司空家と琥珀色の思い出
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/30 22:25



■オープニング本文

●にゃんこ騒動
 朝日が差し込む、一日の幕開けだ。武州の荷物運びから帰ってきた猫族一家は、同じく武州の戦闘を終えたベテランギルド員と、久しぶりの対面を果たす。
「先輩、藤(ふじ)が来てませんか?」
「うにゃ! 藤しゃんが居ないのです、居ないのです!」
「喜多(きた)に妹さん、落ち着け。猫又の嬢ちゃんがどうしたんだ?」
 神楽の都の開拓者ギルドの受付に詰め寄る、折れ猫耳の虎猫兄妹。困惑した表情で、ベテランギルド員は対応する。
「がう? 姉上! 兄上と伽羅(きゃら)しゃんがいたです」
「二人とも、ここにいたのね。よかったわ、藤みたいに行方不明かと思ったの」
「ちょうど良いところに。何があったんだ?」
 入り口で白虎姉弟の声がした。ベテランギルド員は、二人に助けを求める。
「藤が昨日から行方不明なんです!」
「うにゃ‥‥伽羅のせいなのです。藤しゃんにネギをお願いしたのです」
「ネ、ネギ?」
「がう。伽羅しゃんが一人でお魚を買って、帰ってきたです。夕食はトロだけだったです」
「‥‥トロ?」
「双子の誕生日が近いから、昨夜はネギトロの予定だったんです」
「二人の誕生日はいつなんだ?」
「九月二十三日ですが、天儀のお月見に合わせて、少し早めたんです」
「勇喜(ゆうき)は月餅作りを手伝って貰っていたから、伽羅と藤に夕食のお使いを頼んだのよ」
「伽羅に聞いたら、藤に八百屋に行ってもらったらしくて。八百屋で尋ねたら『猫又はネギを買って帰った』って言いました」
「にゃー、藤しゃんを一人にした、伽羅が悪いのです!」
「がるる‥‥姉上だったら、分かるです。姉上は『ほーろーへき』があるです」
 ベテランギルド員は、騒ぎ立てる猫族兄妹の言葉をまとめる。


 猫族一家の昨日の夕食は、双子の誕生祝いを兼ねたネギトロの予定だった。材料を買いにでかけたのは、猫娘と猫又。
 途中で二人は別れ、猫娘は魚屋でトロを買った。猫又は、八百屋でネギを買ったらしい。
 猫娘は帰宅したが、猫又は行方不明になった。


「つまり、猫又の嬢ちゃんを探しているのか?」
「はい。藤が一晩も帰らないなんて、初めてです」
「にゃー、にゃー、にゃあ!」
「伽羅、ほら泣かないの」
「がるる‥‥藤しゃん、藤しゃん」
「勇喜、藤を探しましょう、ね?」
「夜中から双子は泣き通しで‥‥僕らも探したんです。でも夜の捜索は、手掛かりがありませんでした。もし事故に巻き込まれていたらと思うと」
「‥‥そうか。まあ、神楽の都でアヤカシ騒ぎも無いと思うぞ」
「にゃ? 藤しゃんはアヤカシにやっつけられたです!?」
「がるる‥‥そんなの嫌なのです!」
 ベテランギルド員の何気ない一言。聞き咎めた双子は、大泣きを始める。
「先輩、何てことを言うんですか!」
「縁起でも無いこと、言わないでちょうだい!」
「す、すまん」
 虎猫しっぽと白虎しっぽを膨らませ、犬歯を見せる新人ギルド員と虎娘。猫族の兄と姉は、ベテランギルド員を威嚇した。


●にゃんこ捜索隊
「あらへん、どこに流れたんやろう」
 猫族兄妹が騒ぎ立てている頃、猫又は川の中にいた。ずぶ濡れの小さい身体には、いつもの威勢のよさはない。
「うちが落ちるなんて、不覚や」
 猫又はネギを買って帰る途中、橋の欄干(らんかん)に飛び乗った。空飛ぶ小鳥に、気を取られたのが運の尽き。足を踏み外し、川へ落ちてしまった。
「せめて、首飾りだけでも見つけんと、みんなに合わす顔があらへん」
 猫又が生まれてすぐの頃、泰で過ごした記憶は嫌なものだけ。人の手で母親や兄弟と引き裂かれ、狭い檻に入れられた。
 ふて腐れて、人嫌いになるには十分な環境。売り出された店先で、暴れ猫又として討伐依頼の寸前まで行った。
 暴れ猫又を大人しくさせたのが、通りかかった猫族一家の父親で、元開拓者の泰拳士。処分に困った店から、猫又を譲り受けたのが、ギルド員になる前の虎猫の長兄だった。
 引き取られた猫族一家の家で、引っかきも、噛み付きもした。幼い虎少年と猫娘の双子は、遊びと勘違いして大喜び。
 せっかく双子の身体に付けた傷も、陰陽師の虎娘がすぐに治癒符で治してしまって意味がない。母親のくれるご飯も美味しくて、とうとう根負けした。
「‥‥喜多はん、言いよったな。『藤』の名前の意味は『歓迎』やって」
 新しい家族の一員として、拍手で迎え入れられた日のことは、良く覚えている。春の日差しがきつく感じる、四月二十九日だった。
 司空(しくう)の家族の証として、新人ギルド員は琥珀の首飾りを着けてくれた。猫又の金の瞳に、似た色にしたよと笑って。
 ネギは流されても、また買える。でも大切な思い出は、川に流せない。猫又は一人ぼっちで、苦手な水に潜る。琥珀の首飾りを探すために。


「猫又の藤の特徴は、生意気な口調で、首に琥珀の首飾りをつけています。三毛猫で、金の瞳、しっぽは二本です」
「八百屋から家までは、一町くらいよ(約1キロメートル)。三間(約5.5メートル)の橋を二本渡るの。人魂で探したけど、暗くて見つからなくて‥‥お願いよ」
「がるる、藤しゃんを見つけてです!」
「にゃー、見つけです、見つけてです!」
 居合わせた開拓者に、片っ端から声をかける、猫族兄妹。正式な依頼書が、皆の片手に握りしめられている。
 ‥‥長兄の新人ギルド員の職権乱用っぽい。
「とにかく、猫又の嬢ちゃんを捜してやってくれ。ギルドの平穏のためにも、頼む」
 受付の奥で拝む、ベテランギルド員。その背中には、哀愁が漂った。



■参加者一覧
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
霧雁(ib6739
30歳・男・シ
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

●迷子の子猫又
「藤ちゃん迷子!? 急いで探さないとね〜。一緒に探しに行こう!」
 アムルタート(ib6632)は受付で大きな声をだした。
「藤ちゃんが行方不明!? 大変、すぐに見つけないと!」
 神座亜紀(ib6736)の癖のある黒髪も、驚いたように揺れ動く。
「怪我してたり、お腹すかせてたらどうしよう‥‥ボクも泣きたいけど、今は泣いてる場合じゃないよね」
「藤、きっと一人で寂しいよ。藤もきっと泣きたいよ。だから、みんなで絶対見つけたげよう! 泣くのはさ、みんなで感動の再会の時にしようよ!」
 悲しみの涙は、喜びの涙に変えよう。アムルタートに励まされ、亜紀は涙をぬぐう。懸命に頷いた。
「藤が行方不明ですか? まだ子猫だし、心配ですね‥‥」
 菊池 志郎(ia5584)は表情を曇らせた。見上げる双子の目に涙が浮かんでいる。
「‥‥双子は別々にした方が、泣かないのでは?」
志郎は喜多に耳打ちする、無言で頷く長兄。
「明るくなったから、きっと見つかりますよ」
 志郎は屈み込み、泣きじゃくる双子と視線を合わせると頭をなでた。


「子猫ならぬ、子猫又が行方不明ですか?」
「迷子の猫又ちゃん、かあ‥‥早く探してあげないと、ね」
 尋ね返すジークリンデ(ib0258)隣で、エルレーン(ib7455)も考え込む。
「家族に等しい方がいなくなってしまうのは、不安なものです。微力ではありますが、私も力になりましょう」
 ジークリンデは、自分を責めつづける伽羅の目を覗きこんだ。
「勇喜くん、伽羅ちゃん、初めまして。甘酒でも飲みますか?」
 優しく笑いながら、ジークリンデは甘酒を差し出した。双子は目をこすりながら、受け取る。
 お礼を言うと、飲み干した。生姜入りの甘酒は、身体も心も温まる。双子の気持ちを落ち着かせることに成功。
「藤が、お使いの帰りに不思議に行方不明ですか」
 話しを聞いた杉野 九寿重(ib3226)は、腰までの漆黒の髪を揺らす。馴染みの猫又とあって、犬耳は心配そうに倒された。
「探せるだけ、探してみるですね。こうやって、わざわざ依頼出すくらいですからね」
 猫族兄妹にとって、藤は大事な家族。物怖じせず人懐っこい五人姉妹弟の筆頭の九寿重は、鼻をすする双子の手をつつんだ。


「可愛らしい藤さんが行方不明!? 一大事でござる!」
 ギルドの外へ飛び出しかける霧雁(ib6739)。
「すぐに見つけに行くでござる!」
「落ち着け。お前が焦ってどうする。なに、これだけのメンバーが集まったんだ、必ず見つかるさ」
 でっぷりしたキジトラ猫が、霧雁の前に立ち塞がる。朋友の猫又のジミーは、落ち着き払っていた。
「しっかし、最近お嬢ちゃんばっかりだなぁ‥‥まっ、ヨロシクよ」
 見覚えのある亜祈に、包んだアルバルク(ib6635)は手を挙げる、頭に巻かれた白い包帯が印象的だ。右腕からは、薬草の臭いもしている。
「どうしたの? 大怪我だわ」
「うん? 前の仕事でしくじったんだよ。しかも、女装した坊主にやられてなー。ははは‥‥はぁ」
 亜祈の質問に、アルバルクの乾いた笑い声が答える。身体中が痛々しいが、心も傷ついている様子。
 完全無欠の復活の日を、亜祈は黙って祈った。


●迷子捜索
 「どこに行ったんだろう」
 道中に猫又は居なかった。エルレーンの貫く心情は、「守る」こと、川に肩を落とした水面の自分を眺める。
「兄妹が寂しがっても離れるくらいなのですから、心境に何か有ったのですかね?」
「人と同じ知性のある猫又です。戻るに戻れない理由が、あるのかも知れませんね」
 藤は、一人でお使いが出来る子猫だ。一晩も帰らない理由があるのでは無いかと、九寿重とジークリンデは推測する。
「川に落ちたと考えるのが、やはり一般的になりますよね」
 困っている人は放っておけない性分。超越聴覚を使った志郎の耳には、雑多な音が聞こえる。道の途中の路地裏等にも注意した。でも、藤の声は聞こえない。
「あっちのほう見てみて! 私そっち見る〜!」
 アムルタートは、空から川を指差した。
「まあ同族の為だ、川の中も泥の中も調べてやるさ」
言葉を紡ぎかけた霧雁より先に、ジミーは代弁する。
「皆はどうするの?」
「適当に、ついてくんだったら連れてきゃいい」
 亜紀の質問は猫族兄妹に向かう。双子を見下ろし、不良中年のアルバルクは告げた。


猫族一家のお家から、八百屋方面に出発する一行。ふっさふさの白い毛が、ジークリンデの後ろから犬しっぽを振った。
「わんこのフレキです。藤さんの寝床を見せて頂きけますか?」
 藤のお気に入りの座布団に、忍犬のフレキは顔を押し付ける。寝床に残る、藤の臭いを覚えた。
 近所への聞き込みも忘れず、フレキの絶対嗅覚で藤の痕跡を追った。
「藤さん! 拙者が、必ず見つけるでござるよ!」
 楽天的でマイペースな性格の霧雁でも、大好きな猫が絡めば事情が変わる。フレキやジークリンデと共に、家側の橋の上流の探索に乗り出していた。
「猫又の事は、猫又に訊くのが一番だからな。俺は近くの猫又仲間に、情報収集に行ってくる」
 猫しっぽを揺らし、ジミーは近道に足を運んだ。開拓者は通れない猫の道。
「顔馴染みが住んでるといいんだが‥‥おう、おトラさん! この辺でこういう子猫又見なかったかい?」
 ジミーは猫又仲間を見つけた、藤の特徴を伝える。猫又の情報網を駆使。


「俺は今回怪我してっからよ、馬にでも乗って楽させてもらうわ」
 自分から請け負った仕事に対しては、言動はともかく律儀に取り組む、アルバルク。ベドウィンの間に伝わる遠視術を駆使して、藤を探す。
「もし消耗が激しいようなら、先に彼女を司空家へと送り届けますね」
 エルレーンは、川の淵などを注意深く探す。特に大きな石や水のよどみなどは妖しい。川にそって、ゆっくりと流れを遡っていく。呼子笛を握りしめる、エルレーンの気遣い。
「俺けが人だから、あんま暴れんなよ。いてえんだからよ」
 顔をしかめるアルバルク。名無しの霊騎にまたがる動作は、かなりゆっくり。
「痛いのが、飛んで行くといいのだけど」
「大丈夫だ、気にするな」
 眉をしかめて、気遣うエルレーン。アルバルクは後ろ姿で答える。笑うと心も身体も、痛みが遠のいた気がするから不思議だ。
 そうこうするうちに、霊騎の耳は笛の音を捉えた。


「藤ちゃ〜ん! いたら返事して〜!」
「藤、どこですか?」
 川の上を低空飛行する、甲龍のアンバー。アムルタートと勇喜を乗せていた。川沿いを志郎は地上から探している。
「ほら、勇喜も呼ぼう! 大きな声で呼べば、きっと見つかるよ♪」
 アムルタートに軽く背中を叩かれ、促される勇喜も叫んだ。
「‥‥笛の音? 家側の橋の上流から聞こえましたよ」
「あ! 見つかったんだよ! 行こう♪」
 志郎の耳が捉えた呼子笛の音、アンバーは急行する。毛布を抱えた志郎も、甲龍の後を追った。
 アムルタートの指差す先に、霧雁に抱えられた藤が見えた。


 川沿いを歩く九寿重。はやてに乗せてもらい、亜紀と伽羅は空から探す。
「そこの欄干の陰は?」
「‥‥居ませんね」
 空の亜紀の指差す場所を、地上の九寿重は探す。犬耳は残念そうに、横に振られた。
「もしかすると、水中に没してる可能性が有りますね」
「‥‥今のは、川の中で溺れているって意味だよね」
 九寿重の難しい言葉。さまざまな地域独自の言語に興味を持っており、研究する夢を持つ亜紀は、眉を潜めて言い換えた。
「もしかして、笛の音ですか?」
「見つかったんだ!」
 九寿重の犬耳が動いた、せわしく辺りを確かめる。はやては亜紀の声に、大きく鳴いた。


●琥珀色の宝物
 猫又情報網は、藤を見つけ出した。「首飾りが無くなった」と保護された子猫又は泣く。もう見つからないと、諦めていた。
「こっそり探し出しましょうか?」
「無くし物は、勿論探すでござる! 見付かるまで根気よく、ひたすら川底と、川辺を調べるでござる!」
 ジークリンデの提案に、フレキと霧雁はしっぽを動かし大賛成。ジミーは、藤を叱った。
「雁の字、甘やかすな! 藤の字、自分が何をしたか分かっているのか?」
 藤が黙って、一人で探した結果が、現在の状況。開拓者や朋友たちを巻き込んで、大騒動に発展した。
「無くし物は見つけてやりたいよな。雁の字やお仲間と協力して探すぜ」
 藤は泣きじゃくりながら、たどたどしく謝る。藤の左肩にジミーは右前足を置き、大人の笑みを見せた。
 霧雁とジークリンデは頷き合い、呼子笛を吹いた。


「大切なものを放っておけない気持ちはわかりますが、家族に心配をかけてはいけませんよ。藤に何かあったら、皆さんとても悲しみますから」
 志郎の毛布に包まれ、藤は顔を出す。
「気負ったのは判りますが、心配かけては駄目ですよ」
 藤の濡れた顔を、九寿重は水気を取る様に拭いながら諭した。
「首飾りは大事かもしれないけど、伽羅さん達にとって藤ちゃんの方がもっと大切なんだよ!」
 亜紀も少し叱った。亜紀も二人の姉や、はやてが居なくなれば、猫族兄妹みたいに探す。大事な家族だから。
「大切なものなら、さがさねえとなあ‥‥俺は水に入れねえから、コイツに綱でもつけて、命綱代わりにでもさせるかい。なんなら向こう岸に渡してな」
 防風防砂ゴーグルは人気者、水着姿の九寿重と亜紀は装着完了。藤を助け出した霧雁も、身につけていた。
 アルバルクは霊騎に合図する。霊騎が引っ張る荒縄を腰に巻きつけて、全員、安全確保。
「名前は、なんと言うの?」
「未だに無いぞ、予定もな」
 川がにごっていないのは幸いだ。川の上から光るものないか探してみるエルレーンの質問に、アルバルクはあっさり受け答え。まだ名づけは期待できない、霊騎の後ろ脚が怒ったように地面を蹴った。
「大事なものなら、絶対見つけたいよね。頑張るよ♪ でもそれはそれとして‥‥これだけ心配かけたんだもん。ちゃんと、謝んなきゃね〜」
 アムルタートは藤の鼻の頭を突く。猫又の金の目は、バツが悪そうに瞬きした。


●しあわせ時間
 迷子騒動から一夜明けた、神楽の都はいつもと変わらない。
志郎の忍犬の初霜は、トンボを追いかけ、通りを走る。黒い子犬は、先っぽだけ白いしっぽを振って、前方の集団に近づいた。
「揃って、お出かけですか?」
「兄上を迎えに行くです」
問いかける志郎に、双子は口を揃えて答えた。今日の猫族一家は、保護者同伴でお買いもの。
「今度は、気を付けて行って下さいね」
水帝の外套を揺らしながら、志郎は見送る。亜祈の肩の上で、藤は元気に手を振った。


「折角ですから、八百屋さんまで行かれたら?」
 流れるような波打つ銀髪の前髪をかきあげ、ジークリンデはギルドの受付の喜多に提案する。白いしっぽを振る忍犬のフレキは、名案だと吠えた。
「おい雁の字、おやつはまだか?」
 話を聞いていたキジトラ猫又のお腹が鳴る。食い意地が張っているジミーは、下僕の霧雁に催促した。
「一緒に、買いに行くでござるよ」
 ジミーの食事代で、霧雁の家計は火の車に近い。でもパステルピンクの猫耳としっぽの猫獣人も、色気より食い気だから、大丈夫。
 泰拳袍「獣夜」をひるがえし、霧雁はギルドの外へ。入れ替わりに、猫族一家が長兄を迎えにきた。
「皆さんで、ネギトロを楽しんでいただければと思いますよ」
 ジークリンデは猫族一家を送りだす。足元まであるスピリットローブをくわえて引っ張るフレキも、おやつの催促。ベラリエース大陸のジルベリアの貴族のご令嬢、ジークリンデ・フランメ・ケリンは、相棒に苦笑した。


 港で開拓者たちは、思い思いに過ごしていた。
「あ、ふ〜じ〜ちゃ〜ん!!」
 甲龍のアンバーに、新しいダンスを相談中のアムルタートの声。バラージドレス「サワード」の裾が、手の動きにあわせて軽やかに揺れ動いた。
「どうしたんですか?」
 コルセールコート「赤」を羽織った九寿重は、鷲獅鳥の白虎の毛並みを整えていた手を止める。新鮮なトロを求めにきた猫族一家が目に入った。
「いてて‥‥こら、振り落とすんじゃねえ!」
 名無しの霊騎は両前足を跳ね上げ、嬉しそうにいななく。傷が残る間、相棒を足代わりに使用としたアルバルク、背中から地面に落とされた。まっ白なスーツ「白騎士」も台無し。
「冷える季節でしょうから‥‥暖かい物を口にしたほうが良いですかね?」
「‥‥天儀の美味いもん、食いたいよな」
 小さなくしゃみをする双子。九寿重の視線は屋台に向かう、元はジルべリアの軍に属していたアルバルクもつられた。
 喜多のオゴリで、湯気のあがるうどんの試食会決定。
「ボクのエビフライあげるよ。『フライ』は、ジルベリアの言葉なんだって」
 月の帽子を被った亜紀は、はやてと藤にエビの天ぷらを差し出す。三毛猫しっぽは喜びで踊り狂い、亜紀の成長に駿龍は嬉しそうに鳴いた。
「忘れずにネギ買って帰ってよ、ネギ! なんかお祝いするんでしょ?」
 食べ終わったアムルタートは、双子の手を引っ張った。その場のノリと勢いと凄まじく高い直感だけで生きてきたお気楽ジプシーは言う、楽しむが勝ち♪
「今日の晩ご飯はトロ?」
「藤ちゃん、よかったね!」
 エルレーンの質問に、喜多はもちろんと答えた。亜紀はエビに満足そうな藤の頭をなでる。
(そうか‥‥あなたにとっても、大切なものなんだね)
 琥珀の首飾りを身に着けて、笑う藤を見つめる黒い瞳。過去を語らないエルレーンは、胸に輝く‥‥大きな涙型をした紅玉の首飾りに触れた。
「私だって、きっと探そうとする‥‥思い出をなくすなんて、嫌だもの」
 エルレーンにとっても首飾りは、大切な思い出。この世にいない、親友が残した形見。
 しんみり呟くエルレーンに、メカザウルス・ラルは頭を擦り付けた。エルレーンは簪「撫子」を揺らし、驚きながら視線を移す。
 撫子の花言葉の一つは純愛。炎龍は優しい眼差しで、エルレーンを見下ろしていた。