初節句を祝おう
マスター名:青空 希実
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 易しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/03/07 17:41



■オープニング本文

 理穴は今宵も雪が続き、吐く息が白い。
 ふすまの向こうに眠る我が子は、寒くないだろうか。
 静かに眠る幼子の側には、かわいらしいお雛様が飾られている。
 初めての桃の節句だと言うのに、最近の雪続きで祝い膳の準備が遅れていた。
 父親は困り顔で、再び白いため息を吐き出す。

「赤ん坊の初節句のお祝いなんですよ、可哀相に。
人生の危機を救ってあげてください!」
 拳をにぎり力説する新人ギルド員、依頼書が握りつぶされた。
 新人ギルド員の声が熱を帯びる、人助けに燃えているのだろう。
 握りつぶされた依頼書を受け取り、ザッと目を走らせる。
 人生とか大層な言葉を掲げるが、簡単に言えばひな祭りの準備の手伝いの依頼だ。

「初節句の食材の中身?
お任せすると言っていましたよ、お任せで良いと思います」
 熱く語る新人ギルド員に依頼書を見せ、気になる部分を尋ねる。
 首を捻りながら、頼りない答えが返ってきた。
 奥で見守っていたベテランギルド員が腕を鳴らす。
 不勉強な新人ギルド員にゲンコツが飛んだ。

「すみません、説明不足でした。
祝い膳にする大事なものなので、初節句に相応しいものが良いでしょうね。
ちらし寿司とハマグリの吸い物、甘酒やひなあられも必要でしょうか」
 新人ギルド員の後頭部にはタンコブが鎮座する、肝心な事を抜かしたのだから仕方ない。
 ベテランギルド員に簡単に教わった情報を棒読みで伝える。
 新人ギルド員の言葉だけでは当てにならない、自分でも調べた方が良さそうだ。

「屋敷は八畳間に雛人形が飾ってあり、続きの六畳の二間を会場に予定しているらしいです。
庭に面しているそうですが外は雪が積もっているとか、理穴ですからね。
台所は五人ぐらい動ける広さがあるそうです、会場ともそんなに部屋は離れていないと話されていました」
 お客は赤子の祖父母の四人でこじんまりとしたものにするらしい。
 雪で遠方の親類は欠席を決め込んだようだった、親戚の代わりに開拓者に同席してほしいとのこと。
 初節句がさびしいものになるのは、忍びないのだろう。

「初節句の当日は準備のお手伝いもお願いします、その後は祝い膳に参加お願いします。
桃の花は当ギルドに届けられる予定なので、こちらも忘れずに持って行って下さい」
 祝い膳云々に腹の虫が反応した、作ったものや持ち寄ったものを食べられるらしい。
 料理が出来ない場合は、会場や祝い膳の飾り付けを手伝えば良いだろう。
 庭の外は雪の銀世界なので、料理や飾り付けに工夫を求められるかもしれないが。 

 


■参加者一覧
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
ラヴィ・ダリエ(ia9738
15歳・女・巫
羽喰 琥珀(ib3263
12歳・男・志
ロゼオ・シンフォニー(ib4067
17歳・男・魔
罔象(ib5429
15歳・女・砲
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫


■リプレイ本文


 ギルドに届いた桃の花を眺め、山奈 康平(ib6047)は感慨深く呟いた。ロゼオ・シンフォニー(ib4067)も同じく目を細めている。
「一生に一度の初節句を祝えるとは光栄だ」
「初節句か・・・なんだか懐かしい響きだな。あ、初めましてですね。よろしくお願いしますね」
「私は陰陽師の宿奈芳純と申します。よろしくお願いいたします」
「砲術士の罔象と申します。初節句がうまくいくよう、がんばります」
 人の気配に振り返り、ロゼオは長身の相手を見上げる。深々と頭を下げ答えるのは宿奈 芳純(ia9695)、便乗して罔象(ib5429)も挨拶を交わした。
「今日は良い日にしましょうね♪」
「すっげぇ、楽しみだ!」
 ご機嫌なラヴィ(ia9738)が嬉しそうに宣言すると、羽喰 琥珀(ib3263)が元気いっぱい頷いた。

 桃の花を抱えたロゼオと罔象が、一足先に依頼人宅へ向かう。
 芳純は飾り付け用の花を、ラヴィ、琥珀、康平は食材の買い出しに町に繰り出した。

 春を告げるレンギョウの黄色い花が目を引いた。芳純は足を止めると、軒先に並んだ花々を見比べる。
「ふむ、なかなか種類が豊富ですね」
 縁起ものの千両が良さそうだ、松も捨てがたい。頭に活けた花姿を思い浮かべる。
 いくつかの花材を選び出すと、足取り軽く店の中へ入っていった。

 やりくり上手な奥様は魚屋でがんばっていた、心強い応援団もついている。
「初節句を迎えるお嬢様のお使いなのです。ラヴィもお誕生日ですし‥‥少しだけ。ね?」
「鯛の中の鯛が、どうしても必要なんだ!」
 二人は魚屋の主人と値引き交渉、真っ最中。絶対に退けない、負けない。気迫に満ちていた。
 上目使いのラヴィと琥珀の熱意に押されること、しばらく。ため息をついて魚屋は折れた。ハマグリもおまけしてくれ、成果は上々。

 既に左手は埋まっていた。皆に頼まれた甘酒に菱餅、雛あられは購入済み。
 奥では主役の上生菓子の材料が包まれる途中だ。残る右手が苺大福を指差す。
 たくさんの荷物を抱えて、康平は和菓子屋を後にした。
「‥‥小豆はあったかな?飯に色をつけるのにも使えるしな」
 立ち止り、少し考えると次の店に向かう。小豆を買わなくては。

 依頼人宅では、ロゼオと罔象の間を赤子が行き来する。
 やれ水汲みだ、やれ座布団運びだと、用事のたびに子守役を交代していた。
 その前準備も一段落着き、雛壇の前で皆の到着を待つばかり。
「しっぽって便利ですね」
「あやし方には自信があるよ、妹がいますから」
 ロゼオの狼しっぽが揺れて背中から覗くたび、罔象に抱かれた赤子は歓喜する。
 掴もうと手をのばしては、反対側に逃げるしっぽに赤子は目をパチクリ。

「この度は、お目でとうございます。頑張って初節句をより良いものとさせて頂きたいと思いますので、よろしくお願いします」
「初節句おめでとうございます、今日はラヴィもお誕生日なのです♪
こちらに来て女の子のお祝いの日と伺って、とっても嬉しかったのです♪」
 玄関で出迎える祖父と依頼人の主人に、狩衣姿の二人、芳純とラヴィが揃って頭を下げる。
 芳純は座敷に、ラヴィは台所にと担当の所へ案内された。
「ここだ、着いたな」
「今日は腕を見込んで、頼んだぜ」
 少し遅れて、大荷物を下げた康平と琥珀が到着する。それともう一人。


「雪だ、雪だ、すげー!」
「待って、僕も行きます」
 毛皮の手袋をはく時間ももどかしく、やんちゃ小僧の琥珀が虎しっぽを振って飛びだした。
 ロゼオは毛皮の外套の前をきちんと合わせ、慌てて狼しっぽをなびかせて琥珀に続く。
「今日は晴れて良かった、寒さが違うな」
「雪の中ですから、用心に越したことはありません」
 狩人の外套姿の康平が、太陽の見える空を仰ぐ。あわよくば小春日和も望めそうだ。
 頭のてっぺんから足の先まで、防寒装備に身を固めた罔象。風邪をひく心配は皆無だろう。

 雪は子供心を捉えて離さない。最初は雪かきのつもりだったが、雪だるまになり、いつしか雪合戦に変わっていった。
「いきますよ!」
「おっと、避けるぞ」
「‥‥!」
 ロゼオが振りかぶって雪玉を投げる、笑いながらよけた琥珀。
 雪玉は後ろでまじめに雪かきをしていた罔象の背中に命中。ウシャンカを被った背中は無言で振り返る。
「避けないでよ!」
「わっ、危ないな」
「もう一回!」
「ははっ、おしい、おしい♪」
「‥‥‥‥」
 ムキになったロゼオは、さらに投球を続ける。余裕たっぷりで琥珀はひらひらと交わしていった。
 避けた雪玉は、二発目、三発目も罔象に命中。寒さ対策はしてあるが、痛いものは痛い。
 おもむろにしゃがみこむと雪玉を作り始めた。いくつか出来上がった所で、罔象は狙いを定めて投げ返す。
「えっ?うわー!」
「なにす‥‥ぐぅ‥‥」
「当てると言うのは、こうやるのです。分かりましたか」
 突然の奇襲に対処できず、ロゼオは顔面レシーブ。そのまま勢いで後ろに倒れた。
 文句を言おうとした琥珀も、開けた口に雪玉をごちそうになり沈黙。
 この勝負、罔象の勝ち。

 反対側で雪かきに精を出していた康平は、雪に埋もれた南天を見つけた。
「南天‥‥?」
 雪に南天‥‥、右手で頭をかき、ふっと思いつく。屋敷の主人に確認を取りに移動。
 主人は雛壇の前で、芳純の手つきを見物していた。花器代わりの竹筒の中に、小さな世界が出来上がっていく。
 千両が真ん中に立てられた。左右には枝を削り、形を整えた松が飾られる。
 手でゆっくりとアカヤナギを曲げると、しなやかな弧を作った。千両と松を取り囲むように丁寧に配す。
 千両と松の木を、赤い水引で結んだようだった。
「いやー、素晴らしいですな」
「そんなことありませんよ、まだまだです」
 主人から感嘆のため息がもれる。素晴らしいとしか、言葉が思いつかない。
 謙遜の笑みを浮かべながら、芳純は立ち上がる。形が崩れないように竹筒を持つと、隣の部屋へ運んで行った。

「ちょっと、聞きたいんだが」
「はいはい、なんですかのう」
「庭の南天、一枝貰っても良いか?」
「構いませぬが、なにに使うのですかな?」
「あー、後で分かるから」
 一つ目の活け花が完成した所で、康平が声をかける。主人より康平の近くにいた祖父が答えた。
 祖父の問いかけに康平は言葉を濁す。予定は未定、まだ詳しく言えない。
 南天の使用許可をもらうと、雪かきをしている皆の所へ戻っていった。

「桃節句も元は穢れを払う儀式だったとか。身代わりの紙人形を川に流したりするそうだ。
身代わりの雪雛を作って、健やかな育ちを祈るのもいいと思ってな」
「よーし、立派なのを作るかー」
「僕、芸術性はちょっと‥‥」
「俺も上手くは、な‥‥」
「そこで南天を利用した、雪うさぎなのですね」
 康平の提案に、琥珀は楽しそうな笑顔で賛成を唱える。立派の台詞にロゼオの顔が曇った。
 言いだしっぺも視線を外しながら口ごもる。康平の手に握られた南天の枝から察した罔象が助け船を出した。
 決まれば行動は早い、雪かきで集めてあった雪山が雛壇に姿を変え始める。
 台所から良い匂いがしている所を見ると、時間はあまりない。

 台所では奥様達の会話に花が咲く。
「今日はお祝いですもの。お母さまも、おばあさまも、ラヴィに任せてゆっくりされて下さいませね♪」
 コトコト炊ける鍋の前で火の番をしていた母が、笑って御礼を言う。
 器に料理を盛り付けていた祖母も、ほほえましそうに見守った。
「手が空いたら赤ちゃんさんを抱っこさせて頂きたいです‥‥駄目でしょうか‥‥?」
 頃合いを見図り、小首を傾げながらお願いしてみる。是非と言う、嬉しい返事。

 康平が買ってきた小豆を使った、最後の品が炊きあがった。母親が鍋の蓋をとると、湯気が立ち上る。
 ラヴィの手の中でも、主役の上生菓子が正体を現していた。目をつければ完成だ。
 雪うさぎ雛作りから呼び戻された罔象が料理を運んで行くと、芳純は軽く額をぬぐっていた。二つの活け花が完成している。
 椿が挿された竹筒からは、レンギョウの枝が右に流されて少し垂れ下がる。もうひとつは左に流されていた。
 双方とも後ろに短めに切られた松が、調和を支えるように添えられる。
「なるほど、対になっているのですね。完成ですか?」
「ええ、これは終わりです。桃の花が納得いかないので、少し挿し直そうかと」
 料理を並べつつ罔象が声をかけると、奥の部屋で芳純が振り返った。
 二人は床の間に視線を移し、節句の代名詞も言える花を見やる。
 最後の桃の花が活け終る頃には、料理も雪うさぎ雛も完成するだろう。


 お膳にはご馳走の数々。真ん中に魚屋さんの成果、鯛のちらし寿司にハマグリの潮汁。隣には茶巾寿司、菜の花のからし和えが並ぶ。
 赤子には小豆のゆで汁で色付けした粥も添えられた。
 甘酒と雛あられ、菱餅を乗せたお盆には、ラヴィお手製の男雛と女雛の上生菓子が可愛らしく並んでいる。苺大福も忘れてはいけない。
 障子を開けると庭に出来上がった雪うさぎ雛が見える。五段の立派さは屋敷の雛壇にも劣るまい。
「ふむ、何か足りないと思ったら‥‥。これが必要でしょう」
「あ、桃の花!」
「へへっ、ありがとなー」
 しげしげと雪うさぎ雛を観察していた芳純は手を打ち、余っていた桃を取り出す。気付いたロゼオと琥珀がとりに来た、雪うさぎ雛に飾りつける。
 お雛様と三人官女の頭の部分に、桃の花の髪飾りをつけるのも忘れない。
「これも忘れていますよ」
 料理を運んでいた罔象がさらに声をかけた。小さなお盆には、甘酒、菱餅、ひなあられが乗っている。
「まぁ、完成ですわね♪」
「お披露目といこうか」
 菱餅が定位置に置かれると、見守っていたラヴィから完成を祝う拍手が鳴り響いた。偶然にも、ラヴィの狩衣も雪兎と名が付いている。
 康平が祖父から赤子を預かり、背中におぶって庭におりてきた。雪うさぎ雛をよく見せてやるためだ。
 皆が見守る中、赤子は不思議そうに雪うさぎ雛をみていた。不意に笑い声をあげて手を打ちあわす。
 気に入ってもらえたのだろう。誰もがそう感じ、笑顔が浮かんだ。

 活け花の風流さに加えて、手作りの祝い膳。珍しい雪うさぎ雛も庭に鎮座する。
「こーして絵にすれば、このときの思い出なくても、ちゃんと自分を祝ってくれたんだってわかるだろ?
それに、ちゃんとした形で残すことできるだろ、家族の思い出っての」
 得意げに鼻をこする琥珀のそばでは、連れてきた絵師が雛壇と赤子の絵を下書きしている。
 立派な祝いの席に、御礼をいう主人の声には涙が交じっていた。
「いっただっきま〜す」
 琥珀の元気な声を皮切りに、桃の祝いの宴は始まった。とにかく食べる、食べる、残すなんてもったいない。ラヴィは心配していたが、余る気配はなさそうだ。
「こんなに、立派な祝いの席ができるとは、ありがたい‥‥」
「お前は泣きすぎていかんのう」
「無事に祝いができてなによりです。そちらの絵師の方もいかがですか、祝い酒」
「仕事のときは休むと決めておりまして。ゆがんだ筆では描けませぬゆえ」
 泣きやまない主人やあきれる祖父とともに、祝い酒で飲み交わす芳純。絵師も誘ったが、酔うと筆が鈍ると残念そうな返事。
 そういえば絵師にも祝い膳の席が設けられ、報酬は祝い膳でと言う話になったらしい。
 食べる者、飲む者がいれば、運ぶ者がいるわけで。母と祖母は忙しそうだ、二人を制して席をたつ罔象。
「お二人は休んでいてください。私が持って来ますから」
 一家が少しでも初節句を楽しめるようにと、細かい気遣いを行う。料理を取りに行くついでに、少しつづ片づけも行い余念がない。
 順番に赤子を抱かせてもらっているのは、ともに妹がいるロゼオと康平。赤子の世話ぐらい何ともない、慣れた手つきであやしている。
「ぎゃー、しっぽ!」
「大声をだすな、泣いたらどうするんだ」
 狼しっぽを急に握られたロゼオは悲鳴を上げる、油断していた。さすがに痛かったらしく、しっぽを丸めるて距離をとる。
 康平はうるさそうにロゼオを睨んだ。粥を食べ終わった赤子が、膝の上で満足そうに伸びをする。
「ちっこいのに元気だなー」
 すべて平らげた琥珀がやってきた、先ほどの騒ぎに笑いながら赤子のほほを突く。
「琥珀さま、頼まれていたものですわ」
「おお、ありがとなー」
「ふふっ、どういたしまして」
 そこへラヴィがやってきて、あるものを差し出した。琥珀は受け取ると、大事そうに懐にしまう。
 ふんわりほほ笑むラヴィに、にぱっと笑い返して御礼を告げた。
「私にも、赤ちゃんさんを抱かせて欲しいですわ」
「ほら、こうやって抱けば泣かないから」
「ふわふわしていて小さくって‥‥守ってあげたくなっちゃいますわね」
 康平は抱き方を説明しながら、ラヴィに赤子を任せる。頬ずりして肌の感触を確かめながら、ラヴィは感動の嵐。
 そんなこんなで誰もが笑顔のうちに宴は幕を閉じた。

 後日、琥珀が一家に絵師からの絵を届けた。もふらのぬいぐるみとお守り付きで。
 お守りの中には、綿に包まれた縁起物が入っている。ラヴィに頼んでとってもらった、鯛の胸ひれの横の部分を乾かしたものだ。
 絵に描かれていたものは、一枚目は部屋に飾られた雛壇と赤子の笑顔。
 二枚目は一家五人の揃ったもの、三枚目は開拓者たちと家族の宴の様子。
 四枚目は、なんと雪うさぎ雛のある庭だった。
 雪うさぎ雛は溶けて天に帰ってしまい、ひな人形も祝い膳も片づけられた。
 しかし絵を開けば、いつでも初節句の時間に帰ることができるだろう。
 桃の花を飾った部屋で眠る赤子の側に、もふらのぬいぐるみとお守りが飾られる。
 花を活けながら芳純は語っていた、桃の花言葉の一つは「愛の幸福」だと。