言うんでしょ」 サフィリーンは、「綺麗だよね」と風呂敷を覗きこむ。天儀の文化は面白くて、たまらない。 狼耳も真剣に着物を手にとる、‥‥大好きな人のために。ロゼオの恋は現在進行形。 ロゼオの選んだ着物を、笑顔で喜んでくれるだろうか。否、頬を染めながら、披露してくれるかもしれない。 「楽しい夜になりそうだな♪」 幸せな気持ちのロゼオに買われた着物は、新しい持ち主にも幸せを届けてくれるはず。 大好きな姉達に送るお土産で、真夢紀は迷っていた。折に触れ、二人と文を交わしている。 「‥‥お揃いにするか、姉様達に逢う物それぞれに買うか、迷うですの‥‥」 巫女姫のお姉様と、戦巫女で鬼姫で男装束が良く似合う、ちぃ姉様。好みが正反対で、反物は難しい。 真夢紀は色違いの巾着を選んだ、自分のも合わせて姉妹でお揃い。恥ずかしそうに扇子「月桂樹」を広げ、照れた顔を隠した。 「あ、私もお婆様に、敬老の日の贈り物を買います。襟巻がいいかな?」 ロゼオや真夢紀と共に、悩みだす早紀。お土産をもらった家族の皆の顔を想像しながら、ウキウキと品物を眺める。 「うーさぎうさぎ、なにみてはねるー、っと‥‥」 茶会の片づけを手伝っていたはずの、風葉。呉服問屋の裏庭で、月見団子をほおばっていた。 「良い事すると、食べ物が美味しいの♪」 「ほんとよね」 昼間のお礼に、水月はいっぱいの美味しい物を頂いた。中でも大好きな栗きんとんを、リーゼロッテに薦め並んで堪能中。 栗きんとんはおせち料理で見かけるが、高級和菓子のものもある。水月は、栗を。 「綺麗ですよね」 利穏は届かないと知りつつ、手を伸ばす。見上げる月は少し欠けていたが、餅つきをするうさぎが跳ねていた。 |