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■オープニング本文 ●激戦の後 血と泥に塗れた兵たちが疲れた身体を引きずり、次々と合戦場から戻ってくる。 「此度の戦は、厳しいものであった」 雲間から覗く青空を仰ぎ、立花伊織が呟いた。 大アヤカシと呼ばれる脅威に人は勝利を収めたが、代償は大きい。 秋を前に野山は荒れて田畑は潰れ、村々も被害を受けた。避難した民は疲弊し、アヤカシも全てが消えた訳ではない。 「再び民が平穏な暮らしを取り戻すまで、勝利したと言えぬ」 伊織は素直に喜べず、唇を噛んだ。 「今後の復興のためにも、今しばしギルドの、開拓者の力を借して頂きたい」 随分と頼もしさを増した面立ちで若き立花家当主が問えば、控えていた大伴定家は快く首肯した。 「まだしばらくは、休む暇もなさそうじゃのう」 凱旋した開拓者たちが上げる鬨の声を聞きながら、好々爺は白い髭を撫ぜた。 帰還する村人の笑い声。村の入口では三色菫(パンジー)や、てるてる坊主が出迎えた。 子供たちは、村の中に向かって走り出す。幸せの黄色い布がはためき、家を知らせた。 田畑はアヤカシの影響で荒れているが、野菜は葉を伸ばし、稲は花を開かせようとしている。まだ村は息づいていた。 村人の後ろを、二十人くらいの男女が続く。新たな住処を探していると言った者たちを、村は温かく迎え入れた。 最後尾の男の着物の裾が風でめくれる。太ももに蝮(まむし)の入れ墨が見えた。 ●猫と虎とお風呂 「ぬかさんまと言って、保存食の魚なの。皆さんのお役に立てると良いんだけど」 村に出向いたのは、猫族一家の上の二人。さんま初漁を終え、泰からの贈り物を届けにきていた。 「‥‥亜祈(あき)、ちょっと」 「どうしたの?」 新人ギルド員は妹を呼び付け、物陰に連れて行く。白い虎しっぽを揺らし、虎娘はぬかさんまのツボから離れた。 「蝮党(まむしとう)って、覚えているよね?」 「ええ、もちろんよ。あの悪い人たち!」 「どうもその残党が、この村に潜んでいるみたいなんだ」 「なんですって!?」 「わぁ、声が大きいよ」 声をひそめていた新人ギルド員は、慌てて虎娘の口を塞ぐ。 蝮党は、神楽の都を騒がせた強盗集団。畜生働きで、何人も手に掛けている。 長旅に出ていた虎娘は、神楽の都の家に帰る途中で、偶然、強盗集団の根城を発見した。開拓者と一緒に、強盗集団に連れ去らわれた娘を助けに行った事がある。 新人ギルド員は開拓者たちが捕縛した一味の口割りを元に、蝮党壊滅に動いていた。しかし、捕縛しきれず、数人が逃走。ギルドは逃げた残党の行方を追っていた。 「子供たちが僕のしっぽ引っ張るから、攻防戦してたんだけど‥‥」 「兄上のしっぽは、どうでも良いわ!」 「ごめんね。えーと、そのときに一人の子が言ってたんだ。『太ももに、蛇がいて恐かった』って」 「太ももに蛇?」 「先輩と調査を進めていて分かったんだけど‥‥蝮党って、身体のどこかに蝮の入れ墨をしてるんだよ。亜祈たちの捕まえた連中も、確かに入れ墨をしていたんだ」 「兄上、それって‥‥更に逃亡するために、今は村に潜伏しているのかもしれないってこと?」 「うん。村の皆さんが被害に遭わないうちに捕まえたいから、協力してくれるね」 「もちろんよ! でも切り捨てたらダメね。田畑も荒らさず、生かして捕縛しないと」 「せっかく希望を持てた村の人たちの心に、影を落とす真似はできないからね」 「‥‥でも村で揉めている人たちも見当たらないし、改心してるのかもしれないわ。もし罪を償う良心が残っているのなら、私は村の復興を手伝ってもらってもいいと思うの」 「だって、あの蝮党でしょ? 人の心はわからないけどさ。どっちにしろ復興を手伝って貰ったあとは、神楽の都に連れて帰るからね」 「そうね‥‥きちんとした裁きを受けるのが、道理かしら」 「亜祈が天儀の義理人情を勉強しているのは、知ってるけど‥‥やり過ぎないでよ?」 「大丈夫よ、やり過ぎたら治癒符を使うわ」 村人に迷惑をかけず、いい人になりきっている悪党を、生かして捕縛する。なかなか難しいが、開拓者の腕の見せどころ。 新人ギルド員の心配する「やり過ぎ」と、虎娘の言う「やり過ぎ」には、少し隔たりがあった。 入れ墨を確かめる方法で、猫族の兄妹は揉める。 「残党が何人居るか分からないから、皆さんがお風呂に入るときに確かめようか。まず亜祈の人魂で、太ももに蛇のいる男の人を探そう」 「嫌よ、男の人のお風呂だなんて!」 新人ギルド員は、むさい野郎共の入浴をのぞき見しろという。虎娘は、白虎しっぽを逆立てて拒絶した。 「こんなときに、わがまま言わないの!」 「ひどいわ‥‥兄上は、私がお嫁に行けなくても良いのね!?」 「そういうわけじゃないけど‥‥でも、放っておけないよ!」 十七になったばかりの年頃の娘にとって、心身を削る過酷な行為。虎娘は涙ぐみながら、新人ギルド員を睨んだ。 折れ猫耳は、ギルド員として悪党は見逃せない。しかし、兄としては、妹の幸福を願っている。板挟みになり、虎猫しっぽが無茶苦茶に振られた。 村の復興を手伝いに来ていた開拓者が、泰のぬかさんまの食べ方を聞きに近付いてた。 「すみません、ある人々が悪党かどうか、見分ける手伝いをして欲しいんです。緊急の依頼、受けてくれますね!」 渡りに舟。新人ギルド員は開拓者の服を、わしづかみにする。絶対に離さないと言う、気迫に満ちた表情だった。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
秋霜夜(ia0979)
14歳・女・泰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
燕 一華(ib0718)
16歳・男・志
晴雨萌楽(ib1999)
18歳・女・ジ
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
神座真紀(ib6579)
19歳・女・サ
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●蝮と開拓者 「霜夜ねーちゃんが、帰ってきましたよー」 秋霜夜(ia0979)が手を振ると、子供たちが駆け寄ってきた。鈴の音が追いかける。 「アヤカシにも負けなかった、皆の村のお手伝いさせて下さいな」 急かす子供たちに手を引かれながら、霜夜は小走りに村の中へ。 喜多に服を捕まれていた燕 一華(ib0718)は、ようやく解放される。 「復興のお手伝いをして頂けるのは嬉しいですけど‥‥、その後に大切なものを盗まれちゃったら大変ですもんねっ」 村の入口で、一華はもふらさまの毛入りのてるてる坊主を突く。 「蝮の刺青は、こっそり愉しむ自己満足的なものではなく、人に見せることを前提に、入れているものですから。比較的、他人に見せやすい場所にあると思います」 脅迫や仲間の確認等に使っていたはず。和奏(ia8807)は言いながら、村の中を見渡す。被害状況の確認ともに、不審者の逃げ込み易そうな場所の目星をつけた。 「お久しぶりです喜多さん、見違えましたよ!」 モユラ(ib1999)が会った数ヶ月前と比べて、随分たくましくなった印象の喜多。修行を手伝ってくれた恩人の声に、虎猫しっぽは舞い上がる。 喜多の話を聞いたモユラ、村の復興も気がかりだが、伏せた蝮が一番心配。亜祈の両手を握りしめる。 「あ、あたいも一緒だから! お嫁にいけなくなるときは、一心同体だよっ!」 人魂での調査は、亜祈にも手分けして欲しい。年頃の娘の決意に、亜祈の白虎しっぽがうなだれた。 「亜祈‥‥お願いは良いのですが、切羽詰まってますと、調査が上手くいきませんよ」 杉野 九寿重(ib3226)は犬耳を伏せながら、亜祈に語りかける。でも、視線は喜多を見ていた。 喜多の虎猫しっぽが、無茶苦茶に踊った。泰拳士は殺伐とした雰囲気を感じる、開拓者たちの視線が痛い。 偶然は必然だと言う者も要る。雨傘 伝質郎(ib7543)は、復興の手伝いに来ていた。しかし、村人には、新たな民として認識されてしまう。他の開拓者より一足先に、村に着いたのが原因らしい。 「潜入捜査(モグラ)ってェやつですなぁ」 「絶対どこかかしらで、ボロを出すはずだ。そこを押さえるしかあるまいな」 立場を逆手にとり、伝質郎は別視点からの捜査に乗り出すつもり。風雅 哲心(ia0135)は、大きく頷く。蝮に近づかなくては。 「蝮党なぁ。簡単に改心する奴らにも思えんけど」 蝮党の捕縛に関わった神座真紀(ib6579)は、腕組みをする。思い出されるのは、蝮党の畜生働きに対する嫌悪。 「そりゃァ、今は本気で悔いてるやもしれやせんぜ。‥‥嘘かもしれませんがね」 岩をも突き通すと伝えられる太刀「岩透」をいじりながら、伝質郎はぼやく。 「ほんまに改心してるんなら、真っ当な道を歩けるようなんとかしたりたいかな。でもまずは調べてからやな」 蝮に良心が残っているのか怪しい。 ●傷跡 「やっと思いで帰還した村は荒れ果てて、復興にも手が足りない状況なのですね」 「勝とうが負けようが、戦の後に残るのは荒れた村、かァ‥‥手放しにゃ喜べないね」 九寿重とモユラは雑草が占領する田を眺め、ため息をつく。強敵は身近にいた。 「でも、うん、今はしょげてもイイコト無し。できることから、始めよっか!」 野外活動と自然観察が好きで、屋外に出ると俄然イキイキするモユラ。気合いを入れる。 「さて‥まず、収穫の期待できそうな田畑のお手入れをしますね」 霜夜は、腕まくりをしてクワを借りる。畑を掘り起こし、歩く為の畝(うね)を整備した。 「可哀相ですけど、間引きしましょうね」 枯れた葉っぱが目に映り、霜夜は手にとった。残念そうに覗きこむ子供に、一声かけて作物を引き抜く。この冬を越すために、少しでも多くの実りを。 真紀は、もふらのぬいぐるみで遊びながら、子供に話しかける。 「来る途中で、蛇が出たわ〜」 子供たちはつられ、太ももにいた蛇の話になった。ご丁寧に、「怖かった」と指差しつきで。 真紀は、ちらりと男を確認する。馬小屋の屋根の上の二人連れのどちらかが蝮。開拓者たちは、目配せをする。 「どこから来ているのですか?」 「ほら、皆と岩屋城に逃げた時に見なかった人たちだから、気になったのですよ」 九寿重と霜夜の言葉に、子供はある一人の青年を指差す。詳しく聞くと、神楽の都の知り合いだと、村出身の青年が連れて帰ってきたらしい。 「怖い言うたらその人もええ気はせんやろし、もう言うたらあかんで」 真紀は言い聞かせる。良い子の返事に、頭をなでて笑った。 「井戸が使えなくなっていますね‥‥修繕しましょうかっ。家や飲み水は、今暮らすために必要ですからねっ。お願いします」 「出来上がりを具体的に説明していただくか、想像のし易いものならご期待に添えますが?」 一華の視線は、ものすごく訴えかけていた。聞き分けがよく従順な和奏は頷く。 和奏は小首を傾げた。洞察力を促す、心眼の巻物の効果もなし。 一華の想像力に、和奏の創造力は追随できなかった。発想が必要とされる改良は指示がなければ、残念なことになる。 「‥‥つるべで良いんじゃないのか。これを使うか?」 木材を運んでいた哲心が声をかける。つるべがある風景が思い浮かばない和奏、説明を求めた。 「まず井戸の上に屋根を建て、滑車を取り付けるんですね。‥‥なんとなく分かりました」 和奏は頷き、歩き始める。大工道具が必要と思い至った。 「すみません、金づちを貸してくれませんか?」 和奏は馬小屋の屋根上に声をかける。道具のやり取りの間に、和奏は男の動作に注意を払った。腕も足も、異常は見当たらない。 「ありがとうございます。暑くないのですか?」 村人は暑くて着物を着崩しているのに、男はきっちりと衿を揃えている。和奏の質問は、邪魔だと追い払われた。 「‥‥馬小屋の修理をしているのね」 「他の皆が怪しいって判断したヒトがいたら、その人を重点的に観察。‥‥下衆なやり方かもしんないケド、村の安全優先ってコトで」 モユラのトンボの式は、男たちに接近する。肌に蝮の刺青がないか調べるために。 「なるべく相手が一人の時に、調べたほうがイイね?」 「服を脱いでくれれば、尚良しかしら」 「お風呂は‥‥ど、どーしてもみつからないならっ、ややややむなしってコトで!」 「‥‥了解よ」 「だけど‥‥ううっ、コレはいよいよ出歯亀ぽい‥‥」 モユラの声は震える、亜祈の虎しっぽも逆立っていた。男たちの行き先はどうみても、風呂場。 脱衣所できっちりした衿の男が着物を脱ぐと、胸元に蝮がいた。モユラのトンボは急いで離れる。 亜祈ももう一人がフンドシ一丁になった時点で、太ももに蝮を発見したらしい。 危機一髪、娘たちは安心してお嫁に行ける。 開拓者らしからぬ言動の伝質郎は、村の新入りと仲良くなった。 「何でも、蝮ってェ連中を捕まえるのに、お上は躍起ってェ話だァ。まあ、手前が蝮なら、さっさと逃げやすぜ」 裏の世界に生きる男は動じない。あっさり受け流す。 「しかし捕まらずに、逃げるにャどうするのが一番かねェ。怖いお役人が、村々を回って来てる、今、怖いたらありゃしない」 伝質郎はせんべい布団に転がりながら、男に声だけで尋ねる。男は馬と食料、金品を得るのが一番だと、せせら笑った。 ●蝮の涙 「ちょっとした雑技を披露しますねっ♪」 舞傘「梅」を広げる一華と霜夜は子供たちと遊ぶ。心を楽しませられるように。モユラも寄って来た。 子供の一人が、霜夜のお守り「希望の翼」を指差す。 「中に文字が書いてあるのです。『明けない夜はなく、日はまた昇る』って」 霜夜の説明を聞いた子供たち、希望に満ちた言葉を紡ぐ。楽しいことや、食べることが大好きな霜夜は、破顔しながら会話に加わった。 「どこからきたのさ?」 モユラの質問を、邪険扱いする見物客の青年。雑技衆『燕』の拾われっ子は、身の上話を一つ。一華は、自分の系譜を探しているように聞こえた。 同情したのか、元々村出身だと青年は答えた。自分の連れて来た者は、出稼ぎした神楽の都で知り合ったから、本人で無いと分からない。 力になれなくて済まないと付け加える青年に、モユラは目を細めた。 「梅干のお握りやろ、芋幹縄の味噌汁やろ」 「里芋の煮物も要るな?」 調理器具セット片手に、真紀は炊き出しの現場にいた。家事全般をこなす自分が、所帯じみてきているのではないか思いつつ。 哲心も、包丁片手に参加中。長い独り暮らしで、料理はそれなりに作れる。季節ごとの創作料理凝っており、旬の里芋を任された。 「新しい住人がいるとお聞きしましたが、何人くらいこられたのですか?」 和奏は元から住む村人に、新入りについて尋ねる。新入りも混ざり、身の上話に発展。 新入りの半分はアヤカシ騒ぎに巻き込まれ、故郷を失った者だった。 「あんた、蝮党やろ?」 笑顔で食事を配る真紀。村出身の青年に、小声でカマをかける。左肩に新しい火傷を持った青年は、味噌汁を取り落とした。 「へへへ、見つけやしたぜ」 「‥‥蝮のしっぽですね」 青年は自分の家へ逃げるように走る。伝質郎と九寿重は、青年の背中を見ながら呟いた。 「改心して真っ当に生きるなら、まずこれまでの罪をきちっと清算せんと。せやないと犠牲になった人は、許してくれんやろ」 神座家の長女にして次期当主の真紀は正座をして、青年を真っ直ぐに見つめる。開拓者に囲まれ、泳ぐ青年の視線は、自暴自棄。 「もし改心してるなら‥‥、ううん、改心してるからこそ、然るべき場所に出頭すべきだよ!」 前向きで明朗快活、義侠心に厚いモユラも、村出身の蝮を説得する。 「減刑する余地はあるでしょうかね。そもそも何故ここに導かれたのですか?」 気位は高く血気盛んな九寿重の言葉に、青年は俯く。一度は捨てた村、でも生まれ育った故郷。自分の連れてきた蝮は、故郷を飲み込むだろう。 「あたしも改悛の情が見える事を訴えて、罪が軽くなるよう働きかけようと思うんや。罪を憎んで人を憎まず、やしね」 村外れの青年の家、戸口の外には残りの開拓者が陣取る。もちろん蝮党せん滅に動く、ギルド員の喜多も。 「きっとやりなおせるから、さ。取り返しのつかないコトもあるけど、それでもやり直す意思さえあれば、きっと。村も、蝮党も‥‥ね」 「神楽の都へ行きましょうっ。どんな形でも、償いは大事ですからっ」 一華とモユラも説得を続ける。青年の家からは、押し殺して泣く声。喜多は黙って、青年と開拓者の会話を聞いた。 ●金のお菓子 「もうすぐ、補給物資が届くのですか?」 ぼんやりした性格も相まって、思考錯誤が苦手な和奏はオウム返し。温かな心のこもった物資は、村人に更なる励ましを与えるはず。 「支援物資の状況を注意している方とか、居ませんでしたかっ?」 「‥‥眉を潜めて、睨む女性がおるんやな」 一華はの質問に、落ち込みながら告げる喜多。垂れ猫耳の泰の猫族は、珍しいと言うか、目立つ。外見は変えられないから、真紀は同情を示した。 「警戒している可能性もありますね」 九寿重は一つの可能性を口にする、新人ギルド員の喜多を監視する役目ではないかと。開拓者ギルドが蝮党せん滅に動いているのは、郎党に伝わっているはず。 「運ぶ時は警戒しましょう。戦闘になれば、あたしが前に。拳士の体術なら手加減もできますし」 「‥‥確かに、補給物資を奪おうと、蝮党が行動を起こす可能性もあるな」 人差指を立てた霜夜の提案に、哲心は考えこむ。村人に被害を出さないようにするのが、最優先。開拓者たちは相談を重ねた。 「そうそう、しかし怖えェ噂ばかりじゃねェ、今年の秋祭りを開くための金子がお上からでて、いまは村の祠に奉納されてるてェ話だ。ありがてェこったなァ」 青年が泣いた夜、伝質郎はニッと笑いながら話す。蝮は喰いついた。 当然嘘。物資を囮のエサにするのは心苦しい。蝮を炙り出すためというより、逃走資金稼ぎに村人を無差別に襲うのを避けるための嘘だ。 「篝火を立てて、交代で警備ですねっ」 「アヤカシ退治は任せて下さい」 「村を守っていると、安心してもらいたいしな」 「そして、蝮党が逃げないようにですね」 一華と霜夜、真紀と和奏は村の入口で見張りを引き受ける。 物資が運び込まれた祠に、先客がいた。 「へへへ、あっしも仲間に加えてくださいなァ」 伝質郎は、蝮に笑いかける。ギョロリとした三白眼の外見に反して、意外に人当たりが良く、一見付き合いやすい。 「奴か。まずはこいつでいくぞ。‥‥迅竜の息吹よ、夢魔の囁きとなりて彼の者に安らぎを与えよ―――アムルリープ」 アゾットを構える、哲心。柄に埋め込まれた、赤みのかった大きな宝珠が光った。 伝質郎に気をとられた、蝮を背中に背負った男。身体が揺らめき、夢魔が到来する。 「どこ行くのさ」 闇夜に赤い口許が見えた。斧を担いだ人形が、無造作に蝮を見ている。蛍火の中に浮かび上がった。 モユラのきりんぐ☆べあーと、亜祈の夜光虫の合作。種明かしをすれば簡単だが、闇夜には怖かった。女がアヤカシと叫ぶ。 「逃がしませんね」 九寿重は微妙な位置取りで、退路を封じる。荒事にならない様に気をつけながら、名刀「ソメイヨシノ」を構えた。 「ちっと静かにしてろ。‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け―――アークブラスト!」 哲心は気分が高ぶると、性格や口調が普段より荒っぽくなる。手加減なしだった。 「‥‥騙してごめんなさいっ。でも、嘘をつき続けるよりも、しっかり償った方がやっぱり良いと思いますっ」 「もとより嘘を吐く奴ァ、そういやしやせん。嘘吐きってェのは大概、真実を吐いても嘘になる奴、嘘にしちまう奴のことなんですぜェ」 嘘吐きは泥棒の始まり。天真爛漫で素直な一華と違い、伝質郎は捕縛した蝮たちに笑う。ニッと笑った顔には愛嬌があった、人を化かすのが好き。 「これで全員、と」 「ここから先は専門外だ、役人に任せよう」 モユラと哲心は、荒縄で縛った蝮の残党共を見下ろす。 補給物資を持ってきた者と一緒に、猫族たちは先に神楽の都に戻る。蝮党の残党を輸送するために。 「あたしたち開拓者は、皆との約束を守れたでしょうか?」 この村に来るのは、二度目。霜夜、一華、九寿重は以前、村人の避難誘導をしたことがある。家畜を含めた総員の退避劇は、記憶に新しい。 「伊織の里まで避難した方ですね」 九寿重は見覚えのある、若い夫妻を見つけた。お互いの無事を願い、岩屋城と伊織の里に別れた人々。 「自信持ってええで、うちらが守った命や!」 真紀は力強く答える。馬の扱いに長けたご隠居に見守られながら、身重の母親は家の中に入っていった。 「一緒にいきますか?」 視線は子供たちと別れを告げる青年へ。和奏に促され、火傷を持つ青年は、開拓者たちと神楽の都に向けて旅立つ。 牙を失った蝮は罪をつぐない、いつか村に戻るために。 |