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■オープニング本文 ●蟲の置き土産 守将が、砦の櫓から叫んだ。 「全員、配置につけ!」 森の木々を揺らすアヤカシの群れが砦に迫っている。 主戦場のほうでも、大規模な戦いが始まっていると覚え聞く。主戦場で安心して戦う為にも、後背地に至るこの砦は死守し、何としても敵を討ち果たさねば。 そして、こうなると頼りになるのは開拓者たちの働きだ。 城は篭るばかりだと相手に行動の自由を与えてしまう。外部からの牽制や側面攻撃が重要になる。近隣の里への攻撃も、機動力に富んだ開拓者任せだ。 「とうとう来たか!」 砦の逆茂木目掛け、化け甲虫が飛び掛った。 ● 孔雀石(マラカイト)。石言葉の一つは「新たな始まり」。 西洋栃木(マロニエ)。花言葉の一つは「博愛」。 花梨。花言葉の一つは「努力」。 藤。花言葉の一つは「歓迎」。 「ほな、糠秋刀魚(ぬかさんま)を頼んだで」 「ああ、必ず届けると伝えてくれ」 神楽の都の開拓者ギルドの受付で、猫又は三毛猫しっぽを揺らす。名前は藤(ふじ)。泰の猫族の司空(しくう)家の飼い子猫又。 ベテランギルド員は、猫又の飼い主の新人ギルド員の指導をしている。名前は栃面 弥次(とんめ やじ)。理穴の弓術師の家柄の次男坊。 「あれ、藤ちゃん? このツボの山は、なんですか?」 ギルドの入口で、黒髪のポニーテールが揺れた。サムライ娘が入ってくる。名前は真野 花梨(まの かりん)。武天の道場の一人娘。 「伊織の里へ送る、魚の保存食だ。喜多(きた)の一家の協力で、泰から贈られてきた」 「喜多はんたちは、まだ泰で漁中や。うちが代表で、届けてくれるように頼みにきたんや」 猫又は猫しっぽを、頻発に動かす。武州の現状を直接見てきただけに、思い入れも深い。。 「これが依頼書だな」 「‥‥この依頼、私が受けても良いですか?」 「花梨はんが受けてくれるん? みんな、喜ぶで♪」 ベテランギルド員は、依頼書をサムライ娘に見せた依頼書に目を走らせたサムライ娘、依頼書を手に取り尋ねる。猫又は嬉しそうに金の目を細めた。 「人手は必要だが、経験の浅い娘さんじゃ危険だぞ」 「私だけ何もしないわけには!」 依頼書を取り上げようとしたが、破かんばかりに引っ張るサムライ娘。頑として譲らない。ベテランギルド員は、考え込んだ。 「弥次さん、その姿は?」 「新人の開拓者の娘さんだけじゃ、心配だ。俺もついて行く事にした」 「懐かしいでやんす! 全盛期の旦那について、我も天儀中を飛び回ったでさ♪」 翌朝。愛用の弓を背負ったベテランギルド員は、驚くサムライ娘に笑う。人妖は、誇らしげに胸をはった。名前は与一(よいち)。ベテランギルド員の開拓者時代からの相棒。 「このままギルドで居座ったら、喜多に顔向けできん」 「こう見えて、結婚前の旦那は、猪突猛進でやんした。今の女将も、押しの一手で、口説き落としたでさ♪」 「おい、黙れ!」 おしゃべりな人妖の頭を、ベテランギルド員は顔を赤くしながらひっぱたいた。 「弥次はんの意外な一面やな♪」 「藤ちゃん?」 「うちは、こないだ花ノ城に行ってきた所や。道案内しようと思うてな」 サムライ娘の肩に、おせっかいな猫又がよじ登った。ふてぶてしく三毛猫しっぽが揺れる。 「前衛のサムライの花梨殿に、後衛の弓術師の弥次の旦那に、藤殿の道案内。そこに回復役の我が居れば、百人力でさ♪」 「とは言え、練力消費が激しいから、与一も無理はさせられんがな」 頷く人妖は、背負った小さな弓を掴み、片手で空に掲げた。決意したときの仕草は昔と変わらぬ、ベテランギルド員は相棒に目を細めた。 花ノ山城に、貴重な食料を運んできた一行。ベテランギルド員とサムライ娘は‥‥もめていた。 「アヤカシ退治なら、私も連れて行ってください」 「‥‥ケガをして、足手まといになるだけだ」 「少しでも、お役に立ちたいんです!」 「邪魔だと言っている!」 サムライ娘の訴えを、ベテランギルド員は突き放す。サムライ娘は、アヤカシと対峙した事がない。将来ある若者を、アヤカシの餌食にしたく無かった。 「弥次はん。後衛の弓術師は、守る前衛が必要やろ?」 「回復役の我が一緒ならば、少々『咆哮』を使っても問題ないでさ♪」 「‥‥はっ!?」 相棒の人妖はそっぱを向き、サムライ娘や猫又と握手を交わしている。 「‥‥俺たちは、地ならしに来る第一陣を、すべて叩き潰すぞ」 ベテランギルド員は諦めた、目的を告げる。親玉の前にくる、最前線のアヤカシの群れを蹴散らすつもりだった。 「しかし‥‥アヤカシ初陣の花梨はんには、驚異に映るかもしれんで?」 「失敗すれば、アヤカシの群れに囲まれて終わりだ。覚悟しておいてくれ」 「遅れをとるつもりはありませんし、恐怖症くらい克服してみせます!」 「よい度胸でやんすね♪」 猫又も心配の声も、弓術師の冷たい眼差しも、サムライ娘は踏んぞり返って受け止める。人妖は手を叩き、賛辞を送った。 「命を賭けた、でかい博打。乗る者は居るか?」 ベテランギルド員は、一緒に食料を運んだ開拓者を見渡す。同行した人数は少ないうえ、初陣のサムライと、元開拓者の弓術師のおまけ付き。アヤカシ相手に、博打の代償は大きい。 「言っておくが‥‥俺は最初から勝つつもりだ」 戦場に生きた往年の開拓者は、不敵に笑う。二枚の紙を机の上に広げた。 現在、判明しているアヤカシの弱点と能力をまとめた報告書と、伊織の里の周辺地図を。 ●アヤカシ覚え書き 化甲虫(ばけこうちゅう) ・吐くのは、強力な酸。開拓者の防御力を低下させる。 ・外皮は化鎧虫より、柔らかい。 化鎧虫(ばけがいちゅう) ・吐くのは、炎弾と氷弾、毒霧。また、動きを阻害する粘着弾と副産物の糸。(個体により、吐く種類は決まっている様子) ・外皮は化甲虫より、硬い。 共通の攻撃能力 ・角を使った、強力な突撃攻撃(歩行中も、飛行中も確認。歩行中の方が、威力が高い) ・短時間の飛行(飛行時間は不明。飛行中も、酸や炎を吐く攻撃をしてくる) 共通の弱点らしき部分 ・外皮のない腹、飛行中の羽の下。両方とも柔らかい(物理攻撃が外皮に比べてかなり有効) ・脚は狙っても、効果が薄い様子。(歩行中の突撃攻撃の威力低下には、貢献すると考えられる) ・全体的に、物理に比べて、知覚攻撃に一定の効果があった。 司令塔? ・便宜上「宝角巨鎧虫(ほうかくきょがいちゅう)」と名付ける。 ・中級アヤカシと考えられる。化鎧虫の頭の部分に、孔雀石の角を持つ男性の人型が乗る。 ・能力や弱点は不明。人型が手に持つ、緑の紐や塊で攻撃してきた情報もあり。 来る道筋 ・西の魔の森から一直線に平野を突っ切り、山を抜けて花ノ山城にくると考えられる。 |
■参加者一覧
キース・グレイン(ia1248)
25歳・女・シ
黎阿(ia5303)
18歳・女・巫
由他郎(ia5334)
21歳・男・弓
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●挑む者と待つ者 「命賭けの博打か‥‥是非に及ばず。この程度で怖気付くならば、この歳まで戦場には居らぬよ」 バロン(ia6062)は、霊騎のシルバーガストと名乗りをあげる。泰のぬかさんま作りから、武州の運搬まで同行した。これも何かの縁だろう。 「そして、この程度の賭けに勝てぬようなら、この歳まで戦場で生きてはこれなかったさ」 弓極む老美髯は黒い瞳で見据える。見た目通りの頑固親爺は、仕事中‥‥特に戦場では、寡黙で厳しい表情を崩さない。 「魔の森から城の最短経路を、進軍してくるんちゃうんかな」 スナイパーゴーグルをいじりながら、地図を見ていたジルベール(ia9952)は、鷲獅鳥のヘルメスと予想する。外れる可能性もある、敵の動きをすぐ察知出来るようにしておくのは、必要だろう。 「敵の進軍場所が分かっているのなら、待ち構えての迎撃は充分可能だな」 琥龍 蒼羅(ib0214)と迅鷹の飄霖も頷く。戦いやすい平地の段階で、出来る限り数を減らしておきたい。花ノ山城に近い場所での戦闘になると、もし突破された際の立て直しが難しくなる。 「ブレイブ」 甲龍は睡眠中、キース・グレイン(ia1248)の声は夢から揺り起こした。緑系迷彩の鱗を持つ龍翼が、大きく背伸びをする。程良く陽当たりの良い、建物の影は絶好の昼寝場所。 「今日も機嫌が良いな?」 『もちろんだ♪』 キースの問いかけに、ブレイブは一言鳴く。寝起きの機嫌の良さはいつものことだが、理由はキースにも秘密だ。 「準備はしておくけど、くれぐれも怪我なんてしてこないでよね。特に‥‥由他郎」 黎阿(ia5303)にとって、心配しないで居ることは、できない相談。だが、誰よりも信頼しているからこそ、駿龍の煌夜と待っていることを選らんだ。 「さて‥‥行こうか」 由他郎(ia5334)の口数は、多くない。軽く片手をあげて、炎龍の苑梨の背に乗り込む。 「虫の相手だ‥‥頼むぞ、苑梨」 『任せなさい、蹴散らしてあげるわよ』 苑梨は、気位の高い、攻撃的な性格。首をなで、声をかけてくる由他郎に、甘えた声で鳴いた。 『あなたは大人しく、指をくわえて待っていなさい』 目を細めて黎阿を見下ろし、鋭く鳴く。やきもち交じりの声音。今年の六月に由他郎と夫婦になった黎阿と、折り合いは良くない。 「な、何よ? 由他郎に怪我をさせたら、許さないからね!」 『うるさいわね。私に指図していいのは、由他郎だけよ!』 人語で言い返す黎阿に、龍語で文句を言う苑梨。種族を超えた、女の戦い。見えない火花が散った。 『黎阿、止めるのだ。苑梨、由他郎と早く飛び立て、人々を守る時間が少なくなる』 落ち着いた鳴き声が響く。煌夜が割って入った。黎阿を見下ろす瞳は優しく、苑梨にかける言葉は慈悲にあふれる。 煌夜の声かけに、苑梨はしぶしぶ飛びあがった。言いたいことは沢山あるが、我慢する。 『気をつけてな。皆の帰りを待っている』 新妻は左手の薬指にはめた、由他郎の誓いの指輪を右手で覆う。煌夜は黎阿と共に、仲間を見送った。 「まずは、数を減らすことが最優先か」 『キース、この程度、造作も無い。臆するな』 魔の森を空から見下ろしたキースが短く告げると、ブレイブは一言だけ鳴いた。縦断する傷を持った左眼は、魔の森を睨んでいる。 元々は傭兵だったキースの父親と交流のあった龍。袈裟掛けの傷を筆頭とする、全身の無数の傷痕が歴史を物語る。 翼をはためかせると、キースを乗せたままブレイブは速度を上げた。それを皮切りに、開拓者たちは虫の群れを駆逐に移る。 「宝角巨鎧虫か?」 三十匹は倒した頃、一際大きい化鎧虫が、魔の森から姿を見せた。由他郎は見下ろしながら呟く。 「先に叩いて、統率を乱しておきたいところではあるな」 「‥‥人型は、生えとるやん」 ジルベールは思わずぼやいた。報告書には乗っているとあったが、どう見ても腰から下は虫と一体化している。 ブレイブに降下を促し、キースは人型に接近した。風切の羽根飾をなびかせてヘルメスが旋回するついでに、ジルベールも斬りつける。 開拓者が近づくのを察した、人型の孔雀石の角が光った。両手から緑のツタが出現し、二人の武器を受け止める。口からまがまがしい緑の霧を吐きだした。 「ヘルメス、上昇や」 「ブレイブ!」 ジルベールに冷や汗が流れた。襲い来る、倦怠感と寒気。気力で耐えながら、キースは叫ぶ。 由他郎とバロンの矢が、人型の両手に突き刺さった。ツタが緩まる。甲龍と鷲獅鳥は霧を振り切り、空へ逃れた。 「一旦退くぞ、潮時を間違えてはいかん」 バロンの声に全速で後退、徒歩組が待つ合流地点に向かう。 「‥‥突撃は、下手に刀で受けるのは危険、だな」 歩きながら蒼羅は藤の話を元に、状況分析をする。飄霖に化鎧虫の前を往復し、撹乱に努めるように頼んだ。 「いい? まず自分が、今、何をできるかを考えなさい。自分のできる範囲で」 緊張気味の花梨に、黎阿は諭す。耳元で希望の耳飾りが揺れていた。黎阿が誕生日に貰った贈り物。 「花梨、共に戦場に立つ以上、特別扱いはしない」 蒼羅は花梨の傍で戦い、状況に応じての指示も担当すると伝えた。とは言え、初陣には少々荷が重い相手だ、危険な場合はさり気なく手助けするつもり。 「罠をお願いしたいの」 「ああ、罠伏りか。すまんが、お前さんたちも手伝ってくれ」 「引き受けよう」 「はい、分かりました!」 仲間に頼まれていたことを、黎阿は伝える。即座に理解した弥次は、蒼羅と花梨に声をかけた。 「うちも手伝うで!」 「我もやるでさ」 藤と与一を伴い、率先して動く花梨の上を、飄霖が飛ぶ。今、自分にできることを見つけ、生き生きとした姿。 煌夜に指示を出しながら、黎阿は目を細める。にやりと笑う弥次に、蒼羅は表情を変えず頷いた。 ●守護弓 合流地点に、先陣を切った者たちが戻ってきた。 「おかえりなさい」 「ただいま」 黎阿は安堵も手伝って、満面の笑みで出迎える。微笑を浮かべ、由他郎は答えた。 「‥‥無茶は、していないと思うが」 「大丈夫よ」 由他郎は、怪我が無いか自分の体を確認する。錦の手甲を装着した腕は動くし、全身の疲労も感じていない。健康だと、黎阿の太鼓判が押された。 「ヘルメス、大丈夫なんか? 霧を浴びたんや」 頭を下げたまま、大息をつく相棒を、ジルベールは撫でる。思い当たるのは、帰還の間際に浴びた緑の毒霧。 「我の出番でさ」 「大丈夫、あたしに任せなさい」 『おおきに!』 与一の解毒と黎阿の神風恩寵で、元気を取り戻したヘルメスは感謝を告げた。 「報告書には人型が乗っているとあったが、実際に目にしたものは生えておった。上半身は人で、腰から下は化鎧虫の一体型だ」 「‥‥すまん、ギルド側の不備だ」 バロンは、報告書と事実の違いを報告する。弥次の顔を、冷や汗が流れた。勘違いしたのか、伝達ミスか。 「とにかく、ただ‥‥断ち斬るのみ、だな。」 叡智の水晶をはめた蒼羅の指は、静かに腰の愛刀を握った。 「親玉とやらがよく分んらんが、潰せば問題ない」 キースは簡単に言い切る。肝が据わっており、大概に於いて男性的な面がある。気にはしないが、初対面で性別を間違われるのが常。 「親玉は、紅炎金剛巨鎧蟲と言う名前らしい」 「そっちは、別の討伐依頼が出ていたでさ」 弥次の言葉に、与一は出かける名際にギルドで見た依頼書を思い出した。由他郎は、横目で弥次と与一を見る。 ブランクがあるとはいえ、年長の弓術師とその相棒。食糧運びの道中の会話が脳裏に浮かんだ。 由他郎が甘い物好きなのは、きっと甘味所の理穴で育ったから。いずれは故郷に帰り、得た力で森をアヤカシから取り戻したいと思っている。 「戦場でのコツ? そんなものはないぞ、経験が全てだ」 「ただ強ければ良いという物では無い。わしらの戦いは苦戦している者を、優先して援護することだ」 弥次は豪快に笑い飛ばした。バロンは、邪な心で弓を使う輩の多さを嘆く。 「それ分かるで。俺は見識を広げるため、弓術師から志士に転職した身やからな」 ジルベールも加わった。天狗礫を飛ばすことも、安息流騎射術で戦場を駆け巡ることも、弓術師時代の経験が活きている。 「俺の抜刀術は流派など無く、速度を追求した我流だ」 蒼羅の構えすら見せない自然体から放たれる返しの技は、神速の域に達する。その技術は、投擲武器による瞬速の抜き撃ちにも、応用済み。 「気にすること無いわよ、由他郎は由他郎だから」 笑いかける黎阿は、渡り巫女。幼い時分より、旅から旅へと、その身一つで渡り歩いてきたと言う。 どんな意見を聞いても、由他郎の欲しい答えは、見いだせなかった。 「それでも学ぶ所もあるだろう‥‥から」 教えて貰えないのならば、自分で学びとるまで。戦い振りや技の使い方を、よく見ておこう。 ●踏み出す者へ 「弥次、飛行状態になった敵を優先して貰いたい。また、誰か囲まれそうになった状態など、苦戦している者を優先して援護を頼む」 「分かった」 弓術師たちの視線の先にいるのは、花梨。まだ一対多数を、さばき切る技量は無いはず。 バロンと弥次は、敵を正面に捉えつつ、囲まれない状況を作ることを確かめあった。 「出来ない事をやろうとするな。今できる事から確実にこなし、経験を積んでゆけ」 花梨が無理をしないように、バロンは諌める。花梨の心の剣が成長するか、折れるか、分岐点。 若者達の成長を見守り、導く事に生き甲斐を見出してきたバロンの気持ちを、他の開拓者も感じ取る。 「花梨、練力が続く間は、地断撃で抜けようとするモノの牽制を頼みたい」 キースは初陣の花梨に声をかける。花梨の声には、熱がこもっていた。 「初陣から大変な仕事やけど、お互い頑張ろな。一人で何とかしようとせんと、仲間を頼るんやで。俺らも花梨さんを頼りにしてるからな」 ジルベールは花梨に片目を閉じてみせ、ウインクをした。 「無理はするな」 由他郎も、声をかける。人間関係に関して割とものぐさだが、初陣と聞けば、流石に気になる。 「‥‥気持ちだけでは、どうにもならないこともある。無茶はするなよ」 キースは花梨の肩を叩き、言い聞かせる。何かと堅い性格のサムライは、多くを語らない。 静かに、腰のお守り「絆」が揺れた。「心と心のつながりは、けして消えることはない」と。 「しかし、俺の初仕事も虫の大群退治やったなあ。虫は虫でもゴキ‥‥いや、思い出さんとこ‥‥」 言いかけたジルベールを、鳥肌が襲う。ヘルメスは頭を揺さぶり、想像した光景を振り払った。 「ん? ちょっと乗ってみ、景色がすごいで」 与一と藤が鷲獅鳥珍しさに、近寄ってきた。ジルベールはヘルメスの返事を待たずに、子猫又を背中に乗せてやる。 『嬢ちゃん、頭に乗ってもええけど、落ちんといてや』 子供が好きなヘルメス、大人しくされるがまま。首をよじ登る藤に、優しく声をかけた。 与一を避けて藤を見ようとしたジルベールは、ヘルメスの後ろ脚を踏んでしまう。黄金色のくちばしは、怒りを見せた。 『あんさん、なにしとんや!』 風格ある態度を崩さず、何事にもゆったりと構えているが、飼い主に対して素直な態度をとることは少ない。藤を乗せたまま、ヘルメスの頭突きがジルベールに炸裂した。 「見事な毛並みですね」 「惚れ込み、頼み込んで譲って貰ってのう。わしが一から鍛え、育て上げてきた」 銀一色の美しい体毛を持つ霊騎を、花梨は目を丸くして眺めた。シルバーガストは「白銀の突風」を意味する。 『一度、お父さんって呼んでみたいんだけど。怒るかな?』 「なんじゃ? ご飯はあとだぞ」 シルバーガストは、小首を傾げながら鳴いた。バロンは我が子同然に育てた、相棒に声をかける。 『違うよ、お父さん! あーあ、本当に子の心、親知らずだね』 いつまでたっても、仔馬扱い。シルバーガストは、残念そうにしっぽを揺らした。 ●決戦 「数が、多いな。だが絶対に、通さない」 由他郎の金の瞳は、虫の群れを見据える。弓「雷上動」から放たれた矢は、雷のように鋭く敵に突き刺った。 「ここで、削る‥‥堕ちろ」 まずは、数を削る事を目的に、矢を放って行く。外皮に弾かれる矢もあったが、気にしない。 威嚇のように角をもたげる化甲虫、腹が見えた。由他郎の矢は、先がぶれ、軌道が追えない。 鈴付首輪「静寂」を鳴らし、旋回した苑梨もクロウを浴びせる。逃げる隙を与えず、霧散させた。 羽を広げ、飛行してくる化甲虫に、ブレイブは正面から迫る。襲い来る酸を、悠然と避けながら下側にもぐりこんだ。 完全に擦れ違う間際、ブレイブは器用に反転。羽刃を着けたしっぽが勢いを増し、半円を描く。龍尾が叩きつけられた。 「‥‥今更何があろうと、退きはしない!」 キースの瞳とブレイブの瞳が、一瞬だけ視線を交わし、言葉なき会話をつづる。互いに強い信頼関係で結ばれている二人。 強力を用いたキースの腕は、隙の出来た化鎧虫の角の下に獲物を滑り込ませた。長柄斧の。肉厚で幅広な刀身は、頭上の柔らかな腹をすくい上げる。 目論見は成功、化鎧虫はひっくり返った。間髪いれず、ブレイブのスカルクラッシュが仕留める。 バロンは地上を駆け巡り、アヤカシを撹乱する。シルバーガストも心得たもので、死角に回り込む位置取りだ。 「ふむ、飛ぶか。この程度、敵ではないが」 バロンは矢を番え、より強く弦を引く。心眼の巻物も力を貸し、矢に身中を流れる精神を極度に集中。 隙を見せるや否や、すかさず一撃を加える。羽の下を狙い射った。 「右に行くんや」 ヘルメスの瞬速で急襲をかけ、側面に回りこむ。虫は急な方向転換が苦手そうだし、粘着弾や酸を浴びたくない。 ジルベールのドラグヴァンデルから、風に揺らぐ枝垂桜のような燐光が散った。桜をお供に、空飛ぶ化鎧虫の腹に剣を突き立て、切り裂く。霧散を確かめる暇なく、次の化甲虫へ。 「さっ、ここからが出番ね」 宝角巨鎧虫が残っている。前衛に立つ者と、弓を構える者の間に黎阿は立つ。ニ匹の化甲虫が花梨の脇をすり抜けてきた。怖いけれど、突破させる訳にはいかない。 「なるべく早く倒してね」 黎阿は扇を翻し、華麗な月歩を披露。舞い手である事を自負するに、相応しい動きだった。 危機に気付いた煌夜が急降下し、クロウをお見舞い。続けて火炎を吐き、化甲虫を焼き尽くす。 飄霖は四枚の翼を大きくはためかせ、注意を引いた。もう一匹の化甲虫がおびき寄せられる。 「斬竜刀、抜刀両断」 飄霖の影から、蒼羅は一太刀目で掬い上げるように斬り上げた。ひっくり返る甲虫の腹に、二太刀目の本命を叩きこむ。 滅多に感情を表に出さず、どんな状況でも落ち着き払っている蒼羅。闇裂く凍月は、氷のように冷たく輝く月の如く。 ●心の剣 「宝角巨鎧虫だ」 遠くに人型が見えた。龍の背から由他郎は叫び、仲間に知らせる。緊張が走り、花梨は硬直。 「止まるな」 花梨を狙う、化甲虫を射ながら、由他郎は行動を促した。 「行くで、キースさん、ヘルメス!」 ヘルメスの背中から、ジルベールは鞭を振るい、人型を捕らえる。キースの持ち替えた流星錘も絡みついた。 キースの足元が、砂埃をあげながら引きずられる。強力でたくましくなった腕でも、花ノ山城に向かおうとするアヤカシを止められない。このままでは、防衛線を抜けられてしまう。 必死で羽ばたくが、体勢を保てないヘルメス、苦しげな鳴き声が響いた。ジルベールは相棒を励ますが、自身も無事ではない。手に巻きつけた鞭「フレイムビート」が食い込み、血がにじみだす。 「罠に誘い込むんだ」 「うちも助太刀するで」 化鎧虫を相手に、奮闘中の弥次の声。藤の閃光が動きを鈍らせる。 「こっちでさ」 与一が罠の位置を知らせた。不転退の決意を固めたキースの咆哮、気合と共に身体に力を込める。人型を進ませ右の前足を、落とし穴に誘導した。 「花梨、左の前足を斬れ」 蒼羅が指示を出す。足を斬りつけるも、花梨の刀は弾かれた。 「私には、無理です」 「一度で諦めるな、諦めたら終わるだけだ!」 「民も、里も、何も守れんで!」 巨大なアヤカシは覇気を奪う、心あらずの花梨。キースもジルベールも激を飛ばした。 「‥‥恐れる必要は無い、俺達は一人では無いのだからな」 『その通り、開拓者だけじゃない。朋友も忘れないで』 斬竜刀「天墜」を鞘に戻した蒼羅の肩に、相棒の飄霖が降り立つ。かん高く鳴いた。 「力を借りるぞ‥‥、飄霖!」 『任せてよ、相棒』 刃のように鋭く尖った翼を羽ばたかせ、氷を思わせる水色の体が浮き上がる。飄霖は光となって、蒼羅の刀に宿った。 「行きなさい、なすべきことのために」 黎阿は扇を手に、舞い始めた。祈願をこめた神楽舞・攻は、戦う者たちに力を与える。 「足りぬ分は我らが補う。それが仲間という物だ。後ろの事は気にせず、思いっきりぶつかっていけ!」 弓「幻」から矢が放ち、人型を射ながら、バロンは花梨を励ました。気合を入れ、刀を構える背中を見届ける。 花梨はひたすら、刀を叩きつけ、。金属音と共に、真っ二つに刀が折れる。空に跳ね飛ばされる、宝角巨鎧虫の足。 横倒しで飛行する苑梨の背に乗る由他郎は、空間を見つけた。足を一本失った虫は、体勢が傾き、僅かながら外皮の無い腹が見えている。 龍と一体化して迫る由他郎は、矢を放つ。精霊力を込めた矢は、見事に目標に突き刺さった。人型は虫の身体ごとのけ反り、隙ができる。 ヘルメスは飛行速度をあげ、人型を一気に引っ張った。ジルベールとキースも力を緩めない、転倒をさせることに成功する。 いななくシルバーガスト、疾風の脚絆を着けた脚は一直線に駆ける。バロンが音を封じ込めた矢は、歌いながら虫の腹を射ぬいた。 静かに行われる神楽舞。黎阿は願いを込めて、日の光を受けて七色に輝く扇「精霊」を空に掲げた。 蒼羅の刀が青白い輝きを増す。飄霖の獣爪「氷裂」の冷気を、纏ったかのように。 踏み込み、人型との距離を詰める蒼羅。迫る緑のつぶてを紙一重で避け、すれ違い様に居合を放つ。 梅の匂いが漂い、鼻をかすめた。紅葉のような燐光が散り乱れる。宝角巨鎧虫が、最後に目にした光景だった。 指揮系統が乱れ‥‥ない。愚直なまでに前進を志す、五匹だけになったアヤカシの群れ。 ブレイブは群れる化甲虫を、龍尾で追い払う。煌夜は近づけまいと、力の限り火炎を吐いていた。藤の爪が切り裂き、弥次と与一の矢が虫を射る。 心無きアヤカシは、心を知ることなく、守護者たちの前に霧散した。 「うわ、何をするんだ!」 「黎阿、離れろ!」 戦闘後、地面に降りたつキースに、突然抱きつく新妻。由他郎は弓を握りしめた。 「可愛くてイイ女が好きなの、知ってるでしょう?」 怒鳴る夫に、黎阿は悪びれずに尋ねる。イイ男が好き、イイ女も好き。 「‥‥女? どういうことや」 『浮気はあかん』 駆け落ちした妻がいる、ジルベール。キースを観察しようとして、ヘルメスの頭突きをくらう。 「もしかして、気づいて無かったでやんすか?」 「‥‥そうとも言う、かもな」 『右に同じく』 与一の問いかけに、さりげなく視線を外す蒼羅。普段はおとなしい飄霖も、後ろを向いた。 「人生は日々、勉強だからの」 「若いころは、色々あるもんさ」 『うむ、その通りだ』 『さすが、お父さん♪』 人生経験の長いバロンと弥次は、しみじみと語る。煌夜とシルバーガストは、大きく頷いた。 「一緒に、温泉に入れますね♪」 『泥を落としたいわ』 花梨の発言に、苑梨は心動かされる。美しさは女性に共通の意識らしい。 「温泉行くやろ?」 『戦場から、神楽の都へ帰還するのが先だと思う』 見上げる藤の質問に、ブレイブは難しい顔をした。 孔雀石には、様々な石言葉がある。喜び、希望。そして順応性も、その一つ。 |